海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

小話『いつかどこかの、夢の終わりに』

※小話は『かっとなって書いた、本編にないかもしれないお話』です。IFかもしれないしずっと遠い先の未来かもしれない。
※外伝3を先に読むことをオススメ
※本編クリアしてないと分からないぞ

 

 

 

誰の言葉だっただろうか。
夢は醒めるもの。夢は忘れるもの。
されど夢は事実として残る。誰にも認識されぬ深層意識として存在し続ける。

 

誰の言葉だっただろうか。
夢も現も、さほど変わらないのだと。
自由に動くその身体が、その意志のままに動くだけで
その心を操る糸がないとどうして言い切れるの?

 

 

「歴史を喰う者」は、アルザスが潰した可能性たちから生まれた怪物だ。
だとするなら、その中心にいた、アルザスの姿をした「これ」は。
――いや、もう分かっている。自分自身への憎しみを凝り固めたような、この怪物の正体は――


「死にたくない」  「もう嫌だ」「どうして」 
  「呪ってやる」   「憎い」      「殺してくれ」


これは――。「旅の中、帰らぬ人となった」
そんな可能性の、【夢幻(アルザス)】たちだ。
残酷な世界を恨み、冒険者などという道を選んだ自身を憎み、見えざる神の手をも呪った、そんな、あったかもしれない自分の末路だ。

 

「俺は、帰りたい……」
「…………」

 

冒険者になった日のことを思い出す。
浜辺に倒れ付していた記憶なき少女。突然現れた女冒険者
呪いを暴走させた、名も知らぬ男。10年ぶりに肉を斬った、生々しい感覚。
それでも。
それでも、守ると決めたから。少女の痛々しい姿を見たから。
孤独を嫌い、泣き叫ぶ少女の姿を。
孤独は、彼女にとって最大の恐怖だった。彼女の過去など、そのときは知る由もなかったが。
きっと、何か彼女にも分からない辛い過去があったのだろう。
そう、思って。

 

「…………。」

 

こつ、こつ、と。
【夢幻】に近づくのは、【現実(アルザス)】ではなかった。

 

「―― アスティ!?」

 

真直ぐ見つめ、一歩、また一歩【夢幻】へと近づくのは、共に生きることを誓い合った、海竜。
誰も止めることはなく。ただ静かにその姿を見守る。
否、止められなかった。
その瞳が、あまりにも曇りなく、真直ぐと夢を見据えていたから。

 

「……辛かったことでしょう。痛かったでしょう。
 私のことを、守ると誓ってしまったがばかりに。守りたいものが守れなかった。独り生き延びて後を追うように己を殺した。ただ理不尽に屠られた。様々な可能性が、そこにはあると思います。そしてそれは、全ての発端は、私という存在である。」
「……アスティ。」

 

アスティと、出会わなければ。
ロゼと、出会わなければ。
きっと、この悪夢は生まれなかった。アスティと出会わなければ、変わらず独りで海辺で暮らしていただろう。ロゼと出会わなければ、共に静かに暮らしていただろう。
……いや、その場合はアスティを守れていたかどうかが怪しい。結局その可能性も、アルザスは独りとなったことだろう。
冒険者になる未来など、ありはしなかった。
二度と、盾たる剣を取ることもなかった。

 

「私が存在する以上、あなたは剣を取ってしまうでしょう。あなたは、優しすぎますから。
 私ね、一つだけ絶対に……あなたが、冒険者にならない【可能性(イフ)】が、分かるんです。私とも出会わず、誰とも出会うことなく、世界は変わらず回り続ける。
 そんな、一つの可能性を……私は、あなたに齎すことができる。」

 

ぎゅっと、一度だけ。
【夢幻】を、抱きしめる。低い体温の、されど優しい暖かさを持った、少女の抱擁。
虚ろな瞳に、光が宿ることはなかった。もうこの【夢幻】には、彼女の姿を見ることはできないのだろう。
彼の中に彼女が存在していたならば。それは、彼にとって『救われた』も同然なのだから。

 

「―― だから。」

 

離れる。
パチン、音が響く。
それは人から竜の姿に変わる合図。
メキメキと音を立てながら、全身は硬い鱗に覆われ、胴は50メートルほどにも伸び、少女の姿とはとても似つかわしくない、されど美しく神秘的な巨体へと姿を変える。

 

真紅の瞳は煌々と瞬き……【夢幻】を、見据える。

 

「Ah―― (さようなら)」

 

口を大きく開ける。
人一人くらい、余裕で収めてしまうそれ。
海竜は。


―― 【夢幻】を、喰い殺した。

 

 

【現実】は、竜災害……かつて、海竜に住んでいた場所も、仲間も、守るべき者も、何もかも奪われた。
海竜が、全てを攫った。全てを海に還して、【現実】だけが生き残った。
この残酷な過去に、ほんの一つ修正を加えよう。
たった一人、生き残ったシーエルフなど。
ありはしなかった。どこにも存在しなかった。街は誰一人残さず滅んだ。
その【可能性】を齎せることができるのは。
他でもない、海竜たる自分しかいない。
海竜に、食い殺される。そうすることで。

 

【夢幻】は、冒険者となる未来なく、海竜の少女と出会うこともなく、静かに全てと共に海へと還ることができたのだ。
だが、その【可能性】が示すことは。

 

 

