海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 2話「予兆」

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「野性カルテ、P5 L-α Crow。
 常時異形化が見られるほどの強い野性。それも、これはアルビノと呼ばれる変異種。今回は珍しい人を拾ってきましたね」
「俺がそんな何度も人を拾ってくるみたいに言うなよ。確かに2回目だけどさ」

村に戻り、自室で少女を寝かせた後。お隣さんであるヒーラー ―― 医学ではなく野性の力を使い、人の傷や病を治す人 ――、アルテを呼んだ。20代前半の女性で、若草色のくるりと巻いた髪の毛が特徴の、羊の野性を持つ女性だ。ゆったりとしたロングスカートをふわりと揺らし、自身の口元に手を当て思案する。

「ランク5の野性は1000人に1人の割合だと言われています。変異種となれば、更にその数は減ります。少なくとも、普通の人と同じ人生を歩むことは難しいでしょう」
「訳アリってのは分かってる。この人の傷、全部人為的なものだ」

モンスターは人間より遥かに大きい。多くの場合はその巨体に襲われた場合、一撃で簡単に致命傷となる。対して少女の傷は全て細かく、無数にある。外傷の様子から人間に傷つけられたのだと推測した。

「私たちヒーラーは、他者の野性を活性化させる、あるいは同調させることで自然治癒力を高め、治療します。ですが、強い野性の人や遺伝子が不安定な人は、これが引き金となり暴走を引き起こしてしまうことがあります」
「なるほど、野性的治療は危険ってことだな」
「はい。ですが、医術であればある程度対処が可能です。ヒーラーでもありますが、医者でもあります。ご安心ください」

柔らかく微笑むと、アルテは肩から下げていた鞄から治療するための薬品を見繕い始める。ヒーラーの治療法は相手を選ぶが即効性があり、医者の治療法は相手を選ばないが即効性がない。どちらにもメリットとデメリットがあり、どちらを選ぶかは基本的に治療される側の人間に委ねられる。薬漬けにされることを受け入れられない人間も居れば、他者が持つ癒しの力を受け入れられない者も居る。
野性を宿した人間は身体能力だけではなく、自然治癒力も向上している。アルテの見立てでは、一週間安静にすれば完治するそうだ。されどララテアの表情は暗く、ぎゅっと拳に力が込められていた。

「ララテアは力が入ると周囲が燃えちゃうので気を付けてくださいね」
「あっ、き、気を付けます……」

慌てて拳を解く。連れてきた怪我人と突然の放火心中にはならなかった。
ララテアという人物は落ち着いて物事を考えることができるが、少し血の気が多いところがある。手が早いとまではいかないが、感情的になりやすい。燃えづらい家具を置いているとはいえ、やはり危なっかしいところがあった。

「……ぅう…………」
「あ、起きた! おい、お前自分が分かるか、名前は言えるか?」

うめき声が聞こえ、跳ねるようにララテアはベッドへと近づき、肩に触れる。ルビーにも似た深紅の瞳がゆっくりと開かれると、心配そうにのぞき込むその姿が映りこんだ。

「―― っ!!」

覗き込まれていることが分かるなり、飛び起きて腕を振り払い、距離を取ろうとした。しかし痛めつけられた身体を無理に動かそうとすれば、それは激痛となって少女に襲い掛かる。ぎゅうと身体を丸め、堪えるように蹲った。
払いのけられた手がじんじんと痛む。ララテアは自分の布を巻いた手を見つめ、それから少女の方へと視線を移した。身をこわばらせながら睨みつけられている。敵意というよりかは警戒や不信といった、自分がこれから何をされるかを疑っている表情であった。それは、彼女の身に受けている怪我を思えば凡そ察しがついた。

「悪い、いきなり触って軽率だったな。俺たちは危害を加えるつもりはないから安心してほしい」
「……そう言って、私をどうするつもりですか? 危害を加えるつもりはないと言いながら、なぜあなたは触っていたのですか?」

