海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_15話『ゴブリンの歌』

※突然壊れるシリアス

※途中まではまともなお話

 

 

鮮血を敷いた路地を、左へ右へおもむろに、しかし鋭く目を這わせながらアルザスは考えていた。
冒険者になってから、どれだけの月日が経ったのだろう。ついこの間の気もするし、長いことやっている気もする。
カモメの翼は、他の冒険者とは違う。自由を求めて旅に出る彼らや、何かの夢を追いかけて冒険者になった、あるいは事情的にしかたなく。冒険者の多くはそういうものだが、カモメの翼は呪いの解呪方法の模索、及びアスティの記憶の手がかりを探すという明確な理由がある。
手がかりがなければ適当な依頼を受けて資金を調達、あるいは自分たちの経験を積み重ねるための糧とする。
騎士とは明らかに違う日常がそこにあった。冒険者というのはつくづく、安定や安息とは縁のない職業だが性に合っていると。アルザスは、そう思うようになっていた。
そんなことを考えていると、まるで意に介していないふうに自分の名前を呼ぶ声。即座に思考を切り替え、ここに来た理由を思い出す。

 

「襲撃はつい半刻ほど前ね。警報に駆けつけた衛兵3名をぶっ殺して、路地裏に逃亡。
 更に近くで遊んでた子供2名を殺害……現在は前方の家屋に潜伏中よ。居住者3名の安否は不明。出入り口は抑えた様子だけど、突入命令待ちってとこね。」

 

どこからともなくひらりと現れ、要件だけを矢繋ぎ早に、淡々と答えるロゼ。
だが感心している暇はない。剣を構え、正面を見据える。

 

「待ちなさい、勝手なことしないで。あたし達は雇われたのよ?突入命令がまだ
「依頼は住民の救助だ。命令を聞く依頼は受けていない。」
「衛兵がやられてんの、うかつな真似は――」

 

ロゼの言うことは至って冷静なものだった。
今思えば、この時点で随分と焦っていたのかもしれない。

 

「だから、手遅れになる前にやるんだ。」

 

アルザスは、屁理屈のように言い伏せる。
判断を誤れば、助けられるものも助けられなくなる。必要以上の命が還る。喪失を嫌う彼は、見知らぬ者の命まで重く感じる性分ではないが、それでも街の者を助けられず、助けられるはずだった命を失うということは苦痛に変わりないのだろう。
それだけではない。彼は、元々は騎士だ。長に忠誠を誓い、街の者を守るためにその剣を振るう。10に騎士になり、20に全てを失った。10年の騎士生活と竜災害は、彼に『何が何でも街の者を守る』使命を根付かせているようだった。
相手はゴブリンだ。今はもう、一人でも片づけられる。

 

「もう死んでると思うわ。」

 

歩き始めた視界の隅で、背後のロゼは肩を上げるしぐさをする。無表情のまま下す、合理的で冷酷な判断。
否応なしに、自分自身も同じことを考えていたことに気づかされる。ロゼの言うことは建前なのだ。その実は先を見据えている。
助けられると踏めば、止めなかったはずだ。
時に冷酷にさえ感じる、盗賊の洞察力。
それでも、守人にとってそんなことは問題ではなかった。
今はただ可能性に過程を裏付けていくだけ―― 否、免罪符が欲しいだけなのかもしれない。

 

室内は薄暗く、しばらくは目を凝らすしかない。
あたりは静まり返り、聞こえるのは外の植木が外壁に擦れる音、自分の靴が床をにじる音。頭上で赤く煌々と光るランプが長い影を浮かび上がらせる。通路の奥へアルザスを写し取った影絵が吸い込まれている。
その先に、神経を研ぎ澄ます。
こつ、こつ、と自分が床を踏む音。エントランスを抜け、長い廊下に立った。相変わらず人の気配はない。扉も窓も開け放たれて、ときおり隙間風が通り抜けていくのを感じた。背中越しに差し込むランプの明かりが、通路に張り付くようにして伸びかかっている。
辺りを見渡し、アルザスはついにそれを見つけた。

 

「あれは……」

 

