海の欠片

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リプレイ_19話『惨劇の記憶』(5/5)

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マンティコア。あなたは忘却の毒の中和剤がこの瓶に入っていると言ったわよね?つまり、これを飲めば記憶が戻ると。」
「いかにも……ひひひ、汝らは、記憶を取り戻させる方を選ぶのか?」
「えぇ、記憶を取り戻させる方を選ばさせてもらうわ。」

 

仲間が拾うより先に雪が拾い、きゅぽん、と蓋を開ける。
透明な液体が瓶の中で波打つ。それをこぼさないように手に抱え、ユリンの方へ

 

「―― アスティちゃんのね!」

 

ではなく、何を考えたのかアスティの方へくるりと身体を向ける!

 

「……はい?え、え、ちょっと待ってくださいすいませんどういうことですか?え、なんで私?いや、え、私、私ですか!?ユリンのではなく!?」
「だって、忘却の毒の中和剤なのでしょう?アスティちゃんが忘却の毒のせいで記憶喪失だという可能性だってあるでしょう?それじゃあ賭けてみる価値あると思うのよ。」
「いやいや、いやいやいやいやいやいや!?!?確かにあるかもしれませんが!?ないとは言い切れませんが!?いやしかし待ってくださいユリンの記憶の話ですよこれ!?盗んだ記憶で走り出しそうになってません!?いやそもそも治る保証なくないですか!?」
「間違いだったらアスティちゃんもユリンちゃんも記憶が戻らないだけだから、何も問題なくない?」
「大問題ですよユリンが可哀想でしょう!?……いや、可哀想、なんですか……?どっちにしろ可哀想では……?」

 

どうしてそこで否定しきれないんだ。そりゃあそうでしょうだって記憶が悲惨なものだって分かりきってるんだもん。

 

「いやまて汝ら。聞いてない、そやつも記憶喪失なんぞ聞いておらんぞ。そもそもワシが手をかけた記憶もないぞ。」
「ついでに言うと、あたしも北海地方でマンティコアが出たなんて話聞いたことないわよ。」
「忘却の毒はマンティコア以外にも分泌されるわ。一世紀以上生きた特定の魔物が分泌する。つまり、マンティコア以外にも扱える魔物はいるということよ。」
「そんな魔物居たら盗賊の耳に入ってくると思うんだけど?」

 

そういえば盗賊してましたね。いやでもアスティとロゼが知り合った5年前のお話だし、もしかしたらその間にマンティコアがやってきて何か悪さをしたのかもしれない。
いやそもそもあくまで中和剤なので、毒を食らってない人が飲んで悪影響がないとは言い切れないわけで。塩酸と水酸化ナトリウムだって混ぜ合わせれば劇薬じゃなくなるけど、片方だけだったら即死待ったなしである。そういうものでないとは言い切れないわけで。

 

「そもそもこれ、忘却の毒を食らってない人間が飲んでいいものなの?」
「忘却の毒って、魔力的な呪いが強いのよ。だから、中和剤はその特定の魔力を打ち消すもの。そう考えれば、案外何ともない……と、思うのよ。」
「それ推測だよな!?お前の推測だよな!?確証があるわけじゃないよな!?
 ……はっ、そ、そもそもアスティには針を刺されたような怪我はなかったぞ!?そう考えたらやっぱりマンティコアの仕業って線はないんじゃないか!?」
「ワシ、さっきからやってないって言っておるんじゃが。」

 

マンティコアも唖然としている。そらあそうだ、完全に台無しになっているのだから。悲しいなぁ。
わいわいと騒ぎ立てる中、ラドワは改めてアスティと向い合せになり、瓶を掲げる。

 

「さあ、アスティちゃんに問うわ。
 ―― あなたはその子の記憶を取り戻すの?それとも、あなたの記憶を取り戻すの?選びなさい。どちらかに一つ。これは、あなたが選ぶべき選択よ。」
「……ラドワ……」

 

