海の欠片

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教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第3節 上』

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―『第3節 災禍の目覚め』―

 

嗚呼、何故。何度私はこの世の不条理を恨んだだろう。
何でもない会話をする。笑顔を浮かべ幸せに暮らす。社会を築き共に時間を過ごしていく。それは全て健常者の特権だ。
昔からだ。顔が怖い。もう少し自然にすれば。不細工。妖魔みたい。普通にはできないの。暴言。指示。頼んでもないアドバイス。ただ醜く生まれただけで、ただ人と同じようにできないだけで、周囲は指をさして異常者だと声を上げる。
普通って何だろう。笑顔を作ってみても、怖いと距離を取られる。思い通りにならずに泣けば、妖魔が泣いていると揶揄われる。誰よりも努力をして普通を振る舞おうとしたけれど、誰にも理解はしてもらえなかった。

両親も例外ではなかった。お前は不細工だな、どうして皆と同じようになれない。ちゃんとしなさい、綺麗になりなさい、お前はとんだ恥さらしだ。
私を見捨てたわけではない。何とか社会に出られるようにあれやこれやと私にアドバイスをし、身なりを整え普通を仕立て上げようとした。けれど、私はそれに応えられなかった。人前に出れば息が詰まり、汗が出て挙動不審になる。話しかけると大半は驚かれ、距離を取られる。慣れてきた者からは心無い言葉。あいつは普通じゃないから、どんな言葉をぶつけてもいいんだと言われる始末。

そうして自分を殺して生きてきた。周りに合わせようと努力をした。私に問題があるのだから仕方がない。私が普通にできないから、可愛くないから言われるんだ。周囲を変えることなんてできないから、私が変わるしかない。人と関わることが怖い。関わらず生きたい。けれど、社会で生きる以上避けては通れない。だから、普通であろうとした。

でも、本当は。本当の、私は。

醜い自分が嫌で、教会に足を運んだ。ここなら醜い私を罰してくれると思ったから。
赦してください。こんな醜い私を赦してください。
普通になれない私を赦してください。
懺悔をしたところで、一体何が変わるというのか。結局その教会も社会に属するものであり、調和を保つためのものでしかない。社会に必要だから、存在する場所。私という存在が許される場所ではない。
私は今日も、普通になれないまま普通に焦がれて普通を振る舞っている。



トリサが教会に来てから4年が経った。教会にテラート目当てで訪れる者は増えるかと思われたが、今は落ち着いていた。別に特別何かがあったわけではない。時間が経ち噂が落ち着いてきたことと、テラートの説法により救われた人が増えたこと、それからちょっとした懺悔であれば神父や私にちゃんと回すようになったこと。大したことのない懺悔であれば、テラートに説法を頼もうが神父に説法を頼もうが、そもそも頼まなくてもそう変わらないのだ。
今日も礼拝堂を開け、信者による祈りを捧げ、個人個人に説法を説く一日が始まる。私も長年ここで暮らしてきたお陰で、人間の思考や何を望んでいるのかが分かるようになってきた。ただ欲しがっていそうな言葉を投げ、勝手に人が救われていく。何とも陳腐で傲慢で、殺してやりたくなる。

「あの子凄いね、今日も来てる。最近毎日来るんだ」

二週間ほど前から昼下がりの決まった時間に礼拝堂で、両手を組んで懸命に祈る女性の姿を見かけるようになった。くすんだ長い紫色の髪と、血のように不気味な紅色の瞳。それから魔女に呪われでもしたかと言いたくなるような凶悪な顔をしていたので、印象にははっきりと残っていた。ただ、熱心に神を信仰しているようには見えず、救われたいから神に祈っている、苦し気な表情に見えた。
それを神父は頬杖をついて見守る。歳を重ねた彼は杖をつき、歩くことが難しくなっていた。礼拝も説法も座って行うようになり、私たちのサポートも増えた。
テラートはじいっと見ている。話しかけないところを見ると、彼女の心が動くほどの悩みではないのかもしれない。頼まれて説法を説いて、時間があれば目で追って。けれど、話しかけることはなかった。

