海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_14話『碧海の都アレトゥーザ』(3/3)

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「もう大分落ち着いたか?」
「あぁ、すまない……迷惑をかけた。」

 

悠久の風亭にアルユを連れてきてから3時間ほど経ち、アルユが目を覚ます。すでに日は傾き始めていた。
戻るなりベッドに寝かせ、暫く休むように促すとそのまま寝息を立て始めたので、すぐ近くでアルザスはその様子を見ながら彼女が起きるまで物思いにふけていたのだった。彼女が起きてからも、まだ現実に思考は戻り切らない。
光の翼の一人だと聞いたときはそれはもう驚いた。しかし同時に彼女は自嘲的に笑った。私のリーダーは凄いだろう?と。そのときの表情を思い浮かべた理由を、アルザスなりに考えた。
光の翼は、一種の都市伝説のようなもので広まっている。チーム名と、リーダーがムィルという、英雄の呼称を授けられた人間だと。しかし、その武勇伝はアルザスが幼少期の時点ですでに知っていたのだ。
……明らかに、見た目と結成されてからの年月が合わない。そして、リーダー以外の話を全くといって聞かないのだ。それについて疑問に思ったことは今までなかった。
それだけ、呼称を授けられた者は称えられ、伝説となる。その者が死ぬまで、忘れられず語られる物語。絶対に届かない領域に立つ彼女は、今何を考えているのだろうか。
同時に、呼称を授けられた仲間を持つ目の前の彼女は、一体何を想っているのだろうか。

 

「……考え事か?」
「ん、あぁ。……なぁ、水光の翼って何人パーティなんだ?リーダーのムィルは分かる。だがそれ以外、誰一人として知らなくてな。」

 

どこか申し訳なさそうに話す。因みに初めは目上の人ということで敬語を使っていたが、堅苦しいのは慣れないということでいつもの話し方に落ち着いた。アルユはその表情を見て少々驚いたが、ふと微笑んで見せる。

 

「お前は優しいんだな。大丈夫だ、知らなくて当然なのだから。
 水光の翼は、結成当時は6人だった。だが今は一応3人パーティになっている。リーダーのムィルと、私と、後は……頭脳派が1人。」
「残り3人は……依頼中に何かあったか?」
「いいや、天命を全うした。もれなく全員寿命だ。冒険者としては贅沢すぎる終わり方だったよ。」

 

70年くらい前が絶好機だったかなぁ、と懐かしそうに目を細める。今残っている者は人ならざる者だったり、人の寿命を歪められたりと、種族的なものや後天性の種族変化によるものだそうだ。

 

「あ、でもムィルは一応人間だ。人工精霊のエインガナと契約してから不老になったが。私は……吸血鬼は分かるな?それの、逆だ。」
「吸血鬼……の、逆?」
「あぁ。月の光が毒で、肌身離さず銀を身に着けていなければならず、身体能力は人よりも圧倒的に劣る。だというのに、寿命だけは吸血鬼と同じなのだ。私は……私にこの呪いを授けた者を探し、復讐した。この呪いは解けなかった。だから今は、この呪いを解いて私が終わるための方法を探している。」
「呪い、か。……なんだか、他人事には思えない話だな。」

 

自分たちの仲間は、海竜の呪いのせいで人生が歪んだ者ばかりだ。あるいは、海竜そのもののせいで人生が歪んだ者だっている。それはまあ、自分なのだが。
呪いを解くための方法を探し、冒険者になって各地を巡る中からヒントを見つけ出す。自分たちが行っていることは、きっと目の前の英雄の仲間と変わらないのだろう。

 

「……呪いを解かずに生き続ける、という考えはないのか?」
「そうだな……もしこれで、私がムィルと肩を並べられるのであれば、そうしただろう。だが私は、ムィルと対等には成り得ない。だから、潔く死んだ方がきっといい。……なんて言えば、容赦なく拳を振るわれそうだがな。」
「容赦ないなお前のリーダー。」
「容赦ないぞムィルは。……でも私は、それが嬉しいんだ。」

 

眼を細め、嬉しそうにくすくす笑う。綺麗な金色の髪がゆらゆらと揺らめいた。

 