あぁ、根深そうだ。触れることすら難しそうだが、このまま放っておくわけにはいかない。ララテアは振り返ってアルテへ協力を仰ぐ。アルテはゆっくりと頷くと、用意が終わった治療道具を携えてララテアの隣へと歩み寄った。

「この子、ララテアがあなたを見つけてここまで運んできてくれたのですよ。触っていたのは、意識がない人へ呼びかけるときの基本ですから。
 それはそうとして、です。ここがどこだかは分かりますか?」
「…………」

口を噤んで、返事は返ってこなかった。返事がもらえずとも構わない。疑ったままでも構わないので、まずは敵意がないことを示したい。この村の者でないことは、ララテアもアルテも分かっていた。ピュームは広く、村人を全て把握できているわけではない。しかし、野性ランクが5の、それも変異種が住んでいるとなれば、この村では知らない人はいなくなるだろう。それだけ、野性ランク5の変異種は特別な存在なのだ。

「ここはピューム村。スドナセルニア地方の最西端にある村です。
 スドナセルニア地方でもトップレベルに治安のいい場所ですよ。行き倒れている人をこうして寝かせて手当しようと思う人が居るくらいにはね」
「あの、そんなに俺が助けましたアピールをされると恥ずかしくなるんだけど」

分かっている、これはお隣さんのいい人自慢ではなく無害アピールだ。ばしばしとララテアは肩を叩かれ、むずがゆさを覚えて顔を逸らした。少し疑い深い人であれば、わざわざ場所を教えて自分がどういった立場にあったかを教えるはずがないと判断できたことだろう。しかし、この少女はそれでもなお怪訝そうに二人を睨みつけているのだ。

「うーん。アルテ、コルテのときとおんなじだと思う?」
「どうでしょう。3年前のコルテは何も覚えていませんでしたが、この方ははっきりとご自身のこと覚えておられるようですし……」

ここで少女が疑問符を浮かべる。自分の知らない者の名前が出てきて、自分が今ここに居ることが人違いだと考えたのだろうか。待ってください、と声を上げた。

「私はその人を知りません。ましてやこれは私の問題です、3年前の出来事なんて何も知りませんし関係ありません!」
「……つまり、訳ありってことは合ってるんだな」

最も、それは分かり切っていたことではあるが。ララテアは一つため息をついて、改めて少女のことを見つめ、思考を巡らせていた。
3年前、モンスターが何かに怯えるように逃げていた日にコルテを拾った。彼女には外傷はなかったが、記憶を失っていた。コルテという名前も、彼女の服の中に入っていたネームタグの名前に過ぎず、本当に彼女の名前かどうかは分からずにいた。モンスターが怯えるように逃げたのは彼女に対してだったとも考えられる。しかし、そう考えられる理由は『見つけた際にモンスターに危害を加えられた痕跡が見つからなかった』点しか挙げられない。
白いカラスの彼女は村の外で見つけたこと以外、状況が異なる。モンスターは興奮状態であって何かから逃げているわけではなかった。記憶もはっきりとしており、人為的な傷についても本人は覚えている。たまたま村の外で人を見つけることが重なった、と考えるのが妥当だろうか。
村の外で人を見つけること自体は珍しくはない。ただし、無防備な人間の大半はモンスターに食われてしまうため、そのような人間が無傷で見つかることは珍しいことだ。目の前の人物は無関係だと言っている以上、無関係でいいのだろう。そう結論付けたところで、ある意味タイミングよくこの部屋にぱたぱたとコルテが駆け込んできた。

「ララテアお兄ちゃん! 調べてきたよー!」
「しぃーっ! 怪我人が居る! 大声出さない!」

おっと、と口に手を当てる。手遅れ感が半端ないが手遅れである。
内緒話にした方がいい? とコルテが耳打ちをする。あまり白いカラスの少女に聞かれたくはないが、下手に聞かれないようにした方が疑いに繋がるだろうと判断した。普通の声量でいいとコルテに伝えると、分かった! と胸を張って報告し始めた。

