海の欠片

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天威無縫 7話「強欲」

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「ここあたしのかかりつけ医さんがいるところ。チューナーさんでもあるから、サヴァジャーの診断もしてくれるよ」

案内された場所は細い道を10分ほど歩いた先にある、町医者とさほど変わらないほどの規模の病院だった。治安が悪くなりがちな裏通りにこそあったが、清潔感があり、足を運びやすい印象を受けた。
人もそれなりに多く、サブレニアンもお世話になっているということから警戒はしなくていいのだろう。来訪目的を伝え、呼び出されるまで院内で待つ。やはり白いカラスは珍しく、視線を向けられる。が、それだけで済むとも言える。カルザニア王国内であれば、人口の多さから珍しい野性は『珍しい』で済む。いないこともない、これだけ人が多ければ一定数は居る。追われることも、話しかけられることもなく呼び出されるに至った。

アルビノカラスの野性……これまた、珍しい野性をお持ちですね」
アルビノ?」
「簡単に言うと、羽や羽毛、髪や目などの色素が少ない遺伝病です。弱視などを引き起こすのです、が」
「問題なく見えていますよ」

トリの野性持ちは鳥目になりやすい。身体の構造は人間であるが、内包する野性の元となった動物の特徴が現れることは珍しくない。人間にも起こりうる身体特徴に限るが、アルビノの野性であればアルビノの特徴が現れていてもおかしくない。
現に、アルビノカラスの特徴である体毛や瞳の色はそのままクレアに反映されていた。一方で、アルビノの難病部分は現れていない。野性も強いのに不思議ですね、とクジャクの野性を持つ女性の医者は随分と興味深そうだった。クジャク特融の尾が白衣の隙間から地面へと垂れ下がっており、地面を擦っている。それでも埃が殆どついていないので、この院内の清潔さが伺える。

「では検査をしますので血液採取をします。それから、憑依型の方は変化部分を頂戴します」
「え……それはどうしても、ですか?」
「はい。身体から離れても残るタイプの異形化ができる者にはお願いしております」

毛や羽など、採取しても痛覚が生じない部分を回収して検査をするらしい。異形化した部分から移る感染症もありますので、と説明されるとクレアは渋々承諾した。

「じゃあはい、お願いします」
「……お願いします」

コルテは右腕を差し出し、バチッと一際大きな電撃音が弾けると犬の前足のそれへと変貌させた。最もそれはそのようなかわいらしいものではなく、鋭い爪で強靭な腕を持った、まるで人狼などと呼ばれていたそれのようであった。
そこから毛を採取し、クレアからは直接羽を受け取る。結果は後日郵送されるため、宿へ届けるように頼んでもらった。ララテア達は宿の住所は分からなかったが、幸いなことにサブレニアンのかかりつけ医は今更聞く必要はなかった。

診察が終われば、次はサヴァジャー試験への登録だ。こちらも手続きの場所をサブレニアンに案内してもらったため、すんなりと終えることができた。たどり着く頃には正午を過ぎていたので、案内が終われば彼女は宿へと帰っていった。
手続きはリュビ区の小さな闘技場で行われる。サヴァジャー同士が戦う場所として利用されるのではなく、試験のためだけに作られた場所だ。一般の闘技場と大きく違う部分は観客席が設けられていない点である。そのため関係者も試験中は試合を見ることはできない。これは観客席からサポートするといった不正行為防止のためだ。
試験会場自体はそれぞれの区ごとに4、5か所ほどある。1日で最大5人の挑戦を迎え、戦力の振るいにかけていく。合格率は6割程度で、難しいとは言わないが簡単とも言えない。あまりにも緩ければ軽率に命を落とす者が生まれ、厳しくしすぎた場合は社会が回らなくなる。この合格率が、この世界にとってちょうどいいボーダーラインだ。

「支援型サヴァジャー志願がクレアさん。そして同席者はララテアさん。
 はい、承りました。ちょうど今日から3週間後が最短の予約日です」
「思ったより時間がかかるな……でも、今日作成してもらう診断書の有効期限に間に合うか。じゃあそれでお願いします」

ピュームだったら後日とかで受けれたのになぁ、と呟く。人口が多く、サヴァジャーの文化が特に活発なこの地では、サヴァジャー志願者も多いのだろう。温和な者が住む村と違い、予約は先まで埋まっていた。
すぐに受けられるのも、クレアにとっては問題ではあった。彼女は野性の補助的行使こそ得意だが、戦闘経験は殆ど皆無だ。今から3週間の内に、ある程度の戦闘の立ち回りを身につけなければならない。そう考えると、妥当な日程だろう。

