海の欠片

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リプレイ外伝_3『ひな鳥の巣立ち ~導く者~』(2/2)

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夜10時頃。2人共眠りにつき、部屋に一切の光源はない。耳を澄ませば2人の寝息が聞こえてくる、それだけの空間だ。
辺りに他に人は住んでおらず、特に警戒するようなこともない。だから、これから起きることを油断だとは、とても誰も責めることができないだろう。
月夜は眠りをもたらし、安息を与える。起きている者はこの辺りにはいない。
……その、はずだった。

 

ガシャン!!


「―― !?」

 

突如として、その静寂は破られた。窓ガラスの割れる音。その音で、アルザスは飛び上がるように起きた。どうやら眠りが浅かったようで、一瞬にして意識は覚醒する。
何が起きているのか分からない。夜になって脱走でも試みたのだろうか。何故?その理由は?村に向かう気はなかったということか?そんな疑問は、すぐに『否』に変わる。

 

「ガアァァアアアァァアアアアアアッッッ!!」
「かっ――、」

 

獣の咆哮にも似た雄叫び。動物の声ではない。
刹那、びちゃり、液体が飛び散る音がする。それから充満する、鉄の匂い。ぼんやりと輝く蒼の光。幸い今日は満月だったらしく、完全な暗闇ではなかった。急いでアルザスはランタンに照明をつけ、音のした方を確認する。
窓ガラスが割れてからその間、数十秒程の出来事。暗がりではロクに見えない、状況が判断できない。……それはもしかすれば、愚策だったのかもしれない。

 

「 、」

 

誰だ、と叫ぶこともできなかった。
人影は二つ。一つは少女のもので、もう一つは知らない男のもの。
少女は首を締めあげられ、男の手にしたナイフで2度3度腹部を切りつけられている。液体の音も、鉄の匂いも、納得がいった。

 

「あっ……ぅ、……ぃ、あ、ぁっ……!!」
「アアアァァァァアアア!!」

 

動けなかった。
また、目の前で誰かを失う。
また、守るべき者を守れない。
繰り返される。繰り返されてしまう。
脳裏に、そう過って……現実でも、何かがすぐ隣を過る。
ドスッ、と、突き刺さる音。男の片腕に、弓矢が刺さる。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!」

 

一体どこから。
それは、野外から放たれた声で分かった。

 

「そいつをその子から引き離して。早く。」
「……!!」

 

この声の主は、アルザスにも分かった。
昼間、この声を聞いた。冒険者に勧誘してきた、物好きな女冒険者、ロゼの声だ。
返事は、行動で示された。男のすぐ傍に駆け、身体を掴む。そのまま力のまま、ベッドから引きずり下ろすかのように無理やり地面に叩きつける。

 

「おおおおおおぉぉぉ!!」
「ガアアアァァッッ――!!」

 

ドンッと、鈍い音が響く。そのまま男は床に叩きつけられ、2回目の悲鳴を上げる。
それを見てロゼは割れた窓から侵入し、少女の元へ駆け寄り応急手当を行う。持っていた傷薬を飲ませ、切りつけられた箇所には包帯を手際よく巻いていく。随分と手慣れた様子だった。

 

「ロゼ、その女の子は大丈夫か!?それよりこいつは!?」
「説明は後、それよりそいつ、どこが蒼く光ってる?」
「ど、どこ、だと?」

 

押さえつけている男を見る。確かに、蒼色の光を強く放つ箇所が顔にあった。
輝く面積こそ少ないが、強い輝きを放っている。不気味で、不安な感情を掻き立てられる光だった。

 

「……鼻だ、鼻にある。」
「鼻か、分かったわ。……ならまだやりやすい方ね、多分――」
「ゥゥウウウガァァアアアアアッッッ!!」

 

咆える。シーエルフの力に、力で返す。
無理やり身体を起こし、暴れてアルザスの拘束から逃れる。流石にアルザスはかつて騎士だったとはいえ、もう10年は荒事を経験していない。すっかり鈍っていたのだ。

 

「しまっ……!!」

 

男の持っていたナイフは、ロゼと少女のいる方に振り上げられ……無慈悲に、振り下ろされた。
避けられない。そう思ったが、彼女はそれを読んでいたのか。それとも、咄嗟に反応したというのか。