「知らない匂い、ベースキャンプにあったよ。焦げ臭かったから最近誰かが使ってる。
 あとはそのお姉さんのカラスの匂いと、あと知らないカラスとかワシとか、トリ系の野性の人間の匂いしてた」
「――!」

知らないカラスの匂い、と聞いて少女の表情が明らかによくないものになった。思い当たるものがあるのだろう、息を詰まらせ、冷や汗が流れ落ちる。雫がシーツに吸い込まれると同時に、村の上空で大型の鳥型のモンスターが鳴いて、人間には目もくれずに遠くへと飛び去っていった。


「いけません、早く行かなければ」
「事情は何となく察したよ。良くない人に追われてるんだろ?
 だったら今は外に出るのは危険だし、何よりピュームの外の海路は危険なモンスターが多すぎて危険だ。お前、東から来ただろ?」

どうしてそれを、と目を丸くする。スドナセルニア地方の最西がピュームであり、陸地であればこの辺りのモンスターは倒しやすいものが多い。住みやすく巨大な王国があることから、地方別に人口を見たときにスドナセルニア地方の人口が最も多いのだ。
対して少し海を渡れば凶暴なモンスターが多く、海路として活用するには一人では命を投げ出す行為に等しい。空路を使えばまだマシになるが、今の彼女の翼では満足に飛ぶこともできないだろう。そしてピュームは東にしか陸地が広がっていない半島に位置している。地理やモンスターの生息状況を考えれば、一人の力であれば東の陸地から来た可能性が高かった。

「あとは……あなた、ノルザバーグ地方にある境界の村ウルナヤ出身でしょう?」

確認するようにアルテが少女に尋ねる。ララテアとコルテにとっては馴染みがない地名のようで、首をかしげていた。
アルテの問いかけは正解だというように、こくりと白いカラスは小さく頷いた。

「ララテアたちは馴染みがないと思うので説明しますね。ノルザバーグ地方はスドナセルニア地方の東側に広がる広大な大陸のことです。境界の村ウルナヤは、ノルザバーグ地方とスドナセルニア地方の境界線となる山の中にある、トリ系の野性の人間たちが住む集落です。
 ノルザバーグ地方は広さに対してぽつぽつと閉鎖的な村ばかり。そのため因習村が多い地方でして」
「因習村」
「もうそれが全て物語ってんじゃん」

かつてはウラル山脈と呼ばれていたそこは、ヨーロッパとアジアを分ける役割を果たしていたそうだ。今でも名前こそ違えど、2つの地方を分ける境界の役割は残っていた。その山脈の中に存在するウルナヤは関所としての役割を果たしている、というわけではない。むしろトリ型の野性を持つ人間が築く閉鎖的な村は、よそ者を受け入れず迂回を強制させる。山脈の中でも特に道も標高も厳しい場所にあるため、あえてここへ向かう方が大変ではあったのだが。

「……そこまで把握されているなんて」

諦めたようにため息をついて、両手を挙げる。降参の意思を示し、すぐ傍に面していた窓の外をちらりと見て、強く唇を噛んだ。
外は穏やかで緑が広がっていた。家がいくつも建っていて、決して過疎地域ではない。子供の遊ぶ姿や、近所の人が何人かで井戸会議をしている姿も伺えた。
そうして視線を戻し、改めてララテアたちを見る。それがどうしても悲痛なものに見えて、ララテアは拳を握りしめていた。

白いカラスは、いくら黒衣を纏っても黒いカラスにはなれませんでした。
 忌み子なんです。不吉で規律を乱す、よくないもの。私をここへ置いておこうなど、やめた方がいいです。直に、あなたたちにも不吉なことが起こり――」

言い終わるより先に、カラスの言う通りとなった。



「うわぁ! なんか降ってきた!?」
「おい、これ、火属性コンドル型じゃ!」
「うわぁあああああ助けてくれぇえええええ!!」

大型のトリ型のモンスターの鳴き声が響いても、彼らは人間を食べるために陸へ降りることは殆どない。人間を一人食べるより、小型のモンスターを食べる方が効率がいいからだ。そんなモンスターが人間を捕食するべく、空から一軒家を目掛けて空から急転直下する。翼からは炎が舞い上がり、瓦礫同然となった家に燃え移り、盛る。

