海の欠片

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リプレイ_24話『答え合わせ』(2/2)

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「…………、」

 

あまり、驚いた様子はなかった。
むしろ、やはりそうだったのかとどこか諦めたような、けれども嘘だと言ってほしかったと悲しいような、そんな複雑な表情。
自分が海竜だ、それだけならいい。
自分が、北海地方を、多くの人を海に還した存在ならば。

 

「正確に言えば、海竜の『抜け殻』と言った方がいいかしら。」
「……、……え?待ってください、ぬ、抜け殻、ですか!?」

 

おおっとそこは予想外といったリアクション。
どういうことだ?と、アルザスが一番にラドワに問いかけた。

 

「ここは推測が強いけれども、アスティちゃんは海竜だけれども、厳密にはウィズィーラを襲った海竜『そのもの』ではない。最後はウィズィーラの人々が海竜を討った、とあるけれども……そう都合よく、海竜を討伐するだけの魔法がウィズィーラに伝わっていると思う?」
「そ、それは……でも俺は確かにこの目で、ウィズィーラの奴らの生き残りが海竜を討つところを見た!術は、よくわからなかったけど……俺は、魔法が扱えないから……」
「その魔法。ウィズィーラに伝わるものではなく、『第三者によるもの』だとすれば?
「……!?」

 

ウィズィーラの人間もシーエルフも、誰も生き残りはいないとされている。
だって、生き残りどころか。

 

アルザス君。仲間を、『海には流した』?」
「い、いいや、仲間は全員海に還った……死体は残っていなかった、全部海に飲まれていった……と、思う。」
「思う、ということは『死体は残っていなかった』、ということね。」
「…………」

 

ゆっくりと、頷く。
雪は、考えた。そういえばウィズィーラには埋葬の文化はなく、死したものは全て海葬するのだと。墓を立てるという文化も恐らくはない。
……2つ、違和感。1つは誰も『海葬した』とは言っていないこと。更には、誰もウィズィーラの犠牲者を見ていないということ。アルザスは死んだと同時に『いなくなった』と称している。それが、比喩ではないのであれば?
それからもう1つは。

 

「死霊の気配もない。これほどたくさんの犠牲が出たのであれば、ウィスプの気配の1つくらいあってもいいものなのに、ここにはそれがない。なら、きっと答えはこう。
 ―― ウィズィーラの人そのものが、魔力の触媒にされた。魂ごと、ね。
「…………は?」

 

話を飲み込めていない仲間をよそに、ラドワが推論を構わず続ける。
竜災害がそもそも意図的に、人為的に引き起こされたもの。竜は海底遺跡に封印されており、それを解いた者がいる。竜災害を引き起こし、ウィズィーラの人間とシーエルフを使い、大規模な魔術を用いて海竜を討伐した。
アスティは討伐された海竜の『抜け殻』で、海竜の呪いはその『中身』。アスティを肉体、海竜の呪いを精神と考えればわかりやすいか。

 

「あの、ごめんラドワ、あんたのことを疑ってんじゃないんだけど……突拍子もなさすぎて、呑み込めないっていうか……根拠はあるの?」
「えぇ、さっきも言った、街の人の死体がなかった、というのもあるけれども。
 アスティちゃんが、ウィズィーラの記憶や文化を持っている、というところよ。」

 

読み書きの不自由はなく、会話も問題なく行える。それどころか宗教観点はウィズィーラのものが多く、竜だと考えれば共にウィズィーラで過ごさない限りあり得ないことだ。
だが、もし魔術により犠牲になった者らの記憶が海竜にあるとすれば。何らかの原因で、記憶が受け継がれたとしたのならば。

 

「そ、そんなことあるの?」
「そもそもそんな禁術じみた事例が少ないから、死霊術観点による推測にしかならないけれども……ない、とは言い切れないはずよ。
 例えば犠牲になった人々の魂と海竜の魂が混ざった、だとか。海竜が死ぬ際に再生能力を働かせて周囲の人間を実は取り込んでいた、だとか。最も、行使された術がどのような術が分からない以上、可能性としてあり得る、としか話せないわ。」

 