つい数刻前までは生者だったであろう死者。
命から命が奪われる。究極の略奪を受けた人間の身体は、もとより命のない人形よりも儚げに力なく横たわっている。
まだ他に。他に、生存者は。そう思い進むも、見つかるものは2つ目の死体。横たわった男の死体に沿って視線を滑らせていくと、壁に盛大にまき散らされた血飛沫の後を見つけた。バケツを返したような血の海が広がり、踏み出したアルザスが靴を滑らせていなければ、まだ望みを持てたかもしれない。ひどい出血量だった。
その奥にもう一つ。片方は女か。壁に背を打ち付けて倒れていた。どこからどこまでが誰の血なのか分からない。
この光景には、覚えがあった。いくつもの死体が溢れ、視界に映るものに必ず入る血と肉の紅色。規模こそ違えど、この光景だって寸分違わない。
暴力の後。攫われ奪われた命。ぎり、とアルザスの拳が強く握られた。

 

「……く、遅かったのか……」

 

彼らはどんな生き方をしてきて、どんなことを思ってきて、そして死んだのか。
アスティなら、こんなことを言い出すのだろうという一言が脳裏を過った。彼女は人を知ろうとする。人を見て、客観的に意見を述べようといつも務める。だが、死人に口なし。彼女が居たとしても、その想い一つ汲み取ることはできないのだろう。
つい先ほどまで、住人を助け出しゴブリンを仕留め、全て丸く収まり大団円、という未来を想像していた。それが今や叩き落された羽虫のように潰えている。
彼は、息を殺した。
自分の唾液を飲む音が脳裏に響く。
歩を進めるたびに粘り気のある液体が絡みついては剥がれた。
最高の結末がなくなった。助けられたかもしれない命を助けられなかった。
守るべきものを、また守れなかった。幸いなことを挙げるとするならば、それが見ず知らずの人であったということだろうか。あまりにも酷い話だが、守るべき重さとしては、相手を知らないということはそれだけ低くなる。
命の選定を行っているようで。アルザスは、静かに首を横に振った。それよりこれから相手にする奴に集中しなければならない。愛用の剣を握り直すように手に力を込める。
廊下に何も居ないことを確認し、蝶番の外れたドアを押し開ける。
目に入ってきたのは4つ目の死体。

 

「……4つ目?」

 

ロゼの言葉を思い返す。居住者は3人。安否は不明だと。
思わず数え直してしまう。理由はとても単純、簡単なこと。明かりのない突き当りの部屋に転がっていたそれが、場違いな死体だと思えたからだ。
そう、これは。

 

「……たまたま死んだ人。」

 

ぽつり、漏らす。
それは不運にも沈没する旅客船に乗り合わせてしまった悲劇。図らずも無邪気に断頭台に上っていく子供。新幹線内で見つけてしまった眼鏡と蝶ネクタイを付けた少年の姿。
非情に配られた運命のカードを見透かして見た気分になった。
きっと、いつの間にか何の気なしに終わっていたのだろう。その軽さを見るにつけ、アルザスの中に黒い渦が広がっていく。
―― 違う。俺が本当に訝しく思ったのはそんなことじゃないだろう。
自分に言い聞かせる。もっと端的に、周囲の闇と区別がはっきりしないほどにもどす黒い死体が、酷く”ありえないもの”に見えたから。
そいつは糸が切れたように脆弱な死体でありながら、確かにそこにいるとばかりに視界に入り込んでいる。違和感の正体を考えている時間はなさそうだった。
もっと先にやることがあるだろう。そう、本能が訴えかけている。
何か決定的な一線を踏み越えている気がする。
その瞬間。

 

「―― !!」

 

そいつは、動き出した。
剣を構える。腰から反り返り、まるで見えない糸に操られる不格好なマリオネットのように起き上がる。何の前触れもない死体の動作に、まるで反応できていない。
馬鹿、あれは死体じゃない。
だというのに、なんだって、俺はこんな無防備な体勢でいる?その危うさに肝を冷やした。
死臭の立ち込めるこの館において、死者以外に存在するもの。
殺意をむき出しにして、耳を劈くような咆哮。
人の姿に似ているようで一回り小さく、緑の爛れた皮膚を纏い、蒸されたような呼吸を放つ醜悪な魔物――
その異様が、身体を捩じるようにして爪を振りぬいてきた。

