海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 10話「天風」

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カルザニア王国に到着し、一週間が過ぎた。あれからは特に目立った問題は起きておらず、闘技場の利用者と戦い資金稼ぎを行っている。
大会が行われていなくとも、闘技場ではサヴァジャー同士が日々闘うために利用している。来場した者と1対1で試合を行う場所もあれば2対2のタッグ戦を行う場所もあり、複数人で乱戦を行う場所などルールや人数は様々だ。大会となれば実況が行われ、賭けも発生するがフリーの試合では試合の監視者が居る程度だ。これらの見学は自由で、観客席は誰でも利用できるように解放されている。人数は決して多くはないが、常に闘争に飢えている者たちにとっては家でテレビ観戦を行う程度の気軽さで戦いを見に来る
ようだ。
カルザニア王国の闘技場では、戦った数と勝利した回数だけ賞金がもらえる。サヴァジャーが負担することになる金銭は、戦った後の治療費程度だ。というのも、闘技場ではサヴァジャーが戦うことでぶつかり合う野性をエネルギーに変換し、各地へと送り届ける重要な機関を担っている。それはスドナセルニア地方全域どころか、和平を結んでいる他の地域でも利用されている。こうして供給されるエネルギーで家庭では明かりを灯し、研究所ではモンスターや鉱石などから作成された機械を動かす。利用者は利用しただけの金銭を支払い、それが闘技場の運営へと当てられる、といった仕組みになっている。

「―― 炎兎蹴ラビット・フット!」

ゴウ! と焔が盛る鋭い蹴りの一撃。対戦者を軽々と吹っ飛ばし、壁へと叩きつける。ガン! と大きな音を立てたが、壁には傷一つついていない。炎のウサギを真正面から受けた対戦者はよろよろと立ち上がり、手でバツを作って首をゆるゆると振った。降参の合図だ。

「お前めちゃくちゃ強いな……ほんとにピューム出身の、それもルーキーのウサギか?」
「へへっ、いい試合をありがとな! 生粋のピューム生まれのピューム育ちだぞ」

お互いに近づき、固い握手を交わす。観客席からぱちぱちと拍手が響いた。数十人程度の拍手は盛り上がりに欠け、試合に対して随分と味気ないものだった。大会ではない闘技場は、よほど有名な者が出ない限りこんなものだ。

「あのウサギほんとにつえーな……」
「最近ここで見かけるようになったけど、今んとこ負け知らず、って感じだぜ。大会に出てくれねぇかなー、勿体ねぇもんフリー試合だけで終わらせんの」

フリーの試合では一撃、二撃ほどの有効打を相手が認めれば試合終了になることが多い。手負いすぎると治療費の割が合わなくなる上、戦えなくなる期間もできる。手加減こそしないが、叩きのめすことはしない。それが暗黙のルールとなっていた。
周囲の反応はララテアに届かないまま、太陽が最も天高く空に現れた頃に外に出た。何人か出入りする姿を眺め、6人ほど無意識に数えたところで客席で見ていたクレアとコルテが合流する。金銭を稼ぐためララテアとコルテが二人で闘技場に参加することも考えたが、クレアを一人にするリスクを考え、一人ずつ参加し一人を護衛にすることにしていた。

「お疲れ様でした。いつ見ても、楽しそうに戦いますね」

労いを込めて、ヒヨス草をすりつぶして混ぜた水を入れた水筒を手渡す。ヒヨス草は一般的に流通している薬草で、かつては毒性があり民間での利用は危険視されていた植物だ。その毒性は野性持ちの人間には意味を成さないようで、現在では毒性のない鎮痛剤や鎮静剤として利用されている。水に少量溶かし飲むことで治癒能力も高められる効果が認められ、試合後にアフターケアとして飲水することも多い。
ありがとう、と受け取れば。人が獣を飼っていた頃の猫がすり寄るように。そよ風に乗ってごくごく自然に、ふわりと現れる人影が一つ。

「でもでもぉ、ちょ~っと歯ごたえがなくってつまんない~、って……思ってるでしょ?」
「!」

左腕にするり、と身を寄せてきたものだから、反射的にララテアは腕を上げ振り払う。それよりも先にトンッと地面を蹴り、後方へ飛べば重力を無視したようにゆっくりと再び地に足を着けた。朝の陽ざし亭で出会ったときと変わらないフィリアが、あざとくピースを作った。

