海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

天威無縫 1話「邂逅」

西暦2800年と少し。
この世界には、かつては何の力の持たない人間が暮らしていた。人間は優れた知恵を持っており、それを武器にすることで爪や牙を持つ野生動物を狩り、弱肉強食の理から外れた動物として君臨していた。
しかしある日、魚や虫といった生き物も含め、野生動物が急激に凶暴化・巨大化した。原因は今だに解明されておらず、解明する以上に野生動物への対抗策や生きる術の模索に力を注がれた。知恵だけでは対抗することができなかった人類は、今では世界で約3憶人ほどしかいない。
そうして人間は世界に順応できず、野生動物に淘汰され恰好の餌食となったのか、というとそうではなかった。彼らは野生動物の本能や能力を身体に取り込み、彼らの持つ武器と同じものを手にした。そうして彼らはかつての文明をほんの少しだけ残しながら、現代では考えられない形で再度繁栄したのだった。
野性の本能を力として、時に仲間同士で競い合い、時に野生動物に立ち向かう。それは動物の身体能力だけではなく、炎や水といった魔法のような力も持っていた。その力を『野性』と、そして身体に内包される野性を利用して闘う者たちのことを、この世界では『サヴァジャー』と呼んだ。


昔のヨーロッパこと、スドナセルニア地方。大陸からいくつかに分類される地方の中では最も栄えており、世界人口の2割がここに集まっているとされている。野性を利用し生きる人間には闘争本能が宿るようになった。それを満たすためにサヴァジャー同士の闘技場を一番始めに作ったのが、この地方に属するカルザニア王国であった。
今では野性を持たない人間はいない。そのような人間は、移り変わる世界の理に順応できず死に絶えた。今を生きる人間の全てが闘争本能を所有するわけではないが、獣の力を有する人間にとって戦闘は娯楽では済まされない。闘争は、必要不可欠な文化となっていた。

「さぁやってまいりました、ヴィーナス杯! 予選を通過したサヴァジャーは全員で16人、ここからは1対1のぶつかり合いだ!」
「あ、ヴィーナス杯の本戦って今日からだっけ? ララテアお兄ちゃんずっと楽しみにしてたもんねぇ~、あの人も出るの?」

スドナセルニア地方の最西端にある村、ピューム村。かつてはポルトガルと呼ばれていた辺りに存在する、海に面した村だ。村と呼ぶには活気があり、土地も広大で多くの人が住んでいた。人口の多くは草食動物の野性で穏やかな気質の人間が多い。
ピューム村はカルザニア王国の西側に位置し、距離も他と比べると比較的近い方だ。王国は活気あふれると同時に、血の気が多く闘争本能が強い者も多い。世界で最も闘技場が多く存在するそこに居心地の悪さを覚え、移住をする者を受け入れるための村でもある。村と言いながらも人口が多く、野性を内包していながらも人間らしい穏やかな生活を送れる理由がそれだった。
そんなピューム村の海に近い平野に、ウサギの野性を内包するラウット一家が住んでいた。両親共にウサギの野性の5人の子供もまた、ウサギの野性を内包していた。両親の野性が異なる場合はどちらかの野性を持った子供が、同じ野性の場合は同じ野性を持った子供が生まれてくる。稀に先祖の野性が子に現れる先祖返りが起き、その場合は親とは異なる野性の上強力な力であることが多い。
その一家の中に、異質な子供が一人居た。5人のウサギの兄弟の中に、1人イヌの野性を持った子供がいた。数年前、この家族の長男が村の外で見つけ、家族は彼女を受け入れた。異なる野性、ましてや血のつながらない子となればお互いに溝が生まれることも多いが、この家族は仲睦まじく暮らしていた。