―― キィン

 

「―― その程度の速さで思い上がるな。」

 

甲高い音が響く。
刃物は、少女に振り下ろされるより前に。翼の短剣によって、受け止められていた。
ギリギリと、金属同士がこすれる音がする。押すことも押されることもなく、2つの刃は拮抗していた。

 

アルザス、この男を殺して。早く。」
「!? こ、殺すって……そんな、人間を殺すなんて、」
「四の五の言わないで。……海竜の呪いに飲まれたら、もう人間には戻れないのよ。」
「――――、」

 

躊躇う時間は短かった。
その男を救おうという気持ちもなければ、彼女の指示が正解だとも思わなかった。
ただ。
―― 躊躇えば、繰り返される
―― 少女を失うわけにはいかない
その感情から、シーエルフは棚にしまってあった剣を急いで取りに行く。
騎士を務めるようになって、父から譲り受けた片手剣。もう振るわれることはないと思っていたが、そんなことはなかった。
その剣は、盾である。
いつだって、誰かを守るために、振るわれる。
それは今日だって、例外ではなく。

 

「っらぁああああああああぁぁぁ!!」

 

ざくり。断ち切られる。
男の後ろから斬りかかり、胴を一刀両断する。
紅が、散る。狂い咲く。
月の光を受けて、赤銅色の輝きを放った。

 

「ア、ガ、……ァ……、……――」

 

カラン。
地面に、金属が落ちる。
そのままべしゃりと、生暖かい花の上に、男は崩れ落ちた。
それから男は動くことはなく。鼻の蒼の輝きも消えて。
やがて、温度を失っていった。

 

「……!おい、大丈夫か!?」

 

人を殺した。暴力の世界をある程度見てきたアルザスは、そこまで動じるものはなかった。実際何度かその剣を人に振るったことはあるし、それ以上に今は少女のことが心配だった。
すぐに少女と昼間の女の無事確認する。その声を受けて女は短剣をしまい、それから少女の方に目を向けた。

 

「あたしは平気。ただ、この子はそうじゃない。持ってる傷薬を飲ませて止血はしたけど、正直助かるって断言はできない。薬が足りない。」
「……ぅ………、……ぁ……」

 

痛みをこらえるように、少女は呻き声を上げる。
致命傷、とまではいかないが、血の流れる世界を知らない、あるいは覚えていない彼女にとっては命に関わる傷だ。このまま安静にさせて、助かる確率は五分といったところだろう。
ロゼは、淡々と状況を答える。そこには一切の感情が込められていないような、酷く冷めたような表情をしていた。

 

「……俺、薬はないけど薬草の群生地は知っている。それを海水を混ぜてすり潰して傷に塗れば効くはずだ……近くの海の中にあるから採ってくる!」
「ちょっと、海の中なんて……あぁそうか、あんたシーエルフだったっけ。そしたらそっちは任せた。あたしは残党がいないか確認してくる。」

 

こくり、頷くとすぐに出る準備をする。とはいえ、大して道具は必要としないため、殆どそのまま家を出る形になった。

 

「……っ、……て……、」
「待ってろ、必ず助けるから……!」

 

何かを伝えようとした少女に、アルザスは励ます言葉を投げかける。
そこには必ず守ると。もう竜災害のときのように、誰かを目の前で失わないと。そんな意思が込められているように聞こえた。
それからすぐにアルザスは海の中へ潜り、ロゼは月夜の中へと消える。近くといえど、向かってから戻ってくるまでは30分は時間を要した。ロゼは残党を調べるため、半径1kmの気配は探る気で調査をする。本来ならば少女の傍に居残るべきだったのだろうが、ロゼにとっては呪いの殲滅が、何より優先されることだった。だから、少女を独りにした。
少女を、独りにしてしまったのだ。
待って、と。懇願する声も聞かずに。

 

  ・
  ・

 