「……あれが、前にララテアの言っていた?」
「あっ、お休み中だった子が今日は起きてる~! 聞いてるかもだけど、あたしフィリアっていうの、よろしくよろしくぅ~!」

遠慮なくぐいぐいと来る様に、迫害を受けてきた白いカラスが真っ向から受け止められるはずもない。顔を顰めてそ……っとララテアの後ろに隠れた。よろしくのよの字もない。握手しよ、と伸ばされた手も威嚇で返す。
現在注目されているサヴァジャーで、更に目立つ容姿と性格となれば通行人は見逃さない。あれってフィリアじゃね? と足を止めて行く末を見守り始める。おかげでどうにも逃げづらい状況となってしまった。

「えぇーっと……俺達になんの用だ?」
「俺達ってゆ~か、あなたに? ララテア君だよね、戦いぶり見てたよ! ちょ~強くってフィリアちゃん感動しちゃったの!」

ぱんっと手を合わせてきらきらとした目線を向ける。炎がごうって出て蹴るやつ凄いね~だとか、あそこのカウンター見事だった~だとか、いくつも戦闘中の動きを取り上げてララテアを褒め称えた。一人の熱狂的なファンだと言わんばかりの熱量があり、同時にサヴァジャーでなければ気づかないような動きの指摘も中にはあった。流石、実力のあるサヴァジャーといったところか。

「……ララテア、もう行きましょう」

耳元で囁き、ララテアの拳から垂れ下がる包帯をくいっと引っ張り、人の居ない方向へ行こうとする。飛んでも構わないのですよ、と翼をはためかせたりもした。
言葉に棘がある気がして、居心地の悪さを察する。クレアとフィリアを2度ほど交互に見て、一度コルテの方を見た。彼女もあの手の性格に不慣れなようで、困ったようにララテアの方を見ていた。

「待って、これから本題なの!」

それを遮るように、フィリアはララテアの腕を掴む。彼女の方が背が高いというのに、わざと低い姿勢を取りしおらしく、上目遣いで甘えるような声を出す。

「あたし、ララテアに興味が沸いちゃったの。だから……あたしと戦ってくれると嬉しいなぁ~、なんて?」

恐らくここでストップしていれば、ララテアは困惑しながらも受けて立ったことだろう。性格はどうあれ、憧れの者には変わらない。そこに悪意がなく、自分に興味を持ち手合わせしてくれるというのであれば、ララテアにとってむしろ嬉しいお誘いだ。
しかし、次に続けた言葉が良くなかった。

「タダでお願いするのも悪いからぁ……ね、もしあなたがあたしに勝ったら付き合ってあげる! あたしねぇ、あたしより強そ~って人を探してるんだ。ララテア君はすっごく強いしかっこいいし、まさに理想の人だぁ~って思ったの」
「は――」

掴んだ腕にぴったりとすり寄り、あなたを運命の人だと定める。頬を赤らめ、どこか潤んだ表情は恋する乙女のそれと似ている。それを聞いて思わず声を漏らし、その場から動けなくなってしまったのは白いカラスだった。嫌な汗が頬を伝う。得たいの知れない不安に駆られ、去ることを催促することも忘れる。
ウサギの野性を持つ者は、ウサギの特性から惚れっぽい者が多いと言われている。誰にでも簡単に惚れてしまい、距離を縮めようとする傾向がある。個人差はあるが、保有する野性の元となった動物の性格がその人の精神性に影響を与える。特に共鳴型は獣の心と同化し力を奮うため、獣に毒され人を見失いやすいのだ。

「そりゃ随分と、魅力的なお誘いだ」

けれど、と逆接の言葉を繋げ。惑うことなく、手でまとわりつくその身を払いのけた。

「本当に憧れだった。俺がピュームを出たいって思ったのはフィリアのお陰だった。ラジオで聞く、フィリアの戦う姿をずっと想像しては実際に見てみたいって思った。そんな夢を通り越して、手合わせできるだなんて身に余る幸せだ。
 けど、俺はそういう目では見れないし、それで深い関係性を決めるのも違うと思う。正直……その憧れが今、揺らいでるんだ」

