海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ外伝_3『ひな鳥の巣立ち ~導く者~』(1/2)

※なんか前半変なギャグが多いけどシリアスだよ
※完全オリジナル回だよ

 

 

―― これはカモメの翼が結成されるときのお話

 


リューンよりずっと北へ北へ進んだところにある海辺の村。田舎の細々とした、のどかで慎ましい暮らしがそこでは行われていた。
よそ者に対しても警戒心はなく、友好的にこの村の者は接してくれた。田舎の村にしては珍しく子供の数が少なくない。まだ暫くはこの村は続いていくことだろう。
そんな村に、一人の冒険者は足を運んだ。エメラルドグリーンの髪を持つ、軽装で身軽そうな女だった。長い髪を三つ編みにして束ね、右肩から下げており、翡翠色の瞳が特徴的だった。
彼女はこの村の村長に聞きたいことがあり、リューンから遙々やってきたのだ。……否、里帰りしてきた、と表現する方が正しいか。

 

「……えぇ、かつて海竜は全てを破壊し、大きな傷跡を残しました。あの悪魔のような海竜は、かつてここより更に北にある都市、ウィズィーラという人間とシーエルフが共存する街の者らと相打ちになったと聞いています。
 その唯一の生き残りであるシーエルフがおられます。もうずっと、誰とも話さず一人で過ごされておられるようですが……」
「それは確かなの?実際に目で見たという人が居るのかしら?もし居るんだったら、話を聞いてみたいのだけれど。」
「しかしながら、大変気の難しい方でして……」
「いいわ、教えて。あたしは……この呪いに繋がるどんな些細な情報も欲しいの。」

 

村長は困り果てた声を漏らしていたが、やがては折れて彼女に住んでいる場所を教える。
あまり刺激なさらぬように、と念のため釘を刺しておくが……如何せんこの者、何を考えているか分からない。少々ひやひやしていた。

 

「……分かりました。お教えしましょう。
 こちらが地図になります。浜のすぐ近くに木造の一軒家があります。その方はそこに住まわれていますが……なにせ、誰も近寄るなとおっしゃっているものですから……」
「随分と引きこもりのシーエルフなのね。分かったわ、ありがとう。」

 

地図を確認すると、どうやらここから30分ほど離れた場所にあるようだ。今は14時頃。遠くはないため、今から向かえば余裕で夜にはこの村へ戻って来れるだろう。
礼を述べ、村を出る。更に北に向かって歩を進めながら情報をまとめた。

 

竜災害。かつてこの北海地方に大きな爪痕を残した事件。突如ウィズィーラという街に巨大な海竜が現れ、街をはじめ近辺の村を襲い、いくつもの街や村が壊滅状態に追いやられた。北海地方にはあまり人が居ないとはいえ、それでも全体を見れば一万は優に超える人が亡くなった。
海竜は暴れに暴れ、最終的にはウィズィーラのシーエルフと人間が彼らと相打ちになったと聞いている。ただし、その真偽は不明である。何故なら、海竜が討たれるその瞬間を間近で見た生き残りはどこにもいないのである。
……もし、そのシーエルフが当事者であったとすれば。何か、分かることがあるかもしれない。そしてそのシーエルフには、一つ、乗ってもらわなければならない話がある。
意を決して歩くと、北海地方特有の冷たい風が吹く。寒さを覚えることはなかった。

 

  ・
  ・

 

今日の海は穏やかだった。しかし、どこかざわつくような、何かが囁くような、そんな不思議な気配を感じていた。
淡い若緑色の髪を持ち、耳の長い青年。シーエルフのアルザスはその正体が気になり、海辺を歩いていた。言ってしまえば直感なのだが、海と共に生きてきた種族である彼にとっては、それは良く当たるのだった。
海自体にこれといった異変はない。平和そのものであり、何かが起きようという兆しも見当たらない。辺りを見渡し、呟いた。

 

「……こんな日は、あの日のことを思い出すな……」

 

平穏だった海。賑わっていた街。数多くの仲間。
それが、一瞬で海に飲まれた日。あまりにも突然の出来事で、あまりにも惨い現実だった。
それはもう終わったことだ。何度も言い聞かせるのに、当時のことを思い出しては離れなくなる。悲鳴、真っ赤な血、助けを乞う声、消えゆく命。
そして、手から零れ落ちる、

 

「……っ……!!」

 