「……私は、こんな体質で、守られるしかない。だが、ムィルというやつは、私を他の奴らと対等に扱ってくれるんだ。それが、私は凄く嬉しい。軽蔑でもなく、同情でもなく、ただただ一人の冒険者仲間として見てくれる。だから私は、最期までムィルについていこうと思う。ちょっとでも、恩返しをするために。」

 

とはいえ、できることなど傷の治療くらいなのだがな、と困ったような表情になった。
彼女の言葉を聞いて、アルザスはふと、ロゼの言葉を思い出した。
本当にアスティはその庇護を必要としているのか。
自分は決して失わないように、彼女を守ろうとする。傷つかないように、失わないように、あらゆる障害から守ろうとする。彼女を失うなんて耐えられない。たとえ自分の命が尽きようとも、永遠の別れになろうとも、俺はアスティを目の前で失うなんてできるはずがない。
精霊窟での出来事を思い出す。庇われて、悔しさを覚えて。自分へのやるせなさを感じて。同時に怖くて。彼女を失うことが怖くて。彼女が自分に守られなくても冒険者としてやっていけるような気がして。

 

「……あ、」

 

ようやく分かる。彼女を失うことが怖い。
同時に。
―― アスティが自分を必要としなくなることが怖い
―― そうなれば、アスティが自分から離れていき、自分はアスティを喪う
―― それが、怖いのだと、ようやく気が付く

 

「……っ……俺は、本当に……最低だ……!」

 

ただ自分のエゴを振りかざした。
自分はリーダーだ。そうある限り、カモメの翼には居場所がある。
自分は盾だ。そうある限り、アスティを守るための居場所となる。
では、その代わりが生まれれば?その盾が必要とされなくなれば?
俺の存在は、どうなる?

 

「……仲間と、何かあったのか?」

 

自分の言葉に、何か思うことがあったのだろうか?
顔を覗き込むような言葉だった。その悩みの出所を伺っている。理由を探っている。
アルザスは眼を手で多い、絞り出すような声で、話す。

 

「なぁ、アルユ。お前は……守りたいやつが、居るんだ。絶対に失いたくない。何が何でも守り抜くって、そう決めたやつがいるんだ。でも、その考え方は、多分そいつと対等を築けてなくて。一方的に、俺が支配するも同然で。……全く、あいつの気持ちを考えてなかったって。今になって、やっとわかって。」
「…………んん。」

 

逆吸血鬼が首を傾げる。言葉はおかまいなしに続く。

 

「あいつは……本当は、守られなくてもよかったんだ。対等を願ってるのに、俺が一方的に壊して。あぁ、そんな自分に嫌気がさす。なんで、分かってやれなかったんだろうって。……俺が守ってたんじゃなくて。俺が、あいつに守られてたんだ。」
「……ふむ。」

 

あくまで私の立場の言葉でお前の言うあいつが誰かは分からないが、と前置きをする。
アルユは考えた。恐らく、あいつという存在が私と似ているのだろうと。あるいは、立場が同じであるのだろうと。そう推測して、自分の意見を伝える。

 

「私は確かに、異常なまでに庇護されることは嫌だな。ムィルは私が逆吸血鬼であることも、迷惑をかけることも、全て『どうでもいい』『面倒くさい』『私には関係ない』とばっさり切り捨てていた。
 そんな問題、どうでもいいからただの仲間で。面倒くさいから余計なことは考えなくて。関係ないから気にも留めない。ムィルは、そういうやつだ。どこまでも対等にあろうとする。だから、惹かれるやつが多かったのだと思う。……私も、その一人だからな。
 だがな、そのように振舞える人間なんてごくごく僅かなんだ。だから、それをお前が気に病む必要がなければ思いつめることもない。……もう一度会って、ちゃんと事情を話してこい。そうすれば、あいつというやつも、水に流してくれるだろう。」

 

そこまで言って、アルユは窓の外を見る。何を眺めているのだろうと思い、アルザスもそちらに目を向け……目を見開いた。
銀髪のポニーテールの女性と、共に冒険をしてきた5人の仲間。悠久の風亭の前に着くなり、1人と5人は互いに向き合う。何を話しているのだろう。声を聴こうと、窓を開けた。海風が窓から入り、潮の香が部屋に広がる。向こうはこちらには気が付いていないようで、構わず会話を行った。

 