一つ呼吸をして。深く大きなエメラルドグリーンの瞳を睨んで、言い放った。

「頼む。これ以上俺の憧れを壊さないでくれ」

知らぬが仏とはよく言ったもので。姿も、性格も、こうして知ることがなければララテアはフィリアのことを心から尊敬したままでいられただろう。雲の上の存在は、雲で覆われて姿が見えないくらいがちょうどいいのかもしれない。

「っ…………、そんな……」

ざわざわと、見世物を囲んだギャラリーが囁き合う。あのフィリアの誘いを断っただとか、怖じ気づいたか? だとか。いつだって観客は事情も知らずに好き放題だ。
流石に断る場所が良くなかっただろうか。潤んだ瞳で口をへしゃげ、俯くフィリアに申し訳なさと罪悪感を覚えたところで。

「え、」

諦めきれません、と言わんばかりの強制シェイクハンド。その後、なんということでしょう、人の限界速度なんておかまいなしに、その手を放さず豪速で走り出すではありませんか。

「え、ちょ、はっ う、うわぁあああぁああ!?」
「ら、ララテアーー!?」

走り去った際の暴風が圧となってクレアとコルテに襲い掛かる。地へ縫い付ける風が止んだときには、ララテアとフィリアはもうその場には居なかった。


連れて来られた先は人も通らないような狭い路地裏だった。人がようやく通れるほどの道幅しかないここは、物が詰め込まれた木箱や布袋など、物が散乱していて歩きにくい。流石に光刺さない道は、蹴飛ばさないように慎重に歩いて進んだ。
同じウサギの野性と言えど、走る速度は風に乗れるフィリアの方が速かった。途中から足が追いつかなくなり、引きずられるどころか宙に浮きながら運ばれる図となった。よくもまあこんな細い道をぶつからずに走れるな、と関心こそするが、ララテアにとっては拉致されて一人危険な状態に冒されていた。クレアではなく自分でよかった、と身構えながら向き合う。荒事になる覚悟もして。

「おい、何のつもりだ?」
「っ……ふふ、っははははは……!」

ぞっ、と背筋が震えた。笑い方が豹変し、そこに可愛げはない。到底ウサギとは思えない、獣らしく好戦的で野蛮さが見え隠れする。いよいよ戦うことになるか、と拳を振り上げようとして、

「だっはははははは!! お前ほんっとに誠実だな! 俺のお誘いをあそこまで真っすぐブレねぇで断るやつなんざそー見ねぇぜ!」

なんか思った反応と、全然違うものがやってきた。思わず覚悟した暴力を仕舞っちゃった。

「え、あ、へっ!? え、何!? さっきまでのあのピンクのきゃるんきゃるんしたやりとりは!?」
「いやー、本当に悪かったな。気色悪ぃって思ってたんなら許してくれ。こっちの方が俺の『素』だからよ。あっちはこう、外面っつーか……ウケがいぃんだよ。俺って可愛いからさ」

困ったように手を合わせ、ウィンクしながら平謝りだ。少なくともそこに悪意はなく、彼女なりに誠心誠意頭を下げているようには見えた。
こうして路地裏に連れ込んだのは、観客に素性を見せないため。己の可愛さすらも利用するフィリアにとっては本性は隠しておきたい。同行者と引き離すことになってしまっても、コルテはイヌの野性を持っている。彼女はララテアだけではなく、コルテの戦い方も見ていた。故にイヌ同等の嗅覚を発揮させられることを知っており、連れ去ったとしても合流できると判断した。これはそこまで考えての行動だったようだ。

「助かったよ、お前が『即興劇』に乗ってくれて。サマんなってたぜ?」
「いや、応えたつもりは何にもないんだけど……もしかして、即興劇ってことは、」
「そーいった感情は一切持ち合わせてねぇから安心しな。さっきのも承諾させる餌でしかねぇから、いらねぇなら願ったり叶ったりだ。もしうっかりコロリといっちまったらそんときゃ『喰っちまう』けどな」

そもそも負ける気もねぇし、とにやりと笑みを浮かべる。そのうっかりが起きた回数は、ララテアが思っているよりもずっと多いことだろう。誠実なウサギは、あまりにもウサギらしくなかったものだから。