もう一度、終わったことだと強く首を横に振った。
どれだけ悔やんでも、何も変わらない。どれだけ過去に想いを馳せても、ただ虚しく今という時間が過ぎていくだけ。わかっている。わかっているのに……過去に、縛られたままだった。
嫌というほど痛感させられたところで、直感の正体に気が付いた。

 

「……、…………あれは?」

 

20メートルほど先の海岸に、人が打ち上げられているのを発見する。
生きているか死んでいるかは分からないが、確かに人だ。大柄ではなく、むしろ少女くらいの小柄な人間に見えた。近くの村の者だろうか。何故このような場所にいるかは分からなかったが、放っておくのも気が引ける。

 

「おいお前、大丈――」

 

直感はこれだったのだろうか。そう思い駆け寄ろうとして、足が止まった。
この青年、大変なことに気が付いてしまったのだ。
そう、この少女。

 

何も、着ていないのである。

 

「…………まって。」

 

言っている場合ではない、それは分かる。もしかしたら生きているかもしれない、それも分かる。
しかし、全裸なのである。とんだToなラブるである。心に大きな傷を負っているとはいえ、アルザスとて一人の男である。シーエルフだけど現在この立場では少女にとって自分は狼でしかない。流石に大問題だろ。問題しかないだろ。

 

「流石に俺ちょっとそういうのは慣れていないというか流石に絶対気にするって気にされるっていやそもそも何でこんなことになってるのいいいや俺は見ていない何も見ていない知らないちょっと海辺を散歩していたらなんか、なんかそこに居ただけではっこれだとみていることになってしまういいや俺は何も見ていない!何も見ていないんだ!!」

 

こいつは一体何を言っているんだろう。
誰に向けているのか分からない言い訳をつらつら並べてからはっと我に返る。違うこんなことをしている場合じゃない。助けなきゃ。助けられる命は助けなきゃ。急いで駆け寄り、目を瞑ったまま着ていたコートをかけてやり、それから声をかけた。
大丈夫見てない。何も見てない。

 

「おい、おい大丈夫か!お前こんなところで寝ていたら死ぬぞ!」

 

軽く揺すってみるが、意識は戻らない。死んでいるのかと思ったが、弱弱しくとも呼吸はしている。
助けられる可能性がある。そう判断すると、アルザスはコートを少女に被せた状態で抱き上げた。幸い力が強く、普段から鍛えていたり、過去の話とはいえ実戦経験を積んでいる身だったのですんなり持ち上げることができた。
そのまま自宅に戻り、ベッドに寝かせる。身体を冷やしている可能性はあったが、自身の体質上火をつけることはできない。北海のシーエルフは熱に弱い。調理の際に火をつけることはあっても、この家に暖房設備、暖炉は一切備わっていない。因みにこの家は竜災害後に建てられたものであり、築8年のまだまだ出来立てほやほやのおうちである。ウィズィーラの生き残りを発見した別の村の者が、彼を見かねて家を建ててやったのだ。最初はそんなもの要らないとつっぱねていたが、結局ありがたく住ませてもらっている。
どうしたものか、と思いながら寝かせた少女の表情を伺う。コバルトブルーの髪で、透き通るかのような美しい肌。年齢は15~16歳、といったところだろうか。小柄で子供体型であるものの、とても可愛らしいとアルザスは思った。

 

「…………っ」

 

それが急に気恥ずかしくなって、頭を左右に振る。シーチキンエルフの初心なこと。この少女、他の人に聞いても十中八九『可愛い』と返ってくるであろう外見であるため、特に何もおかしくない感想なのだが。
しかしこれは邪念だと考えるのか、獣のやましい思考だと考えるのか。抱いた感想を頑張ってアルザスは排除しようとした。お前そういうところやぞ。
と、ここでコンコンとノック音がする。びっくりして思わずひょあぁっ!?と、何とも情けない声を上げてしまったが、それを咳払いでごまかす。誰に対して?扉の向こうの人物には完全に聞こえてると思うぞ?

