海の欠片

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リプレイ_23話『涙の代わり』(2/2)

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ロゼが宿泊している宿はすぐに見つかった。なんなら夕食も一緒にした。
石を渡したことも、家族と話をしたことも伝えた。一方的にラドワからロゼに会話をし、一通り報告が終われば小さな声を零した。

「……そう。……ごめんなさい。」
「何であなたが謝るのよ。」
「…………」


まただ。
また、あの泣き出しそうな顔をしている。
首をゆるゆる横に振り、殆ど何も食べないまま部屋へと戻っていった。ロゼの様子がこれほどおかしいことは初めてだ。
その理由を考える。クレマンと会ったから、それは恐らくあるだろう。ロゼにトラウマを植え付けた張本人だ。それから今日、カラスの嘴だの、人殺しだのと言われ動揺していた。
その意味こそ分からないが、あぁ、と一つ失念していたことを思い出した。


「北海地方で盗賊をしていたのだもの。被害者が居てもおかしくないわよね。」


クレマンによるトラウマと、人殺しと呼ばれたこととが上手く結びつき、そんな結論に至る。
望んで盗賊になったわけではないと知っているし、彼女が好き好んで人殺しをしない性格であることも知っている。好き好んで人を殺すのは自分だ。
トラウマを抉られたところに、更に傷を掘り返された。
どの程度、気にしているかは分からないが、無感情で抑えきれないほどの動揺はラドワでも分かった。
呪いはあくまでも『疎くする』だけ。全ての感情を失っていれば、それは呪いに飲まれたということだ。

「……何で私、こんなに気にかけているのかしら。」

らしくない、と思って気が付く。それから、本当に私らしくないわねぇとくすりと笑った。
いいことを想いついた。夕食を食べ終わると、亭主にあるものを貰う。らしくない、らしくないわと何度も口にしながら、ラドワもまた部屋へと戻った。

 

寝てしまえば、この胸のつかえもきっと取れる。
今までだって、そうしてきたから、きっと。
そう思ってベッドに入り、横になったがロゼは寝付くことができなかった。何度か寝返りを打ってみたが、いっこうに眠気は訪れない。妙に神経が過敏になっていて気分が悪い。
時間はそれほど経過していないのか、ベッドに入る前とさして月の位置は変わっていなかった。

「……ラドワは――」

今、何をしているのだろうか。何も気にすることなく眠っているだろうか。
彼女はかなり寝つきがいい方だ。きっとそれは、何も気にしないから。悩みも、トラウマも、枷がない。
そんなラドワが、眩しかった。快楽殺人を受け入れて、嬉々として人を殺す。そこに何の憂いもない。光の中に生きる人だ、とは思っていないが。闇に染まらず、光であり続ける。
それが、ラドワだと思う。

「…………」


会いに行ったら迷惑、だろうか。
ほんの少し顔を見るくらいなら、許してくれるだろうか。
昼間、あんな態度を取って何をいまさら?
独りになりたいとは、自分から言った。けれど、どうしてもラドワに会いたい。
……ここまで。何かを感じるのは、いつ以来だろう。
自分の、心が、分からない。


突然訪ねてきたロゼに対し、ラドワは驚いたような声を上げたが追い返すようなことはしなかった。
部屋に招き入れはしたが、ロゼと頑なに目を合わせようとしない。

「……」


―― 静寂が、刺さる。
ラドワは、怒っているのだろうか。


「ラドワ、あの、」
「で、要件は何かしら?」
「怒っているの?……こんな夜中に、確かにごめんなさい。それから、お昼のあれも、ごめんなさい。」
「……怒って、ない。」

じゃあ、何で。
問いかけようとして、気が付いた。
ラドワの声が、震えている。

「大方、ただ眠れなくて私のところに来たのでしょう?
 怪我人なのだから、早く部屋に戻って休みなさい。身体に響くわよ。」
「……ねぇ、ラドワ。」


言おうか、言わまいか。
時計の長針が一周して、ロゼはようやく、言葉にした。


「……ラドワ。こっちを向いて。」
「……どうして、」
「……こっちを、向いて……」

無理やり、ラドワの顔を両手で挟み、目を合わせる。
瞳から光るものをこぼしながら、ばつが悪そうな表情を浮かべる雪が。

「……ラドワ、まさか、泣いてるの?」
「はぁーーー……絶対にらしくないとか、ゴルゴンだとか、見たら死ぬとか言われると思ったから見せたくなかったのに。」

ため息をつく。微かに息をのむ音がして、瞳をじぃ、と見た。
わずかな月明かりでしか見えないが、雪の両目が赤くなっている。
そのくらい、泣いていたということだ。夜中に、一人で。