「ん、コルテか。むしろ、あの人が出るからラジオを付けたんだよ。テレビがあったらよかったんだけどなぁ」
「あれはお金持ちの道楽だもんねぇ。私も隣で聞いてい~い?」

勿論、とララテアと呼ばれた少年が首を縦に振った。オレンジ色の短い髪をしているが、ウサギの耳のように横から伸びた長い髪の途中からは白色になっている。夕焼けの終わりのような瞳の奥底に、沈まない太陽のような明るい色の瞳孔が特徴的であった。
その隣にちょこんとコルテが座る。イヌの野性を内包する、血の繋がらないララテアの妹であった。明るい黄金色の髪に黒いメッシュが入っており、犬耳のように毛が跳ねている子供だった。草原の緑を閉じ込めた瞳が、満足気に目の前のウサギをとらえていた。
母親から借りたケータイの電源を入れ、コードを入力すれば実況が始まる。彼らにとってケータイは連絡手段だけではなく、ラジオを聞くためのツールでもあった。かつて人々が持っていたそれと比べると使用できる機能はごく僅かであったが、彼らにとってはそれで充分であった。
野生動物が凶暴化し、巨大化したこの世界のそれはモンスターと呼ばれ、人間に危害を加える一方で素材や食料を得ることができた。また、モンスターと野性には属性があり、モンスターに対しては固有名称が存在しない。種と表現できるほど姿や能力が統一されていないからだ。代わりに所有する属性と大本になったであろう野生動物の特徴を合わせてそれらを呼ぶ。例えばイヌが元となった火属性のモンスターであれば、それを火属性イヌ型と称した。
属性と大本の動物が同じであれば、同質の素材を得ることができる。ケータイやテレビも、風属性ハト型から取れる素材が持つ特徴を利用しーから得た素材を加工して作られたものだ。利用価値が高く比較的狩りやすいモンスターは、人間も積極的に討伐を行うようになっていた。

「女性サヴァジャーのための祭典! 今年の最強の女性サヴァジャーを決める戦いが始まります!
 一回戦はP3 F-Rhinoceros、炎纏いし一本角ことホドローア・サイアル! 対するはR1 W-Rabbit、天駆ける兎、フィリア・バルナルス!」
「あっちゃあ、火属性のサイの野性の人が相手かぁ。フィリアさんって風属性のウサギの野性だよね、厳しい試合になりそう」

『野性カルテデータ』を聞いてコルテが頬杖を突いて呟く。それからじいとララテアの燃えるような瞳を見た。
野性カルテデータは内包する野性を示す文字列で、始めの2文字が野性の内包タイプと強さを示している。Pは憑依型と言われ、身体を変化させ野性を振るう。対するRは共鳴型と呼ばれ、精神的に野性と同調することで身体能力を底上げするタイプだ。次に型の記号の後ろにアルファベット1文字で属性を示し、ハイフンの後に野性の元となった動物を記す。属性には相性があり、風は火に弱い。他に属性は水と土、光、闇の合計6つがある。
応援している者は風属性でランク1の共鳴型のウサギ。対して火属性でランク3の憑依型のサイとなれば、野性の力としても属性としても相手の方が優位だ。これだけ聞けば、とても勝てる相手ではないだろう。

「……いや、勝つよ、フィリアが」

その言葉は、強さの信頼からでもなければ偶像崇拝の意識からでもない。ララテアは静かに、合理的に判断をしていた。

「相手は戦闘向きな草食動物。だけど重戦士、ってタイプだったはず。風属性のウサギにまず攻撃を当てられない。それに、相性は野性が強ければ強いほど相性の影響が出る。向かい風には変わりないけど、勝てない試合じゃない」

ケータイから聞こえる音の殆どは実況の声だ。そこに雑音のように混じる、地響きと獣を彷彿とさせる咆哮。獣ではなく人間のものだと分かっていても、それは闘争本能を燃やし、衝突する獣と大差はなかった。
聞いているララテアの顔の口端が上がり、目を閉じる。冷静に聞いているようで、身体はうずうずしていた。瞼に焼き付く戦いの景色はない。実際にその人の試合を見たことがない。全てが想像でしかない。強く握られた手からは、微かに炎が渦巻いていた

「ララテアお兄ちゃん、火、火出てる!」
「え、うわあっぶな!」

ぱっと手を解けば、同様に火も宙に吸い込まれるように消えていった。幸い家具や身体に被害はなかった。念のため焦げた場所がないか確認すると、わぁっと歓声が上がった。

「流星のような空からの一撃ー! これはホドローア選手、一たまりもありません!
 そしてフィリア選手、ここで一気に畳みかける!」
「わ、ほんとだ、お兄ちゃんが言ってる通りになった」

ウサギの野性は機動力に特化する。対して身体はさほど頑丈にはならず、力も強くはならない。モンスターから逃げるための野性といっても過言ではないほどだ。故に物理的な戦闘は不得意な者が多い。だというのに今戦っているウサギは肉弾戦を主体とする。野性のランクも最弱であり、現在ではかなり注目を浴びているサヴァジャーであった。

