海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 13話「雨翔」

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サヴァジャー試験当日。この日は雨で、あちこちに水浸しができている。さあぁと振り続ける雨は強くはないものの、いたずらに仕込まれる泥濘みは天然のトラップだ。今日も過行く人の足を、車輪に手をかけ、彼らに土と水の洗礼を与えていくのだ。
雨は火属性や光属性にとっては都合の悪い天気だ。特に火属性は野性の出力が水により阻害され、思うように力が出せない。参ったな、と試験用の闘技場の控室で準備をしながら、ララテアはため息を一つついた。

「むしろ好都合ですよ。自分の力を示す場としては」

対してクレアはというと動じることなく落ち着いていた。彼女の野性の術の中にはいくつか陽光量に依存する。野性の出力が制限されるのではなく、術がいくつか使えなくなる。満足に戦えないのでは、と懸念するララテアの方が心配になった。

「クレアにとって日の光が少ないのは使える野性を制限させるってことだろ? 大丈夫か?」
「えぇ、任せてください」

自信満々な返事であった。自分の唇の上で、両人差し指を重ねてバツ印を作る。にぃと口端を釣り上げ、カラスらしい狡猾な笑みを浮かべた。

「雨は、私たちの引き立て役です」



「実に運がないな」

観客一人居ない小規模の闘技場は随分と静まり返っていた。実力を見極めるための採点者4人が闘技場の隅に配置され、中央には試験官が1人立っていた。表情の動きが極限にまで少ない、闇属性のワニの野性持ちであった。30は生きたであろう屈強の男性で、筋肉隆々の腕から相当鍛えられていることが伺える。特に目を引いたのは、半袖の服装から分かる肌は人の物とは言い難く、不自然にザラザラしていた。憑依型でワニの鱗のように肌が変化しているのだろう、と二人は推測した。
試験官は受験者の不利となる属性の野性を持つ者が担当し、野性ランクは3に統一されている。例外として補助役としてのサヴァジャー試験の場合は、2人を相手にするためランク4の者が相手になる。最も、どちらにせよ屈指の強さを誇る者であることには変わりない。これは挑戦者が勝つための試合ではなく、試験官が余裕を持って実力を測るための試合だ。

「天はお前たちに味方をしなかったようだが、試験は試験だ。一切の慈悲はないと思え」
「構いませんよ。味方しなかったのならば、味方にしてしまえばいい」
「いや、俺は大分辛いんだけど」

疑っているわけではないが、どのような策を取るかは結局教えられなかった。嫌な汗が雨水に紛れてウサギの身体から滴り落ちる。これが一対一の戦いであれば嬉々として挑むことができたが、今日はそうはいかない。

「それではただいまよりP5 L-α Crow、クレア・クルーウのサヴァジャー試験を行います。同伴者はR3 F-Rabbit、ララテア・ラウット。時間は10分。始めてもよろしいですね」

採点者のうちの1人が遠くから声をかける。審判やレフェリーの役割も担う採点者のリーダーだ。問題ありません、と雨音にかき消されないように声を張り上げた。
お互いに位置に付く。歩けば水が跳ね上がり、跳べばびしゃりと音を立てた。衣服が水を吸って動きづらい。条件は同じだが、素早さに重きを置くウサギや空を飛ぶカラスにとっては、重く鈍いパワープレイを得意とするワニと比べると遥かに悪条件だ。

「自己紹介をしておこう。俺はP4 D-Crocodile、ラオスゲイダーだ。本音を言うと、実は少し浮かれている」

バキバキバキ、と異質な音がワニから響く。腕が硬質化し、鱗の1つ1つが逆立ち、巨大な爪を持つ。同時に巨大な尾が生え、ハンマーのようにずっしりとぶら下がる。彼をワニと形容するには生ぬるい。怪獣か、あるいは神話に出てくるようなトカゲの男か。にやりと大きく裂けた口が吊り上がる姿は、ピュームを出てから何度も見てきた獣の顔。