「何で、あんたが泣……」
「ロゼ、どうして私の部屋に来たのか聞いていなかったわね。」
「それは、眠れなかったから
「嘘よ。……本当は、違うでしょう?」

そんなこと、ない。
事実で、ただ。
言葉がまとまらない。何かを言葉にしようとして、何も形にならなくて。
……心を、形作られる。

「辛かったのでしょう?」

首に、触れる。
ずきり、痛みが走る。昨日、銀の暗殺者に噛まれた場所。

「苦しくて、怖くて、痛くて、逃げ出したくて。けれど、できなかった。」

ねぇ、と声を掛けられる。

「ロゼ。涙は、出たの?」
「…………そんな、もの。」
「今回だけじゃない。以前にクレマンに襲われたときも。カモメの翼が結成される前……そう、濡れ衣を着せられたときも。両親が死んだときも。
 そのときも。涙は、出たの?」

そう、いえば。
悔しかった。両親が村へ残り、海へと還ったことも。生きるために盗賊として過ごし、人を殺すことも。あらぬ罪を着せられ、裏切られたときも。
悔しくて、悔しくてたまらなかったのに。

「あなたは、呪いで泣けないのだと思っていたけれども。やっぱり、違うわよね。
 泣いたことがあったのなら、泣くことができると思った。けれど、多分……あなた、泣き方を知らないのよね。泣いたことを忘れてから、呪いを与えられたから。
 案外、泣こうと思えば泣けるものなのに。」

ふふ、と笑いながら視線を逸らす。
視線の先にあったものは、まさかの玉ねぎ。

「まさかの物理による涙。」
「初めはね。あなたの苦しみなんて分からないし、人に同情して泣くなんてできやしないわ。
 けれどね、気が付いたのよ。私は、あなたが涙を流せないことが悔しいのだって。大声で泣いて、喚いて、泣きじゃくって……本当は、そうしたかったはずなのに。
 案外、泣こう泣こうと思っていれば泣けるものなのよ。」

酷い顔していたわよ、今日。
そう告げる雪の言葉は、どこまでも穏やかだった。
普段の彼女を知っているのならば、この顔は絶対に想像できないだろう。
涙は今も、零れ落ちている。
暖かな、雪解け水。

「だからね。
 泣かないあなたの分だけ。弱くなれないあなたの分だけ。
 私が代わりに泣いて、私が代わりに弱くなる。
 ……そう、今日内緒で決めたのよ。」
「……ラドワ。」

両親が死んでから、涙が出なくなった。
その日から、呪いがなくても感情は欠け始めていたのかもしれない。
……その言葉に、救われた心が半分。
余計に、悲鳴を上げる心が半分。

「気に、しないで。これは全部私の、ただの独りよがりなのだから。ただ、これだけは忘れないで。
 辛いことや、苦しいことをしまい込む必要はないの。それは、誰かに否定されるものでもないし、自分から自慢するものでもない。
 けれど……気づかないフリをして、分からなくなっていても。苦しいって思う心までは、誤魔化せないのだから。」

そんな気持ちになったことがないから、知らないけれど。なんて、ラドワらしい言葉。
言われて、気が付いた。自分は、泣きたかった。
渦巻いた悲しみを吐き出すことができず、苦しんでいた。
それでも、無感情という呪いがあって、涙は、出ない。
それから……恐れていたのだと、初めて気が付いた。

「ねぇ、ラドワ。……あたしね。人を殺したの。」

自分の過去を話したくない。
それは、今まで心から信頼できる者が居なかったから。自分を助けてくれる者などいないと思っていたから。
けれど、たった一人だけ。不信から来る、強がりじゃなくて。
醜い、己の過去を話して。そんな人だと思わなかったと、失望されたくなくて。

「盗賊になって、何人も殺した。言われるまま、殺した。……北海地方は、多分、あたしたちカラスの嘴を恨む人は多い。だから、どこで誰があたしを恨んでるか、分からない。」

目を、直視できなくなっていた。
生きるために選んだ道。許してくれ、などとは思わない。
ただ。

「……殺したことに、後悔もある。生きるためだなんて、正当化してるとも思ってる。……でも、でもね……」

我ながら、なんとも子供じみたお願いだったと思う。
声は震えるのに。泣きたいのは、自分の方なのに。

「……お願い……嫌いに、ならないで……」
「…………」

精一杯の、懇願。
未だぼろぼろ流れる涙は、月の光を反射して宝石のようにきらめく。
ラドワの今の表情からは、とても似合わない言葉が返ってきた。

「あなたは私が嫌い?」
「え……?」
「だって。私は楽しいから人を殺すわよ?全くもって後悔していないし、やめるつもりもない。
 でも、あなたの理論だと、私はあなたから嫌われていることにならないかしら?」