 

(……そもそも、ここには誰も来るなと村の者に言っているはずなんだがな)

 

少女を探しに来た者だろうか。だとしても、深く詮索されるのは不本意である。一人静かに生きていたいし、下手に関わることになるのはごめんだった。
少々高圧的な態度を取るよう、非友好的な表情をして扉を開ける。大きく開けず、少しだけ開けてちらっと覗き見るような、そんな感じ。扉の向こうに立っていたのは、エメラルドグリーンの髪に翡翠のような瞳を持った、何となく軽薄そうな女性だった。

 

「……顔怖っ。」

 

女の第一声がこれである。失礼がすぎる。

 

「煩い。誰だ、俺は誰とも話さないと言ったはずだ。」
「あらごめんなさいねー、あたしよそ者なのよ。この辺りのことはさーっぱり。勿論あんたのことも、竜災害の生き残りで酷いトラウマを持ったから誰とも関わりたくないネガキャン野郎ってことしか知らないのよ。」
「めちゃくちゃ知ってんじゃねぇか!!そんでもってさらっと暴言吐いてんじゃねぇか!!」

 

思わず大声でツッコんでしまった。それからハッとやっべという顔を浮かべて、慌てて振り返った。よかった、寝てた。
来訪者もなんかあんの?と思って首を伸ばし、先ほど倒れていた少女の方の姿を確認した。さて、ここで大変誤解しか与えない絵面であることは、皆さんなら容易に想像できることであろう。だって全裸でコート着せてベットですよ。それも誰とも関わらないって言ってたやつがですよ。

 

「あんたもしかして人攫
「わーーーー違う!!違う誤解だ!!さっき海辺で見つけたんだ、生きてたからこうして連れて帰って寝かせてやってるだけで!!」
「でも何も着てない上にコートってどうみても事案にしか
「ちーがーうー!!見つけたときから何も着てなかったんだーーー!!俺は悪くねぇのーーー!!」
「本当は手にかけて自分の欲望の処理を
「だからしてねぇつってんだろ!!ただ海辺で見つけた、そのときから何も着てなかったそう言ってるだろうが!!」
「てか煩い、起きるわよ。」
「すいませんでした。」

 

ここで自分が大声でぎゃーぎゃー言っていたことを自覚し、口に手を抑えた。……ぐっすりすやすやしていたので、起こすことはなかった。ほっと一安心。

 

「それで、よ。その事実はどうだっていいの。ちょっと話を聞かせてくれさえすれば。」
「断る。俺は誰とも関わらないと決めたんだ。」
「じゃなきゃ少女を連れ込んで野蛮な行為をしてるって村の人たちに
「どうぞおはいりください。」

 

本当に誤解でしかないのだが、あらぬ嘘をまき散らされるとここに居られなくなってしまう。
よろしい、とふふんと軽くドヤ顔された。なんだこいつ。一体何様のつもりなんだ。軽い胃痛を覚えながら、アルザスは女を家に上がらせた。女も女でそれはもう堂々と椅子に座る。なんだこいつ。本当になんなんだ。

 

「先に自己紹介と行こうじゃない。あたしはロゼ・ダンジュー。しがないレンジャーよ。聞きたいことと、お願いがあってここに来たわ。」
「……こんなやつに名乗る名はないと言いたいところだが、何あらぬ噂を立てられるか分かったもんじゃないしな……
俺はアルザスリースリング。お前の知っての通り、竜災害の当事者であり、被害地の中心であったウィズィーラの生き残りだ。」
アルザス、ね。まずあんたがどこまで竜災害とその爪痕を知っているのか聞きたいの。」
「なんだ?俺に歴史を語らせるつもりか?悪いがそういうことならお引き取り願おう。」

 

知っていることは、当事者である以上多い方だろう。
だが、それを話し、この海岸に人が他にもやってこられては困る。放っておいてほしいアルザスは、帰れと早速突き放す。

 

「それは困るわ。竜災害の直後の、海竜の涙。知らないわけじゃあないでしょ?」
「知っている。海竜が討たれた翌日の朝に降った雨、だろう?濃い海竜の魔力が含まれていたせいで、耐性がない者は魔力暴走を起こした、いわゆる二次被害、だろう?」

 

海竜の涙は、竜が討伐され、その竜の魔力が雨となり降り注いだもの、と考えられている。高濃度の海の魔力に当てられ、魔力に耐性のない人間が魔力の暴走を起こし、無残な死を遂げたという話を聞いたことがある。
アルザスも浴びたが、シーエルフは元々魔力を身に宿す種族。耐性があったため何が起きるわけでもなかった。
ご名答、とロゼは答える。直接海竜の毒牙にかからなかった街や村も、この二次被害で大惨事になった場所がいくつもある。それだけ、海竜は北海地方をめちゃくちゃにしたのだ。

 