「ランク5の、それも変異種を相手できるのだからな!」

彼も例外ではない。戦うことが何よりもの喜びである狂戦士だ!
陽光が遮られた戦場で、闇は力を増す。ブンッ! と音が鳴れば水の重さも武器にし、まっすぐに暴力がクレアへと向かう。

「ララテア! 1分時間稼ぎをお願いします!」

弱者であれば、翼が吸った雨水で地を這う哀れな鳥と変貌した。しかし自身の身体以上もある翼を広げ、空へと旅立つカラスは彼らの仲間入りとはならなかった。羽ばたけば水面は波を立て、壁へと押し流れる。
空へと追従する術を持たぬワニは、地上でウサギとやり合うことを強制される。巨大な口を持ち、強靭な鱗を持つ肉食の爬虫類。逃げることに特化した小動物など、まともにやり合えるはずがない。

「分かった! 持たせる!」

ただのウサギであったならば。

「1分も持つと思うな!」

ブン! と巨大な爪がララテアに再び迫る。巨大な死神の鎌は一撃で首を跳ねかねない。トンッと跳んで攻撃を躱し、反撃はしない。一撃を見極め、時間を稼ぐことに集中する。元よりそれはウサギの得意分野だ。

「―― 神は暗き岩戸へと隠れたもうた。八百万の者たちよ、何故この由々しき事態を指咥えて見ていられようか」

十分な高度を保ち、両手を合わせ目を瞑る。集中し、無防備な姿はどうぞ襲ってくださいと誘っているよう。実戦で扱うにはあまりにもリスクがあり実用的ではない。それでもカラスは守り抜いてくれると、お供のウサギを信頼した。

「―― 漆黒の刃よ、我が牙となれ」

ワニの武器は強靭な顎。両腕を合わせ、肘を起点に開けば80もの牙を持つ巨口へと変貌する。

貪欲なる処刑人ハングリー・バイト!」

グオォ! と唸り声を上げ、獲物たるウサギを飲まんと迫る。柔らかくなった土がその勢いから抉られ、濁流となり同時に襲いかかる。

「う、ぉ――!」

獰猛な両腕の攻撃が捉えたのは、虚空だった。再び跳ねて、口を ――腕の上をトンッと蹴り、くるりと一回転して着地する。が、今は雨でよく滑る。ズシャッと音を立て、数歩前のめりに足を踏み出して堪える。
ワニはすぐに身を翻し、ウサギへと襲い掛かる。それを寸前のところでこちらもくるりと器用に身を翻し、跳ぶ。ワニを欺き背を跳ねまわる白兎の如く、このウサギもまた危険な綱渡りをする。

「―― 盛れ、焔。燃やせ、骨の髄まで」

離れたところに着地。トン、と片手で心臓を叩き、ゴウッと炎を燃やす。水を浴びて白い煙幕を生み、姿を朧にする。

「ゥウウウラァァアアアッ!」

そんなもの。ワニは、お構いなしだ。
姿が隠れたのならば、姿を隠すこの煙幕ごと喰らってしまえばいい。棘を纏った腕で薙ぎ払えば、すぐにウサギも応戦する。

炎兎蹴ラビット・フット!」

自慢の脚力だけでの応戦。肉体でそれを受け止めこそするが、生身でこん棒を受け止めればどうなるか。

「っ!」

足に鱗が刺さり、顔を顰める。じんわりと血が滲んで、それが水に流され落ちていく。命だったものは二人により踏み荒らされ、土へと還る。攻撃に転じる必要はないとはいえ、分の悪い防戦一方であった。

「―― 夢想を語れ、忘れるな日出国を。お隠れになられた神よ今こそ姿を現したまへ」

地上での交戦に構わず、詠唱を続ける。微かに翼が輝き、淡き暖かな光を纏う。それは天使が人々のために祈りを捧げる姿にも似ていた。
ワニの大振りな一撃は、これで終わらない。何度でも水の中から得物をめがけ、口を開け、無数の牙を向ける。