これはアルザスが後程ロゼから聞いた話なのだが、何故あのときロゼはすぐに彼の元へ駆けつけることができたのか。
彼女曰く、泊めてもらっていた村で、突然奇声を上げて走り去る男の姿を見かけたらしい。村の者も何が起きているかは分からず、男があのように錯乱する姿は初めて見たのだと言う。
あの男はかつて友人を目の前で殺されたそうだ。それは村の外の者の手によるらしいが、強い復讐心に囚われていたという話が聞けた。それから、走り去る男に何やら蒼い光が見えたと。その話を聞いて、ピンと来たらしい。
海竜の呪いは、何かしらの精神異常をもたらす。男はそれが復讐心だった。それから、蒼色の光は海竜の呪い特有の光。その2点から、海竜の呪い持ちだと断定できた。後は男を追い、向かった先がアルザスの家だったのだという。
男は恐らく、海竜の呪いを持ち強い復讐心に囚われ……そして、何らかの理由で海竜の呪いに飲まれた。その理由まで分からなければ、何故男が呪いを持っているかも分からない。それからなぜ、少女の元へ駆けつけたのかも不明だと。
分からないことは多かったが、少なくともロゼが何故駆けつけることができたのかは納得できる内容だった。冒険者でもレンジャーで食べて言っている上、盗賊のスキルも持ち合わせているので追跡はお手の物だった。

 

アルザスは夜目は効かないが、土地勘は長年住んでいる故近海は庭のようなものだ。薬草の群生地まで泳ぎ、必要な数を摘んで戻る。シーエルフは海の精霊と共に生きる亜人種。泳ぎはずっと人間より速ければ、息を止めて数時間は生きられる。因みにこれは水の精霊の加護があってこそらしいので、陸ではそうはいかないそうだ。
陸に上がり、家に向かおうとして……アルザスは、ぎょっとした。深夜だが、月明かりのおかげで誰かが居ることは分かった。その人影は砂浜で蹲っており、月光を受けて海と同じ色に輝く髪を見て……すぐに、誰か分かった。

 

「なっ……バカ、何でここにいるんだ!待ってろって言っただろ、傷が開――」

 

慌てて駆け寄って、様子がおかしいことに気が付く。
荒い呼吸。真っ青な表情。がたがたと身体を振るわせて、呻き声を上げていた。
……痛みによるものではない。これは、

 

「……ぁ……うぅ、あ、あぁっ……!」

 

同じ、だと思った。
海竜によって全てを失った自分は、きっとこれと同じ表情をしていたに違いないと。
少女の過去は分からない。推測することもできない。
きっとその娘には辛い日々があったのだろう。けれどそれは、誰も、自分も、彼女も知らない。記憶は水の泡となって消えている。
少女は傷などお構いなしに、アルザスを見るなり這うように近づこうとする。それを咎めることもできず、治療を優先することもできず、答えるように近づき、しゃがむ。
少女は守人にぎゅっと、縋るように抱き着く。痛い。苦しい。けれどこの痛みは。苦しいと思うのは、傷のせいじゃなくて。

 

「……だ……、……やだ、やだぁ……!……とりに……独りに、しない、でぇ……!お願い、だからっ……独りは、やだ……やだ、よぉっ……!!」
「……」

 

強い罪悪感がアルザスを襲った。
孤独に、強いトラウマがあることは理解できた。だとすれば、自分の行うとしていたことが、いかに惨いことだったかがよく分かる。
もしかしたら彼女は、独りでなければ誰でもよかったのかもしれない。されど、記憶がなく、縋る者もおらず。目を覚ませば独りで、助けてくれた者はいたが、縋ろうにもその者は誰とも繋がりを持とうとはしなかった。
彼女にとって、頼ることができたのは自分だけのはずだったのに。
それどころか、自分の話をして、聞いてもらって。まるで、自分が助けを彼女に求めたようで。
独りぼっちで、心細いはずなのに。訳も分からず襲われて、独りにされて。
……だから。

 

「……だっ……ねが、……独りに、……や、だ、お願い……、暗いのも、寒い、 、も……や、ぁ……」
「……大丈夫。俺は、どこにも行かないから。ずっと、傍に居るから。俺が……お前を、守るから。」

 

もう一度。
もう一度、誰かを守ると誓った。

 

