海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_20話『雨宿りの夜』(1/3)

※だんだんギャグになるよ
※シリアス分は気持ちあるけどギャグよりだよ

 

 

それは依頼を終えた帰り道。
街路から遠く外れた道程の中、緞帳のように重く黒ずんだ空からとうとう雨が降ってきた。
一番近い町でもここから1日半はかかる。雨は当分止みそうにない。仕方なく、日が暮れる前に雨宿りができそうな場所を探した。
雨脚が強くなる中、森の中を歩く。こういうときに限って、何も見つからない。雨はいよいよ激しくなり、どうしたものかと諦観が頭をもたげた時――

 

「……ほんとよかったよ。雨宿りできる場所が見つかってさ。」

 

歴とした館が、見つかったのだ。
壁面は長年の雨風に耐えてきた様相で、欠けや塗装の剥げが随所に見られたが、それでも一夜の宿としては申し分ない。
室内は埃っぽいながらも小奇麗だった。真っ暗な館に点在する燭台に明かりを灯し、今は各々が部屋でくつろいでいる。

 

「な。一時はどうなるかと思ったぜ。アルザスはともかく、あたいらは流石に雨を身に受けて自由に動くなんざできねぇからなぁ。」
「アルアルも、雨は人間ほど不自由を感じるわけじゃないけど海ほど自由には動けないって言ってたよ。やっぱり海暮らしする種族で、陸の雨はまた別なんじゃないかな。」

 

部屋の数が多いため、それぞれが部屋を自由に使って休むことになった。カペラは休む前にゲイルの部屋に遊びに来ており、軽く談笑をしていた。
できれば身体を洗いたかったが、風呂場はとても使えたものではなかった。薪もないので湯を沸かすこともできないのだが。

 

「にしても、随分でっけぇ屋敷だよなぁここ。前に住んでたやつは相当金持ちだったんだろうな。」

 

少しだけ屋敷の中を探索した。高級そうな家具の数々、無数に本が並んだ書斎、祈りを捧げていたのであろう礼拝堂など、多種多様な部屋があった。持ち出して売り出していいお金稼ぎができないか、とは考えたがそれは難しそうだった。老朽化が進んでおり、売ったとしても二束三文にしかならないだろう、と。

 

「だね、金持ちの気持ちはよくわかんないや。僕は草原で、それこそ自由に好きなように走り回れる暮らしの方がいいや。」
「言えてらぁ。あたいも、森ん中で猟して暮らして、鹿なんかを仕留めて香草焼きにしてさ。……懐かしいなぁ、村での暮らし。」

 

カペラもゲイルも、共に同じ村の出身だった。同時に、どちらも海竜の呪いを手にしたせいで、村での暮らしに別れを告げることになった。
身体に神の印を持つものは、神に選ばれし者故村を離れ旅をせよ。さすれば、神が与えた使命を実行できるだろう、という村の言い伝え。村の人は本気で今でも信じているが、事実は竜災害の二次被害。カペラもゲイルも黙っているし、村を出ることになった点は恨んでいない。冒険者となり、様々な場所を旅できる今が楽しいし、村に帰れないわけではない。遠方であることだけが難点だが。

 

「ふぁ……そろそろ眠たくなってきちゃった。僕は自分のお部屋に戻るね。おやすみ、ゲンゲン。明日は晴れるといいねぇ。」
「全くだぜ。じゃ、おやすみカペラ。また明日、だ。」

 

拳をこつん、互いにぶつける。
子供の小さな手と、大人の大きな手。年齢差こそあれど、村を出たそのときから歌は暴風と共に居た。
いつでも、どこでも。そして、これからも。
部屋に戻るなり、カペラは簡単に寝床を整え、荷物を枕にして横になり、瞼を閉じる。
耳を澄ませば聞こえる雨音は、相変わらずの激しさで。
どうか明日は晴れてくれますようにと願いながら、カペラは深い眠りに落ちていった。

 


…………

 


「…………ふぁ……?」

 

突然扉がガチャガチャと振動する。誰かが無理やり開けようとした、そんな音だった。
仲間だろうか。しかし、それ以上の音はしない。念のため外の様子を見てこようと、カペラは扉を開いて廊下へと出た。
その、直後だった。

 

「―― ぐっ!?」

 

怖気立つような感覚。得体のしれない何かが自分の中に入っていくような感覚。
まずい。このままここに居たらやばい。
冒険者としてのカンが、そう告げる。
何故かはよく分からない。けれどもここに居てはいけない。
この屋敷には、何か得たいの知れないものがいる……気が、する。

 

「……ゲンゲン。いや、先にロゼロゼやラドラドを見つけなきゃ。カンがいい2人なら、きっとこの状況に何か打開策をくれるはず。」

 

冷や汗が頬を伝う。まずは、仲間と合流だ。
屋敷を歩く。しんと静まり返っていて、自分の歩く音しか聞こえてこない。自分の寝ていた場所は2階で、3階まである。まずは階段を降りて、1階から探すことにしよう。

 

「……!」

 

何か物音が聞こえた。場所は、浴室から。仲間だろうか、急いで扉を開けた。
……そこには、よく見知った者の顔があった。あぁ、一番に君が見つかるのはとっても心強い。

 