「フィリア選手の圧勝!
 不利な相手に難なく勝利! 我々はR1に対する考えを改めなくてはなりません!」
「凄いよなぁ、R1で、それもウサギの野性でここまでやるんだから」

ケータイの電源を切ると、ぶつりと賑やかだった音声が鳴りやむ。ゆっくりと数回腕を回し、トントンと軽くステップを踏む。それに合わせて小さな火の粉が宙に舞い、落ちる前に輝きが消えた。

「ちょっと身体動かしてくる。コルテ、夕飯までに帰るって母さんに言っといて!」
「はーい、気を付けてね!」

送り出すために手をぶんぶんと振ると、パチパチと静電気が音を立てる。飛び出した際に舞った火の粉と火花が混じり、バチッと一度大きく弾けた。コルテがケータイを手に取ったときには、もうララテアの姿は見えなくなっていた。

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人口が減り、野性による自然エネルギーが利用されるようになったこの世界は、かつての世界の姿を残しつつも美しく広大な自然で構成されるようになった。街や村の外は巨大かつ凶暴なモンスターが跋扈し、弱肉強食の世界となっている。スドナセルニア地方のモンスターは弱いものが多く、気候が安定しており人間が最も暮らしやすい場所であった。どこまでも広がる草原に、変わらないままの森もあれば巨大な生命をも多い隠す大木の森に変貌した場所もある。かつては人が栄えていた場所も、跡形もなくなり自然と一体化した場所が大半だ。
モンスターは元々は野生動物だったからか、獣としての本質が残っている。おかげで人が群れている場所を縄張りの境界線と認識した。それでも小型のモンスターは十分に食料になると人間を襲い、大型のモンスターは人間の存在に気づかずに街や村に侵入し被害を齎すこともある。
サヴァジャーはサヴァジャー同士で戦い、娯楽やエネルギーを生み出し貢献する。一方で安全を約束するためにも、食料や素材を得るためにもモンスターの討伐も行う必要があった。最も義務ではなく任意で請け負うものであり、彼らは小金稼ぎのつもりで仕事をこなすのだ。

「ふっ――、」

火属性ネズミ型が3匹。体長は1メートルほどの、モンスターの中ではずっと小さいものだ。飛び掛かってきた一匹にめがけて突き上げるような蹴りをお見舞いする。メキメキと骨が砕けると同時にゴウッと火が燃え盛り、ネズミは炎に包まれた。炎のダメージこそ殆ど入らないが、物理的なダメージは十分だ。
それに臆することなく、残りの2匹は前歯をガチガチと鳴らして威嚇をする。牙に等しいそれを剥き、襲い掛かる ―― より早く、一歩を踏み込み、ボールを蹴るように1匹を吹っ飛ばす。ギッと悲鳴が上がった頃には20メートルは吹っ飛ばされており、熱のある泡を吹いて痙攣していた。それのすぐ傍に、5メートルほどの土属性ウシ型が1匹。モンスターとなったそれは、食性も変わっていた。

「ブオォォオオオオッ!!」

ウシが咆哮を上げ、ネズミを食らう。肉食獣のそれと全く同じだった。骨も肉も等しくすり潰し、ゴリゴリと生々しい咀嚼音を上げる。うわ、と思わず小さな声が漏れたが、ネズミが1匹残っており気にする余裕はない。

「くそ、せっかく火属性の肉が手に入るとこだったのに! 勿体ないことしてくれてさあ!」

残ったネズミはなおも逃げず、最も近くに位置するララテアへと体当たりを仕掛ける。巨大な弾丸となったそれは焔を纏うが、ララテアは掌を突き出し、真向から受け止めた。ジュ、と肉が焦げる音は、ネズミのもの。ララテアからも同様に、獄炎が掌から放たれていた。

「―― 盛れ、焔。燃やせ、骨の髄まで」

目を瞑り、ネズミを止めたもう片方の手で心臓を抑える。言葉に応えた熱が、心臓から腕を、身体を、足を包んでゆく。ウシは次の獲物をすでに捕らえていて、ウサギへと猛進する。土を抉り、巻き上げ、暴力の砂嵐が舞う。
頭を下げ、角で突き上げようとした動作の刹那、ウサギは目を開いた。