「えぇ。……あたしは、そのせいで生み出された海竜の呪いの解呪方法を探っているの。北海地方はとにかく歴史を文献に残す文化がない。歴史を調べようとしても殆ど見つからない。だから難航してんのよ。」
「待て、呪い?海竜の呪いってなんだ?それは聞いたことがないが。」

 

あぁ、それは知らないのねと声を漏らす。意外、と初めは思ったが、確かにこの情報に関しては閉鎖的な暮らしを行っているのであれば、耳にすることは難しい。納得して、ロゼは説明を行った。

 

「海竜の涙は、海竜の呪いを運ぶの。けれど、浴びた人間が呪われるわけじゃあないわ。
溜まった魔力が一か所に集まり、竜の力の一部となった。それに触れた人間は、海竜の力の一部を得る代わりに精神が蝕まれる。そう考えられてるわ。
 ……あたしは、その呪いを解く方法を探しているのよ。ここに来たのは、あんたに協力してもらいたいから。あんたの街は海竜に滅ぼされた。きっと、知れば他人事じゃなくなると思ったのだけれど。」
「…………」

 

ここで、真剣な表情でロゼはアルザスを見つめた。明確な意志が宿った、真っすぐで強かな瞳だった。
それを、橙色の瞳に映す。覚悟を汲み取るかのように見つめ返して……それを、やはり遮断した。

 

「……断る。俺はもう、誰とも関わる気はない。それに海竜の呪いの解呪の手伝いだ?俺がそれを手伝って何になるというんだ。」
「意味はあるわよ。海竜の傷跡を駆逐するの。海竜の残骸を全て根絶するの。……あんたは海竜を討伐したって言ったけど、まだいくつか存在が残っているのよ。これをあんたは放っておけるわけ?」
「だからもう俺にはもう関係ない話だと言っているだろう。協力する義理もない。さっさと帰れ。」
「―― ウィズィーラの騎士が、随分と腑抜けたものね。」
「っ……!?」

 

冷たく、言い放つ。その言葉に、明らかにアルザスは狼狽えた。
それを、ロゼは決して逃がさなかった。にぃと、口端を吊り上げる。

 

「な、何故お前は俺がウィズィーラの騎士だと知って……!?」
「その鍛えられた筋肉。シーエルフだってエルフの一種。精霊と近しい亜人種故に、精霊術や魔法を主体として戦うというのは変わらないはず。だからといって、前衛で戦うエルフがいないわけではない。ウィズィーラは、シーエルフと人間が共に生きる分、双方の文化が見て取れる。確か、人間とシーエルフの長が居て、人間とシーエルフが騎士を務め街を治めていた。ウィズィーラは、街といいながら国に近い文化をしていた。
 ……そのくらいは、北海地方の、それもウィズィーラの近くの街に住んでいたから知っているわよ。」

 

騎士というのは仮説だったけれど、見事に確信を持たせてくれたわ、と不敵に笑う。

 

「あんたは海竜を討伐したって言ったけど、ってあたしの言葉。まあこれは適当にカマかけたんだけど、それに対してあんたは、もう関係のない話と言ったわ。つまり、かつては関係があったんでしょ?少なくとも、海竜を討伐する何かとはね?戦う術を持ってる、それも前衛で戦ってきた姿をしていたから、街の事情的に騎士だと思ったのだけど……違ったかしら?」
「っ……もうお前帰れよ!もうごめんなんだよ!何も守れなかったのも、目の前で誰かを失うのも!もう、もうこれ以上はごめんなんだよ、俺を一人にしてくれよ!!」

 

声を荒げる。必死な形相で、ロゼに訴える。
分かっている。これは、逃げであると。竜災害で目の前で多くの仲間を失い、守るべきものを守ることができず、独りだけ生きながらえてしまった。だから、もう二度と守るものも、誰かと関わることもやめてしまえば……失う恐怖は、二度と付きまとわない。
酷い極論だった。再び何かを失うくらいなら、初めから何もなければいい。それは酷く寒くて、寂しい、シーエルフの導きだした結論で。

 

「……救いようがないわね、あんたは。
 あんたはそれでいいわけ!?あんたはあの海竜のいいようにされたままで悔しくないわけ!?全部を奪った海竜が、あんたの大事なもの全部掻っ攫っていった悪魔が!あんたはそのままでいいっていうの、翼を折られて飛ぶことをあきらめるっていうの!」
「その呪いを解きたいというのはお前のエゴだろう!?俺はその呪いとは無縁で、海竜はもう終わったことだ!金輪際関わる気はない!直接の関係はもう俺にはないだろう!?」
「だからあんたはそれでいいのかつってんのよ!人生も未来もめちゃくちゃにされて、それでいいのかつってんのよ!強いやつにいいようにされて、そいつが残した毒を見て見ぬフリして……あんたの誰かを守る想いはそんなものか!」
「……ん……喧嘩は……よく、ないですよ……?」

