海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 11話「兎闘」




始まりは収穫を終え、喜びを祝うための娯楽の一つとして始まったと言われている。稲作に使われていた牛から闘牛に特化した牛が交配されるようになり、そうして現在では人が獣としてぶつかるようになった。
ルールは単純。武器を使わず、己の肉体と野性だけを振るう。相手が立ち上がれなくなるか降参を選ぶまで戦う。決して死者を出してはならない。これだけだ。
そもそも人間というものは、野性があってもなくても太古からお互いに争うことが好きだった。今と違って、球技や武道などルールや制限をいくつも設けて雁字搦めにしていただけで。野性などなくとも、人だって獣に違いない。
されど、獣と明確に線引きが行われるのは。言語や知能、社会性などが彼らとは桁違いだったからであろうか。


「晴れ渡る青空、穏やかな風。穏やかすぎるほどの空模様はまさに闘争日より! 皆様お待たせしました! 本日は闘技場番号8-23よりお送りしますエキシビションマッチ! これより1対1のシングルスルールでバトルが行われます!」

わああぁ、と歓声が沸き立つ。満席、とまでは行かないがそれでも席の8割は人で埋め尽くされていた。闘技場を予約し行われる突発的な決闘をエキシビションマッチと称し、場外で行われる決闘と違い大々的に宣伝が行われる。実況も行われ、闘技場の運営者たちが本格的な試合場所を作り上げる。明らかにお金を払ってやってもらうレベルだが、サヴァジャーに一切の負担はなく、それどころか観客数に応じて賞金を得られる制度となっている。

「うわ~凄い盛り上がり。それだけフィリアさんって人気者なんだねぇ」

クレアとコルテも観客として来ていた。邪魔になりかねない白い翼をできるだけ折り畳み、落ち着かない様子で辺りを見渡す。人口が多く、一定数翼が生えた者が居るおかげか悪いようにされる様子はなかった。ここに来た者たちは、そんなものより心躍らされる快楽を求めて来ているのだ。

「それではサヴァジャーの登場です! まずは皆さんご存じ! 野性カルテR1 W-Rabbit。天駆ける兎、フィリア・バルナルス!」
「やっほ~みんなぁ~! こんなにたっくさんあたしに会いに来てくれたの~? ありがとぉ~ぜぇったい勝つからねぇ~!」

両手を振り上げてから、右手で口元を当て、チュッと音を立ててひっくり返す。誰に当てたわけでもない投げキッスだ。

「うおおおおおフィリアちゃーん!!」
「見たか! 今俺に投げキッスしてくれたぞ!」
「ちっげぇよ俺にだよ何見てんだよ!」

もう一度言うが誰に当てたわけでもない投げキッスだ。このようなパフォーマンスを行い、可愛さを全面に押し出す彼女はまさに戦場のアイドルだ。フリルを揺らし、リボンを風になびかせ、笑顔を振りまく姿はあまりにも愛らしい。彼らは愛玩動物として人に飼い慣らされた日々だってあったのだ。

「対するは突如現れた負け知らずのルーキー! 野性カルテR3 F-Rabbit。気炎万丈、ララテア・ラウット!」
「頑張れルーキー! きばってけー!」
「さっさとその調子こいたブチクソカスウサギを引きずり降ろしてやっておしまい!!」
「なんかとんでもない声援が聞こえたが?」

あざとい振る舞いは分かりやすく女性に嫌われ男性に好かれる。本性を知らずに勿体ないな、と思いながらも右手で握りこぶしを作り、天へ掲げた。白く長い包帯がそれに合わせて弧を描き、戦旗の如き猛々しさを見せた。

「言わせときゃいーんだよ。俺に勝てねぇから安全なとこで吠えるしかできねぇどーしようもねぇ弱者だ。同じ土俵にも立てねぇ臆病者なんざ、その気になったらいくらでもぶちのめせるだろ?」
「ごもっともだけど……俺は、お前が本当に強くて野性的だってことを知ってもらいたいな」
「お前が頑張りゃ嫌でも証明されらぁ。期待してんぜ?」

さて、ここに放たれたるは2匹のウサギ。ウサギとは被食者であり追われる立場にあったが故に警戒心が強い生き物。気性は温厚で好奇心旺盛。ペットとしても人気が高い動物だった。やり返す角も蹄もなく、長い歯こそあれど隠れ逃げることしかできない弱者。