目を瞑り、暫く悩む。
約束した。記憶を取り戻すと。空白の記憶がどれだけ辛く、もどかしいかなど自分が一番分かっている。
だから、彼女はこう答えた。

 

「私の記憶が戻る確証はないんですが。」

 

ううーーーんど正論ーーー。
さっきから言っている通り、アスティの記憶が絶対に戻るわけではない。むしろ皆が話している通り、忘却の毒のせいでないのならば意味をなさない、あるいは何かしら悪影響がある可能性だってある。そうなったら一体誰が責任を取るというんだ。

 

「戻ったらいいなって。」
「完全に希望的観測なんですよ!そーだったらいーのになー、そーじゃないからマンティコアを倒そーーーとか、これ絶対そういうやつじゃないですか私分かってるんですよ!大体予想がついてるんですよ!」
「僕的には、ここでアスアスが飲んだらマンティコアの意表がつける。」
「目の前で完全にどうするかネタ晴らししちゃってる時点で意味をなしてないんですがーーー!!」

 

ラドワ的には、ここでアスティに中和剤を勧めた理由はこうだろう。
なんか全部マンティコアの思い通りになるのが腹が立ったのでかっとなった、後悔はしていない、と。

 

「ですから私は!不確かな私の記憶を選ぶくらいなら、というか目に見えているまあだめだろうなを選ぶくらいなら!ユリンの記憶を取り戻しますよ!」

 

少々乱暴に、ラドワの手から薬瓶を奪い取……ろうとするけれど、なんということでしょう。身長が足りないではありませんか。154センチが173センチに敵うはずもなく、瓶をめがけて手を伸ばし、そのままぴょんぴょんと飛び跳ねる有様だ。

 

「空白の記憶は、本当につらいんです。自分の過去が分からない、思い出せない。空白で、縋るものもなくて。私は、アルザスや、皆さんと出会えたから前を向けています。強く在ることができます。しかし、ユリンはそうではない。同時に、記憶を戻す、確実な術がここにある。それなら、私はユリンの記憶を戻すことを選びます!
 うぉおおおおおおおその薬瓶を寄越せぇぇえええええええええ!!」
「分かった、分かったから!あなたに渡すわよ、だから落ち着いて冷静になって!かっこいいこと言っているのに全部台無しになっているから!」

 

そもそも台無しにしたのはその屑のせいなのだが。
やれやれと若干引きながら、瓶の蓋を開けたままアスティに手渡す。ここで、一人で決めてしまったことに気が付いてはっと我に返った。恐る恐る全員の方の顔を見ながら、皆さんこれでいいですか……?と、尋ねる。

 

「俺はアスティの意見に賛成だ。記憶が戻る術が目の前にあるのなら、俺はユリンの記憶を戻してやりたい。本人が願っているし……個人的に、アスティを凄い否定しているようで内心腹が立っていたからそんなに言うのなら思い出させてやろうって思ってるんだがどうだ?
「まあ、気持ちは分かんなくもないわ。あたしは真実こそ全て、って考えてるし何も知らずに生きるってのは反対派だから、そういう意味でアスティの選択には賛成なんだけど。」
「僕はどっちでもなんだかいい表情してくれそーだから賛成。」
「絶賛アルザスとカペラのコメントが怖ぇんだけど!?あ、あたいは……記憶を取り戻す、に賛成かな……そんなに大事だってんなら、思い出させてやりてぇしよ。ここで戻んなかったら、こいつはずっと記憶が戻んなかったことを恨むんだろ?たとえそれが、つらい記憶でもよ……その記憶を取り戻すことを選んだのは、ユリンなんだ。じゃあ、あたいはそれに賛成だ。」

 

人の心がある意見が一つしかないんだけどどういうことだろう。
ありがとうございます、と微笑みを返し、アスティはユリンに飲んでくださいと口を開けさせた。
こくり、こくりとさほど多くない透明な液体を飲み干してゆく。喉が動く度、ユリンの表情は険しいものへと変わっていった。

