海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 6話「方針」

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おおよそかつてのドイツに位置する、カルザニア王国。スペインの文化であった闘牛や、古代ローマの闘技場の文化を取り入れ、人間同士が戦う文化を築いた。この世界の『当たり前』を先駆けて取り入れ秩序としたこの王国は、今や世界規模で人間の生活基盤を整えている。人口が最も多いこの場所はいくつかの区画で分かれており、ララテア達がまず最初に足を踏み入れた場所は最西端に位置するリュビ区だった。

「はい、問題ございません。ピュームからようこそ、カルザニアへ!」

入国のために、高い石垣に用意されている門で簡単なチェックを受ける。カルザニアは商人をはじめ人の出入りが多く、荷物の検査や入国許可の確認が必要となる。とはいえ、人体から無理やり採取した違法な素材を持っていないか、違法薬物を持ち込んでいないかのチェックが主である。それでも怪しい人間の入国を減らすため、出身場所の街や村を取りまとめる者が発行できる『外出許可書』を提示するルールを、大きな街や国では必須とした。
彼らの外出許可書を与えた者はピュームの村長だった。移住先で許可書を発行するパターンはそこそこあり、この行為は違法ではない。秩序を取り締まる者がこの人間は安全だと判断した。それを証明できれば、出身場所などそう問題にならないのだ。

「村長、私の分まで用意してたんですか」
「だから姿を消して石垣を超えようとか考えなくていいって言ったろ?」

この場合は不法侵入でバレたら普通に罰されるので良い子は真似しないようにしよう。バレることはそんなにないけど。
夕暮れに染まる空の下、クレアがほっと胸を撫でおろしたのもつかの間だった。門を潜れば、ピュームやウルナヤとは比べものにならないほど人で賑わっていた。レンガで整備された道の両側には建物が並んでいる。道は人が通る以上に広く整備されており、荷車などで素材や加工品を運びやすくしている。その中に、人同士が決闘を行うために時折広場のように開けた場所が設けられていた。
リュビ区は特に物資の流通が多いため、道を幅広く作られている。また、門と面している場所であるからこそ、人の行き来を想定して宿が多い。商人向けであるが、他の街からの来訪者を歓迎し、長期滞在を可能とする場所も多い。人間的に休める場所を探すことはそう難しくはないだろう。

「流石カルザニア、人が多いな」
「迷子になっちゃだめだよ、ララテアお兄ちゃん」
「俺が迷子になってもお前がイヌの嗅覚で見つけてくれるから安心だな~」

銀貨を一枚、ララテアはコイントスのように弾いた。カルザニアに来るまでに狩った素材を門で売却したこともあり、路頭に迷うことはない。サヴァジャーが狩ってきた素材を門で即座に買い取ってもらえるここは、彼らにとっても気軽にモンスター討伐が行えるためありがたいシステムだ。勿論持ち込むことはできるため、融通したい人間の元へ自ら届けることもできる。この街は、どこでもサヴァジャーを軸に秩序が築かれている。

「じゃ、さっさと宿を見つける……前に、はぐれそうだから手借りるぞ」
「え、あ、ちょっと!?」

有無を言わさず、ララテアはクレアの手を一方的につなぐ。手袋越しであっても、ララテアの手に小刻みな震えが伝わった。振り払おうと手を上げられたが、そのまま無言で自然な位置へと戻されていった。

「私は?」
「お前は俺が迷子になっても見つけてくれるだろ」
「ララテアお兄ちゃんが迷子になる前提だったの!?」

2人が手を繋ぐ姿は自然であるが、3人が手を繋ぐと急にご機嫌な光景になる。ララテアもコルテも流石にちょっと嫌だったため、そう言いながらもお互いにご遠慮した。お互いに街に慣れてはいないが、抵抗があるわけでもないので別に2人が繋ぐ必要はない。
日が沈みきってしまえば、そこの白いカラスは問答無用で寝落ちをしてしまう。やや急ぎ足でララテアたちは宿を探し、即決をする。そうして選ばれたのは、大通りから離れた細い道に建つ『朝の陽ざし亭』だった。10人程度くらいの寝泊まりが精いっぱいといった、宿泊所としての規模は小さい場所だった。外装は整っており、扉を潜った先でも木製の温かみを感じられる場所であった。カウンターにはシカの野性を持つ男性の亭主が朗らかに出迎えた。

「おや、うちに3人も宿泊なんて物好きが来たもんだ。ここ、小さくって変なとこに建ってるから、滅多に団体客は来ないんだよ」
「3人は団体じゃないと思う。あーっと、1部屋開いてるか? できれば長期滞在させてほしいんだけど」
「3人で1部屋でいいのかい? 1部屋ずつでも長期滞在のご利用できるよ?」
「それはちょっと、金銭的な問題でな……」