「ごめんな。独りにして、突き放そうとして、ごめんな。
 怖かったよな。今のお前にとって、俺しか縋れるやつが居ないのに。なのに俺は、俺のことしか考えてなかった。お前はそんな辛い状況でも、俺のことを考えてくれたのに。ごめんな、ごめんな……」

 

孤独が怖くないはずがない。誰だってそうだ。
街にはたくさんの人が居た。たくさんのシーエルフが、人間が、仲間が、居た。それを海竜が全て攫っていった。
全て、海に還った。彼も、独りになった。
独りが嫌だから独りになった。喪失の恐怖。それは、再び独りになるということ。
自分も、少女も、同じだったのだ。
2人共、孤独になりたくなかったのだ。

 

「っ……うぅ、あぁ……あああぁっ……!アルザス……アル、ザ……あぁ、ぁあああああぁっ……!
 うあぁ……あぁ……ぁぁぁああああああっ……!!」
「……うん。大丈夫。俺は、ここに居るから。だから大丈夫。……大丈夫。」

 

いつか、記憶を取り戻す日は来るのだろう。
そのときまで、彼女の守る盾となろう。彼女を守り抜こう。
今度こそ、守り抜けるように。
そんな強い意志を込めて、アルザスは少女を強く抱きしめた。

 


そのまま、どのくらい時間が過ぎたかは分からないが、不意に声をかけられてそれどころではないと気が付いた。

 

「何があったかは知らないけど、宥めるより先にやることあったわよね?」

 

ため息一つついて、いつの間にかロゼが2人のすぐ近くへ現れていた。指摘を受けてから、重傷を負っていることを思い出す。あまりの有様に、ロゼはやれやれとため息をついた。
少女の方は先ほどよりも落ち着きを取り戻し、まだぐずぐずとしていたものの泣き止んではいる。

 

「残党はなし。他に呪いに飲まれて暴走、って輩はいなかったわ。
 そんで、採ってきてた薬草を勝手にパチって薬作っといたわよ。配分知らないからカンで作ったけど、自分の傷で試して効果があったから遠くはないと思う。」
「おまっ、何やって……いや、元々俺がやるべきだったことをやってくれたんだよな……ありがとう。」

 

あたしがやるより心許されてるあんたがやった方がいいでしょ、と薬の入った乳鉢を手渡す。随分と手慣れているようで、薬草は全てしっかりとすり潰されており、混ざり残しはない。乳鉢はロゼの持ち物だというので、普段からやっていたことが伺える。

 

「…………」
「……うん?どしたの、さっさとやりなさいよ。」
「……すまない、その、ちょ、ちょっとその、いや、分かっている、分かってはいるんだがっ……!!」

 

察した。怪我している場所は腹部。言ってる場合か、と冷たい一言。シーチキンエルフに対して容赦はない。
意外と元気だから忘れそうだが、一応生死がかかっているのである。意外と元気だから忘れそうだが。
血に濡れた包帯を取り、傷口に薬を塗る。効果は確かなのだが、欠点としては海水を使用しているせいか傷に凄まじくしみる。びくり、痛そうに表情を歪め身体を硬直させる。

 

「痛いよな、これ。ごめんな、我慢してくれ。」
「ん……大、丈夫……、……です……」

 

治療が終われば、ロゼから包帯を貰って再度塞ぐ。後は1日安静にしていれば大丈夫だろう、とアルザスは判断した。かなりの効力があり、かつて街でも愛用していた者が多かったそうだ。シーエルフでなければ簡単に取りに行けない場所にあるため、さしずめエルフの秘薬といったところか。

 

「なあ、ロゼ。分かる範囲でいいから、何が起きていたのか教えてくれないか?」

 

夜の潮風を受け、漣の音を背にしながらアルザスはロゼに尋ねる。少女も男に関して全く身に覚えがないらしく、ロゼの話を聞きたそうにしていた。
ロゼは悩むように口に手を当て、話す言葉を纏める。やがて口を開いて説明を始めた。

 

「まず説明する前に、海竜の呪いについて話しておく必要があるわね。
 海竜の呪いは、海竜の力の一部を授ける代わりに精神を蝕まれる。これは昼にも説明したことだけど……呪いに精神を蝕まれ、完全に精神が狂わされたとき。呪いに飲まれたって表現をするわ。
 呪いに飲まれれば最後、もう元の精神には戻れない。あんな風に奇声を上げて無差別に襲い掛かるようになって、止めるには殺すしかなくなる。それが、海竜の呪いよ。」