「ねぇ、待ちくたびれちゃったんだけど」

なんて思ってたら話しかけに行ったわ。前に立って、椅子に座っている彼女に顔を近づける。待ちくたびれたということは、話す気でいたが向こうから来ることを待っていた、ということだろう。圧縮言語を使うな。ほら見ろえっなに……? って凄くきょとんとしてるじゃないですか。

「えっ……と……待ちくたびれた、って……なんのことでしょうか……?」
「ずーっと神様にお話して、僕の私たちにはちーっとも話してくれないんだもの! 神様にお祈りしても神様は助けてくれないわよ!」

ちょっと待て、神様を信仰してる人が口にする言葉じゃない。この場合は忙しいからとか皆大切だからとか、そういう理由で助けないって意味だと私は分かるけど神様全否定してるようにしか聞こえないんですが!
ほら見ろ神父はずっこけてるしその人めちゃくちゃ困惑してるじゃないですか!ふんすっと力んでるとこ悪いですけどうどん屋さんで蕎麦打ってるようなものですよ! どんな食べ物か知りませんが!

「あー……要するに、神様に祈りを捧げることはよい心掛けだけど、私たちだって神の僕だから責務を全うする。心に悩みを抱えたままにしないで、私に説法をさせてって、ことでいいんだよね、テラート?」

ナイスフォロー神父。
祈りを捧げていた女は目を逸らし、テラートと目を合わせないでいた。露骨に汗をかいて組んでいた手は忙しなく動いている。更には緊張によりふひひ、と不気味な笑い声が聞こえてくる始末だ。

「えっと……その……ひっ、人に、言うことじゃない……ので……」
「どうして? 私は聞いてみたいわ、あなたのその目の理由を」
「めっ……目、ですかぁ……?」
「そう。あなたはどうして、神に祈るの? そもそも、神に何を求めているの?」
「……それは……」

これ本当に教会で行われる説法か? 教会でどうして神に祈るのかとか、神に何を求めているのとか、そういうこと聞く? 教会の人間が教える側では?

「……私は、醜くて、綺麗には生きられないから……許して、もらうために……こんな私で、ごめんなさいって……普通に振る舞えなくって……それで色んな人に、迷惑をかけてるから……」
「…………んー、」

口元に指をあてて、宙を見る。
嫌な予感がする。なんかトンデモ一言が出てきそうで嫌な予感がする。このポーズを取ったテラートは十中八九ロクなことを言わな

「気持ち悪いわね!」

ほーーーーら!! 純粋で満面の笑顔で心を貫くどころか粉砕玉砕大喝采させるえげつない一言ですよ!!

「きもっ……!?」
「だってそれ、あなたが嘘偽りを演じて生きて、あなたのありのままを否定しているってことじゃない。それを罰だって、何をおかしなことを言っているの?」
「テラート、テラート、オーバーキルですよ~」

やんわりストップさせる。あまりにもショックを受けて話が聞こえていない。周囲も何事!? とこちらを見ているし、本人の言い分は分かるけれども待ったをかける。それで止まるか? と問われると、殆ど止まらないのがテラートだが。

「だっておかしいじゃない。ありもしない罪の赦しを神様に乞うのよ? 神様もいい迷惑だし、この人だって救われないじゃない。」
「本当に神様信じてます? とお問い合わせを入れたくなるような問題発言におかしいじゃないですか、と問い詰めたい私の気持ちも理解してくれませんか。だめですか。そうですかこの世界は残酷ですねぇ~」

気持ち悪い、と称したのはあくまでこの女の在り方である。テラートの教えは端的に言うと心のままに生きろ、である。この女性の在り方と相性が悪いことは説明するまでもない。