 

「なっ……ゴブリン!!」

 

咄嗟に剣で爪を受け止める。衝撃が腕に走る。
俺の知っているゴブリンじゃない。俺の知っているゴブリンは、果たしてこのような鋭利な一撃を放つことができただろうか。
受け身にならざるを得ない。ゴブリンは続けざまに第二、第三の攻撃。その隙間から仰ぎ見れば、そいつは視線だけで彼の喉笛を射抜かんと、赤く鋭い眼光を向けている。
その実体があるのかないのか分からない朽ちかけた姿、常識外れの動き。
これはゴブリンではない。もっと別の規格で呼ぶべきもの。だが、アルザスにはそれが分からない。ゴブリンのようで、ゴブリンではないもの。強いていうならば、死してなおも生に縋る、ゴースト。
4撃目を弾いた勢いで間合いを取る。油断をしていなかった、といえば嘘になるか。
ゴーストは何事もなかったようにゆらゆらと起立して、足音一つ立てずにアルザスとの距離を浸食していく。

 

「くっ……思いのほか、厄介な依頼だったな。俺に、やれるか……!」

 

やれるか、ではない。やらなくてはならない。
恐らく普通の剣では効果がない。そう判断し、いつもの剣を仕舞いスライプナーを取り出そうとするも、目の前のゴーストはそれを許さない。
持ち変える暇などない。どうする。こんなところで死ぬのか。
そんな弱腰が、駆け寄る軽快な靴音にかき消された。
冷たい空気を纏ながら、草色の髪が風に靡く。

 

「死者の怨念がゴーストになって彷徨うように、ゴブリンの怨念が街を襲った。
 魔族は魔力を持つ。怨念は霊力、人の心が作り上げる思念体だって?生憎、何も珍しいことじゃないわ。彼らも魂を持つ。だって、生きていたのだから。」

 

残念ねぇリーダー、とからかうような声に、アルザスは振り返らずに苦笑する。

 

「ラドワ。」
「何かしら?」
「見てたんなら手伝え。」
「えぇ……そんな簡単に手を出しちゃったら、アルザス君の成長に繋がらないでしょう?冒険者としてまだまだ新米なのだから、想定外には慣れておくべきよ?」

 

相変わらずこの魔術師は性格が悪い。その言葉が真か、それとも揶揄われただけか。真偽は分からないが、アルザスとラドワは視線を合わせることもなく、無言の構えで揺れる黒影と対峙する。それでも駆けつけてくれた辺り、まだ人の心があると言ってもいいのかもしれない。……いいか?グレーゾーンでは?
目の前のゴーストは、漁火のように滾る獣の眼をしている。太陽の眼と、琥珀の眼に紅の視線を刺してくる。それから、頬を震わせながら吠えた。

 

「ガァァァァアアアアアアッ―― !!」

 

肉薄の間合いを今か今かと手繰り寄せている。
それを後方で、ラドワはぽつり、言葉を漏らした。

 

「平和を返せ。」
「……?」
「彼らが人間の言葉を話せたなら、きっとこう言うでしょうね。」

 

同情しているつもりなのだろうか。
いや待て。仮にだ。もし仮に同情しているのだとすれば。

 

「お前……人の心が分かるように!?
失礼ね!?あなたが分からなさそうだから代弁したっていうのに!?」
「いや……あなたが人の心、いえ、この場合ゴブリンの心でしょうか。代弁ってすいませんがめちゃくちゃ気持ち悪いですよ……

 

駆けつける、4人の仲間。2羽の海鳥に、追いつかんとフルスピードで飛んでくる。
皆が皆、ラドワの言葉に気持ち悪さを覚えている。流石に屑女はキレていい。日頃の行いと言ってしまえば元も子もないが。
相変わらず緊張感が消えてしまったが、戦闘は終わっていない。ゴーストを前に、カペラが声を紡ぐ。

 

