海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

初めに&なんちゃって一覧

わんころがCW関係についてあれこれ置いとく場所だぞ!

メインはリプレイになると思うぞ!

リプレイは

 

・オリジナル要素いっぱい

・真面目に冒険しない

・ギャグとシリアスの寒暖差が酷い

・ネタバレしかないのでプレイ後に読むこと推奨

 

の4点セットなので苦手な人は気をつけるんだぞ!

 

 

~ 置いてるもの一覧 ~

 

■リプレイ_カモメの翼(※はオリジナル回だよ)

― 第一章 旅の始まり ―

1話『ゴブリンの洞窟』

2話『フローラの黒い森』

3話『美女が野獣

4話『ヒバリ村の救出劇』

5話『スティープルチェイサー』

6話『劇団カンタペルメ』

※7話『翼掠める背鰭』

8話『あしたのこと』

9話『机上の冒険』

10話『相棒探しの依頼』

11話『勇者と魔王と聖剣と』

12話『四色の魔法陣』

13話『Trinity Cave』

14話『碧海の都アレトゥーザ』

 
― 第二章 海渡る群れ ―

15話『ゴブリンの歌』

16話『忘れ水の都』

17話『解放祭パランティア』

18話『花を巡りて…』

19話『惨劇の記憶』

20話『雨宿りの夜』

21話『狼神の棲む村で』

※22話『帰巣』

23話『涙の代わり』

※24話『答え合わせ』

 

 ― 外伝 ―

外伝1『知らぬが仏』

※外伝2『傷跡』

※外伝3『ひな鳥の巣立ち ~導く者~』

※外伝4 ちょっと待ってね

外伝5『少年の詩』

※外伝6『かつてそう自分たちは』守・竜・・歌・ 風

外伝7『泥になった女』

 

 ― 小話 ―

小話『いつかどこかの、夢の終わりに』

 

―カモメの翼関連その他―

・カモメの翼_設定

・カモメの翼 外見設定(途中だよ)

・リプレイネームキャラ_設定

 

 

 

■ロード禁止依頼ランダムの運命の天啓亭(通称幸薄宿)

―設定等―

・レギュレーション

・キャラ設定(執筆途中)

 

―プレイまとめ―

・まとめ1~7

 ・幕間1

・まとめ8~14

・まとめ15~21

・まとめ22~28

 

―その他―

・オクエヌ邂逅話『決して許しを乞うことなく』

・オクエヌ後日談『其は初めから罪などではなく』

 

■その他小話

・小話『死に損ないの感情論』
(ハロハナ4日目)
・小話『海鳴りが聞こえたら』
(ハロハナ後日談)
・小話『双島調査記録』
(くびよっつ後日談)

 

 

■シナリオ

・『うみ』

 

 

■その他

・ホワハナ感想まとめ・2・3

定期ゲ・鶏 Advent Calendar 2020 の記事
『ツッコミロール、それはロールに命を燃やす芸人の熱き魂』

 

・定期ゲームっ子のCW連れ込みデータ(2021.7.8更新)

『其は初めから罪などではなく』 下

←前

 

 

人狼は語る。
妖魔退治の依頼を受け、二人ですぐ近くの村へ向かった。十分に日帰りできる場所だ。依頼内容も、恐らくはゴブリンだろう。報酬は600sp。暫く依頼を受けていなかったので、復帰する前の肩慣らしにはちょうどいいだろうと。
ゴブリンは5体。二人で切り伏せ、魔法を放ち、簡単に依頼達成となった。
しかし、その依頼を『利用した』魔術師がいた。

「優秀な『素材』を探しに好都合だと野放しにしていたが。まさかお前たちのような名の知れた冒険者が釣られるとはな。」

その魔術師は禁忌に触れ、指名手配されていた人物だった。逃げている内にリューン近郊にたどり着いたのだろう。
研究していた魔法は、人間を魔物に作り替え使役する外道の法。術を唱えたときには、グリフォンやオーガ、ミノタウロスなど多数の魔物に囲まれていた。恐らくは、別場所に待機させていた魔物を転移か召喚の類でこちらに呼び出した。
術に対して、魔術師が語ったわけではない。
オクエットには、『分かる』のだ。

「……おい。」

その怒りは、果たして名も知らぬ誰かのためのとしてか。
それとも、かつて村に齎された災いの元と似ていたからか。

「このグリフォンも、ミノタウロスも……元は、人間なのだな?」
「ほう、お前、分かるのか。魔物はいい。言葉を話さない。何も疑問に思わず従う。そして、人よりずっとずっと強い。
このような便利な生物を利用しないなどもったいないだろう?」

あるいは。

「―― 外道が。」

動物を良き隣人として考える、ビーストテイマーとしての在り方からか。

「……エヌ、この量の魔物を相手にする。相手が多い故汝に『札』を切らせる。……すまぬが耐えてくれ。
『楽にしてくれ』『殺してくれ』と、声がするのだ。ならば、望み通りにしてやりたい。」
「―― 仰せのままに。」

術者を殺したとしても、この手の術から解放されることはない。
身体変化の魔術は基本的に不可逆である。卵が熱され固まれば元に戻ることはないのと同じように、彼らもまた人間に戻ることは叶わない。
自分がよく分かっている。どうしたって、人狼の呪いからは死ぬまで開放されないと。

「―――― ゥウ、ルルル、」

人狼の姿に変貌するには呪文などいらない。あえて言うなら、『獣』として『殺す』という意志。
ぐるり、目が回る。身体に痛みが走り、思考が本能のままに塗り替えられていく。筋肉が肥大化し、狼の毛が、牙が、爪が、尾が、生えていって。
人の姿でありながら、狼の姿である。殺せ。得物だ。やれ。そんな声に支配されるが、まだ人の姿が残るうちは辛うじて理性は残る。
とはいっても、暴走の状態には変わりない。オクエットの力がなければ、今頃無差別に襲い掛かっている。

「魔物は全部で8体、か……魔法を扱う種族はおらぬな。
エヌ、余は魔術師を相手する、残りはそれからだ!余を『魔物から守れ』、背中は任せた!」
「―― ウゥ、ガァッ!」

人の言葉は話せない。
けれど、彼女には伝わる。下される命令で息ができる。
真っ黒に塗りつぶされた思考が払われて、自己を取り戻せる。
……それを見て、魔術師はふぅん、と笑った。

「……先天性ではなく後天性だろう、その人狼。それを人間が使役する、と。
お前、俺と同じではないか。俺は魔物を使役するが、お前はその人狼を使役する。そいつだって、人から成った魔物だろう?俺と同じじゃないか。」

行け、と術が紡がれる。呼び寄せられた魔物が一斉に襲い掛かってきたが、このくらいならばまだなんとかなる。
爪で、牙で応戦する。血の味が口に広がる。嫌悪感はなく、むしろ飢えが満たされる。多少の傷であれば、人狼の再生能力で治療されるから気にならない。

「同じにするでない!エヌは信頼して余に身を預けてくれておる!無理やり魔術で人を作り替え、私利私欲に使役させる貴様と同じにするでない!」

内、一匹が魔術師に向いたオクエットの攻撃を庇う。命令を下され、無理やり庇わせる。
使い捨ての駒に、何の感情も向けなかった。道具が一つ壊れて朽ちた。あるいは、そんな感情すらもない。
魔術師自身には力はなかった。使役で手一杯なのだろう、直接攻撃することはなく、全て魔物に任せている。

「同じでしょ。」

ち、と舌打ちをして、魔物を補充して。
オクエットを煽るような言葉が聞こえて。

「お前は声が聞こえるけど、俺は聞こえない。普通は聞こえない。
疑ったことないのか?そいつが本当に、信頼して従っているだとか。その術で感情ごと狂わせたんじゃないのか?」
「っ……!」

―― 全身の毛が、逆立つような怒りに襲われた。

「都合のいいように聞こえてるって。それが本当に正しい言葉だって、疑問に思ったことはないのか?」
「……それは、」

……黙れ。
お前に何が分かる。
同じなものか。
彼女は寄り添ってくれる。
お前なんかとは違う。
それが、例え我が主を煽ることが目的の言葉だとしても。

「ッゥァアアアアア、ア゛ア゛ア゛ァッッッ!!」

絶対に、生きては返さない。
人の姿を完全に捨てた、巨狼の姿。
人狼化の、もう一段階先。思考も、理性も、何もかもが消えて、苦痛と狂気に脅かされる。

「は―― 、」

人が、脆く崩れる。
足りない。一撃などでは足りない。
裂いて砕いて割って、跡形など残してやるものか。

「エヌっ!『鎮まれ』、もう死ん、で……、」

それから声が聞こえなくなった。
人の形が無くなれば、次はそこの動物共。
命令を受けた。全て殺さなくては。
殺す。得物だ。食え。喰らって、裂いて、飢えを満たす。
足りない。この程度では、全然足りない。足りない、寄越せ、こんなものじゃ足りない、寄越せ、寄越せよこせよこせヨコセ

「…………エヌ!」

ぴたり、身体が動かなくなって。

「『鎮まれ』――……、」

思考が払われて、満たされて。
柔らかく、優しい声が響いて、ぱち、と瞬きする。
激情が去って、は、と息をすれば。

「…………っ!?オクエット!?」

護るべき、その人が。
目の前で、力なく倒れていた。




いつもなら、狼化した反動として強い倦怠感に襲われ、暫く休息が必要だった。
しかし、休んでなどいられなかった。理性を失い、主人を危険な目に遭わせてしまった。身体の重さなど二の次で宿に戻り、こうして助けを求めに来た。
外傷はなく、自分が襲い傷つけた様子もない。魔術的に何かあったのかと思ったが、そのような痕跡は何もない。

「…………皆、助けて……僕は、どうなってもいいから……オクエットを、オクエット、だけは、お願い、だから……!」
「だから落ち着けって!
どうもしないしオクエットも助ける。とりあえず大変だったんだろ、休んでおいてくれ。どうにかするから。」

ルジェからちょうど人狼だという話を聞いていたこともあり、さして驚くことはなかった。
エナンはエヌからオクエットを預かり、彼女の自室へと運び寝かせる。傷一つなく、息もしており苦しそうな様子もない。見た様子だけだと、ただ眠っているように見えた。
残りの仲間も部屋に入り、それぞれが様子を確認していく。

「……エヌさんの言ってる通り、魔力的な影響はなんにもなさそうだよ。」
「あたしも同意見。エヌの魔力が悪さした、とかなさそうだし、これといった外傷もない。実は魔物に変える魔法をかけられましたー、とか考えてみたけど、そんな痕跡もやっぱりないし。」

トゥリアとルジェは魔法が扱えるため、魔術的な要因がないかどうかを調べる。
最も魔術に詳しいエヌがない、と言っていたので期待はしていなかったが、何一つ問題はなかった。
あと一つ考えられるとすれば。

「……オクエットって霊力を使うんだよな?
じゃ、そっちが何か悪さしてるとかか?ファディ姉ちゃんだったら分かんじゃね?」
「霊力の分野が違うので、はっきりとそうだとは言えませんが……そうですね、調べてみます。」

神聖魔法は魔術として行うものと、法力や霊術として行うものの2つに分かれる。
ファディの扱う神聖魔法は後者であり、信仰から生まれる霊力を使用する、最もポピュラーな方法を扱う。同じ霊力ではあるが、オクエットの霊力は本人の意志の力であり、ファディは信仰心であるため性質は異なってくる。
目を閉じ、十字架を祈るように胸の前で握り、読み取る。やがて目を開け、ゆるゆると首を横に振った。

「少しざわついている気もしますが……悪影響を与えるものとは考えられません。穢れとか呪いとか、そういったものは確実にないです。」

ファディの霊力は性質上、神聖な存在、あるいは不浄な存在の感知には長けている。人の心や精神に作用する力はないため、そちらに関しては読み取ることはできない。
エナンとテセラはそもそも肉弾戦を良しとするため何も分かんない。

「……起きるまで待ってみて、起きなかったら分かりそうなやつを探そう。少なくとも今すぐ対処しなきゃだめだ、って要因は見つからないし……一番本人が分かるんじゃないか?」
「エナンに賛成です。頭を打って昏睡している、という可能性なんてありそうですし。」
「それは笑えないからやめてくれ。」

かつてちょっとした崖から落ちた程度なのに頭の打ちどころが悪くて一ヶ月昏睡したのはどこの誰だ、と苦い顔をする。目を覚まさなかったかもしれない、と考えるとぞっとした。
そしてそこにいるのは悲観的ですぐに悪い方向へ物事を考える従者だ。今にも心配で駆けだしていきそうな顔になってる。全力で待てをさせた。

「とにかく、だ。
疲れて倒れたとか、目の手術が負担だっただとか、そういった要因かもしれないから目を醒ますまで待とう。それぞれの分かる範囲で問題ないんだ、思ってるより悪いことは起きてないさ。」
「……そう、か。……そっか……それなら、よかった……」

よかった、と言うが、まだ不安が強いのだろう。それでも気付いていないだけという可能性も、と悪い考え方を無理やり飲み込んだ表情をしていた。
悲観的だから、という点もあるだろうが。自分のせいで護るべき人が意識を失ったかもしれないのであれば、気が気でないだろう。その場に座り込んだまま、項垂れていた。

「……ねえ。エヌさんとオクエットちゃんって、どういう関係なの?」
「…………、……もう、隠せないから……話すよ。
……ロレン村を、壊滅させた……人狼の、話。」

ふ、と自嘲的に笑って、語る人狼の声は震えてはいなかった。
ただただ、静かな調子で昔話を語った。

突然女が呪術を学びたいと上がり込んできた。
それは狼憑きで、元々は領主によって殺された狼だった。領主に復讐するため、自身を人狼にされた。
狂化の呪いもあり、制御が効かず暴れてしまい、村を壊滅させた。
領主は自分を殺して止めようとしたが、逆に自分が彼らを殺してしまい、そこにオクエットが駆けつけてきた。
彼女が、ビーストテイマーとしての力を持って止めてくれた。
その後、村には居られず一人で出ていったが、オクエットが付いてきて共に冒険者になった。
再び人狼化したときに助けられるよう、ビーストテイマーと狼、主従関係として。


「……僕にとって、オクエットは……恩人で、僕の罪の象徴で、だから、償っていかなきゃって……初めは、思ってた。
けど、段々……この人に尽くしていきたいって、一緒に居たいって。それが、もう、人狼だからそう思うのか、そうじゃなく僕が思ってるのかも、もう……分からない。」
「…………」
「忘れちゃいけないことも、忘れようとして……罪意識もなくなってきて、のうのうと、尽くしたいなんて考えてる……僕は、人狼だよ。獣だよ。」

へら、と力なく笑った。
口を挟むことなく、黙って聞いていた。
これで僕の話はおしまい、と立ち上がり……ふらり、足をもつれさせた。慌ててテセラが駆け寄って支える。

「おっおい大丈夫か!?」
「……人狼になるの、凄く、疲れるから……でも、行かなきゃ。人狼って、知られちゃったから……ごめんね、騙してて。」
「いやいや待て待て、行くってどこ。」
「……ここには、もう、いられないから……オクエットのこと、よろしく。」
「何でお前が出ていくって話になってんだよ!まずはお前人の話を聞け!」

出た!この主従あるある!人の話を聞かず勝手に自己完結!
無理やり肩を掴んで着席させる。そもそも疲れてるんなら休め。

「……はっ!?エヌ!おいエヌは!?居るか!?」
「あっ、起きました。」
「予想以上に元気。」

ここに空気を読んだのか読んでいないのかオクエットががばーっと飛び起きた。
一種の気絶状態だったのだろう。予想以上に元気そうだった。心配して損したってくらいにそれはもう。

「今オクエットが倒れたから原因を突き止めるための事情聴取終わったとこだぜ。洗いざらいきみらの過去を吐いてもらったし、こいつが人狼だってことも聞いた。」
「えっ……え!?は、話したのか、人狼であることを……うむ、そうか。そういう話だったか。」

というわけで従者が出ていこうとしてるんだけど止めてくれないか、と匙のバトンタッチ。
顔をしかめてから、オクエットは……申し訳なさそうに、頭を下げた。

「すまぬ。汝らを騙そうと思っていたわけではなかった。しかし、人狼であることを話すわけにはいかなかった。……責任は、余にもある。余も、ここを去ろう。」

なんということでしょう。
匙をバトンタッチした結果、従者と同じようなことを言うではありませんか。

「……お前ら。」

流石にこれには。

「まずは!!人の話を!!聞け!!二人で!!話を!!進めるな!!馬鹿どもが!!」

リーダーが!キレた!!

