海の欠片

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リプレイ_14話『碧海の都アレトゥーザ』(2/3)

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悠久の風亭からさほど離れていない路地裏。その中を駆ける1人の女性に、5人のチンピラ。女は金色の髪をしており背が高く、綺麗な蒼色の瞳をしていた。首から下げた大きな十字架と、前髪で左目が隠れていることが特徴だろうか。

 

「く―― はぁ、はぁっ……!」
「おいおいねぇーちゃんよぉ!ぶつかっておいて謝罪の一つもできねぇのかよぉ!」
「そ、それは……先ほど、謝った、だろう!?」
「ごめんなさいの一言で俺たちの心の傷が癒えるとでも思ってんのか!おーおーいてぇ、いてぇよぉ、お前の身体で慰めてもらわなきゃ痛い痛いまんまだよぅ。」
「ちょっと、ぶつかっただけな上、痛いのであれば、ここまで、走れないだろう!?」

 

走る。器用に転がっているゴミや置物を飛び越え、振り切ろうと走る。
しかし全く距離は離れず、むしろ少しずつ近づいてきている。捕まるのも時間の問題であった。
更には。

 

「ぅっ……っ、げほ、がはっ……!……くそ、こんな、ときにっ……!」

 

苦しくなり、咳き込む。ぼたぼたと、口から紅色の液体が零れ落ちた。
それから女の背からは、白く不格好な翼が生えていた。気味の悪い粘膜質な皮翼。まるで、羽化せずに蛹から出てきた蝶の羽のような、けれども見た目からすると竜のような、蝙蝠のようなそれだった。

 

「ぐ、ぅあっ……!」

 

先ほどぶちまけた紅の花に足を滑らせ、転倒する。元々体力的にも限界が来ており、動けそうにもなかった。追いつかれ、背後から下衆の声が聞こえてきた。

 

「うわっなんだこれ気持ち悪っ!?」
「へへ、けどよぉお陰で女の動きは止まったぜ。」
「あぁ、こっからは好き勝手させてもらおーぜ!そのよく分かんねぇ羽はともかく、女の身体の方は綺麗なもんだ!」

 

男の一人が、女に襲いかかろうとして。

 

「―― 放て、波よ。」

 

もう一つ、人影が増えたかと思うと。
それは、剣に水を走らせ、地面をなぞる。ぎゃりぎゃりと、石が削れる音がした刹那、

 

「かの者らを海の胎動を持って退けさせよ!」

 

女の前に立った新手の男が、描いた円弧からまるで波のように水が押し寄せる。あまりにもすぐの出来事により、チンピラ共は避けること敵わずその蒼き波に押し流され、数メートルほど後退させられた。
命を奪うものではなく、しかし強い衝撃が生まれることは事実。それなりの痛みは受けてもらうことになっただろうか。

 

「ぎゃああぁぁ!?」
「おえっ、からっ……しょっぱ!?なんだこれ、か、海水!?」
「一人の女によってたかって……恥を知れ。それから、命があるだけ感謝しろ。俺の仲間だったら間違いなく殺していたところだぞ。」

 

若緑色の髪が、風に揺らめく。太陽の瞳が、男たちを射抜いた。
先ほど、カモメの翼から別れ一人走り出したアルザスだった。シーエルフの男は剣を構えたまま、男たちを静かに見下している。
かけつけたのがアルザスだったことは、男たちにとって運がよかったと言えるだろう。うっかりこれがラドワやゲイルだったりすれば、この男の命はなかったと言える。特に前者はやばい。

 

「な、なんだよ、悪いのはこの女だ!ぶつかっておいてロクに詫びもしねぇで
「その非礼は詫びたと言っていたが?それでも文句があるのなら……俺が相手しよう。もちろん、5人纏めてだ。」
「くそっ……てめぇ!」

 

