海の欠片

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リプレイ_6話『劇団カンタペルメ』(2/2)

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演劇当日。想像以上の人の多さに驚きながらも、カモメ達は群れからはぐれることなく、まっすぐに飛んでいく。互いに見合わせ、こくり頷いた。

 

「成功させることは勿論だが、妨害者を捕まえることも忘れてはいけない。どこで仕掛けてくるかは分からないが……アスティとカペラは離れられないと考えていてくれ。」
「そりゃそうよね。姿が見えなくてもずっと出番がある語り手と、主役でずっと出番のあるシンディーリアだもの。あんたたち2人は特に演技に集中してね。……まあ、カペラは大丈夫だと思うけど。」

 

マイペースで緊張というものを知らないカペラなので、妨害者に気を取られて失敗、ということは考えられなかった。カペラもカペラで、大丈夫任せてととんと胸を叩いた。
こういった場面で、彼のマイペースさは大変心強い。明るい表情も緊張をほぐしてくれた。

 

「皆も緊張して上手く演劇できないってなっても大丈夫だよ。そのときは語り手のセリフに上手く力を込めて演技『させる』から。」
「……ほんっと、てめぇのその力便利だって思うぜ……」

 

けらけら笑うカペラに、少し背筋を凍らせるゲイル。確かに最強の保険となっている。ちょっとうっかり変なナレーションが入ったりしないかが心配であるが。ヤンデレに突っ走ったりとか。
仲間同士で雑談を交わしていると、小道具を運んでいる照明係の者に声をかけられる。

 

「皆さん、そろそろ準備お願いしまーす。」
「分かりました……といいますか、小道具重たそうですね、手伝いましょうか?」
「いいんです、皆さんは余計なことせずに集中しててください!怪我でもされたら大変ですから!」

 

手伝おうとするアスティを静止させ、そのまま急いで凍道具を運んでいってしまった。周りがバタバタしている中で何もしないというのは何とも落ち着かない。とはいえ、勝手も分からないので下手に手伝うと逆に迷惑がかかるのも事実。ここは任せて、劇場へと移動した。
そこでは団長が待っており、カモメの翼が到着するとその様子を見て落ち着いてるわねと感心する。緊張感がないとはよく言われます、とアルザスは苦笑を返した。
客の入りも上々だそうで、当日販売のチケットも即売り切れしたそうだ。カンタペルメの人気の高さや広告の宣伝効果を実感する。人が多くて怪しい人物は分からなかったが、動き出すのは幕が開けてからだろうとのこと。当初の計画のまま動くしかないようだ。

 

「―― さあ、幕が上がるわよ。1場に出る子は準備して。」
「はい!」
「えぇ。」
「まっかせて!」

 

アスティ、ロゼ、カペラは準備を始める。
舞台裏から、アルザス達は幕が上がる様を、そしてアスティ達を眺めた。

 


「昔々のお話です。
 あるところにシンディーリアとい美しい娘がおりました。羊飼いの家に生まれ、継母と姉の三人暮らしでしたが、特にいじめられることもなく、たいそう可愛がられておりました。」

 

明るく澄んだ声で、カペラは語る。
吟遊詩人見習い、ということもあってか感情の込め方や抑揚が絶妙だ。実際6人の中で最も演劇に向いていると言えるだろう。
特に物語を語る。それは、彼の得意分野だ。

 

「シンディー!シンディー!
 シンディー、どこにいるの?大変な知らせがあるのよ。聞かないときっと悔しい思いをするわよー!」

 

明るく元気な娘をロゼが演じる。どこかドライに感じる彼女特融の表情はそこにはなく、しっかりと娘として演技ができていた。あの天才的な棒読みもない。
娘が登場し、シンディーリアが、アスティが登場する。落ち着いた、されど堅苦しくはなく少女の優しさを持ったしぐさ、表情だ。

 

「私ならここよ。そんなに大声を出したら羊が逃げちゃうじゃない。」
「はぁ、はぁ。シンディー、大変な知らせよ。もうすぐお城で舞踏会が開かれるのは知っているわね。王子様達の成人の日に。」
「えぇ。双子の王子様がどちらも成人される、おめでたい日ね。それがどうしたの?」
「あなたの家に招待状が届いているのよ!」