「お前たちさあーーー!!何で二人してパーティを抜けるって話してんの!?俺やめろとかどっか行けとか言った!?言ってないよね!?何で勝手にいなくなろうとすんのそんなに俺らのことが嫌いかぁ!?」
「や、そうではない、余もエヌもここが好きであるから
「好きだったらやめようとしないでくれるー!?勝手に望んでもないのにやめられるの困るんですけどー!楽しかったよ……ありがとう……って、儚い雰囲気出してさよなら感出してきてるけど俺たちそもそも出ていけなんて一っっっ言も言ってないんだよなーーー!!なぁなぁそこんとこどうなんだよオクエットとエヌはさぁーーー!!」
「いや、僕は、だから、パーティに、人狼がいるなんて、そんなこと
「パーティの法は俺だ!!だめって俺が決めたかこの陰鬱根暗もやしわんわんが!!」
「陰鬱根暗もやしわんわん!?」

はーーー、と一つ深呼吸。
それから自分の頭をガシガシと掻いて、諭すように語る。

「……そもそも。
望んで人狼になったわけじゃないし、人狼として人間を食ってるわけでもないんだろ?で、悪事を働いたこともないしむしろ被害者。
じゃあ俺達の感想ってどうなると思う?人狼になって大変だったなーこれからもよろしくな、なんだよ。分かるか?」
「け、けどエナン、僕はもう、人狼で、考え方も人間の思考じゃなくなってるかもしれなくって、」
「なあ。それって、そんなに大事か?」

ああ言えばこう言うことはよく知っている。
反論はさせない。無駄な言葉だから。

「お前も、多分オクエットもだけど。気持ちは変わるものなんだよ。お前らどっちも、それを良しとしてないだろ。」

エヌは感情の変化を、人狼による思考の変化だと恐れる。楽しく過ごすことをよしとせず、罪意識の忘却だと説く。
オクエットは感情の変化を、人狼に命令するが故に歪めたのだと恐れる。形だけの主従であり対等であるべきだと説く。
互いが、溝を作り続けている。
だから、ルジェはこのように考えて、エナン達に人狼の話をした。
三者が、この溝に橋を架けてやれば、と。
エナンなら伝わるし、リーダーとして動いてくれる、と。

「確かに発端は人狼の暴走かもしれないけどさ。
そのときって、殆ど会話もしたことなかったんだろ?それが長年過ごしてきて、互いに信頼できる関係になった。そんな風には考えられないわけ?そもそも過ごしてるうちに信頼関係って強くなってくもんだし、更に深い関係になったりするもんなんだぞ?」
「突然己の感情を自覚して変化したエナンが言うと説得力ありますね。」
「こらファディ、茶化さない。」

変わらない関係が続くと思っていた。
けれど、確かにあの日、関係が変わった。
過ごしていくうちに、感情は、変わるものだ。

人狼の思考って言うけど。
俺からすると、長年過ごしてきて信じられるようになった、だから従者として尽くしたいって考えるようになったようにしか見えない。
狼がリーダーに屈服するようなものかもしんないけどさ。それでいいって、従おうって思うのは紛れもなくお前の本心だろ?オクエットだから従うんだろ?」
「…………ぁ、」

どうして尽くしたいのか。
その根本的な理由を示してやる。
人狼の考えに飲まれているのなら、今頃人を無差別に食い、人であることを放棄している。
されど、彼は誰も食ったことがない。それが何よりも、人として生きている証拠だ。

「オクエットもな。
エヌから聞いたけど、ビーストテイマーと動物の契約って双方の同意があって初めて成立すんだろ?じゃ、エヌは無理やり従ってるんじゃなくって、自分の意志で従ってるんだ。
嫌ならそもそもお前から離れてるだろうし、従者やってないだろ。その従者の好意を否定するのか?お前らの距離感がなんとなくぎこちないの、そういうことだろ?」
「…………、…………そう、か。」

二人で過ごす限り、たどり着けなかった答え。
互いの感情がすれ違って、永遠に平行線になっていた問答。
そこに、第三者という線を引いてやれば、ほら。

「……そういえば、さっきも。エヌが余のために怒ってくれておった。なのに余が倒れてしまって示しがつかぬな……」
「え、オクエットちゃん倒れた理由分かってるの?エヌさん、すっごく焦って連れて帰ってきたよ。」
「エヌは休め馬鹿者が。
……まあ、少々恥ずかしい話になるが……余の失念であるし……」

頬を人差し指でひっかき、目を逸らしながら答える。
大変バツが悪そうに笑いながら。

「瞳を交換した影響だ。
余のような意志から成る霊力、更に精神干渉に特化したものであれば、繋がりが強くなれば相手からの感情も受け取りやすくなってな。
余の瞳を、エヌが宿したであろう?その分、エヌと余の繋がりが強くなった。契約だけの繋がりに、瞳による霊力の繋がりも生じた。
感情や意志の力とはよう言うたものだ、相手の感情の影響も受けるようになって……まあ、なんだ。簡単に言うとびっくりして気絶した。」
「びっくりして気絶した。」

曰く、狂化の精神と煽られた際の怒りの感情が命令を下したときに強く伝わり、それが負荷となって気を失ったらしい。
これは身構えていればある程度防げるもので、もし負荷を受けたとしても心を休められればすぐに治るのだとオクエットは説明した。

「じゃあ命に別状は?」
「この通り、全く問題ない。嘘だと思うなら、別の霊力使いを連れてくるといい。」
「よ、よかった……本当によかった…………」

一番心配してそうだった人が、心から安堵の表情を浮かべた。
二人の関係性にメスを入れて解剖する話になっていたが、元はといえばオクエットが不可解に倒れたことが始まりだ。
彼女に何事もないのであれは、この話はこれでおしまい。

「……皆。
ありがとうな、余を、エヌを受け入れてくれて。」
「今更その程度じゃ追い出す理由にならないさ。
でも個人的には実感がないから今度変身して見せてくれよ。そしたらモフるから。」
「え……嫌だ、オクエット以外に触られたくない……」
「いや、そもそもそこなんですか?」

冗談を言い合って、互いにどっと笑った。
隠し事もすれ違いもなくなって。
残ったのは、確かにかけられた橋だった。


  ・
  ・


「ルジェがいなかったら、もうちょっとだけ揉めてたかもしれないな。ありがとう、今日は俺からの奢りでいいぞ。」
「やったー!って言いたいところだけど、十分奢ってもらったからいいわよ。」
「?俺、なんかお前に奢ったっけ?」

夜、運命の天啓亭はいつも通りの賑やかさ。
子供が多いせいで晩酌をするメンバーが限られているエナンとファディは、今日はルジェを巻き込んで3人で飲んでいた。
因みにエヌはすぐに酔うため基本酒を飲まない。メンバーの半分以上がお酒を飲まない冒険者パーティとは。

「え?ほら、エヌたちが受けた依頼、結局あの人たち報酬を取りに行ってなかったじゃない。ついでに指名手配犯の魔術師の証拠品も届けて、まあざっくり1,600spくらい奢ってもらっちゃったかな~?」
「あっお前ずるいぞ!?依頼を解決したのも魔術師を倒したのもエヌたちだろうが!」
「え~誰のおかげであの人たちの違和感に気付けたのかな~?
それに依頼料はともかく、魔術師は証拠の提出とか魔物の後処理とか大変だったし~?あたしは魔法が使えるから残党の居る場所を割り出せたけど~」
「お前が教えなくてもワンチャンどころかスリーチャンくらい和解の可能性あったよな!?
あーもー分かったよ、じゃあ600spだけこっちの取り分で残りはお前が持って行っていいよ!」

やった!と、ガッツポーズ。流石トレジャーハンター汚い。
これは善良な心痛まないんですかって?別行動するけど同じパーティだし、財布管理が別なだけだから何も気にしなくていいかなって。
麻袋から銀貨を600枚取り出し、エナンに手渡す。根は真面目なのでここで金額詐称なんてことはしないだろうけど、一応されていないか二人でチェック。

「しっかし人狼なぁ……もう3年は同じパーティを結成してたけど、全然わかんなかったな。もっとほら、人狼って素早くって攻撃的なイメージあるけど、エヌって魔術師だろ?未だにピンとこないんだよなあ。」
「だからといって確認のために首元触ろうとしたのはどうなんですか。今にも殺しにかかりそうな目を向けてましたよ。」
「狼だったら気持ちいいのかなって……」
「扱いが完全に犬なんですよ。」

お開きの前に触ろうとしたら全力で腕を掴まれた。
魔術師の力じゃなかったし凄く目が怖かった。
銀貨を数え終わり、確かに受け取ったとルジェに伝える。あげじゃがとエールの追加を娘さんにオーダーし、話題が戻った。

「でもオクエットには触られていいのよね。」
「主人補正なんですかね。」
「何でちゃんと絆ができてるのにあんな分かりあえてないんだよ。」
「泥沼って怖いね。」

明日からは少なくとも自分たちとも少し距離は縮まるだろうか。
不自然な距離が消えて、仲間として自然な付き合いができればいい。人狼の姿を見ることがあってもなくても、ここまで共に冒険をした仲だ。簡単には縁を切らせるつもりはない。
彼らが望んでパーティを離れるまでは、何があっても。




部屋から一階の賑わいを聞きながら、明かりは消して月の光のみを光源にし、オクエットとエヌはベッドに腰かけていた。最も客が多い時間帯は、ここからでも声が届く。
いいからお互い休めと強く念押しされ、部屋から出してすらもらえない始末。夕食はトゥリアとテセラが届けてくれた。

「余も、エヌも、考えすぎていたのだなあ。」

労わるように、エヌの髪を手で梳いて、それから両手で首筋を撫でる。くすぐったそうに目を閉じて、身をオクエットに委ねた。
人狼の影響からか、首回り、特に顎下を触られることに弱くなった。そんな彼は、彼女の前でのみ襟巻を外す。元々は首筋を触られて人狼であることを実感したくなかったから着用したものだったが、今では彼女には触れてほしいと思うようになり、二人きりのときだけ外すようになった。
他の人には決して接触を許さない。他の人に服従するつもりは一切ないので。絶対に許さない。

「おかげでこうして余は気兼ねなく汝に触れられる。エナンたちに感謝であるな。」
「……それから、ルジェにも。
元々は、ルジェが打開しようとして……エナンたちに、僕が人狼であることを明かそうとしたらしいから。」

人狼の義眼を持っても、暗闇は見えない。
それでも、この義眼のおかげで大切な従者がすぐ傍に居ることが伝わる。
指を立てて、つーっと顎下に這わせる。見えなくても、身体を硬直させて堪えている様子が感触で分かる。嫌がらんのだなあ、と笑った。
こうして触れることは、獣として扱うようであまりよく思っていなかった。けれど、こうしてほしいと望まれている。
望まれているならば、与えてやるのが主人の務めだ。

「そういえば、だ。
何故何の迷いもなく目を差し出したかの質問。他の奴の目を移植するのは嫌だったのかとエナンらに聞かれて、我なりに色々考えてみたんだけどな。」

思い出したように。手を止めることなく、オクエットは語る。

「一つは、これは黙っておくつもりだったが。
人狼化の、狂化部分がどうにかできぬかと思うてな。」
「……狂化部分?これは、呪術の類だし……身体変化だから、オクエットの力でも、解くのは無理だと思うけど。」
「言うてしまえば精神干渉であろう?繋がりが強くなれば、余からの力もよく届く。干渉を上書きできれば、あるいはと。そうでなくても、干渉を引き起こす狼の憎悪を少しずつ消せはしないかと思うた。……余に汝の感情が返ってくることはすっかり失念していたわけだが。」

余が甘かった、と顔を曇らせる。
結果、自分が意識を失って、彼は自分のせいで傷つけてしまったと自責したことだろう。
ずっと、いつか人狼の力で自分を殺すのではないかと怯えていた彼だ。自分を助けるために、人狼であることも話して仲間に助けを乞うほどには。

「すまなかった。助けるつもりが、汝を傷つけてしまった。」
「…………オクエット。」

次は繰り返さぬ、と仲間の前では笑って気高に振る舞っていたが、今日の事態を引き起こしてしまったことを気にしていた。
けれど、エヌにとってはその言葉が嬉しかった。自分を大切にしなければ傷つく人がいるのだと。
彼女は、気が付いてくれたから。

「……それが、分かってくれたから、十分。
オクエットはもっと自分のことも大切にして。……君は昔から、自分が傷ついても何とも思わないから。
……僕は、君が傷つくと苦しいし、悲しい。僕のせいで、傷ついたなら猶更耐えれない。」
「え……そんなに余は傷ついておるか?別に余は恵まれた生活をしておったし、目は代わりに汝の目をもらったし……」
「そういうとこなんだよ。物理的だけじゃなくって精神的にもなんだよ。特に後者は殊更疎い。」

えー、とどこか他人事のような声を返す。分かっているのかいないのか。
彼女は弱音を決して許さない人だと、誰かがそういった。人のために涙できるのに、自分のことでは流したい涙にすら自覚がない。
濁ることのない、優しく強い心。決して濁りも陰りも許さない。
少々脱線しかけたので、他にも理由はあるの?とエヌが尋ねる。一つは、と言ったので、複数個あるのだろう。

「もう一つ、な。
もう一つ。汝は人狼となった。余は人間だ。今は余の方が幼いが、いつかは余の方が歳老いて、余の方が先に逝くのだろう。
そもそも冒険者として生きていく上で、明日どちらかが死ぬという可能性は大いにある。可能性としては、人の身である余の方が高いと思うておる。」
「…………それは。」