 

ここで、双方騒ぎすぎたことにようやく気が付く。第三者の声が聞こえた方を見れば、眠っていたはずの少女が目を覚ましていた。酷くぼんやりした様子で、放っておけばもう一度眠ってしまいそうだ。
不毛な論争はお預けとなり、アルザスはすぐに少女の元へと駆け寄った。ロゼはその様子を座ったまま静かに見守っている。表情のない、けれど先ほどの熱が尾を引いているのか、拳は強く握りしめられていた。

 

「すまない、起こしたか!?いや、そうじゃなくってお前浜辺で倒れていたんだ、どこも具合は悪くないか!?どこか痛んだりしないか!?どこの村の出身だ!?ちゃんとご飯は食べていたか!?歯磨きはちゃんと
「オカンか。質問内容がどんどん家庭的になるのなんなの。」

 

静観をキメるつもりが思わずツッコミ。質問内容があんまりにもあんまりだったので、先ほどまでの真剣な空気がどっかへ行ってしまった。緊張感がないのはここからだったのかもしれない。
質問の応酬に、少女は困った表情を見せる。答えようとして、口を動かそうとして……それから、思いつめたような表情に変わった。

 

「…………から、ない……分から、ない……私は、誰で……どこから来て……どうして、ここに……?」
「……まさか、記憶喪失なのか?何か他に分かることはないか?自分の名前だとか、最後に見た景色だとか……」
「…………ごめんなさい。」

 

首を横に振る。どうやら覚えていることは何もないようで、自分の名前すら答えられないようだ。
どうしたものか、と腕を組んで思案する。周辺の村の住人の顔など覚えているはずがない。かれこれ10年は孤独を愛する青年として過ごしてきたのだ。たまに物好きに声をかけられたりしたが、問答無用で突っぱねてきた。
人を探している、という噂も聞いたことがない。最もここまで届かない情報の方が多いだろうし、せいぜい『行方不明の村人がいるとここへ訪ねてきた者は誰もいない』ということしかアルザスには分からない。普段から近づくな、と言っているから余計に人が来ない。

 

「参ったな……少なくとも今まで見かけたことはないぞ……?どの村のやつかなどさっぱり見当がつかない。勝手にどっかの村に引き取ってもらうしかないか……?」
「別にそれでもいいと思うんだけどさ。
 せめて、なんか着せてあげたら?あんたのコートの下素っ裸でしょその子。村の人から変な顔で見られるわよ?」
あーーーお前それ考えないようにしていたのにーーーーーーー。
 というか俺が何か服を持ってると思うか!?そこそこの身長の野郎の一人暮らしだぞ!?服を仕立てるにしても……そ、その、は、はか、はっ……!!」
測るのも恥ずかしくて言えないのこの奥手初心野郎は。いやそこじゃなくてそこもだけどそこじゃなくて。服を一からてあんた家庭的か。オカンか。やっぱこのエルフオカンか。」
「何でオカン認定されてんの俺!?ちょっとやることなくて趣味でやっていた程度で決してオカンってわけじゃなくってだな!?」

 

と、やいやい互いにハリセンで頭を叩き合っているような光景を見て、少女はくすくすと笑いをこぼす。
で、それを見たシーエルフが更に叫ぶ。

 

「お前笑ってる場合か!?一大事なんだぞ、お前の未来も過去も真っ暗なんだぞ!?笑ってる場合か!?」
「い、いえ、ごめんなさい……その、仲いいんだなぁ、と思いまして……」
初対面なんだよなぁーーー今日出会って一時間くらいのやつなんだよなぁーーー

 

事情が分からない以上仕方ないよね。と、ここであっとアルザスは何かを思い出したらしく、立ち上がりクローゼットの方へ歩く。

 

「そういえば、一着あったな。サイズが合うかどうかは分からないが、着られないことはないと思う。」

 

元々衣服を持っていないからか、中の服の数はかなり少ない。その少ない中に、一着だけ明らかに異質な服がかけられていた。白のワンピースに水色のコート。コートには紅色の魔法石が下げられており、少々重みがある。更にその露出をカバーするかのような、まるで鳥の翼を彷彿とさせる紺色のマント。
なんというか、着るのに大変苦労しそうな、けれどフリフリフワフワしたやたら乙女チックな衣装が出てきた。