ウィズィーラに伝わる法ではないことは確かだと、ラドワは言う。
北方領土で使われる術であるのならば、セリニィ家には必ず伝わっているはずだと説明する。特に海竜一体を葬る禁術が野放しにされているとは思えない。必ず『そのような術が存在する』とは伝わっているはずだと。

 

「これも予想だけど、そこまで筋道を立てて、ゼクトの話を推測するのなら、封印を解いた者はロマネになるのでしょうね。私とオルカの共通の敵であり、術師であり、アスティちゃんを狙う。最も、ロマネの関係者という可能性もないわけだけだけれどもね。」

 

纏めるとこうなるわ、と淡々と話を纏め、一本の物語へと仕立て上げていく。

 

今から10年前、ウィズィーラの禁止区域には海竜が封印されていた。
その封印を何者か(恐らく、ロマネ)が封印を解除。
ウィズィーラを中心に海竜は暴れ回り、最後はウィズィーラの死者を触媒にし海竜の討伐。
結果、海竜の肉体面はアスティとなり、精神面は竜の力と共に雨となり降り注ぎ、海竜の呪いとなった。

 

「けれど、これでもまだ分からないことは多いわ。
 結局、ロマネは何がしたかったのか。そもそもロマネがやったことなのか。10年の差が開いた理由はなんなのか。」
「ロマネは竜の力を欲した。だから、『海竜の魂を細かく分割する』術を発動させた。そして、重要な部分の力のみを自身が回収し、残りは捨てた。それが、雨となった。
 信仰のあった竜だったからな、神格化していたも同然。神にとって、肉体は捨てられるが精神は捨てられない。幽霊のようなもの、あるいは人形という入れ物に精神が宿った存在。中身が無くなれば、肉体の維持も不可能。
 その中で、イレギュラーが起きた。行使された術や触媒として利用された人間やシーエルフの魂、土着信仰、魔力……それら色んなものが文字通り『海に還り』、新たな海竜を生み出した。よくある話だろう?神が力を使い果たして眠りにつき、やがて信仰から力を取り戻して復活する。あれと仕組みは同じだ。」

 

どこから聞いていたのだろうか。戻ってきていたガゥワィエが、疑問点を補足するように答える。
よくそこまで調べ上げたな、と小さな拍手も添えて。

 

「……そこまで、あなたはアスティちゃんから読み取ったのね。」
「まあ、な。最初から告げてしまえば、お前たちが冒険者をする理由がなくなる。経験を積まなければ、未来はない。そう判断して、真実を見つけるまでは黙っておくつもりだったんだ。」

 

この人狼は人の『物語』を読み取る力を持っている。
例えば、どのような過去があり、どのような人物像であるか。過去視だけではなく、正体を暴露する力も所持している。はっきりいって、破格の力である。
どれだけ正体を偽ろうが、己が知らない記憶だろうが。彼女は全て見抜き、理解してしまうのだ。

 

「……余計なお世話ね。」
「ロゼの言い分も最もだ。しかし、私が黙っていなければ、今頃オルカに嬲り殺されていたかもしれない。それに……お前たちは、すでに一つの物語に組み込まれている。アスティが何者であるか。ウィズィーラで真に何が起きたのかを理解する、これは過程にしか過ぎない。」

 

オルカは本気でアスティを狙っている。そのためであれば手段は選ばない。
そして、共通の敵が存在する。今は水面下にその姿を潜ませているが、いつ姿を現し、牙を剥くか。
そこまでは、まだ綴られていない物語。幻想存在の人狼にも分からない。

 

「…………」

 

癒し手が……海の竜が、窓の外を見てぽつり、言葉を漏らす。

 

「ここには、街があった。
 ……私が、滅ぼした。数多のシーエルフを、人間を、殺して。それだけではなく、呪いという形でも、皆さんを苦しめるきっかけになった。」
「……アスティ、それは、」
「それだけではありません。こうして、オルカの背鰭に皆さんが命を狙われることもなかった。必要のない因縁に巻き込まれることもなかった。……全部、私が居たから、」
「―― !」

 

ダンッ、と音を立てて一つの身が跳ねた。
エメラルドグリーンの髪が揺れたかと思えば、姿が消えた。ドアが開いていると気が付くには数秒有した。
そうだ、ロゼは呪いのせいで無感情になった。呪いを解くためにこうして冒険者になった。恨んでいて当然だろう。

 

「―― ロゼ!」

 

それを一番に追いかけたのはアルザスだった。傷は完治していないというのに、無理やりにでも身体を動かす。
ここで動かなければ、永遠に帰ってこないような、そんな気がして。
……それは。誰が?