聞きたくないと思った。
明日、どちらかが死ぬかもしれない。自分が襲い殺してしまうかもしれない。その可能性はこれまでも考えてきた。
しかし、命の長さが変わってしまったことは考えたことがなかった。言われてようやく、長い空白の時間が生まれる事実を突きつけられた。

「だから。」

その従者の心を知ってか知らずか。
オクエットは、両手で優しく頬を包み、二色の瞳を慈しむように覗き込んで。

「余が先に逝っても、汝と共に生きる余がいるのだと考えたら、素晴らしいことだと思うた。」
「……!」

穏やかに笑って、もう一つの理由を答えた。

「できるだけ対等に、一人の人間として、汝をそう見ようと思うていたのにな。望んで従者になったわけではなかった。人狼ではなく人であろうとした、汝の在り方を守っていかねばと。
……しかしながら。余はいつの間にか、汝と居る事が当たり前になっていて、そんな時間が好きになっていたのであろうな。」

それは、とても彼女らしからぬ答えだった。
特別を、彼女は作らなかった。それは離別を恐れるからでも、己が独りになりたかったわけでもなく、無意識に。
領主と民。領主として民は誰一人特別扱いしてはいけないという意識から。それから極端に自己が薄い故に、誰かに対する欲もなかった。

(……君も、そうだったんだ)

いつの間にか、与えられていた。
いつの間にか、特別になっていた。
互いに不要なことで悩んで、意味もなくすれ違っていたことに呆れてくる。
もっと早くから、お互いにお互いが特別になっていたのに。
お互いがお互いに、関係性の変化を肯定できなかったが故に。

「だから、エヌ。頼むから、目のことで余が傷ついているとは思わないでくれ。
確かに余の片目は失ったが、それ以上のものを余は得ることができた。
村のこともそうだ。汝は余から全て奪ったと言うが、それは違う。」

小さな身体で、ずっと大きな身体を抱きしめる。
小さな子供が親の身体に飛びつくように見えるそれは、知っている人だけが分かる、小さな主人が大きな従者をより傍へと許す行為。
溝なんて、もうどこにもない。
それは穏やかな川となって満たして、かけられた橋が繋いでくれる。

「出会いは美しくなかったかもしれないし、汝にとっては後悔と罪悪感ばかりかもしれぬが。
余にとっては、汝だけは残ってくれた。汝だけは、余から離れなんだ。余という次の領主を求めた父も、母も、民も、村も、余の手から零れ落ちた。だが、汝は……今もこうして、傍におってくれる。
どうか、これからも傍に居てくれ。どうか、罪だと言わないでくれ。……汝が居ると、余は全てを失ってはいないのだと安心するのだ。」
「……オクエット。」

彼女なりの精一杯の甘えであり弱音だと思った。
自己の薄い彼女の唯一の強い欲だと思った。
―― 分からなくなってしまったものだと、ずっと思っていた

「―― 仰せのままに。」

強く抱きしめ返す前にオクエットの顔を見た。
色の異なる瞳が丸く開かれていた。
あぁ、汝もそのような笑顔を作れるのだなあ、と腕の中で彼女は笑っていた。



ルジェがエヌに聞いた。

―― もし可能ならば、人狼の呪いを解いて、人間に戻りたいか?

エヌは首を振っていいや、と答えた。
戻らなくてはいけない。人狼であることを隠していたあの日々であればそう答えた。
けれど、今はもう戻らなくてもいいと答えられる。人狼の力で主人を守りたいという、人としての願い。ビーストテイマーの主人と、人狼の従者。この関係を手放したくはなくなっていた。

迷惑かけるけど、とオクエットに申し訳なくなったけど。
それが汝の選択であるなら余は受け入れる、と笑ってくれた。

今日も、名を呼ばれる。
心地よく、柔らかく響くその声が。


決して許しを乞うことなく。
其は初めから罪などではなかった。



 

 

☆あとがき
リプレイまとめる前にあんまりにもオクエヌに情緒焼かれてなんかできちゃった……
オクエヌの始まりがやばくてめちゃくちゃ泥沼化してて、「これ人狼になったことを隠して誰にも相談しないからじゃね?」と結論を出し、明かす物語を書いたらなんということでしょう、びっくりするくらいハッピーエンド!!
因みにつがいの窓はイフで片づける予定だったんですが、ルルクスさんに札絵を描かれてしまったので正史になりました。なんで描いたあの人!!

ところでこの後、エヌ君からの距離がめちゃ近くなるしオクエットちゃんもよくなでなでよしよしするんだろうな、って。顔には出ないけど傍にやってきてすぐ隣に座ったり、一肌恋しくなったらすり寄ったりしてなでよしされるやつ。何してほしいとかどう考えてるとかはオクエットちゃんが全部把握してる。
そんでエヌ君は人狼の影響かもしれないけどそれ以上にオクエットちゃんが大切で主と認めているからって思ってて、オクエットちゃんとしては望まれてるからやるけど獣とは思ってない。っていう、アフター関係。…………。
なんか両想いじゃないのにエヌ君からオクエットちゃんに対してくっそめんどくさい感情ベクトル向いてませんかこれ???

この人たち、(私の性癖なのもあるけど)ふれあいが多いし刷り込みみたいなことが起きてるし……性癖に悪いんだよな……異種族による感覚の変化とかさあ……触れられたり名前呼ばれたりして気持ちよくなっちゃうの可愛いよね…………
…………
この人たち属性過多すぎなんだよ!!!!!!!!!なんやねん年齢差に身長差に種族差に寿命差に主従に後天性が故に人間と人外の考え方による葛藤に従者が主人から全部奪っちゃった後悔になんかもう色々!!!!!!!!

☆ほんのりだけどリプレイに出てきた(1~50依頼の中にあった)シナリオ
『感情集積工房』 烏間鈴女様作
『黄昏の人狼』 藤四郎様作
ネムリヒメ』 春野りこ様作
『黄昏は煉情の墓標』 cacco様作

『其は初めから罪などではなく』 上

※本編1~50+黒々屋様作『隷属の痕』『つがいの窓』『虚に揺蕩う』の後日談
※オクエットちゃんが↑の内面性ガンスルーしてる
※上記3つ+邂逅話読んでると分かりやすいけど全部知らなくても大丈夫にしたはず

 

エヌが致死の呪いを受けた。
視界が奪われるだけかと思ったそれは、やがて心を食いつぶし、命を食いつぶし、死に至るのだと。
アルカーナムは指名手配犯の手を借り、材料を集め、解呪は成功した。

解呪、『は』。

時間がかかり過ぎたために、呪いを直に受けた目から穢れを落としきれず、エヌは失明することとなった。
それをどうにかするには、目を移植するしかない。
それならばと。オクエットが、片目を差し出すことを申し出た。
それから同時に、エヌの片目を義眼に作り替え、自身の目に移植することも。
あまりにも狂気的な行動。大切な者の身体の一部を、己自身に組み込む。
とても、受け入れられる行動ではない。
そもそも、人狼の瞳である。魔力を保有し、生み出す力もある。義眼となれど、その力は存在した。
魔力は霊力に強い。霊力を保有するオクエットにとっては毒になりかねない。人狼の血に塗り替えられてしまう危険性だってある。
それを覚悟の上で、彼女は彼の瞳を身に宿すことを選んだ。
エヌの瞳を失われた瞳の場所に入れて帰ってきたオクエットは

「うはははは!余は理解した!魔法の矢とは目から出すものだったのだな!」

めちゃくちゃ元気だった。



「すいません、悪影響が出るかもって聞いていたんですけど。」
「完全に杞憂であったな。」

この世界の不可思議な力は、魔力・霊力・妖力の3つの力で構成されている。魔力は霊力に強く、霊力は妖力に強く、妖力は魔力に強い。三すくみの関係が世界のバランスを均衡に保っており、それを覆す力が旧文明で見受けられた、科学だとされている。
上述したように、霊力は魔力に弱い。故の悪影響が考えられたが、オクエットの場合は保有した魔力の性質上ビーストテイマーとしての力が抑え込んでいるのだろう。結果、共存が可能となった、とあくまでも推測。
勿論人狼の目だとは言っていない。霊力魔力部分の話しかしていない。
とはいえ、宿す際に大丈夫だろうと推測できる根拠はあった。魔力保有者であるエヌに、ビーストテイマーとしての契約も命令も有効である。であれば、少なくとも自分の霊力の方が強い。毒されることはまずないはずだ。

「何だろう。人の目を入れるとか完全にやばいやつだろ、って思ってたんだけど。」
「皆に事情は話したであろう?余が一方的に目を押し付けたなら、エヌがぐちぐちぐちぐち湿っぽくなるのだ。現に部屋から出てこないではないか。」
「私でも出てこなくなる自信がありますが。」
「捨てたはずの_混沌派を目玉として宿すな。」

嫌悪感は多分あった。全部吹っ飛んじゃったけど。
嫌悪感を全部ツッコミどころに変えられてしまったせいで、受け入れてしまった部分がかなりある。
そもそもエヌの目を自身に入れた理由が、

「では余の目が欠けたままでよいと?エヌがそれを見て落ち込まないと?無理無理ぜーったい無理。進行形で絶賛反抗期を迎えた子供が母に八つ当たりした後のように引きこもりだ。
余とて、エヌに重荷を背負わせたくはないからな。こうして余に失った分得るものがあった方が、あやつも納得するであろう?魔力が分かるようになったし魔法も扱えるようになった。お得であろう?」
「損得じゃなくって倫理観の問題なんだけど。」

と、このように相手ができる限り落ち込まない方法を考えた結果、なのである。
相手の目を自分の一部にしてやったー、とか言い出す変態思考だったら本当にどうしようかと思ったが、そういう感情は一切なかった。安心した。

「あの……だったら、全然関係ない人、例えばお尋ね者とかで、それっぽい目の色の人から移植するとか……まだあったんじゃないかな、って思うんだけど……」
「トゥリアもトゥリアでなんか凄いこと言い出しましたけど。」

赤の他人でどうせ殺しちゃうのなら別にいいんじゃ、とか言い出すのは完全にサイコパス発想なんですよ。
でも自分の目を差し出すよりかは全然平和ではある。ほんまか?

「と、トゥリア、天才か!?」
「いやいやいや天才か、じゃねぇんだよむしろ赤の他人から移植するって発想がねぇのもどーなんだよどっちもやべーやつだけど何で真っ先に自分の目差し出すんだよそれが一番エヌは傷つくんだよ分かるか?」
「り、りょ
「領主の娘としての行動、はこの件に置いて禁句な。」
「何故!しかも先にくぎ刺された!」


領主でも目は2つしかないんですよ。取返しのつかないものなんですよ。そんなぽんぽん渡せるものではないんですよ。

「せめてあなたのことが大切だったからだとか、自分が助けたかっただとか、そういうことは言えないんですか。」
「む、失礼な。エヌは大事なむ
「村の民って台詞は禁止な。」
「何故!!」

解せぬ、とカウンターをバン!と叩く。むしろ何で分からないんだ、ともれなく全員頭を抱えた。

「こ、ここはほら、民を思って目を失って従者の目を宿す主人よ健気ー、ってなるところではないのか!?余が可哀想であろう!?」
「流石にエヌが可哀想。」
「流石にエヌが可哀想なんですよ。」
「エヌさんをあんまりいじめちゃだめ。」
「主人が一番エヌをいじめてんだよな。」
「満場一致で!?!?」

別に同意は求めていなかったけれど、それはそれとしてエヌが可哀想と全員に言われるとは思っていなかった。カウンターに突っ伏して、何故……とぶつぶつ呟き始めた。
……オクエットは、我が薄い。強い意志と前向きな性格が故に気づきづらいが、彼女の行動は常に『自分が上に立つ者』の意識があり、人のために行動する。
決して博愛や優しさから来る行動ではなく、そのように生まれ育ったが故の、呪いにも似た思考。その性格に問題があるわけではないが、エヌにはあまりにも酷である。

「……でも、なんだろうな。」


ぽつり、オクエットが呟く。


「なんとなく、嫌なのだな、余は。
エヌに、全く関係ない者の瞳が移植されるのは。」
「……オクエット。」

余の我儘なのだが、と困ったように笑う。
あぁ、やっぱり。ちゃんと大事な従者であり、自分が助けたかったという気持ちがあったのだ。あまり自覚していないだけで、ちゃんと特別という意識が


「だって犯罪者とかお尋ね者の目を移植するって何の罰だ!?罪人の身体の一部を移植など、殺されるべき者の一部が宿るなど耐えれるか!?」


馬鹿野郎。


「だから何でそういう発想になるんですか!今いいところまで行ってたじゃないですか!」
「いいところって何だ!?道徳の授業か!?人の心を学ぶ尊い科目だな、任せよ!」
「今のエヌの心境を20字で答えよ。 配点:10点」
「君のおかげだよありがとう^^」
「エヌに謝れ。」

もう人の目を自分にぶち込んだこと以上に、この絶妙に人の心が分かってない精神の方が怖くなってきた。
それでは報告に行ってくるでの、とぱたぱたと階段を登っていく。引き留めてあげることが優しさだろうかとも考えたエナンだったが、どうせほんの気持ちの延命措置にしかならないな、とゆるゆると首を横に振った。人はこれを諦めともいう。


  ・
  ・

―― 狂化
強い感情で精神を侵し、飛躍的に身体能力を上げる。代償として理性を失い、身体はあらゆるものの破壊を本能的に求める。
よほど強い恨みだったようだ。自分に取りついた人狼は、呪術により自身に狂化の術をかけた上、その命を持って僕に呪いをかけた。
身体的にも人狼の血に耐えられないのに、狂化まで仕込まれていれば、それは制御なんてできるはずがなかった。

狂化は一時的なものではなかった。
人狼化すれば、それは容赦なく発動する。それから彼女に憑かれて得た人狼変化には、人の原型がある人狼化と、完全な狼へと姿を変える2種類がある。どちらも制御は利かず暴れてしまうのだが、後者は特に身体に負担がかかる。
基本的に意図的に変化できるが、人の魔術で無理やり変化させられる、あるいは魔力をため込み過ぎた結果無理やり引き起こされることもある。感情的になった結果、狼化してしまったことだってあった。今のところ、他の仲間の前で人狼変化が起きていないことが幸いだった。
まだ、仲間には知られていない。3年ほどの付き合いになるが、誰一人自分が人狼であることは知らない。そのくらいには、上手くやれていた。

人狼化は、とにかく苦しい。
負荷に耐えられない身体に激痛が走る。精神が侵されて、目に映るもの全てに牙を向けてしまう。自分が自分でなくなって、憑いた狼に思考も心も好き勝手にいじくり回される。
それでも。

「―――― 、」

そんな状態でも、オクエットの指示はよく響いた。
命令を下す、と彼女は言うが、力任せの精神干渉ではない。
寄り添い、労わり、傍に居てくれる。たった一つの言葉で苦しみが和らいで、どう動くべきか、彼女の望む行動が分かる。
彼女が居てくれるから、決して人狼の力に飲まれることはなかった。