「洞窟に手紙があったから、ダークエルフの件と一緒に報告しておいたわ。200spほど上乗せしてもらったから、今回の依頼の報酬は合計700spね。」
「予想外の相手でしたが、呪いも1つ潰せましたし、報酬も多くもらえましたし、上々ですね。
 ムィル、ありがとうございました。あなたのお力があったからこそ、こうして全てが上手くいきました。」
「あらあら、褒めてくれてありがとう。でも、あんたたちの実力があってこそよ。あたしの指示を素直に聞いて、その通りにやってくれて。……あんたたち、凄く筋がいいわ。だから、あたしの本題をあんたたちに持ち掛ける。」

 

どこまでも真っすぐな七色の瞳を、カモメの仲間たちに向ける。
自信げに、迷いのない瞳で。彼女は、海鳥達に提案する。

 

「もう一度冒険をするための仲間を探しているのよ。あんたたちは、申し分ない力を持っている。
 ―― 私と一緒に来ない?あんたたちとなら最高のチームが組めるわ。
「な――、」

 

声を漏らしたのはアルザスだった。
英雄というやつは、自分の仲間を奪おうとしている。自分の知らない間に仲間を手にかけ、奪い去っていこうとしている。
気が付かないの?そう、直接声を投げかけられているような気がした。
あんたが一番恐れている喪失を、目の前で思い知らせてやろうとしてるの。略奪して独りになれば、あんたはまた、かつての過ちを繰り返すことになる。
居場所なんてなかったのだということを証明してやる。
……そんな風に、言われたような気がした。

だけれども。

 

「……っふ……っふふふ…………」
「っ……はははは……っははははははは!!あっはははははははははははは!!」

 

4人は、大笑いをする。ロゼだけは肩を竦めたような、呆れたような表情だったが、他の4人は声を上げて心底面白おかしいと言わんばかりの声を上げた。

 

「あははははは!もーやだなぁー何の冗談?僕たちスカウトされてんの?英雄さまに?僕たちが?」
「あら、あたしは本気よ?あたしと一緒に冒険者をやったら、その呪いの解明も手伝うし、アスティの記憶の解明も手伝うわ。」
「本気だったら猶更たちが悪いわ。アスティ、あたしたちの総意をはっきり言ってあげて。」
「ふふふ……えぇ、もちろんそのつもりですよ。」

 

こっちは笑いごとじゃないんだ!今にも仲間が俺の手から離れそうなんだ!また失いそうなんだ!
そんなアルザスの心の内など、もちろん彼女たちには届かない。海鳥たちは、海の先導者に向かってお返しと言わんばかりの真っすぐな瞳を向け、そして。

 

「―― お断りします。私たちのリーダーはあなたではない。アルザスですから。」

 

はっきりと。何の迷いもなく、言ってのけた。

 

「……へぇ。私じゃあ力不足、かしら?」
「いいえ、その逆よ。はっきり言うわ。あなたは完璧よ。仲間の使い方、かけるべき言葉、策略も気配りも非の打ち所がない。流石は英雄の呼称をもらうだけあるわ。
 ……だからこそ、だめなのよ。私たちは不完全がいいの。不完全で危なっかしくて、自由で楽しくてそれぞれがそれぞれの足を引っ張り合うような、そんな仲間たちがいいのよ。」
「あたいらは呪いを持つ者。誰かしらどっかぶっ飛んでんでて、皆が皆自由気ままに動き回る。あたいらは、それがいーんだよ。てめぇと居ると、ぶっちゃけ息が詰まりそーだぜ。」
「というか、つまんないのよね。全部が全部上手くいきすぎて。うちのリーダー、それこそ危なっかしくて放っといたら勝手に犬死しそうなやつなんだけども……でも、誰よりも優しくて仲間想いで、一生懸命仲間のことを考えようとする。こんな自由気ままで我が強いあたしたちを、その尖った部分を残したままあの人は纏めるのよ。それは、あんたにはできない。」
「…………皆。」

 

自分の声が震えていた。
目頭が熱くなっていた。
一体、何をここまで悩んでいたのだろうか。
……皆は、俺をリーダーだと認めてついてきてくれていたというのに。

 

「……答えは、見えたようだな。」

 

隣で、穏やかに笑む逆吸血鬼。
その言葉は、まるで全てを見透かしていたようにも感じた。

 