「ガアアァァァァッ!!」
「――ッ!!」

大きく開いたまま、地面へ目掛け振り落とされる。ギリギリのところでそのまま前へ転がり、泥を巻き込み地面を滑る。足が鱗に掠ったようで、また一つ足に切り傷が増える。痛みが増していき、ワニの目的通りとなっていく。

「―― 抉れ! 穿て! そして堕とせ!」

両手を解き、ギュルンギュルンと下から上へ目掛けて全身で二回転。ワニの動きに呼応し、巨大な漆黒の槍が形成される。

「! まず――!」

ウサギを叩き潰すなどいつでもできる。地面を転がりスキを見せた。それは叩き潰すために泥の上へ這いつくばらせたのではない。
姫を守るナイトを引きはがし、攫うには絶好のチャンス。完成した槍を握り――

首無し騎士の槍デュラハン・オブ・ジャベリン!」

―― カラスへ向かって放り投げる!

焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

普通に飛んでは間に合わない。空目掛け放つ拳で宙を目指す……が、満足ではない姿勢で詠唱もないままに技を繰り出す。ましてや今は雨だ。ロクに炎を纏わず、槍へ目掛けて中途半端な勢いのまま突っ込む形となった。
自ら攻撃を受けに行く、自殺行為だ。威力が足りず、そのままザシュ! と音を立てて肉を抉る。犠牲の代償もあり、槍の軌道は逸れカラスが貫かれることはなかった。

「ぐ、ぅうっ……!!」

回転する槍を素手で殴れば当然の報いだ。皮膚も肌も混ぜ合わされ、赤色でぐちゃぐちゃになる。痛みに呻き、左手で思わず抑える。この戦いではもう右腕は使い物にならない。土のツンとした香りの中に、鉄の香が交じる。生物を高揚させる、紅の香。

「あれにロクに野性も纏わないまま突っ込むとは、愚かな」
「約束したもんでな、1分持たせるって!」

皮肉の中には賞賛も込められていた。ふん、と笑うワニに、ウサギも顔を歪めながらも笑い飛ばした。
この程度で済んだともいえる。戦っていれば、このくらいの怪我は珍しくない。野性を持つ人間にとっては辛うじて軽傷の範疇だ。

「生意気な口を叩きっんんっ――!?」

再び衝突、かに思われた。強い光が空から射し、2匹の目を潰す。雲を割り、現れた青空の中に虹霓が輝く。雨はそこにはなく、急速に水を天へと還す。
カア。カラスが鳴く。目を見開き空へと翼を掲げていた。

「―― 時は満ちた! さあ、おはしませ! 日出刻サモン・アマテラス!!」

その日、カルザニア王国は1日雨であったはずだった。たった一匹の一分間の祈りは空模様を簡単に描き変え、何百何千万という人間を惑わせた。
最もたる被害者は。今目の前で山の天気以上に突然移り変わる様を見せつけられたワニだっただろう。

「言ったでしょう? 味方しなかったのならば、味方にしてしまえばいいと」

思ったより出力が大きくなってしまいましたが、と空から声が降る。そんなこともありますよね、と悪びれることもなく口を三日月の形に歪める。

「フィールド操作……! それも、実戦の中で、これほど広域を……!?」

属性にとって戦いやすい天候がある。肌を焼くほど強烈な日差しで燃え盛る火属性。滴る雨を味方につけ流れ揺蕩う水属性。暴風暴れ自由自在に飛び回る風属性。土煙の中で堅実に在る土属性。いずれも場を作り変えるには相当の野性の力と技術が必要になる。高ランクの野性のみが許される特権を白いカラスは使ってみせた。

