海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_14話『碧海の都アレトゥーザ』(1/3)

※外伝3を先に読むこと推奨(読まなくても大丈夫)

※大分改変しています。というかほぼオリジナル回

 

 

ラドワが宿に戻った次の日。ラドワは隅っこのテーブル席にアスティ、カペラ、ゲイルを招集する。アルザスも呼びたかったのだが、魔力の消耗が激しいのか、はたまた別の理由からか。呼び出しには応じず、部屋に籠ったきりになっていた。
重要事項、というわけではないのだが、一応仲間内全員で情報共有をしておきたいため、ロゼには仲間にこれから話すことをアルザスに伝えるよう向かわせた。ロゼはラドワを尾行していた上考えを聞いているため、改めて詳細を聞かなくても分かっていた。

 

「……海竜の属性が光にも闇にもなる、しかも可逆性を持っている……」
「……それって、すごいことなの?」
「さぁ?」
「凄いことなのよ、普通あり得ない性質なのよこの魔法の知識皆無のあっぱらぱー共が。」

 

開幕ラドワははぁーーーとくそでかため息をついた。あまりにも魔法や属性といった話に疎すぎる。専門知識、というほどでもないので余計に頭を抱えていた。
精霊窟で話したことは全て頭に入れてもらっているので、昨日より円滑に進むかと思いきや。残念ながら先が思いやられていた。

 

「基本的に魔力は一度属性を持ったら戻らない!人間が複数の属性の魔法を扱えるのは、保持している魔力が無属性だから!その無属性の魔力に術式や魔具を通して属性を与えて特定の属性を持つ呪文を発動させる!いい!?」
「は、はい、分かりました。えーと……無属性のまま術を扱う、ということもできるんですよね。ラドワの使う魔法の矢は無属性の魔法、でしたよね?」
「そう、別に属性を持たせる必要はない。けれど、一度属性を持った魔力は別の属性を基本的には持たない。勿論山ほど例外はあるし、複数属性を持つ術もあるからこれは一概には言えないけれども、基本はあり得ないものだと思っておいてちょうだい。」

 

特に、一度属性を帯びたものが再び無属性に戻ることはこの上なく珍しいわ、と話す。それから水を一杯口に流し込んで、ラドワは続けた。

 

「それで、この性質は霊力の陰陽の性質を闇と光に見立てたときと似ているの。聖北の奇跡は陽、死霊術は陰。人の想いや魂に関係があるものは霊力となる。
 さて、神と悪魔は表裏一体。人の信仰……正の感情が生み出した生命が神とされ、負の感情が生み出した生命を悪魔と私たちは扱っている。……神様はあくまで人の想いの集合体から生み出された生命よ、そんな聖北が掲げる偉大なる存在とは違うわ。」
「あー、ラドラドは無神論者だっけ。無神論者っていうか、神は全ての頂点じゃない論、っていうか。」
「神がいない、とは少々違うからそれで合っているわよ。私は、神とやらは人の考えるほど偉大な存在じゃない。そう考えているわ。」

 

この時点でゲイルは首を傾げていた。すでについていけてないような気がする。アスティとカペラは何とか理解が追いついているようだ。
前置きが長くなったけれど、とようやく本題に入る。一番伝えたかった部分は、ここだ。

 

「魔力が霊力のような性質を持つことは、稀にあるわ。魔力を持った存在が、神格化した。信仰って怖いわね、他の生命の存在を歪ませるもの。一体信仰というのは、一種の魔法よね。」
「ということは、あなたは……海竜が、信仰を向けられて神格化した存在だというのですか?」
「えぇ。この魔力の性質から、そう考えるのが妥当よ。」
「け、けど、その海竜は街や人をめちゃくちゃにしたよ?神様っていうのに、そんなことをするのかな?」
「別に神格化した存在が全て人に味方をする、とは限らないわよ。そうでなければ天罰なんてありえないし、疫病神なんて言葉も生まれないわ。それと、もう一つ説明が付く理由があるの。」

 