「ゲンゲン!よかった、すぐに会えた!ねぇここなんかヤバイ予感がするよ、早く皆と合流して脱出しよ!」
「うふふふひふっふふう」
「……ゲンゲン?」

 

明らかに、様子がおかしい。駆け寄ろうとしたが、異常性を察知してその場にとどまった。
虚ろな目。虚空を、何もない宙を見つめながらからからと笑う。言葉になっていなかった。

 

「うひふふhhh……妹……妹は無事に逃げおおせたかしら……うひははhはhh」
「ねぇゲンゲン!……ゲンゲン、ねぇ、どうしたの?」

 

何度も名前を呼ぶが、まともな反応は帰って来ない。まるで人でないような笑い声を上げ、意志疎通はできそうになかった。
まともな精神でない笑い声をひとしきり上げ……表情と、声は、切なるものに変わる。

 

「リリィ……私の可愛いリリィ……どうカあなただけでも逃げテ……
 逃げて逃げテにげて逃ゲてニげて逃げて逃ゲてニゲテ逃げてニゲテ逃げテニゲテニゲテニゲテにげ」
「……どうなってんのさ。」

 

明らかに正常な精神ではない。ならば、自分が呪いの力を使い命令を下したところで効果は得られない。今できることはない。
カペラはラドワほど賢くはなく、ロゼほど何かに気づけない。だが、子供とは思えないほど冷静に物事をとらえ、合理的に判断を下す。その一方で、穏やかな性格で人の心を理解できる優しい面もある。
まずは、目の前の親友をどうにかしなければ。そして、何が起きているのか把握しなければ。

 

「……ゲンゲン待ってて!すぐ助けるから!」

 

身を翻して、部屋を出る。まずは調べられる場所を調べ、何が起きているかを把握する必要がある。勿論、いつも一緒に居てくれる、荒々しくて力強くて、どこか放っておけないあの人を助け出す術も確保しなければ。
ぐっと握りこぶしを作り、ほどく。シャン、とタンバリンの音が無音の空間に響いた。

 

  ・
  ・

 

使えそうなものを一通り見つけ、確保する。
1階のダイニングにてコップ、書斎の鍵。礼拝堂には鍵がかかっている。
2階の図書室にて古代語辞典、寝室にはそれぞれ傷薬が2本。
3階の遊戯室にて縫い針、鍵がかかっている戸棚。2つの寝室は開けることができず、1室からは特に何もなかった。

 

書斎を開けると、そこにはアスティが居た。推測が正しければ、アスティの身にも何か起きているだろう。見つけても近づくことはせず、扉を開けたまま、部屋の入口で様子を伺った。

 

「私の愛しいマリア……君が死んでしまったなんて認めない……
 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認メない認めナイ認めなイmtaaaaaaa」
「…………」

 

癒し手の姿をした何かは、片手で顔を覆う。認めない、そう繰り返す言葉は呪詛のようだった。
ぎり、と歯ぎしりが聞こえる。そのすぐ後、にたりと笑い、ふらふらと部屋を出ていく。それをカペラは静止することはせず、静かに見送った。

 

「マリア……マリア……君を私の力で生き返らせてあげるよ……
 ……そうだ、こんなことをしている場合ではない。準備をしなくては……」

 

ゲイルはリリィと、アスティはマリアという名前を口にした。
恐らく、だが。何者かに浸食され、その者に精神干渉を行われている、あるいは憑依されていると推測するのが妥当だろう。それならば、自分に対する嫌な感覚も説明が付く。何故自分だけ無事なのかは分からないが。
また、ゲイルが妹、と口にしていたのでリリィはゲイルに憑いている、あるいは干渉している者の妹の名なのだろう。他にも血縁者は出てくるのだろうか。
さて、一通りぐるりと屋敷は探索した。ここからは施錠された部屋の鍵を探す必要がある。持っているものを使い、調べていないところを探すことにする。

 

「そういや一階に不自然な瓶があったね。取り出せそうにないから放置してたけど……」

 

書斎にあった瓶を思い出す。底は暗くてよく見えず、何故か床にくっついているため持ち上げることもできない。放置していたが、もしかして中に何か入っているのではないか。
問題は、どうやってそれを確認しようか。手持ちの荷物をごそごそと漁り……一つ、案が浮かんだ。
手に持ったものはコップ。そういえば、水が溜まっている場所があった。水より軽いものに限定されるが、水を注いでみれば何か分かるのではないか。

 

「そもそも瓶に入るサイズのものなんてしれてるし。」

 

このような不可解な状況下でも、カペラは冷静に、動じることなく行動する。
実際、少しの焦りはあった。精神干渉の恐怖を、力を使うが故にカペラはよく知っている。もし干渉を受け続け、戻れなくなったとしたら。もし知っている仲間が、このままになってしまったら。
それは、嫌だ。だから最善の行動を考え、できる限りのことを行う。否、できる以上のことをしなくてはならない。水を汲み、瓶に注ぎ、水が足りずに合計3往復する。
狙いは当たりだった。水にぷかり、浮いてきたものがある。瓶から取り出してみると、それは鍵だった。つまみの部分は穴が開いており、質素な鉄の鍵だった。