「けど、手合わせしてぇのは本気だ。ララテア、お前に興味がある。並大抵の鍛え方をしてねぇことは分かってんだ」

右手を差し出し、一度だけぎゅっと握って開く。ひらひらと掌をララテアの方へと向けた。
手には個人情報が隠されている。例えば綺麗な手で怪我一つなければ戦闘とは無縁の人。薬品に荒れてかさついていれば主婦や薬師といった人。ひび割れがあれば水に触れる機会が多い人。そして、何度もマメが潰れて皮がすっかり固くなった手は。

「お前にとっても悪い話じゃねぇはずだ。名のあるやつが決闘のために闘技場を予約すりゃそれだけで周囲は大騒ぎ。俺の名を使って一気に名声を上げるチャンス。こっちに来たばっかのルーキーつっても、これが美味い話だって分かんだろ?」

闘争本能を抑えきれない、雄々しく荒々しい、今をらしく生きる者たちの証。
お互いに無意識に吊り上がる口端。ぎらついた眼球に、荒くなる息。嗚呼、誰がウサギが温厚で獲物から逃げる立場の生き物だと言った。

「分かった、それなら俺もお願いしたい。さっきは断ったけど……ずっと憧れだった、戦ってみたかったんだ!」
「はは、いい返事だ! なら約束だ、一週間後の午後1時、さっきの闘技場でな! こっちで全部手続きは済ませといてやるから遅れんなよ!」

二人分の駆けてくる足音がだんだんと近づいてくる。ちょうどいいタイミングだと、ばさりとマントを翻した。そうして腕組をしてララテアの方へと振り返り、

「嬉しかったぜ、メッキで染め上げたあたしじゃなくて、強さに飢えてる俺を信じてくれたこと。ちゃんと見せてやらぁ、お前の憧れたフィリア・バルナルスの強さをな!」

不敵に笑って見せた、その次にはつむじ風と共に高く飛び上がって見えなくなった。技にも満たない、野性のほんの少しの発現。ランク1の共鳴型ではこのくらいが精いっぱいだが、鍛え上げられた脚力と彼女の有する独特の身軽さを合わせれば、空を跳ぶことくらい容易に成すことができた。
風が止む前に2人が駆け付ける。布一つすら視界に入らないまま、ララテアを見つけて声を上げた。

「ララテアお兄ちゃん大丈夫だった!? 変なことされてない!?」
「言い寄られたり難癖付けられたりしてませんか!? 大丈夫ですか!?」

二人からすれば、突然言い寄られてフったから攫われて実力行使されそうになっていたとしか解釈できなかった。ぼーっと空を見るララテアに駆け寄り、頬をコルテがぺちぺちと叩く。手遅れだったか、と一抹の不安が二人に襲い掛かる。

「か……」
「か?」
「かっこよかった……! めちゃくちゃかっこよかった! やっぱりフィリアは俺の憧れた通りだった!」
「はあ???」

興奮して早くなる語り口は、さながら一週間前のシカの亭主と同じだった。



カルザニア王国リュビ区の東側へ2つ離れた場所に位置するペリド区。スドナセルニア地方を治める者の城が存在するディアマン区と隣接するここは、住宅街が比較的多い。街の出入り口から離れ、最も活気がある中央からも近いここは、住居地として都合が良かった。所謂一般人のための区だ。とはいっても野性を内包する人間が暮らしている場所には変わらず、あちこちに決闘として利用できるバトルコートは点在し、門がある最西端のリュビ区や最東端のサフィール区と比べて闘技場の数は多い。
大通りから離れ、立ち並ぶ一軒家の中に紛れるように立てられた『シャルオーネ診療所』。外観こそ普通の家とは変わらないが、三家族ほど暮らせそうな広い家であるため目立つことは目立つ。何より、入口に建てられた診療所の看板以上に目立つ、赤文字で書かれた『ヒーラーの治療希望者お断り』の注意書きに目が行く。ここを運営する者は、ヒーラーに親を殺されたのかと勘繰ってしまう。

「捻挫ですね。軟膏を出しておきます。貴方の回復力を考えると3日ほど動かさずゆっくりしてください」
「そんなにかかるのか!? ヒーラーだったら一瞬で治んのにあんまりだ!」
「野性ではなく医学での治療はゆっくりだとご存じありませんでしたか。別に診察料を置いて別のヒーラーにかかってもこちらとしては構いませんが」
「しゃーねぇだろヒーラーから野性が不安定で医者にかかれつってきたんだからよ!!」