 

「……やれやれ。」

 

それを見送ったラドワは、一つあからさまにため息をついた。それから人差し指を口元に当てて、まあ何とかなるでしょうと呟いてから、アスティの方へ向く。

 

「アスティちゃん、いくつか誤解しているようだから言わせてもらうわ。
 私は呪いを自分から手にしたし、むしろ楽しいから勝手に苦しんでいることにしないでちょうだい。」
「……、……は?」

 

うーーーんど安定の屑の言葉ーーーーー
自ら呪いを手にしたことは知っている。この屑は一切隠してないから皆知ってる。困っていないことも知ってる。むしろ楽しそうにしてるよね。分かってる。分かってるけど、間抜けな声が出ちゃった。

 

「私にとってこの呪いはね、家を出るきっかけになってくれた大切なものなのよ。迷惑どころか感謝すらしているわ。だから、全員が不幸だと決めつけないでくれる?不愉快よ。」
「不愉快とまで言いますか!?めちゃくちゃ申し訳なくて心痛いんですよ私!?ここまで容赦のない言葉あります!?」
「え、慰めてほしかったの?おーよしよしーかわいそーにー」
「全く心が籠ってない!慰めや肯定の言葉を求めたわけじゃないですけど!」

 

シリアスな空気?屑がいるのにシリアスになると思う?シリアス担当は出て行っちゃったよ?
部屋に残されたカペラとゲイルは顔を見合わせて……ふ、と笑って、2人もアスティの方を見た。

 

『僕も 困らされた記憶はない むしろこうして皆と冒険者やって楽しいよ』
「あたいも、カペラと同意見だぜ。ま、あたいはちぃと困らされたこともあったけど……でも、この呪いのお陰で今があんだ。謝られる必要はねぇよ。」
「……カペラ……ゲイル……、」

 

3人は、こうして肯定してくれている。
一切の嫌悪感も恐怖もなく、変わらず『アスティ』として見てくれている。
けれど、先ほどこの部屋を出て行った者らは違う。一人は呪いのせいで感情を失いそれに抗おうとしていて、一人は自分のせいで故郷や親しい人たち全てを失ってしまった。
3人のように自分を肯定することは難しいとは、よくわかっている。

 

「……記憶を取り戻す……いえ。己自身の真実を、知るとは……
 ……思っていた以上に……辛いですね……」

 

いつかの村での出来事、とやかく言えないな、と。
自分を蔑むかのように、力なく笑った。

 

  ・
  ・

 

機動力において、翼の呪いを持つ彼女の右に出るものはいない。
目を離せばもうそこにはいない。追うことができない。そんなことを考える暇もなく走り出したが、考えていても杞憂だった。
鼻を突く、鉄のにおい。異質な香りが更に不安を掻き立てる。案外それは遠く離れておらず、すぐ見つけることができた。
ロゼと、顔も知らない死体が一つ。彼女の手には短剣が握られており、真っ赤な血の花が咲いていた。ぽたりぽたり滴り落ちる血を気にもせず、アルザスの姿に気が付けばそちらを向いた。

 

「……思ったより冷静そうね。」

 

無表情で告げられた言葉が、あまりにも不気味だった。
八つ当たりで人を殺した?そんな馬鹿なことをするやつではない。ではなぜ人が死んでいる?言葉がまとまらず、何かを紡ごうとして。

 

「……、……お前、アスティが竜だったからって、呪いの発端だったからって、そんな、どこのやつか分からないやつに八つ当たり、なんか、」

 

嫌になるくらいに綺麗ごとだ。
彼女がウィズィーラを滅ぼした竜だとは考えたくなかった。きっと、この辺りに住む人間で、特別な力を持っているだけだとか、シーエルフと人間が交わった者だとか、そのように考えたかった。
どう言えばいい、と唇を噛みしめる。俺がリーダーなのだから、竜への恨み言は受け止めなければ。
しかし、返って来た言葉は予想外のものだった。首を傾げながら、じぃと太陽の瞳を見る。

