海の欠片

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天威無縫 14話「追憶」

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試験を終え、ロビーでサヴァジャーの証となるピンバッジを受け取る。これを所持しておくか、衣服の内側に着けることが義務付けられている。内側に身に着けるのは、戦闘中に引っかけてしまったり攻撃を受けて紛失する事故が多々起きたからだ。かつては紛失した際に再発行が可能であったが、それに紛れて合格していない者が再発行願いを提出する詐欺も横行し、今は無くしたらもう一度試験に合格しろ、と暴論を振りかざされている。
そうして夕暮れ時。疲労が集ったのだろう。クレアは日が完全に沈む前にベッドで横になり、眠りについていた。それを横目に見ながら、コルテはララテアの手の治療に当たっていた。傷薬が沁みる痛みに力んで炎を出しそうになるララテアを何とか止めながら、簡易的な処置は行うことができた。

「……流石にちゃんと病院行かないとまずくないかなぁこれ」

燃焼性の低い包帯を巻き、怪訝な表情で見つめる。試験場の医務室で手当てをしてもらったとはいえ、それだけで治る怪我ではない。こうして簡易的な処置こそ行えれど、自然治癒に任せるには不安な怪我だ。だよなぁ、とララテアも歯切れ悪く同意を示す。

「健康診断の有効期限ももうすぐ切れるし、リスク承知でどこか探すしかないよ。あんまりそういった賭けには出たくないんだけど……」
「危険性を減らすことはある程度できる。ヒーラーじゃなくて医者を頼る。ヒーラーのやり方を良く思ってないやつだっていることだし」
「ララテアお兄ちゃんの怪我はお医者さんを探して……あるいは、一回ピュームに戻ってアルテさんを説得する? クレアが飛べるようになったから、前よりは早く帰れるだろーし」
「一番リスクが低いのはそこだよな。ただ、もしウルナヤの奴がまだ追って来ているならあんまり街の外に出ない方がいい気もする」

そういえば、と二人に疑問符が浮かぶ。ウルナヤの人間からのアクションが一切ない。ピュームで対峙した3人の他に追っ手はなかったのだろうか。恐らくは、是だ。元々辺境の地の閉鎖的な集落だ。外に逃げた者を追うためにそこまで力を注げるとは思えなかった。だとしても、生ける霊薬を易々と手放すとも考えづらかったが。
1か月以上も探しに行った者から連絡がないとなれば、流石に村の者は次の動きを見せるはずだ。けれど、その動向が今のところ見当たらない。こちらを未だに見つけられていない可能性は十分にあり得るが、諦めたと判断を下すのは軽率だろう。

「ってことで、アルテさんに電話してみよっか」
「わぁ 最初からそうすりゃよかったじゃん」

携帯電話は1つ持っている。連絡先のコードも控えさせてもらっているため、いつでも連絡が取れる。何でそうしなかったんだろうね、とお互いに頭を抱えた。田舎暮らしで使うことがなかったからと言えばそう。電話するより本人に突撃してたもん。
コードを入力し、話し声が聞こえてくるのを待つ。常に連絡を気にしているタイプなのか、たった数秒後には声が聞こえてきた。

「はい、アルテです」
「アルテさん? コルテだよ、聞きたいこととお願いがあって」
「コルテ! ララテアも元気にしてますか? アルテお姉さん心配してたんですよ~!」

うーん、相変わらず隣のお姉さんしてる。一か月で人が変わるようなアルテではないことは百も承知だが、ここまでブレなければ不思議と安心感がある。懐かしさを噛みしめながら、コルテは目的を忘れずに質問した。

「ウルナヤから追ってきたトリの人たちってどうしてる? 脱走してない?」
「あぁ、あの人達ですか? 脱走を試みたので然るべき場所に突き飛ばしておきました。ですので彼らが追ってくることはないですよ。ふふふ、あのトリ共め、命があることを後悔するがいいです」