ぎゃーぎゃー騒ぎながらさっさと薬を作るように促す。知ってますよ、と不満をぶつけられた女性がにこやかに答えれば、乳鉢にいくつかの薬草や薬品類を放り込み、乳棒でつぶしながら混ぜてゆく。口の広い小瓶に詰め込み、どうぞと手渡す声をかけるよりも先に奪い取られる。二度と来るかとご立腹なまま、代金を置いて駆け足で……は去れないため、カメのようにゆっくりゆっくりと診療所を出て行った。

「お客様はひとまず捌けましたかね」
「……さっきの客、もう2ランク強力な塗り薬にしてもよかっただろう。金に困っていたのか?」

診療室の奥から背の高い、異国を思わせる身なりの男性が出てくる。整った顔立ちに長いまつ毛が女性的であるが、体格はがっしりとしており中性的とは言い難い印象だ。いらっしゃったのですか、と先ほど診察と調合を担当した緑の三つ編みと丸眼鏡が特徴的な女性は、顔色一つ変えずに意見を返した。

「草食動物の野性持ちに使うと副作用が酷いでしょう? ですから提案しなかったのですが」
「あぁ、そうだ。草食動物の野性持ちに使うと酷いアトピーが出て、痛みと引き換えに眠れぬほどの痒みに襲われることとなる。それを、お前は理解していることは誉めてつかわすが……」

机の上からぴらり、先ほどの患者の医療用カルテをつまみ上げる。内容を一読すれば、指でわざとらしく音を立てて医療用カルテを弾き、

「これは2つ前の患者の医療カルテだ」

顔色一つ変えず、真実を告げた。

「…………」
「…………」
「…………まあそういうこともありますよね」
「お前はそういうことしかしないがな」

机に突っ伏してあぁ~~~と情けない声を上げ始める女性に、男はそれはそれは冷ややかな目線で刺す。患者に対しての申し訳ない心はどこかへ忘れてきたらしい。あーあ、の一言で終わらせてしまった。

「おーっす。誰も居なかったから診察室に乗り込ませてもらったぜ」
「誰も居なかったら受付で待っていてください。ここ、2人体制という極悪な職場環境なのですから」
「1人体制の間違いじゃね? そいつが働いてるとこ俺見たことねぇぞ?」

そこにもう一人増えるはピンク色の可愛らしい女性。可愛い振る舞いどころか開いている椅子にどすっと座り、椅子の上で器用に胡坐をかいている。客を通り越して一個人として大変態度が悪い。

「で、今日は患者としてきました? なんだか機嫌よさそうですが」
「そー! めっちゃ強そーなウサギを見つけてさあ! ララテアっつーんだけど、そいつと3日後、決闘すっことんなったから『調整』を頼みに来たんだ」
「おや、貴方がそこまで気に入るなんて珍しい。いいでしょう、診察しますよ。とはいえ、することは殆どないでしょうが」

調整といっても、やることは身体に異常がないかを診察し、異常があれば治療を行う程度だ。機械のメンテナンス同様に、獣の力を奮う人間の身体には自覚できないダメージが蓄積されていることも多い。あれこれと道具を用意しながら、女性はフィリアへと問いかけた。

「今回もお節介ですか?」
「まさか。興味持ったからつっつきに行っただけだぜ。けど、あれはぜってー伸びるからよ、これで大会に出るきっかけとかになったらいいなーって。俺の名前を使ってのし上がってくれりゃ万々歳だ」
「やっぱりお節介じゃないですか。戦いたい、が一番なのでしょうが」

2人で盛り上がりを見せる中、男性は診察室から静かに立ち退いた。元々あまり会話には入らないタイプなのだろう、彼が部屋から出ても声をかけることはなかった。そのまま廊下へ出れば、服の袖からケータイを取り出しコードを入力する。
風属性のハト型の嘴には通信能力がある。嘴に任意のコードを保有させ、その任意のコードを打ち込めば遠く離れていても会話することが可能である。かつてあらゆることができた携帯電話の機能は、今や通話することしかできない。最も、彼らにとってはそれで充分だ。

「あぁ、見つかった。会ってはいないがカルザニアに居ることは分かった。発見の目途もついた、以降は私の監視下に置いておく」

ほんの数分の会話。声を潜めて淡々と報告を続け、

「方針が決まれば連絡を寄こすように。いいな、アルテ

そうして、通信を切った。


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