「ところで、サヴァジャー試験ってどうすれば合格なのですか?」
「試験官を殴り飛ばしたら」
「間違っていませんけど違います」

試験官に勝てば合格をもらえることには違いないが、誰もかれも熟練者ばかりだ。彼らに勝つためには相応の努力が必要な上、その時点でサヴァジャーとしての実力は十分すぎるほどだ。

「サヴァジャーの資格って、そもそも不用意な死者を出さないため、ですから。実力のない者が一人で無謀にモンスターに立ち向かったところで、餌になることが目に見えています。そういう無謀者を減らすための資格ですから」
「つまり……勝たなくとも、ある程度実力を示すことができたらいいと」

支援型の場合、明確なアプローチがない場合合格とはみなされない。同伴者と役割の違いを明確化した上で、己の技量を見せつけなければならない。これが回復系の野性であれば分かりやすいのだが、クレアは強化系でより示しづらい。

「よかったよね、ララテアが火属性で。これで水とか土とかだったら目も当てられないとこだったよ」
「まさしく日属性の悪い点ですね。汎用性が低く、できることが限られてしまう。他の一般的な属性より扱い辛い印象は私自身もあります」

一つだけ幸いだったことは、パートナーとなる者が日属性の恩恵を受けられる火属性であることだろう。今から共に試験を受けてくれる者を探すことも、ましてやクレアにとって信頼できる者を探し出すことは困難を極める。
任せてくれ、とララテアはとんと己の胸を叩いた。それにクレアも、頼みましたよと微笑んで小さく頷いた。



そうして手続きを終えて、旅の途中で消費した道具の買い出しなども行い。仄かに空に暖色が混ざり始めた。クレアの活動限界までに戻る時間は十分ある。今から宿に戻れば、夕食も食べられるだろう。
道は覚えてるから任せて、とコルテが先導する。イヌの帰巣本能に転じてか、彼女は各地の地理や場所を覚えることに長けている。未だ人通りの多い道を迷わず歩いていく。
さて。ララテアとコルテは、お互いにサヴァジャーであり『危険』に対する警戒心を持っている。ただし、それぞれの抱き方は異なる。ララテアは街の外や闘技場など、『場』に対して警戒心のオンオフを行う。戦闘が起きうる可能性に対して意識を向けるため、こういった街中では気を緩めて精神を休める傾向にある。
対して、コルテは『個』に対して警戒心のオンオフを行う。街の外で全く警戒しないわけではないが、ララテアのように周囲への警戒意識は薄い。代わりに自身が警戒すべきと判断した者に対し、安全を確信するまで気を緩めることはない。
二人が意識してこのような警戒方法を取っているわけではない。しかし、お互いがお互いの警戒できない部分を見事にカバーし合い、お互いの死角を取り払っている。
だから、こういった場面、例えば。

「―― 走って!」

イヌが唐突に後ろへ駆け、手を異形化させて攻撃をはじく。
街中で、唐突に今朝出会った者に襲われた、なんてことがあれば。ララテアは気づけなくとも、コルテは気づくことができる。

「やっぱり。今朝の……あの、クジャクのお医者さんだね」
「ち、やはりイヌの鼻はよく利くわねぇ!」

コルテが乱雑に手を払えば、水がぱっとオレンジがかった空へと舞った。街中の不意な一撃に、周囲の人間も気が付く。
この世界において、闘争は本能だ。それはルール無用の戦いにおいても変わらない。戦闘や荒事の気配があれば、人は逃げるのではなく、集まってくる。

「お、なんだなんだ決闘か!?」
「イヌとクジャクがやり合うのか! ひゅー、やれやれ!」

人が集まることは、コルテにとっては好都合だった。戦いが至高の世界において、喧嘩を申し込むだけ申し込んで逃げることは不名誉極まりない。このまま戦い、敗北をする方がずっと社会的に人が守られる。野性を宿した人間社会のルールは、平和よりも刺激に飢えている。

