海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第3節 下』

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初めて人を殺した日のことは、今でも覚えている。
ティカが、あなたはこのようにした方が気に入ると思いましたのでぇ、と対象を縛り上げ、声を出せない状態にしてこちらに差し出してきた。自由に殺してどうぞ、うっかり逃げられたらいい感じにします、と保険もかけて。
必死に藻掻いて逃げ出そうとする無力な男。殺される理由も本人は分かっていない。私たちも知る由はない。盗賊ギルドで依頼を受けた。それ以上のことは詮索していない。必要なければ興味もなかった。

つぅ、とナイフを滑らせれば痛みと恐怖で顔を歪ませる。深く突き刺せば、たまらなくなって声なき悲鳴を上げた。腕の中でびくり、びくりと命が跳ねる。涙と血でぐちゃぐちゃになりながらのたうち回るそれに追い打ちをかけた。
殺されるだけの価値がある。殺しの依頼の対象になるほど、誰かから恨みを買った。あぁ、妬ましい話だ。だけれどそんな人間が自分の腕の中で命をじわじわと奪われ、やがて死に至る。

優越感と、幸福感と、背徳感が、ぞくりと身を震わせた。

あぁ、なんて自分は馬鹿らしく生きていたのだろう!
普通で生きられないのなら、普通で生きる必要なんてなかったのに! 妬んで恨んで、醜く何かを貶めて、そうして自分は生きることの幸せといったら!
もっと命乞え。助けてなどやらないから。
もっと足掻け。手を緩めなどしてやらないから。

ごろりと横たわる死体が、こちらを責め立てる視線をしていた気がした。
愉快だ、愉悦だ。それを私は……俺は、ずっとてめぇらに抱いて生きてきた。



「ッヒヒ、っははははは……!」
「ちょっと、いきなり何笑いだすんですか気持ち悪い」

今、俺はティカと共にある獲物を暗殺しようとしている。殺せる、人を不幸に陥れられる、そう考えるとあの日のことを思い出し、思わず思い出し笑いが零れた。それを視線すら合わせず、感情のない言葉を淡々と投げかけてきた。

「悪ぃ悪ぃ、どんな顔で死んでってくれっかなぁ、どんな恨み言を残してくれっかなぁって考えたら、そりゃあ楽しくもなんだろ」
「悪趣味ですねぇ~今回はより慎重に暗殺してもらわないと困るんですよ、ワケが違うんですからぁ~」

相変わらずこいつは飄々としたすました顔をしやがる。あぁ、気に入らねぇ。こいつはいつもニコニコと笑っていやがるが、本性は残忍なやつだ。人の命を何とも思っておらず、何なら殺したときにこいつは笑っていやがる。
その本性を上手く隠し、暴かれないように生きている。最も、俺に対しては違ったが。

「あなたが人殺しを楽しそ~~~にしなければ、あなたなんて誘わないのですからぁ」
「俺は別にてめぇに誘われてぇ~~~なんて微塵にも思ってねぇが?」
「はー、これだったら一人で行った方が良かったかもしれませんねぇ」

くだらない会話を行いながら、俺たちは随分とボロっちい小屋へ入った。踏み入れるだけで軋んだ音が響きそうな床に、ロクに掃除も行き届いておらず雑草まみれになっている庭。ここに今回の暗殺対象がいる。
情報源は、盗賊ギルド。

「―― テラートに危害を加える可能性がある者は、今すぐにでも殺しておくに限る」

今回俺たちは、テラートの拾って来るやつのお願いで殺しに来たわけじゃない。テラートの教え通り、と言えばそうだが、テラートの指示で動いてはいない。
テラートは自覚がないようだが、何かと裏で彼女の話が持ち上がるようになった。教会に向かう人物は減った一方で、黒い噂が囁かれるようになったのだ。盲目的にテラートを求める人物が減ったから余計に耳に入りやすくなった可能性はあるのだが。
その中には教会の人間が救済のために人を殺している、という真理にたどり着いているものもあるが、あくまでも『噂』でしかなく、証拠を揃えて口にしている者はいない。だからこれは知らないフリをして聞き流せばいい。

