海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

初めに&なんちゃって一覧

わんころがCW関係についてあれこれ置いとく場所だぞ!

メインはリプレイになると思うぞ!

リプレイは

 

・オリジナル要素いっぱい

・真面目に冒険しない

・ギャグとシリアスの寒暖差が酷い

・ネタバレしかないのでプレイ後に読むこと推奨

 

の4点セットなので苦手な人は気をつけるんだぞ!

 

 

~ 置いてるもの一覧 ~

 

■リプレイ_カモメの翼(※はオリジナル回だよ)

― 第一章 旅の始まり ―

1話『ゴブリンの洞窟』

2話『フローラの黒い森』

3話『美女が野獣

4話『ヒバリ村の救出劇』

5話『スティープルチェイサー』

6話『劇団カンタペルメ』

※7話『翼掠める背鰭』

8話『あしたのこと』

9話『机上の冒険』

10話『相棒探しの依頼』

11話『勇者と魔王と聖剣と』

12話『四色の魔法陣』

13話『Trinity Cave』

14話『碧海の都アレトゥーザ』

 
― 第二章 海渡る群れ ―

15話『ゴブリンの歌』

16話『忘れ水の都』

17話『解放祭パランティア』

18話『花を巡りて…』

19話『惨劇の記憶』

20話『雨宿りの夜』

21話『狼神の棲む村で』

※22話『帰巣』

23話『涙の代わり』

※24話『答え合わせ』

 

 ― 外伝 ―

外伝1『知らぬが仏』

※外伝2『傷跡』

※外伝3『ひな鳥の巣立ち ~導く者~』

※外伝4 ちょっと待ってね

外伝5『少年の詩』

※外伝6『かつてそう自分たちは』守・竜・・歌・ 風

外伝7『泥になった女』

 

 ― 小話 ―

小話『いつかどこかの、夢の終わりに』

 

―カモメの翼関連その他―

・カモメの翼_設定

・カモメの翼 外見設定(途中だよ)

・リプレイネームキャラ_設定

 

 

 

■ロード禁止依頼ランダム宿『運命の天啓亭』(通称幸薄宿、オリジナル版)

―設定等―

・レギュレーション

・キャラ設定

 

―プレイまとめ―

・まとめ1~7

 ・幕間1

・まとめ8~14

・まとめ15~21

・まとめ22~28

 

―その他―

・孤児院組邂逅話『ごくありふれたはじまりのどこにでもあるものがたり』

・オクエヌ邂逅話『決して許しを乞うことなく』

・教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば』

 

・オクエヌ後日談『其は初めから罪などではなく』

・双子+α後日談『ファミリー・サイコロジー

 

 

■↑をタロットカード要素を強くし再構築したもの(通称ライト版)

・運命の天啓『アルカーナム』あらすじ

・運命の天啓『アルカーナム』キャラ容姿

・運命の天啓『アルカーナム』キャラ設定
  

 

 

■その他小話

・小話『死に損ないの感情論』
(ハロハナ4日目)

・小話『海鳴りが聞こえたら』
(ハロハナ後日談)

・小話『双島調査記録』
(くびよっつ後日談)

・小話『明日天気になあれ』
(ペットショップコンバート宿のアサッティとドドンパの邂逅話)

・小話『人の心はからくり仕掛け』
(2022年11月シマ後日談の後日談)

・小話『魔女「私に頼めば指名した子を召喚してあげるのに」』
(ライト版アルカーナムのさいあくな小話)

・回帰 ― 奇 円 ―
(暗夜後日談)

 

 

■シナリオ

・『うみ』

 

 

■その他

・ホワハナ感想まとめ・2・3

定期ゲ・鶏 Advent Calendar 2020 の記事
『ツッコミロール、それはロールに命を燃やす芸人の熱き魂』

 

・定期ゲームっ子のCW連れ込みデータ(2021.7.8更新)

アルカーナムレポート『Ⅱ THE HIGH PRIESTESS』

※これはライト版アルカーナムでお送りします。現代にアルカーナムの作成者、シャルルを呼んで各アルカーナムに会わせて対談式で各キャラを掘り下げていこうという試みです。
完全にギャグ時空でお送りします。特定の定期に出したキャラは、その特定の定期後の状態で会話をさせます。
※アイコンはルルクスさんより
※このティオールはシマナガサレ本稼働2回目の後を想定しています

 

 

0.挨拶

「2番、女教皇のタロットカード、ティファール。『メンテナンス』の時間だ」

ティオールだつってんでしょ!! 私の名前を取っ手取れるようにすな!! 制作主が間違えんな!!」

「あぁ、すまない、悪気はない。許せ、ファティール」

「よくやられた間違い!! 絶対悪気しかないでしょ!!」

 

1.作成ノート

「Ⅱ THE HIGH PRIESTESS。女教皇のタロットカード。高い知性と冷静さを示すカードだ。そうか?

「示してるでしょーが!」

「実際こいつにはアルカーナムの記録媒体と密接になっている。
 何体かいるんだ、重要な機構の核になっているやつが。
 故に、記憶が共有されるアルカーナムにおいても、特に他の者らの動向を把握している」

「記録媒体の核であるが故に知識に貪欲に作った。魔術師であることも、その性格が由来している。研究者として向いているだろう?」

「ただ、そのせいか少々変な首の突っ込み方をするようになり、一週回って頭が悪くなってしまった

「私そろそろキレていい?」

 

2.能力について

「こいつのすごいところは、扱えない属性の基本属性及び複合属性がない、という点だ。
 俺たちの世界では性格や保有魔力の性質によって扱う属性に得意不得意がどうしても出てくる」

「そしてこいつはあらゆる複合属性の扱いに長けている。そのように作ったとはいえ、人間として生まれていればとんでもない逸材だっただろうな」

「今やタロットカードでは相反する要素として白と黒の柱が描かれる。
 こいつの容姿や能力が正しく反映されるんだろう」

「こ、ここまで褒められると照れくさいわね……」

「それだけ、俺の腕が優秀だということだな」

「私の喜びを返せ」

 

3.性格について

「知性があり、冷静沈着になるように性格を組んだ。同時に知識に貪欲で、他のアルカーナムが持ち帰った知識に興味を持ち、記憶媒体の核という役割も持たせた」

「その結果、自ら貧乏くじを引きに行く、あるいは好奇心のままトンデモ行動をやってのける知性の欠片もない人間に仕上がってしまった」

「さっきから私のこと悪く言わないと気が済まないの!?」

「人の願いに触れる以上、心持たない冷酷な道具にするわけにはいかないからな……逆位置の、完璧主義でヒステリックになる部分を考えればまあ、合うか」

「待って待って待って、身に覚えがない、全然覚えがない!!」

「え?」

 

4.人間関係について

「でなければエナンと毎日のように喧嘩しないだろう?」

「そうなるように作ったのお前か!!」

「お前言うな、俺はお前の生みの親だ。
 ったく……価値観の相違によりしょっちゅう喧嘩するように作ったんだ。お前の逆位置の示唆のためにな。ありがたく思え」

「一体どこから目線よ。生みの親目線だって?
 あぁそうですねワガアルジサマハエライデスネー」

「こういうところなんだよなぁ……」

「ふんだ、私にはエクシスっていう恋人がいるもの、後で慰めてもらってくるわよ」

ちょっと待って、それは知らんが? 聞いてないが?
 え、恋人……恋人……?」

「変化のないアルカーナムに変化をもたらせれば面白いじゃない。ごっこの関係だけど」

「なんだ、本当の恋人じゃなかっ……俺の魔法具を壊そうとすな!

 

5.道具の思想

「別に特別にどうこうといった思いはないかもしれないわね……道具として作られていて、人間の占いに天啓を与える。それだけの存在。
 それ以上でもそれ以下でもないわ」

「こういうところは肩入れや感情移入をせず淡々とあるな……いやそう組んだのだが」

「けれど、ルールに則って『知りたい』と思ってしまうのは、こう作られたが故の本能よね」

「……まさか」

「アルカーナムは変化を良しとしない魔法具。組み込まれた枠組みから逸脱できないように、変化を良しとしない魔法具として生み出された」

「その枠組みの中で変化が起きれば……とても素敵なことだと思わない?」

「だから魔法具を壊そうとするなバカ!!」

「壊す気はないわよ。変化すれば楽しいなぁって思うだけ」

それが下手したら壊すって言ってるんだよ!! 十中八九壊れないが!!」

 

6.外の世界に対して

「実に面白く、興味深いわ!」

「流石知識欲の権化!!」

「正直人の願いなんてどうだっていいから色んなことを教えてほしいわ!」

「人の心がないように作った覚えはないが!!」

「だってすごいじゃない! 人が死ねば死ぬのよ!

「俺もすでに故人なんだが!?」

 

7.人間に対して

「そうね……興味と希望かしら」

「興味は分かるが……希望?」

「知らないことを教えてくれる。私たちでは起こしえない奇跡を起こす。
 アルカーナムである限り不可能なことを、外の人間は可能にしてくれる」

「あーあ、契約の永続化をした私はどうしてるかしらねぇ」

「…………」

「完全にアルカーナムの機構で見るならば『エラー』なんだが……」

 

8.魔女に対して

「……あまりどうこう思ったことないかもしれないわ」

「だろうなぁ」

「魔女様って、私たちと外の人間の縁を期待しているところあるじゃない。大切にしてくれているけれど、その先を何か求めているというか。
 だから、私たちに対しての縁の在り方も、魔女様に対する気持ちの持ち方も、何も変わらない」

「良くも悪くも、『無関心』なのかもしれないわね」

「知識に対して貪欲な人間は、知識の得られない人間に対してこうもドライなのか……また一つ知見が広がったな」

 

9.シャルルに対して

「死んだ人間ってなんの変化も与えてくれないじゃない。だからどうでもいい

「すごいな、情を持たないようにした云々関係なしに極限なまでの無関心をキメられている気がする」

「作ってくれたことに対する感謝も別に……作ったからここに在る、それだけだし……」

「…………」

「関わりある中で一番どうでもいい人間かもしれない」

「そのどうでもいい人間がここにいるんだがなぁ」

 

10.道具から主人に質問

「死んだときどんな気分だった?」

「死人に口なしという言葉を知っているか?」

「今は口があるじゃない」

「……別に悲願を遂げていたせいで何も思わなかったな」

「だからどうでもいいなんて思われるのよ」

「クソデカため息やめろ」

 

おわりに

「アルカーナムを壊す気がないことは分かったがな」

「頼むからほどほどにしてくれ。アルカーナムは俺の悲願だ、壊れたら立ち直れなくなる」

「死んだ人間に立ち直れないもへったくれもないでしょうに」

「とはいえ、知りたいことは多いもの。
 そんなに簡単に壊れるつもりはないわ。大事にしてくれる人もいるものね」

「本当だな? 頼むぞ、ファティール」

「エクシスー、ちょっとこの機構ぶち壊すために一緒に頑張りましょ~~~」

教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第4節』

←前



-『第4節 駒鳥の交響曲』-

 

私は人間でないことを隠していた。このまま隠しておけるだろうと思っていた。人間の心も理解して、人間のように振る舞い暴かれることはなかった。誰も人間が人ならざる者だと疑いはしなかった。
しかし、私は一つ失念していた。いくら完璧であっても、所詮それはメッキでしかなかった。随分とテラートもトリサも大きくなった。どちらも小柄だが、初めて出会ったときと比べると成長を実感する。それから神父はもう立ち上がることすらできなくなっていた。死が明確に近づいている。
そうしてやっと、私は気が付いた。火のついた蝋燭を眺めていても、短くなりつつあることには気づけない。短くなって、交換が近づいてからようやく気が付く。
天使は、人間と流れる時間が全く違うことに。

そうして、私が教会に来て11年。テラートも大きくなり、19歳になって暫く経った頃だった。雨が降る中、私とトリサ、ヘキサスが街を歩く。濡れた石の地面の水を、足が跳ね上げる。ぱらぱら、雨音が響く。閑散とした道を、こつんこつんと三人分の音。教会へ戻る最中のことなのだが、誰もが浮かない顔をしていた。

「全部テラートに任せちまっていーのか?」

声を発したのはヘキサスだった。いつもなら舌打ちをするところだが、そんな気にはならなかった。

「仕方ありません。祈りを捧げられる者は、テラートだけですから」

……昨日、神父が死んだ。死因は世界で一番多くなればいい、老衰だった。
私には寿命が見えるので、最期は全員を呼び寄せて看取った。テラートが抱きしめて聖句を歌い、安らかに息を引き取った。
誰一人として涙を流さなかった。だからといって、流石に私もヘキサスも、顔に笑みが浮かんでいたなんてことはなかったが。
死者が出て、弔い埋葬するのは教会の仕事だ。これまで教会で葬儀を行ったことはある。テラートもやり方は見についていた。今までは赤の他人を弔ってきたが、今回は肉親にも近しい、血の繋がらない育ての親だ。彼女の心情も複雑だろう。欲も悪くも、私たち3人は死に対して慣れている。赤の他人に対しても、身内に対しても。
世話になった者らが参列に来ていて、雨具を纏い雨の中行われる埋葬はゴーストが迎えに来ているようにも見えた。葬儀が終わって解散となると、テラートは私たちに先に帰ってほしいと告げた。いつもと変わらない、穏やかな微笑みを浮かべていた、ように見えた。