「ですから、お断りします。英雄からの勧誘だなんて、きっと誰もが羨ましがる出来事なのでしょうが……生憎、私たちはアルザス以外のリーダーはお断りですので。そもそも私たちの代わりなど、誰にも務まりません。
 私は、アルザスがいい。アルザスが守ってくれるから、私は仲間の傷を癒すことができる。私にできることなんてしれています。でも、アルザスが居てくれるから……私は、強く在れるんです。守ってくれるから、私は私で居られるんです。ここに、あなたの居場所はありませんよ。」
「……ははっ……あぁそう、そうなの……そんなにあのリーダーがいいの……っはは、あっはははははは……!!」

 

英雄も、思わずけらけらと大きな笑い声をあげた。
そこには、憂いや残念といった感情はない。ただ純粋に面白いと、よく言ったと褒めたたえるかのような笑い声で。

 

「ほんっとあんたたち最高だわ!今日声をかけてよかった!まさかこんなにもばっさりお断りされるなんて!しかも私のことを完璧と言いながらも拒否するなんて!
 ふふっ、気に入ったわ。カモメの翼ね……覚えておくわ。それじゃあ、私は今日は諦めて帰るとするわ。報酬は十分もらったから、700spはあんたたちが持っていきなさい。
 縁は繋がせてもらったわ。また会いましょう、カモメの翼!」

 

700spを投げ渡し、それから一人一人丁寧に握手をしていく。一通り握手が終わると、手を振ってその場を後にする。
……彼女は本当に、本気でチームに引き込もうとしたのだろうか。なんとなく、断られる前提でチーム勧誘の誘いをしてきたような、そんな気がした。最も、その真偽は不明なのだが。

 

「……なあ、アルユ。もしかして……、」

 

仲間の言葉を耳にして、すぐ隣の者に声をかけようとして。
そこには、誰もいなかった。廊下へ続く扉は閉まったまま。彼女の荷物もなければ、すでにどこにも気配はなかった。
一体いつの間に。一気に静寂に包まれ、何の音もしない世界に迷い込んだかのような感覚がした。仲間が互いに雑談しながら宿に入る姿が視界に映って、はっと我に返る。
推測でしかないけれども。それでも、一言伝えられるのであれば、伝えたかった。

 

「……。……ありがとうな、アルユ。」

 

窓を閉め、身を翻す。
さてと、自分をのけ者にして完遂してきた依頼の話でも聞こうか。飲み物はエールがいいな。俺だって、水光の翼とのちょっとした冒険を経験してきたのだから。
そんなことを考えながら……アルザスは、階段を下りて行った。

 

  ・
  ・

 

飲み交わして、冒険譚を聞いて、酔いつぶれる者や先に部屋に戻る者が出てきた時間帯。
宿としてはまだ賑やかだった。船乗りや冒険者が集い、リューンと違って随分とここは荒々しい。海鳴亭も騒がしい方であるが、ここは海辺特有の豪快さが明白に存在する。それが、なんとなくカモメの翼としては居心地が良かった。
そんな中、アルザスとアスティはカウンターに二人きりで飲み交わしていた。ロゼはラドワが酔いつぶれたから先に部屋に戻ると言ってこの場を後にし、カペラとゲイルはまだ楽しそうに騒いでいる。2人はそんな姿を横目に、大人しく酒を交わしていた。

 

「……よかった。いつものアルザスです。
 なんだかこうして変な気遣いなくお酒を飲むの、久々な気がして。ううん、こうして話すことさえ随分と久しぶりな気がします。」

 

二人きりになるなり、嬉しそうにアスティは笑った。何があったかを深くは尋ねてはこなかったが、何があったかは本人は気にしているのだろう。それ以上に、いつも通りこうして話せることが嬉しい。だから、尋ねない。

 

「……アスティ、その。」

 

言おうか言わまいかを悩んで。
このまま胸に秘めていると、なんだか今までずっと彼女を独りにしてしまった負い目が、そうでなくても寂しい想いをさせたという事実が苦しくなるような気がした。
改まるようにアスティを見て、それからアルザスは。

 

「……ごめん!」

 

頭を下げた。
突然のことに、アスティもびっくり。きょとんとして見つめており、あわあわする。

 