「あなたが言う普通の生き方を、心から望んでいるの? 望んでいるのなら、あなたはそんな目にはならないわ」
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい! でも、私は生まれつきこんな目で……でも、どうすることも、できないから……神様に、お願いする、しか、」
「何をお願いするの? 赦しを乞うの? あなたがそんな目をしていることに対する赦し? それは本当に赦されるべきなの?」

あぁ、お互いの主張がズレている。
女性は己の目の見た目の醜さだと思い、テラートは目から見える心に触れている。気持ち悪いに関しても、女性は己の容姿や思想だと思い、テラートは心の在り方に触れている。
だけどこれは、止めなくていいはずだ。だって。

「あなたは気持ち悪いままで! そんな目のままで! 本当にいいの!」
「……そんなこと、そんなこと分かってるんですよ! もう放っておいてください! 私は望んでこんな姿に生まれたんじゃない! 私は望んでこんな醜くなったんじゃない! だから普通に居られるように、普通に笑えるように、人一倍普通を勉強した!!
 でも……でもっ、上手くいかないんだよ……だから綺麗な周りが妬ましくて、羨ましくて、壊れてしまえ、醜くなってしまえって、願ってしまう私がいる……恨んでしまう私がいる……こんなこと、考えちゃだめなのに……」
「…………そう、それが本当のあなたなのね」

こうして心に触れるための、誘導なのだから。
見つけた、と満足気に微笑む。意図的に煽ったのか、それとも思ったことを口にして心に触れたのか。きっと両方だ。

「ねぇ、よかったら今夜教会に来て。あなたともっとお話をしたいの。
 素敵な心を持っている人。あなたは人を罰したいと、罰されて然るべき者を見る目がある。それって凄いことじゃない。だから、あなたの力を貸してほしいの」
「……、……わ、私には……そんなこと、」

言葉から、周囲に対する嫉妬が伺えた。自身が回りに合わせなければならず、合わせられない自分は距離を取られるか、嘲笑を浴びるか。哀れで愉快だ。さぞかし生きづらい人生だっただろう。
向けられている感情は、間違いなく好意だ。彼女はそれを向けられたことが今までなかったのだろう、テラートの悪意のない言葉に戸惑っている。とはいえ嫉妬を、罰したいあるいは罰されるべき人の判断と解釈するのは流石にプラス思考がすぎて引く。
待ってるわよ、と肩をポンポンと振れて、離れていく。女性は暫く教会の中で俯いていたが、私が別の人に説法している間に姿が見えなくなっていた。


  ・
  ・


よかったら今夜教会に来て。あなたともっとお話をしたいの。確かにテラートと呼ばれていたあの人はそう言っていた。
あの人は一体何なのだろう。私のことを気持ち悪いと罵倒したかと思えば、素敵な心を持つ人だと賞賛した。何を考えているか分からない。私を利用しようとしているのか。あるいは馬鹿にするための卑劣な罠か。
考えて、結局教会に来てしまったのは悪意を感じ取れなかったから。もし利用されるのだとしても、こんな私に利用される価値を見出してくれたのならそれでもいいか、といった諦めから。教会の外ではテラートが待っていて、来てくれたのね! と両手を合わせて笑顔を浮かべた。
どこまでも純粋無垢で、子供らしい。私だって、この人のように生きられたらよかったのに。

「来てくれたのね、ありがとう! あなたならきっと来てくれると思ったわ!」
「あの……もっとお話をしたいって……何も話す事、ないと思うのですけど……」
「私はあるわ。きっとあなたにとっても悪くない話よ」

手を引かれ、教会へと入る。明かりは消えていて、テラートの持っている蝋燭だけが光源だ。地下に行くから階段に気を付けてね、と注意を促され、ゆっくりと降りていく。
降りた先の一室に入れば、昼間にも見たシスターと、礼拝堂では見かけなかった黒い布を纏った少女がいた。また会いましたね、とひらり手を振られる。一方で少女からは