「お、お前ら!? 生きているか!?」
「助けに行くな! 食われる前に逃げろ!」
「早くサヴァジャーを呼べ! これ以上被害を増やすな!」

モンスターに襲われ、死ぬ者は少なくない。こうして理不尽に襲われることだってあり得ることだ。
闘える者はすぐに集まり、被害の拡大を食い止めようとする。この村にサヴァジャーは少ないとはいえ、想定できている災害だ。すぐに駆け付け、討伐のために拳や武器を振るう。
その騒ぎは、ララテア達のところからあまり離れてはいなかった。ワシという巨大な弾丸が地面を揺らし、転びそうになるが両足に力を籠め堪える。外へと飛び出そうとした刹那、白いカラスのすぐ傍の壁が破壊される。

「! おい、大丈夫か!?」
「なっ、なに!? 何が起きてるの!?」

こちらはモンスターの襲撃によるものではなかった。砂と木くずが煙となり、辛うじて人影を認識できる状況だった。ララテアは急いで少女をこちら側へと引き寄せようと手を伸ばすが、そこにいたはずの彼女を掴めず、掠めたのは虚空だった。

「ほら言わんこっちゃない。こいつはすぐに人様に迷惑をかける」

一人分の低い男性の声。煙が晴れてくれば、大柄な人間に少女の細い腕が掴みあげられていた。少女と同じく背中から翼が生えており、それは少女とは違う漆黒のカラスの翼をしていた。
他にも男が二人傍についており、一人は同じくカラスの翼を、もう一人は小柄ではあったがタカの翼を持っていた。

「随分と大きな火属性コンドル型だったなあ。
 この村にそんな不吉なものを呼び込むなんて……」
「わ、私は、そんなことっ……!」
「していない、って言えるのか不吉な白いカラスが!」

力がこもり、細い腕が折れると思った。白いカラスを虐げている者がはっきりと人だと判明すれば、ララテアは一歩前へと出た。

「……そいつを離せ」
「あ?」
「そいつを離せつってんだドブ色のカラス野郎が!」

啖呵を切る。拳からは炎が燃え上がっていた。
コルテは数歩引いていたが、意を決したようにララテアに並ぶ。バチバチと雷が音を立て威嚇となる。しかし、炎も雷も、黒いカラスには何のけん制にもならなかった。

「おいおい、人の話を聞いていたか?
 こいつがこの村に居る限り、また良くないことが起きるぞ?」
「例え起きたとしても、望んで起こしてるようには見えない。第一、白色に生まれただけで不吉だって決められてたまるか!」
「威勢がいいけどさ。ねぇ、罪の子クレア、君は助けられたい?」

小柄なワシが、白いカラスに耳打ちをする。

「君なんかを助けようとする優しい人たちが、君のせいで傷つくんだよ?」
「…………っ」

外を見れば、まだモンスターは暴れていた。
コンドル型の中でも大型のそれは、翼を広げれば10メートルはあろうかというサイズであった。自在に空を飛び、人間の反撃を容易く避ける。大型だといえど、空を飛ぶ生き物に攻撃を当てることは難しい。加勢する者こそ増えたが、手こずっていることはここからでもよく分かった。
手を振り払おうと、少しは抵抗していた。しかし見せられた不幸の一幕が、何より関係のない者を巻き込んでしまった罪意識が、その意志を諦めさせてしまった。だらりと手から力が抜ける。満足げに、黒いカラスが笑った。

「……抵抗して、すみませんでした……
 どうぞ、私のことは好きにしてください……ウルナヤへの帰還も……従い、ます」

そうして、連れていかれる寸前に。
一度だけララテアを見て、くしゃりと無理やり笑みを作った。

「……あなたの優しさは、どうか別の人へ向けてください」

ばさり、トリが羽ばたく音が響いた。
残された者は、空へ飛び立ってゆく者をただ見つめていることしかできなかった。