海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_19話『惨劇の記憶』(4/5)

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洞窟はさほど大きなものではなく、ノーラという変わった魔物こそ居たが、それ以外の危険は特に見つからない。一行は慎重に洞窟を進んでいく。
その途中で、ゲイルがあのさあと口を開いた。

 

「記憶ってさ。そんな大事なもんなのか?
 いや、大事ってことは分かんだけどさ……こう、ユリンみてぇにそんなに必死に縋るようなものなのかねぇって思っちまって。なったことねぇから分かんなくってよ。」
「君は深く考えないし、何か忘れてたって些細なことって考えるだろうからなぁ。勿論僕だって、記憶喪失の気持ちは分かんないよ。そこらへんはまあ、我らがドンのアスティの意見じゃないかな。」
「誰がドンですか。そんな強い存在ではありませんよ。」

 

怒らせると最も怖いカモメのドン。胸元で両手を合わせるように組み、静かに話す。

 

「……怖いですよ。自分が何者かが分からないのですから。目が醒めて、何も分からないんです。縋る人は誰もいない。知らない人だけじゃないんです、自分も分からない。空白で、自分すら縋ることができない。
 皆と同じような存在かと思えば、皆と違う部分がある。魔力を持っている、夜目が効く。恐らく私は人間ではない、あるいは何か手を加えられた人間か、それとも……と、どれだけでも憶測は立てれるんです。けれど、憶測以上にはならないんです。」

 

けれど、と。穏やかな表情で、逆説の言葉を続ける。

 

「私は皆さんと出会えました。勿論、過去を探すという目標は揺るぎませんが……皆さんと冒険して、笑い合って、涙して、喧嘩して。確かな私もいるんです。海鳴亭の冒険者、カモメの翼というパーティのアスティ。
 それを、認めてくれる人が居る。証明してくれる人がいる。だから、私は胸を張ってアスティだと、自分は空白じゃないと言えるんです。」

 

といっても、記憶喪失になってみないと分からない感覚でしょうが、と困ったように笑った。
癒し手の記憶の手がかりは殆ど見つかっていない。新しく紡いだ歴史よりも空白の時間の方がずっと長い。それでも彼女は確かな今を生きていて。

 

「やっぱりお前は、強かだよ。記憶喪失で自分が分からない、なんて思えないくらいだ。」
「ふふ、ありがとうございます。何度も言いますが、アルザスが居てくれるおかげなんです。アルザスが私を守ってくれる、隣に居てくれる。だから、何も怯えることなく安心できるんです。」

 

くすり、微笑みを浮かべる。何度も見てきた、海のような穏やかさがそこにはある。
まるで海そのものだと、錯覚してしまう程度には。アスティ、と、名前を呼んでドガァァアアアアンとなんかが崩れる騒音が鳴り響く!おおっと台無しだーーー!

 

「待ってなんの音!?」
「いやーーーなんかいちゃらぶしてたから、かっとなって岩壁をぶっ壊してきちゃって。
 『この道は神の意志より開かれん』ってあって?銀の矢じりをぶち込んだら見事解決!いやーーーすっきり爽快、神の意志などくそくらえ。ねぇねぇどんな気持ちーーー?神様を毛嫌いしている不届き者に道を開かれるどんな気持ちーーーーーー???って。」
「神様可哀想!!いや雑な銀で開ける道も雑!!それでいいのか神の意志!!」

 

突然台無しになることくらい、最早日常茶飯事。今更始まったことではない。突然2人がいちゃいちゃしだすのもお約束。だったら先に進むよねー。
へらへら笑う翼に、にっこり笑う雪が杖を抜く。

 

「わぁすっごい瘴気。この先にマンティコアが潜んでるのねぇ。邪悪な魔物が神聖な場所を棲家にするなんて最高ね。いいぞもっとやれ。もっと神をけなせ。いやーーー敵対同士じゃなかったらきっといいお酒が飲めたのでしょうねぇーーー」
「お前もお前で不心得者ーーー!あと村を滅ぼしたやつと友達になろうとしないで!だめ!暴力!不敬!ダメ絶対!!」

 