 

「……まさかそれ、あんたの趣味?」
「違う、断じて違う。これは長の形見だ。全てが海に還った中、長の着ていたものだけはなぜか残っていたんだ。それをずっと持っていたんだ。」
「…………確か、ウィズィーラの長って、丁度この子くらいの外見のシーエルフの女の子、だったわよね。年齢はどのくらいかは知らないけれど。」
「あぁ、そうだが?」
「…………」

 

大体15歳くらいの見た目だったそうで。大変可愛らしい、子供のような見た目ながらも長として慕われる女子ならぬジョシーエルフ。長の血筋が代々的に街を治めていた、ということはロゼも知っている。ウィズィーラはそのあたりオープンなので近隣の、いや北海地方の者であれば当然知っているわけで。
女の子の服を、形見としてだろうがずっと持っていたというのは流石に。

 

「……どう考えても事案よね。」
「は?いや待て待て待て、俺はそういうつもりは一切なくって街の形見として持っていただけで俺が守れなかったものへの戒めとしてずっと持っていただけで別にそういう趣味は一切なくってただたまたま女の子の衣装だっただけでだから俺は全然そんな
「うっさいロリコン。この子も性癖だったから連れ込んだんじゃないの。しかも裸コートとか上級者の趣味よ。」
ロリコンじゃない!!だからたまたま女の子だっただけなの!!それで着せるものなかったからとりあえず上着着せただけなの!!だから全然そんなのじゃないの!!」

 

ちょっといじめ過ぎたようで、涙目になってきている。申し訳ない、という気持ちは一切ないが、さっきまで寝ていた女の子がおろおろし始めたので、からかうのはこのくらいにしておく。
ロリコンは現段階で大分言い逃れできないような気もするけども。

 

「えーと……その……流石にこの格好のまま、というのは気恥ずかしいのでお借りしてもよろしいでしょうか……」
「いいの?大丈夫?事案ものよ?それ着て自分好みの女の子だひゃっはぁーって襲われる可能性だってあるのよ?いいの?」
「なあ俺をなんだと思ってるの?」

 

いじめ過ぎたとはなんだったのか。容赦のないロゼの言いがかりは続く。
その言いがかりや服の詳細を聞いて、うーんと少し悩んだ様子を見せたが、やがてはふっと微笑んで。

 

「そうですね……わざわざこうして運んでくれて、こうして寝かせてくれて。目を覚ましたらあれこれ心配してくれましたから。私は、この人が悪い人には見えません。ですから、大丈夫です。」
「…………」

 

2人共、純粋すぎる言葉に思わず言葉を失う。先ほどまで口汚く罵り合ってた(一方的にアルザスが罵られていたような気がする)のが恥ずかしい。
純粋だなぁ、と思いながら少女が着替えるということでそっと後ろを向く。うっかり覗こうものならロゼはアルザスに短剣でも突きつけただろうが、皆さんならご存じの通りこの野郎がそんな破廉恥なことできるはずがない。そんな度胸はどこにもない。だってシーチキンエルフだもの。みつを。
衣装は測ったかのようにぴったりで、少女にも随分と似合っていた。着替え終わりました、の声で振り向いて……思わず、見惚れてしまった。

 

「あら、随分とぴったりね。よく似合ってるわ。」
「あ、ありがとうございます。この服、凄く可愛いです。私にはもったいないくらいで……あっ、代わりの服が用意できましたら必ずお返ししますから!」
「え、あ、あぁ、いやもう、気に入ったのならそのまま着ていてくれてても俺は……構わない、というか……」

 

可愛いだけではない。謙虚で誠実で、健気と来た。
確かに衣装としては上等なものだ。街の長のお召し物なのだから、粗末なはずがない。魔法の品でもあるのだが、流石にそこまではアルザスたちには分からなかった。

 

「さて、それじゃあたしは今日のとこは帰るとするわ。お世話んなってる村の人があんまり遅くなると心配すると思うし。明日になったらまた返事を聞きに来るからはいかイエスの回答を用意しておくこと。いいわね?」
「それ俺に拒否権ないだろふざけんな!!」

 