男は短剣や鉄爪、ナイフといった素早さ重視で軽く、そして路地裏という狭い場所でも有利な武器を次々に構え、アルザスに振りかかっていく。大してアルザスは、条件としてはあまりよくない片手剣。大きく振りぬくような使い方はできそうにない。
左手を刃に添え、盾のように振り降ろされる金属の数々をいなしていく。冒険者となりそれなりに経験も積んだ彼は、もう小悪党の刃に踊らされることはなくなっていた。

 

「―― 切り裂け、風よ!波風踊る円舞曲をかの者らと踊り狂え!」

 

攻撃をはじききると、第二勢が来る前にアルザスは片手剣を前に振るう。だが男に切りつけるのではなく、誰もいない空を、アルザスは斬った。

 

「へ、へへ、どこを狙って――」

 

剣は、斬るためのものではなく。
小型の嵐を、生み出し。ザシュ、ザクリ、肉が切れる音。ポタリ、ボタッ、ピチャ、紅が飛散する音。ほんの微かな時間のずれを持って、その2種類の音は風の唸る音の中静かに響いた。

 

「い、いでぇ、が、あ、な、なんっ、だ、これっ、」
「ひ、ひぃぃ、いでぇ、いでぇ!!」
「どうした、まだやるか?これ以上は、俺も手加減が難しい。本気で、殺すかもしれないな?」

 

威圧を孕んだ声。傷はそれほど深くはなく、後で手当てをすれば跡は残るかもしれないが何も支障なく回復する程度のものだ。
だが、これ以上やるとなると、回復の見込みがない傷を負わせるか、最悪命を奪うことになるかもしれない。それでもやるのかと、シーエルフは一切血のついていない剣を向けた。

 

「ひ、ば、化けものだ!」
「あの耳、人間じゃねぇ!なんでエルフがこんなとこにいんだよ!」
「逃げろ!殺されちまう!敵うわけねぇよやべぇよあいつはぁ!!」
「…………」

 

化け物。エルフがどうしてここに。
そういわれても、アルザスは特に何も思わなかった。人ならざる者に抵抗がある者が多い。理解の及ばないものに畏怖することは仕方がないこと。
だからアルザスは、特に気にしなかった。自分を化け物と思ったこともなかったから。ただ、それはそれとして。

 

「……ラドワが好きそうな反撃の仕方をしてしまった。なんか悔しい。」

 

普段から悪趣味と一歩引いている屑女とやっていることが微妙に似ていることに、なんとなく敗北感を覚えてはぁーーーと大きなため息をついた。趣味ではなく傷を浅くするために取った行動なので、そこに込められた思いは全く別物なのだが。それでもなんか悔しい。

 

「……あ、あの!」

 

男が去ったことを見届けた後、女が声をかける。立ち上がろうとするが、上手く立てないらしい。それを見て。背中から生えている不気味な被膜も視界に入れて。その上で、アルザスは手を差し出した。

 

「立てそうか?」
「あ……その、すまない。……助けてくれて、ありがとう。」

 

手を借り、引っ張り上げられる。いつ倒れるか分からなかったので、アルザスはそのまま女の腕を自分の肩に回し、どこか休ませられそうな場所に案内しようとする。すると女は悠久の風亭に泊まる予定だからそこまで送ってほしい、と申し出る。ここから距離もないし、自分も止まる予定であったため好都合だった。
歩きながら、互いに自己紹介を交わす。

 

「私はアルユ。アルユ・フレイヤーだ。冒険者をしている。」
「俺はアルザスだ。よろしくな、アルユ。」
「あぁ、アルザス、よろしくな……アルザスには苗字はないのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……ちょっとした理由で名乗ってないんだ。あぁ、そんな重い理由じゃないから安心してくれ。うちの仲間に合わせてるだけだ。」

 

アスティに自分が名前をあげたはいいが、苗字は用意できない。なので、彼女が名乗る苗字がない分自分も名乗らないでおこう。
こんな、とっても一途で可愛らしい想いからだった。流石にちょっとこっぱずかしくていえない。不思議そうにふぅん、と短い返事の後、やや自嘲気味に話す。

 