 

「あたしは呪いの暴走を起こした者の始末に来ただけよ。変な気配があったから外に出た。呪いの場所は腹部。
 初めてここに来たときもそうだけど、アスティは呪いの力を強くする力があるのかもしれないわね。」

 

元々アスティの魂の破片なのだから、器の元へ戻ろうとしてこうなるのかもしれないわね、と淡々と推測を語る。そうなると自分たちはどうなるのか、という疑問は、魔力には身体や精神的に相性があり、適正があり呪いが馴染んでいると考える。だから、適正がある者は暴走は起きないのだろう、と後でラドワが答えた。
雨が降ったときに、魔力への耐性がない者は惨い死に方をした。魔力に耐えきれず、身体が崩壊、あるいは発狂による死。耐性や適正がある者、雨から逃れられた者は影響はなかった。

 

「……八つ当たりで人を殺した、じゃない?」
「誰がそんなことするのよ。ラドワじゃあるまいし。あたしは無益な人殺しはしないのよ。」

 

そう口にするロゼからは、感情は受け取れなかった。
怒りも、恨みも何もなく、冷たく、鋭い瞳だとアルザスは思った。

 

「で。あんたは、アスティをそう考えるわけ。」

 

その一言が、何故かあまりにも鋭利で痛くて。
たったその一言だけで、強く殴りつけられたような痛みを覚えて。
やめてくれ、と叫んだ。そう考えるのはお前だろ、と言いたかった。
見透かされた、とすら気づけずに。意味が分からないまま、狼狽えながら答える。

 

「……何言ってるんだ?アスティは大事な仲間だろ、例え竜だって、なんだって、仲間に変わりないだろ?」
「反吐がでそうになるくらいに綺麗ごとね。模範的な回答ご苦労様。
 あたしは別に、それでも仕方ないと思うけど。こっちの考えは別だけどね。」

 

何でもないもののように。
呪いで感情がないから、こんなことが言えるのだろうか。
紡がれた言葉は、先ほどまで感じていた無機質なものとは違うかった。確かな意志が、そこには込められていて。不気味さは、何もなかった。

 

「やったのは、『アスティ』じゃないでしょ。北海地方に大きな爪痕を残した竜がやったこと。
 そこに、『アスティ』自身の感情も意志も何もないでしょ。ただ、アスティが生まれたという事実があるだけ。アスティを責める方が、八つ当たりだと思うけど。」

 

翼は話を聞いて、海竜とアスティをイコールでは結ばなかった。
竜が利用され、結果的にアスティが生まれた。もし竜が滅ぼす意志を持って北海地方を襲ったのだとしても、それは今自分たちが知る彼女の人格が行ったものではない。
感情的になれないからこそ、落ち着いて事実を見据えることができる。己が忌々しく思う呪いに助けられているのだから、皮肉にもほどがあるが。

 

「もしアスティが、竜だとして。街を滅ぼせるほどの力を持っているだとして。
 あんたは。アスティが、自分から街を滅ぼしに行くやつだって考えれる?」
「…………あ、」

 

あぁ、なんだそういうことか。
動かなければ永遠に帰ってこない気がした。それは、ロゼではなく、アスティが、だ。
一番辛い立場にあるのは彼女だと、無理やり言い聞かせて恐怖から目を逸らそうとした。気づかないフリをしようとした。

 

ただ、俺は。
街を滅ぼしかねない存在だと、恐れたんだ。一度、あの光景を見てしまったから。

 

「……っ!」

 

また、すぐに身が動いた。
怖くない、と言えば嘘になる。いくら当時の力はないとはいえ、あの海竜から生まれた存在である。同一の力を持っていても何もおかしくはない。
でも。だとしても。

 

「アスティ!」

 

守ると決めて。彼女を好きになって。
俺が、信じられなくてどうする。

 

強大な力に、人は畏怖するものだ。
理解できないものに、人は恐怖を覚えるものだ。
一つ疑問があった。
あの竜を、恨むことはできなかった。なんとなくだが、悲しそうな、悲鳴を上げているような、そんな姿にさえ思えた。
あれはきっと、気のせいや間違いではない。
封印されていたのならば、遺跡に恐怖心を抱くことに辻褄が合う。
実は最初から敵意はなく、助けを求めていただけだったのではないか。
ただこちらが一方的に、海竜を悪だと決めつけ、襲ったと表現しているだけではないのか。