この辺りでは海竜に関する話が出ないから忘れているでしょうけど、と呟く。何のこっちゃ、といった様子で首を傾げていたが、不意にあっとカペラが声を上げた。

 

「そっか、僕たちの地方だと『海竜の悪魔』って言われてた!神様の反対が悪魔!」
「そう、その通り。信仰とは違うけれど、恐怖やトラウマ、憤慨、憎悪は向けられていて当然。そんな負の感情を向けられて、陰の力を持ち神格化した……あるいは、後程魔力の質が変化した。」
「……神格化した、海竜……」
「……そう。……これで全部説明が付いたらよかったのだけれどねぇーーー」

 

ここまで語って、再びはぁーーーと大きなため息をついた。
真面目な空気だったのに、急に緊張感がなくなる。苦笑しながら、ラドワは肩を竦めた。

 

「これで、私やロゼ、カペラ君、ゲイルの魔力が、この4人の魔力『だけ』がこの性質を持つのだったらまだ分かるの。ここにアスティちゃんが入るのもまだいい。
 問題は、アルザス君がどうして同質の力を持つのか、なのよ。これだけがどうしても説明が付かないのよ。北海の、あの地方特有の海の魔力を持っている、だったらこんな性質持ってないと思うのよねぇ……」

 

海竜が神格化した存在であるならば。海竜の呪いを持つ者の魔力が、海竜の魔力と合致するのは腑に落ちる話だ。アスティに関しては分からないことが多すぎるので保留する。
しかし、アルザスはウィズィーラで生まれたシーエルフ、と身元がはっきりしているし、海竜の呪いも持っていない。だからこそ、海竜と同質の魔力を保有していることが説明できない。

「うーん、あの地方のシーエルフは皆そうだった、とか?」
「他に生き残りがいないから調べようはないわね……アルザス君に聞いてみるしかないかしら、誰か光属性の魔法を使うエルフはいたかーって。」
「元気になったら聞いてみよっか。もしかしたら何かわかるかもしんないし。」

 

こくり、頷く。一先ず纏めるのはいったんここまでだ。
海竜が神格化した可能性がある、というのもあくまで可能性の話だ。もしかしたら他の要因があるのかもしれないし、そもそもウィズィーラを初め、北海の魔力がたまたまそういうものだったかもしれない。
史書を探しても見つからない以上、こうして手探りで情報や可能性を組み立てていくしかない。今回の情報は調査の前進と言えるだろう。関係があることを集めていけば、いつかは解呪の方法も見つかるだろう。そう信じて、これからも冒険者を続け、手がかりを探す。
それが、カモメの翼という、自由を目指したのではなく自由というツールを求めた冒険者だ。

 

「あっ、そうです皆さん。アレトゥーザに行ってみませんか?なんでも最近リューンとの間に新しい交易路が開通したそうなんですよ!それでなんと、一週間で到着するんですって!」
「えっ、アレトゥーザってずっと南東にある、街の半分は海の上にある都市よね?以前までは陸路と海路を使って一か月はかかってたって場所だったはず……それ、本当の話なの?」
「はい、あちらに居るデオタド、という男性から聞きました。」

 

そういって、ほらとアスティは宿のカウンターで亭主と談笑している男の方を見る。頭に白い布を巻き、明るい調子の男がそこにはいた。この辺りの者との身なりとは違い、海辺の者特有の薄く軽い身なりが特徴的だった。
なんなら地図ももらいましたよ、と嬉しそうな顔をする。アスティにしては行動が積極的じゃねぇか、とゲイルが不思議そうにしていると、胸の前でぎゅっと手を握り、呟くように話した。

 

「……アルザスが、辛そうにしていましたから。北海へ、ウィズィーラがあった場所まで戻るとなると、一か月は歩く必要があります。途中までしか馬車が通っていませんから。ですが、アレトゥーザであれば馬車を乗り継いで一週間。これなら、アルザスも負担にはなりません。
 海の魔力がないならば、海に行けばいいんですよ。そうすれば皆さん、元気になります。」
「なるほど。私たちの魔力は、海竜の魔力と同じ。であるなら、海の魔力は海に行けば補充される。……でも、どこの海でもいいの?北海の、ウィズィーラの方の海じゃなくていいの?」
「はい。間違いなく。」
「私には、あなたがそこまで確信持って言える理由が分からないのだけれど……何か、根拠はあるわけ?」
「…………それは、」