 

「頭が……頭が痛い……」

 

記憶が戻っているのだろう。彼女が、取り戻すことを望んだ記憶が。辛く、惨い、忘れさせられていた過去が。
変わりゆく表情に、アスティもゲイルも苦し気な表情になる。彼女が取り戻すことを望んだとはいえ、悲惨さはよくわかっている。残りの4人は聞いてはいけない。

 

「……!お父さん……?お母さん……?わたしの、育った村……わたしの、ぁ、あぁっ……わたしの、わたしのっ……!」
「…………」
「……まあ、こうな
「しーーーっっっ」

 

それは禁句。分かってても禁句。めっ。

 

「うう……うううぅ……思い出したくなかった……」
「……は?」
「こんな……こんな、過去っ……!」

 

一人が、怒りを孕んだ声を漏らした。
それは、このチームの良心であり、お人よしとまではいかずとも人はよく、誰かを守りたいと願える者。

 

「こんなに辛い過去なら、こんなの、思い出したくなかった!こんなっ……あぁ、あああぁっ……!」
「いい加減にしろよお前!」

 

ついに、啖呵を切った。マンティコアに向き合ったまま、エルフは叫ぶ。
同情はなく、可哀想と思わず、ただ純粋な、怒りをぶつける。

 

「お前が思い出したいと願ったんだろう!?アスティも、お前の力になりたくて、記憶喪失の辛さを知っているからお前の記憶を取り戻した!お前なら辛い過去に向き合うと信じたから!
 その想いまで否定するな!今こうして苦しんでいるやつが、記憶を取り戻すために旅をしているやつが居るんだ!苦しみを理解して、信じて、お前を想ったこいつの心を……お前が、否定するな!!」
「……アルザス。」

 

アスティからすれば、ユリンの言葉は酷く裏切られた気分になるものだった。願ったから取り戻した。記憶喪失の辛さを真に理解できたから。
同時に、自分も記憶を取り戻せば、このように仲間に傷つける言葉を投げかけることになったのだろうか。信じてくれた仲間たちを裏切るような言葉を吐いたのだろうか。自分の過去は何一つ分からない、だから取り戻したときにどうなるかも分からない。そんな恐怖が、じくりと蝕みかけていた。

 

「どうして……どうしてわたしの記憶を戻したの!?こんなにも苦しいのに!」
「ユリン。あなたは、その辛い過去に向き合おうとしました。それを、否定してはいけません。
 現在は、過去から創られる。未来は、現在から創られる。
 あなたは、そう思っていたのではないですか?過去を知れば、未来が開ける、と。……あなたは、強い子です。あなたが思っているよりも、ずっと。」

 

守り手に対し、癒し手の言葉には怒りはなかった。諭すような、穏やかな……心から、信頼を寄せている言葉だった。
されど、返ってくる言葉はやはり否定的なもの。

 

「わたしは……そんなに強くない……崩れ落ちそう……記憶に、つぶされそう……
 わたし……わたしは……どうすれば、いいの……!?」
「ユリン!」
「ひいっひぃひひひ!愉快じゃのう、本当に愉快じゃ!
 ワシはひとつ分かったぞ。人間は、殺し、喰らうだけが楽しみではないということじゃ。生かしておけば、くひひ……こんな愉快な芝居を見せてくれる!ひひひ!」

 

いやあなたの思ってる以上に人選ミスが発生してますよ、とは流石に言えなかった。
あとそこ、人間は殺す以外に楽しみある?って真顔にならない。誰とは言わんけど。

 

「ぬしらをただ殺すだけではつまらん。もっと、もっと、楽しませてもらわねばな!」

 

笑い声を上げ、マンティコアが蝙蝠の翼をばさりとはためかせ、舞い降りる。冒険者に闘いを挑む……のではなく、このまま帰るつもりのようだ。

 