勿論そんなつもりで言っていないことは、人の心がない屑でも分かる。
何も気にしていない。遠回しの言葉。

「そういうことよ。そもそも私の殺した数と比べれば、随分と可愛いものだと思うし。いやそこは大した問題ではなくてね。
 あなたの罪悪感や後悔を、気にするななんて軽々しく言うことなんてできない。恐怖やトラウマを、忘れろなんて簡単に言うことなんてできない。
 けれども、それがあなたを嫌いになる原因には何も結びつかない。きっと、アルザス君やアスティちゃんも同意見だと思うわよ。」
「……。……アルザスたちには聞いてない。」
「えぇーーーカモメの良心はガンスルー。」

茶々をいれないとやっていられないのか。
互いに、互いの発言を反芻して。それから互いに笑った。

「……ラドワ。あたしは……まだ、泣けそうには、ない。
 でも、ラドワがこうやって、あたしの代わりに泣いてくれれば。あたしは、それだけで、心が軽くなる気がするわ。
 本当は、涙の分、笑顔で返せたらいいんだけど……」
「じゃあ、笑顔もツケでいいわよ。そうね。じゃあ、私も賭け事をあなたに申し出るわ。」

賭け事じゃない賭け事をふっかけられたから、私も今ここでやり返すわ。
賭け事という名の、意思表明。殺したくないと言わせる、という意志表明に対し。

「いつか絶対に泣かせてみせる。あと笑顔にもするわ。心の底から笑わせてやるんだから。」
「ちょっと、2つもあるじゃない。」
「感情を取り戻させる、という意味では1つみたいなものでしょう?
 呪いのいいようにさせない、という意味では同じね。私も、あなたも。」

結局互いに互いの呪いが気に喰わなくなってしまっているわね、と再び笑う。
この人は、本当によく笑うし案外涙を流す。
改めて、不思議な人だと感じる。同時に、どこまでも純粋な人だと思った。
何にも染められない、自分を決して見失わない、そんな人だと。

「ふぁ……眠たくなってきたわ。ロゼ、そろそろ休みなさい。あなたは見た目以上に傷ついているのだから。」
「……ねぇ。」

この人は、許してくれる。
この人だけは、信じられる。
己の心の奥底に、何も気が付かない。

「……全部、吐き出していい?あたしが、盗賊始めたこととか。人を殺したこととか。そういう後悔、全部。」
「えぇ……休みなさいと言ったのに。」

困った人ね、と苦笑しながらベッドの上に転がる。暑さに弱いため、掛け布団の上に。
夜中遅いし寝るわよね、と少し申し訳なさを覚えたとき。随分と端に寝転がっている姿が見えて。おいで、とこちらを向いて開いたところをぽんぽんと叩く。

「え……添い寝?」
「眠たいから聞きながら寝るわ。途中で寝ても許しなさいね。」
「いや……え……?いいの?」
「何でだめなのかしら。」

互いに気にする仲じゃなくない?と屑意見。
無感情で何も気にしない人と、対人関係で何も気にしない人。
女同士だし仲間同士だし何も気にしなくない?と疑問を投げかけられて、何故自分も気にしているか分からなくなって。

「じゃあ……お邪魔します?」
「ん。しかしこのベッド狭いわね。ちょっとくっついても問題ないわよね。」
「え、いや、え、」

ぎゅっと、抱きしめられる。それも向かい合って。
全然そんな関係ではないのに。これぞ無頓着の極みか。

「……、……あったかい。」
「まあ、同じ魔力を持つ者同士だもの。同一魔力の持ち主は互いに暖かさを覚えるし……私はほら、魔力保有量も多いから、余計に心地よく感じるのかもしれないわね。」

なんだかふわふわした感じがする。
思いつめていたものを吐き出したからだろうか。それとも、突き放されなかったからだろうか。
あるいは、ラドワの言う通り同じ海竜の魔力の持ち主だからだろうか。
胸元にこつんと額を当てれば、びくりとラドワは身体を震わせた。あぁそうだ、竜印がある箇所だったとあわてて少し場所をずらした。触れられると過敏に反応してしまう、ということを失念していた。

「あー……ごめんなさい、気を遣わせた?」
「こっちこそ触れてごめんなさい。痛くなかった?」
「触れられて痛いというよりくすぐったいって感じがするから……痛みといえば、首は大丈夫?」
「少し、痛い。……痛いだけって、思える。」
「ふぅん……」