「え、え、えっっっ、突然どうしたんです!?確かにあなたの最近の態度はおかしかったですけどえっ、何で私に謝るんですか!?」
「俺、お前をずっと、何が何でも守らなきゃって思ってて、お前のこと何一つとして見てなかった!俺、お前が守られなくてもいいのに守って、それで思い上がって……対等がいいはずなのに、俺の想いを押し付けるだけだった。それどころかお前に守られて、俺の居場所がなくなるだとか、リーダーは俺じゃなくていいんじゃないかとか、色々勝手に思い悩んで……それで、自分が嫌になってたんだ。
 本当に、すまなかった!俺に守られて辛かったよな、お前は守らせてくれていたんだよな。ごめんな、ごめんな……!」
「…………アルザス。」

 

深紅の瞳は、若緑の髪を真っすぐ映す。
数度瞬き、周りは随分と騒がしいというのにここだけは静寂に包まれる。アルザスはただ、アスティの言葉を待った。
どれだけ待っただろうか。あの、と彼女から声が響き。告げられたことは、

 

「……すみません。何言ってるんですか……?」

 

本気で、ナンノコッチャという困惑の声だった。

 

「え、いや、だから……俺はお前を一方的に守るって押し付けてたし、お前と対等じゃなかったって、」
「いやそうではなくて。何で私は一方的に守られていることになっているんですか?何で対等ではなかったことになっているんですか?それがちょっと、あの、私分からなくってですね……?」
「えっ。え、いや、だから俺はお前に俺のエゴをずっとぶつけていたし、こんなの支配にしか見えないし……」
「いや?あの、ですから?あの?何でそんな話になっているんです???私そんなこと言いましたっけ???」

 

ワケガワカラナイヨ。理解をしようとするにも、あまりにもあんまりな言葉にアスティは首を傾げることしかできなかった。
冷静に考えれば、その通りなのだ。ここでこの考えに至った経緯を思い返してみよう。アスティがアルザスを守らせていると言ったのはあくまでロゼだ。対等がいいと言ったのはあくまでアルユだ。
何一つ、アスティは、関わっていないのである!

 

「だから……ロゼが、お前はアスティを守ってるんじゃなくて、アスティがお前を守らせているんだって。お前のやり方は支配的だって。アルユ……水光の翼の一人も、対等がいいって。だから……」
「…………アルザス。」

 

静かに、名前を呼ぶ。
そして。

 

「正座しなさい。」
「えっ」
「しろ。」
「はい」

 

怒りを孕んだ声。怒れる少女は、すっくと立ちあがり目の前の正座したシーエルフを見下す。
心からお怒りだ。鬼の形相だ。いつも穏やかで可愛らしい表情を振りまく彼女の見たことのない表情。ぷっつんと、完全に何かがキレた音がした。

 

「私!!一切!!意見してない!!私の!!心を!!勝手に想像されて!!おしつけられて!!こちとら迷惑極まりないのですがその辺はどういうことなんだろうなぁ!?貴様は勝手に私の心を決めつけて!?勝手に悩んで!?うじうじして!?何があったんだろうなぁ力になりたいなぁって思ったら私が一方的な被害者だった!!ふざけんな!!悩んだ日々を返せ!!空気読んだ日々を返せ!!というか一言話せば全部まるっと解決する話じゃねぇかおんどるぁぁぁあああああ!!」

 

ごもっともである。
びっくりするくらいアスティが被害者である。
言ってもない心の代弁をされ、全く知らない人によく分からない結論を出された。どうしてこうなった。今までの気まずい日々はなんだったんだ。流石の人よし健気も、これには黙っていられなかった。

 

「大体ロゼもロゼです!それはあなたから見た私であって、私自身そんなこと一切思ってませんから!!人の心を勝手に推測するのは自由ですが、それをあたかも私が言ったかのようにアルザスに言いやがって!!そんなこと!!一切!!思ってねぇからあんっのヘラヘラ自由奔放緊張感あるのかないのか分からないおっぱいにゃんこが!!」

 

ゴッッッと、カウンターをグーで叩く。壊れこそしなかったが宿が揺れた。なんぞやなんぞや?と辺りをきょろきょろする人、いつの間にか2人のやりとりを見守る人やヤジを飛ばす人と、台風の目のように回りを巻き込み始めていた。
あまりの豹変っぷりに、アルザスはぽかーんとするしかない。心が追いついてない。

 