「……先帰ってるわよ。色々言いたいことはあるけど、邪魔しちゃ悪いからね。のーんびり帰ってきなさい。」
「あー、早く浴びるようにお酒を飲みたいわ。けれど、何かを抱えたまま飲むお酒は不味いもの。だから、全部吐き出してから帰ってくること。いいわね?」
「アルアルじゃなきゃ、アスアスじゃなきゃだめだもんねー。さーって、僕は英雄譚を一曲創っちゃおっかな。完成するまでには帰ってってよー?」
「流石にそんな遅くはなんねぇだろ。だって、アルザスとアスティだぜ?大丈夫ってこたぁ、あたいらがいっちゃん分かってんだろ。」

 

他の仲間は、察したように言葉をぶつけ、身を翻す。
ぞんざいに扱われたような言葉だが、仲間なりの信頼の証であり、同時に今自分達が居残ることは場違いであると察したようで。
穏やかな笑みを浮かべながら、2人に思い思いの言葉を投げかける。
帰ってくる場所は確保しておくから。そんな意味に聞こえた。

 


「……珍しいな。お前が、自己犠牲をするなんて。」
「……っ……はは、だめですね……【夢幻】が願った望みを叶えようと、したんですけど……締まらないですね、私……」

 

全てが終わって。少女の姿に戻ったアスティは、瞳から大粒の涙を零していた。
アルザスを傷つけたことが悲しいわけではない。アルザスを殺したことに罪悪感を抱いたわけではない。
彼を食い殺したことは、その可能性も覚えておく、という意味もあったのだろう。否定せず、肯定し、海竜に喰われる……海そのものを示す竜と、一体化する。血となり肉となり、その可能性を己が抱えて生きていく。そんな、少女の優しさがそこにはあった。
それも、涙の理由ではない。
アルザスは、既にその理由がわかっていた。【夢幻】がされたように、【現実】は泣きじゃくる海竜を抱きしめ、優しく頭を撫でる。
ごつごつとした、剣士の固い手。守るという、強い意志の込められた、硬い手だ。

 

「アスティ。【現実】は、ここに居るから。
 【夢幻】じゃなくて。【現実】は、ここに在るから。だからお前は、独りになったりしない。……これからも、絶対に。アスティを手放したりしない。」
「……、……うん……、…………」

 

街の生き残りがいなくなった。
それは、アルザスがアスティと出会う未来も当然なくなる。
きっと【夢幻】の世界線のアスティは、目を覚ましても独りぼっちで、縋る相手も見つからず浜辺に放り出されたままになる。
強い強い、孤独に対する恐怖。全てを忘れ、自分も思い出せない。真に、何にも縋ることができない【可能性】。
誰もいない無人の浜辺。かつて海竜が滅ぼした街があった場所。そう称されるだけの、何もない場所で、孤独という事実が彼女の精神を狂わせ、殺し、正気を奪う。
そして、その最もあり得る末路は。

 

「……あいつに、殺されたりもしないから。
 俺が居て、お前が居る。【夢幻】は……現実のお前が救ってくれた。ありがとう、アスティ。」

 

―― そのまま救われることもなく、海竜の呪いを暴走させた男に殺される末路
―― それは、1日と持たない儚い物語

 

「……うん、うん……、……あり、が、と……」

 

海竜は、守人の手の中で。静かに、ただ静かに、泣いていた。

 

 

アルザスが居なければ、アスティは決して救われない。
アスティが居なければ、アルザスは決して救われない。
彼という存在は、ひとりの少女の存在を救ったのだ。
彼女という存在は、ひとりの青年の存在を救ったのだ。
それはさながら、2人で1つの物語を紡ぐ、運命共同体と言えるだろう。

 


「……帰ろう、アスティ。海鳴亭へ。」
「―― はいっ!」

 

2人は、また歩き出す。
この物語は、これからもまだまだ紡がれてゆく。

 

 

―― そうして【夢幻】は【虚構(ありもしない物語)】となった。

 

 

 

 

☆後書き(読んでる人が最後までプレイした前提でこの後書きは書かれているぞ)
勝てねぇ!!と、あれこれ技能を整頓しては挑み整頓しては挑みをしていたら、気がついたらザス君に対して殺意の塊みたいになってましたよね。真の姿になったときの仲間の手札周りが殺意に満ち溢れてたの、「うるせぇええええええザスの分際で調子に乗んじゃねぇえええええええ!!!!」って、PLもPCも一致団結した心理になってた気がしますねあっはっは
うちだったらこんな終わりだろうなぁって考えた結果、この小話が生まれました。ザス君凄いですよ。ザス君がいなかったらアスティちゃんは確実1日と持たずに死んでたし、ロゼちゃんはクレマンさまの手によって闇堕ちて感情がマジでない子になってたし、カペラとゲイルはロゼちゃんクレマンさま辺りに狩られてただろうし、ラドワさんは変わらず人殺しを楽しんでたと思います。ブレねぇなぁこの屑女!!
更にぜっくんの悲願はきっと達成されてしまうので、その、マジで救いがなくなる未来というか、これ歴史喰らう者じゃなくてやべー海竜が世界を滅ぼしにかかってくる未来じゃね?あれ結論だけ見てしまえばもしかして未来は同じなのでは???と思ってしまったわんころさんが居ました。ザス君って、ちゃんと大事な存在だったんだなぁ。

ところで。わんころさん、夢とか幻とか大好物なんですよ。

 

☆出展

名無し様作 『いつかどこかの、夢の終わりに』より