海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 15話「変調」

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日が沈むと同時に眠る白いカラスは、日が昇ると同時に目を覚ます。寒さを感じないうららかな陽気の中、カーテン越しの柔らかな朝日が目にかかればぼんやりと意識が浮上する。気だるげに大きな欠伸を一つし、ゆっくりとした動きでベッドから降りた。

(……昨日の疲れがまだ取れていないのでしょうか)

いつもはすっきりとした目覚めで朝を迎えるというのに、どうにもすっきりしなくてふわふわする。よく眠っている二人を横目に黒色のコートとマントを身に纏い、静かに部屋を後にした。
ララテアやコルテも朝は早い方だが、こちらは日の光の影響を受けないため人らしい生活リズムだ。属性や野性によるそれは体質であるため、お互いに無理に合わせないことにしていた。クレアは目が覚めてから2人が起きるまでは、宿で借りた本を読んで時間を過ごすことが多かった。この宿を経営する者らは本を読む人間ではなかったが、もう読んだからと宿に本を置いてく客がそれなりにいる。それを自由に貸し出ししており、たまに物好きが喜んで借りていくのだそうだ。持ち逃げされて困るものでもないので盗難のリスクにも寛大な姿勢だ。
壁を支えにしながらカウンターへと向かい、亭主の姿を探す。すぐにおはよ! と元気な声が聞こえてきてぱたぱたと子供が寄ってくる。すっかり調子のよさそうなサブレニアンだった。宿の手伝いをするため……ではなく、早起きすればクレアと真っ先に出会るから、という可愛らしい理由からだった。病気を治してくれた人、と認識してすっかり懐いている。

「あれ、何だか顔色悪い? 大丈夫?」

傍まで寄って、じいとクレアの顔を覗き見たのちに首を傾げる。急に晴れたけど雨の中戦ったんだよね、と昨日の不思議な天候を思い返す。虹がかかって綺麗だったよね~とけらけらと笑う。年齢相応にはしゃぐ様子を見て、くしゃりとその頭を撫でた。

「……私は大丈夫ですよ。サブレニアンは今日も早起きさんですね」
「うん! だって早起きしたらクレアお姉ちゃんに真っ先に会えるもん! 夜帰ってきたらすぐ寝ちゃうから、お話しよーってなったら朝しかないんだもん!」
「それは……そうですね……」

朝食を食べ、ララテアたちの身支度が終われば宿を出る。昼食に戻ってくることもあるが基本的には夕方まで宿には居ない。昼食中はララテアやコルテと一緒に居るため話しかけづらい。となれば、サブレニアンにとっては会話できるタイミングは早朝の、誰も起きていないこの時間だけになる。言われてみれば……と自分たちの行動を振り返り、少しばかり罪悪感を抱いた。

(……村を出れば、受ける扱いはこれほども変わる。不思議なものですね)

変異種の野性である以上、道行く人から奇異な目を向けられることはある。ひそひそ話が聞こえてくることもある。けれど、それ以上に発展することは殆どない。忌み子として危害を加えられることはなく、物珍しさから向けられる視線ばかりだ。
目の前の子供だってそうだ。難病を治療したから懐かれた。たったそれだけのシンプルなロジック。極々普通のことであるのに、白いカラスにとってはイレギュラーな子供であった。誤魔化したとはいえ、この子供は白いカラスの力を知った。治療できないはずの病を退ける力をその身に受けたというのに、これっぽっちの欲しか抱かない。純粋で無知な子供故ではあるのだろうが、それでも忌み子として扱われてきた若いカラスにとっては奇妙な事であった。

「ねえほんとに大丈夫?」
「大丈夫ですって……心配しすぎですよ」

発熱を疑い手を額に伸ばそうとするが、そっ……と距離を取られる。そもそもどちらも小柄とはいえ30センチ以上も背丈が違い、サブレニアンは火属性故に体温が高い。あんまりあたしが体温を見てもアテにならないかぁ、と諦めようとして、妙案が一つ。