「―― 炎兎蹴ラビット・フット!」

ゴウッ! と、炎が爆ぜた。
ウサギの野性は、高い瞬発力が武器だ。対して筋力に対する恩恵はなく、戦闘には不向きな野性だとされている。しかし、それは一般論だ。
彼らが持つ、高い脚力から放たれる蹴りは容易く岩を砕く。鍛えられた身体から放たれた一撃は、ウシの頭を砕き、ぐるんとあらぬ方向へ捻じ曲げた。巨体は地に沈み、残り火は今だに肉を焼き焦げた匂いを漂わせる。仕留めたことを確認すると、溜めた息を吐き出した。

(モンスターの気が荒くなってる)

手に持っているネズミを見る。元々凶暴で獰猛なモンスターだが、勝てないと分かった相手に歯向かうことはさほど多くない。ましてや小型モンスターとなれば大型モンスターからの捕食から逃れるためにより顕著になる。だというのに、このネズミは仲間がやられても逃げず、ララテアへと攻撃をしかけた。生存本能に反する行動を取ることに、違和感と既視感を抱いた。
凡そ3年前、まだサヴァジャーになって2年目のことだった。他のサヴァジャーたちと村の近隣を哨戒していた際に、モンスターが随分と騒ぎ立てていた。まるで何かから逃げるように人間を無視して走り去り、サヴァジャーの静止をよそにその正体を暴きに行った。結局そのときははっきりとした正体は分からず仕舞いだったが。

(でも今回はあの時とは違う。恐れて逃げているんじゃなくて、明らかに興奮して見境がなくなっている)

すぐに思いつく可能性としては、何者かが負傷し血を流したまま逃げ出した。獲物の香りに当てられ興奮状態になっている、と考えればあり得なくはない。村を出たときに失踪者の話を聞かなかった。となれば、別の街や村の者か。
血の痕跡を探すが、それらしきものは見つからない。そもそも広大な大自然の中で人間から零れ落ちた赤褐色を探すなど、砂漠で水を探すような行為だ。

「……?」

何かの気配を感じ、地面を蹴る。それは探していたものではなかったが、重要な手がかりであった。

「白い、カラスの羽……?」

モンスターのものにしては随分と小さい。本来のカラスより一回り大きなそれは、随分とボロボロに傷んでいた。野性を内包している副次効果として、動物の一部分を見ればそれの元となっているのか理解できる力がある。それがなければ、羽を見てハクチョウだとかシラサギを連想していただろう。
一つ見つければ、また離れたところにもう一つ。居場所を示すように点々と続いていた。よく見ると、血の跡も地面に残っている。滴り落ちた程度の小さな跡だったが、一つの結論に至るには充分だった。
負傷者が居る。モンスターの獲物にされかけたのだろうか。胸がざわついて、自然と足が速くなる。羽に対して気配に似た何かを感じ取れるため、辿ることは容易かった

(俺が作ったベースキャンプにいる)

村から人間の足で15分ほど離れた場所。切り立った崖に作った人工的な洞窟がある。自分が外で活動する際に作った修行場だ。スドナセルニア地方を始め、基本的に村の外から別の街や村までは距離がある。そのためサヴァジャーが道中で休息するためのベースキャンプがいくつも存在するのだ。勿論モンスターに荒らされるため、最低限の場を整え辛うじて人が休める程度の場所でしかないが。
確信を持って中へ入る。つんと鼻を刺す血の香り。散乱する傷んだ白い羽。それから、黒い衣服とは対照的な、白銀の翼と微かにブロンドがかった銀の髪。ララテアと同じ、12歳程度の少女が地面へと倒れていた。

「おい、大丈夫か!?」

駆け寄り、肩を叩いて呼びかける。状態を確認すると、浅くとも呼吸はしており、細かな傷や打撲跡がいくつもあった。どこか折れている様子はなく、適切な治療を行えば助かるだろう。特徴的な白い翼も、かなりの羽を毟られ痛々しいものになっていたが、身体変化が起きる野性の場合すぐに元通りになる。
最悪な状態ではないことに胸をなでおろすが、少女の怪我の様子から違和感を覚えた。洞窟の中央には最近使われたであろう焚火の跡がある。自分自身が焚火の代わりになれるため、ここに火を灯すことは殆どない。火を共有する場合に使うことがある程度だ。村の者も、ここは村から近すぎて使用することはまずない。
すん、と部屋の香りを嗅ぐ。まだ新しい、木の焦げた匂いがした。
引っかかることこそあるが、このままにしておくことはできない。適切な処置を行うならば、村の者に協力を仰ぐ必要がある。ララテアは意を決して少女を抱きかかえ、洞窟を出て村を目指した。