……いつからだったのだろう。
その『声』が、心地よくて。
この人に逆らえない、逆らいたくない。
この人にだけ尽くしたい、ずっと傍に居たい、片時も離れたくない。

君に従う者の、一番に。

君は、僕を『形だけの従者』としか見てなかったから。
僕を、君だけのものにしてほしいと頼んだ。


彼女は苦い顔をした。
ビーストテイマーとしての力が毒になったのだと考えた。
人狼に毒され、命令に毒され、人と獣との境目が分からなくなったのだと。
そんなことはない、と、言い切れなかった。

だって。
獣だから、彼女の力は有効なのだから。
人としてなのか、獣としてなのか。

分からなくなって、恐ろしくなった。
同時に、そのどちらでもいい、と考える自分も居て、また恐ろしくなった。


―― けれど、やっぱり。この人に付き従いたいと心から願うのだ



オクエットは僕を、それでも人として扱った。
けれど、形だけの従者から正式に従者として認めてくれた。
だからといって何かが変わったわけではない。
変わったわけではないから、あの人から枷が欲しかった。
僕が傷つけば、すぐに庇うように前に立ち守る。
そんな僕の傷を癒し、無謀なことをするなと叱った。

何が変わったわけでもなかった。
オクエットの中では、僕はまだ『領主として守るべき民』であるのだろう。
それが悔しくて、歯がゆくて。
あの日、全てを奪ってしまった日の彼女は笑っていた。
大切なものを全て壊されてなお、僕のことを気にかけ、僕に何かあればすぐに行動し、助けてくれた。
それが、領主である責務だと。
……彼女は、自分自身の弱音では決して泣かなかった。
否、泣かないのではない。

泣けないのだ。
僕が、壊してしまったから。

奪ってしまったから、与えたかった。
でもその感情に、かつての罪悪感はどれほど残っているのだろうか。
どうして僕は奪っておいて、彼女の一番を願っているのか。
あまりにも、傲慢だ。そんな甘い自分が心底嫌になった。

  ・
  ・


「エヌ、入るぞ。」

ノックと同時に入る。ノックをする意味がない。
なんてツッコミを入れたところで、この調子なら返事はないだろうから、入っていいかなどという問いは無意味だ。と、オクエットはふん、と鼻を鳴らしたことだろう。
オクエットから片目を受け取ったエヌは、もう片方の視力も戻った。人狼としての再生能力が、人の眼を貰うことで働いた。
呪いで失明をしたままでは、再生能力は『始めからなかったもの』と認識し、元に戻ることはなかった。瞳を貰ったからこそ、目という器官を認識し、再生したのだという。

「余が居ない間も部屋から全然でなかったと聞いたぞ。全く、汝は思い悩むと本当にいつまでもうじうじ悩むな。」
「……!だって、僕のせいで、君の眼が――」


やれやれ、と呆れるオクエットの言葉に腹が立って。
ベッドで蹲っていた状態から、初めて顔を上げてオクエットの方を見て、ぎょっとした。
紅の失われた箇所に、蒼がはめ込まれている。その色は、エヌも良く知っている。
自身の、瞳そのものの色。

「っ……な、ん、……僕の、目、が、」
「ふふーん、よく聞け。汝がそうやってふさぎ込むことくらい、主である余はお見通しだ。
だから、余が汝に目をくれてやる代わりに、汝の目をもらい受けたということだ。とはいえ、義眼であるため視力は戻らんがな。」


等価交換であろう?と得意げに話す。
対するエヌは、ただただ驚いて固まるばかり。何の言葉も出てこなかった。


「しかし流石人狼の目だ。魔力を保有しておるから、余も魔力が分かるようになった。簡単な魔術なら習得したぞ。なんと目から魔法の矢が出る!
とはいえ、汝のように知識があるわけでもないし、霊力を使う身であるが故魔術はさほど上手くはならぬだろう。これからも、汝の知識に頼りなるからよろしく頼むぞ。」

何事もなく振舞うオクエットに耐えられなくなった。
自分の瞳をその身に宿した彼女の行動に嫌悪感はない。
そこに、特別意識はない。僕を救うための、ただの気遣い。
蒼色が、傷に見えた。
決して癒すことのできない、かつて壊してしまって戻らない自己のように見えた。
だから見ていられなくなって。その蒼色がまた、いつかの罪悪感を思い出させて。


「……む、なんだなんだ。それほど嬉しかったのか?」
「…………っ、……!」


気が付けば、強く強くオクエットのことを抱きしめていた。
何かを叫ぼうと、訴えようとするのに何も言葉にならなかった。
その瞳を見たくなくて。見ていられなくて。そんな自分の顔も見てほしくなくて。平気だと言わないでほしくて。
低い、獣のような唸り声が出て。小さな身体に鋭い爪が食い込んで。

「ちょ、ちょと待て、痛い痛い、流石に痛いが!」


黙って。
何も言わないで。
お願いだから。
ぎゅう、ととにかく強く抱きしめて。


「待て、エヌ……ぃ、痛い、」


そうだよ、痛いんだ。
何で分かってくれないんだ。
痛いってわかるんだろう。なあ。痛いんだろう。

「……ぃっ……ぐ、」


大きな身体の中で小さな身体が藻掻く。
それでも離さない。ただただ黙って、跡が残るほど爪を立てる。
けれど、僕は彼女には逆らえない。

「……っ、『落ち着け』!」

その言葉一つで力が解ける。力が籠められなくなる。
それでも体勢はそのままだった。全く、と再び呆れた声をこぼし、次には優しく労わるような手つきで優しく背を撫でてきた。


「なあ、喜んでないであろうこれ。なんだ?怒っているのか?」


何で喜ぶと思ったんだ。
低い、小さな声で返すとえぇ、と困った声が漏れた。


「汝なら、余に取り返しの無い傷をつけたー、だとか言うと思ったからこのようにしたのだが……汝の力で魔力が見えるというのも、なかなか楽しいぞ?」
「……そうじゃ、ない…………そうじゃないんだよ、オクエット……」

魔力を持たない人間が魔力を扱うことはさほど難しい話ではなく、いくらでも方法はあった。例えば魔法具を用いる、外部魔力を用意するなど、簡単でリスクの少ない術は山ほどある。
故に等価交換にはまるでなり得ない。釣り合わない。そもそも、身体の一部を差し出して助けるといった行為が耐えれなかったのに。

……怒っているのか、とオクエットは問いかけた。
僕は、彼女以上に僕自身が許せなかった。
こうしてまた、彼女を傷つけて自分が助かった。
それが何よりも許せなかった。
オクエットは何故僕がこのような酷い目に遭うのかと嘆いたことがあるけれど。
僕は、どうして君がそんな目に遭って笑って僕を赦すのか。
領主の娘だからと、その呪いで全てを赦してしまうのか。

泣いてほしかった。
怒ってほしかった。
だけど、彼女は残酷なほど、優しく声をかけて、笑いかけてくる。

「……苦しいんだよ……君が、そうして自分を顧みないことが……」
「むぅ、これで余が失っただけだと捉えられるのは大きな間違いなのだが。」
「同じのはずなんだよ。僕も、目がダメになって、君は耐えられなかっただろ。それと同じなんだよ。」
「よしとしないから、目をこうして与えた。同じと言うのであれば。汝が余と同じ立場になれば、同じことをするであろう?」

分からんな、と相変わらず首を傾げる。
……やはり、伝わらない。だけど、同じことをしないとは言い切れなかった。
オクエットの世界から光が失われたとして、自分の目を差し出さずにいられるだろうか。
僕という存在のまま、目の代わりを務めると言えるだろうか。
……きっと、言えない。悩む暇もなく、目の移植の話を持ち出されれば、同じことをする。

「……ほらな?」
「っ、この、分からず屋っ……!」


拙い八つ当たりだ。
ただ僕が気に食わなくて、何も言い返せないだけじゃないか。
それを認めたくなくて、思わず罵倒を口にしてしまった。
主人になんてことを言ってしまったんだ。そう思ったときにはすでに遅かった。
オクエットは笑っていた。
余は汝が分からぬよ、と笑っていた。

  ・
  ・

オクエットが戻ってきてから一週間が経った。
ふさぎ込んでいたエヌだったが、感情にある程度整理が付いたようで、仲間と共に依頼を請けるようになっていた。
……ロクな依頼がないため、何人かで分担して依頼をこなす日々であったが。

「エヌとオクエットってさあ。なんか、2人の世界って感じがしないか?」
「それは……エナンとファディ姉ちゃんみてぇな?」
「待ってください、どういうことですかテセラ。」


そりゃあアルカーナム一のバカップルだし?とテセラとトゥリアがうんうん頷く。
オクエットとエヌが依頼に出かけ、エナンとファディ、トゥリアとテセラが戻ってきた頃、4人でそんな雑談をしていた。丁度お昼時だったため、全員で昼食を囲む。
パーティを組んで長く過ごし、かけがえのない仲間に違いないのだが、4年ほど経った今でもあの二人とは溝があるような気がしていた。
それはエナンとファディのような深い仲だから、ではなく、どこか人を寄せ付けないよそよそしさを感じることがあったのだ。

「オクエットは領主の娘であの態度だし、エヌが無口で人と関わろうとしねぇし……性格からか?」
「そもそもあいつら、なんていうか……互いの距離が近いのか遠いのかもよく分からなくないか?俺だけ?」
「分かります。あの二人、凄く違和感があるんですよね。」


だからといって、理由は分からずにうーん、と首を傾げる4人。
違和感は4人共感じていた。それが何か、までは分からないが。
そんな話をしていると、宿の扉が開き、一人の女性がただいまー、と戻って来た。あまりパーティを一緒にしないが、アルカーナムのメンバーのルジェだ。

「お、エナンたちじゃない。どうしたの、親父さんのハゲを食い止めるにはどうするかとか答えの出なさそうな談義してますって顔してるけど。」
「ルジェ、後で表に出ろ。」


じょ、冗談よやだなー、とそそくさとエナンの隣に座る。
隠すような内容でもないしいいか、と話題に巻き込む。普段ほどんど共に居ないため、話しても共感を得られるかはともかくとして。

「ほら、うちのパーティにオクエットとエヌっているだろ?
あいつら、ちょいちょい二人の世界に入るし、そもそも2人が仲いいのか悪いのか分かんないよなーって話をしてたんだよ。」
「ルジェさん、分かるかな?ちっちゃくてすっごく頼りになる浅葱色の髪の子と、おっきー灰色の髪の人なんだけど。」
「流石に分かるって。あの2人はそりゃだって、ロレン村出身でしょ?じゃあ、しょうがない気がするけど。」

ロレン村は、オクエットとエヌが暮らしていた村の名前だ。
すでに壊滅し、存在が消えた村の名前なのでもう覚えている人も少ないだろう。なんならエナンたちも村の名前を聞いて、あいつらロレン村って場所に住んでたんだーって顔をした。存在を消して数年経ってるし田舎だったし、まず利用する人もそういないため仕方のないリアクションではある。


「大声で話せないけど、ああいう事情があるんじゃ、ねぇ。」
「確かに……住んでいる場所が妖魔に襲われて、村は壊滅。オクエットの両親は死んだし、エヌも突然仕える人が変わった、となれば……あんな反応にもなりますか。」
「え、いや、それは――」

ルジェは両親の教えにより、盗賊に育てられた。しかし良心が捨てきれず技術も伸び悩み、トレジャーハンターならまだ目指せるかな、とそちらに舵を切り、結局場所が遺跡であったとしても盗みや無断侵入をできるほどの度胸もなく、伸び悩んだ。
が、あくまで技術の話であり、洞察力には優れており違和感にもよく気が付いた。違和感を調べるためなら足を使うことも躊躇わない。
だからルジェは知っていた。

「……もしかして。まだ隠してるの、エヌたち。」
「隠してるって、何を。」


平和な村に突然妖魔が現れた。
領主が普段からビーストテイマーの力で妖魔や狼を追い払い、剣の技術も持っていたのにそのようなことがあり得るのか。そもそも隣の村は存在しているのに、何故妖魔を追い払うために依頼は出さなかったのか。
……真相を知ったときは、驚いたが。もう数年も前のことなので、話しているものだと思っていたが。

「…………」


ルジェは、全てを、察した。
同時に、全てを、納得した。

「……あぁぁあああああああ…………!!
そりゃ二人だけの世界にもなるし二人が永遠に互いの言い分すれ違ったまんまにもなるでしょもぉおおおおおおお!!」


何か触れてはいけないものに触れてしまった?と、頭を抱えて喚くルジェを、4人はぽかーんと見ていた。
というかあまりの喚きっぷりに他のお客さんもこっち見てる。


「…………」


あ、なんか今度は疲れた目でこっちを見てきた。
これは、一人だけこんな胃痛を抱えさせられて可哀想だと思わない?と、理不尽を理不尽に訴えてくる目だ。

「皆。今からあたしの部屋に集合。」


そんでこれは、一人だけこんな理不尽に巻き込まれっぱなしでたまるか、って理不尽に巻き込もうとしてくる目だ。
従うしかないなぁ。絶対に逃がさないって強い負の意志が降り切れてるもんなぁ。黒い眼差しじゃん。
仕方なく4人はあきらめてルジェに連れられ彼女の部屋に向かった。

 


「じ、人狼!?」
「しー、声が大きい。そのリアクションも分かるけど。」

エヌは正体を隠しているが、後天性の人狼である。
ルジェははっきりと、残りのアルカーナムたちに告げた。
人から狼の姿に変身し、人を喰らう魔物。人のフリをして村に潜み、人を食い散らかして去っていく。
中堅の頃に一度人狼と対峙したことを思い出した。あの人狼は、己が人狼になる対象を選び、その者に止めを刺されようとしたときに対象を人狼にする、死の呪い。
選ばれたのはエヌ……正確にはオクエットに向いた攻撃を彼が庇った、ように見えたが。それが原因かと思ったが、最後の一撃を決めたのはオクエットだったはずだ。

「それよりも前から、よ。
というかそんなことあったんだ。……じゃあ、自分はすでに人狼だから、自分が引き受ければ誰も人狼にならなくて済む、って考えたのかもね。」
「ま、待てよ、それよりも前って……じゃあ、いつから……?」
「ここに来る前から。そもそも、皆に説明した村が滅んだ経緯が違うわ。」

2人は、妖魔の襲撃を受けてオクエットの親は死亡し、村の生き残りは隣の村に統合された。オクエットは父親を、エヌは仕える人を亡くし、仕えていた者の娘である彼女に新たに仕えるようになった。
しかしお互いに村という居場所がなくなったから冒険者になった、と経緯を聞いていた。