うーん緊張感が消えてしまった。これがカモメの翼のお約束。様式美となったシリアスの崩壊。
これが最終決戦前の態度ですよ皆さんどう思いますか。
ぎゃあぎゃあ騒がしいまま、奥へと進む。今からそちらへ行きますよと伝えてしまっているようなものだ。岩壁が崩れた時点でバレてるだろうしまあ問題ではないか。

 

洞窟の最深部は吹き抜け状になっていた。
天井からこぼれるかすかな日差しが、大口を開けた奈落へと飲み込まれていくようだ。しかし、陽の光も届かぬ漆黒の暗がりの中、確かに何者かが存在していた。闇に溶け込んだ、悪意ある存在が。
―― 獣が吠える声 待っていたと言わんばかりにマンティコアが姿を現す。獣じみた容姿を持つ、狡猾な老人の顔が、闇の中に浮かび上がる。にたぁ……と笑いながら、しゃがれた声を上げた。

 

「ふいっひひひぃ!ようやく来たか、娘よ。ようやく……待ちかねていたぞ。」

 

高台の上から見下すように笑う。すぐに、理解ができた。
人を見下し、己こそが強者と思い上がる魔物。弱者にはどうすることもできない暴力。それが、あれだと。

 

「さあ、こっちまで降りてこい!お前を倒せば、全ては解決するんだ!」
「ふひひ……あいにくと、そう簡単には終わりはせんよ。……のぉ、娘よ。」

移動こそしないが、覗き込み、心の内側を見透かすようにじぃと見つめ、マンティコアは語り続ける。

「どうじゃ、思い出さぬのか?ぬしの真っ白な記憶の中に、このワシの顔、いまだ焼き付けられていようものか?」
「……!」

 

何かを思い出したのだろう。表情からはみるみる血の気が消えうせ、蒼白になりながら魔物を指さす。
震え、嫌な汗が伝う。トラウマが、呼び起こされる。

 

「わ、わたし……わたし、あの顔、見たことある!こわい……こわい、顔……」
「これで役者は揃った……ふぃひひひ!なんと言いえて妙たることか。このワシのために……」
「あなたのために集まった記憶は一切ないのだけれども。
 さて、マンティコア、教えなさい。あなたの目的を……何のために、殺したのかを。」

 

呼び寄せたことや踊らされていることは分かっておったのか、とひひひと笑う。とてもとても、楽しそうな表情をしている。

 

「こわいよ……記憶が……この声、記憶が……みんな……怖いよ……」
「記憶を失った娘よ。その記憶、ワシがほじくり返してやろうぞ。ぬしの記憶、取り戻してやろうぞ。」
「記憶を……取り戻す!?」

 

その一言で、血の気が戻る。怖い、記憶が怖いと口にしながらも、喪われた記憶に手を伸ばそうとする。
それしかない、と。縋るものはそれしかないのだと。

 

「そうじゃ、記憶を取り戻すんじゃ。
 おぬしらも知っていよう。ワシにはな……ひひっ!人を忘却へと追いやる、毒を分泌することができる。さて、ここからが本番じゃ……この薬瓶を受け取るがいい!」

 

一吠。転移術の一つだろうか、冒険者のすぐ隣に薬瓶が姿を現す。あらかじめ用意されていたものなのだろう。瓶は新しく、最近用意されたものだと分かる。

 

「娘の記憶を奪ったのはワシじゃ。娘の記憶を蘇らせるもの……このワシじゃ。
 その薬瓶の中には、ワシの忘却の毒を中和する解毒剤が入っておる。その薬を飲むも飲まぬも、娘とぬしらが決めること。……さあ、決断するがいい。」
「あら、よく言うわ。その瓶の中身が毒薬でないという保証はないじゃない。」
「おろか、おろかじゃ!人の子よ、ふいぃひひひ!」

 

しゃがれた笑い声が、洞窟内に共鳴する。
そろそろ腹が立ってきたらしい、絶賛屑と腹黒ショタの顔がすげぇあいつ殺していい?って顔になっている。頑張って。もうちょっと頑張って。

 

「オーエン村は全滅したのじゃ。なにゆえ、その娘だけが生き残ったと思っておる?
 ワシが生かしておいたに決まっとろうが!それすらわからぬのか、人の子よ。愚鈍よ、愚鈍なり!」
「殺していい?」
「もうちょっと待って。」