 

言葉を詰まらせる。一言でいえば、これはカンだった。
ラドワのように、論理的に説明はできない。ただ、どの海でも大丈夫だと、そう確信を持っていうことができた。その理由まで、アスティにはわからない。
その状態で、敢えて言葉にするのならば。

 

「……声が聞こえるです。海が、海そのものが、私を呼んでいるような、そんな声がするんです。」
「…………声、ねぇ。」

 

問い詰めても、ロクな回答は返ってこない。
だが、魔力不足に悩まされているのはアルザスだけではなかった。アスティも水を作る力が弱まっており、ラドワも魔法の調子が良くない。魔力が枯渇している、ということは分かっていた。ならば、アスティのカンとやらに頼るもの悪くはない。
それに。

 

「海!?海!?ねぇねぇ、海に行くの!?」
「マジで!?こっからんな簡単に海に行けんのか!?ほんとか!?あたい行きてぇ!!」
「僕も僕も!ねぇねぇいこーよ、皆で海にいこーよ!」
「あーはいはい分かった分かった、私も行きたいわよ!でも、アルザス君の決定が出たら、よ。カモメの翼のリーダーはアルザス君なんだから。」

 

皆、海が好きなのである。
海竜に居場所を壊されたとはいえ、海は生まれたときからずっと身近にあった場所だ。それを、カモメの翼は誰も忘れてはいない。自分の生まれた場所でなくても、海は故郷といっても過言ではない。

 

「分かりました、それではロゼが帰ってきたら私がアルザスに提案してきます。」
「えぇ、お願いね。それにしても……アスティちゃん、アルザス君のことになるとやけに一生懸命ね?」
「勿論ですよ。……アルザスは、いつも私のことを考えてくれますから。私だって、アルザスのために頑張りたいんです。私は、アルザスにたくさんのものを貰っていますから。」

 

笑顔で、答える。
誰よりも純粋で、汚れを知らない、優しい笑顔を浮かべる。
……それを見て、ラドワとカペラは思わず思った。

 

―― なんでくっつかないんだろう、と。

 

 

一方、アルザスの部屋では。ベッドの上にごろりと寝転がるアルザスと、そのベッドの上に腰掛けたロゼの2人が居た。アルザスの方はひどく気だるげで、同時に思いつめたような表情をしていた。ロゼはアルザスに背を向け、向かいの壁をじっと見ていた。

 

「ねぇ、アルザス。あんたは、アスティにどうしてほしいの。どうあってほしいの。」
「……俺は、アスティが傷つかなかったらそれでいい。傍に居て笑ってくれれば、それでいい。」
「……じゃあ。何であんた、そんなに思いつめたような表情をしてるの。
 精霊窟から帰ってきてからそう。……何が、そんなに気に食わないわけ?」
「…………」

 

気に食わない、とは少し違う。間違ってはいないが、そうとはいえない。
アスティの取った行動が間違っているとは思わない。無理をしたとも思っていない。理由は分かっている。それがあまりにも身勝手だということも分かっている。
守られた。守るべき人に、守られてしまった。
異常気象。火の魔力が充満した世界。己の魔力が削がれ、活動するのも難しい事態に陥った。支えられ、なんとか活動するも、戦闘では仲間に任せ、自分は後ろに下がっていた。
それだけならまだよかった。しかし、守るべき者に守られ。自分のように仲間に指示し、纏め上げる。
自分がいなくていい、そう言われているようだった。勿論彼女にそんな気持ちがないことは分かっている。
そしてそう考えてしまうことも。守られてしまったことも。歯がゆくて、やるせなくて、許せなかった。
彼女が、許せないのではなく。
―― そんな不甲斐ない自分が、許せない。