「ララテア。これなら十分戦えるでしょう?」

本来この手の技は、戦闘で恩恵を得たいのであれば戦闘を行う前に発動させておくのがセオリーだ。必要となる詠唱時間や集中力が戦闘中で扱うには非現実的であるからだ。それを試験で披露し、分かりやすく支援型としてできることを見せびらかした。この時点で規格外の芸当をやってのけているが、本人は至って涼しい顔をしている。
じりじりと肌を焦がす日差しがすぐさま濡れた服を、髪を、地を乾かし、干上がらせる。泥の塊が砂となってさらさらと落ちる。雲一つなくなった空の下で、くすぶっていたウサギは炎を取り戻す。それだけではない。太陽神の威光は闇を払い、漆黒の力を削ぐ。天は火と光に味方をし、水と闇を排除する。

「あぁ、十分だ!」

怪我が治るわけではない。右腕からは血が流れ落ちるままだが、跳ねるための脚はある。ギュンッと音を立ててワニの懐へと入り、反撃の膝蹴りを腹へとぶち込む。

「場をひっくり返したからといい気になるな小僧共が!」

体格の大きいワニはそれでも少し仰け反った程度だ。構わず鱗が逆立つ腕を振り下ろし、皮を剥がんとする。それを辛うじて身を捩って回避し、その勢いで回し蹴りを放つ。その衝撃を受け流すようにワニが身を一回転。ウサギが地に着地したと同時に迫る、尻尾のハンマー。

「天照らす偉大なる光よ。恵みの空を築きて焔の祝福を与え給へ」
「―― !」

避けられない。目の前に迫る純粋なる暴力。質量で叩き壊す死神の鎌。
ただでは済まないことを覚悟した上で、咄嗟に腕をクロスにし、受け身の姿勢を取ろうとして――

白鴉の祝福アポロン・ブレス!」
「……は!?」

―― 真正面から両手で受け止める!

「オオオォォォ!!」

そのまま身を翻し、遠心力の勢いそのままに巨体を宙へと浮かせ、地へと投げ飛ばす。反動で浮いた自身の身体。そのまま着地点にいるワニへと目掛け、脚を振り上げて、

「―― 落ちろ、篝火!」

炸散脚オヴィンニク・レッグでトドメを刺した。
つもりだった。

「な――」

そこに目当ての獲物はいなかった。ワニの長く太い尻尾の肉だけが、地面に残されていた。
なんてことはない。異形化した部分の異形化を解除しただけのこと。高ランクの憑依型の野性はその場に異形化したパーツを残すことができる。腕や足は身体の切断に繋がりかねないが、本来の人間にないパーツであれば、人によっては痛みはない。
異形化の多くは、身体に獣の皮を纏っているに過ぎない。

「そこのカラスが無防備なままだなあ!!」

投げられた際に切り離した。空へと放り出されたワニは宙に闇の塊を生み、即席の足場を作り上げる。それを使い更に跳べば、空に鎮座していた白いカラスを両手で掴み、そのまま地へと自由落下を試みる。

「クレア!」

もらった、とワニの口が吊り上がる。
ワニも戦いを喜びとする狂戦士であったが、己が試験官であることを忘れてはいなかった。何をすべきか、真の獲物は何か。教えなければならない。空へ逃げる者へ、身を守る術一つなければどうなるかを。

「勘違いしているようですから教えてあげましょう」

しかし、忘れてはならない。
カラスは、狡猾な生き物だということを。

「―― 私は攻撃が苦手ですが、できないとは言っていません我らが故郷の太陽よ 穢れた生き物に制裁を

ばさり、翼を広げる。獲物が逃げないように、獲物が奪われないように翼で覆い隠すように。
カッと一際翼がまばゆく輝く。策略に嵌められたワニが離れようとしても、もう遅い。

紅炎プロミネンス!!」

ゴウッと翼が燃え上がり、炎の波動で抱えた者の肉を焦がす。焔の一撃と変わらなかったが、陽の力を持つその攻撃は光の属性と等しく、闇に生きる者を焼き払う。
超至近距離からのそれを無防備に受け止め。力なく地に堕ちるワニを、空高くからカラスは見下していた。誰も予想していなかった結末に、その場がしん、と静まり返る。