移住の準備を整えてカルザニアへ来たわけではない。ここから移住の準備を整える必要がある彼らは、少しでも出費を抑えておきたかった。苦笑するララテアを見て、亭主は旅行者ではないことを察した。

「けほっ、こほ……お客様? いらっしゃい……」
「こらサブレニアン! 無理に出てきちゃだめだと言っただろ!」

手続きを進めていると、具合の悪そうな子供が部屋の奥から出てきた。銀髪で空を閉じ込めたような瞳をぱちくりとし、ワインレッドと黒のスカートが宙でふわりと揺らいだ。顔色が悪く、壁を支えにしている姿は誰が見ても体調が良くないのだと察せてしまう。子供なりに、手伝おうとして出てきたのだろうか。

「ご病気ですか?」
「あぁ、この子チョウの野性でね……難病を持ってるらしいんだ。プロアスタル地方からやってきた人間がここに連れてきたんだよ。それも死にかけで……」
「えっ、プロアスタル地方から!? よく受け入れたね!?」

コルテが驚きの声を上げて、亭主と子供への視線を何度も往復させる。そうなんだよ、と話を盛り上げ始めた亭主のおかげで、そこのウサギとカラスは完全に置いてけぼりを食らうことになった。
プロアスタル地方はかつてはアフリカと呼ばれていた大陸のことだ。ここに住む者は過去に規律を守れず迫害された人間や、守る気がない人間たちばかりが暮らしている。犯罪が当たり前に起き、結託して他の地方まで法を犯す者すらいるほどだ。
ムシの野性は他の野性と比べ、寿命が短く特定の難病にかかりやすい。出生率こそ高いが幼少期に死ぬ者が多く、年々人数は減少している。プロアスタル地方では例外的にムシの野性持ちが多いが、それ以外の地方だと殆ど見かけることはなくなっている。
亭主曰く、この子供はプロアスタル地方では病気を治せず、見捨てることもできないままここまで連れて来られたのだと話した。他の子供がどうなったかを聞く前に逝ってしまったため、詳細は知らないそうだ。

「盛り上がってるとこ悪いんだけど、部屋借りる手続き進めていいか?」
「あっ、すまないね! えーと、そしたら名前をまず聞かせてもらえるかい?」

手続きを行っている間、クレアは子供へ意識を向けていた。彼らの意識にないところで、白いカラスは己の翼に嘴をひっかける。ぷち、と一つだけ、色のない羽を袖にしまい込んだ。



「良くなるといいですね」

しぃ、と口に人差し指を当てて、羽を仕込んだ方の手でサブレニアンの頭を撫でる。血は繋がってこそいないが、父親の愛を一身に受けて育ってきた子供は、何も疑うことなくその手を受け入れた。好意を信じて疑わない、純粋な子供であった。だからこそ、真っ先に自責に至る。

「……っ!? 白いお姉ちゃん!?」

どさりとその場に崩れ落ちる音の方が、子供の声より早かったかもしれない。慌ててしゃがみ、揺さぶるが意識は戻ってこない。残りの者たちも気が付き、一方ですぐに駆け寄ったのは亭主だけだった。ララテアとクレアは窓の外を見て、静かに顔を覆っている。

「どっどうしよう、カラスのお姉ちゃん、あたしのこと撫でて倒れちゃった! あたしの病気、もしかして移っちゃって……?」

日が、沈んでいる。つまり。

「すいません、それ……寝落ちなんで……」
「寝落ち!?」
「この人、日の入り入眠スイッチの体質なんだ……」
「日の入り入眠スイッチ!?!?」

睡魔に負けて生きたまま床マットと化したカラスは、それはそれは安らかな表情で寝息を立てていたという。



「あ~ 人の文明最高~!」
「ものすごくふかふかでした……地面とは大違いでした……落ち着かないかと思っていたのに……」
「君そもそもベッドに入る前に床でぐっすりだったじゃん」

部屋にはベッドは1つだけだったが、亭主の好意で3つに増やしてもらった。重い家具の移動も、野性を内包する彼らにとってはなんてことはない。流石に部屋の広さの関係上、床の殆どが見えなくなることにはなったが。
見張りの必要がなく、人の暮らしの中で得られた休息でようやく一息つくことができた。彼らは野性的な人間であるが、人間である以上は文明を頼りに生きている。
朝を迎えると、身支度を終えた3人はカウンターで朝食を食べながら今後の方針を決めていた。追っ手から姿を晦ませるために人口の多い場所に移動した彼らは、ここで暮らす術を確立していかなくてはならない。