「……お前は、私を笑わないんだな。」
「? どこかに笑うところがあったか?」
「あぁ。私は冒険者をしてかなり長い。しかし、忌々しい呪いのせいで身体が弱ければ、あらゆる制約がかけられた身体になってしまった。もうベテランで、名前も広く知れ渡っているというのに……情けないだろう?
 それに、お前も見たはずだ。この白い翼。時々発作のように生まれる、この翼を。あまりにも気味が悪くて、嫌悪感や差別的にみられることばかりで。……お前は、驚かないんだな。」

 

化け物とさえ言われることがあるのに。その言葉に、アルザスは歩きながら暫く悩む。上手い返事を考える、というよりは自分の考えを纏めることに少々時間がかかったようで。

 

「見た目に関しては、俺はシーエルフだ。それも、閉鎖的に暮らすことで有名なエルフだというのに、俺の街はそれなりに都会だったし人間と共に暮らしていた。だからあまり、見た目や異種族に対しての抵抗は俺はない。
 それに、どういった経緯でそうなったのか、はたまた生まれつきなのかは知らないが。望んでそうなったわけじゃないんだろう?だったら、俺は仕方のないことだと思うし、蔑む理由もどこにもない。」

 

真っすぐな解答だった。取り繕うものでもなく、綺麗ごとでもなく。心からの、純粋な想い。
アルユと名乗った冒険者は、そう感じた。だからこそ、この男を好意的に見ることができた。ありがとう、と小さく呟く。俺は別にお礼を言われるようなことは言っていないよ、とアルザスは微笑んで返した。

 

「それにしても、お前も冒険者だったんだな。よかったらチーム名を聞いていいか?俺はカモメの翼っていう、まだまだ駆け出しのパーティなんだが。」
「……驚かないか?」
「? 多分驚かないと思うが。」
「…………」

 

バツが悪そうに、目を逸らしながら口にしたのは。

 

「……『水光の翼(すいこうのよく)』。」

 

  ・
  ・

 

「はぁぁああああああ!?す、水光の翼ですって!?!?」
「しかもあのムィル!?え、何で!?どうしてこんなところにそんな人がいるのよ!?」
「はぁ……だから言ったでしょ、あそこで自己紹介ができないって。私は『知られすぎ』てんのよ。
 まぁまさか、命を狙われたらだとか、反撃するだとか、そんなこと言われるの久々だったから思わず笑っちゃったわ。悪気はなかったのよ。」

 

森へ向かいながら、それぞれは自己紹介を行っていた。めーんご☆と、手を合わせて軽く謝罪するが、なるほどこれならば仕方ない。
光の翼。リューンで冒険者をやっている……いや、やって『いた』という表現が正しいか。
数々の功績を持つ凄腕の冒険者だ。リューンの冒険者だけではなく、どんな閉鎖的な村であったとしても、どんな地方であったとしても、その名を知らぬ者はいないと謳われる程度には有名であった。ただし、容姿に関しての噂はそこまでなく、あまり足を運ばない場所や地方では姿を隠さなくとも水光の翼のムィルだとバレることはないそうだ。
とはいえ、元々拠点にしていたリューンに帰れば一瞬で大騒ぎになる。たまに帰るのだが、それが『面倒くさい』彼女はあちこちを転々としながら依頼を受けて生活しているらしい。あらゆる依頼をこなし、マジックアイテムも数多く手に入れてきたからか、金にはさほど困っていないらしい。

 

「というわけで、改めて自己紹介。私は水光の翼のリーダーの、ムィル・シェルティル。『英雄』の称呼を与えられた冒険者は、私のことよ。
 んで、こっちは人工精霊のエインガナ。悪さしないカタブツ真面目硬派石頭だから噛みついたりしないし安心してね。」
『ちょっとムィル殿!?あんまりにも罵詈雑言すぎぬか!?』

 