「……え、あのラオスさんに勝っちゃったの?」
「二人がかりとはいえ、マジ……?」

唖然とする採点者を置き去りにしたまま、白いカラスは彼らと同じ表情をして固まっているウサギの元へと舞い降りる。ふふん、と自慢げに微笑んでみせた。

「お前……そんな術使えるんなら追っ手をどうにかできてただろ」
「今ならある程度できるかもしれませんね」

戦い方を教えてくれたあなたのお陰です、と告げて。痛みと流血を庇うように抑えられた痛ましい右手を、目を細めて見つめていた。翼の羽は病こそ退けられるが、物理的な損傷には効果がない。ララテアが上手くやってくれなければ、その怪我はクレアが負うことになっていたのだろう。白いカラスは掴まれた際にできた、有刺鉄線で包まれたような細かな傷以外の怪我はなかった。それだけで済んでいるのは、間違いなくウサギのお陰だ。

「……すみま」
「せんでした、って謝罪はいいからな。お前が雨を上げてくれなかったら。強化術を使ってくれなかったらこうはいかなかった」

恐らく一対一でやり合っていたならば、晴れの日であったとしてもワニの方が上手だっただろう。二対一で、場を己の有利になるように作り変え、そうしてようやく勝てる相手だった。誰が見ても明らかであった力量差。それを覆してしまったのだから、誰もが白いカラスの功績を認めるざるを得ない。
負傷していない左手で拳を作り、クレアへと向ける。何ですかそれ、と首を傾げるから、拳を作って合わせる挨拶みたいなものだと説明する。ハイタッチみたいなもの、と言ってもやっぱり首を傾げられる。迫害を受けてきたカラスは、どうやら当たり前のように行われる人間同士のやりとりに疎いらしい。

「結果をお伝えしますので、ロビーで待っていてくださ……いやもうこれ、結果の審議いらなくないか? 逆に誰か合格にしないって文句言うやついる?」

ぞろぞろと戻ってきた採点者がお互いに相談し合う。本来はこの後試験官と4人の採点者で話し合い、合否を決定する。強化型は実力が目に見える形では分かりづらく、己の立ち回りや強化術の適切な強弱も吟味しなくてはならない。最低限身を守る術がなければ不意打ちに対応できず、強すぎる術を受ければ負荷がかかり野性を暴走させかねない。

「……いないだろう。全く、大したやつだよ」
「あ! ラオスさん! ご無理はだめッスよ!」

異議なし、の声を上げたのは試験官だった。よろけながらも無理に立ち上がり、慌てて採点者の一人が巨体を支える。どう見ても足りないからあと2人ほど駆け寄った。疲れ果てたため息をついて、今にも倒れそうな身体を支えられながら肩を竦めた。

「あれだけの攻撃ができるのならば、補助型でなくてもいいだろうに」
「お言葉ですが、あれは護身術にしか過ぎません。それに、真っ直ぐぶつかり合うのではなく、小細工で場をかき乱したりひっくり返す方が性に合っていますから」
「はは、カラスらしい」

これからも頑張れよ、とエールの一言を送り、去っていく。それを見送ってから、ララテアたちもそこを後にしようとする。

「ララテア。これであっていますか?」

その前にカラスに待ったをかけられる。
説明を受けるだけ受けて、その拳が交わされることはなかったから。黒い手袋で覆われた拳を控え目に突き出した。
手を振りかざされることと錯覚してしまうが故に、触れられることが苦手だった。そんな彼女が、自分から手を差し出して、触れようとしてくれている。大丈夫だと信頼してくれている。

「あぁ、合ってるよ!」

こつんと拳と拳が触れ合った。
三者が見れば何でもない勝利の喜びの共有。そこに含まれる数多の感情を、奇跡を知っているのはこの二匹だけだ。