「ひとまず俺とコルテはこの辺の闘技場で戦って資金稼ぎ、だな。外でモンスター討伐してきてもいいけど、できるだけ顔を広めておきたいんだ」
「それは危険じゃないですか? 下手に目立つとそれこそ追っ手があったときに見つかりかねませんし……」
「勿論リスクもある。けど、何かあったときの保険になる。名前が知られてるやつと、そうじゃないやつ。何かあったときに、助けを求めて助けてもらえるのって前者だろ?」

名声とは、力だ。人が存在を認知し、記憶に刻み込まれる。スラム街の子供が攫われたとして、誰がその行方を追うだろうか。評判のいいサヴァジャーが突然居なくなったとなれば、対犯罪組織が少なからず事件性を感じて動く。それ以外にも何かしらの縁が生まれ、協力者が増える。悪意なき方法で、自分たちにとっての敵を敵と晒し示すのだ。

「なるほど、理解しました。異論はありません」
「私も異論なし! そしたら今日はチューナーさんを探して検診してもらえそうなとこ探しかな」
「あとは……クレアってサヴァジャーの資格ないんだっけ。取っておいた方がいいよな」

チューナーとは、内包する野性に対する医療関係者の総称だ。身体や精神的な作用をコントロールし、調律する様からチューナーと呼ばれるようになった。現代の精神科に近いが、人間ではなく内包する野性に対して治療を行う。
闘技場に出場する場合、チューナーによる検診が必要となる。人に怪我をさせた際に感染させる病気など、サヴァジャーにとって死活問題となりかねない病気を持つ者を事前に弾くための制度だ。また、野性が暴走し、相手を過度に傷つけかねない場合にもストップをかける。彼らによって、サヴァジャーの存命維持が成されていると言っても過言ではない。

「強化術に特化している私でも取れますか?」
「そういうやつは、戦えるサヴァジャーと共闘で試験に挑めるぞ。ちゃんと分かりやすく力を示す必要があるけどな」

朝食に提供されたクリームシチューのスプーンをララテアはくるりと回す。ガルムというミルクの代わりになる植物を使ったそれは、素朴な味わいで田舎暮らしの彼らにとってはどこか安心感を抱いた。相変わらずクレアはすぐに食べ終わっているし、コルテはすぐに満腹になるらしく器の中に半分ほど残っている。

「じゃあ今日は……チューナーさんを探して診断書作ってもらってサヴァジャー試験の予約をして、って感じ?」
「やることの密度がえぐいな。これが知ってる場所だったらともかく、探し出すところからスタートなんだよなあ。闘技場の場所も把握しときたいし……」

決して食べる速度は遅くないはずの、一人食べ遅れているララテアが残りのシチューを食べ進めながら思案する。地図か何か借りれないか相談しようか、と話し合っていると、昨日と同じく奥からサブレニアンがひょっこりと現れた。

「ね、ねぇ白いお姉ちゃん、昨日あたしに何かした!?」
「いいえ、何もしていませんよ。どうかしました?」
「今日すっごく調子がいいの! 昨日倒れちゃったの、ほんとにあたしに何かしたからじゃない……?」
「昨日のあれはまさしく寝落ちなので忘れてください」

羽に異形化した耳まで真っ赤になる勢いだ。クレアはぷいっと顔を隠し、サブレニアンからの追求から逃げる。何かしたから倒れた、ってことにした方が恥ずかしくなかったんじゃ、とコルテは考えたが言わない優しさを選択した。

「それでね、お兄ちゃんたちあちこち行きたいんだよね?
 今日元気だから、午前中はお出かけしていいよってお母さんとお父さんからお許し貰った! リュビ区でよかったら道案内できるよ!」

えっへん、とかわいらしく胸を張る。昨日の顔色の悪さや咳が嘘のようで、難病を抱えている女の子だとはとても見えなくなっていた。ふらつきもなくなり、すぐに倒れる様子もない。連れていっても問題ないだろう。

「じゃあ……せっかくだから案内してもらおっか。クレアもコルテもいいよな?」

異論なし、と首を縦に振る。やった~ と無邪気にその場でぴょんぴょんと跳ね、クレアへと駆け寄った。イヌの憑依型であれば、今頃しっぽをぶんぶんと振っていたことだろう。

「病気、治してくれてありがと!」
「……ですから、私は何もしていませんよ」

そう答えて、柔らかく笑む姿は確信犯のそれだった。
人は都合のいい事象を奇跡と呼ぶ。白い翼は、人に奇跡を与える偶像のようでもあった。それをララテアは、頬杖をついて遠くから眺めていた。
何をしたのかを、結局ララテアは追及しなかった。何となく隠し通そうとして、それでも子供の苦しみを無視できなくて行動したように見えた。今追及しても、しつこいと一蹴にされて終わりだろうと。

 

 

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