海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_24話『答え合わせ』(1/2)

※総集編みたいな感じ

※1~23話全部見た上で読むことをお勧めする!

 

 

「……あら。」

 

必要物資を取りに、北海地方に向かってから3度目のリューン。
ラドワが夕方に海鳴亭へと戻ると、カウンターに見覚えのある男の姿があった。基本的に人の顔を覚えることがない彼女でも、覚える必要があると記憶した顔。

 

ゼクト。何のつもり。」

 

襲撃の際に居なかった、オルカの背鰭のリーダー。顔の右半分が火傷で爛れた醜悪な顔は、誰であってもそう忘れられないだろう。ラドワは臨戦態勢を取ろうと思ったが、すぐに『話しをしにきた』のだと理解する。
単独で来ている。こちらが『あいつがカモメの翼を傷つけた』と騒ぎ立てれば追い出すことが可能だろう。しかし、向こうは手慣れだ。この宿にある程度被害を出してから去って行くだろう。物損でもいいし、冒険者を殺してもいい。二度目の来訪の予定がないのであれば、向こうにさしてデメリットはない。
では、この場でラドワを殺すとなれば。この時間帯は人が多く、目撃者も出る。そもそも亭主の前で、そのようなことはできないだろう。

 

「君は理解が早くて助かる。
 なに。僕たちの仲間を無事退けたからね。報酬に、いくつか美味しい情報を渡しておこうと思って。」
「随分と上から目線ね。しかし、あなたが情報をこちらに渡すメリットはなに?あなたたち、別にそんな律儀なタイプでもないでしょうに。それに、嘘の情報とも限らないわ。」
「疑うのならば、お世話になってるガゥワィエにでも聞けばいいよ。彼、凄腕の魔術師らしいじゃないか。」
「彼女だ、彼女。殺されるぞ。」

 

親父さんからのツッコミ。間違えたら割と殺される。
あれ、そうだっけ?と首を傾げるゼクト。性別を間違える辺り、直接の接触はないだろう。

 

「さて、僕も長く話す気はないからさっさと本題に入るよ。
 君、ロマネを知ってるかい?」
「……いいえ。聞いたことないわ。」

 

だろうねぇ、とくつくつ笑う。イラっとなったので殴っていい?いや……ちょっとこいつ気持ち悪いし、触りたくないかな……と、なんとあの屑にブレーキがかかった。今夜は雪かな。

 

「メリットを訪ねてきたね。
 僕たちにとって、君たちにロマネを警戒してもらわないと困るんだよ。あれは極悪魔術師。今は隠れてるけど、いつか牙を剥いてくるよ。」
「あなたの敵をこちらに押し付けないでくれる?そこまで責任を持てないのだけれども?」
「やれやれ、僕たちを敵のように扱うね。これだから神様嫌いの不敬者は嫌いなんだ。」
「不敬で結構。神なんて皆死んでしまえ。
 ……さて。そんな風に警告してくるということは、『共通の敵』ということね。」

 

互いに仲良くする気はないが、互いに都合が悪い相手であるということだろう。
凡そ、アスティに関してか、あるいは海竜の呪いについてのどちらかの点で。予想では、前者。
彼らにとって、アスティはなんとしてでも手籠めにしたい存在だ。同じくアスティを狙う第三者がいるとすれば、なるほどロマネの思惑通りになることは避けたい。

「あともう一つ。……君の盗賊は、気づくべきことに気づいてないよ。間抜けだからさっさと気づいてもらって?」
「ロゼを侮辱する気?ロゼは私が誰よりも信頼する相棒でもあるのだけれども?」
「でも無能じゃん。クレマンのことを今一度思い出させるべきだね。」

 

用事はこれだけ。カウンター席から立ち上がると、次は今度こそ殺しにいくからね、と不気味な笑みを浮かべて去って行った。
ロゼのことを侮辱されたことはぶち殺してやりたいところだが、ロゼでなければ気づけない何かがあることは確かだ。クレマンのことを思い出させるべき、ということは過去に付随する何か。

 