「じゃあ座ってて、ひざ掛け取ってくるから。今日はよく冷えてて寒いから、ララテアさんやコルテちゃんの分も取ってくるよ」
「えぇ、お願いします。随分と今日は寒いようですから、二人も喜ぶと思います」

任せて! と胸をトンッと叩いてから廊下をぱたぱたと走っていく。それを見送れば、緩慢な動きで椅子に座り、そのままカウンターへと腕を乗せその上に突っ伏した。
戻ってくるまで目を瞑っているつもりだったが、思った以上に眠気が襲ってきた。そのままもう一度眠りにつき、寝息を立て始めた。それを見計らったようにサブレニアンはひざ掛け、ではなく毛布を一人分持ってきてクレアにかける。翼のせいで上手く身体を覆ってはくれなかったが、ないよりはマシだろう。
そのまま急いで階段を駆け上がり、まだ起きていない二人の部屋の扉を派手にバァン!! と開け、容赦のない目覚ましボイス。

「大変大変! クレアお姉ちゃんがお熱出した!!」
「なんだって!?」

おはようございます無事に一瞬で目が覚めました。飛び起きたララテアとコルテを身支度させないまま引き連れて、急いでカウンターへと向かう。自身の腕を枕にし、カウンターで眠るカラスの額に躊躇なくコルテは手を伸ばした。

「あっつ!? ララテアお兄ちゃんが熱出したみたいになってる!」

基本的に火属性は体温が高く水属性は体温が低くなりがちで、憑依型であれば更に野性による体温差が顕著に表れる。火と似た性質である陽属性を主に使用するといえど、主属性はあくまでも光属性だ。変異種特融の事情があるのかもしれないが、ここには白いカラス以外に変異種に詳しい者はいない。ましてや医学に通じている者も誰一人としておらず、これがどういった状況かどうかも分からない。

「クレア! おい、大丈夫か!?」
「ぅ……」

小さくうめき声を上げて、ゆるゆると頭を上げる。顔には汗が滲んでいて、瞼も腫れぼったくなっている。ここでようやく毛布がかけられていることに気が付いたようで、翼にかかったそれを弱弱しく握り、かぶり直した。

「……あぁ、すみません、ご迷惑をおかけするつもりはなかったのですが……」
「迷惑なんてことはないから、頼むから何でもないように振舞おうとしないでくれ。無理なんかしなくていいから」
「…………すみません」

このまま体調不良を隠し通すつもりだったのだろう。それは迷惑をかけたくないからという理由ではないのだろうな、とララテアは察する。身を強張らせ、声を震えさせる様子から少なからず恐怖や怯えといった感情があるように思えた。
原因に心当たりがないかを尋ねても、首を横に振る。大規模な野性を発動した反動の可能性をまず疑ったが、あの程度クレアにとってはどうということはないらしく、発動直後に疲弊している様子はなかった。ただの熱病であれば問題はないが、本人にとって慣れない試合があったことや変異種という人とは異なる野性を持つことから、素人判断は間違いなく危険だとララテアたちは判断する。

「あたしのお世話になってるお医者さん呼ぶ……?」
「あの人はパスしたいなぁ……サブレニアンには事情は言えないんだけど……」
「アルテが信頼できる医者を回してくれるっては言ってたけど、今日本当に来るかどうかは怪しそうだったよな」
「待ってたらいつか来るんだろーけど、そもそもそのお医者さんの想定外のことが起きてるからね」

最適解を模索するが、どれもリスクが付きまとう。クジャクの医者は実際に襲われた以上極力近づきたくない。アルテの信頼できる医者を待つには手遅れになる可能性がある。賭けて全く知らない医者を頼るのは、そもそもそれができないからアルテに相談した。故にそのどれもが避けたい解答だ。
この街で誰か他に頼れる人物が居れば、その人のツテを辿ることもできるだろう。そんな人物がいないから動けずに居るんだと、コルテは選択肢から除外しようとして思いとどまった。
一人だけ居る。レンジャー業もしているがため街に居ない可能性もあるが、宿に最後に来たのは一昨日の夜。街の外へ出かける準備期間を加味すれば、まだ街に残っている可能性はある。