「……はぁーーー……この際言わせてもらいますよ。
 私はあなたに守ってもらわなければ満足に冒険者をできません。戦う術がない者を戦場に置くなど、本来ならばこの上なく危険な行為なんです。あなたが守ってくれているお陰で、私はこうして冒険者ができている。それは、誇ってください。ちょっと自己犠牲がすぎるところや自分を大切にしないところだけは許しませんが。……許してないんですよ?」
「だ、だからそれは善処しt
「できてないんですよこれっぽっちもぁ!!!!」

 

げし、とついに蹴りが入る。横っ腹にいい感じに入った。
ごぶぁ!!と思わず肺の空気を凄い勢いで吐き出してしまい、げほげほとむせ返る。アスティもアスティで息を切らしながら、ようやく少々落ち着いたのか諭すような声に変った。

 

「周りの言葉で不安になることだってあるでしょう。そう思う、そう見えると感じるのはそれぞれの自由なのですから。ですが、分からなくなったらそれを私の言葉と捕らえるのではなく、分からないと私に言ってください。私たち、互いに遠慮をする仲ではないでしょう?
 確かに聞きづらいことや、言いたくないことはあるでしょう。それを無理に聞き出すつもりはありませんし、黙っていても構いません。ですが、つまらないことで悩むのはやめてください。というかこれ、私完全に被害者ですからね?勝手にありもしない私の心の代弁で悩まれて気まずい空気になってたんですからね?怒りますよ?」
「いやもう怒ってr
「何か?」
「いえ。」

 

ぎろり、睨まれる。思わず身を固め、言葉をただ黙って受け止める。
ここでもう一つため息をつく。今度は、呆れたような、どうしようもないと言いたげな、そんな声調だった。

 

「……もう一度言いますよ。
 私は守らせているなんて思っていません。これからも、私のことを守ってもらわないと困ります。ただしそのやり方は、自分が必要以上に傷つかない方法で。己の身を滅ぼさない方法でお願いします。
 それから、私はこれまでもずっと、対等にあると思っていましたし、これからも対等だと思っています。人の数だけ対等の在り方があり、それを私たちは強制することも、押し付けることもできない。ただ、互いに信じる対等があれば、それでいい。私はそう考えていますが、あなたはどうでしょうか?」
「……俺は。」

 

あぁ、本当に、自分はどこまでもバカだ。
再度、痛感する。ここまで想ってくれているのに。これほど信頼してくれているのに。
仲間の言葉たった一つで一人思い悩んで、勝手に他の者の言葉で答えを見つけたと思っていた。
……こんなにも、すぐ傍に答えがあったというのに。
それに、気づかないで、塞ぎこんで。

 

「……俺も。俺たちは、きっと……これでいいんだ。こうして二人、対等で居られたら……それでいい。
 これからも、お前を守らせてくれ。お前とずっと一緒に冒険者をしていきたい。周りからみれば少々歪かもしれないが……それでも俺は、これからもこの関係を大切にしていきたい。
 ずっと俺の傍に居てくれ、アスティ。」

 

顔を上げる。立ち上がる。
対等に、並んで、互いに見つめ合う。今、自分はどんな表情をしていただろう。もしかしたらとんでもなく、情けない表情をしていたのかもしれない。
けれど、アスティはやっとふっと笑って、くすりと笑った。

 

「……はい。私からも、お願いします。
 ずっと傍に居てください。私の居場所は、カモメの翼だけです。そして……あなたの隣が、私の望む場所ですから。」

 

喧嘩した覚えはありませんが、これにて仲直りですね。
その言葉と共に、話を聞いていた他の冒険者や船乗りたちがわぁああああああと声援を挙げた。めでたしめでたしハッピーエンド。よかったなぁ仲直りできてだとか、いい熱弁だったぜ綺麗なねーちゃんだとか、何故か黄色い声援が飛んでくること飛んでくること。
ここでようやく、一目に付くところで大声で口論(アスティが一方的に怒りをぶつけていただけのような気もする)を行ってしまっていたことに気が付く。流石に恥ずかしい。やってしまった。
……が、まだやることは残っている。

 

「ではアルザス私ちょっとロゼを絞めてきますね。
「え、いや、別にロゼは悪くな
「元々ロゼが余計なことを言うのが悪いのです。ですからロゼにもきつーく言っておきませんと。」

 

