海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_23話『涙の代わり』(1/2)

※2/3くらいオリジナル

※外伝6の翼と雪を読んでると分かりやすい(読まなくても可)

※後半最後R-15っぽいから注意

 

 

白銀都市スノウ=レイ。北海地方の最南端にあり、現在北方地方では最も人口も多く、発展した街である。
スノウ=レイがあるためここまで馬車が通じている。竜災害の被害も殆ど見舞われず、竜災害が起きてこの地に移住した北海地方の者も少なくはない。
賑わっている街を、ロゼとラドワの二人で歩く。戦斧の作成依頼を依頼し、ラドワの実家へと向かう。家には戻りたくないとは言っていたが、一度は戻るつもりだった。というのも、今回魔力の残留の解析依頼を出そうと考えていた場所が、ラドワの実家、セリニィ家だったのだ。
仲睦まじい会話をするつもりはなく、頼んで逃げるつもり満々だったわけで。そこを監視されかねないと思うと大変居心地が悪かった。

 

「……ところで、傷は大丈夫なの?」

 

現在、ロゼは首に包帯を撒いている。
吸血鬼は人間の血を吸うと、新しい吸血鬼か、あるいは喰種(グール)を生み出す。が、クレマンはレッサー吸血鬼であるためか、他の理由からか。彼女が人間を噛んだとしても、吸血鬼や喰種を生み出すことはないようだ。本人もそれを知っているからこそ、ロゼに容赦なく吸血を行ったのだろう。
吸血鬼の魔力が残るせいか、彼女につけられた傷の治りは遅い。以前も胸を刺されたときにそれは実感していた。今回も、暫くは跡が残るだろう。

 

「…………」
「ねぇロゼ。聞いている?」

 

再度声をかけて、はっと我に返る。
ずっとこんな調子である。やはり休んでいるべきだったのではないか。今からでも送り返すわよ、と伝えると大丈夫、と首を横に振った。

 

「少し休む?石を預ければ、部屋くらい貸してもらえると思うけれども。」
「ほんとに大丈夫よ。気にしないで。……あたしは大丈夫だから。」

 

無理に笑おうとしているように見えた。
ロゼの微笑みは、いつも作りものだ。されど、今日はその作り物さえも、無理やり作っているようだった。それを怪訝そうに見つめるものの、ラドワはそれ以上は聞かなかった。

 

「あと10分くらい歩いたら到着する。……ただし、実家は、の話だけれども。」
「……?実家は?」
「別荘があるの。魔法の研究は主にそっちで行っているから、実家は現在誰もいないという可能性があるわ。」

 

話によれば、魔法を研究している以上、常に暴発の危険が付きまとう。
街中で魔法を暴発させれば迷惑になるし、見物人が出てくるとそれこそ研究に集中できない。そう考え、魔法を研究するために、街はずれに別荘を建てたのだという。別荘といいながらも、研究目的の建物のため結構大きいのだそう。
セリニィ家は、北海地方だけではなく、世界的に有名な魔術師の家系。魔術に精通する者であれば、その名前は必ず知っている。最も名を残した研究は、『スクロールに魔法を封じる術』である。
魔力を持たない者であっても、スクロールを開いて術を唱えれば誰だって発動が可能である。そのためには巻物に魔力を封じる機構や、誰にでも術が唱えられるため呪文の簡略化が必要であった。その機構を作り、世に残したのがセリニィ家の先代だという。
今でも、そうして『護身のため、誰もが簡単に術を扱える』術を中心に研究しつつも、独自の分野の魔術を研究し残している。それを『絶対に成功する魔術の研究などつまらない』といって家出したのがラドワだ。
別に家族と仲が悪かったわけでもない。魔術の勉強に不真面目だったわけでもない。ただ、繰り返される日々が詰まらず、飽き飽きとしていた。なんとも贅沢すぎる話だ。

 

「魔力の解析の力なら、セリニィ家はかなり優秀よ。特にお母さんがそういうことが得意で……、……?」

 

軽くロゼにうちの話をしながら歩いていると、道をふさぐように女の人が立っている。
見知らぬ者だ。ラドワの対人記憶力がおしまいなので、アテにならないといえばならないが。
震える声で、女は言葉を紡ぐ。

 

「……あなた……せいで……あなたの、せいで……私の、夫は死んだ……!」
「…………」

 

殺したっけ?殺したかもしれない。
女の手にはナイフが握られている。どうやらあれで、自分を刺し殺すつもりなのだろう。
でも白銀都市で殺しはした記憶がないのだけれども、と反論しようとして……その矛先が、ロゼに向いていることに気が付いた。

 

「ねぇ……カラスの嘴……忘れたとは言わないわよ……」
「―― !?」

 