 

きょとんとした表情を浮かべ、それから首を傾げる。
演技とは思えないほどの、自然なしぐさだ。演劇なんてできないー、と言っていたアスティの姿はそこにはない。
彼女は舞台の上で、シンディーリアそのものだ。

 

「私の家に?舞踏会の招待状が?なにかの間違いじゃないかしら。
 確かに私の家はこの村の村長筋だけれど。今まで、お城の催しに招待なんて一度もされたことないわよ。」
「今度のお祝いは特別なんですって。私のような村人だって、パレードを見ることができるそうなの!
 舞踏会に行けるなんて、素敵……あなたがうらやましいわ、シンディーリア。」

 

目を輝かせる娘。……流石に少々この期待を演じるのは難しかったのか、微妙に普段のロゼっぽさが、微妙なドライさが垣間見える。
が、その性格を知っている仲間だからこそ、感じ取れるものであるようで。観客が疑問に思っているような節はなさそうだ。……と、思いたい。

 

「私多分行かないわよ。そんなものに興味はないもの。
 家には古いドレスが一着しかないの。姉さんが着ていくと思うわ。私は行かなくていい。」
「行かないですって、シンディー。貴方も聞いたことがあるでしょう?お城はとってもきらびやかだって。私はずっと夢だったのよ。きれいなドレスを着て、華やかなホールで踊ることが。
 それでもし、素敵な殿方に出会えたら、最高だと思わない?」

 

くるり、憧れを抱いているようにその場で足取り軽く回って見せる。
こういった軽やかな動きが得意なため、大変絵になる……が、あくまでどこにでもいるような娘を今回は演じている。少々拙く見えるよう、しっかりと役柄に合わせた動きをしていた。そこは流石、自由奔放ながら空気の読めるロゼだ。

 

「そうかしら?そんなにいいかしら。私はあのお城、嫌いだわ。ゴテゴテしていて見かけばかり綺麗で。この草原の方が綺麗よ。それとも、この薄桃色の花の方が。殿方にもあんまり興味はないの。」
「まあ、貴方って欲っていうものがないの、シンディー?
 もしも、もしもよ。高貴な方に見初められでもしたら、こんな生活からさよならできるっていうのに。」
「さよなら?どうして?いやよ、そんなの。
 私は大好きなの、私を取り巻くこの世界が。羊も、草も、花も、木々もみんな。お城や舞踏会なんかよりずっと素敵よ。」
「もったいないわ。貴方って本当に綺麗なのに。貴方くらい綺麗だったら、きっと殿方の注目の的なのに。たくさんダンスの相手を申し込まれるに決まってるのに。勿体ないわ……」

 

幕が移る。ゲイルことシンディーリアの姉が登壇し、ロゼこと娘が降壇する。お疲れ、と戻ってくるなりアルザスが声をかける。それはもうちっちゃい声で。
演技の演技をするのはかなり厳しいらしく、はぁーーーと大きな、されど聞こえないように小さな声でため息をついた。頑張った、えらい、後でエールなと適当な約束をしつつ、次の幕をここから眺め始めた。

 

「行けない、ですって、姉さん。」
「えぇ、見ての通りよ……ダンスの練習をしていたら、はりきりすぎて足をくじいてしまったの。
 ドレスも破けてしまった。これでは舞踏会には行けないわ……」

 

しおらしい演技が求められるわけだが。あの豪快ワイルド姉貴の暴風女、ゲイルがそんな役をやっていると、あまりにも似合わなくて思わず笑ってしまいそうになる。ゲイルとしても消去法で行くと娘がぴったりだったんだろうなぁ、と今更ながら思う。でもロゼがシンディーの姉は……できそうだけどまだ後に出番があるからパス、とお断りされた。

 

「……夢だったのに。あの美しいお城で人々の視線を浴びながら、娘らしく花咲いてみたかったのに。田舎娘だということを忘れて、一夜でいいからお姫様になってみたかった。
 それなのに、それなのに、あぁ……」

 