「実際は。
妖魔ではなく、人狼が村を襲撃した。その人狼はエヌであり、村を壊滅させたのも、オクエットの両親を殺したのも、全部エヌがやった。」
「―― っ!」

ある者は目を見開いて、ある者は開いた口を手で押さえて。
『二人が他者に対して溝がある』ことは時々感じることがあった。その理由が、人狼であることを隠しているから。
嘘の経緯を伝えたのは、己が人狼であることを知られないために。
納得はできてしまう。辻褄も合う。……が、信じる信じない以前に、いくつか確認しなければいけない、とエナンはルジェに確認を続ける。

「なあ。ルジェはなんでそんなこと知ってるんだ……?長年の付き合いだった俺たちだって、そんなこと知らなかったのに……」
「ロレン村が壊滅したと聞いて、聞き込みに行ったからよ。だっておかしいと思わない?平穏な村で、領主様がビーストテイマーで狼を従えて、他の狼や妖魔を追い払っていた。そもそも領主様自体がある程度戦える。
それが、突然妖魔に襲われて壊滅したなんて、あまりにも不自然だと思わない?」

トレジャーハンターとしての技術はいまいち伸びず、ぱっとしない成果しか出せなかった。盗みをする度胸もなく、だからといって特別な才能もない。
けれど、情報を扱う職業だったからこそ、違和感に気付くことができた。有名な村ではなかったが、地理情報に疎いようであればそもそも技術以前の問題である。

「一応これでもトレジャーハンターをやってたから、この手の情報はすぐ仕入れるのよ。職業病でね。
あともう一つおかしな点として、そんな妖魔が出たというのに、討伐依頼が出てないのよ。隣の村に統合されたからといって、妖魔をそのままにする理由にはならないでしょ?あたしだったら、放っておけば次は統合された村が襲われると思って依頼を出すわ。」

元々エナンたちのパーティには、初めはエクシスという盗賊がいたが、彼女はティオールと依頼を受けた後に帰ってこなくなった。
今はトゥリアがある程度代役を務めているが、盗賊を本業としている者は彼らのパーティにはいない。更に、丁度ロレン村が壊滅した時期と彼女らがいなくなった時期がたまたまとはいえ一致していた。他のことに気にする余裕はなかっただろう。
それを知ってか、知らずかは分からないが。疑われずパーティに加入できたことは、オクエットとエヌにとって都合がよかったに違いない。

「……人狼であることは分かりました。ですが、私にはエヌが自分からやったようにはどうしても思えません。
お人よしだから、とか言われそうですが……でしたら、何故エヌはオクエットと行動を共にするのか。そもそも、何故人狼になったのか。まだ、知るべきことがあると思います。」
「うん……人狼って聞いたから、びっくりしちゃったし……悪いことしたのかな、って思ったけど……望んで人狼になったわけじゃないかもしれないもん。わたしたちが討伐した、あの人だって……なりたくてなったわけでも、やりたくてやったわけでもなかった。」
「そもそもあいつ、村を襲うなんて度胸あるか?あの悲観的で根暗なうちの参謀サマだぜ?むしろとんでもねぇことしちまったから償うためにオクエットについてきた、とかありえねぇ?あるいは死んで詫びるとか言ったけどオクエットに待ったをかけられて今に至るとかよ。」

ああーめちゃくちゃ分かるー。
アルカーナムの、この気の抜けた同意の声。誰一人として、エヌのことを人ならざる、害ある者だとは考えなかった。
悲観的ですぐに物事を悪い方向へと考え、必要以上に思い悩む彼のことだ。あくまでルジェの話は『結論』でしかない。
彼について、知らなくてはいけない。

「……そんな風に、あたしも考えれたらよかったなぁ。」

やれやれ、と自嘲的に肩をすくめ、すぐに首を横に振った。
今はもういない、姿だけのシスターを思い出す。自分に盗賊としての心構えを教えてくれ、魔法の才能を見出してくれた人。
快楽殺人鬼のろくでなし、と考えていたけれど……今なら、何か意味があったのではないか、なんて考えてしまう。
それこそ、今目の前の4人のように。

「ま、あたしもエヌを黒だとは思ってないわ。
当たり前だけど、生き残りはエヌのことを悪く言うやつらばっかりでね。でも、オクエットは凄く信頼されていたらしくって、それで女の子からこんな話を聞いたのよ。」

オクエット様がね、エヌさんのことを責めないでくれって言ってたの。
おーかみつき?にハメられただけで、あの人は悪くないんだって。
……村の人がエヌさんのこと、悪く言ってるの聞いて、凄く悲しそうな顔してたよ。

「……その話が本当なら、エヌは狼憑きに無理やり人狼にさせられたって考えてよさそうだな。」
「というか、オクエットもオクエットなんですよね……ご両親を亡くされたのに、村の人に説得して回った、ということなのでしょうか。」

オクエットはアルカーナムで最年少であるが、振る舞いや言動はとても子供らしくない。テセラも子供にしては大人っぽいという感想を抱くが、彼女の場合はまるで子供らしさがない。
時々突拍子もない行動にこそ出るが、周囲の者に常に気遣いをし、最も望むことは何であろうかと考える。領主として育てられ、上に立つ者の意識が根付いたからだ、と彼女は言っていた。
それだけ、であれば。あれほどまで、自己が薄れることもなかったはずで。
本人に聞いたわけではないので仮説にしかならないが。
村を、両親を失い、己を殺すことで傷から目を逸らしたのではないか。
だから自己が極端に薄く、育った経緯のこともあり常に誰かのことを考えてでしか動けないのではないか。
恐らく、本人は無自覚で。

「……そりゃあ。ぎこちなくもなるよなあ。」

紐解き、咀嚼し、納得する。
周囲に対しても、2人の関係もどこかぎこちなさや溝があると考えていた。
その溝は、長年過ごせば過ごすほど、感じる機会が多くなっていた。
過ごした時間が増えれば自然と埋まるはずのそれは、底なしのように埋まらない。だからといって突き放されるわけでもなく、本当に時折、違和感を感じる程度のものだった。
それで、とルジェは三つ編みの髪を先をくるり、指でいじりながらエナンを見る。

「とゆーわけで。あたしはアルカーナムの一員だけど、基本的に一人身だから後はあんたがどうにかしなさい。」
「え?ここで俺に全部ぶん投げられんの?」
「当たり前でしょ。あたしは見てらんないから、せめて現状をどーにかしてほしいわけ。でもそれは、あたしの役割じゃない。あたしは暴くことはできても、手を握って引っ張ってやれるほど一緒には過ごしてないの。」

お分かり?と、腕を組んでふん、と一つ鼻を鳴らす。
受け入れるも、突き放すも、後は付き合いの長いあんたたちがすべき。特にリーダーには絶対の権限がある。
と、エナンに託すのも、

「あんたなら、悪いよーにはしないでしょ。」

共に行動こそしないが、同じパーティのリーダーとして信頼してるからこそ。
この人がどれだけ人が良くて、信頼されているかを知っているからこそ。
どうすべきかなんて、誰にとっても問うまでもない。でしょ?

「…………」

そんなルジェをまっすぐ見て、仲間たちの顔をぐるっと見渡して。
皆、エナンを見ている。

「……そもそも――」

口を開いてすぐ、バン!!と大きな音を立てて扉が開かれた。

「っ……!……!!っ、……、……!!」
「なんっ……って、エヌ!?」

いきなり現れたエヌは息を荒げて、口を必死に動かしていた。
両腕で護るように大きな何かを抱え、全身は真っ赤に染まっていた。

「ど、どうしたんですかそれ!?は、早く治療を!」
「僕は、僕は平気、これ全部返り血、だけど、だけどオクエットが、オクエットが突然、倒れてて、それで、それで、」

傷を負っていると思ったファディが急いで駆け寄ろうとして動きを止めた。震えた声で、今にも泣きそうな声で早口に訴えかける。
抱えられていたそれは、意識を失い力なく眠るオクエットだった。
受けた依頼は妖魔退治。緑色の皮膚をした人間くらいのサイズの生き物と聞いていたので恐らくゴブリン。群れが相手となっても、今の2人なら余裕だろう。
危険性はなかった。それから返り血だと、突然倒れていたとエヌは言っている。つまり、命に関わる傷は負っていない。

「まず落ち着けエヌ!
妖魔にやられたとかじゃないんだろ。それで、お前が分からないってことは魔術的なことでもない。
状況を教えてくれ。何があった?」
「…………っ、」

何が起きたか分かっているなら、すぐにでも対処しているはずだ。
けれど、それを行わずに、あるいはできずに仲間の元へ駆けてきた。
口を噤む。オクエットを見て、仲間の顔を見て、もう一度オクエットの顔を見た。それから何度か口を開けようとしては閉じて、その繰り返しだ。
やっと、声を絞り出したとき、

「……僕の……せい、かも……しれない……」

彼は、誰の目も見れずにいた。
そうして、懺悔のように。諦めたように。彼は、続きの言葉を紡いだ。
……ずっとそれを隠してきた。誰かに明かすことは恐ろしかった。
彼らは後ほどどのような顔をするだろうか。
ここにはいられなくなるだろうか。
それとも魔物だと危害を加えようとしてくるだろうか。
けれど、隠してオクエットを救えないくらいなら。
僕一人がここから出ていくだけで済むなら。

「……僕は、人狼なんだ。」


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運命の天啓亭 29~35(執筆途中)

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29.ほしみ様作『勇者と魔王と聖剣と』


姉貴の分まで、俺が生きて名を上げる。
姉貴の襟巻からは、まだ姉貴の香りがする。
槍はまだ手には馴染まない。けれど、扱えないわけじゃない。

お前に、いつか追い付いてやるからな。
絶対に追い付いて、俺と姉貴の二人として名を広めてやるからな。

覚えていろよ、セヴェンタ。

…………

だからといって。
魔王退治はなんか違うと思うし、魔王に追いかけまわされる日々と化し、姉とは別の気苦労が俺を襲うようになったんだがどうしてくれるんだ。
違うそうじゃない。俺はそういう名声が欲しいんじゃない。魔王に追いかけられまくる冒険者ってなんだよ。


疲れた。
……本当に、疲れた。

 

――著者『ヴェレンノ』

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30.花葉様作『黄昏の恋人』

 

 

 

 

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- uta様作『神経廻廊』

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31.とりい様作『幻牢の王国』

 

 

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32.柚子様作『滅びの呼び声』

 

 

 

______________________

 

33.禄山様作『瑠璃色のツバメ』

 

 

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34.Pabit様策『歯の欠けた鍬』

 

______________________

 

35.きいち様作『カルミアの懇願』

 

『決して許しを乞うことなく』

※グロめな表現あり
※アルカーナムに来る直前のオクエヌの話

 

 

リューンより馬車で一週間ほどの、小さな村。
そこでは村人思いの領主と、領主を慕う村人たちが暮らしていた。
領主は必要以上に村人から作物を搾取することはなく、村のリーダーとしても民が暮らしに困らないように導いていた。
領主はビーストテイマーの魔術を心得ており、狼の被害に遭えば手懐けた狼で追い返させ、妖魔が現れれば自ら剣を握り、手懐けた動物と共に追い払った。
故に、盗賊の被害に遭うこともなく、リューンでも『あそこの村は平和で治安がとてもいい』と評判になるほどだった。

 

領主には子供が一人いた。
男の跡取りとはいかなかったが、この娘もまた優秀であった。
父の教えを素直に受け、よく学び、剣の扱い方も、ビーストテイマーとしての教えも収めた。
娘は生まれながらにして、いずれ上に立つ者であることを理解していた。故に、上に立つ者として願われ、そのようになるのだと疑わなかった。
……たった一点、父の教えとは異なった部分があったが。

 

「なぁ、父上。余は魔力の扱い方を教わっておらぬのに、何故動物たちの言うことが分かるし、何故動物たちは余に力を貸してくれるのだ?」

 

領主の娘、オクエットは5歳のときに父に尋ねた。
ふむ、と顎を親指と人差し指で撫で、恐らくだがと推測を述べる。

 

「お前は、意志の力が強いのかもしれないな。」
「意志の力?」
「あぁ、霊力とも言うのだが、その名の通り霊的な……魂や精神の力とされている。気功法や法力もこれに当たるのだが、感情や意志が強い者は自然とこの力が強くなる。」
「ふむ……何やら、御伽噺の主人公が持つような力であるな。」
「はは、確かにな。この力で動物と心を通わせて理解しているのかもしれない。
誰でも持ち得るが、誰でも持ちえない力だ。大切にするといい、オクエット。」

 

魔力の使い方は父親からは教わらなかった。
霊力の使い方も教わらなかったが、別に困ることはなかった。
生まれながら持った、動物に強く反応を示す言霊の力。父親の魔力の影響か、それとも背を見て成長したからか。その正体は分からないままだった。
ぽん、と頭を撫でられ、ふふんと得意げな表情を零した。
こうして父からの教えを受け、いつかは後を継ぎ、この村の領主となる。
オクエットは、そう信じて疑わなかった。

 

「そうだ、オクエット。村の者が婚礼の儀を上げる。エヌという人物だ、知っているな?」
「む?その者、儀は行わぬと申しておうたが。女に言い寄られて、同居するため仕方なく結婚をする、故に愛しておらぬ以上儀は必要ない、と。」
「なんと……全く、あいつの性格にも困ったものだな。女の方はなんと?」
「構わぬ、と言うておった。」

 

えぇ……と、領主は完全に困惑顔。人生で一度きりなのだから、盛大にやりたいと願うのが普通ではないのだろうかと大変神妙な顔を浮かべた。
エヌは生まれも育ちもこの村で、女の方はついこの間村に越してきたのだという。呪術を学びたく、ここには呪術に関心のある者が住んでいると聞いてわざわざやってきたのだと。
女はリュコスと名乗った。愛想のいい、綺麗な女だった。田舎はよそ者に排他的になることが多いが、この村は近くの別の村とも友好関係を築いており、領主がそもそも友好的なため、よそ者にも友好的に接した。

 

「……魔術師って、ひねくれていたりおかしなやつが多いな。」
「父上も例外ではなく?」
「少なくとも、ビーストテイマーの魔術を心得ている領主などそういないだろうな。」

 

なるほど、と子は笑った。
エヌは長く呪術の研究をこの村で行っている。不気味がる者はいたが、幼い頃から真面目な性格で、研究理由も興味からであると同時に、『不吉なことが起きたときに、不吉なことを学んでいれば対処できるかもしれない』というこれまた真面目な理由からだった。
人を呪うより、『呪い』という性質や概念を知りたい。よって特別危険視することもなく、研究を自由に行わさせることにしたのだ。

 

「……杞憂であればいいがなあ。」

 

浅葱色の髪をくるくると指で弄りながら、オクエットはぼそりと呟いた。
話を聞いて、何か違和感を覚えたのだが。その違和感の正体が分からず、結局その疑問もすぐに思考の海に沈んで消えた。

 

  ・
  ・

 

「……そもそも、なんで僕……なんでここ……?」

 

リュコスに、エヌは初めにそう尋ねた。
呪術を研究している者がいて、ここにやってきたと彼女は言った。されど、このような田舎に来たところで満足に研究などできやしない。第一、エヌのことが噂になるほど、大した研究は行っていない。
オクエットが抱いた違和感がまさにそれだ。なぜ、このような村に来て、特に名も知れない男の元へとやってきたのか。彼女は結局分からないままであったが、エヌははっきりと言語化した。