「さあ、そこをどけ。
 おぬしらヒヨッ子に、このワシを倒せるはずもない。道を開けよ。逃げるのなら今のうちじゃ。」
「……随分と、舐めたことを言うな、お前は。」

 

剣を構える。仲間も、それぞれの武器を構える。
逃げるという考えなど、あるはずがなかった。

 

「お前を逃がすと思うか?ユリンを、いいや、人間を己の好き勝手に弄んだお前を……この俺たちが見逃すと思うか!」
「人の記憶を、命を恣意的に扱った。殺戮を楽しんだ。ユリンから大切な者を奪った。あなたをこのまま帰すはずがないでしょう?あなたの魂は、海に還るまでもなく、ここで滅ぼさせてもらう!」

 

2人の声に、くすりと笑いながら便乗する。
それは少なからず、マンティコアの行いをある程度は肯定できる狂人の言葉。

 

「あのねぇ、私は割と、あなたとはお友達になれそうって思っていたのよ?けれども、やり方が陰湿ねぇ。
 ねぇ。人はやっぱり、殺されるときの姿が何よりも美しいと思うの。一度きりの、命を奪うその瞬間。美しい花びらを散らして、真っ赤に染まって。だから、あなたのその、記憶を奪って人を絶望に陥れる……正直、やり方が好きじゃあないわ。だからね。
 殺してあげる!私はあなたのような、全てを見下すような屑が殺されそうになって命乞いする瞬間が大好きなの!」

 

屑だ。これは屑だ。でも今回はまだ情状酌量の余地は気持ちほんのちょっと程度にはある気がする!
挑発を受け、マンティコアはにたりと笑う。サソリの尾を振り上げ、蝙蝠の羽を広げ、オオオォォと雄叫びを上げた。

 

「おぬしら、ワシの気は長いほうではないぞ……もう後には引けぬ。
 我が呪い……この毒針からいずる忘却の毒を喰らうがいい!ぬしらも忘却の淵へと誘ってやろうぞ!」

 

サソリの尾で、真っ先に狙うのは挑発を行った雪。それを読んでいましたとばかりに動くのは守り手だ。
村で借りた大盾を使い、ラドワを庇う。盾を普段使うことはないが、最も誰かを守ることに徹しているのはやはり彼だろうと皆の意見。
誰かを守ることに長けているのは、誰かを守ることに依存した彼が適切だ。

 

「くぅっ、小癪な真似を!」
アルザス君、よく私が真っ先に狙われるって予想できたわね。」
「そんなに分かりやすく煽ったら誰でも分かる。」

 

それはそうだわ、と肩を竦める。同時に辺りの温度が下がってゆく。師に教えてもらった、『氷の咆哮』の詠唱の証拠だ。

 

「忘却の毒は俺に任せろ!ゲイルは前線の維持、アスティは傷を癒すことに専念してくれ!カペラは後ろに攻撃を通すな、ロゼは遊撃を頼む!」
「あいよ、任せなぁ!」
「了解、暴れさせてもらうわ。」

 

一歩踏み出し、斧で凪ぐ。それに続くように、翼は斧が与えた損傷個所に弓矢を放った。

 

「ふんっ、この程度効かぬわ!」

 

斧こそ身体で受け止めたが、矢は蝙蝠の翼をはためかせ吹き飛ばす。刹那、雪の詠唱が終わり、氷の術式がぶつけられる。

 

「咲くは氷花。受け止めてみなさい、この冷たき一撃を!」
「ふぇっへへへ、それならヌシらも喰らうがいいわ!」

 

足元に着弾。しかしマンティコアは構わず、口を開けていた。
コォオと、魔力と熱が収集していく。二匹の焔の蛇が、作り出される。

 

「よどみの内より生まれしあやしの炎よ……かの敵に灼熱の洗礼を!」
「くっ―― !」

 

蛇はアルザスとゲイルに向かって放たれる。それを盾で、斧で防ぐものの熱はカモメの翼にとって天敵だ。
顔をしかめ、動きが止まる。それをすぐに癒し手と歌が治しに

 