変な言い回しだと思って、吸血鬼の特性を思い出す。
そういえば、獲物を逃がさないように強い快感を与える者がいる。それを、不快だと感じているのだろうか。
痛いと思えることが安心できる。そんな意味に思えた。
それからロゼは、昔のことをいくつか話し始めた。
盗賊に入る経緯や、初めて人を殺したこと。トラウマを、一つ一つ語った。
中でもクレマンの異常性の恐怖の話が多かった。どれだけ銀の暗殺者が、翼にとっての傷になっているかを理解する。
大人しくうん、うん、と相槌を打っていたが、ラドワは途中から苛立ちを抑えられなくなった。
一体首元を噛まれたとき。どれだけ、怖かったことだろう。
痛々しく残る傷を、早く消したい。忘れてしまいたい。痛みもなくしたい。
そんな風に、懇願しているように思ったのは都合のいい解釈だろうか。

「……ロゼ。今からやること、嫌だったらやめてって言うのよ。」
「え、何を……いやちょっと待って本当に何する気!?」

しゅるり、首の包帯を解く。
牙の傷が残っている方は下になっている。これなら好都合だ。
随分と、身勝手な解釈。仕方ない、それだけ腹が立ったのだから。

「―― っ!」

ガリッ。
首筋に、歯を立てる。吸血鬼のものと比べれば痣程度にしか残らない。

「ふ、ぁ……っ!」

逃がさぬように身体に手を回し、痛みを与えてゆく。
決して優しくはしない。力を抜いてしまっては、意味がない。

「ら、らど……ぁ……っ!」

ロゼは逃げ出さなかった。
小さな悲鳴こそ漏らし、身を固くするが暴れたり拒絶したりすることはなかった。
成すがままに、傷をつけられる。
ぎゅっと、彼女もラドワの身体にしがみつき、痛みにこらえる。
……それが、本当にただの痛みかどうかも、ロゼには分からない。

「ゃ……、……あ、ぁ……ふぁ……っん、んぅ……!」
「……っは……、……ごめんなさい、痛かったわよね。」

首筋から口を離す。つぅ、と透明な液体の中に、赤色のものが混じっていた。
夜の帳に包まれた部屋では、跡も、その色も確認できない。ただ分かることは、痛みを堪え震えているロゼと、少しだけ汗の香りがすること。
優しく、それから確認するように噛んだ箇所を撫でる。びくり、と身を震わせたので、しっかりと跡はついているようだ。何となくながら、己のものの形状も確認できた。

「ロゼの首の傷が、とても辛そうだったから。
 暫くは治りそうにないでしょう?だから、私のものもつけておこうと思って。」
「……、……どんな、理論よ……」

あんまりにもめちゃくちゃだ。
凡そ、痛み以外に感じたものを認めたくはないのだろう。だから、それを否定するために。上書きをするように。そして、自分の存在を忘れさせないように。
自己満足で、身勝手な理由で付けたことには違いない。しかし、ロゼは一切の不快感を抱かなかった。

「でもあなた、逃げなかったじゃない。それどころかやめて、とすら言わなかったわよ。」
「……それは、そうだけど……いや、でも普通いきなり噛む?」
「やめてって言えばよかったじゃない。そうすればやめたわよ。」

責任転換。実際痛い、ともやめて、とも言わなかったのはロゼの方だが。
腑に落ちない。けれども、クレマンのときには拒絶したそれと似たものを感じて、拒絶できなかったのも事実。
それどころか。足りない、とさえ思った。

「……ラドワ。もう一回。」
「え?……正気?私は構わないけれども。」
「お願い。もう一回。」

理由はやはり分からない。
アンコールされると思わなかったラドワは、流石に二回目は本気ではいかないわよ、としぶしぶ歯を立てた。
少しだけ、痛い。けれど、それ以上に心地よさと快感で身体がびくびくと震える。

「……ふ、……あ、ンっ……」

鈍くなっているはずの感情が、やけに鮮明に感じられた。
嬌声が漏れる。ただ、首筋を噛まれているだけでたまらなくなる。
汚れを雪で隠して。そうして、見えなくすれば。
また、翼は大空へと羽ばたけるから。




☆あとがき
恐らく最初で最後のラドロゼですね。これは完全にラドワさんが攻めですね。あまりにも私自身が解釈違いでは???と首を傾げ、ツイッターで謎すぎるアンケを取ったのが懐かしいですね(これを書いている時点で昨日の話)。
私はリバは全然気にしない民なんですが、どう見ても左で固定だろ!みたいなやつが右に行くと「??????」って顔にはなります。なりました。こんな呪いありで女々しいロゼちゃんは恐らく最初で最後でしょう。
しかし。ラドワさんから見てロゼちゃんは『放っておけない人』なんですが、ロゼちゃんは『くそ重感情と依存を向けてるけど無感情でその辺全然気が付かない』ってやべーことになってますね。ロゼラドの明日はどっちだ!

☆出展
ふゆこ様作『涙の代わり』より