声が怖い。私恨が凄い。思わずぶわっと汗が出た。次に会うことがあればは彼らは唐揚げになっているかもしれない。

「えーと、警察に突き出した、ってことでいい?」
「厳密には警察ではありませんが同じようなものです。ところでコルテはタンドリーチキンは好きで」
「結構です」

もうちょっと上質な料理になっている説が浮上しちゃったな。知りたくなかったな。
流石に冗談だろうが、声のトーンがガチなので冷や汗は止まらない。電話越しの威圧感に耐えながら、次はお願いをすることに……この流れでお願いするなんて命乞いかな。

「それと、こっちはお願いになるんだけど……あのさ、クレアのことがあってお医者さんにかかりづらくって……アルテさんがこっちに来たりできないかな?」

私が? と驚いた声が機械越しに届く。それから無音になり、あぁーっと返事に悩む様が続いた。

「すみません、ピュームからそちらに向かうのは難しく……」
「だよね、そもそもアルテさんって戦える人じゃないし……」
「術がなくはないんですけど……あ!」

ぱん! と手を叩く音が小さく響いた。ではこうしましょう、と続く。

「私が信頼できる人にお声掛けしておきます。一人、あなたたちが安心して任せられるだろう人が居るので、その人にあなたたちがいる場所に向かうよう伝えておきます」

こちらからここに行けと行ってもカルザニアは広いですからね、と付け加えられる。確かに悪くない代替案だ。アルテが推薦してくれた者であれば、過度に警戒する必要もないだろう。いいよとララテアの方をちらりと見る。彼もすぐに賛成と首を縦に振った。

「ありがと! アルテさんからのご紹介、ってことなら信用できる。それじゃあリュビ区にある朝の陽ざし亭にまでお願いしていいかな? そこで今寝泊まりさせてもらってるから」
「分かりました、伝えておきます。明日あなたたちの元へ向かうように、とは伝えますが……3日くらいかかる可能性があるので、それだけお気をつけください」
「……? 忙しい人なのかな」

ともあれりょーかい、と伝え、また何かあったら電話すると伝えて電源を切った。ひとまずはいい方向に事が動いたと見ていいだろう。ほっと胸を撫でおろし、すっかり暗くなった部屋の明かりをつける。クレアが起きるのではと初めの頃は遠慮することが多かったが、今ではこのくらいでは全く起きないと確信しているため遠慮なしだ。
電球の光はさほど強くはない。読書をすれば目が疲れる程度の明かりの外では、欠けた月が空に昇ろうとしていた。サヴァジャーが戦うことで生じる野性の力を転換したこれは、何もせずとも光り輝くそれらと比べると随分とちっぽけで儚いものなのだろう。人の副属性としても取り上げられる空を移ろう煌めきは、いつの時代でも神秘的だと思わされる。科学がなかった太古の人々も、仕組みを暴いた動物が小さかった頃の人々も、それらを獣の力として奮う人々も。どの時代でも人は足を止め空を見上げるものだ。

「ララテアお兄ちゃんが一番初めにクレアを見つけなかったらどうなってたんだろうね」

窓の傍で星明りを見ながら、脈絡なしにララテアへと言葉を紡ぐ。こういうときは、ネガティブな感情を吐き出して整理したいときだ。よく知っているララテアは相槌すらなく黙って聞いていた。

「もしも羽の価値を知ってブレるような人だったら。綺麗ごと言うだけの何もしない人だったら。いいように騙して利用する人だったら。そっちの方が、遥かに可能性は高かった」

白いカラスは境遇故に疑い深い性格だった。悪意なき者の善意すらなかなか信用できなかった。だから、自分ではこうはいかなかった。自虐的に笑って、ララテアへと向き直る。

「やっぱりお兄ちゃんは凄いなって、改めて思ったんだ。私じゃあこうはいかなかったから。追っ手3人に立ち向かえなかった。モンスターの相手してこいって言われたときにね。ほんとはね、ほっとしたんだ。怖い人を相手しなくていいんだって」

弱いなあ、と呟く。それに対して、弱くないと声をかけることは簡単だ。あるいは、弱いと肯定してしまうことも。そうした励ましや事実確認がとても陳腐なものだと思ったから。ララテアは向き合っていた場所からすぐ隣へと歩き、窓を背にして宙を見た。