 

実際に見たのは初めてだったけどね、と肩を竦める。今までは呪いの解呪法は聞いたことがない、精神的に飲まれれば狂人同然になる、としか知らなかったらしい。
症状としては、海竜の涙にやられて魔力暴走を起こした人間が丁度こんな感じだったらしい。そんな人間を見たことがあるので、既視感を覚えたそうだ。

 

「殺すしかなくなる、ということは分かったんだが……何故こいつを狙ったんだ?明らかに俺やロゼを無視して、少女だけを狙っていた。」
「それはあたしも分からないわ。ただ、理由は何かあると思う。
 じゃなきゃ、わざわざ村から出てこの子のとこに向かったりしないし、あたし達を襲わない理由にならない。無関係、とはとても言えないはずよ。」
「私は少なくとも、この男のことは知らないはずなのですが……記憶を失う前に、何かあったのでしょうか。」

 

全く覚えはないように、うーんと悩む。それからやはり、何も思い出せないと首を横に振るのだった。

 

「それじゃあ、別の質問だ。これには答えてもらっても、答えなくても構わない。
 お前が、そこまで呪いのことを調べる理由はなんだ?近隣に住んでいたから、だけじゃないように思ったんだ。執念?みたいなものを感じるというか……」

 

上手く答えられなかったようで、あやふやな感想を述べる。執念を感じた、の一言を聞いて、どこか彼女は安心したような、ほっとしたような。そんな表情を見せた、ような気がした。

 

「いいわよ、答える。一つは呪いに好き勝手されたくないから、呪いを駆逐を目論んでいる。それから……あたしも呪いを持ってるのよ。海竜の、翼の呪い。」
「―― !」

 

背中にあるから分かりづらいけれど、と上着を脱いで後ろを向き、ぐっと足に力を籠める。見事に黒インナーに隠れて分かりづらいが、確かに淡く蒼色に輝いているような気がする。
機敏さが呪いにより強化されているそうで、素早く動いたりいち早く反応したり、他にも高く跳んだりと機動力に特化した呪いだそうだ。それだけを聞けば便利だが、勿論精神異常も付きまとう。

 

「あたしは、この呪いの精神浸蝕に負けるわけにはいかないの。だから、解呪方法を探してる。
 そのためにあたしは冒険者になった。冒険者になったら色んなとこに足を運べるし、思わぬ情報がもらえたりもしたわ。けど、一人で続けていくには限界がある。だから何人かでチームを組んで冒険者をやるんだけど……」
「……冒険者になりたくて冒険者になったわけではなく、呪いの解明のために冒険者になったために同じ同機の者でなければチームを組めない、ということか?」
「そういうことよ。今のとこ、1人協力してくれるって約束してくれた人がいる。その人も海竜の呪いを持ってて……まあ、ちょっと、性格的にはアレな人、なんだけど……」

 

明後日の方向を向いた。凄くトオイメをしている。
これよっぽどやべーやつだぞ。そうなんだよやべーやつなんだよ。皆さんご存じあの屑女のことなんだよこれ。

 

「その、まあ、流石に仲間に危害を加えたりするやつじゃないからそこは安心してほしい。」
「待って仲間じゃないやつに積極的に危害を加えていくようなやつに聞こえるんだがそれ。」
「その通りだから大丈夫。」
「まてまてまて何も大丈夫じゃないだろそれ。」

 

呪いのせいだけだったらよかったのになぁ、とため息。呪い持ちじゃなくてもなかなかに過激派思想なので、手の付けられない狂犬って表現しちゃっても致し方ない気がする。それを見事に彼女は手懐けているわけだが。

 

「屑なのは認める。けど、腕はちゃんと立つってことはあたしが保証する。何度かパーティも組ませてもらったし。屑だったけど。どうしようもない屑だったけど。」
「本当に大丈夫かそれ?心配になってきたぞ俺?」
「仲間には嬉々とした殺意向けないから。」
「嬉々とした殺意って何!?」

 