「…………なあ」

足を止めたトリサが少し後方に取り残されていた。気が付いたのは背中から声が聞こえて、振り返ってからだった。俯いていて、顔は見えない。気高に振る舞っていたけれど、こうして親しい者の死に直面して、感情に限界が来たのだろうか。

「……やっぱり。おかしいと、思うんだ」

そう推測していたから、発せられた言葉が予想外だった。何がですか、と聞く前に、トリサは真っすぐこちらを向いて、一歩、二歩と詰め寄って、

「ティカ、お前は……何者なんだ」

私のメッキに触れた。

「ずっと一緒に居たから何も思わなかった。8年間教会でお世話になって、こうして神父が死ぬまで気づかなかった。人は、変わるはずなんだ。老いていくはずなんだ」

声は震えていた。初めてここで、彼女は泣いた。その意味を、私は理解できなかった。

「何で……何で、私たちが、お前の見た目に、追いついてるんだ
「……は?」

つい3年前に来たばかりのヘキサスは、何を言っているのか理解できていなかった。3年ではこの違和感に気が付くことは難しいだろう。年齢を重ねていない。見た目に一切の変化がない。17、8歳程度の女性の姿のままだ。
人は老いて死ぬもの。人間にとってそれは当たり前であって、忘れがちであること。いつか必ず別れの時が来ることを、人は意識しない。別れが近くなり、初めて気が付いて。
そうして、私の正体に触れられた。

「……もう、無理そうですね」

天を仰げば、雨が顔に降りかかった。頬を伝う雨が気持ち悪かった。冷たい雫が熱を奪い、地面へと落ちていく。
身を翻して歩き始める。教会でお話します、と告げて、2人と共に教会の地下室へと向かった。雨具はカビが来ないよう地下ではなく玄関に引っ掛けた。それからタオルで濡れた顔を拭いて、トリサの涙も拭っておいた。
別にショックだとか、悲しいだとか、そういった感情は沸かなかった。ただいつか明かすべきものが今なのだと。あるいはもし年齢を重ねるように人型を変化させていけばこうしてバレることもなかったのだろうかと。どこか遠くから他人事のように考えている自分がいた。
地下室の扉をパタンと閉じ、トリサとヘキサスに向かい合う。そうして短く呪文を唱えた。こちらの姿に戻るのも、随分と久しぶりだ。

「―――― 天使、」
「おいおい、マジかよ……」

背中から広がる、淡く輝く純白の翼。頭には金糸雀の翼を思わせる天使の輪。人型は特に変える必要がないのでこのままだ。
シスター服に天使の翼に輪っかなど、あまりにも妙な姿だろう。神の僕とし、神に仕える者としては同義であるはずなのに、実際に神に仕えている者かどうか、という致命的な差がある。人間が偶像とする我らが、それと同じ姿をしているのだ。
二人共、信じられないと私を見て呆然としている。少しだけ優越感を感じてくすりと笑った。

「これで満足しました?」

すぐに言葉は返ってこなかった。それはそうだろう、疑心を抱いたトリサは秘密を暴いて喜ぶようなタイプではない。それはむしろ、そっちのド腐れオーク顔なんちゃってシスターの方だ。

「……何で、天使が……もしかして、テラートって、本当に……」
「神様だったのか、と問いたくなる気持ちは分かりますが、テラートは人間ですよぉ。大体、あの人はあなたと同じように成長していったでしょう~? 神様は歳なんて取りませんからねぇ~」

じゃあどうして、と尋ねてくる。教会に天使がシスターとして隠れて生きている。絵としてはあり得そうで、理屈としては不可解な話だ。天使は必ず主神となる神が居て存在する。しかしこの教会には、神に当たる存在はいない。人々はここに存在しない神に祈りを捧げている。

「私の主神は死にました。人間からすると、ロクでもない神様だったのでぇ……私は運良く生き延びてるんですが、天使である以上信仰が必要なのでぇ……こうして、ここに潜り込むことになったんですよ~」

笑って、答える。何でもないことのように語る。
そこの死神は両親から虐待を受けて生きてきた。そこの災禍は誰にも受け入れられずに生きてきた。私だって似たようなものだ。人間ではないから、人間ではない事情を話すだけで、同類のはずだ。
だというのに声は震えるし胸は苦しくなるし、息を忘れそうになる。暴かれる恐怖などどこにもないのに。

「……自分が生きるために、テラートを利用していたのか?」
「えぇ、そうなりますねぇ~」

やめろ。

「お前は私たちだけじゃなくて、テラートも騙して……テラートにだけは、お前は嘘をついていないと思ったのに……」
「……残念ですが、テラートはただの糧ですよぉ~、私のことなぁんにも疑わないのでぇ、お陰でお傍に居やすかったですねぇ~」

やめて。

「こ、の、最低なやつが! お前だって、テラートに助けられた恩人じゃないのかよ! なのに都合の良さしか見てなかったのかよ! 人でなし、天使には人間の心がわかんないんだろうなあ!」
「……はは、なんとでも、言って、」

やめ……て、
もう何も見えなかった。目の前がぼやけて、小さいはずのトリサが随分とあやふやで、大きく見えた。苦しさに胸をぎゅっと抑える。静寂が耳に居たかった。音がないことが煩い。自分の息も、瞬きも、鼓動も、何もかもが煩くて、気持ち悪い。

「めちゃくちゃ面白ぇな。結局自分の都合で人間を利用しといて、自分が痛い目見んだからよ。ヒヒ、天使が人間に正体暴かれてつるし上げられるんの、傑作だな!」

煩い、とも、黙れ、とも言えなかった。
あぁ、だってその通りだと思ってしまったから。私だって、上手くやれると思っていたし、暴かれたところでどうでもいいと思っていたのに。心底不快だ、人間にこのような扱いを受けるなど。

「てめぇのこと、ようやくわかったぜ。
 人間に陥れられたから人間不信になった天使。テラートのことも利用するつもりだった。けど、今そうやって泣いてんのは、俺らに暴かれたからじゃねぇ。それに嫌悪感を覚えんならもっと慎重になって誤魔化して、暴かれたにしても上手いこと取り繕うだろ。でも、てめぇはそうはしなかった。でも、今そうやって泣いてんのは。
 自覚がなかった、テラートに対する罪悪感からなんだろ」
「…………、」

心を見透かされたようで気持ち悪かった。それもこんなやつに土足で踏み込まれたから心底腹が立った。だけど、理解させられてしまった。
私はとっくに彼女の純粋という毒に狂わせられていて、憎い人間なのだと思えなくなっていて、この二人が人間だから気に入らないのではなくテラートに近づくから気に入らないのだと。
利用するはずの立場が、逆に毒されて彼女なしでは生きられなくなっているのだ。存在としての意味でも、心としての意味でも。
偉大なる主神に尽くすのが、天使の本能なのだ。

「それ、懺悔しろよ。テラートに」
「懺悔って……そんなもの、天使が人間に、など」
「じゃあこれからも天使ってこと隠して生きてくのか? トリサが気づいたんだぜ、テラートが気づかねぇって思わねぇ。なんならテラートなら気づいてっけど触れてねぇ、って可能性もあんぞ」
「……それは……そうですけど」

珍しくヘキサスが真面目な顔をして、淡々と語りかける。低く不気味な声が暗い部屋で響く。教会の地下、というその雰囲気に拍車をかける。

「てめぇがどーするもこーするも自由だけど、俺はこの場所が都合いーんだよ。神父が死んで、この教会が今後どうなってくのかはわかんねぇ。ただ、俺も、トリサも、お前も、普通の人間としては生きてけねぇよ」

俺たちは、テラートがいなけりゃ生きてけねぇんだ。この場所がなくなったら生きていけねぇんだ。
麻薬を得た人間は、麻薬に依存し快楽を得る。効果がなくなり快楽がなくなれば、もっと欲しいと麻薬をもう一度使う。段々効果がなくなり、使用量が増え、身も心もボロボロになる。
この教会から出ていっても彼女がいなければ生きてはいけないし、隠して生きようにもいずれ露見する。どうするかは自由、と言っておきながら、そこに自由などない。

「……帰ってきたときに、ちゃんと話します」

選択権などない。私はこう答えるしかなかった。
帰ってきてほしくない、と思ったのはこれが初めてだった。

  ・
  ・

テラートは夜になってようやく帰ってきた。神父の墓へのお供え物を買いに行き、よい旅になるようにと祈りを捧げてきたそうだ。それにしては遅かったので、どこかで泣いてきたのかもしれない……いや、目も腫れていなければ、いつも通りの表情だ。どちらが正しいかは、私には判断が付かなかった。
遅くなった理由を尋ねると、雨が止むのを待っていたのだと答えた。天国に行くのに雨だと不都合だろうから待ってもらっていたのだと。言われて外を見れば、雨はいつの間にか止んでいた。それどころか空には満月が昇っており、一ヶ月の内で一番明るい夜だった。

「テラート、疲れているところに申し訳ありませんがお願いがあります。礼拝堂で、あなたに懺悔を聞いてほしいのです」

日を改めると言われれば、それでもいいと思っていた。しかし私の言葉を聞いて、すぐにいいわよ! と、両手を合わせて答えた。それが嬉しそうなものに見えて、こちらの気も知らないで、と黒いものがのたうち回った。
人の居ない夜の礼拝堂は、人がいないからこそ神聖な雰囲気があった。広い空間に生命の気配はなく、あちら側の世界すら想起させる。数多の人から織りなされる世界から切り離されたようで、私は嫌いではなかった。最も、今回は礼拝堂の外で耳をそばだてている者がいるせいで、世界に二人だけ、という実感は起きなかったのだが。

「……初めに、伝えておかなければならないことがあります。
 私は、人間ではありません。私は……天使です。それも、人の死を糧とする神の僕……死を告げて死を回収する天使、告死天使、です。
 かつて人の死を糧とする神が居ました。私はその神に仕える天使でした。その神が人々に疎まれ、ついに滅ぼされて逃げてここへたどり着き、今まで過ごしてきました」

トリサ達に見せたときのように、ふわりと翼を広げる。信仰深いあなただからこそ、逆に信じられないか、あるいはすでに気づいていたか。
さあ、どちらだ。恐る恐るテラートを見ると、なんということでしょう。
ぱあ、と目を輝かせて、私の手を取ってぴょんぴょんとジャンプをする。これは、

「えっ、天使様だったの!? 本当に天使様なの!? すごいすごい、真っ白な翼が生えてる! 綺麗ー! まさかティカが天使だったなんて!」

全く何も、気が付いていなかったリアクションだ!!
これには扉の向こう側で、トリサもヘキサスも頭を抱えている。私でも気が付いたのにと呟くトリサに、伝えねぇって選択肢あったなと遠くを見るヘキサス。見ているわけじゃないけれど、その光景が目に浮かぶ。
あまりにも子供らしくはしゃぐものだから、本来の目的を忘れそうになる。なんならすでにとても内心を伝えづらくなっている。助けて。

「凄いわね、天使ってこんなに美しいのね。教会の礼拝堂の天使なんて、とっても神秘的で素敵だわ! どうして今まで黙っていたの?」
「……黙っている、つもりはありませんでした。隠しこそすれど、バレたらバレたでいいと。けれど……明かせなくなっていました」
「こうして話してくれている、ということは心境の変化があったのかしら。……いえ、違いそうね。誰かに暴かれた?」
「……トリサに……年齢が追い付いていることに、私が歳を重ねていないことに、違和感を抱かれまして」
「うん? ……あっ、本当だわ! 今同い年くらいだけど、初めて出会ったときはもっとお姉さんだったわ!」

全然気付いとらんかったが。扉の向こうで小さくゴンッて音が聞こえた。恐らく2人が床に頭をぶつけたのだろう。私も仲間に入れてほしい。
それだけ私のことはどうでもよかったのだろうか。彼女は気になった人の手を引き、すくい上げる。そこに特別な感情はない。誰にでも対等に接して、誰をも許す。それが彼女だと、知っているはずだったのに。

「テラート」

距離を詰められた。否、私が詰めた。
顔が近づく。否、私が近づいた。
理性以上の感情が、私が思いもしない行動を引き起こした。

「あなた気が付いてます? あなた、両親に捨てられたんですよ」

この真実は、神父が墓まで持っていってしまった。しかし神父は、私には置き土産としてこの真実をとうの昔に伝えていた。
彼女の両親は神父に口封じを頼んだ。神父も私に口封じを頼んだ。聞いたとき、私はずっとずっと言いたくてたまらなかった。
この人にこの真実を伝えたとき、一体どんな顔をするのだろう、と。

「え……私が、捨てられた?」

いつか迎えに来ると、両親のことを信じて待っていた。あるいはこの教会で一人前になることを望まれていると信じていた。
目を見開き、瞬きを繰り返すテラートの妄信を崩す。滅多に見ることのできない表情だ。こうまでしないと、彼女は傷つかない。傷ついてくれない。愚かな人間に落ちぶれてくれない。
……あぁ、なんて酷い、

「そう、あなたは捨てられたのです。
 要らなかったから。女に跡取りは勤まらないから。そんな些細な理由で」

―― 八つ当たりなのだろう。
ヘキサスは、私が美しいと言った。同じものを抱えながら美しく在る私が妬ましいと言った。しかし実際はどうだ。自分の正体を明かして、自分が特別ではなかったことを。救済すべき一人としか見られていなかったことを理解して、彼女を陥れようとしている。