「二人が位置に着きました。戦いの火ぶたが今切って落とされます」

しかし忘れてはならない。
拳を、脚を、知恵を手に入れたそれは。

「―― 試合開始!!」

紛れもなく、肉を食いちぎる暴虐であることを。

「っ!!」

パァン!
開始を知らせる声が終わると同時の、戦闘開始の合図。ララテアの右手の中に、フィリアの拳が収まっていた。
なんてことはない。戦いが始まったから、殴り飛ばそうとして、それを受け止めた。たったそれだけのこと。

「俺のファストアタックを止めるたぁやるじゃねぇか」
「お約束の一撃を知っていたからな」

ウサギを蹴り飛ばし、お互いに後方に跳ぶ。ウサギは壁へと、地へとそれぞれ着地して睨むことほんのコンマ3秒。前方へと飛び、拳を振り上げたピンクのウサギの下へとオレンジのウサギは潜りこむ。

「―― 爆ぜろ、炎。気高き竜と成れ」
「遅ぇよ!」

下で地を踏みしめ、飛び上がるより早く。トンッと背をタッチし、ぐるりとその場で身を回転させ

「沈みな! ストームインパクト!!」

暴風を伴った拳を地に潜むウサギへとねじ込ませる。

「く、焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

詠唱が終わり、技として繰り出されるより先の一撃。姿勢を崩され不十分な発動となる。それでも辛うじて宙へと飛び上がり、直撃を避けた。地面へとめり込んだ拳はそのまま嵐を大地へ伝え、ゴウッと音を立てて地が割れる。風は砂煙を巻き上げ、一瞬の煙幕はお互いの姿を消し去った。
上空へと逃げた火のウサギはそのままくるりと一回転し、

「―― 落ちろ、篝火!」

自身の真下へと炎を纏い急降下する!
風が全ての砂を場外へと放り投げ、再び快晴の空が現れれば。下に居たはずの風のウサギはララテアの遥か上へと位置していた。
にぃっと口端を吊り上げ、空気を蹴る。パン! と弾けた音と共に上から追撃を迫り、

「な、」

―― 炎のウサギも、笑っていた

炸散脚オヴィンニク・レッグ!」

地へ炸裂すると同時に、高く高く爆ぜる、火柱。マグマの中へ岩が落ちたも同然のそれは、追随する者を焼き焦がす。
フィリアの戦い方をララテアは熟知している。荒々しく力でねじ伏せるモンスター同様の気性の激しさに加え、風に乗り自由をほしいままにする柔軟性を持ち合わせている。それこそ空をも飛び回り制空権を己のものとする。
だから人はウサギをトリだと言ったのだ。

「なるほど、下から追ってくる動きに構えたんじゃなく、落ちたときの炎で焼くことが本命だったと」

火がエネルギーへと変換され、二度の攻撃ですでに凸凹になった地面でウサギがにらみ合う。風属性にとって、弱点である火属性の攻撃は命取りだ。それでもランクが低く属性の影響量が少ないこともあり、焦げてあちこちに煤や火傷を負いながらも、まだまだ風のウサギは跳ね回る元気があった。

「―― やるじゃねぇか、ララテア」
「そっちこそ。俺より速く立ち回ってくるなんて」

身体能力ではフィリアに軍配が上がった。鍛えこまれた身体は、例え潜在能力が低くとも人間の器で見れば相応に仕上がっている。そして意図して野性を使わず、人間の動きの中で勝手に野性が乗算される彼女の戦い方に詠唱は不要だ。それはあくまで人間の範疇の動きであり、野性なしでも同等の動きが可能だからだ。
一方で野性を使いこなし、人間の枠組みを逸脱したララテアはそれだけ採用できる術が多い。引き出しから最適解となる武器を取り出し、突きつける。詠唱のスキこそできるが、技から別の技へと連携してゆけば必要な詠唱も短くて済む。炸散脚オヴィンニク・レッグの詠唱が他の術に比べて短かったのもそのためだ。

「人は戦いに意味を持たせることを美学とする。何を芯とするか、何故戦うか。ララテア、お前にはあるか?」

お互いに姿勢を低くして、動き方を伺う。威嚇の唸り声は対話だ。

「誰かを守りたいだとか、世界を平和にするためだとか。お前は何のために強くなった? 野性を振りかざし、何故戦い、志とする?」

一切のスキは与えない。少しでも気を緩めれば、対話は切り上げられ幕引きへと急展開する。それはお互いに望まない。お互いにつまらない。
そんなもの、と。ララテアはダンッと音を立てて足を前に踏み出した。

「最も人間らしい生き方をしているだけだ」
「…………はっ、」

野性を持ち、本能のままに生き、強き者へと牙を向け、群れの頂点と君臨する。獣としてのサガを受け入れ、なりふり構わずありのままに生きている。
彼らはどうしようもなく同類だった。獣心信仰を心に、清く正しく秩序的に生を謳歌していた。