「コルテ! 一人で無茶ですよ!」
「だーいじょうぶ。私もララテアに負けないくらい強いんだから。それに、宣戦布告をしたのは私だし……一対一じゃないと卑怯っしょ」

コルテという人物は、明るく振る舞う一方で臆病で怖がりだ。故に『個』を警戒し、彼女が心を許す者は少ない。どこか一歩後ろで構えていて、いつでも逃げ出せるようにしている。
同時に、ララテア同様に誠実であった。信じられると判断した者のために戦うのであれば、その臆病さを殺し、勇猛果敢に立ち向かっていける。ララテアほどに好戦的ではないが、傍で彼の強さを見てきた彼女もまた、まっすぐであった。

「コルテ、6つ数えろ!」
「分かった、6つ数えたらね!」

6つ。意図を尋ねる前に、ララテアはクレアの手を引っ張り、駆けだす。人の壁に阻まれそうになれば、少し遅れてクレアがララテアを抱え、羽ばたいた。やがて2人の姿が見えなくなり、気配が消える。白いカラスの、姿を消す力を発動させたのだろう。
それを見送れば、クジャクの方へと向き直る。待っててくれるなんて律儀だね、と挑発を添えて。

「人の多い場所で堂々と襲い掛かるなんて。観客を呼んで逃げれなくする算段だった?」
「えぇ、あなたに気づかれたおかげで取り逃がしてしまったけれど」

カルザニアでは、揉め事は戦闘で白黒をつける文化が特に顕著だ。あちこちに闘技場とは別に屋外バトルコートが用意されており、お互い引き下がれないのであれば決闘を行う。負けた者は勝った者に従わなくてはならない。
風の副属性である雷と、主属性の水。属性相性では水に特攻を持つ雷が有利だ。一方で風に対して水は相性が悪いわけではない。コルテには有利な武器こそあれど、身を守るための防具はないのだ。
移動をすれば、決闘が始まるぞと通行人や近くに住む者も共に移動した。どっちが勝つか勝手に予想する者、タダで決闘が見られると喜ぶ者、身内同士で賭け事に興じる者、その様々だ。

「最初に聞くね。何でクレアを……白いカラスを狙ったの?」

両手を異形化させ、手を前に出して尋ねる。

「逆に、なぜあなたたちはあれを見て普通で居られるの? 万能薬になるなんて生ぬるい。あの羽があれば、どんな病気だって治すことができるというのに」
(……ウルナヤの関係者じゃなさそう?)

疑問、からの一瞬の気の緩み。気が付けば、目の前に水の刃が飛んできていた。

「!」
「まさか友達だとか、綺麗ごと言うんじゃないでしょうね!」

それでも、回避には充分間に合った。しゃがみ、地を蹴ればすぐにクジャクの目の前へと迫る。挙動の1つ1つが鋭く、敏い。瞬きする内に懐へと入り、腕を振り上げる。

「何のことかわかんないんだけど!」
「とぼけるな! サブレニアンに近づいて、案内させて! 私への当てつけでしょうが!」

イヌの一撃が放たれるより先に、クジャクから周囲に対して激流の暴力が放たれる。振り下ろしたと同時に襲い掛かり、雷は水を通して激しく辺りへ散った。一方で相殺とはならず、コルテは大波に流されて地面を転がった。
ぺっと口の中に入った砂利を唾ごと吐き捨てる。クジャクの美しい尾羽が開き、先端から水が渦巻いていた。

「チョウやガの子供だけがかかる難病って知ってる? まるで身体の中が何かに食われたみたいにぐちゃぐちゃになって、やがて外側を残して死に至る。ムシの野性は、ただでさえ寿命が短くてそんな難病もあって、年々数を減らしている」

それは寄生虫の被害とよく似ていた。幼虫に宿り、食い荒らし、やがて支配し繭を守らせる。宿主となる存在はいなくなったのに、まるで逃れられない呪いのように、身体を蝕み殺していく。人の身体に宿ってなお、理からは逃れることができない。
そしてそれは、未だに治療法は存在しないのだ。

「つまり、なに?
 自分じゃ治せないけどクレアには治す力があってずるい、って言いたいの? そのために傷つくクレアはどうだっていいってことなの?」
「サブレニアンを! 私にはあんなに元気にはさせてあげられない! 他にもそう、未だに治せない病は沢山あって、あの羽にはそれを全部治すだけの力がある! それをどうして活用しようとしない!?」

尾羽の渦はいよいよ大きくなり、コルテへと狙いを定める。声を荒げれば、呼応するように激しさを増した。

「馬っ鹿馬っ鹿し」

構わず、吐き捨てる一言。

「じゃあ聞くけど、君はクレアのこと知ろうとした? 白いカラスに生まれてどれだけ酷い仕打ちを受けてきたか知ってる? 今まで人の手で傷つけられてきた人に、人のために身を捧げろなんて言えるんだ」
「え……、」