「村長が言ってた。
 いつか何かが起こったとして、そのときに選ばれるのは強い奴だって。人は運命が大きく変わる日が来ることも、来ないこともある。けど、その日が来たときに強くなけりゃそもそも選ばれもしないんだって」

俺さ、ちっちゃい時に村長を襲ったことあるんだ。
誠実で人のいいウサギからは想像もできない言葉だった。ただし、それは懺悔ではなく悪ガキのやんちゃな思い出話として語られた。共鳴型の野性が発覚して間もなくに時折見られる、獣の本能の暴走。自覚のない高揚感に狂わされ、闘争本能をコントロールできないまま襲い掛かる。

「……よくララテアお兄ちゃん生きてるね? 村長って確かすっごく強かったでしょ」
「あぁ、豪快に吹っ飛ばされて地面にめり込んだ
「容赦な~」

落ち着かせ方は簡単。物理だ。本能を満たしてやるか、気を落ち着かせてやればいい。村長は気を失わせるというやり方で後者をこなしたのだ。容赦はなかったが情けはあった。
当時は村に入ってきたモンスターを村長が討伐し、たまたまそれを見たララテアの野性が刺激されそのようになった。それからララテアは村長に時折稽古付けてもらうようになり、7歳という若さでサヴァジャーの試験に臨み、見事合格した。
その日から村長は、ララテアがピュームが居心地の悪い場所だと見抜いたのだろう。平和主義が多く、穏やかな村の中で闘争本能が強い者は本能欲求を満たせず、強いストレスに晒される。いつか村を出る予想はしていたからこそ、あっさりと村から彼を追放した。
そうでなければ。サヴァジャーが貴重なピュームで戦力を引き留めず見送るなどありはしない。

「だから、結果論じゃないんだって思ってる。
 もしクレアにとって都合が悪いやつらだったらっていう『もしも』なんてなくて、なるべくしてこうなったんだって」

楽観的だと笑い飛ばすんだろうな、と思惟して。そのくらいが丁度いいと己に答える。予想通り、コルテは楽観的だなぁと苦笑を漏らした。
結局のところ、自分が納得できるだけの強さを手にするしかないのだ。いくら第三者がそれでいいと肯定したところで、本人が納得できなければ堕落への手引きにしかならない。分かっているから、ララテアは道を示した。その道に沿って歩くか、はたまた逸れて別の道へ行くのか。それはコルテの自由だ。自由だからこそ、ララテアはもう一つの道を示すことにした。

「多分だけど、コルテはこっち側じゃないよ」
「こっち側って?」
「獣心信仰じゃない。獣静信仰の方がしっくりくるんじゃないかって思ってる」

記憶がなく、芯とするものがなかった。だから自分を拾ってくれたララテアの戦い方を真似するために同じ芯を得ようとした。それが己の志に合わないものだとしても、無理やり扱ってきた。臆病で闘争本能が弱い人間が、勇猛で闘争本能の強い人間の在り方を模倣しようとしても上手くいかないのは明らかなわけで。
戦闘になれば野性の本能に飲まれるどころか、理性的で人間らしい戦い方をする。強者と相見えたときも得る感情は歓喜ではなく恐怖だ。あるいはそこに歓びはなく、冷静で合理的に勝利への方程式を導き出そうとする。それは爪や牙を失った代わりに知恵で戦ってきた人間の狡さだ。

「……確かに。ずっとララテアお兄ちゃんを追いかけて、並ぼうって思ってたけど」
「なんならお互いに正反対なとこが多いからこそ並べてると思ってるよ。お互い助かってるだろ?」

じゃあ、それでいいんじゃないかな。ようやくコルテは納得したように、それでも「うん」と頷くことはできなかった。芯とはそう簡単に移ろうものではない。移ろわないからこそ芯となりえる。己が強くなるために、理想の在り方として定めることもある。それが、信仰だ。
王国の星空は、満点の星空とは言いづらかったが。淡い街明かりでしか包まれないものだから、光を邪魔するものは少なかった。


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