 

「私には都会の空気は合わないのでございます。静かな村で、静かに暮らしながら呪術の研究を行いたい。この村は、よそ者にも優しく接してくださるとお聞きしました。ですから、私には都合がよかったのでございます。」
「……その辺は、領主判断だけど……危険だと判断したら、排除する。」

 

答えであるが、答えではない。
田舎で呪術の研究を行いたい。されど一から家を立ち上げ、研究施設を作る金はない。そこで、自分の元へやってきて研究を行おうとした。
……辻褄が合わないわけではないが、おかしな点があった。

 

「……ここには、来たことがあるの?」

 

突然この女はやってきた。そして何の迷いもなしに自分の家に転がり込んだ。
名を知られるほどの呪術師ではない……つまり、『たまたまこの村に引っ越してきたら呪術師が居た』では辻褄が合わない。
明らかに呪術師が居ると知っていて、越してきた。されど、その情報をどこで、どうやって掴んだのか。
誰もこの女を見たことがないと言う。となると、事前に知っている理由としては、以前にここに来たことがあるか、人づてに聞いたか。

 

「えぇ。とは言っても、村に入ったことがあるわけではございませんの。ですが、私も呪術師。同種の魔力であれば、少し離れていても感知できます。」
「…………そう……」

 

呪術師は死霊術ほどではないが、忌み嫌われる魔術である。
快く思わない輩が多く、他を当たれと言ったところで、他に巡り合える保証はどこにもない。
呪術に理解があったから、それ以上は詮索しなかった。

 

「……好きにしていい、けど……怪しい動き、見せたら……そのときは、出てってもらうから。」
「警戒されておりますのね。けれど、ご安心くださいませ。身の潔白を証明するためにも、『成果』を残せるよう尽くしますわ。」

 

穏やかに笑う。とても呪術なんて似合わない顔立ちだな、と呪術師は思った。
やや灰色がかった銀色の髪に、金色の瞳。自分は興味ないけれど、秀麗とは彼女のことを言うのだろうな、などと胸の内で呟く。

 

言葉通り、リュコスは呪術の研究に専念していた。
互いに術に関して相談し合うことはあったが、誰かに術をかけるわけではなく、村の者とも親しくなっていった。
それでも暫くは警戒していたが、半年もすればすっかりと馴染んでいた。
同居をして、結婚もした。けれど、あくまでも『共に呪術を研究するため』の、形だけの婚約。
お互いにそれでよかった。だから、誰とも家庭を築く気がなかったエヌにとっても気が楽だった。
田舎で暮らす以上、必ず結婚させられる。子を作らないのかと村の者らに囃し立てられることはあったが、お互いに作る気がなかったので笑って流した。

 

 

「なあ、無礼を承知で一つ聞かせてもらえぬか。」

 

一度だけ。
領主の娘は、この女の前に現れた。

 

「呪術を学んで、汝はどうするつもりだ?」

 

身長もようやく3桁になったかである、小さな子供。
女の目は遥か高く、見上げても目線を合わせられない。見下げてもらって、ようやく金色の瞳に真紅の色の瞳がまっすぐ映り込んだ。
にこり、女性は穏やかに笑った。

 

「可愛い領主の娘さん。
あなたはお父さんのこと、大好きですか?」
「……?当たり前であろう。最も尊敬し、余が至るべき存在だ。」

 

質問に質問で返される。
意図が読めず、首を傾げながらオクエットは答えた。当たり前であろう、と腕を組んで答える姿は、あまりにも5歳という子供にはふさわしくない。
ふふ、と笑みを零し、耳元でぼそりと囁いた。

 

「そういうことですよ。」

 

次の瞬間には横を通り抜けて、帰路へとついていた。
目をぱちくりとさせ、数秒経ってから慌てて振り返る。手をひらりと振られ、黙ってその様子を見ていた。

 

「……いや何も答えになっておらぬが!?」

 

あるいは、本当にこれが真意で、答えなのだろうか。
すっきりしない回答だったが、直接聞いたとしても分かりやすい答えは教えてもらえないのだろう。

 

「あ、オクエット様!今年の魚の収穫量のことでご相談がありますと、領主様にお伝えしていただけませんか?」
「む、しかと承った。父上に伝えておこう。他に、何か伝えておくことはあるか?」

 

村人から言伝を預かり、悩むのは一旦ここまでと割り切る。
父は彼女のことを、よく学ぶ勤勉家だと評価し、何も疑うことはないと判断した。その判断を、オクエットは渋々受け入れた。
民を信頼し、民のために立つ者が領主だ。父の教え通り、これ以上は疑わず村人の一人として接しよう。民を信じられなければ領主失格な上、必要のない不安を煽ることにも繋がる。
そうして、オクエットはいつも通りの日常へと戻った。

 


―― いつしか腑に落ちないことも忘れ、3年の月日が流れた頃。それは突然牙を剥いた


  ・
  ・

 

春風が穏やかに木々を揺らす。空色のキャンバスはすっかりオレンジ色に塗り替えられ、キィ、と一羽の鷲が領主の子供の元へと舞い降りた。

 

「うむ、ミンよ、見回りご苦労。妖魔も狼もいなかったようだな。」

 

ミンと呼ばれた鷲は、嬉しそうにもう一度鳴くと、オクエットにほおずりをした。
動物と『契約』を交わす、ビーストテイマーの力の一つ。自身の魔力や霊力を動物に付与し、『所有権』を示し、従えさせるものである。契約を付与することにより、的確に動物に指示を与えることが出来、潜在能力も引き出させることが可能だ。
魔力では一方的に付与させることができるが、霊力では双方の同意が必要になる。その性質をオクエットは理解しており、彼女は契約を付与することを『友達になる』と表現していた。

 

「サフとクミが戻ってきたら今日は解散だ……って、なんだなんだどうした、ちょ、く、くすぐったいではないか!」

 

ばさばさと羽ばたいて、マフラーの中に潜り込もうとする。2匹がまだなら僕はご主人様を独占するんだー!と、鷲のイメージが覆りそうなお茶目全開の行動。しょうがないなあ、と首に触れる羽にくすぐったそうにしながらも、オクエットはその行動を許した。
因みにサフとクミは狼である。追い返すはず懐かれてしまい、まあよいかと契約を交わした、彼女と同じくまだまだ小さな兄弟狼。彼らの両親は見つからなかったため、逸れてもうこの近くにはいないか、あるいは殺されたのだろう。
本来狼は人間には脅威になる動物だ。ビーストテイマーで従えさせた場合例外となるが、この村でも基本的には排除する方針である。

 

「…………あやつら、遅いな?」

 

さほど遠くには行っていないだろう。『戻れ』と、指示を出そうとして。
バキィッ!!と突然大きな音を立てて、家が一棟吹き飛んだ。

 

 

10分だけ、前のこと。

 

「……ふ、ふふ、やっと完成しましたわ……!」
「ん……おめでとう、成果、出た……?」

 

うっとりとした表情で、リュコスは完成した短剣を指でなぞる。
魔力に疎い者であればただの短剣であるが、魔術師であればそれに術式が込められていることが分かる。
しかしその詳細はあまりにも複雑で、よほどの魔術師でなければ『何かが込められている』程度にしか分からないだろう。

 

「……僕も、手伝った甲斐、あったかな。」
「えぇ、えぇ、私一人ですとあとどれほどの年月がかかっていたやら。
あぁ、長かった、長かったですわ……ついに、この日が来たのね……」

 

それほどまで、何か研究したかったことなのだろうか。よほど作り上げたい術式があったのだろうか。ぱちりぱちり、瞬きをする。
確か、身体を変身させる術と、身体を強化させる術、それから生命を力に転換させる術だったか、彼女に教えたのは。呪術は言ってしまえば呪い(まじない)だ。身体に術を付与させ、変化させる術も分類される。彼女の魔法具は、ごくごくありふれた呪術を組み合わせて練り上げられたものだ。

 

「そう。そう……やっと、私は。
あの男に。復讐ができる。

 

ヒュ、と刃が躍る。

 

「―――― は、」

 

ドッ、と的確に女の心臓を貫いた。

 

「お、おい、何して、」
「うふふ、っはははははは!
よくも、よくもあの男!!私を追いやって私を殺した!!死ね!!お前はお前の愛した民に裏切られて死ね!!そして大切なものを全部めちゃくちゃにされろ!!あはは、あははははははは!!」
「リュコス!何を――、」

 

次に、女は短剣を引き抜いて。
奇声を上げて、目の前の男の胸を刺した。
ぼたぼたと、紅の生暖かい液体が落ちる。

 

「が、ぁっ――!」
「エヌ、今までありがとう。それから。
私の代わりに、私の呪いを、私の復讐を、私の怒りを、私の、私の全てを持って―― !!」

 

落ちた紅が輝く。術式が発動する。
流れ込んでくる。作り変えられる。痛い。苦しい。痛い、痛い、魔力が、気が、おかしく、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあぁああっ!!」

 

ばきり、めきり。嫌な音が響く。めき、めき、と、理解したくない音が、自分から出た音だと認めたくない音が。
何をした、問おうとして。
目の前の女は、いや、違う、これは、人間ではない。

 

目の前のそれは、獣だ。
目の前のそれは、狼だ。

 

「今日はね、満月なの。
だから……めいいっぱい、狂ってちょうだい。」

 

狼女。いや、違う。
これは。

 

殺された狼の怨念。狼憑きだ。

 

「私は、あの男に追いやられて、殺された狼。
狼を使って、狼を殺した。何度も、何匹も、狼を使って狼を殺した。
おかしいと思わない?」

 

後天性の狼人間を狼憑きと称することがある。
一方で、人に憑依し、あるいは呪いをかけ、狼人間とする者を狼憑きと呼ぶことがある。

 

「ねえ、領主様。
結局あなたにとって動物って、道具か村を脅かす敵でしかないのでしょう?」

 

狼の恨みを持って、死ね。
それきり、声は聞こえなくなった。

 

これはただの憑依ではない。
理性を殺し、狂気だけを宿し、その身体に宿しきれぬほどの魔力を与える。
狂化、と呼ぶのがふさわしい。

 

「がっ、ぁ、あ……っぁぁぁあああああああああっ!!」

 

暴れろ、狂え、全てを壊せ。
痛みに藻掻き、腕を振るう。たったそれだけで、そこにあったものが薙ぎ払われ、めちゃくちゃになった。
止まれ。止まってくれ。
何度懇願しても、全く言うことは聞いてくれなくて。

 

悲鳴と、混乱の声が聞こえる。
今自分はどうなっている。何をしている。
痛い、苦しいんだ、身体が、どうにかなってしまって。
ぱち、と瞬きをして、映った『人』が。

 

助けて、と叫んで。
それは、真っ赤に染まっていた。

 

 

 

「遅いぞサフ、クミ!……え、なんだ?狼が居る?それも普通の狼ではない?」

 

悲鳴が聞こえ、建物が相次いで壊れてゆく。
戻ってきた子狼が、怯えながらオクエットに飛びついた。
ミンは何もないと言っていた。間違いではないのだろう。では、つい先ほど、突然何かが現れた、ということになる。

 

「……あり得るのか、そんなこと!?」
「オクエット!」

 

何をすべきか。行動に移す前に、母と一匹の狼をつれた父が駆けつけた。
どちらも剣を携えている。父は当然だが、母もまた武芸を嗜んでいる者だ。恐らく、対峙しに行くのだろう。

 

「父上、狼が出たとサフとクミが言うておるが!」
「あぁ、ディルもすぐに来て教えてくれた。
人狼が出た。私は討伐しに行く。お前は村人の避難を手伝ってくれ。」
「……、分かった、父上も母上も気を付けてくれ!」

 

どうして人狼がこの村にいるのか。
それは人狼を倒してから、いくらでも考えられる。今やるべきことは、村人たちの安全だ。

 

「サフとクミは残ってる村人を連れ出してくれ!ミンはこいつを隣の村に!」

 

緊急事態が起きたときのための手紙はいつも持ち歩いていた。
そこに人狼の襲撃があったこと、村人を保護してほしいこと、人狼はこちらで止めることを完結に書き足し、鷲のミンに託す。
夜目の効かない鳥だが、指示を出し村までの道筋を伝えてやれば、その通りに飛ぶことができる。危険な生物がいないことは確認した。届かない理由はないはずだ。

 

「怪我をした者は二狼に捕まって村の外へ出ろ!父上と母上が人狼を討伐する、巻き込まれる前に隣の村まで逃げろ!」

 

隣の村までの道は誰もが知っている。そこまでの避難は任せればいい。若い者が先導して向かってくれるはずだ。
……何人も、何人も、すでに殺されている。鉄の匂いがあちこちから漂う。何人もの悲鳴に、泣き叫ぶ声に、怒号に。
響き渡る声に耳を塞ぎたくなる。逃げ出したくなる。生まれてから一度とて見たことのない、地獄絵図。


―― それでも。守るために、領主の娘として、やらねばならない。決して逃げることは許されない。この名前を背負う限りは。

 

「ちくしょぉ、やっぱり、やっぱりよそ者を村に迎え入れるんじゃなかった!」
あいつだろ!あの女がやりやがったんだ!エヌが人狼を連れ込んだんだ!」
「一番最初に吹っ飛んだのはエヌの家よ!呪術をそもそも扱わせるべきじゃなかったのよ!」
「汝ら落ち着け!まずは逃げよ、犯人捜しは後だ!己の命を優先せよ!」

 

リュコスが黒であることも、エヌが黒であることも、確信はない。……前者には不信な部分があったため、十中八九黒だろうが。
それを疑わっておいて、疑うことをやめた自分にも非はある。が、それを責めている場合ではない。
ぐ、と泣き出しそうになるのをこらえ、声を張り上げる。
人狼が暴れ、平穏が1つ1つ壊れていく。
手を貸して、指示を出して、死にゆく村を駆けまわる。
優しかったパン屋の主人も、逞しい木こりの大男も、寡黙ながら子供には読み聞かせを行っていた老人も。
知っている人が、死んでいる。暴力を受けて、原型を留めずに、ぐしゃぐしゃになっている。
まだ生暖かくて、生きていたことを実感して。

 

「―― ぅ、」

 

それでも。
それでも、オクエットは泣き言一つ漏らさず民のために駆けた。
それが、己の務めだから。
それが、その名を背負う者の責務だから。
半分ほどの村人は、なんとか生き延びることができただろうか。人狼の討伐には自分は荷が重い、足手まといになるだけだ。
けれど現状を確認していかなければ。今、人狼はどうなっている?