このツッコミ。あぁこれは、苦労人(竜)だなぁ。皆は一瞬で察した。
英雄の称呼。数多くの功績を認められ、世界的に有名になった冒険者に与えられるものだ。この称呼の出所はよくわかっておらず、どこかの国の偉い人がつけているだとか、勝手に噂から広まっていくだとか、神が定めているだとか、諸説言われている。
誰も疑うことなく、いつの間にかそう呼ばれることになる。称呼が与えられた、ということは伝説になった、と言っても過言ではなかった。

 

「あ、だからといって敬語とか一切なしよ。普段から誰に対しても敬語を使ってる者だけが私にも敬語を使いなさい。」
「あっ私許されました。やったあ。……やったあ?」

 

別に何もやったあではない。あまりの新事実に、頭がやられてしまったのかもしれない。
しかし、だとすれば猶更腑に落ちない話だ。ラドワは失礼承知の上で、ムィルに尋ねる。

 

「いくつか疑問があるから答えてちょうだい。疑っているわけじゃあないのだけれど、どうしても分からないのよ。
 あなたともあろう人が、何故私たちと共に依頼を受けるのか。一人でも十分依頼をこなせる実力でしょう?」
「簡単よ。あんたたちが面白そうだったから。見た目に反して、これでも結構長いこと生きてるのよ。だから、つまんない冒険者は山ほど見てきた。同時に、面白そうな冒険者も何人か見てきた。あんたたちは、私の興味を引いた。だから私はちょっかいをかけた。それだけよ?」
「……これ、褒められてんの?けなされてんの?」
「めっちゃ褒めてるわよ。あんたたちは冒険者になりたくてなったわけじゃない。海竜の呪いを調べるためのツールとして冒険者を選んだ。自由、という曖昧な空想論じゃなくて、しっかりとした目的がそこにある。この手の冒険者、まずいないのよ?」

 

冒険者個人で見ればそうでもないのだろうが、チーム全体で最終目的を掲げている場所というものはかなり珍しい。目的や夢や欲望がかみ合った、最高の利害の一致。共に身の苦しみを共有できる分仲間意識も強いのだそうだ。
同時に。弱点も同じであるため、その弱点を突かれてしまうと途端に壊滅してしまうという問題もある。カモメの翼で挙げるなら、この前の異常気象がそうだろう。誰もが熱に弱い上、先導者が崩れてしまうため統率力にも欠け……
元々このチーム、緊張感がなくって統率力がそもそも飾りだったな、うん。

 

「凄い暴論が聞こえたけれど、まあいいとしましょう。
 じゃあ次の質問。なぜ、カモメの翼や海竜の呪いのことを知っていたのかしら。」
「悪魔の海竜や呪いに関しては、10年前の出来事を私が知っていて呪いについても耳にすることがあったから。あんたたちが呪い持ちって分かったのは、この子のお陰ね。人工精霊と言っても、竜の因子は持っている。同族の気配があったら感知できるわ。」

 

エインガナ。絆束ねる虹の竜。全ての生物の産みの親。エインガナは全ての生物につけられている紐を持っており、エインガナがその一つを手放すと、その種族は死に絶えると言い伝えられている。
人工精霊、と言うものだから誰かが、あるいは彼女がエインガナの神話に準えて創られた存在なのでその神話ほどの力は持たないのだろう。しかしそれは、カモメの翼が想像するよりも遥かに強力で因果律を歪めるものであった。

 

「……なぁ、思ったんだけどよ。ムィルって何歳なんだ?」
「18歳、と言いたいとこなのだけど。エインガナを手にしてから歳を取らなくなっちゃったのよね。いつの間にか6人パーティだったのも3人になっちゃったし。これで、化け物じゃなくて英雄って言われるのだから不思議なものよねぇ。」

 

からから、笑った。化け物と言われても、言われなくても。目の前の彼女はどうでもいい、と言うのだろう。
自嘲的な笑みではなく、むしろ純粋に面白おかしいと言いたげな表情だった。流石に殺されれば死ぬらしいが、彼女を殺せる者など一体どこにいるのだろうか。
不老になったことも、特には気にしていないようだった。なんというか、どこまでも無頓着で自由な人だ。

 