悪い人ではないのだろう。イヌの萌黄色の瞳がクジャクを射抜く。助けたい生命があって、それを助ける術を白いカラスが持っていた。元気になったサブレニアンも、きっと彼女が手を施したのだろう。あらゆるヒーラーの力を見下し、頂点に君臨しかねないその力を、このクジャクは羨んだのだろう。
自分では治せない命を、白いカラスは触れただけで救ってしまうのだから。

「私はずるいって言う、君のことをずるいって言っちゃうな。
 だって、自分にとって都合のいいところしか見てないんだもん。一人の犠牲でたくさんの人が救われるとか考えるんなら、お医者さんやめた方がいいよ」

ウルルル、とうなり声をあげる。雷を放ちながら、異形化した腕が二回り大きくなった。クジャクが放つ水を、薙ぎ払い一つでいともたやすく払いのける。重量がありそうなそれは、見た目からは想像もできないほどに速く動く。そのまま地面を蹴り、クジャクへと迫りながら腕を振り上げる。

「う、うるさい……うるさい! あなただって私のことを何も知らないくせに! 病気のことも、あの子供のことも、何も知らないくせに!」
「知らないよ。だから、私は知ってる人しか手を伸ばさないし、伸ばさなくていいと思ってる」

熱するほどに、イヌの頭は冷えていく。クジャクに同情することはなく、冷静に立ち回る。
威烈な攻撃は最初だけだった。1を見捨て多を救う考えに至るには、あまりにもこの医者は中途半端に優しい。
右腕を翼に変えたクジャクが迫りくるイヌに応戦しようとする。しかし、その電光石火の一撃の方が圧倒的なまでに速かった。クジャクは命を救う術こそ心得ているが、奪う術に関しては身についていなかった。

「ごめんなさいが言えそうな人だけど、決闘放棄なんてしちゃったら名誉が傷つくもんね! これで降参してよ!」

コルテは速度に特化した野性の性質を持つ。素早い者が多いイヌの野性の中でも、それは特別秀でていた。一方でいくら速度が速くとも、詠唱を行えば技の発動はどうしても遅くなってしまう。思い描く野性を形成する速度が、身体能力に追いつけるとは限らない。
だからコルテはあえて、詠唱を捨てる選択をした。



「―― 雷鼓ランポ!」

前から突進し、目くらましのように雷が目前で弾けた。その次の瞬間には、クジャクは前方へと打ち出され、数メートル先の地面を転がった。

「――ッ!」

前方は警戒されている。雷で視界を一瞬奪ったとしても、前に対して身構えた姿勢は解けない。通り過ぎるかの寸前でターンし、その勢いのまま背後を異形化した腕で叩きつけた。慣性に従って跳ねた身体の勢いから繰り出され、更に思わぬ場所からの襲撃はクジャクに大きなダメージを与えた。地面に転がったまま、それは雷の痺れもあり口をパクパクとさせていた。
詠唱を行わず、その場で即興の技を作り上げる。再現性をあえて捨てることで、自身の身軽さを最大限に生かす戦闘スタイルがコルテの特徴であった。野性を放つために技に名を付けるが、それ以上の意味を持たないのだ。

「……悔しかっただけなんだろーなって、分かるから。サブレニアンには今日のこと黙っておくよ。だけど次クレアに危害を加えようとしたら、もっと酷い目に遭わせるから」

サブレニアンにとって、この医者は自分を今まで支えてきてくれた者だ。彼女を失望させる気はない。お互いに信頼関係があることは理解しているから、今日襲われたことを黙っている選択を取った。
根からの悪人ではないのだ。罪人であれば然るべき場所へと突き出すが、ここではこの程度のことは『決闘』でしかない。周囲を見渡せば、更に数を増やしたギャラリーたちがわああと盛り上がっていた。

「ちっこいのにやるなぁ、嬢ちゃん!」
「え、詠唱しなかったよね!? いきなりドンって技放ってたよね!? 詠唱なしで戦える子なの!? すごーい!!」
「あ、あの~……誰かこの人、手当してもらっていいかな。ちょっとやりすぎちゃったかもしれないから……」

そうして獣性が落ち着いてしまえば。勇猛性も引っ込んでしまい、明るいながらもどこか臆病なコルテが居心地悪そうにそこに居たのだった。


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