 

―― 再び、轟音
また家が一つ吹き飛んだ。そちらか、とあくまで確認にとどめるだけのつもりで駆ける。

 

「ゥ、ゥウウ、グルルゥ、」

 

人狼は、否、巨狼と表現した方がいいだろうか。
辛うじて人の姿だと分からなくもないが、動きも、構え方も、狼のそれだった。
ぼたぼたと血を零し、苦し気な唸り声を上げる。
致命傷は

 

「―――― は、」

 

負って、いない。
確かに傷は負わせているが、致命傷ではない。
軽い怪我ではないが、放っておいて死ぬこともない程度の傷。
そして。

 

「……父上、母上。」

 

そのすぐ傍で、もうどんな人物なのかを想像することが不可能なほど。
肉と骨と内蔵全てが乱雑に砕かれ、地面にぶちまけられた両親の姿がそこにあった。
思わず駆けだす。駆けだしてしまった。
心のどこかで、自分の両親は強いから。だから今回も大丈夫だと、どこか慢心していた。
人狼を討伐して、また平和が戻ってくるのだと。
そんな夢物語は、哀れな肉片として虚構だと示され、目の前に叩きつけられた。

 

「―― っ!」

 

人狼が。
今、そこに居る人狼が。
声が出ない。剣を抜けない。
恐怖も怒りも悲しみも、一気に襲ってきて、整理なんてできなくて。
けれど、動かなければ。
狼が、すぐそこに。

 

「ゥウ、ルル、ゥ゛、」

 

ゆらり、首をオクエットに向ける。
次の得物の標的を、自分に決めた。

 

「―― え、」

 

……昔から動物の言っていることが、分かった。
恐らくビーストテイマーの力として、それから動物に強く作用する霊力を持っているが故の副作用。
振り降ろされたかぎ爪を、咄嗟に抜いていた剣ではじく。
キィン、と金属音と衝撃でびりりと震える腕で、はっと我に返った。

 

領主は、もういない
両親は、もういない
今、動ける者は、自分しかいない
村を守れる者は、もう自分だけだ

 

自分が動かなければ
いや、そもそも
本来、やるべきことは
いや
自分が、こうしたいと、願うことは

 

「―― なあ!」

 

訴えかける。

 

「やりたくてやったのではないのだな!?これは力の暴走なのだな!?」

 

確かに聞こえたんだ。
助けて、という声が。
苦しんでいる。
父はこれを討とうとした。民を守るために。それからこの人狼のために。
苦しいのなら、今楽にしてやろう。
それが正しいとは思えなかった。
いや。『そうするしかなかった』のだろう。
ならば、余は。

 

「助けてほしいなら!人として生きたいと願うなら!
余の声を、余の声だけを聞け!!」

 

これは賭けだ。
そもそも人狼に通用するものなのか。自分よりずっと強い存在にも通用するものなのか。

 

「余を信じろ!余が助ける!
―― だから『応えろ』、エヌ!!

 

そんな不安は、どこにもなかった。
信じて叫ぶ。手を伸ばす。

 

『契約』を交わすための言霊を。

 

「―― 命令だ、『鎮まれ』!!」

 

契約は。
双方の同意があって、初めて成立する。
オクエットは動物と交わすそれを、『友達を作る』と表現していた。

 

  ・
  ・

 

太陽が昇り始め、次第に明るくなりゆく。
眩しさに意識を取り戻し、重い上体を上げた。
眠っていた場所は自分の家だったが、屋根はなかった。魔術のための道具や材料は空き巣が入った以上にしっちゃかめっちゃかで、まともに使えるものの方が少ないだろう。
思考がぼんやりしている。一つ一つ、思い出していく。
リュコスが狼憑きだったこと。かつてこの村に近づいた狼で、領主に殺されたこと。その恨みで自分を利用し、自分を狼人間とすることで領主へ復讐したこと。
この惨事は、自分がやったことなのだと、思い出してしまったので。

 

「……!あ、あぁ、……うああぁぁっ……!?」

 

あのときリュコスを突き放していれば。
共に呪術の研究なんてしなければ。
暴れる前に自害ができていれば。
様々なたらればで、自分の心を突き刺した。
ごめんなさい。……誰に言えばいい?
こんなつもりじゃなかった。……それで誰が許すと?
殺した感触も、人の味も、覚えている。
今は抑えられているし、人の姿をしているが、流れる血は、己の身体は、紛れもない人狼だ。

 

……自分を止めてくれた人がいる。
何を言えばいい?ごめんなさい?ありがとう?
大切にしていた民の多くを殺し、村を奪い、両親を葬っておいて?

 

夜が明ける。朝が来る。
その前に、村を去らなければ。
誰にも合わせる顔がなくて。気持ちの整理もつかないまま村を出た。
人は居なかった。死体もなかった。でも、いくつか簡素な墓が作られていた。
残る血の香りに抱くはずの嫌悪感は、食欲をそそるものになっていて。
それを認めたくなくて、食物だと思いたくなくて、目を瞑って逃げた。

 


村の外れにある森の中を歩く。
……これからどうしようか。
人としては生きられないだろう。
人狼化は己の意志で行われるのか、それとも発作のように起こるのか、それすらも分からない。
次、人狼になって、また誰かを殺すのか?
そうなるくらいなら、いっそ自害した方が。

 

「…………」

 

なんて。
責任や罪意識から自ら命を絶てるほど、強くなかった。
死ぬことは恐ろしい。きっと痛くて苦しくて、自分という存在がなくなっていって。
考えただけでも恐ろしくなった。ふるり、身を震わせる。
ざく、ざく。木の葉を踏みしめる音が響く。自分のものと、何か、人間ではない者の音と。
……一体何の?

 

「やっと追いついた。」

 

振り返ると、一般的な狼よりも一回り大きな狼が一匹、その狼を追うように小さな狼が二匹。
それから、大きな狼に乗った、オクエット。

 

「全く、予想通り黙って出ていきおって。サフに見張らせておいて正解であったぞ。」
「……オクエット……様、どうして、」
「あぁ、様はいらぬ。もう余は領主ではないからな。」

 

領主ではない。その言葉にぐ、と唇を噛んだ。
大切にしていた民も、血縁者も、全て自分が殺してしまった。生き残りはいるのだろうか。それとも、自分が全て殺してしまったのだろうか。
全て、オクエットが説明してくれた。

 

どうやら丸1日寝ていたそうで、目が醒めたのは次の日だと思っていたが、実際は更に次の日の朝だった。
初めに隣の村と交渉し、村を統合してもらえるよう話をつけた。元々付き合いのある村であったため、すぐに交渉成立したそうだ。
それから死体の埋葬。従えている動物の手助けもあり、簡素ながらも死者は全員埋葬できた。
それから聖北の祈りを捧げ、負傷者に癒身の法を施し、できることを全て終えて、ようやく一度休んだ。
その間にもし自分が目を覚まして出ていくようであれば、子狼に起こしてもらいすぐに後を追えるようにしていたのだ。

 

「…………ごめん……」
「何故謝る。事情は概ね理解しておる。あの女が狼憑きで、汝は騙された被害者であろう?」
「……僕が、招き入れた、から……僕が、気づかなかったから……」
「元々は突然上がりこまれたのだろう?それに、余だって気づいておらなんだ。そもそも違和感があると思いながら放置した余の責任でもある。父上も、気づいておらなんだしな。」

 

狼から降りて、喉元を撫でる。今までありがとうな、と
この狼は確か、オクエットの従えた動物ではなく、父親が従えた動物だ。どうやら自分は彼は殺さなかったらしい。主人が死んでも子に尽くす、従順な性格のようだ。
ぐるる、と低い唸り声を上げてくるりと身をひるがえし戻ってゆく。あれは確か、村の方角だ。

 

「義理固いな、ディルは。父上の墓を守りながら、別の村で何かあったら力を貸すと言うておる。」
「……分かるの?」
「あぁ、恐らく父の影響でな。」

 

ディルと呼んだ狼を見送り……あれ?
狼を村に返した、ということは。

 

「……君、村に戻らないの?」
「汝が村におれんのだから仕方あるまい。余が戻れば、汝はどうなる?流石に距離があれば余の力は届かないぞ。」
「じゃ、じゃなくて……!何で君まで……!」
「だから、汝が人として生きるには、余の力が必要であろう?
あぁ、『契約』は結んだままだ。故に余の従者のようになってしまうが、形だけで結構。あまり気にしないでくれ。」

 

何を言っているんだ?と首を傾げる。
真紅の瞳には、一切の怒りも恨みもない。それどころか、自分に親しみすら込めてくれている。
どうして。

 

「なんで、」

 

僕は、君から、

 

「何で!」

 

大事なものを、全て奪ったのに。

 

「村も!両親も!僕が全部殺した!
君には、オクエットには!恨まれても、殺されても、何をされてもいい!だって、そうされて然るべきことをした!なのに何で、何で君は、何も言わないんだよ!」
「…………」

 

しばしの沈黙。それから、

 

「そうしてほしいのか?」

 

きょとんと、首を傾げて問いかけてきた。
が、すぐにふはは、と笑ってみせる。

 

「分かっておる、別にはぐらかそうと思ったわけでもない。本当に、理由がないだけだ。
助けてほしいなら、人として生きたいと願うなら余の声を聞け、そして応じろと余は言うた。で、汝は余の声を聞き、応えた。
余が従えさせるためには、『契約』を行う必要がある。これを受け入れたのは、紛れもなく汝だ。……よう聞いてくれたと思っておるよ。」

 

鎮まれと、命令を受けた。
実際に受けてみたから分かる。無理やり力で押さえつけるものではなかった。
たった一言だというのに、まるで子守歌のように穏やかで、安らぐものだった。
……リュコスが言っていた、『動物を道具としか考えていない』ようにはとても思えなかった。むしろどこまでも寄り添い、共存関係でありたいと願うものだと思う。
そんな命令を出せるのも。

 

「悲しいと思う暇がなかった、というのもあるが。
真に悪なのは汝に憑いた狼だ。
大変であっただろう。いきなり裏切られて人ならざる者にされ、力に狂わされて。襲いたくない者たちを何人も殺してしまった。さぞ、苦しかっただろう。
これからもずっと、その罪悪感に悩まされることになるだろうが……それでも、余の手を取ってくれた。改めて、礼を言う。『応えて』くれて、ありがとうな。」

 

彼女の気質が、あまりにも穏やかで。
常に他者を思いやるが故、悲しくなるほどに自己がなくて。
望んでそうなったのではなく、『領主の娘』であるが故の構え方。不幸になる呪いではなく、生まれながらそのように在ろうとした結果、それが当たり前となった。
彼女は、こう生きるより他を知らないのだ。
そして、こう生きるより他を知らない、まだ10にも満たない子供から、自分は全てを奪った。

 

「…………ぅ、うぅ、」

 

その全ての中に、彼女の人としての心もあるように思えて。
自分を助けてくれた人に、あまりにも惨い仕打ちをしてしまったと実感して。
彼女の言葉で抱いたのは、強い強い罪悪感だった。

 

「……ぁあ、あああぁぁっ……!!」
「うむ。大変だったなあ。大丈夫、もう大丈夫だからな。」

 

堪えられなくなって、蹲って、泣いて。
何の言葉にもならなかった。背を優しく撫でる小さな手が、まるで棘が生えているのかと錯覚するくらいに痛かった。
言葉の1つ1つが熱したナイフだった。僕にとってそれは暖かいなんて生ぬるい。身を焼くほどの熱を持っていて、身に刺して灰にしようとする。
僕が、奪ってしまったから。
僕が、与えることが、きっと責務だ。

 

刻まれた、従者としての証は目に見えないけれど。
恩人として、償いとして生きていかなければ。

 

この痛みに僕は、耐えきれないから。

 

  ・
  ・

 

馬車に乗り、リューンに向かう。馬車に乗るための金は持ってきていた。
ビーストテイマーと剣と、それから簡単な神聖魔法の心得があるオクエットと、基本魔術と呪術の心得があるエヌが取った行動は、然るべきものだと言えるだろう。

 

「村は魔物に襲われ壊滅状態になり、応戦した領主が死んだ。隣の村に吸収され、領主でなくなった余と仕えていた汝は行くところがない。故にリューンで冒険者になる道を選んだ。この筋書きでよいな?」
「……それで、いい。」

 

人狼であることは隠して冒険者となる。
冒険者になった理由を聞かれたときは、この嘘でこれからやり過ごしていくと打ち合わせした。

 

「そうだ、自己紹介がまだであったな。村で顔を合わせる程度で、お互いにロクに知らぬ。汝にとっても、領主の娘くらいにしか思うてなかったであろう?」
「……領主の娘で、両親からビーストテイマーと剣の教えを学び、同時に聖北教徒でもある。……聖北教徒であるのも、村の人たちの幸福を祈るために学び始めたもの。魔術はからっきしで魔力にも疎くて
「待て待て待て。え、余のこと詳しいな!?まるで余が有名人みたいだが!?」
「有名人だよ。少なくとも、村の中では。」

 

領主の娘で、一生懸命教えを学び、村人のために尽くそうとする。
そりゃあ、知らない人などいないわけで。

 

「うむむ、それもそうか……しかし困ったな、余は汝のこと、男性で29歳で村の呪術師で、根が真面目で悪いことには魔法を扱わず、酒が飲めないことをよく村の者にからかわれ宿にはほぼ顔を出さずそもそも人付き合いも好きではないから引きこもりになりがちの苦労人、ということしか知らぬ。」
「……かなり、知ってない?いや、真面目かどうかは、知らないけど……お酒が飲めないのは、そう。」

 

1人1人、本気で村人を大切にしていたからこそここまで知っているのだろう。
それを奪った、という事実を感じて、胸が痛んで……ばし、と背中を叩かれた。

 

「だーかーらー!すぐそうやって暗い顔をするではない!湿っぽいであろう、もっと気楽に生きよ!」
「く、暗い顔にもなるって!気楽にって簡単に言うけど!」
「いくら何でも悲観的すぎだ!命令だ、その性格を直せ!」
「そんな無茶苦茶な!?」

 

僕たちの冒険者としてのきっかけは、後悔と罪悪感と責務から成り立つ、美しくともなんともない始まりだった。
人として生きるために。それから恩人として、償いとして。この人の従者として生きる。

 

それから、できることならば。
彼女の『領主の娘』という『呪い』が、少しでも解けますように。

 

 

 

あとがき
改めて思った。こいつら……過去、重くない?
過去が重いというか、一瞬がやばいというか。個人的にエヌ君よりオクエットちゃんがかなりやばいな?ってなっちゃった。8歳児の思考じゃないし、これ……だって、そういうことじゃん…………
幼稚園組の顔してあそこに混ざることになってたけど、明らかに重さが幼稚園組じゃないんだよお前ら。出直してきてほしい。

運命の天啓亭 22~28

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22.SADA様作『旅の終わりに…』

 

「神様にとって、人間の命って皆平等なの。
だから私たちは神様の代わりとして人を裁くお手伝いをするの。」
「人の命は平等だけど、死すべき者と生きるべき者がいるの。」
「それは、人間の感情で決まる。」

依頼を終えて、なるほどとため息をついた。
日頃の行いにより向けられる感情で、全て決まる。

病気で救われない子がいたとして。
助けてほしいと願う心が足りないから死ぬのだと。
どれだけいい人であっても、誰かから恨みを買えばそれは死すべき命になるのだと。
冒険者になる前に出会った人。
テラートは、笑っていた。

そしてあの男も。
例え辛く苦しく、彼なりに生きようとしたのだろうけど。
村の者への報復が、村の者が救済を願う感情へと転じ、彼を討った。

たったそれだけのこと。


……さて、そろそろ遅れて、私たちの仲間が到着することだろう。
私がリューンに遊びに来て、仲間に運命の天啓亭で『副業』していることを教えた。元の仕事はどうしても収入が少ないのだ。

それと……近いうちにきっと。
……いえ、これをここに綴るのはやめておこう。



―― 著者『ティカ』

――――――――――――――――――――

 

23.NONO様作『ファルファラに咽ぶ夢』


生まれて初めて泣いた。
あなたも泣くのね、なんてのんきなこと言いやがって。

魂の一番美しい部分が蝶となる。
彼女の瞳と同じ色をした蝶の味を、私は形容したくない。
言葉という枠組みで仕舞ってしまいたくない。

あえて、言うのなら。
あれは、罪の味だ。

純粋という罪の、麻薬。
私を狂わせ、依存させ、逃れなくさせる。

ああ、私はすっかりこの麻薬に侵されて。
抜け出すことなど叶わずに、ただただ罪を重ねるだけ重ねて。



そして、咽ぶ夢を見続けるのだ。


――著者『ティカ』
――――――――――――――――――――

 

24.ask様作『家宝の鎧』

 

人間は何度か殺したが、魔物と対峙するのは初めてだった。
暗殺とは違う。正面からやればいい。
大丈夫、皆いる。

言い聞かせて、豚の魔物を刈り取った。
兎に角酷い匂いで鼻がもげるかと思った。
人間とはくらべものにならない筋力に耐久度。
鎧を着ていた、という理由もあるのだろうが。
されど頭はこちらの方が上だ。力や頑丈さで勝てないならば、知恵と策で勝てばいい。

御蔭で、特に何も困ることなく依頼は終了した。


……途中で、ノミの入った瓶があったし、持ってきてしまったが。
これ……このまま荷物袋にしまっておくのか?
正気……か……?