 

「……鍵って水に浮いたっけ。」

 

常識が通用しない空間に居るので、まあそういうものなのだろうと納得することにする。一階からしらみつぶしにどこかの鍵かを調べようとしたところ、すぐに当たりを引き当てる。どうやら礼拝堂の鍵だったようだ。
中に入ろうとすると、そこには仲間の一人が居た。こちらが気づくよりも先に、扉が開いたことによりこちらに気付いたのだろう。

 

「……!!いや!!来ないでッッ!!」
「えっ……?いや、ちょっ」
「来ないでえええぇぇッッ!!」
「―― っ!?」

 

耳を劈くような悲鳴。いや、それはまだいい。いやよくない。よくないというかやばそうな感じがする。いやそれよりも、それよりも、だ。ここで大問題なのは。
泣き出しそうな表情で叫んでいる、その仲間が……ロゼ、なのである。

 

「…………」

 

一旦出直そう。無理やり近づいてもいいことはない。合理性が、そう囁く。
だが。いくら、頭で理解しても。どうしても、受け入れられないものはある。

 

「……あのさあ。
 解釈違いが甚だしいんだけどさぁ!!

 

ああっとついに口にしてしまったー!びたぁん!と、思わず持っていた古代語辞典を床に叩きつけてしまった。
ゲイルのときは何が起きているか分からなかったから我慢できた。アスティもなんとか耐えられた。しかし今回のこれはいくらなんでも、あんまりにもあんまりである。こんなに感情的になるロゼがいていいのだろうか。もしかしたら呪いを得る前は感情的だったのかもしれないがやっぱり解釈違いが凄まじい。

 

「あまりにも酷い。酷すぎる。写真撮って元に戻ったときに叩きつけてあげたいくらい。」

 

やめてあげよう。なかなかに惨いから。
さて、ここでカペラだったので違和感に気が付く。精神干渉だと思ったが、よく考えればロゼは呪いによい精神干渉の類に耐性がある。人の心がない者が、人の心の干渉を受けてもそもそも動じる心がない。消えたわけではないのである程度通用するのだが、それでもカペラの言霊が効かない程度には精神干渉には耐性がある。
そうなると、何者か……恐らくゴーストの類が取り憑いている。そう考える方が正しいだろう。
ならば、カペラがすぐには取り憑かれなかった点は説明がつく。支配欲の呪い。それは自分が最も高い位置に居座り、唯我独尊であろうとする。故に、己を見失うことなどなく、何者の命令にも左右されない。カペラも精神干渉の類に強い耐性がある。ロゼと違う点は、己が己であることが揺らがない、何からも支配されないということである。
……ただ、今、はっきりと分かること。

 

「……元凶を断たないと、恐らく皆は元には戻んない。」

 

脱出するだけでいいかと思っていたが、そうではない。不可解な点が未だ多い上、元凶となるものも見えてこない。かといって、考察材料も何もない。
探索するしかないかぁ、と歩き出そうとして。こつん、と何かを蹴飛ばした。拾い上げると、手のひらに収まってしまうような小さな鍵だった。一体どこから沸いて出てきたのだろうか。

 

「このサイズは……戸棚の鍵かな。遊戯室にあったはず。」

 

3階に上がり、遊戯室に入る。見立てはあっていた。
戸棚の鍵を開けると、出てきたものは熊のぬいぐるみだ。薄汚れているが、同時にそれだけ大切に扱われていたことが分かる品だった。
それを、手にした瞬間。

―― バタン

 

「――!」

 

扉が、不自然に締まる。慌てて開けようとするが、びくともしない。鍵ではなく、何らかの力で閉められている。
何か、この部屋にあるものでスイッチとなりそうなものは。馬の頭のおもちゃに、イノシシの置物に、視界にも入れたくない謎の男の像に、不気味な人形。
……人形が、じっとこちらを見つめているような気がする。
じっと、蒼い瞳を、きらきらとしたそれを。

 

「……」

 

直感だった。そういえば、この部屋には縫い針が落ちていた。
持っていたそれを、人形に突き刺す。刹那、ガラスを引っ掻いたかのような悲鳴。飛び散る血しぶき。まるで、人の、それのような、そんな、

 

「ラドラドだったら喜びそう。」

 

冷静になんつー見解をしてんだ。ラドラドだったらこれこうするよねーと、縫い針でビリビリとハラワタを裂いてゆく。無邪気にきゃっきゃっとなんつーことしてんだ。こいつもこいつでやべーな。
血みどろになった人形の腹から、こつんと硬いものが出てくる。再び、どこかの鍵が出てきた。今回はつまみがハート型になった銅の鍵だ。
がちゃり、扉が開く音がする。スプラッタ現場になったが、どういう神経をしているのか全く何も気にしない。やったー出られる、と無邪気に出て行こうとすれば……

 

「呪ッテヤル」

 

―― なんて、人形が口にするものだから。

 

「―― やってみな。【所有(しはい)】してあげるよ。」

 

なんて、挑発を返した。

 

 

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