「でもね、僕たちはゴーストじゃない。『勝って明日を紡がなきゃいけない』。だから、僕たちは『勝つ』んだ。」

 

言霊が発動する。頭の呪いによる、統率者たる号令。彼の声一つでカモメたちは身体が軽くなる。妖魔の霊を討ち倒さんと、力が授けられる。

 

「流石に見送った顔が毛布に包まって出てきたら、あたしでも胸が痛くなるわよ。もう少し落ち着いたらどうなの?」
「あら、あなたが胸を痛めるっていうのも大概だと思うのだけれど?」
「くっ、言ってくれるじゃないの。」
「……お前ら。」

 

振り返ることなく、剣を握りしめる。
隣に暴風が並ぶ。その少し後ろに歌が、その更に後方に癒し手と翼と雪が並ぶ。
いつもの、カモメの翼の隊列だ。

 

「イノチの執念、かくも強きかな。」

 

呟いたラドワは、いち早く詠唱を完成させ魔法の矢をゴーストに向かって放つ。ゴースト化したゴブリンは、魔法の矢1つくらいではものともせず、今もなおその存在を誇張するかのように現世に留まる。

 

「霊体には物理的な攻撃は効かないわ。アルザス君はスライプナーでそいつの動きをけん制して!ロゼは銀の矢じりで迎え撃って!」
「分かっている!」
「任せて。」

 

攻撃を凌いでいるところにもう一本、ラドワの魔法の矢が撃ち込まれる。その怯んだ隙を見て、アルザスはすぐさま剣を持ち替えた。鋭い攻撃はカペラの声のお陰で随分と楽に受け流せるようになっていた。
それだけではない。他の仲間が、力を貸してくれている。共に戦ってくれている。
一人ではない。六人だから、戦える。

 

「っしゃらぁ!あたいのことも忘れんじゃねぇぞ!」

 

気を込めた、居合切りにも似た断ち切る斧の技術、破魔絶ち。対霊体のために生み出された攻撃で、ゲイルも応戦する。霊は思念体、いわゆる感情の集合体。気とて、それと同じ霊力。
だから、気は霊を断ち切る刃となる。

 

「あぁそっか、あんたはただの脳筋じゃなくって、幽霊もぶっ飛ばす超脳筋だっ、け!」

 

銀の矢じりをゴーストに打ち込む。
彼女の一撃も、ゴブリンの喉元に見事命中。込められた浄化の力に、ゴーストはいよいよ無力化されていく。

 

アルザス君、止めはお願い!」

 

一人では、あれほどまで絶望的だと思ったこの状況が。
仲間の手により、こうもひっくり返さた。仲間というものは凄いものだと痛感する。
風が生まれる。アルザスの剣にそれが宿り、スライプナーの力を受けて清き疾風と昇華する。

 

「―― 風よ、切り裂け!」

 

鋭い風の刃が、ゴーストの身体を一刀両断する。

 

「死してなお生に縋る魂に安息をもたらしたまえ!」
「ガ、ァ、アァァァアアアアァァァァッッッ―― !!」

 

最期には、ゴーストの悲痛な叫びが部屋に響いた。

 


「……ふう。」
「……」

 

霊を退治し、暫く部屋は静寂に包まれた。
武器を収め、終わったことを確認する。その中に一人、武器を仕舞わず立ち尽くす者がいた。

 

「……ラドワ?」

 

杖を握ったまま、腕がだらり下がっている姿に違和感を覚えたロゼは、ラドワに近づき顔を覗き込んで。

 

「…………っ、」
「え、」

 

そのまま、硬直した。
無表情のまま、固まっている。無表情というか、驚きすぎて驚きの表情すら顔から消えた、そんなびっくり仰天の形相。でもどう見ても無表情。

 

「ん?なぁなぁどーしたんだ?なんか面白ぇことんなってんのか、」
「どったの?なんか気になったことでも、」

 

ここで気になって覗き込むゲイルとカペラ。
二人はラドワの顔を覗き見て、そして。
なんということでしょう。突然倒れた。

 