―― 著者『トリサ』
――――――――――――――――――――

 

25.ask様作『ゴブリンの洞窟』

 

このくらいのレベルなら私たちが行くより、最近入ってきたやつに任せればいいだろう。

大した敵ではない、と依頼を受けずに部屋に帰るセヴェンタを見て、ヴェレンノは少し困惑していた。
確かに虐殺が好きなわけではないし、一理あるよな、ということで、俺達にこの依頼が回ってきた。
教会に勤めていたという女性4人組と、新人だけで行かせるのは不安だからとついてきたルジェ。……俺の存在浮いてないか?

特に苦戦する相手じゃなかったけど、皆手慣れてるといった印象を受けた。
冒険者になる前から荒事をやっていたから、と涼しい顔をする教会の奴ら。急がなくて大丈夫だから、とルジェが肩を叩いてくれた。

俺もさっさとアルカーナムの一員として、ちゃんと仕事をこなせるようにならないとな。迷惑はかけたくないし、誰かの役に立てたら俺も嬉しいしな。


―― 著者『ペテン』
――――――――――――――――――――

26.苗様作『葬りと偲び』

 

姉が死んだ。
突然死んだ。
起きてこないと思って部屋に向かったときにはもう遅かった。
変なことを言うなとは思っていた。

多分、分かっていたんだ。
死ぬって分かってたんだ。

以前の荷物運びから巨大な花と戦うことになった依頼があった。
あの時の怪我が治ってなかった。
毒が残っていて、誰も気づかなかった。

なんで。
なんで、先に逝くんだよ。
なんで、分かってんのに黙ってたんだよ。
俺達は二人で一人じゃなかったのかよ。


返事はない。
何も帰ってこない。
姉貴は棺桶の中で眠っていた。
あまりにも自然すぎる死だった。


眠れない。
起きられない。
何もできない。


「おい何をしている、鍛錬だ、腕が鈍るぞ。さあ行くぞ弟よ。」


…………
あぁ、俺を叱咤してくれる声が、聞こえない。
あり得ないくらいに、部屋が静かだ。



―― 著者『ヴェレンノ』
―― セヴェンタ キャラロスト

――――――――――――――――――――

27.dabu様作『がらくた屋敷の操り人形』

 

依頼を受けて約半年、あの島で過ごすことになった。
世話のかかる先輩たちですねぇ~、と毒を吐きながらも迎えに来てくれたティカたちには頭が上がらない。
親父も、捜索依頼を出してくれて本当にありがとう。
それから、記憶を失った俺を見捨てずに、最後まで共に帰ろうとしてくれた仲間たち。

本当に、いくら感謝しても足りない。


島に行こうと言い出した、俺のせいだったから。
デビットを殺して船が使えなくなって皆が帰れなくなるくらいなら、俺が一人残ってデビットを生かして皆を返せば。


「私は、きっと同じ立場なら、同じことをやろうと思ったでしょうね。そして、あなたが私の立場だったら、きっと同じことをやったと思います。

なので責めませんが、これだけは分かってください。
あなたは皆にとって代わりの効かない大切なリーダーで、私にとってはかけがえのない恋人だということを。」


手を引かれて、そのまま抱きしめられる。
幾度も苦難と出会って、立ち止まって、手を引かれて、また歩き出す。
そうして俺達の冒険者としての生は続いていく。

あまりにも暖かくて、優しかったから。
もう少しだけ、その日はその優しさに甘えさせてもらった。



―― 著者『エナン』
――――――――――――――――――――

28.蛇龍丸様作『暴虐の具現者』

 

トゥリアは生まれつき魔法が扱えた。
それが当たり前だったから疑問を抱かなかったけど、普通は外部魔力を準備すっか、肉体改造が必要らしい。
おれは魔法は扱えなかったけど、生まれつき力が強くて走れば速かった。
おれもそれが当たり前で何も疑問に思ったことなんざなかった。

エヌが言ってた。
おれたちは常に魔力を保持してるらしい。
可能性としては親が魔族だったり魔物の血を飲まされたり、ロクでもないことだろうなって。

親は、おれたちをどう思って捨てたんだろうな。
トゥリアの言うとーり、要らないやつだったり、不完全だったり、あるいは恐ろしくなって捨てたのか。


竜を狩った。
一人で囮を務めた。
森ん中駆けまわってでっけぇワイアームから逃げる、なんてとんでもねぇことやってんなと思った。
こんな真似ができんのも、きっと経験と、その魔力とやらが成せるのだろう。

おれを送り出すときのトゥリアの今にも泣きそーな顔ったら。
きみを独りにしちまったら、もう二度と笑ってくんねぇんだろーな。

だからおれは絶対に帰ってくる。
あいつをこれからも守ってくためにも。


―― 著者『テセラ』

運命の天啓亭 15~21

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15.藤四郎様作『黄昏の人狼

 

あやつめ、無茶をしおって。

人狼についてはエヌの件があり、冒険者になる前から調べていた。
個体差はある。いくつかタイプがある。
人狼の怨念に取りつかれ人狼となる人間。
人狼に傷つけられ人狼となる人間。
呪いで人狼となる人間。

今回邂逅したのは傷つけることで人狼とする人間であった。
人狼にする相手を人狼側が決め、その者がトドメをさした場合最後の力をもってそやつを人狼にするのだと。

エヌは、余に向けられた攻撃をかばった。
飛び散る血。果敢に挑む仲間ら。
最後に貫いたのは、余の剣であった。



「馬鹿者!いくら汝がすでに人狼だからといって無茶するでない!」

運命の天啓亭に帰るなり、エヌに説教をした。
だって僕だったら何も問題ないし、とぼそぼそと呟いてから。

「……僕は。人狼の苦しみが、よく分かる。
 こんな苦しみ、誰にも背負ってほしくない、それに……

 俺だって。君に、恩を返したいんだよ。」

村のことだって。魔法生物のことだって。
火竜のときは何もできなかったから。

そんなことを言われてしまえば、余からは何も言えなくなって。
馬鹿者が、とデコピンしておいた。

何勝手に満足げな顔をしておるのだ、あやつは。


―― 著者『オクエット』
――――――――――――――――――――

 

16.ナギン様作『夢魔

 

怖かった。
また目を覚まさなくなるんじゃないかって。
ファディが目を覚まさなくなったとき、目を覚ますきっかけになったのはこれだった。
だから今回だってきっと。

……なんだか間抜けなことを言いながら、ファディは目を覚ました。
こっちの心配も知らないで。ホッとしたけれど、三度目はもうごめんだ。



「エナンのおまじないは、よく効きますね。」

穏やかに笑う、ファディの顔を思い出す。
気が付いたら自分の唇を、自分の手でなぞっていて。
あの笑顔が頭から離れなくなっていて。

優しくて、真面目で、いつも気を配ってくれて。
一方でどこか抜けているところもあって、可愛いところがあって。



この、詰まるような、上手く息ができない感覚は。
一体、なんだというのだろう。


―― 著者『エナン』
――――――――――――――――――――

-.cacoo様作『黄昏は煉情の墓標』


ファディに好きな人がいる。
それを聞いたとき、俺はどんな顔をしていたのだろう。

色恋沙汰に鈍いとトゥリアやテセラに揶揄われたことがある。
オクエットやエヌには呆れられたことがある。
セヴェンタは共に分からん!と胸を張ってくれた。それを見たヴェレンノが頭を抱えてたのも見た。
ティカは心底馬鹿にするような溜息をついて、ルジェは軽く引いていた。

そのくらいは俺だって分かっていた。
けど、俺も、この依頼でとんでもなく疎かったんだって自覚した。

いつからだったんだろう。
いつから、彼女のことをそんな風に思っていたんだろう。
誰かに恋情を抱いているなんて嫌だ。
そんな想いなんて捨ててしまえと、願ってしまった俺は確かにいた。


告げないのなら。捨てるくらいなら。
自覚してすぐの心を、ファディに伝えた。

例え受け取ってもらえなくても、無碍にはできないはずだ。
優しくて、俺と同じお人よしで、いつも近くに居てくれたから。




「……あなた、今までその気なんてなかったでしょう。なのに、どうして。」

……彼女が、恋情を捨てなくてよかった。


「私に好きな人がいると知って、それで嫌悪感を抱いたと?自分じゃない誰かからの恋情を捨ててほしいと願ってしまったと?」


三度目は、ちゃんと起きている状態で。


「あなた、あそこまでしておいて、どうして私が他の誰かを好きという発想になるんですか。
どこまでも鈍い人なんですから……」

―― 愛してますよ、エナン




帰りの馬車の中で、二つの影が一つに重なった。



―― 著者『エナン』

――――――――――――――――――――

 

-キア様作『トマリギ』


――――――――――――――――――――

17.Dr.タカミネ様作『無礼講!ということで』

 

飲み過ぎた。頭が痛い。
ところで。姉貴がめちゃくちゃ酒を飲んだ。

姉貴は、よほど飲まないと酔わないが。
酔ったら……服を、脱ぎやがる……!!


次の日姉貴の昨日の様子を聞いたら完全に手遅れだった。
俺は顔を覆うしかなかった。

「どうした我が弟よ。烏にフンを落とされ近場にはドブしかなく貴重なコカの葉を消費して汚れを取ったときのような絶望顔をしているが。」
「その絶望すぎる原因があんたなんだけどな~~~~~」

胃が痛い。
本当にこの姉貴誰かどうにかしてほしい。



―― 著者『ヴェレンノ』
――――――――――――――――――――

18.きいち様作『ピオニーのお茶会』

 

魔法のティーセットが荷物袋に混ざっていたそうで、大変な目に遭った、らしい。
らしい、というのは私にプリンセス?が憑依して、高笑いしたり高飛車だったりした私とお茶会をした、という話を聞かされた。
そのときの記憶が一切ないので、らしいとしか言えない。

疲れたエナンがいたし、喋るティーポットもあったし、そもそも嘘が付ける性格でもない。本当にあったことなのだろう。


労いの意味を込めて、あの後パンケーキを作ってあげることにした。
折角なのでピアニーにお茶を淹れてもらって。

……ところで、とんだ鈍い人だと思っていたのに。
あの人、凄くぐいぐい来る……嬉しいけど、嬉しいけど……!!



―― 著者『ファディ』

――――――――――――――――――――

19.ほしみ様作『知らぬが仏』


あんなやつだとは思ってなかった。
シスターの恰好をした聖北教徒だと見せかけて暗殺者をやっていることは知っていた。
けど、けど、このところ起きてた連続殺人犯の犯人が、ティカだったなんて!

楽しそうに人を殺し、ぺろりと唇を舐めるあの人の顔が脳裏から離れない。
仕事でもあるんですよ。
勿論、殺すのは快楽でもあるんですが。
にっこり笑って、ナイフについた血を乱雑に地面に払った。


知らぬが仏。
本当に、その通りだと思った。

知らなければ、気に食わないシスターもどきだ、で済んでいたのに。
あたしはこれから、あの人のことをどんな目で見ればいいのだろう。

これからも、仲間に何も言わず、変わらずに……いられるのかしら……



―― 著者『ルジェ』

――――――――――――――――――――

20.キア様作『感謝の贈り物を愛しき君に』


エナンがいなくなって、皆で必死に探して。
暫くエナンはお部屋から出てこなくなってた。

ファディお姉ちゃんは何があったか知ってるみたいだけど、教えてくれなかった。
暫くそっとしてあげてください。
笑ってるのに、なんだか抱え込んでるような表情だった。


テセラと相談したんだ。
何か元気になるお手伝いができないかなって。
二人でうーんと考えて、考えて、思いついたの!

親父さんや娘さん、オクエッタちゃんに教えてもらって美味しいアップルパイを作ったよ!
これで皆で仲良く食べたら、嫌なことなんてすーっかり消えちゃうよね!


持って行ってあげたら、エナン、泣き出しちゃった。
だめだったかな?謝ろうとしたら、次にはテセラと一緒に抱きしめられてた。

どーいたしまして、でいーのかな?


―― 著者『トゥリア』
――――――――――――――――――――

21.しろうさぎ様作『貴族達の晩餐会』


なんとも胸糞悪い依頼だった。
流石に私とて、人間を食う気は知れない。

だが、魔物にとって人間は飯。
そして人間を食う人間というやつも、いることは知っている。

目の当たりにしたが、気持ちのいいものではない。
これ以上犠牲者を出すわけにはいかなかったから、その場では殺すことを判断した。


自警団に報告したが、すっかりあいつらを取り逃がしてしまった。
殺した手ごたえはあった。
殺される恐怖をあいつは抱いてなかった。

ティカが後で言っていたな。

「何されるか分からなかったので黙ってましたが~ あれは死んでも生き返る、タチの悪い人間でしたね~」

そんな面倒なやつがいるのか。
何で分かったのか、聞いたがはぐらかされた。

何かあるだろうな、とは思ったが。
全く、私はまだまだ強くならねばならぬようだ。



―― 著者『セヴェンタ』

 

 

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