にっこり、笑顔でこの場を離れていくアスティ。
その暫く後に悲鳴が響いたことと、翌日変な方向にロゼの首が曲がっていたことを、アルザスはできれば記憶から抹消したい。
同時に、仲間は皆、心に秘めることとなった。

 

―― アスティをからかっても、決して怒らせてはならないと

 

 

 

「アルユお疲れー。いい出し抜きっぷりだったわよ、流石アルユだわ。」
「はは……まあ、半分くらいは事故だったのだが。私が『呼びかけ』を行ったのもあるが……アルザスが来てくれなかったら本当に危なかった。」

 

それから数時間後。月が随分と高くなった時間。闘技場の前で、ムィルとアルユが並んで立っていた。
この時間にもなると、流石に街に人は出歩かない。荒くれ者が路上で眠っていたり、先ほどまで飲んでいたのであろう船乗りがふらふら歩いていたりとするが、人の気配はほとんどなかった。

 

「―― 全く、本当に無礼な人たちだ。英雄に……ムィルに、あそこまで無礼な言葉を投げかけるなんて。」

 

そこに、どこからかふわり、少年とも少女とも取れる見た目の者が舞い降りる。にこにことしながらも、その言葉は刺々しい。一つため息をつき、どこか不機嫌そうにつぶやいた。
対照的に、英雄は随分と上機嫌そうだった。現れた者の気に入らない部分が、彼女にとっては気に入るものだったらしい。

 

「いいじゃない、シーリア。あのくらい自由で強い縁の冒険者、私は好きよ?。それにあれは、将来化けるって確信を持って言えるわ。リューンでその名を知らない、くらいにはなるんじゃない?」
「……キミが言うんならそうなんだろうね。どうだい?呼称を与えるにふさわしいかい?」
「んー、そんなんじゃないわ。呼称には縁がないでしょうね。あれは1人が飛びぬけてるんじゃなくて、6人で1チームだから。あぁでも、永遠の時に生きる者は出てくるでしょうねぇ。」

 

そうなると、私たちの仲間入りだわ、とくすくす笑った。
望んでそうなるのならいいが、と隣でアルユが苦い顔をする。現に死にたくとも死ねない彼女にとっては、それは複雑な話であった。

 

「そう。それじゃ、僕は今一度キミを追いかけていよう。呼称にふさわしい選定者が現れるまで、キミの傍に居るよ。」
「単に他に興味を引く人物がいないんでしょ?」
「ごもっとも。キミがあまりにも輝いているんだ、仕方ないね。」

 

口説いているのだろうか。口説いているのだろう。
だが、それに対して英雄は知らん顔である。気にしていないのか、そもそも受け取る気がいいのか、面倒くさいのか。恐らく全部だ。
そんな会話を行っていると、もう一つ人影が増える。それに気が付いて、英雄は来た来た、と嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「―― いらっしゃい。他の仲間には気が付かれてないわね?」
「…………」

 

こくり、小さく頷く。
その者以外の気配はない。一人で来たことには違いないようだ。もし他に気配があったとしても、水光の翼であればすぐに感知するのだろうが。

 

「気になってたのよね。あんた、身を守る術がないんでしょ。流石に今後、それでやってくわけにはいかないと思うのよね。ってことで、この武器を分けてあげる。使い方も教えてあげる。毎晩教える、のは流石に無理だから、時々呼び出すから頑張ってこっそり抜け出してきなさい。場所は今はアレトゥーザだけど、今後はリューンになると思うわ。一人前になるまでは鍛えてあげる、いいわね?
 ―― アスティ。

 

七色の瞳を、コバルトブルーに向ける。真剣な、真っすぐな深紅の瞳を返した。
今夜、誰にも気づかれずに夜中に闘技場前へ。そう書かれた紙を、ムィルは別れの際、握手をして回った時にアスティに握らせたのだ。
アスティは、少々悩んだ。アルザスの胸の内を聞いたから。これからも守らせてほしいと。彼は、大切な人を守っていないと死んでしまう人だ。自分で自分の身を守れるようになれば、彼はまた気に病むかもしれない。
だが、それ以上に。今後、独りにならない可能性がないわけではない。いくら声を届けられると言っても、呼んでから駆けつけるまでの間に殺されれば。そうなれば、アルザスは一生自分を責める。自分も、そんな理由で彼の傍から消えるなんて耐えられない。生きるために。ずっと共に居るために。アスティは。

 

