海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

小話『死に損ないの感情論』

※ハロハナのお話なので、カモメやリプレイ関係ないです

 

 

―― あぁ、また死ぬんだと、思った

 

瑠璃色に染まる視界。
ゆりかごのように揺れる波。
そこは海だったけれど、私の知る海ではなかった。
冷酷で、熱のない、生命の気配が感じられない、私の知らない海。

 

海の中で、突然動けなくなった。
身体が熱くなり、上手く駆動ができない。陸に行かなければ死ぬというのに、自由が利かない。
冷たい海とは裏腹に、酷く己が熱いと思った。海に熱が奪われても、ちっとも引いてくれやしない。

 


昨日、ドジを踏んで一度死んだ。
視界は紅色に染まった。己の血で、真っ赤な花を咲かせて。
殺人の快楽。その矛先が、己になった。自分で自分を殺したのではなく、殺そうと思った相手の反撃を食らい、殺された。
いつかはこうなると覚悟していたことだった。元の世界では暴力を知らない一般人か、あるいは仲間と共に魔物退治をしていて。己が殺される可能性はできる限り廃除して殺しを楽しんできた。
勿論、恨みを買うことも、いつかは殺されることも承知の上で。殺す以上、殺される覚悟を持っていた。……恨みを買って襲ってきたら、それを殺して私が楽しめるという心は勿論あったけれども。
私にとって、殺戮はただの快楽。それ以上でもそれ以下でもない。呪いから生まれる欲に従順に、されどやりすぎずバレないように上手い事隠して。
……それが、この島ではできなかった。それだけで。
存外、悪いものではなかった。『楽しい』と思いながら死ねるのだ。自分が美しい紅色に染まって、死化粧を施されて、死ぬ寸前は確かに満たされていた。
これほどまで満足に死ねるのであれば、私という人間は随分と幸せ者だと。
そう、思った。

 


ただ、これは。
この海の中で死ぬのは。
凄く、惜しいと思った。
望むは殺戮の快楽。しかしこの終わり方は、その快楽の一切を満たしてくれない。
紅色の花畑が好きなのに、どこを見ても蒼一色で、いのちの気配は自分以外になくて。
何も、自分を満たしてくれない。あまりにもあっけない幕切れである。
……それが、凄く惜しいと思った。
けれど、それだけだ。
惜しいな、と。そう、思うだけなのだ。
それ以上に思うことがない。死に対する恐怖も、生に対する執着も。あぁ、また終わるんだな、また死ぬんだなと、ぼんやりそう考えるだけで終わってしまうのだ。
否。終わっていた、と答える方が正しいか。

 

(……あぁ、もう一度だけ。会いたいわ……)

 

流石に海に沈めば、この島での相棒は私のことに気がつかないだろうな。
なんて考えれば、とある2人の顔を、突然思い浮かべた。
一人は元の世界に居る、自分のことをずっと気にかける物好きな女。
この場合、彼女との賭け事は引分になるのでしょうね。あの子は私に殺すことを怖いと言わせてみせる、できなければ自分のことを殺していいと。その約束は、私が海に沈んでできないまま終わりました、けれどあなたを殺すこともできませんでした。それで、終わり。
もう一人は、この世界で出来た相棒。この世界だけでの、相棒。
私のやることを止めなければ手伝ってくれる、これまた物好きな女。利害の一致により一時的に手を組むことになり、性格も考え方も私と合っていた。だからいつの間にか、私の中でお気に入りになっていたのだろう。
昨日、殺されて、命を繋ぎ止めてもらって。簡単に、あっけなくまた無駄にしようとしているのだから笑えない話だ。裏切ることに罪悪感がなければ、想いを無碍にすることに悔しさも覚えない。
ただ。ただ……もう一度だけ、会いたい。
もし会ったらなんと伝えよう。せっかく繋ぎ止めてくれたのにまた死んじゃった、と謝るところからだろうか。それとも、今まで一緒に居てくれたことへの感謝だろうか。
どちらにせよ、らしくない。あまりにも、私らしくない。
笑えなかった。惜しくて、ただただ惜しくて、勿体無くて。
名前を呼ぼうとしても、肺の中は空気以上に海水が入り、声にならない。
咳き込む音も、徐々に消えそうになって。海に身を委ねそうになって。
受け入れる覚悟をしようとして。

 

―― 手を引っ張られて、海から引き剥がされた

 

 

すくい上げられ、陸に足をつける。
この島でずっと共に行動してきた、今だけの相棒。栗色の髪をして、不思議な面を頭につけた、オッドアイの女。
よほど心配してくれたお陰で、痛いくらいに背中を叩かれた。意識は残っていたし、まだ生きていたから随分と身に染みた。