「ご立派な忠誠心なこって。まーてめぇにとっちゃそーだろうなァ、『テラートの力は神にも等しい、攫ってわが物にしてしまえば金になる』なぁんて、見逃せるはずねぇよなァー!」
「煩い」

明確な怒りが言葉に現れた。ふひひ、と思わず笑いがこぼれてしまう。こうやって感情が露骨になるってことは、明らかな動揺の現れだ。
盗賊ギルドのやつがティカに情報を流した。テラートを妄信するやつが、彼女の力を利用し金にしようとしている。近いうちに攫われるかもな、と。彼女なら攫われても心に傷を負ったり、言いなりになったりはしないだろう。一方で、誰かに殺されることもきっと肯定する。攫い主のことを赦して受け入れる。それを危惧したから、こうしてティカが俺を巻き込んで動いているのだ。
暗殺と言いながらも一切存在を隠さない。音を鳴らさず侵入は不可だろうから、話し声を潜めることもしない。ただし、罠の確認だけはティカが念入りに行う。

「おー怖ぇ怖ぇ、もーちょい可愛いげのある図星にしろよな」
「煩い黙れ死ね。あなただって来た頃はオークみたいな顔でも可愛らしい性格してたじゃないですか。なんですか? アジの開き直りですか? うまいですね」
「てめぇこら、勝手に食いモンにして二重の意味で褒めてねぇ褒め言葉やめろや」

チッと舌打ちをすれば、向こうもチッチッと舌打ちをする。何で二回した。本当にどこまでも不愉快なやつだ。
嫌いな俺じゃなくてトリサでも連れてくればよかったろうに、と小突いてやれば、あれはどんくさいしトロいし知ったらロクな拗らせ方をしません、と酷評が返ってきた。お前の魔法の教え子だろ。
最も、それが一番の理由でないことは分かっている。

「トリサではなくあなたと組む理由なんて知れてます。
 同族だからですよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「はっ、よく言う。てめぇと同族なんざごめんだな」
「奇遇ですね、私もですよぉ~」

こいっつ、くっそにこやかに。ほんっとに気にいらねぇ。

「ほんっとに不快だぜ、てめぇは。
 俺のようにドロドロとした内面をしてやがんのに、その見た目も在り方も一切穢れてねぇ。美しいままいやがる。あぁ、妬ましいな、今すぐにでも殺してやりてぇな。ドブに落ちてクソまみれになんねぇかな」
「…………」

妬ましい。こいつが。
人を殺すことを楽しむ外道でありながら、その身姿は何一つ穢れていない。まるで、初めから人を殺めるために生まれてきたようで、自分と似ているくせに真逆であるようで、心底嫌いだった。

「別に」

ヒュッとナイフを投げる。ほらそこに居るから片付けてください、と冷酷な視線で俺に指示をする。ナイフは的確に得物の足を貫いていた。こちらに気が付いており、先手を打つ機会を伺っていたのだろうが俺達も気が付いていた。

「が、ぁ――! くそ、お前ら、何で分かって……!」

狙いは分かっている。得物に企みを会話から暴露してしまえば、相手は逃げようとするか。否、知られている以上拉致には都合が悪くなる、ならば今この場で仕留めてしまうのが一番手っ取り早い。そう考えることを見越して、向こうから来てもらった。
ティカの前に、気配を隠すことは無意味だ。どういうわけか、目ざとく『命を嗅ぎ取る』のだ。足に刺さったナイフからはじくじくと血が流れ落ちる。それにも、得物の言葉にもまるで無関心といったように、ティカは淡々と俺の言葉だけを拾っていく。

「私だって、望んでこのようになったわけではないです」
「……へぇ」

呪文を詠唱する。俺には二つ、適性がある魔法の属性があった。何の才能にも恵まれず、努力しても決して普通になれなかった私に唯一与えられていたもの。
手を天に翳して、にぃと笑顔を浮かべる。こんなにも自然に口が吊り上がる。