「あ、ラドワ。さっきの男、揚げじゃがとエール代をラドワに請求しろと言っていたぞ。」
「…………」

 

あいついつか絶対殺す。
そう、殺意を新たに胸に抱いた。

 

 

 

オルカの襲撃から3日が経った。
アルザスとゲイルは未だ治療に専念するために寝床に縛り付けられているが、意識は取り戻し順調に回復していた。カペラは傷は癒えてきたが喉へのダメージが深刻で、もうしばらくは筆談で意思疎通を行うことになるだろう。ロゼは首に2つ痣が残っているが快調。アスティも今は落ち着いており、普通に生活できている。ラドワは心配要素なんかそもそもない。

 

「本当にラドワが居なければ、あの時点で俺たち皆殺されていたと思う。俺は、仲間を守れなかった。……リーダー、失格だな。」
「あたいだって……村を、守れなかった。ガストや皆が無事でよかったけど、何も助けられなかった……あたい、自分が強ぇって、思い上がってたんだなって……」
「…………」

 

すっかり意気消沈しているカモメたち。
死んでいてもおかしくなかった。殺されていたかもしれない。そんな事実が重く圧し掛かった。
結果的には全員助かった。村の者らは新たに村を再建して暮らすそうだが、中には自分たちを恨む者も居るだろう。
自分たちがやって来なければ、村は被害に遭うことはなかった。
自分たちが、帰ってこなければ。

 

「いい加減湿っぽい空気が鬱陶しくて仕方ないのだけれどもやめてくれないかしら。」

 

く、空気ーーー!!
空気を読まない屑の暴言ーーー!!

 

「ねぇシードル、そう思わない?もう終わったことを永遠にうじうじと悩まれて、ここをキノコの栽培地にでも変える気かしら。シイタケの原木を用意しなくてもシイタケは生えてくるというのに。」
「シイタケが何か分からないけど、私は皆の気持ちが分かるかな……仲間を殺して、一人自我を保って
「それはあなたが生きてめでたしめでたし。いいわね。」
「えぇーーー。」

 

シードル、と呼ばれたのはこの間泥になろうとした女の名前だ。
海で生まれた傀儡人形、海(see)で人形(doll)、それを縮めてシードルと名前を付けたそうだ。本人曰く安直な名前だそうだが、こいつは安直でなければとんでもない名前を付け始めるので、平和な名前で本当によかったと思う。
なお、同じ名前の後輩がいつの日か海鳴亭にやってくるが、それはまた別のお話。

 

「反省することはいいことだけれども、必要以上に自分を蔑んで事実を歪めることは感心しないわ。
 まず、相手は綿密な作戦を立てて私たちを『本格的に』殺しに来た。一切の容赦はない。アスティちゃんとロゼは生きたままお持ち帰りされることになったでしょうけれどもね。」
「……だから、負けてもおかしくなかったと?俺たちは殺されてたって仕方ないっていうのかお前は!」

 

アルザスの怒鳴る声。悔しそうに、向ける先のない矛を無理やりしまうように。
底から絞り出したような声は、とても低く、そして泣き出しそうであった。

 

「まあそうなるわね。」

 

おいこら。人の心。

 

「あくまでも事実を述べるのであれば、あーあと言わざるを得なかった。
 けれど、『自分に力がなかったから』と考えるのであれば、大違い。必要だったことは、『いかに相手の戦略を打ち砕くか』だったということ。そこを、はき違えないで。」

 

一切の同情はない。
こういったとき、とてもラドワは心強い。正しく事実を見据え、感情論で物事を話さない。いかなるときにも冷静で、論理的に情報を整理できる者が、どうしても一人は必要だ。
ロゼやカペラも論理的に語る方ではあるが、ラドワと比べると情がある。また、今回に関してはラドワ自身は死の運命から大きく外れていて、全員を助ける一手となったから、という点もあるだろう。
正論に、アルザスは何かを言い返そうとするが、言葉がまとまらない。くそ、と小さな声を漏らして項垂れていた。

 