 


「……昔話をしようか。」

 

アルザスの家に残された者に向けて、幻想の狼は語り始める。
調べても、この過去を知る者はもういない。どこにもこの真実は残っていない。ならば、私しか語ることはできない。
埋もれてしまった物語を見つけることも、この能力者の仕事だと、幻想はゆらり、髪を揺らした。

 

昔、ここにはシーエルフの集落があり、海竜を守り神として崇め奉っていた。
シーエルフは海竜を信仰し、海竜は彼らを守り静かに海の中で暮らしていた。
しかしある日、一人の魔術師がその集落へやってきた。竜の力を欲した強欲な魔術師だった。
彼は竜の力を得ようとしたが、一人では太刀打ちできない。そこで、海竜を信仰するシーエルフたちを欺いた。

 

『その海竜は諸悪そのものだ。お前たちが栄えた頃に全て喰らいつくし、己の糧とする。そのために今守り繁栄の手助けを行っている。』

 

信じたシーエルフは一部だけだった。
その魔術師は、逆らう者に暗示をかけた。今の言葉を信じ込ませるための魔術を行使した。
そうして神として祀られていた海竜は信じた者らに裏切られ、その手で一度討伐された。それ以降、海竜を信仰することはなくなり、陸に近しい場所へ移り、魔術師と彼らを慕う者らで2つの種族が暮らす都市を作り上げた。

 

それが、ウィズィーラである。

 

海竜は死すことはなかった。神性を持つそれは、教えが歪められたとしても海を重要視する信仰がある限り生き続けた。されど、討たれ、力を奪われた海竜は幼竜も同然であった。
竜の力を得た魔術師は、海竜を遺跡に封印した。元々は海竜を祭る場所であったが、彼の手により封印の場となり、北海地方ではそこを禁止区域に指定した。
そして、長い時が立ち、海竜は力を取り戻し……二度目の、力の搾取が行われた。
それが、北海地方を襲った事件である。

 


「……以上。これが、誰も海竜の存在を知らなかった理由であり、ロクに北海地方には伝承や古い書物が残っていない理由だ。
 『忌々しい海竜を信仰していた時代を残してはならない』と、シーエルフ達に暗示をかけた。それは子に受け継がれ、いつしか忘れ去られた。」

 

この場にいる者を見渡す。
辻褄や合点がいき、納得の顔をする雪。
あまりにも惨い話に俯く歌。
悔しそうに拳を握り、やり場のない怒りを仕舞えずにいる嵐。

 

「……あぁ、そっか、そうでした。」

 

記憶を取り戻したわけではないが、話を聞いて、己の中で渦巻く感情を理解した、竜。
断片的に過る。裏切られたことも、長く閉じ込められていたことも、酷く苦しくて暴れ回ったことも。
記憶の欠片が落ちていて、拾い上げる。信じていた者らが全て敵に回った。違う、そんなことはない、訴えても届かなかった。閉じ込められた。出して、ここから出して。気が狂うかと思った、断片的な記憶をいくつか見つけた。

 

「……私は……ただ、静かに、幸せに暮らしていた、それだけだった、はずで……」
「さっきの話は本当か?」

 

守り手と翼が戻っていた。どこから聞いたのかと問えば、殆ど初めからだと答えた。
こくり、人狼は首を縦に振る。そうか、とそれだけを口にした。
なあ、いくら知らなかったとは言えさ。
海竜は……アスティは、何も悪くないじゃないか。
なあ、昔の同朋よ。どうして、誰一人として彼女を信じてやれなかったんだ。
どうして……どうして、そんな魔術師の言葉を信じさせられたんだ。

 

「アスティ。」
「……アル、ザス。」

 

一歩、もう一歩、近づく。
海竜のすぐ前にまで寄れば……土下座をした。

 

「すまなかった。」

 

こんなことで、許されるとは思ってはいない。

 