似合わねぇーーーーー
毎回ながら、皆ここで笑いを堪えるのに必死になる。本来のゲイルなら、足をくじいたくれぇなんだ!舞踏会にゃあたいが出るぜ!と、そのまま突っ走ってしまいそうな気がする。うん、行くなぁ。普段だったら絶対に行くなぁ。

 

「お願い、シンディー。私の代わりに舞踏会へ行って。後からお話を聞かせて。あなたを通じてお姫様になった夢を私に見せてちょうだい。お願い……」
「姉さん……」

 

あぁ、姉さん。こんなに女々しくなってしまわれて。
よくここまで綺麗に演技できているなぁ、と褒め称えてあげたい。脇役とはいえ、かなり頑張ってくれている。

 

「分かったわ。姉さんの代わりに行く。帰ったらたくさんお話を聞かせてあげるから、待っていてね。」
「えぇ、えぇ。ありがとう、シンディー……」

 

次の幕に移る。大幅な舞台の道具変更のため、少々次の幕が上がるのには時間がかかった。
次の出番はシンディーリアと双子の王子。アルザスやラドワは登壇し、深呼吸をする。
いつも通りにやればいい。何も意識せず、普段通りを振舞えばいい。アルザスは自分にそう言い聞かせる。緊張から固くなっているわけではない。彼が一番意識していることは。

 

(……本当に、可愛いんだよなぁ……)

 

シンディーリアのアスティが可愛すぎるのである。
ただ眺めているだけでいいのならまだしも、間近で会話を交わし、なんならダンスまでしなければならない。正直平常心で居る方が難しい。
演技的には何の影響もないし、むしろ台本通りのため自然極まりないので問題はあんまりないのだが。ちょっとアルザスが固くなる以外は。

 

「いい?ちゃんとやるのよ。惚気るのは演劇的にも問題ないのだけれど、噛んで残念なところを披露しないでちょうだいね?演劇とはいえ、私はそんな残念な弟を持ちたくないわ。」
「なあお前、せめて劇が成功しなきゃ依頼人を失望させるとか、観客ががっかりするとか、そういう心配の仕方はできないわけ?」

 

アルザスのツッコミに、そのくらいツッコミができるのなら問題なさそうねと皮肉を込めて笑うラドワ。多分彼女なりの緊張のほぐし方、なのだろうが優しくない。
そんなやりとりを交わす中、アスティがアルザスに近づく。

 

アルザス、頑張りましょうね。私も精一杯頑張りますから。」
「…………っ、」

 

笑顔を見せて、それからアルザスが何かを言う前に持ち場に戻る。後ほど現れるアスティは、一旦舞台裏へと降壇するのだ。
きっと、彼女にとっては何気ない一言だったのだろう。ただ、シンディーリアの格好で、あまりにも可愛らしい笑顔を見せられたものだから。

 

「……アルザス君、顔真っ赤よ。」
「うっさい……」

 

思わず分かりやすい程に顔に出てしまった。それをそれはそれは楽し気に、性格悪そうな笑みで覗き込んでくるラドワがいるものだから本当に殴ってやりたい。
再び深呼吸をし、幕が上がる前にはいつもの表情に戻る。戻るというか、無理やりにでも戻した。流石に舞台上で会う前からシンディーリアに想いがある、なんてことになってしまえば矛盾も甚だしい。

 

「弟よ。気に入る女はいたか?」
「……いえ、特には。兄上はどうなのです?」
「駄目だな。どの女も分厚い化粧でごまかしているだけだ。醜女とまでは言わんが。
 たまに綺麗なのがいると思えば、頭の方が足りないときている。この舞踏会では妃候補は見つからんな。」
「妃を見つけようとは思っていないのですが……ただ楽しく踊ろうにも、相手がそうさせてはくれません。」

 

むちゃくちゃ 映える ものすごく 映える
イケメンエルフに長身お姉さまですよ。映えないわけがないんですよ。
相変わらずここの絵がすごいなぁ、と舞台裏でこっそり唾を飲む。あまりにもきらきらしているので、観客も目を逸らすことはとてもできないだろう。

 

「つまらん舞踏会だ。なんとか理由をつけて引き上げられないものか。
 ……ん、あれは……なんだ?」
「まあ、あの娘、なんてみすぼらしい恰好なの。」
「農婦の格好じゃない。どういうつもりかしら。見苦しいわ。」