「実際、実力だけで言うならあの村を襲ったやつ、気孔使いとゲイルならゲイルの方が強いわよ。シャトーとカペラ君をつけて2対2になっても、恐らくこちらが勝ったでしょう。
 そこに、あの狐。まず人数差でこちらが不利。特に、カペラ君とゲイルには魔術や妖術をどうこうする力はない。あちらに軍配が上がるのは当然ね。」

 

しかし、それでも確実にオルカ側が勝つ、とは言えなかっただろう。
だから彼らは村を焼いた。カペラとゲイルが、故郷の村で過ごすと考えて。

 

「あの3人には海竜の呪いはない。つまり、火に弱くはない。燃え盛る村の中で、海竜の呪いを持っていればそれはそれは不利でしょう?ただでさえ熱に弱くなっているところに燃え盛る火よ。太刀打ちできるわけないじゃない。
 更に、カペラ君は発声することで力を使う。煙を吸い込んで喉を傷めさせれば、ほら、無力化させたも同義よね。」

 

反論できないや、と困った顔で頷く。魔術師に限らず、言霊使いとしても発声を封じられることは無力化させられること。いくら優れた力を持っていても、発動できなければ意味がない。
けれど、それならば逃げればいいのでは?シードルが横から疑問点を口にしたが、ラドワは首を横に振った。

 

「あそこで逃げて、村の人が逃げた方へ3人が向かわない保証はなかった。だから、燃える村を捨てて逃げてアルザス君たちと合流、という手段が取れなかったのよ。
 例え、カペラ君とゲイルを殺すことが目的だとしても……あの3人なら、2人に強い罪悪感を残すために殺し回った可能性は、十分ある。」
「…………」

 

だから結果的には守れたようなもの。そう、ラドワは結論付ける。
逃げなかったことは、実は今回に関しては最良の判断だった。村から離れていれば、転移のための魔力の探知に失敗していた可能性が高い。ポータルから村の位置までを凡そ覚えていたため探知に成功したが、更に離れていればラドワは恐らく見落としていただろう。
見落としていれば、そこへ援軍を送ることができなかった。そうなっていれば、カペラとゲイルはここにいなかったかもしれない。

 

「それからアルザス君とアスティちゃん、ロゼも。アスティちゃんを連れて逃げたことは大正解。分かれていれば、きっとクレマンはアスティを攫ったでしょう。そして、一か所に固まってくれたから私も援軍を送ることができた。ミュスカデのエンチャントの可能性まで考慮に入っていれば完璧だったけれども。」

 

相手が自分の弱点を分からないやつではないでしょうしね、と。
クレマンとミュスカデという組み合わせは、恐らくオルカで最もたちの悪い組み合わせだろう。戦士と僧侶の安定したバランスに加え、盗賊の機敏さと魔術の心得がそれぞれ加わるのだ。一筋縄ではとてもではないが太刀打ちできない。
いつ死角から襲ってくるか分からない相手。ミュスカデを潰せば補助魔法こそ消えるが、クレマンとしては味方を考慮に入れなくなる分相手の動きを予測しやすくなる。暗殺者にとって、相手の動きを予測できるということは、殺し方を定められるということだ。

 

「まあ、それはどうでもいいのだけれども。」

 

よくないが?

 

「丁度動けない人も多いし。そろそろ、『答え合わせ』をすべきじゃないかしら、と私は提案させてもらうわね。」

 

まだ戻っていないガゥワィエとレンの2人を見てから、大き目のチョークボードを壁によいしょぉ!と打ち付ける。俺ん家!何してくれてんの!と、アルザスの元気なツッコミが聞こえてきたが、屑はそんなものお構いなしである。

 

「それだけ元気なツッコミができるのなら、もう何も心配いらないわね。」
「お前心配してたのか?」
「全く?」

 

やはり屑は屑であった。
チョークボードにコツコツとろう石を走らせる。整った文字で『第一回 カモメ会議 ~アスティの正体に迫る~』と、タイトルを綴った。
タイトルがすでに緊張感ないのだが。

 