 

あーーーついに禁断の一言ーーー
確かにずっと行動理由が分かってなかったラドワには、この煽りは大変腹が立つ一言だ。気持ちは分かる、と必死に宥める。

 

「ワシは……ひゃあく!百年生きとるのじゃ!その間にぬしらの祖先が死んで、死んで、死んでおる!ワシは、ぬしら人間が苦しみ、そして、死んでゆくところをもっと見たい!」
「どっ……」

 

全てを理解した。行動理由の全てを理解した。
冗談だと思ったのに、なんということでしょう。

 

「同類だーーーーーーーー!!」

 

喜んでいるところ悪いが、魔族と同類は果たして喜んでいいのだろうか。
聞いて聞いて、ついに私と意見が分かり合えそうな人が出てきたわ!と、喜んでいるところ悪いがそれは人ではなく魔物だ。

 

「魔族は人間が苦しみもがくさまを見ることによって、その命を永らえる!
 この余興がそのためのものだと、ぬしらにはわからぬか?このまま娘を苦しめずに殺すわけがないなど、わからぬか?」
「苦しみもがいて死にゆく様はとても美しいわよね分かるわ。私もいっぱい血の花を咲かせたいから分かる、すっごく分かる。」
「僕も分かる。僕を陥れたやつは等しく平等に残酷な最期を迎えて死ね、って思うもん。」
「そこーーー魔物に同意を示さないでーーー」

 

なんてやつらだこいつら人間じゃねぇ。
幸災楽禍と快楽殺人と支配欲を決して並べてはいけない。

 

「でも、じゃあなんでユリンの記憶が戻ったらユリンは苦しむんだ?ユリンのやつ、こんなに記憶を思い出したいつってんのによ。」
「ひひひっ……それも分からぬとは愚か!愚かなり!
 その娘の親は、兄弟は、友人は、ワシが、皆殺しにしておいたのよ!ひひゃ、ひひゃは!思い出しただけども、のう!
 ワシがその娘の目の前で、皆を引き裂き、つぶし、喰らった!今までやってきたとおりにな……じゃが……流石に飽いてきよった。より大きな恐怖、絶望、悲しみ、苦役を!味わいたい!
 そこで、ワシは娘の記憶を奪い、何もかも忘れさせ、そして……思い出させることにした!」
「!!」

 

ぎゅっと、拳が強く握りしめる者が一人。歯を食いしばり、にらみつけ、怒りを露わにする者がいる。
許せない。許すことができない。同じ、記憶喪失になった身として。あまりにも身勝手で、理不尽で、弄ばれて。

 

「娘は、自己の存在の不安から、ただ記憶のみを求めよう……そして、そを手に入れたとき、底知れぬ絶望に暮れよう……そう、自分の肉親が目の前で殺される場面を、思い出すことになるのだからな!」
「黙れ……」
「その娘は、何よりも記憶を欲しておるじゃろ?他のものを犠牲にしても、記憶を欲しておるじゃろ?
 その薬を使うも使わないも自由!その権利を光栄に思え……ぬしらにくれてやろう!」
「黙れ、マンティコア!!」

 

轟く怒号。息を荒げ、深紅の瞳でマンティコアを射抜く。
ひひっ、とおどけた調子で癒し手を見下す。愉快だと、そう言いたげに。

 

「アスティちゃん、ちょっと落ち着いて。私はまだ聞き足りないことがあるわ。」

 

対する、空気を読まない雪の言葉。相変わらず冷静で、何も感情的になっていない。
ただ、楽し気だった表情は消えてなくなり、まるでつまらないものを見るかのような視線に変わっていた。

 

マンティコア。何故私たちを呼んだの?自分が殺されるリスクだってあるのよ?
 ユリンの絶望が見たいのなら、関係のない私たちを、リスクをあえて増やす選択肢は必要ないでしょう?」
「くひひ……なあに、簡単な事よ。
 娘一人が苦しむだけではつまらぬからじゃ。客は多ければ多い程良い……ひひ、なぜワシは、娘の運命をぬしらごときに選択させると思う……?
 それはな、ぬしらに判断をゆだねることにより、娘の憎しみをぬしらに向けさせるためじゃ!つわものどもが、か弱き存在に虐げられる様を見たいがためじゃ!どちらを選ぼうとも、ぬしらはこの娘に絶望と憎悪をいだかせよう!
 ……なんと愉快!たとえようもなく、愉快!まちがいなく、ワシはあと……ひゃひゃひゃ!百年は生きられる!」
「……マンティコア……あなたってやつは……!」
「…………」