 

「じゃあ質問を変えるわ。あんたさ。アスティをどうしたいわけ?守る守るって言ってるけど、あんたにとって守るって何?」
「それは……傷つかないように、失わないように、何が何でも、俺の命に代えても存在が零れ落ちないようにすることで……」
「本当に?じゃあ、あんたの今のその感情は何?守られたことで、どうしてそんなに思い悩んでるの。あの子に守られることがそんなに癪だったの。」
「ち、ちが――」
「本当にアスティはその庇護を必要としているの。」
「え――、」

 

鋭利な言葉のナイフを、いくつもいくつもアルザスに突き立てていく。
それが彼にとってどれだけ酷な言葉かはわかっている。互いにどういった感情を抱いているのかはロゼは分かっている。
だから、気に食わないのだ。
アルザスの、アスティを対等に思わないその心が。

 

「……あんたさぁ、気が付いてないわけ?アスティは、あんたが思ってる以上に強い。戦う術とか力的な意味じゃなくって、心の在り方があんたの思っている以上に強いのよ。見てたでしょ、精霊窟でのアスティを。あんたが動けない代わりにって、あんたのカバーを全力でやってのけた。」

 

表情は、見ない。目を合わさない。
表情を察するに容易い。だが、ロゼとして、これは言わなければならない。

 

「あんたは大きな勘違いをしてるわ。
 アスティはあんたに守られてるんじゃない。アスティはあんたを守らせてるのよ。あんたのトラウマを知ってるから、守られなくても大丈夫なのに守ることをよしとしている、それだけなのよ。」
「……え、あ……そん、な、こと……」

 

ない、とは言えなかった。
違う。自分は守らなければならない。守る必要がなくなったら、なんて。そんなこと、そんなことがあってしまったら。
―― 俺は、何のために

 

「……どうしても言っておきたかったのよ。あんたがまるで、アスティを支配しようとしているみたいだったから。」

 

用事はこれで終わりだと言うように、ロゼはベッドから立ち上がる。アルザスは、何も言うことができなくなっていた。
足音が離れていく。扉が開いて……閉まった。ただ一人、部屋には怯えるように、縋るようにうめき声を上げるシーエルフだけが残された。

 


「お帰りロゼ。属性の話はちゃんと説明できた?」
「あっやっばい、忘れてたわ。」
「あなた何しに行ってたのよ!?」

 

  ・
  ・

 

あれから一週間後。

 

「やったーーー海だーーー!!」
「ひっさびさの海だーーー!!うおおぉぉぉ潮風が!海の香りが!するぜぇ!!」
「海鳥の鳴き声!輝く蒼!白い空!僕達の故郷!皆のお母さんだぁあああああああ!!」

 

あの後、アスティはアルザスに話を持ち掛けた。アルザスとしても断る理由はなかったし、魔力不足の自覚があったのでアレトゥーザへと出発することになった。

 

(……なんだか、酷く思い悩んでいるように見えたのですが……うぅん……)

 

アスティと話したとき、アルザスは極力平然を保とうとした。無理に笑っていることも、思い悩んでいることもアスティは分かった。分かって指摘して、何でもないとはぐらかされた。
正直あまりにも分かりやすい誤魔化しに一言二言言ってやりたかったのだが、アルザスを思い悩ませる事柄に何も覚えがなく、無理に話させるのも気が引けたので一度引いたのだ。それから今まで、上手く話せないでいた。明らかに、アルザスが距離を取ろうとしているような、遠慮しているような。上手く切り込めず、アレトゥーザに到着してしまったのだ。
因みに属性の話や海竜が神格化していたかもしれないという話は馬車の中でした。

 

「さて……私たちは完全に休暇が目的で、数日はアレトゥーザに滞在する。少なくとも全員の魔力が十分になったら出発する。これでいいわね?」
「あぁ。皆思い思いに過ごしてもらって構わない。その前に落ちあう場所だけ決めておこう。そしたらそれからは自由行動で。」
「了解。さっさと宿を見つけましょっか。」