「まず私たちがアスティちゃんと出会い、行ってきた依頼の順番に、アスティちゃんのことで分かったことを箇条書きにしていくわ。
 第一に。記憶喪失で元ウィズィーラの砂浜に打ち上げられていた。全裸で。」
「すいません聞いている私が恥ずかしすぎる上魚のような仕打ちをやめてください。」
「事実だから仕方ないわね。で、文字の読み書きや会話に不自由はない。
 次に、スティープルチェイス。ここで、アスティちゃんに水を操作する力が発覚する。」
「はい。それまでは治癒作用のある水を生み出すことくらいしかできませんでしたが……」

 

アスティの水の生成能力も、水の操作能力も、全ては『詠唱』を行わず、『能力』として行使していることが分かった。
能力は霊力や魔力、妖力を自分自身で使用することで効果を得られる力の総称だ。オーガの呪縛を解除する力やトロールの再生能力、吸血鬼の霧化などもこれに当たる。種族ごとの固有能力、と見てもいいだろうか。

 

「能力については、一回目のオルカの襲撃。ここで、夜目が効くことと、アルザス君に一方的に声を届けることができることが判明。更に、聖剣と魔王の騒動では、アルザス君の魔力が……いえ、『海竜の魔力とこの地域の海の魔力』に可逆性の属性がある、ということが分かった。」
「これに関しては、あたしは先にラドワから聞いてた。
 そして、狼神とのやりとりでも判明した。……そういえば、気になるといえばあの狼の言葉。」

 

中でも1人は特に私と近しい存在のようだな?5人は神の恩恵を受けている、ということだろうか。
変な話じゃない?と、ロゼは首を傾げる。

 

「これ、5人は神の恩恵を受けている、ってあるけど。消去法的に、アスティが神の恩恵を与える立場になるじゃない。同一魔力である、ってことでそれは分かるんだけど……何でここにアルザスも出てくるわけ?」

 

可逆性の魔力。正確には、光と闇の属性の可逆性。
普段はどちらの属性も持たないが、どちらかの属性と同じ属性に変化させられ、更に元に戻すことができるという性質。光と闇の可逆性は、霊力の陰陽の属性にも似ている。神と疫病神のようなもので、神霊が陽に、つまり光属性になれば神に、陰に、つまり闇属性になれば疫病神となる。
魔物が崇め奉られ、神に昇華した事例は稀ながらもある。丁度、狼神が住む村でもあったように。

 

「同一魔力を持ってるから?いや、そうなるとあたしたちがアスティから恩恵を貰ってるってなるのも変な話じゃない。人よりずっと早く走れるのも、力が強いのも……全部、海竜の呪いのせいでしょ?」
「そのあたりは後で推測しましょう。今は事実確認が先よ。といっても、後はこれだけだけれどもね。
 北海地方にはウィズィーラが禁止海域にしていた場所がある。そこへ、アルザス君とアスティちゃんが向かってくれた。……結局、何があったのかしら?」

 

推測しようにも、存在していたものが分からなければ何も考えられない。アスティがびくりと震えた様子が見えたが、ラドワはお構いなしだ。
代わりに、アルザスが答える。……あまり思い出させないように気を遣いながら。

 

「見つけたのは、海底遺跡だ。そこまで魚の棲家になってなかった辺り、倒壊はさほど過去のことではないと思う。それと……アスティにとっては、そこは思い出したくない場所みたいだ。」
「…………そこは、」

 

俯いて、声を震わせながら。ぎゅっと手を握りしめて、なんとか言葉にする。

 

「……怖くて、寂しかった。そんな、気がするんです。それから、なんだか裏切られたような……ここから、出られなかった、よう、な……っ」

 

頭を押さえ、泣きそうな声になる。アスティ、とすぐに名前を呼ぶアルザス。無理に思い出さなくていい、無理をしなくてもいいと必死に宥めた。

 

『慰めが悪いってわけじゃないけど。今やろうとしてることは、アスアスの正体をはっきりさせるってこと。記憶が戻る、って可能性だってある。
 そしたら、その嫌な思い出とは向き合わなきゃいけない。今のうちに、覚悟してた方がいいんじゃないかな。』
「…………そう、それはそう、なのですが……」

 