「思いもしなかったでしょう? 自分が捨てられたなど。
 ねぇ、今どんな気持ちですか? あなたを捨てた両親が憎いですか? それともこの秘密を暴露した私を恨みますか? あるいは黙って死んで逝った神父様を罵倒しますか?
 さぁ! どれでもどうぞ! 私は……私はずっと、あなたが人に裏切られて傷つけられて、世界に絶望する姿を見たかった!」

あはははは、と笑い声が教会に響いた。
言葉が止まらない。溢れる想いが止まらない。そうだ、ずっとそう思っていた。このよく分からない人間の心が折れる瞬間は、どれほど愉快で楽しくなれるのだろうかと。ずっと期待して機会を伺っていたそれが、葬儀のあったこの日にもたらされた。なんと喜ばしいことだろうか。
神の代わりに受難を齎した。それですっきりしたならば、笑い声が止まることなんてなかっただろう。やがて教会は静寂に包まれて、私はただただ力なく膝から崩れ落ちた。

「……んー」

こつ、こつ、教会に何度か足音が響いた。自分から離れていくそれは、数回鳴ったところでぴたりと止んだ。
光源は窓から差し込む月明りだけ。真円から降り注ぐ穏やかな光が、二人きりの礼拝堂に影を生み出す。
この、神の代行として告げた、彼女にとっての試練は。

「だったら、ありがとうって伝えたいわ。
 だって、捨ててくれたからこうして神父様にもティカにも出会えた。トリサともヘキサスともお友達になれた。それ以外にも、たーくさんの人とお話ができたわ!
 こんなに嬉しくて楽しい人生を歩ませてくれた両親を、どうして憎むことができるの? こんな素敵な真実を教えてくれたティカを、どうして恨むことができるの? あ、でも教えてくれなかった神父様はちょっと文句言いたいかも。黙ってるなんてずるいわ!」
「…………、……なんですか、それ」

なんだ。試練にすら、なりえなかったか。

「私はずっと、……あなた様が、世界の黒い部分に侵されてしまえと願っていたというのに、」

俯いたまま、声を聞いていた。顔を見ることはできなかった。目を合わせることなんて、とても許される行為ではないと思った。
神に不敬を働いた。尽くすべき主に反抗した。天使として、許されざる行為だ。

「ありがとう、ティカ。
 やっとあなたがどうしてそんな目をするのかが分かった」

だというのに、私が信じる神様は。
すぐ傍にまで歩いてきて、わざわざしゃがんで、両手で触れて無理やり顔を上げさせて、私と目線を合わせようとするのだ。

「あなたはずっと、人間に怒りを抱いていた。その理由が分からなかった。
 人間に酷いことをされたんだろうな~、って予想はしてたんだけど、その感情がどこから来るのか分からなかった。人に怒りを覚えているあなたが、人を助けようとする。心と行動が矛盾している。ずっとそれが、分からなかった」

だから。いつか話してもらうために、信じてもらうことにした。
この人なら大丈夫だと信じてもらえれば、きっといつかその胸の内を話してくれると思った。
テラートの笑顔がいつも以上に嬉しそうに見えたのは、私がそう思いたかったからだろうか。私が……今度こそ彼女に、救われてしまったからだろうか。
純粋という名の毒でとうに侵されてしまっている。身も心も、この毒で侵されることを望んでいる。もっと、と強請っている天使が一人。

「……たったそれだけの理由で、あなたは私を傍に置いたのですか?」
「たったそれだけ、じゃないわ。私には大事な大事な問題よ。
 始めに私をこんなにも強く動かしたのは、あなたが初めてだったんだから」

考えれば簡単なことだ。私が初めてテラートに手を引かれ傍を許されたから、私が初めて彼女の心を強く動かした。
テラートという人物は特別を作らない。世界に産声を上げるあらゆる生命を平等に見る。必要であれば手を取りすくいあげる。彼女が『友』と表現する縁のなんと少ないことか。
確かに彼女にとっては救うべき一人だったのかもしれない。けれど、彼女は私の抱く人間への怒りを見抜き、私が罰を下すまで救済を試みていたのだ。

「…………私は……あなたを、ずっと利用してきたんですよ……?」

許されるべきではない。

「テラート、私は……あなたを、私が生きるために、利用して、」

自分から教会へ居座ったと思っていた。

「それで、あなたがいつか、親に捨てられた真実を知って、そしたら、絶望して、私の怒りが一つ、報われると思って、」

だというのに、あなたに手を取られ、すくい上げられていた。

「でも、もう、今は……本当は、私は、あなたに仕えていたくて、共に、在りたくて……だというのに、酷いことを、しようと、して、」

そのお礼が、こんな形になってしまって。

「私を……罰して……」

どうか、赦さないで。
神に罰を乞う僕の姿は、人間と大差なかったことだろう。天使が主に仕えようとする本能を持って、敬虔なる教徒同様にされている。悔いる咎人が、罰を待つ。

「それが、あなたの懺悔ね。
 ちゃんと神の僕であるこの私、テラートが聞いたわ。敬虔なる教徒、ティカよ。よく聞きなさい」

あなたが望むのなら、私は与えましょう。
人として生まれた神から与えられた罰は。
あまりにも、暖かすぎた。

「私を神と敬い、私にこれからも尽くしなさい。
 私が死するその時まで、私の友と共に。私が一緒にご飯を食べたいって言ったら一緒に食べること。一緒に寝たいって言ったら一緒に寝ること。お茶会がしたくなったら付き合って、私が殺してほしいって頼んだらお仕事すること。私のお願いは絶対。いいわね?」

視界が紺色の柔らかな布で包まれる。
ずっと歌う機会を伺っていた、私への聖歌を歌う日が来た。まさか私の番が来るなんて微塵にも思っていなかったけれど。

「……それ、今までと……変わらないじゃ、ないですか……」
「だって今まで通りがいいもの。だから罰は、私の今まで通りを守ることよ」

こんなにも、救われてしまうのなら。
彼女の元へ人が何人も集まってくるのは必然と言えるだろう。今ならはっきりと分かった。

『Who'll toll the bell? "I," said the bull,
 "Because I can pull, I'll toll the bell."』

教会に響く駒鳥の歌。初めて胸の中で歌を歌われて。
私より未だに小さな身体の中で、それから長い時間、私は嗚咽を漏らした。
駒鳥の胸は、熱を持った雫で濡れていた。

  ・
  ・

「今後、どうすんだ?」

満月の夜から一週間後のこと。教会の扉はその間参拝者に解放されることはなかった。神父が死んでからやることが多く、人の懺悔を聞いている場合ではなかったのだ。遺書こそ残されていたが大したことは書いておらず、テラートに全て一任するとの内容だけが書かれていた。遺品を整理し、ひと段落ついたところで今後のことを考えていた。
礼拝堂にテラートとトリサ、ヘキサスの3人が集まる。参拝者の居ない昼の教会は、随分と広くしんとしていた。
神父が死んだ今、4人は岐路に立っている。
このまま後を継いで教会を継ぐか、それとも別の人生を生きるか。テラートであれば教会を継ぐ者として誰も異を唱えないだろう。そもそも街の人はテラートが教会を継ぐものだと思い込んでいる。

「ティカが、離れたがってるのよね、ここから」
「ティカが? 離れるような理由が何かあるだろうか……」

テラートの言葉に、トリサが腕を組んで悩む。ヘキサスはあぁ、と納得した言葉を漏らした。
いい加減自分たちの裏の顔を怪しむ者が増えてきた。神父という裏のない者がいなくなれば、いよいよ無視しきれなくなるだろう。追われる立場となったところで、心苦しくなる者などトリサくらいだろう。しかし、現在の活動に支障が出ることをテラートは望みはしない。

「神父さんは言っていたわ。
 君の自由にしていいんだよ。この教会に縛られる必要もない、って。別に私は教会を出ていくつもりなんてなかったのだけれど……いい機会かもしれないわね」

あっさりと離れようと判断したテラートは、いつもの調子で窓の外を覗く。エメラルドグリーンの瞳を煌めかせる姿からは
、それが分かっているのか分かっていないのか、とても分からなかった。彼女が教会を特別な場所と思っているかすら怪しいのだ。どこへ行ったって、救済を求める者が居て、救済を与えることができる。
自由になるのも楽しいかもしれない。彼女が考えていることなど、その程度のことだろう。

「リューンという場所、なかなか楽しそうでしたよ~ もう少し下見をしますが~、予定は変わらないと思って構いませ~ん」
「うおびっくりした!? お前、俺達の前では隠さなくてよくなったからって急に現れんな!」

つん、とヘキサスの言葉を無視する。姿を消すことも、突然現れることも、天使の特権だ。それは転移術に近いが転移術ではなく、人への姿の現し方にすぎない。普段は幻想として扱われる天使は、お望みの通りに幻想として息をする。
そして人に寄り添い、神の意向のままに行動する。人が神を妄信し生み出し、神に仕える僕が故に、人のためと行動する。この天使も、根本は変わらない。

「私たちの活動にとぉっても都合のいいものを見つけましてぇ……瑠璃色の髪をした女の人を誑かしていたらいいものを紹介していただけましたぁ」
「何をしてるんだお前は」
「まぁまぁ~ ですが、悪い話ではないのでぇ~」

話しながら、ティカが教会の扉を開く。参拝者は誰もいない。
窓から差し込んでくる太陽の光は3人の元まで届くことはなかったが、教会の中はそれだけでも随分と明るくなった。色鮮やかな外の景色を背景にして、ティカはテラートへと振り返る。

「―― 運命の天啓亭、アルカーナム。どうです? 冒険者という形でこれからを過ごすのは」

彼女たちが冒険者という新たな表の顔を手に入れるのは、もう少しだけ先の話だ。




あとがき
なっっっっっっっがい!!!!
何でこの話総計170KBとかあるんですか!?!?!?
群像劇が難しいっていうのもよく分かったし、長いとだれるっていうのも分かったし、色々と学ぶことが多かったなーっていうのがとてもあります。
しっかし。このテラートって女、マジで何考えてるのか分かんないな……すんなり書けるし言ってることも分かるんだけど理解はできねぇー!! ティカちゃんの方がずっと人間してるー!!


引用
英文は全てイギリスの伝承動揺の『Who killed Cock Robin?』

教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第3節 下』

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初めて人を殺した日のことは、今でも覚えている。
ティカが、あなたはこのようにした方が気に入ると思いましたのでぇ、と対象を縛り上げ、声を出せない状態にしてこちらに差し出してきた。自由に殺してどうぞ、うっかり逃げられたらいい感じにします、と保険もかけて。
必死に藻掻いて逃げ出そうとする無力な男。殺される理由も本人は分かっていない。私たちも知る由はない。盗賊ギルドで依頼を受けた。それ以上のことは詮索していない。必要なければ興味もなかった。

つぅ、とナイフを滑らせれば痛みと恐怖で顔を歪ませる。深く突き刺せば、たまらなくなって声なき悲鳴を上げた。腕の中でびくり、びくりと命が跳ねる。涙と血でぐちゃぐちゃになりながらのたうち回るそれに追い打ちをかけた。
殺されるだけの価値がある。殺しの依頼の対象になるほど、誰かから恨みを買った。あぁ、妬ましい話だ。だけれどそんな人間が自分の腕の中で命をじわじわと奪われ、やがて死に至る。

優越感と、幸福感と、背徳感が、ぞくりと身を震わせた。

あぁ、なんて自分は馬鹿らしく生きていたのだろう!
普通で生きられないのなら、普通で生きる必要なんてなかったのに! 妬んで恨んで、醜く何かを貶めて、そうして自分は生きることの幸せといったら!
もっと命乞え。助けてなどやらないから。
もっと足掻け。手を緩めなどしてやらないから。

ごろりと横たわる死体が、こちらを責め立てる視線をしていた気がした。
愉快だ、愉悦だ。それを私は……俺は、ずっとてめぇらに抱いて生きてきた。



「ッヒヒ、っははははは……!」
「ちょっと、いきなり何笑いだすんですか気持ち悪い」

今、俺はティカと共にある獲物を暗殺しようとしている。殺せる、人を不幸に陥れられる、そう考えるとあの日のことを思い出し、思わず思い出し笑いが零れた。それを視線すら合わせず、感情のない言葉を淡々と投げかけてきた。

「悪ぃ悪ぃ、どんな顔で死んでってくれっかなぁ、どんな恨み言を残してくれっかなぁって考えたら、そりゃあ楽しくもなんだろ」
「悪趣味ですねぇ~今回はより慎重に暗殺してもらわないと困るんですよ、ワケが違うんですからぁ~」

相変わらずこいつは飄々としたすました顔をしやがる。あぁ、気に入らねぇ。こいつはいつもニコニコと笑っていやがるが、本性は残忍なやつだ。人の命を何とも思っておらず、何なら殺したときにこいつは笑っていやがる。
その本性を上手く隠し、暴かれないように生きている。最も、俺に対しては違ったが。

「あなたが人殺しを楽しそ~~~にしなければ、あなたなんて誘わないのですからぁ」
「俺は別にてめぇに誘われてぇ~~~なんて微塵にも思ってねぇが?」
「はー、これだったら一人で行った方が良かったかもしれませんねぇ」

くだらない会話を行いながら、俺たちは随分とボロっちい小屋へ入った。踏み入れるだけで軋んだ音が響きそうな床に、ロクに掃除も行き届いておらず雑草まみれになっている庭。ここに今回の暗殺対象がいる。
情報源は、盗賊ギルド。