「させると思うたか!」
「きゃあぁっ!」

 

行くことも読んで、マンティコアは前足の鍵爪で2人を切り裂く。直撃は免れたものの、アスティは右肩を、カペラは左腕の肉を抉られた。

 

「2人共!」
「この、くらい大丈夫です、アルザスは尾に集中して!」

 

そう、炎の蛇、切り裂きの一撃から流れるようにアルザスに尾が迫っている。
はっとしてそれを盾で防ぐ。ひひひ、と不気味な笑い声をマンティコアはこぼした。

 

「あたしたちを、」
「無視しないでほしいわね!」

 

注意がそれている間に、ロゼが火薬で炎を纏わせた矢を、ラドワが魔法の矢をそれぞれ放つ。
身体に直撃し、ぐぅと呻き声を漏らしたが……やはり、すぐににやりと笑みに変わる。
攻撃は通っているのだ。しかし、あまりにも身体が丈夫で、並みの攻撃では通っていないように感じてしまう。

 

「『元気になぁれ』!アスアスこれで大丈夫?」
「はい、大丈夫です。カペラも大丈夫ですね?」

 

互いに癒し、動かせる程度に元に戻す。
同時に、二匹の蛇とサソリの尾が迫る。それを再びアルザスが受け止め、マンティコアに剣で切り返す。
そこを力いっぱいにゲイルが斧で殴りつけ、ロゼがすぐさま近寄っては短剣で肉を抉ってゆく。

 

「ぐ、うぅ……っひひひ、さあ、いつまで持つか?」
「それはこっちのセリフだぜ、マンティコア!」
「……いや。」

 

めきり。盾が、悲鳴を上げた。
長くは持たない。すぐにでも決着をつけなければ、忘却の毒への対抗手段を失ってしまう。

 

「アスティちゃん。」

 

考えがある、とラドワはアスティに耳打ちをする。それを聞き、こくりと頷いて強く念じる。
アスティは、アルザスに心の声を届けることができる。マンティコアに気づかれないように作戦を伝達させるため、力を使う。

 

「……!」

 

小さく頷く。それだけで、届いたことがアスティに伝わった。

 

「皆!俺に合わせてくれ!」

 

剣に魔力を集中させる。風と水が交わり、小さな吹雪へと昇華する。
一撃、叩き込むタイミングを見計らっている。暴風も、翼も、その動きを待つ。アスティはオカリナを取り出し、掲げ雲雀を演奏。身体が軽くなり、力が沸く。
冷や汗が、頬を伝った。

 

「ひひ、諦めよ、のぅ!?」

 

サソリの尾が振るわれる。それを最後に、アルザスの盾は音を立てて砕け落ちた。
対抗手段が、完全に失われた。

 

「ひひゃははははぁっ!ぬしらの浅知恵など、ひとひね
「今だ!!」

 

一斉に、渾身の一撃を放つ。
翼を思わせるような剣の一撃と、炎を纏った弓の一撃と、血肉を結晶化させ内から破る魔術と、闇を払う聖なる斧の一撃と。
全ての、出せる限りの力を、マンティコアにぶつける。

 

「―― あなたは、随分と人間を舐めていたから。盾が壊れた時、図に乗ると思ったのよ。」
「……!」

 

だから盾を投げ捨てて、さらけ出した無防備な姿を最大のチャンスにせんと。

 

「飛べ、翼よ!太陽への輝きへと導く印となれ!」
「どう?見下していた人間にしてやられる気分は?」
「さくは、地獄花。さあて、死と近しい花と同じになりなさい。」
「てめぇは強ぇが、性格がねじ曲がってやがる。地獄に堕ちて後悔しな!」

 

直撃。一瞬だった。
ごぽり、口から紅の液体がこぼれだす。

 

「わしも……朽ちたか……」

 