その通りすぎるんだけど、それだけを聞いたら本当にただの狂人だなぁ。
ロゼの仲間に不安と不信感を抱きながら、アルザスは頭をがしがしと掻く。暫く悩んでから、次に声を投げかけたのは少女へだった。

 

「なぁ。お前は、記憶を取り戻したいって思うか?
 お前には、海竜の呪いと関係が何かあるのかもしれない。恐らく、ロゼと冒険者をやることは、お前の記憶を取り戻す鍵を手に入れることにも繋がると思う。それに、今日みたいに呪い持ちに襲われることもあるかもしれない。そういった点でも呪いを駆逐する目的があるロゼと、お前を守る俺は利害の一致と言える。
 でも、記憶を取り戻したくない、あるいは危険な目に遭いたくない。それならば、それでもいいと俺は思う。静かに平穏に暮らすという選択肢もある。お前は……どうしたい?」
「……私、は。」

 

ぎゅっと胸元で手を握りしめ、真っすぐにアルザスを見る。
悩む時間はほとんどなかった。強かで、芯の強い眼差しを守人に向ける。

 

「私は、私が何者であったか、知りたいです……!
 私は誰で、どこから来て、どうして海竜の呪いを持った者に襲われたのか。私の名前も、私を待っているかもしれない人も、私がどうしてあそこで倒れていたのかも……私は、知りたい。
 自分で、自分が分からない、これ以上歯がゆいことはありません。だから、知りたい……私は、私を知りたい!」

 

空が、白み始める。
月が沈み、陽が昇り始める。
夜が、明ける。微かな光に、目を細めて、

 

「分かった。お前の想い、確かに聞いた。」
「えぇ。あたしも、しっかりと聞いたわ。」

 

2人は、海を見た。
まだまだ暗い、蒼く澄んだ、母なる大海を。

 

「ロゼ。俺たちを、お前のチームに入れてくれ。
 俺はこいつの記憶の手がかり探しを手伝いたい。それに、ここが安全とは限らない。また呪いに飲まれた者に襲われるかもしれない。俺は、もう誰も失いたくない。守りたいんだ、この子を。」
「必要ないと思うけど、念のため確認よ。
 冒険者になるってことは、少なからず暴力と血の世界に足を踏み入れることになる。もっと辛いこともあるだろうし、今日の傷どころじゃなく、死にかけることだってあると思う。それを承知の上で、冒険者になってくれるのね?」
「断っても、お前は俺を連れていくだろう?」
「そうなれば、私はアルザスについていくしかありませんから結局同じく冒険者、ですね。」

 

それならば同じだと、2人は笑った。
ただ、と、少女はくぐもった声でぽつりと語る。

 

「私には戦う術が何もありません。冒険者になったとしても、お二人のように戦うことはできません。それでもいいのでしょうか?」
「戦えた方がずっとありがたいけど、一人になるよりずっとあたしたちと居た方が安心感はあるんじゃない?いつどこで襲われるか分からないんだったら、一緒に居た方があんたもあたしもアルザスも安心できるでしょ。」
「そうだな。それに。
 俺が絶対に守るから。もう絶対に失わないように、俺がお前を守るから。だから、安心してついてきてくれ、アスティ。」
「……、……あすてぃ?」

 

ありがとう、と言いかけて。聞きなれぬ単語に首を傾げる。

 

「お前の名前だ。本来の名前とは違うだろうけど、名前がない状態は流石に不便だろう?俺も、お前のことはちゃんと名前で呼びたい。
 ずっと考えてたんだ、お前に似合いそうな名前を。霧を少し砕いてみたんだ。今は霧がかっているけれど、いつか本当の名前が分かったときにその霧が晴れるようにって。そんな意味を込めて、アスティって。
 ……あっ、勿論嫌だったら嫌で構わないぞ!?押し付けるつもりは一切ないからな、嫌だったら遠慮なく言ってくれよ!?」

 

綺麗な響きの他にも、しっかりと意味を考えられていた。
いつかその名を捨てるとき、縁起がいいものになるように。名前が分かって名を捨てるときには、霧が晴れて全てが見渡せるように晴れた世界であるように。そんな願いを込めて、アルザスはアスティという名前を考えた。
名前を考え始めたのが一体いつからだったのか定かではないが、随分と彼なりに悩んだことだろう。