「―― テラートに危害を加える可能性がある者は、今すぐにでも殺しておくに限る」

今回俺たちは、テラートの拾って来るやつのお願いで殺しに来たわけじゃない。テラートの教え通り、と言えばそうだが、テラートの指示で動いてはいない。
テラートは自覚がないようだが、何かと裏で彼女の話が持ち上がるようになった。教会に向かう人物は減った一方で、黒い噂が囁かれるようになったのだ。盲目的にテラートを求める人物が減ったから余計に耳に入りやすくなった可能性はあるのだが。
その中には教会の人間が救済のために人を殺している、という真理にたどり着いているものもあるが、あくまでも『噂』でしかなく、証拠を揃えて口にしている者はいない。だからこれは知らないフリをして聞き流せばいい。

「ご立派な忠誠心なこって。まーてめぇにとっちゃそーだろうなァ、『テラートの力は神にも等しい、攫ってわが物にしてしまえば金になる』なぁんて、見逃せるはずねぇよなァー!」
「煩い」

明確な怒りが言葉に現れた。ふひひ、と思わず笑いがこぼれてしまう。こうやって感情が露骨になるってことは、明らかな動揺の現れだ。
盗賊ギルドのやつがティカに情報を流した。テラートを妄信するやつが、彼女の力を利用し金にしようとしている。近いうちに攫われるかもな、と。彼女なら攫われても心に傷を負ったり、言いなりになったりはしないだろう。一方で、誰かに殺されることもきっと肯定する。攫い主のことを赦して受け入れる。それを危惧したから、こうしてティカが俺を巻き込んで動いているのだ。
暗殺と言いながらも一切存在を隠さない。音を鳴らさず侵入は不可だろうから、話し声を潜めることもしない。ただし、罠の確認だけはティカが念入りに行う。

「おー怖ぇ怖ぇ、もーちょい可愛いげのある図星にしろよな」
「煩い黙れ死ね。あなただって来た頃はオークみたいな顔でも可愛らしい性格してたじゃないですか。なんですか? アジの開き直りですか? うまいですね」
「てめぇこら、勝手に食いモンにして二重の意味で褒めてねぇ褒め言葉やめろや」

チッと舌打ちをすれば、向こうもチッチッと舌打ちをする。何で二回した。本当にどこまでも不愉快なやつだ。
嫌いな俺じゃなくてトリサでも連れてくればよかったろうに、と小突いてやれば、あれはどんくさいしトロいし知ったらロクな拗らせ方をしません、と酷評が返ってきた。お前の魔法の教え子だろ。
最も、それが一番の理由でないことは分かっている。

「トリサではなくあなたと組む理由なんて知れてます。
 同族だからですよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「はっ、よく言う。てめぇと同族なんざごめんだな」
「奇遇ですね、私もですよぉ~」

こいっつ、くっそにこやかに。ほんっとに気にいらねぇ。

「ほんっとに不快だぜ、てめぇは。
 俺のようにドロドロとした内面をしてやがんのに、その見た目も在り方も一切穢れてねぇ。美しいままいやがる。あぁ、妬ましいな、今すぐにでも殺してやりてぇな。ドブに落ちてクソまみれになんねぇかな」
「…………」

妬ましい。こいつが。
人を殺すことを楽しむ外道でありながら、その身姿は何一つ穢れていない。まるで、初めから人を殺めるために生まれてきたようで、自分と似ているくせに真逆であるようで、心底嫌いだった。

「別に」

ヒュッとナイフを投げる。ほらそこに居るから片付けてください、と冷酷な視線で俺に指示をする。ナイフは的確に得物の足を貫いていた。こちらに気が付いており、先手を打つ機会を伺っていたのだろうが俺達も気が付いていた。

「が、ぁ――! くそ、お前ら、何で分かって……!」

狙いは分かっている。得物に企みを会話から暴露してしまえば、相手は逃げようとするか。否、知られている以上拉致には都合が悪くなる、ならば今この場で仕留めてしまうのが一番手っ取り早い。そう考えることを見越して、向こうから来てもらった。
ティカの前に、気配を隠すことは無意味だ。どういうわけか、目ざとく『命を嗅ぎ取る』のだ。足に刺さったナイフからはじくじくと血が流れ落ちる。それにも、得物の言葉にもまるで無関心といったように、ティカは淡々と俺の言葉だけを拾っていく。

「私だって、望んでこのようになったわけではないです」
「……へぇ」

呪文を詠唱する。俺には二つ、適性がある魔法の属性があった。何の才能にも恵まれず、努力しても決して普通になれなかった私に唯一与えられていたもの。
手を天に翳して、にぃと笑顔を浮かべる。こんなにも自然に口が吊り上がる。

「だから、テラートだけは呪えねぇのか?」
「――――、」

ゴゥッ、と雷が落ちた。
閃光は的確に得物に落ち、肉を焼き、目を潰す。見た目に対してさほど威力はない。すぐに殺してしまうのは勿体ない。死にこそしていないが、痺れて暫くは動けないだろう。
いい顔してるなぁ、と倒れた得物に近づいて顔を覗き込む。雷に打たれ、痺れてびくり、びくりと痙攣する肉の塊が愉快だった。

「てめぇはテラートにだけ甘ぇ。というか、扱いが別だ。そんで俺と同類ながらもてめぇは『堕ちて』ねぇ。だからてめぇは綺麗なままで……心底、気に食わねぇ」

堕ちているのならば、きっとこいつは教会にはいない。どこかで心のままに人を殺し、愉悦に浸っている。こいつのことを理解しているわけじゃないが、そんな確信がある。
言葉は返ってこなかった。代わりに足に刺さったナイフを乱暴に引き抜いて、男の心臓へと突き立てた。目を見開き、魚が虫を食うときみたいな口になって、びくん! と一度跳ねてそのまま絶命した。もっといたぶってやりたかったのに、と舌打ちをすると、やっぱり舌打ちが二回聞こえてきた。

「あなただって、そうでしょうが」

こちらを見ない。
声は極力いつも通りを振る舞っていたが、深夜の嵐が吹き抜けたような声調だ。

「あなただって、テラートだけは傷つけられないでしょう?」
「…………」

目を閉じて、初めてあった日の夜を思い出す。まっすぐにこちらの目を見て、まっすぐと強く言い放った、居場所を作るという言葉。
どこにも居場所などないと思っていた。普通に振る舞い、普通であることを強いられてきた。心の暗い部分を否定し押し込め蓋をし、己にないものだと目を逸らそうとしてきた。
けれど彼女は人々が否定してきたそれをこじ開けて、そのままのあなたがいいと肯定してきた。心から純粋に、嘘偽りなく、本心で。暴かなければ、死ぬそのときまでいい子であろうとしただろう。けれど彼女はその純粋さで災厄を解き放ってしまった。
これは人に不幸をもたらすことで幸福を見出す災禍だ。人にとっては敵意を向け否定し、罰するものだ。平穏のために存在を許してはならない、明確な悪意。

「しゃーねぇだろ、こんな俺でいいって言われちまったら」

けれども、彼女はそれすらも赦して愛してしまうのだから。
人を救済するつもりなど微塵にもない。なんならそいつも不幸になってしまえと心のどこかで嗤っている。それを俺はもう隠しやしない。教えに従うわけではなく、俺のやりたいように人に死を齎す。
俺にとって、テラートの教えは神が与えた免罪符だ。それに甘んじて、神が連れ従う天使と死神と共に、厄災として従っていく。

「なら同罪ですね。心底気に入りませんが、ビジネスパートナーとしては本当に死んでくれないかなぁ~何が悲しくてこいつなんかと仕事しなくてはいけないんですかぁ~と思う程度には便利です。虫が湧いたらご協力お願いしますねぇ~、拒否権はありませんからぁ~」
「くっそ性格悪ぃ! は~~~俺だってなぁにが悲しくててめぇなんかと暗殺業やんなきゃいけねぇんだよてめぇこそ死ね、そして二度と顔を出すな。つーか今ここで死んでくんね?」
「は? 嫌ですけど? 人に死んでと頼むのなら自分が死ねばいいじゃないですか。私はその一発芸、指さして大爆笑してあげますからぁ~」

彼女が作ってくれた居場所で、罪を重ねながら、これからも。
あぁ、この居場所はなんて居心地がいいのだろう。そして、なんて自分とは滑稽なのだろう。
神の教えをロクに聞かず、己の欲望のままに生きているというのに、それは神の掌の上で踊らされている……否、愛され存在を許されている。いつでもそこから抜け出すことはできる。自由を望めば外へと抜け出せる。

けれど、一度楽園へと連れて来られた者は、神からの寵愛なしには生きられないのだ。
神にそのつもりはなくとも、神の傍から離れられなくする。

それを、不幸だと笑う者がいるのなら。
そのときは、笑顔で雷の一つでも落としてやろう。



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教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第3節 上』

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―『第3節 災禍の目覚め』―

 

嗚呼、何故。何度私はこの世の不条理を恨んだだろう。
何でもない会話をする。笑顔を浮かべ幸せに暮らす。社会を築き共に時間を過ごしていく。それは全て健常者の特権だ。
昔からだ。顔が怖い。もう少し自然にすれば。不細工。妖魔みたい。普通にはできないの。暴言。指示。頼んでもないアドバイス。ただ醜く生まれただけで、ただ人と同じようにできないだけで、周囲は指をさして異常者だと声を上げる。
普通って何だろう。笑顔を作ってみても、怖いと距離を取られる。思い通りにならずに泣けば、妖魔が泣いていると揶揄われる。誰よりも努力をして普通を振る舞おうとしたけれど、誰にも理解はしてもらえなかった。

両親も例外ではなかった。お前は不細工だな、どうして皆と同じようになれない。ちゃんとしなさい、綺麗になりなさい、お前はとんだ恥さらしだ。
私を見捨てたわけではない。何とか社会に出られるようにあれやこれやと私にアドバイスをし、身なりを整え普通を仕立て上げようとした。けれど、私はそれに応えられなかった。人前に出れば息が詰まり、汗が出て挙動不審になる。話しかけると大半は驚かれ、距離を取られる。慣れてきた者からは心無い言葉。あいつは普通じゃないから、どんな言葉をぶつけてもいいんだと言われる始末。

そうして自分を殺して生きてきた。周りに合わせようと努力をした。私に問題があるのだから仕方がない。私が普通にできないから、可愛くないから言われるんだ。周囲を変えることなんてできないから、私が変わるしかない。人と関わることが怖い。関わらず生きたい。けれど、社会で生きる以上避けては通れない。だから、普通であろうとした。

でも、本当は。本当の、私は。

醜い自分が嫌で、教会に足を運んだ。ここなら醜い私を罰してくれると思ったから。
赦してください。こんな醜い私を赦してください。
普通になれない私を赦してください。
懺悔をしたところで、一体何が変わるというのか。結局その教会も社会に属するものであり、調和を保つためのものでしかない。社会に必要だから、存在する場所。私という存在が許される場所ではない。
私は今日も、普通になれないまま普通に焦がれて普通を振る舞っている。



トリサが教会に来てから4年が経った。教会にテラート目当てで訪れる者は増えるかと思われたが、今は落ち着いていた。別に特別何かがあったわけではない。時間が経ち噂が落ち着いてきたことと、テラートの説法により救われた人が増えたこと、それからちょっとした懺悔であれば神父や私にちゃんと回すようになったこと。大したことのない懺悔であれば、テラートに説法を頼もうが神父に説法を頼もうが、そもそも頼まなくてもそう変わらないのだ。
今日も礼拝堂を開け、信者による祈りを捧げ、個人個人に説法を説く一日が始まる。私も長年ここで暮らしてきたお陰で、人間の思考や何を望んでいるのかが分かるようになってきた。ただ欲しがっていそうな言葉を投げ、勝手に人が救われていく。何とも陳腐で傲慢で、殺してやりたくなる。

「あの子凄いね、今日も来てる。最近毎日来るんだ」

二週間ほど前から昼下がりの決まった時間に礼拝堂で、両手を組んで懸命に祈る女性の姿を見かけるようになった。くすんだ長い紫色の髪と、血のように不気味な紅色の瞳。それから魔女に呪われでもしたかと言いたくなるような凶悪な顔をしていたので、印象にははっきりと残っていた。ただ、熱心に神を信仰しているようには見えず、救われたいから神に祈っている、苦し気な表情に見えた。
それを神父は頬杖をついて見守る。歳を重ねた彼は杖をつき、歩くことが難しくなっていた。礼拝も説法も座って行うようになり、私たちのサポートも増えた。
テラートはじいっと見ている。話しかけないところを見ると、彼女の心が動くほどの悩みではないのかもしれない。頼まれて説法を説いて、時間があれば目で追って。けれど、話しかけることはなかった。

「ねぇ、待ちくたびれちゃったんだけど」

なんて思ってたら話しかけに行ったわ。前に立って、椅子に座っている彼女に顔を近づける。待ちくたびれたということは、話す気でいたが向こうから来ることを待っていた、ということだろう。圧縮言語を使うな。ほら見ろえっなに……? って凄くきょとんとしてるじゃないですか。

「えっ……と……待ちくたびれた、って……なんのことでしょうか……?」
「ずーっと神様にお話して、僕の私たちにはちーっとも話してくれないんだもの! 神様にお祈りしても神様は助けてくれないわよ!」

ちょっと待て、神様を信仰してる人が口にする言葉じゃない。この場合は忙しいからとか皆大切だからとか、そういう理由で助けないって意味だと私は分かるけど神様全否定してるようにしか聞こえないんですが!
ほら見ろ神父はずっこけてるしその人めちゃくちゃ困惑してるじゃないですか!ふんすっと力んでるとこ悪いですけどうどん屋さんで蕎麦打ってるようなものですよ! どんな食べ物か知りませんが!