「もう一つ、解せないことがあるわ。呪いを駆逐したいなら、とは言ったけれど、アレトゥーザは竜災害に遭った地方とは距離がありすぎる。ここに呪いの元があるようには思えないのだけれど?」

 

呪いの元は、竜災害の被害地域にしか今のところ発生していない。彼女らのように呪いに触れ、持ち出したのであれば話は変わってくるが、今回は依頼場所は森で妖魔退治だ。ゴブリンが呪いを持って南下したとはとても考えられない。呪いを手にした時点で精神を食い殺されてしまうだろう。
その質問に対しては、にぃと笑って答える。

 

「その答えは直に分かるわ。それよりも、感じない?
 ―― 同族の気配が。同質の魔力が。」
「――――、」

 

竜の気配。否、竜の因子の気配。森のすぐ近くにたどり着いて、ラドワは気が付いた。
竜そのものではないが、同質の魔力を微かに感じる。この時点では何の手がかりもないため、一つだけ自分自身と同質の存在が居ると仮定する。
境遇が同じであるならば、確かに納得はできた。

 

「……人が呪いを持ち出して、南下した?」

 

それしか考えられなかった。呪い持ちとは数回出会ったことがあるが、人間離れした力を持っているため真っ向から相手にすることは得策ではない。
精神が呪いにやられ、海竜の呪いに喰われた存在であればまた話は変わったが……正直、手に負える相手かどうかは定かではない。そんなことを考えて居ると、ふわり、銀色の長い髪を揺らし、ムィルはカモメの翼に振り返った。

 

「まず初めに、あんたたちのできることを教えてちょうだい。任せなさい、私が導いてみせる。
 見えない敵が怖い?情報が何もないことが恐ろしい?大丈夫、私はね……一度結んだ縁は、何が何でも断ち切らせない主義なの。
 私はあんたたちを信じる。あんたたちはこの先の呪い持ちにも勝てるって。私が導く。だからあんたたちも、あたしを信じなさい。」
「…………」

 

普通ならば、その言葉に鼓舞されたことだろう。
普通ならば、英雄の言葉に、存在に、誰もが力強く頷いたことだろう。
しかし、カモメたちは。

 

「そりゃあ、これで僕たちを見殺しにしたり誰かが死んだりしたら、英雄なんて呼称は地に落ちそーだよね。」
「そもそも依頼に誘ったのは向こうよ、これで責任持たず頑張れと言う方が頭どうにかしてるでしょう。」
「受けた以上は最後まで責任持ってもらわないとあたし達も困るし、まあ、当然よね。」
「てか敵を怖がってるって思われてんのめっちゃ心外じゃね?あたいだけ?」
「うーーーーーん話には聞いていたけど緊張感ないわねあんたたち。」

 

あの英雄もびっくりするくらいに、緩かった。というかひねくれ者が多すぎた。
あんまりにもあんまりな言葉を聞いて、思わずアスティはすみませんすみませんと頭をぺこぺこ下げる。伝説の冒険者だと言うのにこの言いよう。無礼が過ぎる。

 

『ムィル殿。こいつら喰い殺していいか?』
「だめよエインガナ。むしろ、私としてはこの上なく面白いって思ってるわ。」
『しかしだなムィル殿、』

 

いいからいいから、と人工精霊の口に指を指を当てる。むぅ、と黙らされ、まだ言いたいことはあったがしぶしぶ意向をくみ取ることにした。

 

「さて、あんたたちの力を知っておきたいから……まず各自、歩きながらでいいからできることを教えてちょうだい。纏めてみせるわ。」

 