伝わる動揺。ロゼは大きく目を見開き、息が詰まる。
ナニソレ?といった様子でラドワは首をかしげている。聞いたことあるようなないような。数秒悩んで出てこないので知らないということにした。

 

「夫の……夫の敵ぃぃぃいいいっ!!」

 

真っすぐ走り出す女。ロゼは、反応しない。反撃しようとしない。
瞬間に判断したラドワは、愛用の短剣を取り出しロゼの前に立ち、女のナイフを弾き落とす。それを拾おうとして、もう一つ動く影を察知した。

 

「―― !」

 

背後からも、更に一人ナイフを振り上げていた。年齢は幼い。10歳と少しくらいの子供だろう。
しゃがんだ姿勢のまま走り出し、ナイフを振り下ろされる前に子供を突き飛ばす。そこまで力がないと言えど、長身女性の突き飛ばしはなかなかに威力が出る。数メートルほど転がり、泣きわめきながらこちらを見上げていた。

 

「人殺し!とうちゃんを返せ!」
「夫を返せ!私の夫を返してよ!ねぇ!」

 

通行人が、こちらを見ている。騒ぎになりつつある。
これがチンピラや冒険者であれば、容赦なく屑は楽しんで殺しただろう。しかし、白銀都市で、名を知られていて、女子供を傷つけたとなれば、この街に滞在することが難しくなる。それだけならまだしも、セリニィ家を巻き込んだ騒ぎになることは大変面倒くさい。

 

「ロゼ。走るわよ。」

 

動けずにいるロゼの腕を掴み、走り出す。最後に訪れたのが5年前であれど、土地勘は十分にあった。
大通りを走り、路地裏へと逃げ込む。人通りのない狭い道へと隠れ、一先ず大丈夫だと判断。ぜぇぜぇと息を荒げながら、じっとラドワはロゼを睨んだ。

 

「どうして自分の身を守らないの。あなたなら、十分身を守れたでしょう?」

 

要求した説明は、なすがままにされようとなったことだ。
人殺しと責められたことも、カラスの嘴とは何かとも尋ねない。ただ、ラドワはまるで、殺されても仕方のない人間ですと、彼女が主張しているように見えたから。
それが、とても気に喰わなかった。

 

「……から……」

 

弱々しい声で、吐き出す。

 

「……その、通りだったから……あたしは多分……殺したんだと、思う……罪悪感が、あるのかしら……わからない、けど……動けなかった……」
「……そう。」

 

その表情は、今にも泣きだしそうで。
けれど、決して涙が流れることはなかった。
今にも泣きじゃくって、わめいて、大声を出すところなのに。
痛々しいくらいに、感情のある無表情に見えた。

 

「……ごめん、やっぱ疲れてるみたい。適当な宿探して休んでくる。」
「え、ここから宿を探すの?というより下手に別れない方が――」
「大丈夫。次はちゃんと、逃げるから。警戒もしてる。……少しだけ、一人にさせて。」

 

タンッと、駆け出す。彼女が本気で駆け出せば、ラドワに追いつく術はない。

 

「……お目付け役はなんだったのよ。」

 

はぁ、と大きくため息をつく。昨日からため息ばかりついている気がするわね、と呟いた。
少しだけ一人にしてくれ、と頼まれたので一人で石を預けに行く。ここからそう遠くない場所に目的地はある。面会サボってもいいかしら、などとよからぬことを考えながら。

 

  ・
  ・

 

案の定実家は無人。ノックをしても、誰も出てこない。
仕方がないので別荘の方へ向かう。街の外れとはいえ、近所ではある。白銀都市を出て10分ほど歩いた場所にそこは建っていた。
森がすぐ近くにあり、涼しい風が吹き抜ける。この森は魔力の触媒探しのためによく入った。野生動物が多いが、危険な生き物はいない。狼くらい出るが、森に入るときは必ず『護衛』が居たので大した問題ではなかった。

 

「ただいまー。」

 

大変ナチュラルに別荘へ入る。

 

「いや待てよちょっと誰か知らないけどノックくらいし……」

 

出迎えたのは、父親だった。顔を合わせ、互いに無言になること十数秒。

 

「あぁーーーーーー!?ラドワ!?ラドワ帰ってきたのか!?」
「ぐえ、ま、待ってくるし
「心配したんだぞ!攫われてなかったか!?どこも痛くないか!?悪いことされてないか!?大丈夫だったか!?」
「待って、待って、説明しても長くない、から、まっっっ」

 