「お、おい!?何があったんだゲイル、カペラ!?」
「何で突然倒れてるんですか!?ねぇ!?どうしたんですかねぇ!?」
「……いてる……」
「え、ロゼ、何ですか!?」

 

顔を真っ青にして泡を吹いて倒れた2人に肩を回し、支えて立ち上がるアルザスとアスティ。ロゼは未だ無表情のままラドワを見つめ、わなわなと口を開く。

 

「泣いてるの!この屑が!泣いてるの!」
「は、はぁ!?え、だってこいつ、人畜有害の心無し畜生快楽殺人鬼 ~殺したときの人の怯えた顔もだぁい好き~ の、あのラドワだぞ!?それが!?涙!?泣くって何があったんだ!?」
「見ちゃダメ!呪われるわ!ゴルゴンより危険よこれは!生者退散の力があるわよ!」
「うるさい……ちょっと感化されただけよ。珠の呪いで魔力に過敏なだけだというのにこの言われよう。というか、言っていたらあなた達も来るわよ?」

 

ハンカチを取り出し、涙を拭う。
どうやら魔力の持った存在が霊体になり、霊力に近い作用が生まれているらしい。本来は魔力を持つ存在であるため、魔力を持つ者に影響が出る。そのため魔力を持つ者はその霊力に充てられ、ゴブリンの思念の影響を受けて涙が止まらなくなる、という理論だそうで。
お気づきだろうか。この場には、魔力持ちの人間が6人いる。

 

「……ってうおおおおおお!?本当だ、俺も涙が止まらなくなった!?」
「うわあああああ私も!?私も止まらないんですがえっまって何これ待って怖い!?」
「あたし平気。」
「あなたはまあ……うん。呪いが勝ってるわね。」

 

アルザスもアスティも、目からハイドロポンプ状態になった。それを思うとラドワが目から雫程度で済んでいるのは、やはり心のなさが影響しているのだろうか。
ロゼが涙しないのは、呪いによる無感情だからだろう。何も突き動かされないその理由を、まだラドワ以外は分からない。

 

「何でロゼは平気なんだ!?」
「あたしは魔力を理解して使ってないから
「呪いの代償よ。無感情と無関心が代償なの。」
「ラドワ???ちょっと???」

 

何でバラしたの?と未だ涙をこぼす瞳に訴える。ふんっ、と不機嫌そうにラドワは答える。

 

「好き勝手言われた私の怒りを思い知りなさい。あなただけ何も言われないなんて不公平よ。」
「お、横暴が過ぎる……大体それはあんたの普段の行いからでしょーが。何であたしが巻き込まれないといけないのよ?」
「無感情や無関心って思われたくないから隠してた、ですって?まあ下らない理由で随分と隠してきたわねー大変だったわねーご苦労さまー?」
「……ねぇラドワ。ちょっと一曲踊ってくれるかしら?その生肌掻っ捌いてあげるから。

 

短剣を2本取り出し、宣戦布告。あらやり合う?とこちらも短剣を構える。
なんだこれ。2人は喧嘩を勃発させて、2人は気絶して、2人は目から滝を生み出している。

 

「お前ら!お前ら落ち着け!一応これ依頼中だから!」
「目からスコール垂れ流してるシーチキンエルフに言われたくないわ。あんたこそ落ち着きなさい。」
「だからこれは感化されただけだ!ラドワがさっき言っていただろあーもーお前らやめろーーー!!」

 

  ・
  ・

 

仲良しこよしの喧騒の後。冒険者は月夜の下を歩く。

 

「一つ、聞いてもいい?」

 

ロゼは、アルザスに……否、カモメの翼全体に、問いかける。
先ほど無関心と無感情を暴露され、隠していたものは仲間内に知られてしまった。ロゼは大きなため息をつきながら、気がかりそうに尋ねた。

 

「……あたしのこと、薄情なやつだと思う?
 あたしの感情は、全部あたしが無理やり作ってるもの。さっきアルザスに『見送った顔が毛布に包まって出てきたら、あたしでも胸が痛くなる』って言ったけれど。きっとあたしは、この仲間の誰が死んだとしても、泣くこともなければ何も突き動かされないわ。」