カペラが筆談で、個人用に手渡されたチョークボードに書き綴る。
あぁ、いつかの記憶喪失の少女もこんな思いだったのだろうか。
怖い思い出がある。思い出したい、けれども辛い記憶に引き裂かれそう。
けれど、逃げないと。思い出すと決めて、ここまで来たのだ。今更逃げ出すなどということはできない。そんなこと、自分が許せない。

 

「……いえ、取り乱し過ぎました。ありがとうございます、大丈夫です。」
「アスティ、本当に大丈夫か?ついこの前に辛い思いをしたんだ、今すぐってわけじゃなくても……、」

 

いや、と首を横に振る。
ここでブレーキをかけてしまうことを、アスティは望んでいない。自分が、辛い表情をする大切な人を見たくないだけだ。
一つ深呼吸。気持ちを落ち着かせ、アルザスも意を決する。

 

「……悪い、ラドワ、続けてくれ。
 そうだよな。無理はしなくていいけど、せっかく前に進むと決めた気持ちを、俺が邪魔しちゃだめだよな。俺が見たくないだけだもんな、これは。」
「分かればよろしい。それに、殆ど判明させるべきことは分かっていると思うの。一度枠組みを立てて、何が分からないかを明確にしておく必要がある。」

 

何でもいいから、とにかく手がかりを。
始めはそれでよかったが、今は情報が集まっている。重複する材料も出てくるはずだ。それなら、分からない疑問点を明確にしておき、今後はそれを調べればいい。

 

「で、海底遺跡の石をセリニィ家で解析してもらったわ。結果も聞いている。
 1つ、魔法が切れて約10年前後になる。
 1つ、私たちと同じ、北海の海の魔力の残骸が見つかる。光と闇の属性に関しては、強く闇に傾いていた。
 1つ、それ以外にも魔力の残骸が見つかる。」
「……は?それ以外の、魔力の残骸だって?」
「えぇ。内容は、封印。この海底遺跡には、何かを封印して出られなくするための術がかけられてあった。これも、10年前後前に解かれている。
 ―― そう、意図的にね。」
「…………?」

 

意図的に何かを封印し、誰かが解除した。
それは分かる。しかし一体誰が、何のために。

 

「もう一つ、先に確認しておきたいことがあるの。
 ロゼ、海竜の呪いについて、何か気が付くことはない?クレマンのことを知ってるあなたなら、何か分かることがあるだろうって話なのだけれども。」

 

誰の話?と問われたので、素直に宿でゼクトに会ったという話をする。
案の定ざわついたが、宿の中で衝突する意志はなかったことと、共通の敵がいることを教えてくれたと説明した。大変納得していない顔だ、そりゃあそう。

 

「あたしが?クレマンを見てるなら気づくこと?
 ……。……ごめん、何も思いつかないわ。クレマンを知ってるから、あたしが気づくこと?」
「何かあるらしいのだけれども……うーん……クレマンの呪いに関して何か知ってることってある?」

 

思い出したくもない過去だとは分かっている。しかし、思い出してもらわなければ。
感情は落ち着いているようで、触れても淡々としていた。これはこれで悔しいが、今は無感情の精神作用に感謝する。

 

「目の呪いと爪の呪い。目は相手の情報を全て見透かし、爪は的確に急所を抉る鋭さを持っている。精神異常までは分からないわ。
 最初は、目の呪いは持ってなかったはず。そういえば、いつから目の呪いを会得したのかしら。」
「ということは、出会った頃には爪の呪いは持っていたのね。……時系列的に、爪の呪いは竜災害直後に得たことになる。あなたが盗賊に入ったのは竜災害の一週間後、だったわよね。」
「えぇ、数え間違いをしてなきゃね。なんでも、盗賊の中に竜の呪いをゲットしちゃった人が居て、それで……、…………!」

 

トラウマに触れた表情、ではなく、何かに気が付いた表情。否、気が付いてしまった、というべきか。
自分が呪いを得た経緯が竜の魔力溜まりに触れたことだったことと、その話を聞いたときは、呪いを付与される寸前。しかも、はっきりと得た情報ではない。
クレマンが爪の呪いを得た経緯は、恐らくは呪いに飲まれた盗賊を殺したことが発端だった。呪いを持った者を殺せば、殺した者に呪いが宿る。そう直接聞いたわけではないが、確かにこう聞いた。