「あー……要するに、神様に祈りを捧げることはよい心掛けだけど、私たちだって神の僕だから責務を全うする。心に悩みを抱えたままにしないで、私に説法をさせてって、ことでいいんだよね、テラート?」

ナイスフォロー神父。
祈りを捧げていた女は目を逸らし、テラートと目を合わせないでいた。露骨に汗をかいて組んでいた手は忙しなく動いている。更には緊張によりふひひ、と不気味な笑い声が聞こえてくる始末だ。

「えっと……その……ひっ、人に、言うことじゃない……ので……」
「どうして? 私は聞いてみたいわ、あなたのその目の理由を」
「めっ……目、ですかぁ……?」
「そう。あなたはどうして、神に祈るの? そもそも、神に何を求めているの?」
「……それは……」

これ本当に教会で行われる説法か? 教会でどうして神に祈るのかとか、神に何を求めているのとか、そういうこと聞く? 教会の人間が教える側では?

「……私は、醜くて、綺麗には生きられないから……許して、もらうために……こんな私で、ごめんなさいって……普通に振る舞えなくって……それで色んな人に、迷惑をかけてるから……」
「…………んー、」

口元に指をあてて、宙を見る。
嫌な予感がする。なんかトンデモ一言が出てきそうで嫌な予感がする。このポーズを取ったテラートは十中八九ロクなことを言わな

「気持ち悪いわね!」

ほーーーーら!! 純粋で満面の笑顔で心を貫くどころか粉砕玉砕大喝采させるえげつない一言ですよ!!

「きもっ……!?」
「だってそれ、あなたが嘘偽りを演じて生きて、あなたのありのままを否定しているってことじゃない。それを罰だって、何をおかしなことを言っているの?」
「テラート、テラート、オーバーキルですよ~」

やんわりストップさせる。あまりにもショックを受けて話が聞こえていない。周囲も何事!? とこちらを見ているし、本人の言い分は分かるけれども待ったをかける。それで止まるか? と問われると、殆ど止まらないのがテラートだが。

「だっておかしいじゃない。ありもしない罪の赦しを神様に乞うのよ? 神様もいい迷惑だし、この人だって救われないじゃない。」
「本当に神様信じてます? とお問い合わせを入れたくなるような問題発言におかしいじゃないですか、と問い詰めたい私の気持ちも理解してくれませんか。だめですか。そうですかこの世界は残酷ですねぇ~」

気持ち悪い、と称したのはあくまでこの女の在り方である。テラートの教えは端的に言うと心のままに生きろ、である。この女性の在り方と相性が悪いことは説明するまでもない。

「あなたが言う普通の生き方を、心から望んでいるの? 望んでいるのなら、あなたはそんな目にはならないわ」
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい! でも、私は生まれつきこんな目で……でも、どうすることも、できないから……神様に、お願いする、しか、」
「何をお願いするの? 赦しを乞うの? あなたがそんな目をしていることに対する赦し? それは本当に赦されるべきなの?」

あぁ、お互いの主張がズレている。
女性は己の目の見た目の醜さだと思い、テラートは目から見える心に触れている。気持ち悪いに関しても、女性は己の容姿や思想だと思い、テラートは心の在り方に触れている。
だけどこれは、止めなくていいはずだ。だって。

「あなたは気持ち悪いままで! そんな目のままで! 本当にいいの!」
「……そんなこと、そんなこと分かってるんですよ! もう放っておいてください! 私は望んでこんな姿に生まれたんじゃない! 私は望んでこんな醜くなったんじゃない! だから普通に居られるように、普通に笑えるように、人一倍普通を勉強した!!
 でも……でもっ、上手くいかないんだよ……だから綺麗な周りが妬ましくて、羨ましくて、壊れてしまえ、醜くなってしまえって、願ってしまう私がいる……恨んでしまう私がいる……こんなこと、考えちゃだめなのに……」
「…………そう、それが本当のあなたなのね」

こうして心に触れるための、誘導なのだから。
見つけた、と満足気に微笑む。意図的に煽ったのか、それとも思ったことを口にして心に触れたのか。きっと両方だ。

「ねぇ、よかったら今夜教会に来て。あなたともっとお話をしたいの。
 素敵な心を持っている人。あなたは人を罰したいと、罰されて然るべき者を見る目がある。それって凄いことじゃない。だから、あなたの力を貸してほしいの」
「……、……わ、私には……そんなこと、」

言葉から、周囲に対する嫉妬が伺えた。自身が回りに合わせなければならず、合わせられない自分は距離を取られるか、嘲笑を浴びるか。哀れで愉快だ。さぞかし生きづらい人生だっただろう。
向けられている感情は、間違いなく好意だ。彼女はそれを向けられたことが今までなかったのだろう、テラートの悪意のない言葉に戸惑っている。とはいえ嫉妬を、罰したいあるいは罰されるべき人の判断と解釈するのは流石にプラス思考がすぎて引く。
待ってるわよ、と肩をポンポンと振れて、離れていく。女性は暫く教会の中で俯いていたが、私が別の人に説法している間に姿が見えなくなっていた。


  ・
  ・


よかったら今夜教会に来て。あなたともっとお話をしたいの。確かにテラートと呼ばれていたあの人はそう言っていた。
あの人は一体何なのだろう。私のことを気持ち悪いと罵倒したかと思えば、素敵な心を持つ人だと賞賛した。何を考えているか分からない。私を利用しようとしているのか。あるいは馬鹿にするための卑劣な罠か。
考えて、結局教会に来てしまったのは悪意を感じ取れなかったから。もし利用されるのだとしても、こんな私に利用される価値を見出してくれたのならそれでもいいか、といった諦めから。教会の外ではテラートが待っていて、来てくれたのね! と両手を合わせて笑顔を浮かべた。
どこまでも純粋無垢で、子供らしい。私だって、この人のように生きられたらよかったのに。

「来てくれたのね、ありがとう! あなたならきっと来てくれると思ったわ!」
「あの……もっとお話をしたいって……何も話す事、ないと思うのですけど……」
「私はあるわ。きっとあなたにとっても悪くない話よ」

手を引かれ、教会へと入る。明かりは消えていて、テラートの持っている蝋燭だけが光源だ。地下に行くから階段に気を付けてね、と注意を促され、ゆっくりと降りていく。
降りた先の一室に入れば、昼間にも見たシスターと、礼拝堂では見かけなかった黒い布を纏った少女がいた。また会いましたね、とひらり手を振られる。一方で少女からは

「ばっ……化け物!!」

もう何度目か分からない悲鳴が上がった。
慣れたことだ、と気にしないよう振る舞おうとした、けれど。

「えっ化け物!? どこどこ、ティカー!」

ちょっと私を連れてきた人がよく分かんないリアクションしちゃったな。

「いや違いますって、あなたが連れてきた人をトリサが化け物と見間違えたんですって。ほらその人、ものすっごい不気味な顔してますから~」
「えっ、何で!? とっても素敵な可愛い顔をしているじゃない!」
「あなたが心からそう言ってるのは分かりますけど刺されますよ~?
 客人、この人誰にでもこういいますから、本気にしないでくださいね~」

納得がいかないと文句を垂れるテラートをよそに、ティカと呼ばれた女性はにこにこと肩をすくめた。トリサと呼ばれた少女からはかなり怯えられている。大変混沌としているなあ。
早く話しましょう、とティカに促され、テラートは渋々こほんと咳払いをする。それから綺麗なエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、私に教えを説いた。

「あなたが心から神様を信じていても、いなくてもいい。もしこの教えを理解できなくてもいい。けれど、私はあなたにありのままでいてほしいわ。
 私はね、神様は全ての人を平等に愛してしまうから、人を裁くことはできないの。では人は何をもって罰されるのか。それは、人の心。私たちが神の僕として、人の心を持って裁かなくてはいけない。そしてあなたは、それを判断する力がある」

この教会では、救済のために人を殺すことがある。公になれば騒動になる、異端審問扱いされることを危惧し、秘密裡に片づける。救済のための暗殺。金を取らず、慈善活動として、人を裁く目的での殺害。

「……そっ、そんな、恐ろしいこと……! あっ、あなたたち、人を救うためだからって、人殺しだなんて……!」
「と、言いますけどぉ~……口端が上がっていますよ、あなた

指摘されて気が付く。慌ててとりつくろうとするが、もう遅い。
恐ろしいはずなんだ。人を殺すなんてどうかしてるんだ。恐ろしいと、思わなくちゃ。それが普通なんだから。
間違っても、『面白そう』なんて、思っちゃ、

「私は、あなたにはあなたらしいままで居てほしいの。
 普通なんて言葉で、あなたの心を誤魔化してほしくない。普通なんて誰のためにもならない鎖なんていらない」

だめ、なのに。
純粋な瞳で、この人は私を引きずり込んでくる。

「―― あなたはもう、我慢しなくていいの。あなたの居場所は私が作る」
「…………」

蝋燭を置いて、テラートは私のことを抱きしめた。
私の居場所を作ってくれる。この人は私のことを否定せず受け入れてくれる。
この醜い姿も、心も、全て。

『Who'll sing a psalm? "I," said the Thrush,
 As she sat on a bush, "I'll sing a psalm."』

あぁ、心から信じたことはなかったけれど。
この人は、私を赦して救ってくれる、神様なのだと思った。

「今首を縦に振りましたね? イエスのお返事、いただきましたぁ~。
 とりあえず~、テラートがこの人は実際にやってみるのが早い~、とのことで。都合よく迷える子羊が居ればよかったのですがぁ、そこは上手くいかなかったので……じゃーん、盗賊ギルドから暗殺依頼を受けてきましたぁ~」
「それはもう救済による暗殺ではないのでは……? テラート、これはいいのか?」

暗いことを行うのであれば理解はできるが、まさか盗賊ギルドとも手を組んでいたとは思わなかった。
ちらりとトリサがテラートを見る。やはり私のことが怖いのか、距離は取ったままだ。確かに盗賊ギルドからの暗殺依頼となると、暗殺という仕事に当たる。少なくとも彼女の教えとはずれている。
されど彼女は勿論、と表情一つ変えずに答えた。

「だって、この人のために必要なことだもの」



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教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第2節 下』

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子供は教会で保護し、私たちで面倒を見ることになった。怪我はテラートが治したが、空腹による衰弱は解決していない。長期的な暴力を受けていた様子も見受けられたので、精神的な問題も抱えているだろう。独り立ちできるまでゆっくり付き合っていくことになりそうだった。
子供は今のところ状態は落ち着いていて眠っている。起きたときに確実に混乱するだろうから、すぐに状況を説明できるようにテラートか私のどちらかが常につく体制になった。寝なくていいからずっとついてていいのだが。

「……教えてください。
 あなたは、何故この子供を救おうと思ったのですか?何故あそこまで心を動かされたのですか?」

どうしても腑に堕ちなくて、夜中にテラートに尋ねた。
起きていたのと柔らかい声を投げかけたが、私の声から察してか寝ろとは言ってこなかった。

「さあ?」
「さあ、て」
「だって私はこの子供のことを何も知らないわ。盗みが行われたのは1度だけ。何度も盗みを働いたわけではない。少なくとも周辺で同様の被害が起きるか、同じ店に何度も来る。店主さんも、問題意識していなかった。事が起きてから今に至るまであまりにも早い。じゃあ、常習犯ではない。そもそもすでにかなり衰弱していたんじゃないかしら。せいぜい分かる……どころか、推測の域を出ないけど。このくらいよ」
「でも、盗んだものがありませんでした。勿論食べたという可能性はありますが……本当にこの子でしょうか」
「ないからこそ、この子でしょう。その場で食べずに衰弱したまま路地裏に行ってみなさい」

あぁ、と納得した。いいカモにされるのは想像に難くない。
最も確信があるわけではないため、詳細は子供に聞く必要があるだろう。起きてからのお楽しみね、なんて緊張感のないことを口にした。

「……この子の目は、優しさを知らない目をしていた」

そうして次に出てきた言葉は、どこか憂いを帯びた調子だった。

「それって寂しいじゃない。悪意しか知らないなんて。世界はこんなにも優しくて暖かいのに。それが届かない暗く光の届かない場所しか知らないで、理不尽なままこの世界とさようならなんて、私が許さない」

許さない、というのは、子供のことだろうか。それとも暗い底に陥れた人々のことだろうか。
それとも。そのような子供を生み出そうとした、世界そのものに、だろうか。

「……それが、神様のご意向ですか」
「私は人間よ?神様どころか僕だわ」

思わず口にしてしまった。何でもありません、と誤魔化そうとしたけれど、それはできなかった。目を逸らして、地下室の中でも光の届かない暗い隅を見て溜息をついた。

「あなたは本当に神様なのではないかと感じるときがあります。
 独自の思想を持ち、純粋な心だけで助かるはずもない人間を助けました。起こり得るはずのない奇跡を起こしてみせた。
 ……こう見えても、私、人の生死には敏感なのですよ。助からないと判断した人間は、必ず助かりませんでした」