「……分かりました。それで、お願いします。強くならなくていいんです。
 アルザスを繋ぎとめるために。そのための力が、最低限あればそれでいい。」

 

英雄から差し出された武器を、手に取った。

 

  ・
  ・

 

アレトゥーザに着いてから3日後。カモメたちの休暇は、この日で終わった。
そろそろ帰らないとなぁと思っていたところ、デオタドに声をかけられた。何でも、リューンまで護衛をしてくれる冒険者を探しているらしい。帰るついでの一仕事。悪い話ではなかったし、依頼金も出るので自分たちが受けることにした。
出発する前、海を見納めておきたいとのアルザスの意見で少し依頼人に待ってもらう。海岸に出て、海風に当たる。水平線の先を見つめ、6人は静かに海を眺めていた。

 

海は、特別な場所だ。
海は、我らが故郷だ。
全ては海から始まり、終わりは全て海に還る。
全ての海は、どこかの海につながっている。
母なる大海を今一度目に焼き付け……

 

「海鳥たちよ!翼を掲げろ!」

 

6人の冒険者は、右腕を挙げる。
6匹の海鳥は、翼を掲げる。

 

「白き羽で海を越え!その先にある光を掴め!
 カモメの翼に―― 光あれっ!!」
「はい!」「っさー」「えぇ」「おいさぁ!」「っしゃあ!」
「揃えろぉ!!完全にバラバラじゃないか!!」

 

締まらない。いつもの緊張感のないカモメの翼だ。

 

「いいじゃないですか。私たちは『騎士』ではなく、『冒険者』です。それに、私たちはこのくらい自由である方がらしいでしょう?」
「いやまあ、そうだけど。そうなんだけど……なんというか、締まらないなぁって。」
「あら、お約束って言ってくんないかしら?堅苦しいのはあんたのそのやり方だけでおなか一杯だわ。」

 

円陣のような。号令のような。
どうやらこれは、アルザスが騎士を務めていたときの、敬礼の一種をアレンジして仲間への結束の言葉としたものらしい。が、なんとも残念極まりないことになっている。流石カモメの翼。緊張感のなさは一級品である。

 

「……よし、それじゃあ行くか。ありがとうな付き合ってくれて。」
「アルアルらしーっちゃらしーよね。どったの、騎士が恋しくなったの?」

 

特に突き合わされたと不満げな声はなかった。むしろこういうのも悪くない、と思ってくれているようで仲間たちは上機嫌であった。
カペラの質問に、アルザスはふっと笑って。

 

「俺は今は冒険者だ。」

 

短く、そう答えた。
自信げに、胸を張って、そう答えることができた。

 

 


☆あとがき
実はこの回、ザス君がこんなにも思いつめる予定なかったんです。ムィルちゃんの登場と、リーダーはザス君だからーってやりとりはする予定でしたがこんなにもザス君がうじうじする予定はありませんでした。なんか、勇者と魔王と聖剣と、から四色の魔法陣へと上手くバトンが渡り、更にTrinity Caveへとつながり、アレトゥーザへ渡っていくというリレーが生まれました。これ全部偶然なんだよなぁ。書いてて「あっ、こんな展開になった?じゃあ次このシナリオ持ってきたら上手くつながるね!」みたいな。カモメは何かに導かれていると思います。
さて。ムィルちゃんやシーリア、アルユというのは私が5年くらい前に作った冒険者です。辛うじて知ってる人いるかな……いないかな……ってところのお話なので、知っている人が居たら私はびっくりします。このパーティは皆ムィルちゃん大好き!!なメンバーで、なんか、ムィルちゃんが人間やめていたというか、カリスマがやばかったというか……因みにうちで威厳のあるリーダーはかなり希少価値です。ムィルちゃんくらいでは?
(登場しなかった3人?生涯を全うした後のお話なので、名前こそ出るかもしれませんがまあ登場はしないでしょう)

というわけで、ムィルちゃんは多分ちょこちょこ出てくるかと思います。よろしくお願いします。
あとこれだけ言わせてください。もうこれただのアスアルでしょ!!!!ザス君受けでしょお前の悩み方女子か!!!!

 

☆その他
所持金
16451→17501sp

レベルアップ
アルザス、アスティ、ロゼ 3→4

 

☆出典

Mart様作 『碧海の都アレトゥーザ』