外を見ると、いつの間にか日が沈みかけていた。随分と長居をしていたようで、そろそろ村に戻らなければ村の者がここまで探しに来てしまうかもしれない。よくも悪くも、人がいい。ロゼは、そう思った。
村人が探しに来て、余計なことを言われたら交渉は難しくなる。ロゼとしては、アルザスはどうしても協力者として欲しい人材だった。呪い持ちではないが、かつて海竜と対峙したもの。何かしら因果関係があってもおかしくはないし、人が好さそうな分説得できる可能性がゼロではない。
……問題は。どこまで、彼の心に興味を持てるか。どこまで、理解できるか。
一先ず彼の家を出て、ロゼは村へ戻りながら思案する。彼にとって、海竜は何なのか。喪失とは何なのか。喪うくらいなら端から何も持たなければいいなど。

 

「……馬鹿げてるわ。強い者にいいようにされたままで、喪ったままでいるなんて。」

 

確かな自分の感情を。怒りを再確認して。
その怒りに安心感を覚えながら……翼は、ゆっくりと帰路についた。

 

  ・
  ・

 

日が沈み、星空が瞬き始めた頃。アルザスは2人分の料理を作り、テーブルに並べる。
何か手伝おうとする少女だったが、勝手が分からなければずっと何も食べていないだろうということで、大人しく待っているようにと言いつける。それに素直に従い、大人しく待っていた。
今日の夕食は鮭のムニエルにパンにスープにサラダ、更にはデザートにクッキーまで用意されている。大変手が込んでいて美味しそうだ。配膳が終わり、手を合わせていただきますの挨拶をする。少女もそれに習って手を合わせ、料理に恐る恐る口を付けた。

 

「……!美味しい……!凄く美味しいです!」
「よかった、長い間誰にも食べさせたことがなかったからちょっと不安だったんだ。」

 

料理には自信はあったが、いざ食べさせるとなると本当に美味しいかどうかが分からない。今まで比べる対象がなかったがために、自分の腕が分からないのだと困った表情を浮かべていた。
実際、かなりの腕前であり美食家の舌も巻かせるほどである。10年、独りで暮らしていてやることがなかったために、家事スキルが全般伸びた。その中でも食事に関しては拘りが生まれ、やることもなかったシーエルフの趣味に昇華したのだった。
美味しそうに随分と早いペースで口に運ぶ。ゆっくり食べていいからと窘めるも、聞く耳を持たない。それほど、彼の料理を気に入ったのだろう。

 

「……なぁ。本当に何も思い出せないか?こう、ぼんやりとでもいいから、何か記憶にある風景とか人物とか……」
「…………」

 

話を振ってみるも、いきなり少女とって重たい話である。このシーエルフ、長年人と関わってなかったせいでコミュ障をこじらせている疑惑が出てきた。
その質問に、少女は食事をする手を止めて、なんとか思い出そうとするも……やがて、悲しそうな表情で首を横に振った。嘘をついている様子は微塵にもない。だからこそ、アルザスはどうしたものかと悩むのだった。

 

「……俺は、お前をここに置いておくことはできない。明日にでも、どこか近隣の村へお前を引き渡すつもりだ。俺はもう、誰とも関わる気はないんだ。お前のことも、例外ではなく、な。……それでいいか?」
「……はい。ありがとうございます、一日こうして宿を貸してくださり、衣服も食べ物も与えてくださった。それだけでも、十分すぎるほどです。」

 

柔らかく、微笑む。……無理をしている表情だとは、流石に分かった。
ちくり、胸が痛む。そんな顔をしないでくれ。もう誰かを失うことは耐えられないんだ、だから仕方のないことなんだ。そう、胸の中で訴える。
いっそ、やめてと。ここに居させてとごねてくれればよかったのかもしれない。あまりにも素直で、健気で、聞き分けがよかった。だから余計に、心が痛むのだった。

「ただ、その……何があったかだけ、教えてくれないでしょうか?随分と、辛そうなお顔をされています。ここに私を置いてほしいなど、厚かましいことは言えません。ただ、何があなたをそこまで縛るのか。どうしてあなたは独りになろうとするのか。それだけを、教えてくれませんか?
 恩人の苦しみを……せめて、記憶には残しておきたい。何も知らずにさようなら、にはしたくないのです。」
「…………お前に話す義理など、」
「ない、ことは分かっています。ですから、これは無理にとは言いません。よければ、のお話です。」

 

純粋で、真っすぐな紅色の瞳で射抜かれる。
穢れの知らない、純粋無垢なその瞳に映った自分の姿を見つめる。
過去に囚われた、臆病者の姿がそこにはあった。

 