 

方針が決まれば、まずはじめにぐるりとカヴァリエ―リ広間を歩く。訓練場や賢者の塔などがあり、冒険者の宿もいくつか見つかった。

 

「うーん……広場の人通りの多いところにあって、何となく落ち着かないわ。」
「そうかしら?私は別にここでも構わないのだけれど。」
「あんたは都会育ちで裕福な暮らしだったじゃない。あたしは確かに北海地方じゃ都会の方の出身だけど、貧しい身だった上盗賊やったりしてひっそり暮らしてたから。あんまし人気の多すぎるとこは落ち着かないわ。」

 

カペラもゲイルも、分かるーと同意を示した。アルザスやアスティも首を縦に振る。アルザスに関しては20歳までは都会育ちだが、それからはずっと元都会の辺境の地で暮らしていたためすっかり田舎暮らしがしみついていた。アスティは覚えがないのでなんとも言えないようだが。

 

「……、…………?」

 

不意に。アルザスはふと、振り返る。何かが聞こえたような気がしたが、特に変わったものは見つからない。
視線の先にあるのはリューンに負けないほどの活気溢れる人々の姿。元より賑わっていた都市なのだろうが、交易路が確立された分より人が集うようになったのだろう。

 

「……気のせいか?……いや……」

 

他の仲間は気が付いていないらしい。アルザスに構うことなく、辺りを物珍しそうに、同時にどことなく懐かしそうに見て回っていた。
どこに行こうかと悩みながら、そのままの流れで庶民街へと歩いていく。すると一つ、何となくこの辺りでは新しそうな冒険者の宿、悠久の風亭を見つけた。
ここにしようか、と宿に入ろうとして……ふと、アルザスはドアに触れようとした手を止めた。

 

「…………、」
「?どうしましたかアルザス、早く宿の中に入りましょう?」

 

アスティが催促するが、アルザスは固まったままだ。何を思って開けることを躊躇っているかが分からないため、余計に不思議そうに首を傾げた。

 

「……ごめん、宿の確保をしておいてくれないか!?後で合流する!」
「え、ええぇえええええどったのアルアルーー!?」

 

突然何を思ったのか、アルザスは仲間を置いて一人で駆け出していく。止める間もなく、ただただその背を見送ることしかできなかった。
完全に5人は置いてけぼりである。一体何があったのか。ロゼは追いかければ追いつけそうだが、あまりにも突拍子がない行動に追いかける、という行動を起こせなかった。
しばらくぽかーんとしていたが、やがてラドワが動く。

 

「……何があったかは後で問い詰めるとしましょう。それよりも部屋の確保だけしておくわよ。そもそも飽き部屋があるか分からないもの。」
「おっけー。ってことで、6人部屋になっても文句はなしよ。一番言いそうなのはラドワだけど。」
「そうね……カペラ君が居ると難しいわよね。海に狩りに出ることも視野に入れておきましょうか。」
「えっえっ、何の話?僕なんかお邪魔だった?やー、悪いねぇ、僕も悪気はないんだよー?」
「あったら怖いわ。ま、カペラには何の非もないわ。むしろありがとう?」

 

なんかよくわかんないけど感謝されたよやったー。
ラドワが夜中に時々呪いの欲求を満たすために適当な人を手にかけています、ということを知っているのは今のところロゼだけである。全く何のことか分かっていないアスティとカペラとゲイルだったが、話す気もなさそうなので深く追求はしなかった。
5人は宿に入り、亭主に空き部屋を訪ねる。6人部屋は取れて、1晩100sp。夕食と朝食付きなので、少々高いが納得のいく価格だった。

 

「それでは、今はまだお昼過ぎですし……昼食をここでいただいて、それから各自解散としましょうか。私はアルザスが戻ってくるのを宿で待って
「あんたたちー、今暇?ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど。」

 