 

恨まれたくないわけではない。掌返しをされることが怖いわけではない。
ただ、何の力もない、この間まで幸せに生きていたであろう一人の少女が暴虐の存在により、誰かを恨まずにはいられない。全てを奪われた悲しみも、絶望も、ただ私利私欲のためだけに刻み付けられた。
それが、歯がゆくて、腹立たしくて。

 

「あのマンティコアさ。運がないわよね。アルザスやアスティ、あと何だかんだゲイルも人がいいから心痛めるだろうけどさあ。」
「私たちからすれば、あぁうんそっかー、で終わってしまうのよねぇ。良かったわねアスティちゃんたちが怒ってくれて。思惑通りになったと言えば思惑通りになったじゃない。半分だけ。」
「僕的にはすっごい自分に酔っちゃってて頭悪いなーって感想が凄く。あれを引きずり落とすのすっごい楽しそーだよねー、支配者が蹴落とされて支配され返されちゃう。んー、考えただけでも笑顔になっちゃうね!」
「ねぇ、そもそも思ったのだけれども。あれを飲めば、記憶が戻るのよね?それなら……」

 

ついでに裏会話のせいで何もかもが台無しになるのはカモメの日常光景である。完全に半分くらいが人選ミスである。緊張感のない冒険者ですまない。

 

「……記憶が……戻る……?」
「さあ、娘よ!その薬を飲み干し、呪われし運命を受け入れるがいい!」
「記憶が……戻る!」
「ど、どーすんだよ、このままじゃ薬飲み干しちまうぞ!?」

 

記憶を取り戻せば、彼女は惨劇の記憶を思い出す。目の前で大切な人を失う記憶が戻ってしまう。
それが、どれだけ辛いことか。アルザスは、よく知っている。目の前で全てを失ったことがある。海竜に守りたかった者全てを海に還された。今でも、癒えることのない記憶だ。だから、思い出させるべきでないと思った。
瓶をたたき割れば、記憶は取り戻さない。忌々しい記憶を思い出すことはなくなるが、自分は空白のままだ。
それが、どれだけ辛いことか。アスティは、よく知っている。自分で自分が分からない。縋ることができるものは何もなく、空白な、虚無感を抱き続けなければならなくなる。自分が、そうだ。記憶を取り戻すことが、カモメの翼に所属し冒険する一番の目的。だから、思い出させるべきだと思った。

 

「皆、止めないで!たとえ仕組まれたことでも、わたしには……記憶が必要なのよ!
 今、こうしてここにいることも、まるで空白……!過去と同じ、空白に見える!」
「空白だと……?ユリン、お前は自らの存在も、俺たちも、皆、見えてないのか?お前は周りのやつが、確かにいる存在が、何も見えていないのか?お前のことを想ってくれている村長や婦人が、お前には見えていないのか!?」

 

傍に居てくれる、まるで海のような少女は皆を見ている。支えられているからこうして前を向けると、強く在れるんだと笑ってくれる。それがいかに難しいことかは、アルザス自身もよく分かっている。
されど、同じ少女の言葉は、そんな彼女のことを否定しているように思えて。記憶がなくても、今を大切にしてくれているアスティのことを拒絶しているように思えて。それが、どうしても許せなかった。
そんな胸の内を見透かしてか、しないでか。少女はくしゃくしゃな笑みで、アルザスに語る。

 

アルザスさん。わたし、あなたたちに放っておけないって言われて……嬉しかった。
 けど、ダメなんです。あなたのその手は届かない。わたしの脆さが邪魔をするから!」
「ユリン!」
「さあ、選択せよ!」

 

マンティコアが、哂う。

 

「汝ら、この娘の運命をどうゆり動かす!?」
「ちょっと待ちなさい!!」

 

待ったをかけたのは、アルザスでもない。アスティでもない。


―― 冷たき冷気を纏う、ラドワだ。

 

 

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