がくり、倒れ伏す。が、まだ息はある。ヒューヒューと弱々しい呼吸音が洞窟に響いた。
村を壊滅させ、数多くの人間を殺した、理不尽の権化。アルザスはそれに近づき、剣を突き付けた。

 

「ふん、舐めるな……そう易々と、殺されはせんっ!」

 

残った力を振り絞り、サソリの尾を上げる。

 

「ふひひひはは……サソリの魂を糧として、一時の忘却をしんぜよう!」
「―― 知っている。忘れられないし、傷となって残り続けることくらい。」

 

その、直後。
アルザスは、剣を振り上げ、尾を切断する。
ざくり、と音がした後に、ぼとりとそれは落ちた。

 

「じゃあな、マンティコア。」

 

刹那。
その巨体に、深く深く剣を突き刺した。

 

 

 

「……ユリン。大丈夫ですか?少しは落ち着きましたか?」
「…………」

 

全てが終わって、アスティはユリンに尋ねる。そう、アルザスの言う通り。与えられた心の傷は、トラウマは、癒えることはない。
少女は、無表情でこちらを見つめていた。か細い肩は力なく下がり、冷たい洞窟の上にぺたんと座っている。

 

「やっぱショックがおっきーよね。なかなか立ち直れないかな。」
「ユリンは、もう、未来に目を向けらんねぇ……の、かな?」
「……ない……」

 

ゲイルの言葉に、ゆるゆる首を横に振り……小さく、小さく口にする。

 

「そんなこと……ない、です。
 マンティコアと戦う皆さんの後ろ姿……誇り高かった……安心できた。わたし……皆さんの言っていた言葉……少し、分かったような気が……します。」
「……そうですか。」

 

その言葉を聞いて、ふわり、アスティは顔を綻ばせた。
ありがとうございます、と伝え。手を差し出す。一緒に村へ帰りましょう。あなたには、帰る場所がありますから。
心優しい1羽のカモメは、翼を掲げてくるり、旋回をした。

 

  ・
  ・

 

「よう、冒険者。ルネス村へ帰るのか?」

 

ルネス村への帰り道。森の中で、待ち伏せしていたのであろうゴブリンロード、マルゴーが声をかけてくる。思わず各自、武器を手に取ろうとするが……敵意は感じられず、そのまま武器を

 

「……魔法の
「やめなさい。」

 

しまった。

 

「今更何の用?あんたたちの親玉なら、あたしたちが打ち倒してきたわよ。
 それとも、あんたたちもあたしたちに殺されたい?だったら大歓迎よ、血に飢えた獣が2匹もうちには居るからね。」

 

今さっきもナチュラルに魔法の矢をぶち込もうとした不届き者がいるもんね。そうでなくても過激派集団であることは、このゴブリンロードにもよく伝わっているはずだ。

 

「フッ……安心しな。俺も今じゃあ独りの身でな……手出しはしいねぇ。」
「えーーーなんでーーー?手を出してくれたのなら喜んで喧嘩売ったのにーーー。」
「そーだー、つまんねぇ野郎だなぁ。それでも魔物かよ。」
「お前ら。お前ら落ち着け、がっかりするんじゃない。」

 

確実に殺せる自信がある。殺されることも、マルゴーはよくわかっているのだろう。
矛を収めてくれ、それでそこの娘と話させてくれ。命令ではなく、お願いへと変わっていたので、やはりどちらの方が力が上かはよく分かっているのだろう。
近づくことは許さないが、話しかけることは構わない。場所は譲らない。構わない、と首を縦に振ると、マルゴーはユリンに、否、冒険者も含めて語り始めた。

 

「その娘の記憶が戻ったそうじゃないか。ククク……きさまらの活躍、見せてもらったぜ。
 よう、ユリンといったか?俺が誰だか、思い出したよな?」
「……わたしの村を、焼き尽くしたゴブリンね。」

 

憂いを、恐怖を帯びた目。されど目を逸らすことなく、真っすぐとマルゴーを見ていた。

 