「ララテアお兄ちゃん! 相談できそーな人思いついたから探してくる! お兄ちゃんはクレアのこと見てて!」

おはよう、と起きてきたシカの亭主を横切り、コルテは宿を飛び出した。何事? と首を傾げていたが、すぐにシカは事態を理解することとなった。
まだ多くの人は眠りについているカルザニアは、世界一の人口を誇る城下町とは思えぬほど静かで閑散としていた。どうか見つかりますようにと願いながら、イヌは夜明けの街を走った。

 

  ・
  ・


「ど、どうかなフィリアちゃん……早朝くからやってるお店で、この静かな街の中食べるモーニングがすっごく美味しいんだけど……」
「うん! すっごく美味しい~! こんなに早くからモーニングやってる場所なんてあったんだぁ、知らなかったなぁ~」
「そ、そうなんだ! よかったぁ、ずーっと君に紹介したかったんだ!」
「えへへ、嬉しい! この静かな場所で、二人きりで……って、すっごく特別感あっていいね!」
「分かってくれるかい!? へへ、僕も嬉しいよ……!」

きゃぴきゃぴとしたバカップルの会話に聞こえるが、自分がタダ飯を食べられるというメリット付のフィリア流ファンサービスである。あざとく振る舞いファンを利用しているようにも見えるが、合意の上で行われているので何も問題ない。むしろファンがお金を出すので付き合ってくださいと頼み込んでいる。なので決して騙して誑かしているわけではない。
テラス席で朝日が昇る景色を眺めながらモーニングが食べられるお店で、フィリアはファンの一人と食事会をしていた。ファンのために付き合っているのではなく、ちょっと付き合うだけでタダ飯にありつけるという損得勘定でオッケーを出しているとんでもないウサギだ。これが決して詐欺ではないことが最早詐欺である。

「あたし早起き苦手なの、だからね……こうしてあたしの知らない世界を教えてくれたの、すっごく嬉しいの。ほんとにお誘いありがと~!」
「僕も……苦手なのにこうして付き合ってくれてありがとう……この好きな時間、好きなお店に……いつか君と来たかったんだ」

男は木製のカップに入ったミネストローネを、赤くなって緩む口を誤魔化すようにスプーンで啜った。鼻を抜けるトマトのさっぱりとした香りがきゅっと引き締めてくれる。よく煮込まれたじゃがいもや玉ねぎはスプーンで簡単に崩れるほど柔らかく、口の中で解けるようにほろほろと崩れた。
ちょろいなぁ、と内心ぼやきながらバターロールを小さくちぎり、ミネストローネに浸してから食べる。朝早くから付き合わされることにはなったが、人の少ない時間帯にひっそりと食べる朝食は悪くない。一人で行くには早起きしなければならないというハードルが高すぎるので、まず来ないだろうが。

「フィリアちゃんは早起きは苦手?」
「あたしは夜が好きでぇ、ついつい夜更かししちゃうなぁ~ ウサギに生まれたからには月見て跳ねなきゃだめじゃん?」
「あはは、なるほど! ウサギらしくてすっごく可愛い! そっかぁ月かぁ、じゃあ今度は月を眺めながら食べられるお店探しておくね!」
「ほんと!? 嬉しい~! 楽しみにしちゃお!」

店選びのセンスが壊滅的であれば二度目はなかったが、ウサギのお目にかなったので第二回食事会 ~ウサギの代金は男持ち~ の開催が決定した。言うほどウサギは楽しみにしていないことは黙っておくとして。