「やっぱお前最高だなぁ!!」

美学など必要ない。哲学など暇人の考えることだ。我々は呼吸をし、飯を食べ、眠りにつく。それらと何ら変わらないことだ。
再び獣が二匹衝突する。火のウサギが炎を纏い蹴り上げれば風のウサギは風を纏い拳を突きつける。ジュウと拳を焼きながら衝突し、再び蹴りと拳が交錯する。
突いて、捌いて、蹴り、避け、叩きつけ、転がり、飛び交い、

「―― 炎兎蹴ラビット・フット!!」
ソニックビート!!」

一撃に対して、素早く三度の正拳突き。一撃で勢いを殺し、一撃で弾き飛ばし、一撃でその身へぶち込み怯ませる。

「がっ――!」
「続け! ストームインパクト!!」

颶風だった。小さな身体を軽々と吹っ飛ばし、弾丸となる。ガァン!! と壁へと打ち込まれ、全身に痛みと痺れの奔流が起きる。肺が潰されて空気が押し出される。悲鳴にすらならない息を吐きだし、地へと倒れ伏した。

「っ……!!」

ダメージは風のウサギにも蓄積されていた。いくつもできた火傷。特に拳は熱を顧みずに火ごと殴り飛ばしていたが為に、いよいよ限界が来ていた。
あくまでもこれは試合だ。本能を満たすための娯楽だ。決して死の一線を超えることはない。競技とは、人が死なず安全に競い合うためのものである。

「…………っふふ、」
「……っははははは、」

だが。
ここに居るのは、二匹の獣だ。


「ウウゥウォオオオオオオオオオオァァアアアッッッ!!」
「アァァァアアアアアォォオオオオオオオオッッッ!!」

身体の痛みが喜びになる。強者と出会い身を削り、命の危機すらも感じる興奮に酔いしれる。心からの喜びのままに、獣の叫び声が上がった。
それは勝利を渇望する獣の雄たけび。それは貪欲なまでに百獣の王の座を狙う暗殺者の演舞。共鳴型のボルテージが最高潮となり、野性との同化が最大となったときに発されるそれを、人々はウォークライと呼んだ。

「み、耳が……!」
「この距離でこんなに響くなんて、どこから声を出しているんですか……!?」

ビリビリと震える空気に耳を塞ぐ。威圧され身が竦む。しかしそれも一瞬の事。過ぎ去った後に沸き立つは行く末への興味。理性的で人間性を重んじる人間であろうが、風と火が躍る演目から目が逸らせなくなる。

「……あの人は、あんな顔もするんだ」

瞬きをすることも忘れて、いつも傍に居た遠くにいる人を見る。明るく真っすぐで優しいウサギも。あざとく振る舞い愛らしいウサギも。お互いに己の強さを誇りに持ち、その上で相手の力を認め、ぶつかり合う。
心に獣を飼うのであれば。どうしてそれを野蛮だと糾弾できようか。

「――ッ!!」

牙と爪の剣戟。正拳突きを手の甲で弾き回り込む。回転しながら足で薙ぎ払えばバク転で回避し背後を取る。そのまま拳を振りぬけばしゃがみ、足払い。姿勢を崩したところへ縦へ一回転、かかと落とし。クリーンヒットも束の間、前方へ跳ねてチャージ。クリーンヒットのお返しをすれば、また脚と拳がぶつかり合う――!

炎兎蹴ラビット・フット!」
「トルメンタブロー!」
炸散脚オヴィンニク・レッグ!」
ソニックビート!」

獣の心と同化すれば、詠唱で野性の形を描かずとも技へ昇華する。分かりやすい真っ向勝負。お互いの得物を振るい、殴り合う。そのどれもが拮抗して撃ち殺しあい、せめぎ合う。息も絶え絶えだというのに、攻撃は一撃一撃威烈さを増してゆく。

「っらあああぁぁ!」

ゴッ! と拳と脚が強くぶつかる音がすれば、風のウサギは上昇気流に乗りそのまま再び空を支配する。

火炎弾サラマンダー・ブレス!!」

軸足を中心に地面にもう片方の足で半円を描き、弾き飛ばされた石が炎を纏う。それを蹴り上げ、地上から空へ流星を放てば

ダウンバースト!!」

手を左から右へ大きく振り、叩きのめす暴風を返す。そのまま一回転して風に乗り、振り下ろされる脚が一条の矢となる。

「スカイダイブ!」
焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

それを避けず、あえて応戦する。すぐにドガァッ!! と地面が揺れた。モンスターが生む下降気流にも劣らない力は炎のウサギの勢いを確実に削ぎ、力でねじ伏せて土を舐めさせる。されど拳の業火は確実に風のウサギを焦がし、追い詰めていく。
ビュオォッと風が吹いた。撃ち落とした反動で高く高く、見えなくなるほどに高く、されど声だけははっきりと聞こえる。ウサギが星へ近づくほどに、地上の旋風も強くなってゆく。