「……。……もう、10年は昔のことだ。」

 

アルザスは、話した。
ここが、かつてはシーエルフと人間が共存していた街だったということ。
突然海竜が現れて、その街が滅んだこと。
その街だけではなく、近隣の、北海地方の街や村に多くの傷跡を残したこと。
目の前で全てを失ったこと。
仲間も、守るべき者も、全てを失ったこと。
……たった独り、生き残ってしまったこと。
それを、アルザスは。少女に、話した。

 

「…………」

 

それを黙って、少女は聞いていた。
海竜が現れるような前触れは何もなく、突如として現れ、全てを海へ還していった。雄叫びは海鳴りとなり嵐を呼び、首を振るえば海は胎動し大津波となる。
何故彼だけ無事だったのか。どうして彼だけ生きながらえることができたのか。それは、彼にも分からない。
仲間が犠牲となって海竜を滅ぼす姿も、この目で見た。やめろと叫んで、手を伸ばしても届かず、平和のための人柱となったシーエルフたちを彼は今でも鮮明に覚えている。
肉が抉られ原型が分からなくなったもの。五体満足ではいられなかったもの。溺れてぐちゃぐちゃになったもの。そもそも姿すら残らず海と共になったもの。数多の街の者の姿を、仲間の姿を、守らなくてはいけなかったものの姿を、彼は今でもはっきりと留めている。
……どうして、自分は殺されなかったのか。生き残ってしまったのか。同じく、死んでいれば、どれだけ楽だったことだろうか。
そう話して。そこで、少女の瞳をもう一度見つめた。
目は、逸らさなかった。真っすぐと、こちらに視線を向けていた。

 

「……そう、ですか……大変だったことでしょう。そんな、他人事のような感想にしかならないかもしれません。しかし、私からも確実に言えることがあります。」

 

次には、訴えるような、悲痛な表情に変わっていた。
がたんと音を立てて、椅子から立ち上がる。胸に手を当てて、叫んだ。

 

「あなたがっ……あなたが、独りになることはおかしい!あなたの恐怖を私は全て理解することはできない、けれども!あなたは……あなた自身を、苦しめています……どうして辛いという感情を一人で抱え込むんですか、どうして誰にも打ち解けようとしないんですか……なんで、どうして……あなたがまだ、苦しまなくてはならないんですかっ……!」
「…………、」

 

今にも泣きだしそうな表情だった。
理不尽だと、訴える。やめてくれという懇願にも聞こえた。あなたは自分で自分を傷つけている。苦しまなくていいはずなのに、自分で自分の首を絞めている。
それから。どうして一番辛い立場のあなたが、今もなおかつてのトラウマを苦しまなければならないのか。あなたにだって幸せになる権利はあるはずなのに。そう、訴えてから……静かに、座った。

 

「……すみません、ロクにあなたの事情も知らないで。
 怖いから。再び目の前で誰かを失うことが怖いから。だから、誰も頼らず独りで居る。そうすれば、もう二度と誰も失うことなどないから。だから、自分を守るために独りになっている、ということは理解はしました。
 けれど。……私は、それがとても寂しいことだと思うのです。苦しむことはないかもしれませんが、救われることもないでしょう?それに……独りは、悲しくて、寂しいですから。」

 

聞き流していただいて構いません。そう最後に言い放って、少女は振舞われた料理に再び手をつけた。
アルザスは、何も言い返すことができなかった。昼間にロゼにも救いがないと言われた。腑抜けた騎士だと、爪痕をよしとするのかと。
それで、構わなかった。もう二度と、あの悲劇を繰り返さないのならばそれでいいと。
……構わないと、思っていた。

 

「……お前は。随分と、強かだな。」

 

自嘲気味に笑って。そんな言葉を、投げていた。

 

それからは、気まずい空気が眠りにつくまでこの場を支配していた。互いに必要以上には喋らず、踏み込むようなことはしなかった。
ベッドは1つしかないため、少女に使わせて自分は雑魚寝になる。1日くらいなんともなかったし、少女もその親切には素直に甘えた。いつしか寝息を立てて眠り始めたことを確認し、シーエルフも就寝の準備に入る。
明日、適当な村へ少女を預け、そしてまたいつもと変わらない生活に戻る。いつになく賑やかな日々だったが、それも今日だけだ。そう言い聞かせながら、アルザスも眠りについた。

 

 

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