「……あっ! いた! フィリアさん!」

早朝モーニングに付き合ってもらった男も運が良かったかもしれないが、それ以上に運が良かった人物はコルテだっただろう。早朝だというのに起床して、それも外に居たのだから。空気こそ読めるが読んでいる場合ではない。走るときの獣のように両手を前足のように動かし、四足走行でフィリアの元へと駆け寄った。

「ちょっと、なんだ君は!」
「じゃ、邪魔してごめんなさい! その、頼れる人がフィリアさんしかいなくって……」
「こっちは3か月も待ってやっと念願のデートができたんだ! それを邪魔される筋合いだって僕にもないね! せっかくの時間をどうしてくれるんだ!」

いや、まるで人が何股もして日替わりランチのようにデートしてる風に言うな、とフィリアは心の中でツッコミを入れたが表情を崩さない。代わりに近づいてきたコルテに、相手には分からないように耳打ちをする。

「おい。一芝居すっから合わせろ」
「え――」

次の瞬間には、両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる。しっかりと上目遣いで、可愛らしさを武器にするためにしおらしく目を潤ませて。

「ごめんね! この子、最近こっちに来た子だからこの街の勝手が分からないの……あたしがこの間道案内して、それでまた困ったらあたしを頼ってねって伝えちゃって……」
「でもそれは僕には関係ないだろ! 僕にとって大切な時間がこんな子供に邪魔されていいはずがない!」
「あたしは子供に優しい人が好きだなぁ~……けど、そうだよね、あなたは納得できないよね、そうだよね……」

う、と言葉を詰まらせる。子供に優しい人が好き、と言われれば幻滅されないためにも子供に優しくしなければならない。今にも泣き出しそうな瞳で俯かれてしまえば、男としてはそれを許容を強制されているも同義なわけで。

「……ご、ごめんね! うん、大丈夫! ぜーんぜん! だって子供が困ってるんだから、優しくするのが大人だよね!」
「ほんと? でも、あたしのせいでせっかくのモーニングが……」
「フィリアちゃんのせいじゃないよ! 困ってる子供を放っておけない優しいフィリアちゃんで、むしろもーっと好きになったというか!」
「そっか、それならよかったぁ……これで、嫌われちゃったかな? って思って……」

指で涙を拭うようなそぶりこそ見せるが、完全に嘘泣きである。合わせろ、と言われてもこのピンク色の無駄に甘い空間から放り出されているコルテは、ただただ目をぱちくりさせることしかできない。すでにこの場の空気から放り出されている。

「じゃあちょっと行ってくるね」
「え? ここで話を聞くだけじゃダメなの?」
「こんなに急いであたしのところに来たのに放っておけないよ~! ごめんね、今度あたしも1つお気に入りのお店を紹介するから、それでチャラ……ってことで!」
「フィリアちゃんのお気に入りのお店!?」

もう一度一緒にご飯を食べられて、それも好きな人のお気に入りの店を紹介してもらえる。ファンにとって、これほど嬉しいことはない。むしろありがとうございます、と首を全力で縦に振ってオーケーした。ありがとう! と最後に満面の笑みを浮かべて、後日落ち合う場所を簡単に決めれば席を立ち、コルテの左手を握り、再び耳打ち。それじゃあね、と別れの挨拶を残して離れていった。

「赤の他人が居る場所だと俺『として』話しづれぇから、ひとまず朝の陽ざし亭のお前らの部屋に上がらせてもらうぜ。お前もそっちの方がいいだろ?」
「え、えっ!? 口が悪い!? えっ、ピンクできゃるんきゃるんしてない!?」
「その反応はもうララテアで見たぜ。おらっ! 吹っ飛ばされねぇよーにしっかり捕まってな!」
「え、あ、ちょ、まっ――」

ギュンッ! と風の如く走り出す。容赦のない所業の結果、早朝から起きている人はうわああぁぁぁぁ…… と、コルテの悲鳴をドップラー効果付きで聞くこととなった。


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