「だから、テラートだけは呪えねぇのか?」
「――――、」

ゴゥッ、と雷が落ちた。
閃光は的確に得物に落ち、肉を焼き、目を潰す。見た目に対してさほど威力はない。すぐに殺してしまうのは勿体ない。死にこそしていないが、痺れて暫くは動けないだろう。
いい顔してるなぁ、と倒れた得物に近づいて顔を覗き込む。雷に打たれ、痺れてびくり、びくりと痙攣する肉の塊が愉快だった。

「てめぇはテラートにだけ甘ぇ。というか、扱いが別だ。そんで俺と同類ながらもてめぇは『堕ちて』ねぇ。だからてめぇは綺麗なままで……心底、気に食わねぇ」

堕ちているのならば、きっとこいつは教会にはいない。どこかで心のままに人を殺し、愉悦に浸っている。こいつのことを理解しているわけじゃないが、そんな確信がある。
言葉は返ってこなかった。代わりに足に刺さったナイフを乱暴に引き抜いて、男の心臓へと突き立てた。目を見開き、魚が虫を食うときみたいな口になって、びくん! と一度跳ねてそのまま絶命した。もっといたぶってやりたかったのに、と舌打ちをすると、やっぱり舌打ちが二回聞こえてきた。

「あなただって、そうでしょうが」

こちらを見ない。
声は極力いつも通りを振る舞っていたが、深夜の嵐が吹き抜けたような声調だ。

「あなただって、テラートだけは傷つけられないでしょう?」
「…………」

目を閉じて、初めてあった日の夜を思い出す。まっすぐにこちらの目を見て、まっすぐと強く言い放った、居場所を作るという言葉。
どこにも居場所などないと思っていた。普通に振る舞い、普通であることを強いられてきた。心の暗い部分を否定し押し込め蓋をし、己にないものだと目を逸らそうとしてきた。
けれど彼女は人々が否定してきたそれをこじ開けて、そのままのあなたがいいと肯定してきた。心から純粋に、嘘偽りなく、本心で。暴かなければ、死ぬそのときまでいい子であろうとしただろう。けれど彼女はその純粋さで災厄を解き放ってしまった。
これは人に不幸をもたらすことで幸福を見出す災禍だ。人にとっては敵意を向け否定し、罰するものだ。平穏のために存在を許してはならない、明確な悪意。

「しゃーねぇだろ、こんな俺でいいって言われちまったら」

けれども、彼女はそれすらも赦して愛してしまうのだから。
人を救済するつもりなど微塵にもない。なんならそいつも不幸になってしまえと心のどこかで嗤っている。それを俺はもう隠しやしない。教えに従うわけではなく、俺のやりたいように人に死を齎す。
俺にとって、テラートの教えは神が与えた免罪符だ。それに甘んじて、神が連れ従う天使と死神と共に、厄災として従っていく。

「なら同罪ですね。心底気に入りませんが、ビジネスパートナーとしては本当に死んでくれないかなぁ~何が悲しくてこいつなんかと仕事しなくてはいけないんですかぁ~と思う程度には便利です。虫が湧いたらご協力お願いしますねぇ~、拒否権はありませんからぁ~」
「くっそ性格悪ぃ! は~~~俺だってなぁにが悲しくててめぇなんかと暗殺業やんなきゃいけねぇんだよてめぇこそ死ね、そして二度と顔を出すな。つーか今ここで死んでくんね?」
「は? 嫌ですけど? 人に死んでと頼むのなら自分が死ねばいいじゃないですか。私はその一発芸、指さして大爆笑してあげますからぁ~」

彼女が作ってくれた居場所で、罪を重ねながら、これからも。
あぁ、この居場所はなんて居心地がいいのだろう。そして、なんて自分とは滑稽なのだろう。
神の教えをロクに聞かず、己の欲望のままに生きているというのに、それは神の掌の上で踊らされている……否、愛され存在を許されている。いつでもそこから抜け出すことはできる。自由を望めば外へと抜け出せる。

けれど、一度楽園へと連れて来られた者は、神からの寵愛なしには生きられないのだ。
神にそのつもりはなくとも、神の傍から離れられなくする。

それを、不幸だと笑う者がいるのなら。
そのときは、笑顔で雷の一つでも落としてやろう。



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