「俺は、アスティが……怖くなった。街を滅ぼせる力があることに、あの海竜と同じことができることに……怖いと、思ってしまった。
 それから、俺の同朋が、お前のことを裏切った。傷つける、なんて生ぬるい……何もかも、全部奪っていった。日常だけじゃない。お前が幸せだと思っていた過去も、お前が望んだ平穏な未来も、全部、全部、奪っていった。
 ……ごめん。ここのシーエルフは、もう俺だけだからさ……俺のこと、好きにして、いいから。……お前が、それでちょっとでも、救われるならさ。」
「…………、」

 

あぁ、この人も。
私と同じように、苦しんでいる。

 

「……そんなつもりではなかったとはいえ、私はあなたの街を滅ぼしてしまった。」
「そんなつもりじゃなかったとはいえ、俺たちはお前を裏切り、殺してしまった。」
「平穏な日常があったはずだったんです。でもそれは、突然なくなってしまった。」
「平穏な日常があったはずだったんだ。けれどそれは、突然なくなってしまった。」
「信じていた者に裏切られてしまった。」
「信じていた海に裏切られてしまった。」
「でも、私は、知っているんです。たった一人だけ、最期まで寄り添ってくれた人がいることを。」
「でも、俺は、知っているんだ。それは滅ぼしたくてその街を滅ぼしたわけじゃないってことを。」
「だからでしょうか。私は、」
「だからなんだろう。俺は、」

 

どうしても。心から、恨むことができない、と。

 

「…………、」

 

顔を上げた。
太陽の瞳が、深紅の瞳を映した。
同じなんだ。何もかも。何もかもが。残酷なまでに。

 

「……ねぇ、アルザス
 私ね、好きにして、いいのでしたら……まだ、冒険者を、していたいです。このままの、関係で居て、欲しいです。ねぇ……お願い、聞いてくれませんか……?」

 

雫が、あふれ出す。
心からの本音の言葉。例え、過去に己を裏切った種族だったとしても、そのとき彼はそこにはいなかった。
その逆も、そうだ。海竜は街を滅ぼしたが……今ここに居る存在は、イコールではあるが、イコールではない。

 

「……俺も。許してくれるなら。
 まだまだ、ここに居てくれよ。俺たち、カモメの翼に居てくれよ。それで……ずっと、俺の傍に、居てくれ。お前を、今度こそ……今度こそ、守らせてくれよ。」

 

返事など、聞くまでもなくて。
そのまま、二人共こらえられなくなって。地面に蹲って、抱きしめ合って、泣きわめいた。
辛かったことも、苦しかったことも、全部全部、お互いが混ざり合ってしまうように。

 

  ・
  ・

 

あれから更に一週間が経った。もう皆いつでも復帰できる状態だ。
随分と休息期間が長くなってしまったが、立ち止まっている暇などない。

 

「当初の目的は達成されたが、新たな目的が生まれた。
 魔術師、ロマネ……きっと、いつか姿を現す日が来るだろう。それから、オルカの背鰭だってまたいつ襲ってくるか分からない。」

 

だから、強くなろう。
強くなって、呪いを根絶して、全ての始まりの因果を断ち切って、そうしてやっと、めでたしめでたしだ。
新たな目標と、覚悟ができた。冒険者としては、中堅と呼ばれる頃。もう駆け出しではない。

 

「それじゃあ、久しぶりに全員揃ってリューンに戻るわよ。
 シードルはここでお留守番よろしくね。何かあったら呼ぶから。」
「転移術を応用した召喚獣みたいだね。ぽんぽん使えちゃうのも、ラドラドの恐ろしいところだなあ。」

 

全員が集まり……アルザスが、窓の外を見る。

 

「……守ってみせるよ。俺の、海を。今度こそ。」

 

そうして、故郷に再び、別れを告げた。

 

 

 

☆あとがき
難産も難産でしたよ!!というか今までのフラグ全回収会なのに何で57KBとかあるんですか!?!?
というわけではい。実は悪い魔術師が居たし、アスティちゃん何も悪くなかった!!な答えです。まあ、竜であることは言っちゃってるようなものだったので。それにしてもガゥワィエって女は便利だなーーー
そんなこんなで目標チェンジです。強くなって魔術師に勝てるようになろうね!……と、ありますが。
3章はロゼラドの進展大作戦です。強くなろうなんて名義上の目標みたいなとこあります。わはは。