 

『実際居たんだよ、雨が上がったすぐ後で同じよーなもんを見つけたやつがうちに居た。そいつぁ精神異常に耐えられなくなり、うちの仲間の一人に殺された。酷かったぜ?クレマンのやつに迫って抱き着いて、まるで獣のように吠えまくんの。』
『気持ち悪くてぐっさりやっちゃったよね。まあ、悲しい事故だったってことだよ。』

 

呪いの部位まで聞いたわけではない。しかし、精神異常は似ていると考えられる。
クレマンに抱き着いた。そして、自分に対する執拗なまでの好意。もしこれが、精神異常だとすれば。

 

「……海竜の呪いを持つ者は、殺した者に引き継がれる。」
「……!?」

 

だが、それでは腑に落ちない。
アルザスはアスティとロゼに初めて出会った頃、鼻の呪いを持った者に止めを刺した。ラドワもアレトゥーザで耳の呪いを持ったダークエルフに止めを刺した。しかし、二人ともどちらの呪いも得ていない。

 

「……もしも。あの英雄が、私たちを意図的に呪い持ちを対峙させたとしたなら?もしも、わざとアルザス君だけを引き離したとしたなら?もしも、彼女も全部知っていたとしたなら?」

 

もしも、ではあるが。
もしも、を考えれば全てに辻褄が合う。

 

「もしも、英雄が全部知っていたら。アルザス君やアスティちゃん、ロゼが呪い持ちを殺したことを知っていて、『呪いが継承されない』ことを知っていたのなら。
 消去法で、呪いに対して何かしらのイレギュラーがあるとすれば、アルザス君とアスティちゃんになる。アルザス君があの場に同行させないことで、更にアスティちゃんへと絞られる。
 あの英雄、呪いを上手く処理させるだけではなく、こんなヒントまで用意していたなんて。」
「なぁ、英雄ってそんな何でも知ってるもんなのか?あたいら全員、あの場で初めましてだったんだぜ?そんなことあるか?」
「あります。……あってもおかしくない、と思います。」

 

肯定の言葉を返したのはアスティだった。
稽古づけてもらっている、とは流石に言えないため、話しても大丈夫なところだけを話す。

 

「ムィルさん、お仲間にシーリアという方が居て。その方は、『呼称を与える者との関係者』だそうです。なんでも、世界を管理するお偉い方だとかなんだとか。」
「……なんだか、いよいよもってお話がぶっとんで来たね?信憑性ある?」
「むしろアスティちゃんだからこそ、信憑性があると思うわよ。
 ほら、光と闇の可逆性の魔力があると言ったでしょう?そういった存在は、分かるのよ。特に相手が強大な力を持っていればいるほど、可逆性の魔力は同調し同じ属性を持つ。そんな感覚があったのであれば、真と思っていいわよ。」

 

どう?と尋ねると、もれなくえぇーって顔をした。そりゃそうだ、魔法に疎いのだから、自身の魔力の変化にそこまで敏感ではない。とはいえ、魔力を使い能力を駆使するため、全く魔力を使わない者と比べれば、はるかに敏感だ。

 

「違和感は確かに感じました。こう、心がこう、ぐわーってなるようなそんな感じ……?」
「説明へたくそか。いや分かるけれども。」

 

抽象的すぎる。もれなくラドワ以外全員首を捻っている。そらそう。

 

「さて。……最後に、呪いについておさらいしておきましょう。
 呪いとは、海竜の持つ力を一部授ける代わりに精神異常を齎すもの。呪い、と言っているから誤解しやすいのだけれども、呪術や死霊術の類ではないため聖北による解呪は不可能。むしろ肉体改造に近いものと考えるべき。」

 

深呼吸をし、ラドワはぐるり、辺りを見渡す。
この推論は殆ど間違っていないであろう。そう確信をして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「結論から言いましょう。
 ……アスティちゃんは海竜よ。

 

 

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