告死天使であることは伏せたが、不自然な言葉には違いない。踏み込まれるか、そういうものだと判断されるか。正直どちらでもよかった。
暫く言葉に悩んでいたテラートだったが、やがてくすくすと笑い始めた。いつもの調子の笑い声だった。

「まるで、本物の神様に出会ったことがあるみたい」
「……それは」

そうだ、と言えなかった。自分が天使だと知られてもいいと思ったのに、答えることができなかった。
神は、存在した。我が主がそうだった。いつも人のために神力を使い、そのために人間の死を糧とした。そうして人間に打ち取られた、我が主が。
口にすると人間への怒りを吐露してしまいそうだった。元々は人間の信仰で我らを生み出したというのに。救済の願いを叶えようとしただけだったのに。

「…………ぅ、」
「あ、気が付いた! よかったぁ、心配してたのよ」

言い淀んでいると、子供が目を醒ましてこちらを見た。濁った蒼色の目はやはり焦点が合わないが、見つけたときに感じた死の気配はすでにどこにもない。一命は取り止めているので、今後は適切な処置をすればいいだろう。

「ティカ、薬茶を温め直して持ってきてくれる? ……温めるくらいならできる?」
「……火をつけるだけならできるでしょう~」

そうしてまた仮面を被り、作り置いている薬茶を温めに行く。目を醒ましたら飲ませられるようにと、テラートが帰ってきてから作っておいたものだ。
料理をしろ、と言われると、私は控え目に言って劇物しか作れない。教えてもらったけれど壊滅的に作れなかった。神父には台所に立ち入りを禁止されたが、テラートの指示だから仕方ないですね。
出ていく前に、一度だけ子供の方を見た。……少しだけ、胸がざわつくような気がした。



誰かが部屋から出て行った。
苦しさはある。けれどそれだけだった。
霞がかった意識で、まだ死んでいないことを理解する。視界は晴れないが、暗い部屋の中に居ることは分かった。
誰かが居る。誰だ。知らない人だ。何かを言っている。頭に入ってこない。
どうして私はここにいる。目の前の人は何をしようとしている。

思い出せ。
この世界は悪意しかない。
誰も私を救いはしない。
目の前の者だって例外ではない。

「――――」

何かを言っている。手を伸ばしてくる。
お前も殴るつもりなんだろう。
蹴って、奪って、踏みにじるのだろう。
させるものか。もう虐げられるものか。

「ゥゥウウウウァァァアアアアッ!!」
「っ!?」

力を振り絞って起き上がり、目の前の人の首に手をかけて、跳ねた勢いのまま押し倒した。
ドンッと鈍い音が響く。目の前の人は石造りの床に仰向けに倒れ、私はそれに馬乗りになる。背中を打ち付けて苦し気に呻いたが、大したダメージではなさそうだ。

「……あらあら、元気な女の子ねぇ」

襲い掛かったというのに、目の前の女は笑っていた。一切の焦りもなく、恐怖もなく、ただいつもこんな調子だと言わんばかりの、穏やかな笑み。
私の方が焦燥を覚える。何故首を絞められようとしているのに逃げない。痛くて苦しくて、死が近づいてくる気配がするというのに。

「ごめんなさい、怖がらせちゃったかしら。
 でもやっぱりまだ心配だわ、だって全然苦しくないもの。私のことがもし憎いなら、元気になった後で手にかけてほしいわ」
「…………お前は、何を言って……?」

衰弱しきった身体では大して力は入らなかった。全力を出しているつもりだというのに、上手く力が入らず震えるばかり。エメラルドグリーンの瞳には、酷い顔をした私が映っていた。

「っ……こ、殺されそうになってるんだぞ、何でそんな、お前は笑ってるんだよ!」
「殺したいの? それなら、いくらでもどうぞ。だけど、死ぬ気はないから、私も抵抗はするわよ」
「てっ、抵抗しろよ、今すぐ! お前おかしいだろ、抵抗するって言いながらなんでなすがままになってんだよ、怖くないのかよ!」
「殺す、と願ったあなたが私を殺したのなら、あなたの殺意にあの世で拍手喝采をするわ。だって私の生きたいという心を、あなたの殺したいという心の方が勝ったってことになる。これってとっても凄いことなのよ!」

何だこいつ。何なんだ。
訳が分からない。殺してどうぞという。だけれど抵抗をするという。
死に対する恐れがない。私によって死が下されようとしているのに笑顔が崩れない。絞め殺そうとするのに、震えてできない。
得体の知れない感情をこいつは向けてくる。言葉の一つ一つに嘘がない。嘘をついているのかもしれないけれど、悪意の類が一切読み取れない。だから余計に読めなくて恐ろしい。

「テラート様!?」

手間取っていると、バァンッと大きな音を立てて扉が開かれる。壊れそうな勢いだったから、跳ね返った扉がキィキィと軋む。
離れなさい、と片手に持っていたナイフを私に向けてヒュッと投げる。勿論この姿勢で避けれるはずなどない。身体が反応できるはずもなく、私の身を的確に貫いた。
……と、思ったときには、キィンと甲高い金属音が響いた。壁にナイフが当たったのだとすぐには理解できなかった。

「こら、ティカ! お客様とじゃれ合ってるだけなのに、危ないじゃない!」
「じゃれ合っ……!? どう見ても押し倒されて、首を絞められていましたが!?」

暖かさが身を包んでいる。耳元で凛とした声が喚く。
今入ってきたやつが物を投げる動作を取ったとほぼ同時に、反射的に私を抱きしめて身体を引っ張り、ナイフを躱させた。目の前の女の上で潰れたようになったが、痛くはなかった。首にかかっていた手も離れてしまっていた。

「大丈夫だった? いきなり酷いわよねー、ちょっと遊んでいただけなのに」
「おかしい。大きな音が聞こえたから慌てて駆け付けたのにこの言われよう。私が悪いんですか?」

ティカと呼ばれた女は腑に堕ちなさそうに銀のナイフを拾いに行く。服の裾で埃を落としてレッグホルダーにしまった。

「ところで薬茶は?」
「……心配になって戻ってくることを優先しましたぁ~ そしたらぁ じゃれ合ってるって言われたんですよねぇ~ 私命の危機かと思ったんですよぉ~ でもぉ、じゃれ合ってたんですねぇ~」

にこにことしながら恨みたっぷりに答える。えぇ今度こそ行ってきますよ、もう大きな音がしても戻ってくるものですかと愚痴を零しながら出て行った。
部屋の中がしぃんと静まり返る。抱きしめられたままで、この体勢から動けなかった。

「…………どう、して……」

……訳が分からなかった。
ティカの行動の方が理解できた。殺そうとしている者を殺そうとする。そうして身を守る。やられる前にやる。ごくごく自然な行動理由。

「……何で、お前は……私を助けたんだ……」

そんなもの、と強く抱きしめられる。
抵抗はできなくて、なすがままにされる。

「私があなたを、生きるべきだと定めたから。
 だから何があってもあなたを死なせない。あなたが死ぬべきそのときまで」
「……私は……、……お前を、殺そうと……したんだぞ……?」
「生きたかったから。そうしないと殺されると思ったから。だから殺そうとした。
 ……今まで大変だったんでしょう?たくさん痛い目に遭って。もう大丈夫よ、何かあったら私が守ってあげるから」
「っ……なんっで、何で赤の他人に、そこまで!」
「あなたは私の心を揺れ動かした。強い感情で、私の心を揺さぶった。その時点で、私にとって赤の他人じゃないのよ」

そうして一段と強く抱きしめられて、こんな姿勢のまま、目の前の人は聖歌を歌い始めた。
絶対に息苦しくなって上手く歌えないはずであろうそれは、祈りとして歌うから苦しくないと後で教えてもらった。どこまでも自然で、母が子をあやすような優しい調べだった。

『All the birds of the air fell a-sighing and a-sobbing,
 When they heard the bell toll for poor Cock Robin.』

誰が殺したクックロビン。駒鳥の死を追悼する童謡。それを彼女が聖歌として歌う意味はまだ分からなかった。
何も言えなくなって、こみあげてくるものが分からなくて。離れたくなくて、このままで居てほしく、理解する。

この人は、私を救ってくれるのだと。
誰も助けてくれないこの世界で、この人は助けてくれるのだと。
まるで神様のような、この人だけは。
そう思ったら、涙が止まらなくなって。もう暴力に、悲鳴に、自身の存在否定に、何も怯える必要はないと思い知らされたので。

「ぅうっ…………、ぁ……っ……、……ぁああああぁあああっ!!」

駒鳥の胸は、赤色だ。駒鳥の胸が赤いのは、神の額から茨の棘を抜こうとして、その血に染まったためだと言われている。なんて、そのとき私は知らなかったけれど。
こうして手を差し伸べて、沢山の『赤』を、この人は受け止めてきたのだろう。けれど決して私たちの『赤』に染まることはなく、彼女の『赤』のままである。その赤は、本当に神の与えた赤なのかもしれない。この人は、真っ赤に染まった駒鳥の生まれ変わりなのかもしれない。
この人は、神様なのだと思った。

  ・
  ・

あれから二週間が経ち、テラートが拾った女の子は身体の方はすっかり回復した。よほど長い間虐げられていたようで、心の方はもっと時間がかかるだろう。手を揚げると反射的に身を丸め、夜はよく眠れないことが多い。テラートに負担をかけるわけにはいかないので、睡眠を基本的に必要としない私が傍についている。しかし、酷く取り乱しているときはどうしてもテラートを起こして宥めさせてやる必要があった。
彼女はテラートには心を開いたが、私にはまだ強い警戒心が残っている。あの子にとっての初めましてがナイフの投擲だったので、当然といえば当然だが。

「ふぁ……流石に眠たいわね」
「ロクに眠れていませんし~……礼拝の方はこちらで対処しておきますから、今日のお昼は一度ゆっくり眠ってこられてはどうでしょうか~」
「そうしたいけれど、何故か私に懺悔を聞いてほしいって人が多いでしょう?」
「う~ん、そこで『何故か』と言ってしまうあたり流石ですねぇ……」

お昼を食べ、片付けが終わり午後の来訪者に備えようとしたところ、机で大きな欠伸をするテラートに、私は小さくため息をついた。明らかに寝不足で疲れが溜まっている。
ただ話を聞くだけではなく、人々が求める回答をテラートは見つけ、掲示することができる。本人は話を聞いているだけのつもりらしいが、真似ができない芸当だ。だからこそこうしてテラートに人が寄ってくるのだが、彼女にはその辺りの自覚がない。
自覚がないから、いつだって説くのは彼女の抱いた心だ。嘘偽りのない純粋な心に、人は人らしからぬものを見出し神であるかのように錯覚する。彼らは決まって自分にとって都合のいい存在を神と定め、救いを求める。どこに行けど人間とは変わらず愚かだと思う。
今日も来訪者は多い。午後も頑張りましょうね、なんてほざくものだから、顔には出ていないけれど顔が赤くなったようだった。名前を呼んで、その腕を掴んで地下室へと連れていく。目を見開いてこちらを見ていたが、部屋に着く頃には微笑みに変わっていた。まるで我儘な子供を見るような目で私を見ている。それが気に入らなくて、噛み付くように言葉を投げた。

「いいから無理しないでください。来ている人には私が休ませていると言っておきますから」
「そっくりそのまま、あなたに返したいわ。あなたもロクに寝ていないでしょうに。私だけ休むなんて、不公平だわ」
「私は……別に、そこまで眠らなくても大丈夫な体質ですので。あなたはそうではないでしょう?」
「なので、今日はお休みにしましょう! 教会は本日午後はお休みにします!」

あっ、そう来ます? ちょっとそれは予想斜め上だったなぁ。
判断すれば行動が早いのがテラートだ。神父様に言ってくるわねとルンルンで部屋を出て行った。彼も無理をしていると分かっているので、恐らく言い分は通ると思うけれど。
相変わらずあのお方は……と、ため息をついてちら、とベッドの方を見る。連れて帰ってきた女の子がそこに居て、目が合った。びくり、と身を震わせてこちらをじっと見ている。
彼女は教会を開放している時間は邪魔にならないように、いつもここで待っている。人と顔を合わせることはまだできないため、何もできないならせめて邪魔にならないように、とじっとしているのだ。

「……やっぱり、テラート……無理、してるの?」
「あなたのせいですよ。無理は……していないでしょうけど……」

彼女は自己犠牲的なようで自己犠牲的ではない、と私は思う。自己犠牲で無理をするならば、テラートを目当てに教会へ来た者へ説法を行っただろう。されど彼女は教会をお休みにしてしまおう、と大胆な回答を掲示した。私たち誰一人として負担が大きくならないように。来訪者の人達も、本当に説法が今すぐ必要な人がいれば彼女は教会の地下へと誘導するだろう。どうやって理解してもらうかはあまり考えたくないが。読めないトンデモ理論で殴ってそうだし。
この子も迷惑をかけていることは分かっているのだろう。俯いて、唇を噛んで黙っている。あそこで死んでいた方がよかったのだろうか、と考えているような気がして殴ってやりたくなった。

「……あなたは本来、救われるはずのない命だったんですよ。えぇ、だって、この私がそう判断したのですから」

告死天使が下した死の判断は絶対だ。死を告げることが仕事の私が、人の死を見誤るなどあり得ない。それを彼女は何の代償もなく覆してみせた。神という彼らの都合のいい存在に頼らず、一人の感情論で。
不愉快なんですよ、と小さく呟いた。この子に当たったところで何も解決しない。ただ死にかけて、テラートに助けられただけの、運のよかった子供。今彼女から私はどのように見えているのだろう。見下し蔑む、シスターには到底似つかわしくない人間に見えるのだろうか。