その後、両親に抱き着かれ、別荘に居た研究員にもわいわい騒がれ。
事情を話せば、あまりのゴーイングマイウェイさに引かれた。あとめっちゃ怒られた。
家出した後、心配になって北海地方全域を探し回ったらしい。何の情報もなかったが故に、捜索することができなかった。
一か月くらい何の魔術の研究にも手が付かなかったんだぞ、と号泣されながら父親に訴えられたときは流石に申し訳なくなった。ない心が痛んだ。

 

「……そうか、今は、リューンで冒険者をしているのか。呪いの解明や、記憶喪失の少女の手がかりを探して、ね……」
「えぇ。言っておくけれども、家に戻るつもりはないわよ。今日は用事があって戻ってきたけれども。」
「うーーーん出て行って音沙汰があったら用事があるがために戻ってきた。流石私の娘。どこまでも利己的で人の心がない。」

 

何一つ変わってない姿に、いっそ清々しさこそ覚えた。流石すぎて感動する。
とはいえ大変元気そうな我が子の姿に心底安心したのも事実。

 

冒険者として上手くやっていっているのならよかったわ。うちのことは気にしないで。跡取りが困るけれど……ま、なんとかしておくわ。」
「え、いいの?怒っていないの?」
「怒ってるぞ。勝手に家を出てったことにな。」

 

ごめんて。
流石にそこは本当にすまないと思っている。

 

「でも、冒険者になったラドワは凄く楽しそうだ。やっとやりたいことが見つかった……いや、違うな。楽しいことが見つかったんだなって。ほら、魔術の勉強をしててもずっと退屈そうだったじゃないか。だから、ラドワが自分のやりたいことを見つけられたのなら、お父さんもお母さんも応援する。」
「お父さん……」
「勝手に家を出てったことは死んでも許さんけどな。」

 

いやほんとにごめんて。
まさか心配されると思ってもみませんでした、とは言い出せない。この場合の心配されると思ってもみなかったは、自分が愛されていると思っていなかった、とかではなく。家出して心配されると考えられなかったという、人の心が分からないクソみたいな理由だった。

 

「ところでラドワ、用事って何かしら?」
「あ、そうそう。この石に魔力の残骸があると思うのだけれども、それをうちで調べられないかしら。ウィズィーラの指定した禁止区域の海底に、遺跡があったことが分かったの。そこにあった石よ。」
「この子勝手に禁止区域に入り込んじゃってるよ。」

 

今はもう街がないから自由なはずよ、とこれまた屑発言。
興味がないか?と問われれば勿論そんなことはない。めちゃくちゃ興味深い研究材料だ。受け取らない理由がない。

 

「明日には解析しておくわ。うちの魔法解析力に任せなさい。」
「えぇ、ありがとう。リューンの賢者の塔の解析力よりもずっと優秀だって知っている。」
「あそこと比べられると光栄だなぁ。規模こそ小さいけれど、解析力と一部の分野なら負けないよ。」

 

これでよし。目的を果たせば、家を出て行こうとする。
えっなんで?流石に家族のストップ。えっなんで?首を傾げる屑。

 

「えっそこは家族と仲睦まじい会話をしながら一晩過ごす、というイベントが起きる場所じゃないのかい?」
「私の記憶領域にそういうものはインプットされていないわ。あと……ちょっと放っておけない人がいるから。追いかけたいのよ。」
「おーけー分かった行っておいで。」

 

掌返しRTAだ!自分の娘との再会の時間が短いことは心残りだが、人の心がない娘から放っておけない人がいる、なんて言葉を聞く日が来ると思っていなかった。
道徳を学んできなさい。人の心を得てきなさい。あ、やばい泣きそう。子供の成長に泣きそう。お父さんまた涙腺が緩まっちゃったな。

 

「あ、もう一つ聞いていい?カラスの嘴って知ってる?」
「カラスの嘴ってあのとうぞブッッッッッ

 

吹いた。盛大に遅効性で吹いた。
げほげほと咽てから全力で首を横にぶんぶんと振る。何か知っていることは見るより明らかだが、問い詰めても教えてもらえそうにない。どうして?と抗議したい気持ちでいっぱいだが、したところで答えてくれないだろう。

 

「そう、知らないのならいいわ。それじゃあまた明日聞きに来るわね。正午くらいに来ると思うから、ごはん用意しておいて。」

 

追求をあきらめ、ラドワはロゼと別れた場所へと向かう。一番近い宿を訪ね、いなければ少しずつ目的地から離れた宿を探し出せばいい。
両親はふーっと息をつきながら、互いをちらり見て、言えないよなぁとため息をついた。

 

「だってさあ。昔介抱した盗賊がそうって言えないでしょ。」
「あの子、全然知らないみたいね。いっそ奇跡でしょうこれ。怖いわー周囲に対する無頓着っぷりが凄いわー。」

 

 

次→