います、と言おうとして突然カウンター席から声をかけられる。
銀色の長いポニーテールに奇妙な色の瞳。プリズムのように輝き、あえて言うのであれば七色と表現するのが最も適切だろうか。それとスカーフが印象的な、18歳くらいの女性だった。腰にはレイピアが携えており、それが彼女の武器なのだろう。
―― それだけなら、まだただの同業者と思えたのだろう。

 

「え、ええぇっ!?こ、ここ、小型のドラゴン……!?」
『ほう、我が見えるのか。』
「ひょえぇ喋ったぁ!?」

 

アスティ達は、彼女の近くでぱたぱたと飛び回る、体長50センチほどの小さな長竜を思わず指さした。
奇妙な竜だった。翼は鳥の翼のそれで、色は真珠のようで、白を基調としながら様々な色を見せる。蛇のような姿で、東方の龍に近い見た目をしていた。

 

「……あんたたち、ドラゴンって……何が見えてるんだい?」
「え、いや、だってそこに……」
「……?何もないじゃないか?」

 

はたと、気が付く。客も、亭主も、誰もが首を傾げている。
見えていないのだ。誰も、この不思議な竜の姿を認識できていない。見えているのはカモメの翼と、恐らく主であろう目の前の女性冒険者だった。

 

「へぇ、見えるのねぇあんたたち。安心して、ドラゴンだけどドラゴン風の精霊だから。こいつ、普通の人には見えないはずなんだけど……あんたたち、よっぽど腕が立ったり、魔力に敏感だったりすんのかしら?」

 

あるいは、とにやり笑って、

 

「―― 竜と何か関係があったり、ね。」
「―― !」

 

口外していないはずのそれを、口にした。
あんたたちのことは知らないからどれが真実かは分かんないけれども、と言いながらくいっと酒を飲む。へらり、掴みどころがなく、余裕そうな態度。ドラゴンを従え、当たり前のように自分たちが『異質』であることを見抜く。
……誰がどう見ても、怪しい。同時に、何か分かることがあるのかもしれない。

 

「あんた、名前は?」
「名乗りたいとこだけど、ここで名乗ったら騒ぎになっちゃうのよね。それで……依頼を一緒に受けてほしいのよね。私、とある冒険者のリーダーなんだけど、他の仲間は皆別の依頼を受けてて一人なのよ。ね、暇つぶしにお願い!」

 

ぱんっ、と手を合わせる。皆はそれぞれ顔を見合わせた。
こちらは一人欠けた状態で、彼女が一人入ればいつもの6人行動となる。受ける分は構わないのだが、なんせ当の冒険者がどのような人物なのか、そもそもどういった依頼なのかも分からないのだ。それに、依頼を共に受けるとなると当然依頼金は分配されることになる。

 

「その前にいくつか確認させてちょうだい。まず、依頼内容をもっと具体的に。」
「依頼はここのマスターに紹介してもらった討伐の依頼よ。最近、アレトゥーザの東にある小さな森にゴブリンが住み着いたらしいのよ。その数、大体10匹前後ってとこなんだけど、ホブのやつも混じってるだとか。なんかアレトゥーザの警備兵は南海の海賊の動きを警戒してて、兵は出したくないんだって。それで、森の妖魔を一掃したら500sp。」
「……ふぅん。それで、依頼金は?というより、どう配分するつもり?」
「そっちは5人で、うちは1人。5:1……だとキリが悪いから、そっちが400spでうちが100spでどう?」
「そりゃ、あたい達にとっちゃこの上なくありがてぇ話だけどよ、いーのか?てめぇの取り分がそれで。」
「いいのいいの。私は金銭的に余裕があるもの。だから持っていっちゃって構わないわ。」

 

現状こちらも、この前の依頼のおかげで所持金に関しては困ってはいない。が、必要となる経費はこれからも多いため、少しでも多く稼げることに越したことはない。
場所に関しても、ここから近いそうなので今日中には戻ってこれるだろう。悪くない話、ではあるのだが。だからこそ、ラドワは腑に落ちなかった。

 