声は自信に満ち溢れていた。この自由すぎる冒険者たちを、英雄は纏めると言い出した。
一癖も二癖もある連中だ。それをこうして会話を交わして、やることを聞いただけで纏められるというのだろうか。半信半疑であったが、彼女たちは簡単にできることを説明しながら、英雄を戦闘に森の中へと入っていった。
呪い探しもあるが、依頼は妖魔退治であることを忘れてはならない。妖魔は夜行性。恐らく昼間はどこか洞窟にも籠って眠っているのだろう。ラドワは魔力面で、ロゼとゲイルは気配を、カペラは音を頼りに妖魔の存在を掴もうとする。アスティは探索には適した力はないが、強いて言うならラドワ同様魔力による探知になるだろうか。
森に入ってから僅か30分程。魔力や生物の気配を追っていくと、森の東側に大きな岩穴を見つけた。ゴブリンたちはこの中で間違いないだろう。少し離れたところから目を凝らすと、見張りのゴブリンが立っているのが見えた。

 

「ラドワ、魔法の矢を一発お願い。」
「言われなくても。」

 

カモメの翼結成して初めての依頼で、ラドワはゴブリンを仕留めてみせた。当時よりも技量も魔力量も上がった今では、見張りを魔法の矢で仕留めることは朝飯前となっていた。
声を出す暇もなく、ゴブリンは魔法の矢に貫かれ絶命する。それを確認するなり、岩穴に踏み込んだ。中は薄暗く、魔力も魔物の気配も強くなっていく。
まだ距離がある。だというのにムィルは武器を抜いて、カモメの翼に指示をする。

 

「皆、武器を構えて。それから今から5歩いたらロゼは前に2跳んで。ラドワは右後ろに3、アスティは左後ろに5、カペラは右後ろに8、ゲイルは前に5跳ぶ。いいわね?それから、絶対に振り返らないように。」

 

すらり、彼女が抜いた武器は細剣、レイピア。白銀の刃は光を受ければ七色の虹の輝きを放ち、明らかに鉄ではないことを示した。一体どのような金属を使えば、どのような技術を用いればあのような代物ができるのだろうか。
アスティらは言われたことを首傾げながらも、こくり頷く。心の中で1、2と数え、

 

(3、4……っ!)

 

5、と踏み出したと同時にそれぞれ指示された方向に跳ぶ。カウントを数え終わる直前に感づいた、背後からの殺気。
躱す、という意志はあったがそれよりも指示を重視したことによる回避だった。恐らく彼女はこの攻撃を読んでの指示だったのだろう。どこから気が付いていたのか。どうやって相手の間合いを知ったのか。
そんな疑問は、襲い掛かってきた存在を見てふっとんだ。

 

「なっ……ダークエルフ!?」
「人間ごときに我が一撃を躱されるとはな……」

 

どうしてこんなところに。そう思うと同時に納得も生まれる。
ダークエルフは、エルフが精神を蝕まれたなれの果て。つまり元々はまともな精神を持っていたが、呪いにより喰われ、闇に落ちたと考えれば単純ながらも筋が通る。所持している呪いはすぐに分かった。
長い耳に、蒼く輝く模様。間違いなく、海竜の呪いの印。耳に存在するということは、耳の呪いで間違いないだろう。

 

「次はない。ここで死んでもらおう……」

 

ダークエルフが出口に立ち、逃げ道を塞ぐ。奥の方からはゴブリン達の声が聞こえてくる。
……ここで、カモメは今日だけの先頭の指示が、実に考えられていたものだと気が付く。
後ろに下がりつつ左右に分かれたのはダークエルフの動きがあったから。歩幅が違い、飛び出す方向が違うことはこの回避行動で一瞬にして陣形を組むため。
更にその陣形は、ダークエルフに最も近い距離にいるのはカペラ、その次にアスティ、ラドワと続く。ゴブリンに対しては、2歩前に出たロゼが、5歩前に出たゲイルよりも前にいる。
ダークエルフとゴブリンの距離は10mは離れている。よって混戦になる心配はない。

 

「ロゼ、弓を3回行ったら後ろに0.5!カペラは攻撃を4回止めたらすぐに左へ1!ゲイルは動かないで来たゴブリンを迎撃!ラドワは動かずエルフに魔法の矢!アスティは回復の準備、カペラを見てて!」

 

ムィルは、動かない。
戦場の中心でレイピアを振り、今だけの仲間に指示をする。ダークエルフを見ながら、細剣をくるくると振りかざす。
さながら指揮者のタクトだ。虹色の輝きを帯びながら導く指揮棒に対し、ラドワは思わず冷や汗をかく。

 

(回避と同時に陣形の構築。歩幅による移動距離の逆算。それぞれの動きを見越しての指示。後ろを見やしていないというのに、ゴブリンと私たちの位置、果てには仲間の位置や戦う姿まで見えている。
 英雄……一体あなたには何が見えているというの!?)