 

「お、おい大丈夫か?」
「……ちょっと、痛い……」

 

大丈夫かと問われれば、あまり大丈夫ではない。溺れかけて死にかけて、やや乱暴に背を叩かれて。
……なんとも言えない感情が、胸に残っていた。その正体は分からない、けれど。もう一度会えたことに凄く安心して。何となく奥がつーんとなるような思いがして。わけがわからないままだったけれど、彼女に縋るように抱きついた。

 

「あー……怖かったよな、流石にシャレになンねぇもんな……」

 

その言葉を聞いて、違うと思った。
怖いという感情は一切なかった。それは、確かだと思った。自分が今何を思って何を求めているのか、どうしたいのか、それが画伯のキャンパスの絵の具のようにぐちゃぐちゃになって、元の色が分からなくなって。
それでも、使った色を見直すように、己の心を整理していく。

 

「……怖かった、とは、多分違う……びっくりしたし、死ぬかもしれない、っては、思った、けれども……」

 

けれど、の続きは分からなかった。
意味が分からないまま涙が零れた。ただこうして触れていたいと思った。
暫らく後の私なら、きっと己の感情に気がついてこう答えたのだろう。
人恋しかったと。あなたに会いたかったと。寂しかったのだと。

 

「……オレの方が怖かったのかも知れねェな。戦いじゃねぇから死なねぇって思ってたが、こういうのもあるンだな……」
「……、……なんで、あなたが、怖がるの……」

 

分からなかった。だって、関係のないことのはずだから。
彼女にとって、他人事であるはずだ。自分が死ぬわけではないのだから、私が死ぬことが怖いと思うことはおかしいと思った。
擦るように背中を撫でられて、わけがわからないと思いながら、もう一つ気がつく。
きっと随分と、私は彼女のことを気に入っている。だから、嫌だと思ったのだ。
水の中で死ぬことは、自分の快楽を満たせない。それもあるが、それ以上に彼女に貰ったこの命を無駄にすることが嫌だったのだ。
罪悪感も、悔しさもない。でも惜しくて、嫌だと思った。
自分の考えることが分からないのは私だけではない。彼女もまた、わけが分からないといったように首を傾げていた。
死なれるのは嫌だと、こんなことで死ぬのは嫌だと。なんとも拙い感情論を吐き出してくれた。

 

「悪ぃ、自分でも分かンねぇのに……押し付けちまって。なンでだろうな。この島なら生き返らせられるのに、何で死なれると嫌なンか、割り切れねぇのか……わっかンねぇなぁ。」

 

その言葉は、不思議と心地よかった。
嫌でないどころか、嬉しいとさえ思った。やはりまだ分からないけれど、その言葉一つで涙が止まって、いつものように笑って、

 

「嫌じゃないから構わないわ。」

 

いつものように、軽口を叩けた。

 

 


島から離れ、元の世界に帰ればまた私は同じことが起きたとき、分からないというのだろう。
きっとロゼを困らせる。けれど彼女ならその程度では挫けやしない。これで挫折するなら、私にそもそもあんな賭け事をしてこない。

 

「ねぇ、今なら分かるのよ。あの日のこと、海で溺れ死にそうになってあなたが助けてくれたあの日、私が何を考えていたかって。」

 

だから、残すために。このまま消えることが惜しいから、あなたに伝えておこうと思う。

 

「私にとって死は救いじゃないの。死ぬときは確かに満たされていても、生きてあなたと居る方がずっと満たされるの。だから海の中で溺れて死ぬ、なんて終わりは私の最低限の快楽すら満たしてくれない、拙い終わり方。そんな終わり方では、私は満足できないの。できるなら誰かが隣に居る方がいいわ。最低限だけを考えるなら誰でもいいのだけれども。
って、随分本題からずれて回りくどくなっちゃったわね。」

 

はぁー、と、一つため息。それから満面の、穏やかな笑顔を浮かべて、

 

「―― 私はあなたのことが好きで、一緒に居たかった。それだけだったのよ。」

 

そう、伝えた。

 

 

 

 

☆あとがき
魅了トラップ大惨事回。ここラドワさん視点であれそれ考えたら小話書けるな?というか美味しいな?と思って思わず書いちゃったやつ。
というか笑うでしょ。めっちゃギャグのようにソラさんの魅了解除したらラドワさんが魅了トラップに引っかかって美味しいドラマが生まれたの。ソララドはどうしてこうも奇跡が多いのか。てぇてぇ。