「ですが、テラートがあなたをどういうわけか救った。いえ、理由なんて分かりきっている。あなたを助けたいと強く願ったことで、彼女の法力が奇跡を起こした。それだけに聞こえますが、それだけではない。
 人が起こし得ない奇跡を、あの方は起こした。死の運命を捻じ曲げるほどの、強い意志と感情で。それを受けたあなたが、その命を無碍にすることは絶対に許さない」

死を告げる者として、忠告する。我々でも起こし得なかった奇跡を受けた者が、それを踏みにじるような行為を取るなど許せない。顔を近づけて、目を逸らさせない。
逸らすだろうと思っていたが、そんなことはなかった。胸に手を当てて、そうだったんだと言葉を漏らした。

「……私は、本当に感謝しても、しきれない……だから、あの人の迷惑になることは、耐えられない……だけど、私には何もない。力も、知恵も……私には、何一つできることがない」

口にこそしなかったが、悔しそうに語る言葉から、やはり死んだ方がよかったのではという悩みは持っていたと考えた。助かってしまったから、恩人に今迷惑をかけて、重荷になってしまっていると。
どうすればいい、と今にも泣き出しそうな声に知りませんよ、と言いかけて……一つ、閃いた。愚かな人間を救うことには怒りを感じる。全て根絶やして殺してしまいたい。けれど、そのようなことをしてしまえば私は生きていけない。故に共存をしなければいけない。
では、どのような人間であれば、私は存在を肯定できるだろうか。答えが一つ、見つかった。

「魔法を扱ってみませんかぁ?
 人間は魔法石などの外部魔力を用意すると、努力次第で誰でも魔法が扱えると言いますしぃ……根気はありそうですから、教えてあげますよぉ」

悪い提案ではないはずだ。精神的な傷が大きく、独り立ちには時間がかかる。もしこの先私のように、彼女が私たちと行動を共にするつもりなのであれば、都合がいい。

「―― テラート様の、お役に立ちましょう?」

簡単なことだった。彼女の役に立つ道具に仕立てあげればいい。それならば私はこの存在を肯定できるだろう。テラートにとって都合の良い人間は、私にとっても都合のいい人間だ。道具は多ければ多い方がいい。
返事は想定通りだった。彼女に恩返しをしたいと考えるのであれば、決してこの言葉を否定しない。彼女は目を輝かせて、首を縦に振った。

  ・
  ・

私はテラートに命を救われた。
テラートに拾ってもらった私は、テラートに読み書きや教養を、ティカに魔法を教えてもらいながら教会で暮らすようになった。私はテラートやティカのように上手く人と関われないため、人と会わずにできる手伝いをさせてもらっている。
何故路上で倒れていたか、の経緯も二人には話した。凡そ推測が付いていたそうで、答え合わせのように話を聞かれた。大変だったわね、と肩をとんとんと叩いてもらった。

神は人間を全て平等に考えるから人を裁かない。故に人の心が人の生死を決める。人は神の僕であり、裁きの代行を行うのだ。テラートは信じなくてもいいけど、と言ったが、その教えのもと私は助けられた。信じないはずがないし、信じたかった。信じることで、あなたの手伝いができるのであれば、何だって自分の物にしたい。
それからこの教会では表には出さないが、人を救うために人を殺すことがあるらしい。話を聞いたときは恐ろしく感じたが、すぐに納得させられることになった。

「…………」

今、私は物言わぬ死体を見下ろしている。明かりのない部屋で、まだ生暖かい赤を零すそれに目を細める。手に持っている質量の極めて少ない魔法の鎌から、ぽたりぽたりと同じものを零し水たまりを作っていた。
1年。たった1年だけ。あっけないものだった。私の初めての仕事がこれほど簡単なものだとは思わなかった。あれほど私を虐げて、疎んだというのに。私を見るなり顔を青ざめて、死にたくないんだ、助けてくれ、なんて都合の良い命乞いをして。私は10年、助けを求め叫び続けていたというのに。

「まだ魔法に危うさこそあれどぉ……人の命を刈り取るほどには上達しましたね~」

ふわり、すぐ後ろにティカが降りる。まるで鳥が空から舞い降りるように静かで、美しい動作だった。ぺろりと口を舌でなぞり、三日月を作っていた。
教会で行われる、救済のための殺人。1を救うために1を殺す。救済のために、罪を犯す。テラートはそれを罪を被るとは言わず、罰を下すと表現する。罪意識などどこにもなく、心からこれが神の僕として成すべきことと考える。いつまでも、純粋な笑顔で。


「初めてのお仕事、どうでしたぁ?」


初めての仕事を出したのは私だった。そして、こなすのも私だった。私を虐げた両親が、私はどうしても許せなかった。死の目前まで追い込んでおいて、私のことを探しもせずのうのうと暮らしていた。ティカが暗殺の申し出を行ったが、私がやりたいと頼んだ。
そうして、初めての仕事としてはちょうどいいと、ティカのサポートもあり無事私の復讐は果たされたのだ。


「……テラートの言っていることが、よく分かった」


人を殺すことは恐ろしい。人を殺して救済を説くなど、できるものなのか。信じようとしたけれど、躊躇いは私の影を縫っていた。相反する事象であり、本能的に恐ろしいものだと思考する。人は誰しも、それを当たり前だと言うのだろう。


「いいえ、まだです。まだ真に理解していませんよ」


トン、と胸を指で突く。暗い部屋の中だというのに、蝋燭の火が揺らめくように瞳が煌めく。だけれどその蝋燭の火は照らすためのものではなく、命を奪う人魂の揺らめきだと思った。直に分かりますよぉ、と笑った彼女は、ゆっくりと母親の死体へと近づいた。


「ところでぇ……命の数、2つだと思っていたら3つだったんですねぇ」
「……え? 殺したのは、父親と母親で……」
「妊娠、してましたよぉ。まあ、母体がこのざまですのでぇ……私としては都合いいんですが」


ナイフを取り出し、裂いていく。真っ赤になっても、鉄の匂いにまみれてもお構いなしだった。別に確認しなくてもいいだろうに、わざわざありましたよと『中』を見せてきた。
私は吐き気すら忘れて、それを見て。嫌悪感を抱くはずの匂いにも、お構いなしで。犬であれば、唸り声をあげて吠えたてていただろう。猫であれば、毛を逆立てて爪を立てていたことだろう。
私は、人間だったから。

「―― ッ!!」

持っていた鎌を、力任せに突き立てた。
一度ではなく、二度、三度、四度と。声は出なかった。涙も今更出なかった。
身体を巡る激情が気持ち悪い。何度も何度も短い息を繰り返す。息の数より多く、鎌で斬って刺して裂いて、ぐちゃぐちゃにして、訳が分からなくなって。
私の中でどんどん空白が作られて、その空白を何で埋めればいいのか、よく分からなかった。



「おかえりなさ……真っ赤!! えっ、大丈夫!?」

ティカは腹を捌いたし、私は魔法の鎌を何度も突き立てたのでどちらも血に染まっていた。教会の外で待っていたテラートは、私たちの帰還を確認すると小走りでこちらへ迎え出た。返り血なので大丈夫ですよ~とティカが言っても聞かず、外傷がないかを調べる。何も見つからなければほっと胸をなでおろして、改めておかえりと微笑んだ。

「……いつも寝ないで外で待っているのか?」
「そうなんですよぉ~ 物好きでしょう?寝てていいって何度も言ったんですがねぇ~」
「だって怪我して帰ってくるかもしれないし、私一人だけ寝ているなんてできないでしょ!」

当然だが、暗殺は命がけの仕事で極秘に行われるものだ。誰かに見られてもいけないし、感づかれて返り討ちにされてもいけない。飛ぶ鳥が跡を濁さないように、私たちも何も残してはいけない。今回だって、派手にやってしまったが綺麗にしてあの場を去った。目の前の人が暗殺の本質を分かっているのかは分からないが。

「見つかって怪しまれると困るのでぇ~ 寝ていてほしいのですがぁ~」
「いーえ、私は一番にお迎えするっていう大役があるの! どんな理由であれ譲らないわよ!」
「そういうことを言っているんじゃないんですけどぉ~……」

先に着替えを持ってくるわね、と教会の中へ戻っていく。それを外で待つ必要はなかったのだが、どちらも歩み出すことはなく、ティカが私に話しかけた。
きっとこんなにも、月が明るく照らしているから。

「……凄いでしょう、あの人。
 人を殺したんですよ、私たち。人を殺せるだけの力があるんですよ。だというのに、何の恐怖もなく、絶対の信頼を置いてくれるんです。そうして、変わらず純粋に、私たちを友だと説く」

そのときのティカの感情を、どう表現していいのか分からなかった。きっと彼女もまた分からなかっただろう。だけど語り掛けられた声は、落ち着いていて穏やかだったので。

「救われたでしょう?」

理解した。はっきりと。
私の中で作られていた空白が、一瞬にして埋められた。
この救済とは、憎悪や後悔を罰して赦すことなのだと。そうして過去の呪縛を断ち切り、例えそれが咎となろうとしても、未来へと歩ませるのだと。
彼女は、私たちに『死をもって』『生かそう』としているのだと。
そんな咎人の私たちにも、彼女は純粋なまま抱きしめて、祈りの歌を歌うのだ。

「……あぁ」

そうして、変わらない彼女は扉からひょこ、と顔を出す。手には着替えを持っていた。入ってこないから不思議になって戻ってきたのだろう。
その姿があまりにも愛おしくて、美しくて、毒のように狂わされる。
戻りましょうかぁ、とティカが歩み始めたので私も歩き始める。月の光の下で、私たちだけが息をする。

「―― トリサ」

それは、テラートが私に与えてくれた名前。
とある偉人の名前と、ここに来た人が3人目だったから3の意味を乗せて。過去の恐怖も傷も取り去って、新しいあなたになればいいと。

「これからも、よろしくね」

この純粋な笑顔を。私の命の恩人を。
これからこの先ずっと、守っていける私になりたいと思った。



死をもって生を与える。
ここには生を与える神様がいる。
ならば私は、彼女の説く死を肯定しよう。真っ黒な衣を纏い、余闇に溶ける姿になる。見る人はそこから、一つの存在を想起する。

「……その恰好も、様になりましたよねぇ」

ティカが笑う。次の標的はあれですよ~、と上機嫌に指をさす。首を縦に振り、教えてもらった呪文を唱える。



あなたが誰かの生を願うのなら。
あなたが誰かの死を願うのなら。
あなたの願うままに、私を使ってほしい。


―― 私はあなたに仕える死神となろう

 

 

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教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第2節 上』

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―『第2節 死神の逃亡』― 

 

生まれたことを罪だとされた。私など生まれてこなければよかったと何度も何度も怒鳴られ、殴られ、蹴られた。
両親は仲が悪く、常にお互いに怒鳴り罵り合っていた。耳を劈くヒステリックな声を聞かなかった日はない。そんな二人の間に生まれた私はどちらにとっても気に入らなかったようで、目に入るたび何度も暴力を振るった。
ごめんなさい、ごめんなさい。何が悪いのか分からないのに何度も謝った。両親の機嫌を取るためだけの言葉で、勿論私は許されるはずはなかった。そもそも親にとっては生きているだけで気に入らないのだ。許されるには死ぬしかなかったのだろうか。いいや、死んだら死んだで、自分たちが子を殺したと問題になるだろうと腹を立てたに違いない。
ロクな教育を受けなかった。言葉こそ話せるが、文字の読み書きはできないまま大きくなった。何かをさせてもらえたわけでもないので、得意不得意どころか何もできないままだった。
怒声に身を縮ませ、いつ怒りの矛先が自分に向くかを怯える日々は、ただただ辛かった。極力目につかないように部屋の隅に隠れるのだが、視界の隅に入るだけでも気に入らないと腕を振り上げてきた。

10歳になった頃には、ロクに食事が貰えない日々が続いた。身体にできた生傷が痛んで力が入らない。辛うじて立ち上がれるが、いつそれすらも叶わなくなるか分からない。
死ぬかもしれないと思うと、恐ろしくなった。苦しくて辛くて、身体はずっと悲鳴を上げていて。そこで初めて抗おうと、思った。このままでは死ぬかもしれない。嫌だ。死にたくない。死にたくなくて必死で逃げ出した。
脱走自体は簡単だった。いなくなった方が都合のいい私は、いなくなったところで探されることはなかった。ボロ雑巾のような身を引きずって、行く宛てもなく街をさ迷う。
愛されてなどいなかった、居なくなっても両親は困ることはなかった。そう思うと、自分とはなんて空虚な命なのだろうと馬鹿らしくなった。さっさと逃げ出せばよかった。このように追い詰められてから逃げなくとも、もっと早く出ていっていれば。
けれど、私には何ができるわけでもない。盗みの方法くらい知っていれば、もう少し変わっていたのかもしれないけれど。外に逃げたからといって、私は生きていく術を身に着けていないのだ。
身に纏ったボロ布をぎゅっと握りしめて、朦朧とする意識のままふらふらと歩く。誰も自分に声をかけない。時折何かにぶつかるような気がしたけれど、それすらもよく分からなくなっていた。