「―― 決めようか」

誰もが予感した。次の一撃で、お互いケリをつける気だと。

「―― 猛ろ、烈火」
「―― ウサギウサギ、何見て跳ねる?」

風は紅蓮の焔を絡め上げ、炎を帯びた竜巻となる。触れれば皮膚がいともたやすく爛れ落ちる、劇毒にも似た紅の花。咲き誇る一瞬を称え、敬うべく降り注ぐはそれすらも散らさんとする狂騒の嵐。

「災厄の具現者たりて灼熱の渦で辺りを焦がせ!」

ダン! と大きく踏み込む。右手を握り、心臓へと当てる。足から腰、腕、心臓、頭へ全身へと炎が伝っていく。獲物を狩らんと身を低くし、穴の先の肉を待つ。

「さぁ今こそ撃ち落とせよ本能のままに! 月の彼方まで跳べるだろう!?」

グルングルンと何度も何度も回転し、その勢いを保ったままパァンと弾けて地へと落ちる。先ほどよりもずっと速く、鋭く、狂暴に。獲物を待つ狩人が居るならば。
打ち砕き逆らえなくしてしまえ。

「―― 陽喰狼牙チェイサー・オブ・スコル!!」

太陽を追い、放たれた渾身の蹴りと

「―― 堕月砕拳シュート・ザ・ムーン!!」

月を砕かんと、会心の拳がぶつかった。



爆発、爆風、砂嵐。
そうして待望のフィナーレを迎え、しん、と静寂に包まれる。
誰もが待ちわびたこの瞬間を。煙幕が消えるそのときまで、声を出すことも、息をすることも忘れていた。

「…………はっ、し、失礼しました! 勝者――」

審判の声が告げる。
最後まで立っていた者は、フィリア・バルナルスであったと。



「さて。今まで負け知らずっつぅやつは敗北を知って打ちのめされたりすんだけどよ」

闘技場にある医務室。試合やエキシビションマッチの場合、最低限の治療は運営側から行われる。勝利を収めたフィリアも立っているのがやっとの状態だったため、2人纏めてヒーラーによる治療を受けている。

「っくぅーーーすっごく楽しかった! こっちは戦い方もずっと聞いてきたし、属性的にも有利だったんだけど……それでも届かなかった! あぁーーー悔しいーーー!!」
「全然そんなことなさそーで安心した。心配はしてなかったんだけどな」

悔しいと言いながらも、早口に語り目を輝かせるララテアはまだまだ興奮が覚めていない様子だった。今にももう一回やろうと言い出しそうな様子に、フィリアもわははと快活に笑った。
2人共敗北を知らないわけではない。何度も敗北を重ね、積み上げてきた。だからこそ敗北し、悔しさをバネに更に強くなることができる。どうしようもなく、彼らの心は獣なのだ。

「カルザニアに来て間もねぇんだろ? もし何かあったら相談に来いよ。そのまま朝の陽ざし亭に泊まるんなら10日毎に食材の納品に行くからよ。」
「めちゃくちゃ気にかけてくれる……ありがとうお母さん……」
「誰がお母さんだ」

見ず知らずのウサギに違いなかっただろうに、とララテアは不思議に思う。理由を問えば、お前が強そうだったから以外にそんなに意味はねぇよと返された。それもそうか、と納得して。
強いて言えば。話に、続きができる。

「何よりも努力と下剋上を信じてるからかもな」

多分性分だ、と答える姿には、あまりにも様々な色が込められていて解きほぐすことはできなかった。けれど、そんな数多の絵具を混ぜた複雑な色も、すぐに戦闘日和の爽やかな空の色へと変わる。

「俺がここまで手ぇ貸したんだからな。今度は大会に出ろよ。そんで、もし同じ大会に出ることがあったら。そんときも負けねぇからな」

伸ばされた手と共に、ふわりとそよ風が頬を撫でる。ライバルになる者への選別を。
憧れは変わらずとも、距離や立場といった様々な壁はもうなくなったのだ。

「―― 勿論!」

そうして彼らは握手を交わす。
同じ舞台に立てば、年齢も野性も関係ない。自分たちはサヴァジャーなのだから。


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