「……おかしな話だわ。あなたがそこまで、この依頼に固執する意味が分からない。私たちを森に誘い込んだところで後ろから刺すつもりかしら?お金に困ってないなら、無理して依頼を受ける必要なんてどこにもないはず。だというのに、何故別の冒険者を雇ってまでこの依頼を受けようとするのかしら。」

 

怪しい点を挙げればキリがない。目の前の者が、この依頼を受ける理由がまるで見えてこない。
女は暫く目をぱちくりしていたが、それからやがて、ふっと笑ってみせた。

 

「依頼の信憑性は、マスターが証明してくれるわ。そして、依頼を受けるメリットはあるわよ。いいから、ついてきなさいな。
 ―― 海竜の呪いを葬るのだったらね。」
「!」

 

随分と、目の前の者はこちらのことを知っているらしい。
中で最も反応を示したのはロゼであった。何者か、そう疑う心と海竜の呪いを駆逐したい。その願いの強さは、このメンバーの誰もが知っている。
何故知っているのか、どこで知ったのかも興味があった。海竜の呪いを所持している気配は、どこにもない。ただ、なんとも掴みどころのない人間だった。掴もうとすれば、するり、手からこぼれていくような。そんな感覚。

 

「……皆さん。私は……この依頼、受けようと思います。
 呪いの話が真実であれば、私はそれを放っておきたくはありません。それに……この者が何者か、気になります。」
「あたしもさんせー、ね。正直胡散臭いったりゃありゃしないけど……呪いをそのままにしとくなんて、ごめんだわ。あたしはあの女に乗る。」
「私は反対といえば反対よ。怪しいことこの上ないもの。ただ、ここで依頼を蹴って、その後何事もなく過ごせるのか、と問われればそうじゃないかもしれない。あれは、私たちを知っている。だったら、つけられる可能性だって大いにある。最も、こうして依頼を提案している以上、何か森で罠でも仕掛けてあるという可能性はあるわ。」
「僕は反対、かな。正直ラドラドの言い分に同意見。しかも、アルアルがいないんだよ、今。呪い持ちはアスアスを狙ってた、って話も聞いたことがある。ちょっと危険じゃないかな、っては思うね。」
「あたいはさんせーだ、強ぇやつと戦える可能性があるってんなら断る理由にゃなんねぇぜ。相手がどのくれぇこっちのこと知ってんのかはわかんねぇけど……最悪、『呼べ』ばいーんじゃねぇの?」

 

ゲイルの言葉に、なるほどと皆納得した。
ある意味アルザスがこの場に居ないことは好機なのかもしれない。アスティがアルザスに助けを求めれば、それはアルザスに届く。何かあれば、すぐにアルザスに状況を説明し、他の者に協力を乞うてもらいこちらを助けに来てもらう、というやり方だってできる。

 

「そうですね、分かりました。名も知らない女性冒険者。私たちは、あなたと共にその依頼を遂行しましょう。ただし。怪しい素振りを見せましたら、即刻あなたの命はないものと思ってください。いいですね?」
「……ふっ、それでいいわ。怪しい話は一切ないし、それに……やれるものなら……ふ、ふっ……やってみてほしいところだわ……っ……ふふ、ふっ……」

 

女は思わず口を押え、笑う声を必死に我慢する。
その素振りにカチン、と来たがぐっと我慢。ごめんごめん、と未だにくつくつ笑いながら、女は金を置き立ち上がろうとして。

 

「あ、そうだ、お昼食べた?もしまだだったら一緒に食べましょ。なんだったら私の奢りでもいいわよ?」
「えっ、いや、そこまでしていただくのh
「奢り!!いっぱい食べていいの!?食べる!!」
「いいわよカペラ君!いっぱい食べなさい!それでこの女冒険者に痛い目に遭わせてあげなさい!」
「遠慮してくださいね!?それとおなか一杯になって動けないとかやめてくださいね!?あとラドワは私怨を持ち込まないで!!」

 

これが、並みの冒険者であれば酷く後悔することになるのだろうが。
この女の場合、それはあり得なかった。なぜなら彼女は ――

 

 

次→