感覚が消える。
身体が重くて動かない。
空はこんな色だったっけ。
理不尽に死が近づいてくる。
あぁ、結局私は死ぬのだ。逃げ出した先に生はなく、逃げ出さなかった先にも死があった。変わらず、死ぬ定めだった。
それが無性に悔しくて、私が死んだところで誰も何も変わらないことが悲しくて。
誰も助けてくれないことに、強い恨みを感じた。



「……へぇ~、盗難ですかぁ」
「あぁ、いつものようにパンを焼いて外で売り出してた分がやられてね。とはいっても2つだけだったから、よくいるその辺の物乞いだろうけど」

テラートと出会って2年が経った。私たちはあの日を境に、地下室をもう一つの活動場所とした。あの子供のように教会では懺悔しきれないことを聞くために。そうして表沙汰にならないよう、秘密裏に動くために。
といっても誰かを殺す事態になることはさほど多くはなく、この2年で7件ほどだった。標的はこの街の人間だけではなく、街の外の人物だったこともあった。それからこの街はかなり広く、スラム街が存在すれば物乞いも多い。表向きには平穏で豊かな暮らしが行えているが、少しでも路地裏に入れば顕著になった。浮浪者の巣窟であるそこは、いつだって不穏と隣り合わせだ。
今日は行きつけのパン屋へ朝早くからテラートと買い物に来ていた。何でも彼女がここのパンがお気に入りらしく、朝一番に売り出す焼きたてのパンが美味しいそうで時折連れてこられるのだ。

「そもそも外で売る意味ってあるのでしょうかぁ~ リスクの方が多くないですかぁ?」
「何言ってるんだい。朝早くにパンを焼いて店の外で売る。するとお腹を空かせた人達がその匂いに釣られてやってくる。そうしてこのパン屋は大きくなったんだよ。」
「う~ん、人の心理を突いた的確な売り込みですねぇ……大通りに面してますし、そこまで盗られることはないのでしょうか。治安が悪いのって主に裏通りですもんねぇ~」

大通りで盗みが起きないわけではない。現にこの行きつけのパン屋も盗難被害に遭っている。それでも堂々とした犯行は人の目に付きやすく、騒ぎにもなりやすいためあまり行わない。また、この街から出る馬車の数が多く通過点とされやすいため人の出入りが多い。狙うならこの街に慣れていない者の財布だ。
よほどお腹を空かせた物乞いだったのだろうか。
何やらテラートが考え込んでいる。盗みを働いた物乞いに、何か思うことがあるのだろうか。2年の間テラートを観察していたが、彼女は人の感情に大変敏感である。感情移入による同情というよりかは、相手の内面を無意識のうちに見抜く力があるように感じた。
恐らくだが、彼女は感情論をもって霊力を保有しているため、人の感情に敏感なのだろう。信仰を霊力とする者は聖邪の感知に優れる。強き意志を霊力とする者は魔法の暗示を振り払いやすくなる。厄介なのは、彼女の霊力はどちらも可能なのだ。そもそも神を信仰しており、それを基に己の思想をくみ上げている。神の信仰を基盤としつつ感情論を振るうテラートは、実のところとんでもない才能の持ち主だ。努力をしたわけではなく、心から神の教えを信じ、心からあらゆる人の感情を肯定する。これは、純粋という天性の才能だ。

「……くるみパンとレーズンパン……今日はどっちにしよう……」

あっ別に物乞いについて思うことがあったわけではありませんでしたか。むしろ話を聞いていたかどうかも怪しいですね。なんだか内心であなたのことをペラペラ語ったことが恥ずかしくなってくるではありませんか。
ちょっと真剣に悩まないでくださいよ、あなた本当にそういうところですよ。今までのが偶然なのか無意識に考えての行動なのか本当に分からないんですよ。私の考察、実は完全に的外れなんじゃないんですかこれ。

「そうだわ!テラート、半分こしましょう!
 これなら私もティカもどっちも食べられるし、名案だわ!」
「名案かどうかはさておいて、私は構いませんよ~ 特に拘りはありませんからぁ~」

天使の私は特に飲食は必要とせず、食べ物はただの嗜好品だ。好物は人間の魂だなんて言えば正体がバレてしまうので、とりあえずはテラートの食べるものに合わせている。勝手に決められているとも言うが。
テラートは私のことを友人だと接してくれている。私の正体も特に疑われることもなく、私は傍で彼女の成長を見守っている。天使故に見た目が変わることはないので、人間の子供の成長は早いなと感心する。テラートは出会ってから今まで性格にも変化はなく、純粋無垢で穏やかな気質のまま大きくなった。

「それじゃあくるみパンとレーズンパン1つずつ! あ、神父さんのパンを忘れるところだったわ、くるみパンもう1つね」

にこにことしながら銀貨を取り出し、店主に手渡す。その金額が多いことに気が付いたが、私が指摘するより先に店主の方が首を傾げ、指摘した。

「おやおやテラートちゃん、ちょっと多いんじゃないか?これだとあとパンが2つ買えるよ」
「いいの、受け取ってちょうだい。
 盗難にあったパンを、私が買ったってことにすると問題ないでしょう?」

問題は大ありだと思うが。そもそも私たちが盗まれたパンの代金を払う必要は全くないわけで。人がいい彼女のことなので、盗みを働いた人の感情を肯定した結果だと思うが、自身への見返りは何もない。
というかそもそも教会への寄付金じゃんこれ。余計に問題じゃん。

「……まあ、そうやって人に慕われる教会の娘であり続けることの必要経費と考えれば、安いものなのかもしれませんけどね」

聞こえない声でぽつりとつぶやいた。
彼女のことはこの街と周辺の村でかなり知られている。彼女を目的に教会へ訪れて懺悔を行う者が出てくるほどで、それをテラートは嫌な顔一つせず聞き、その者が求める救済を行う。
悪意を向けられたことだってある。騙されていいように利用されたこともある。けれど彼女は、それであの人の力になれるのだったら素敵ね、と笑うのだ。
彼女の物差しに善悪などなかった。故に、人から見れば悪人を放っておくことなかれ主義にも見えるのだろう。けれどその悪人を誰かの正義によって殺されたとしても、彼女は心を痛めることはない。どうか安らかに、と穏やかな祈りを捧げる。
けれど、決して彼女の行いは博愛のそれではないのだ。



教会に戻り、朝食を終えるとすぐにテラートはもう一度出かけると言い出した。行き場所は路地裏だと言い出したので、念のため私もついて行くことにした。もし襲ってくる者がいれば、殺して食べられるかもしれないし、危害が加われば何かと都合が悪い。
路地裏に出かけること自体は珍しいことではない。時折路地裏に出かけては救済が必要な人間の手を取り、死者を見つければ祈りを捧げる。彼女は誰にでも手を差し伸べるわけではなく、手を取る人間は選別しているようだった。その基準は、私には分からない。

「……気になるんですかぁ? あのパン屋さんが仰ってたことぉ」

いたずらに聞いてみる。
うーん、と何かを探しながら悩まし気な声が返ってきた。

「私だったらパンを渡す代わりに働き手として雇うわ」
「はあ?」

何の話だ。

「パンを1つ盗まれたのなら、パンを100個売らなくちゃ」
「あの、ですから何の話ですか?」
「あぁ、2つ盗まれたから200個ね。テラートはどう思う?」
「すみません、この場合は何を問われているんですか?」

質問文がなかった気がするんですが。
しかしそこは2年一緒に付き合ってある程度は思考が読めるようになった私。投げられた言葉から言いたいことを推測し、質問文を作り上げる。

「……盗まれたわりには店主がさほど怒りを覚えておらず、軽い出来事として捕らえていたように見えた、でしょうか?」
「ちょっと違う」

なんだとこのやろう。

「……パンはそもそも盗まれていなかったとでも言いたいのでしょうか?」
「それはないわ。だって、パン屋さんは私が盗まれただけのお金を支払ってありがたく受け取っていたわ。申し訳ないからーって、次のパン代を2つ分無料にしてくれるって言ってくれたけど」
「あぁ、『返さなかった』と。盗まれたのであれば、取り返したから必要ないと返す」
「そう、だから盗みは起きた。
 けれど、そう。そうなのよ。盗まれたのはたった一回なのよ」
「…………?」

妙に真剣な顔つきになっていることに気が付いた。路地裏を歩く足が速くなる。念のため銀の短剣は常に抜いて、テラートのやや後方に位置しておく。短剣は周囲に対していつでも斬りかかれるとアピールし、襲われないようにするためだ。
人の気配はある。見られてもいる。けれど、襲ってくる者はいない。これで襲ってくるのであれば、相当な馬鹿であるが。

「…………―― !」

そうして歩いて、見つける。
路上に倒れ伏す、まだ10歳くらいであろう女の子を。
ボロ布を身に纏っているが、その布は所々紅い染みを作っている。彼女が犯人かどうかは分からないが、テラートは何かを確信したように駆け始めた。
あぁ、でも。告死天使だから分かる。その子はもう間もなく死ぬ。衰弱しきっていて、手を尽くしたところで助からない。
告死天使の下す死は、絶対だ。

「あなた大丈夫!? ねえ!?」

抱き上げて瞳を見る。生気のない虚ろな深い蒼い瞳が宙を彷徨った。
それは一瞬だけテラートの方を見た気がした。見えていたかどうかは分からない。

「テラート。
 その子供、もう助かりませんよ」

黙っておいて、助けられない事実に絶望する姿を見たかったけれど。あまりにも哀れだと思って、忠告する。
いくら手を尽くしても助からない。もう間もなく絶命する。絶命を見届けるくらいなら食べさせろ。あなたはあきらめて去るだけでいい。

「テラート。それは助かりません」

だというのに、私の忠告を無視して子供を抱きかかえる。布の隙間から見える痣が痛々しい。
子供の状態から察するに、もう何日も何も満足に食べていない。普段から殴られている。手遅れになる前に、もう少しできることがあっただろうに、と子供に対して心の中で嗤う。
心底愉快だと思う。人間が死ぬ。心が満たされる。だからあなたは助けられない命を助けなくていい。子供を置いて諦めればいい。三度目の冷酷な言葉を贈る。

「テラート、」
「―― 絶対に助けるから」

思わずびくりと身体が跳ねた。
まるで強い力で無理やりねじ伏せられたかのような、威圧を感じて。

「誰が決めた。誰がこの子を助けられないって決めた。
 ティカ、私はこの子を助ける。例えあなたが、世界が助からないと定めても、私はこの子を助けるから」
「…………助けられる根拠はあるのですか?」

何もされていないのに、胸を圧迫されて呼吸ができないと錯覚をする。たったそれだけを口にするだけで精一杯だった。
どうして、そこまで。怒りにも似た感情が胸の中でとぐろ撒く。
そんな私にはお構いなしに彼女は強く強く子供を抱きしめて、目を伏せた。

「私は何度も言ったはずよ。
 ―― 私が生きるべきだと定めたからよ

聖歌を口にする。凛としていて、優しい調べだった。
彼女の歌うそれは、法力の初歩的な力の癒身の法に似た力がある。祈りの歌は人の傷を癒し、活力を与える。
それを初めて見たのは2年前、子供のために人を殺した日の後のこと。優しく抱きしめて祈りを捧げ、彼のその後の安息を願った。何者をも許すからこそ歌うことができる、慈愛の歌だとあのときは思った。
それは優しい調べであるのに、強い力が籠っていた。霊力は意志や感情でどこまででも強くなる。それだけ強い心を抱くのが難しいだけで。
ただ、何がテラートをそこまで駆り立てたのかが分からなかった。
路上に迷う子供は何度も見てきた。彼女は全てに手を差し伸べなかった。優先順位を付けているのかと問えば、あの子は大丈夫だからいいのと返ってきた。

目の前の人物は歌い続けた。
私の警告を無視して、ずっと歌い続けた。

……分からない。
目の前の人が一体何を考えているのか。
何を思って行動して、一体何のために祈りを捧げるのか。
聞いたところで、神様の僕として代わりに人を裁いて救済しているだけよ、とふわふわと笑うのだ。根本的な答えは返ってこない。いつも曖昧にしかテラートは返してこない。強い意志を持っているようには見えない。心優しくはあるが、その思考はどこかズレていて人間離れしている。
あぁそうだ、目的が見えないのだ。神様の僕として動くのに、教えからずれた自分の感情論を基に動く。意志を貫くための芯が分からない。
だというのに。

「―――― は、」

目の前のその人は、奇跡を起こすのだ。
告死天使として見えていた、絶対の死の気配が淡くなる。定められていた死が、それ以上の力でねじ伏せられる。死者蘇生にも似た、最大級の奇跡を彼女はいとも簡単に起こす。
信じられない、と思わずつぶやいてしまった。

「……うん、この子は教会で保護しましょう。
 一命こそ取り止めたけど、根本的な問題は何も解決してない。ティカ、運んでくれる?」
「……テラート、様、」

子供を抱きかかえて、穏やかに笑う目の前の人が。
あまりにも、人が作り上げた我々偶像以上の存在のように見えて。
その姿があまりにも美しくて、とても人間には思えなくて。

「ティカ、覚えておきまさい。
 何百何千の人間が一人の死を願っても、たった一人が生を強く強く願うなら、命に生の価値は生まれるのよ。それは多くの人に自覚がないか、諦めているだけで、埋もれてしまっている……誰もが起こしうる奇跡なのよ」

神様だと、認めさせられた。

 

 

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