 

「……いいえ、嫌だなんてとんでもない。
 ありがとうございます、アルザス。アスティという名前、確かに受け取りました!」

 

心からの笑顔を見せる。
霧の名にはとても似合わない、澄みきった純粋な笑顔が、そこにはあった。
どういたしまして、と言いながら思わず顔を逸らす。照れている。随分と分かりやすい。

 

「さて、後はチーム名ね。何にしようかしら。」
「それもまだだったのか!?てっきりもうチーム名は決まってると思ってたぞ!?」
「まだチーム結成にまで至ってないのよ。ってことで、アスティの名前を決めたみたいに何かいい名前を一つ。」

 

そんな無茶ぶりな。と、言おうとしてふっと視界をあるものがよぎった。
海鳥だった。夜明けの空を、鴎が羽ばたいていく。1羽の鴎が太陽を目指し羽ばたき、その後を5羽の鴎が飛んで行く。他にも群れは居るのだろうが、その6羽の鴎が、視界に入ったのだった。
それを見て、アルザスは呟く。

 

「―― 『カモメの翼』。」

 

―― こうして、カモメの翼は正式に結成された。

 

 

「―― 海鳥たちよ!翼を掲げろ!」

 

海に向かって、右腕を掲げる。
それはかつて、騎士だった頃の号令を改変したもの。

 

「白き羽で海を越え!その先にある光を掴め!
 カモメの翼に―― 光あれっ!!」
「…………」
「……あ、すまない、そこで返事してくれ。」
「あっ、そうなのね、次からじゃあここで返事を入れるわ。」

 

締まらない。
とはいえ、今回に関してはシーエルフの説明不足のような気がする。せっかくだから何か自分たちだけの号令を作りたいと持ち出したのはアルザス冒険者も騎士と同じく、一致団結が大事なのだろう?と、分かるような分からないような理論だったが。
面白いからという理由だけで2人共賛成。やり方を聞いて、真似をし、そして締まらない。なんともカモメの翼の始まりとしてふさわしい光景である。

 

「それじゃあ、改めて自己紹介だ。
 俺はアルザスリースリング。元々騎士をやっていたシーエルフだ、よろしく頼むぞ。」
「私はアスティ。今のところ何もかも分かりませんが、何かお役に立てるように頑張ります。」
「あたしはロゼ・ダンジュー。元盗賊で、今はレンジャーをやっているわ。とりあえず明日にはリューンに向かうとして、今日は村の人にアルザスを持っていく説明をして、あんたたちに冒険者の基本知識を教えておくわね。」
「待て表現、俺はモノじゃないんだぞ!」

 

3匹の海鳥が、群れを作った。
さあ、荷物を纏めて旅に出る準備をしよう。いつか、この日に見た海鳥となれるように。

 

 

 

☆あとがき
3人の邂逅話でした。実は一番初めにやろうとしたんですが、あまりにもこう、まとまらなかったために後回しにしたチーム結成話です。ロゼちゃんが今よりドライでザス君がなかなか気難しいやつでアスティちゃんが引っ込み思案で我慢しいってことが伝わると幸いですね。
最初、思った以上にギャグ色が強くてえっこれ大丈夫???となってましたが、ちゃんと後半からシリアスにまとまったからよかった!めっちゃ安心した!
因みにアスティちゃんの名前ですが、一応当時は霧のミスティをもじってアスティにした、気がするんですよ。多分。アスティって名前がかなーり昔(名前だけは3~5年前くらいだと思う)に考案した(元々はダイパの雨パのシャワーズにつけた名前)もんだからうろ覚えで。後で調べてワインの名前って知ってめちゃくちゃびっくりしました。アルザスもロゼもラドワも。カペラとゲイルもなくはない。なので別名「ワインパーティ」と呼ばれていたりもします。
ザス君がアスティちゃんに込めた名前の由来は書くときになって考えましたはい。なんかそれっぽく聞こえますが、これ書き始めて、というより必要になって初めて考えました。いえーーーわんころさんこじつけ考えるの好きーーー。

 

☆その他
特にないよ