 

今なら分かる。
それがたまらなく悔しいから、ロゼは呪いの解呪を願う。抱いていた感情を失いたくないから、己が無理やり他者に関心を持って、かつての自分を演じる。
きっと、凄く滑稽だろう。けれど、彼女は自分を失いたくないから、必死に足掻く。
……それを、どうして無感情だと言えようか。

 

「むしろ俺は、お前は感情的なやつだと思っているぞ。感情を取り戻したいと願うそおれは、紛れもなくお前の感情だろう?心配するな、お前はお前の思っている以上に感情をしっかりと抱いている。呪いに負けているなんて、これっぽっちも思わない。」
「違和感を感じることはありましたが……なるほどと納得しました。時々見えるドライさは、呪いのせいだったんですね。
 でも、逆に。ドライである方が不思議だと思うくらいには、ずっと感情的な人間だと私も思っていました。」
「……そう。」

 

ほっとしたような表情、に見えた。
この表情は、心からのものだろうか。それとも、意識して作ったものだろうか。
アルザス達には、判断はつかなかった。

 

「……ねぇ、私も一つ。」

 

次に質問を投げかけたのは、アスティだった。
記憶なき少女は街頭を見上げる。その光は青く、蒼く。危うく明滅を繰り返す炎に、だが焦燥はない。

 

「……見つかるでしょうか、私たちの居場所。奪ったり、奪われたりがない、ただそこに居ていい。そんな場所が。」

 

それは生きるもの達が時に陥る、決して終わらない問い。
さして珍しくもないありきたりな問い。
生き物は何万年も前に諦めた。
一億年後にも同じことで悩んでいるに違いないだろう。

 

「……なぁ、アスティ。俺は、」

 

言葉を紡ごうとして。そのまま、言葉が引っかかる。
顔が赤い。つっかえた理由は、もう、仲間の誰もが……いや、一人ほどわかってないだろうが、あぁと察した。

 

「これからもよろしく、だってさ。」
「!?ちょ、カペラ!?」
「間違ってないっしょ?え、何?それとももっと大声ではっきりと言ってほしかった?だったら僕思いっきり色つけて熱演しちゃうよ?」
「やめろ!?やめてくれ!?それは俺の口で言うから!俺が言うから!あと色付けなくていいから俺の感情を伝えるから!?」
「言ったな?」

 

あっ、と。
かつてないレベルの失言に、アルザスは気が付いた。
俺の口で言うから。言ってしまった。バレバレなその感情を口にすると、言ってしまった。

 

「よし、じゃあ早速帰ったら会場の見繕いをしましょ。」
「まて、頼むまって
「ついに年貢の納め時ねぇ。はーやれやれ、一体いつまでこの歯がゆい関係が続くのかと思っていたわよ私。」
「あの、まって、お願いまって
「アルアルのかっこいーとこみたいよねー。さーどこがいーかなー。」
「待ってぇえええええ!?お前ら、お前らそも覗く気満々かぁああああああ!!」
「……ふふ、なんだか、聞くだけ無駄だったみたいですね。」

 

けらけらと、愉快な笑い声が夜道に響く。
きっと、彼女の問いかけは。とっくに必要のない問いかけとなっていたのだろう。
居場所は、もうある。後はそれを、守っていく。
この、カモメの翼という仲間を。それから、誰よりも大切なあの人を。

 

 

 


☆あとがき
めちゃくちゃシリアスだったのに、ラドワさんが来てからぶっ壊れました。ラドワって女はシリアスブレイカーなのかもしれない。……そうだな、シリアスブレイカーだわ。
ちょっとした伏線のために便利だったのと、次につなげるきっかけに最適だなと思ってこのシナリオをリプレイしました。ちょっと哲学チックで好きなシナリオです。ゴブリンにも心がある。討伐させる側の目線というものを考えさせられるシナリオですよね。
あ、ロゼちゃんの呪いの代償暴露は実は予定にありませんでした。てへ。

 

☆その他
報酬 17501→18501sp

レベルアップ
カペラ 3→4

 

☆出展

ながやとか様作 『ゴブリンの歌』より