 

歩幅などどこから知った?共に森に向かうまでの道のりで?
敵の動きの予測は?陣形の最適解の導きは?気配だけで敵の歩幅や出方を全て理解した?
英雄が英雄と称えられている理由を思い出す。
彼女は勝利への【先導者(コンダクター)】なのだ。
リーダーとしての天性。誰よりも仲間を理解し、仲間の持つ力を最大限に引き出す。仲間と仲間を繋ぐ絆を確固たるものとする。
―― 故に、英雄と称される。彼女が導けば、そこに最適解が用意されるのだから

 

「1、2の……3!!」

 

弓を3発射る。その後すぐに後ろに0.5歩分下がれば、ゲイルがゴブリンに対しては最前衛となる。
ゴブリンが迫る間に十分に振りかぶり、一歩踏み出して、斧で敵陣を薙ぎ払う。

 

「でぁああああああっっっ!!」

 

弓で怯んだ最前線のゴブリン共。その動きに後続もぶつかり、止まり、動きが乱れたところで斧が叩き込まれる。

 

「ロゼは短剣で切りつけながら最奥に駆ける!そこから4回弓を引く!あとはゲイルが片づけなさい!」

 

その指示のすぐ後、カペラが左へ動き、同時にラドワが魔法の矢をダークエルフに打ち込む。
左へ動かなければ、ラドワの魔法の矢の軌道上に彼が居て発動することはできなかった。それを予測した上での動き。詠唱から発動までも完全に掌握している。

 

「カペラはそのまま防戦、位置はそのまま!ラドワが魔法の矢を打ち込んだら後ろに回って!その後ラドワはもう一つの魔法をお願い!」
(何よこれ……戦いやすい、なんてものじゃないわよ)

 

敵は防戦一方どころか、ただただ冒険者の動きに翻弄される。
ゴブリンは暴風と翼によって既に壊滅状態。ダークエルフも未だに一つさえ傷をつけることができていない。

 

「くそっ……おのれ、あいつが、あいつさえ止めてしまえば!」

 

2発目の魔法の矢。指示通り、カペラは後ろに回ろうとして、

 

「わ――!」

 

ドンッと、押しのけられる。ダークエルフの得物ではなく、乱暴なタックルで横に押しのけられた。

 

「!大丈夫ですか!」

 

アスティはそれを見てすぐさま治癒効果のある水を生成し、カペラに向ける。ダークエルフは他の者には目をくれず、指揮を行い、勝利へ導く英雄へと剣を向け、突撃する。
……そこまで、見ていたのだ。
結果的に、カペラはダークエルフの『後ろ』に回ることになり。ダークエルフから英雄までの一直線上には、何の動きも阻害する者はなく。

 

「―― 負傷者なし。皆、お疲れ様よ。」

 

剣が、振り上げられる。
その剣は英雄には届かなかった。
真っすぐ英雄はダークエルフを見つめ、微動だにしない。振り上げられたまま、ダークエルフは硬直していて。
大きく目を見開いたかと思った刹那。

 

「あんたとの縁はね、端からなかったのよ。残念なことにね。」

 

残酷なまでの一言を、ダークエルフに浴びせてから。

 

「ああぁっ……がぁぁぁああああぁぁぁあぁぁぁっっっ!!」

 

身体を引き裂き、貫く紅黒い結晶。
飛び散る紅の花。さかれ、さいて、ぼとりと落ちる。


―― 剣が振り下ろされるよりも先に。ラドワの、血塊の刃の術が完成していたのだった。

 

 

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