「あなたには、わたしの思い出の全てが焼かれてしまった。でも、焼き尽くされた森からは、新しい命が生まれてくるわ。今のわたしは、その芽にかける。
 けれど、わたしはあなたを……許さない。許すことなんて、できない!」
「ユリン……」

 

復讐心を抱くのは当然だと、アルザスは思った。
大切な者を殺され、居場所を奪われ。それが許せないことは、当然だと思った。
されど。アルザスは、やはり……ここは、同じにはなれなかった。あの海竜を、恐怖こそ覚えど、憎むことはできなかった。
あのときの。あの竜の瞳が、何となく悲し気なものに思えて仕方がないのだ。

 

「クク……これがマンティコアの作品か。むごたらしいものだな。
 冒険者さんよ、せいぜいこんな子供が生まれないように、おれたちの同朋を殺しておくんだな……」
「えっ、いいの!?いいの!?わあい分かったじゃあ今すぐころ
「やめろっ、やーめーろ!予測可能回避不可能のお約束殺人やったー衝動を披露するんじゃない!台無しにするんじゃない!今いい話だっただろうおおおおおマルゴー逃げてぇぇえええええええ!」

 

同朋を 殺せと言った じゃあ殺す 過激派屑を 誰か止めてくれ
空気を読めない屑の腕を全力で掴んでステイステイ。ちゃんとその間に逃げてくれました。

 

「あのゴブリン、悲しそーだったね。
 もしかしたらマルゴーも、親兄弟をボクたちみたいな冒険者に殺されちゃったのかもしんないね。」
「……復讐。俺たちと対面したとき、あいつはそう言っていた。マルゴーはユリンの。そして、俺の、もう一つの姿だったのかもしれないな。」

 

理解は、できないわけではない。
全てを滅ぼされる辛さは、よく分かる。
けれど、と。アルザスはぎゅっと、拳を握りしめた。

 

アルザス。」

 

その手を、アスティが両手で包み込む。

 

「洞窟で、あのとき……ユリンに怒ってくれたとき。私、とても救われました。
 自分の行ったことは、間違いだったのか。記憶を取り戻したとき、私はあなたたちを恨まないだろうか。ユリンみたいに、全てを否定する可能性だってある。そう思うと、ちょっと苦しかったんです。
 ありがとうございました、アルザス。私はまだまだ、冒険者としてやっていけそうです。」

 

笑顔で、心から安心した表情で。
癒し手は、守人に伝える。

 

「当たり前だろ。俺は、誰よりも近くでアスティを見てきたんだ。
 それに、もしつらい記憶だとして、全てを否定したくなったとしても。俺が、お前の支えになる。恨んでも、信じられなくなっても。俺はまた、前を向いて歩いていけるって信じ続けるよ。」
「ふふ、頼もしいです。えぇ……だから、私は冒険者を続けられるんです。こうして、今を幸せだと感じることができる。アルザスが居て……そして、皆さんが居てくれるから。」

 

帰りましょう、ルネス村に。
そう、明るく口にするアスティの笑顔は、誰よりも何よりも眩しかった。
いつかきっと、ユリンも……こうして前を向いて、歩いてくれることだろう。

 

太陽を信じて。カモメ達は、ルネス村へと羽ばたいた。

 

 


☆あとがき
記憶喪失だからアスティちゃんとおそろいじゃん!しかも村が滅んでるからザス君も抉れるじゃん!シリアスができる!くそ重リプレイだー!
……そう思ったことが、私にもありました。蓋を開ければなんということでしょうギャグ展開のオンパレード!なんで!どうして!おい緊張感仕事しろ!!だめだこの屑口を開けばやったー殺すしか言わねぇええええええ!!
いやほんとに、おかしいですね……もっとシリアスやる予定だったんですよ……?そして最長リプレイになりました。いや、なんで?だからなんでこんなに伸びた???

 

☆その他
所持金11686sp→12886sp
昼と夜の首飾り 入手

 

☆出典

きしりとおる様 『惨劇の記憶』より