「ばっ……化け物!!」

もう何度目か分からない悲鳴が上がった。
慣れたことだ、と気にしないよう振る舞おうとした、けれど。

「えっ化け物!? どこどこ、ティカー!」

ちょっと私を連れてきた人がよく分かんないリアクションしちゃったな。

「いや違いますって、あなたが連れてきた人をトリサが化け物と見間違えたんですって。ほらその人、ものすっごい不気味な顔してますから~」
「えっ、何で!? とっても素敵な可愛い顔をしているじゃない!」
「あなたが心からそう言ってるのは分かりますけど刺されますよ~?
 客人、この人誰にでもこういいますから、本気にしないでくださいね~」

納得がいかないと文句を垂れるテラートをよそに、ティカと呼ばれた女性はにこにこと肩をすくめた。トリサと呼ばれた少女からはかなり怯えられている。大変混沌としているなあ。
早く話しましょう、とティカに促され、テラートは渋々こほんと咳払いをする。それから綺麗なエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、私に教えを説いた。

「あなたが心から神様を信じていても、いなくてもいい。もしこの教えを理解できなくてもいい。けれど、私はあなたにありのままでいてほしいわ。
 私はね、神様は全ての人を平等に愛してしまうから、人を裁くことはできないの。では人は何をもって罰されるのか。それは、人の心。私たちが神の僕として、人の心を持って裁かなくてはいけない。そしてあなたは、それを判断する力がある」

この教会では、救済のために人を殺すことがある。公になれば騒動になる、異端審問扱いされることを危惧し、秘密裡に片づける。救済のための暗殺。金を取らず、慈善活動として、人を裁く目的での殺害。

「……そっ、そんな、恐ろしいこと……! あっ、あなたたち、人を救うためだからって、人殺しだなんて……!」
「と、言いますけどぉ~……口端が上がっていますよ、あなた

指摘されて気が付く。慌ててとりつくろうとするが、もう遅い。
恐ろしいはずなんだ。人を殺すなんてどうかしてるんだ。恐ろしいと、思わなくちゃ。それが普通なんだから。
間違っても、『面白そう』なんて、思っちゃ、

「私は、あなたにはあなたらしいままで居てほしいの。
 普通なんて言葉で、あなたの心を誤魔化してほしくない。普通なんて誰のためにもならない鎖なんていらない」

だめ、なのに。
純粋な瞳で、この人は私を引きずり込んでくる。

「―― あなたはもう、我慢しなくていいの。あなたの居場所は私が作る」
「…………」

蝋燭を置いて、テラートは私のことを抱きしめた。
私の居場所を作ってくれる。この人は私のことを否定せず受け入れてくれる。
この醜い姿も、心も、全て。

『Who'll sing a psalm? "I," said the Thrush,
 As she sat on a bush, "I'll sing a psalm."』

あぁ、心から信じたことはなかったけれど。
この人は、私を赦して救ってくれる、神様なのだと思った。

「今首を縦に振りましたね? イエスのお返事、いただきましたぁ~。
 とりあえず~、テラートがこの人は実際にやってみるのが早い~、とのことで。都合よく迷える子羊が居ればよかったのですがぁ、そこは上手くいかなかったので……じゃーん、盗賊ギルドから暗殺依頼を受けてきましたぁ~」
「それはもう救済による暗殺ではないのでは……? テラート、これはいいのか?」

暗いことを行うのであれば理解はできるが、まさか盗賊ギルドとも手を組んでいたとは思わなかった。
ちらりとトリサがテラートを見る。やはり私のことが怖いのか、距離は取ったままだ。確かに盗賊ギルドからの暗殺依頼となると、暗殺という仕事に当たる。少なくとも彼女の教えとはずれている。
されど彼女は勿論、と表情一つ変えずに答えた。

「だって、この人のために必要なことだもの」



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