 

シンディーリアが、現れる。このキラキラ空間にも負けず、おしとやかに登壇した。
本人としては今すぐにでも逃げ出したいだろうが、アスティ自身も映える身である。何も違和感はない。

 

「あらわれたのは、普段の格好そのままのシンディーリアでした。羊たちと戯れながら生活している彼女の服は、あちこちがほつれ、汚れています。ところが、それでもなお、シンディーリアは美しかったのです。広間にいる他のどの娘よりも。
 シンディーリアは、聞えよがしの中傷をものともせずに毅然と歩いていきます。」

 

ふわり、コバルトブルーの髪が揺れ、深紅の瞳がきらきらと輝く。
太陽の瞳が、その姿を映して。何度もその姿を演劇中で見たはずだというのに、この言葉は自然と口から漏れた。

 

「なんと綺麗な娘だ。」
「あの恰好であの美しさとは、磨けばどれほどのものになろう。」
「…………」

 

何度も思った。綺麗だと、可愛いと。
胸が締め付けられるような思いを感じながら、弟王子はシンディーリアの前に歩き、膝をつく。手を差し出し、頭を下げて。

 

「美しいご婦人。よろしければ私と踊っていただけませんか?」
「まあ、王子様。私はこの通り、みすぼらしい下賤の娘です。踊りだって、練習はしたのですけど下手ですし……それでもよろしいの?」
「貴女だから踊りたいのです。」

 

一体、どこまでが演技でどこまでが本心なのだろう。
境界が、分からない。シンディーリアは、アスティは。一体、どう考えているのだろう。
―― そんな考えが、ふっとぶ

 

客席を見やったアルザスの瞳が、獣のように光った。
舞台に釘付けになっている客の間を縫うように、ひそやかに走る影がある。
動いた!その合図を、仲間に送る――

 


アルザスが合図を!」

 

いち早く気づいたのはロゼだった。今出番がない者は、ロゼとカペラとゲイル。下手側に向かっている奴らを追いかけんと動く。

 

「舞台袖に入り込む気だね。あそこの照明用の階段を上がって宝石を狙うつもりなんだ。」
「させないわよ!」

 

いち早く、ロゼが動く。翼の呪いは、こういったときに本領を発揮する。
誰よりも早く駆けつけ、しゅるり、短剣の準備をする。このような入りこんだ、ましてや下手に動けば客に見つかりかねない場所で弓は使えない。

 

「おお、暗っ……ちょお、マッダレーナ!足を踏むな!」
「あらごめんあそばせ。慌てて止まるからですわよ。」
「しょうがないだろー、階段どこだよー。」
「……どうやら、歓迎できない客が現れたようです。」

 

タンッと、短剣を両手に携えて現れるロゼに敵は気が付く。
風と共にやってきたかのような、そんな登場の仕方だった。

 

「真夜中の鐘には早いけれど、お帰り願いましょうか。」

 

冷酷な翡翠色の瞳を、彼らに向ける。全員で5人。その後に、カペラとゲイルが続く。こちらは、3人。
少々厳しいかもしれないが、こちらは全員呪いの力がある。更に、それなりの経験はある。戦ってやれないことはない。
冒険者のリーダー格と思われる者が、慌てたように、ごまかそうと言葉を紡ぐ。

 

「な、なんだ。誰かと思ったが、舞台に出てる俳優サンじゃねーか。
 すいませんねぇ、いやすいません、俺シンディーリアちゃんがあんまり可愛くてー、つい傍で見たくなっちゃってェ。」
「リーダー、こいつら冒険者よ?」
「ぬぬぬあ、ぬあんだってぇ!?なんで冒険者がこんなとこにいて舞台なんかに上がってんだよ!?」

 

ほんとにな。
こっちが聞きたいわよ……と、演劇不得意のロゼがトオイメをする。それはもう、どうしてこうなったと言わんばかりの悲しみを背負った目だ。先ほどの威勢のよさがそこにはない。あるのはどうして演劇なんてすることになったのか。そんな訴えだ。
それにお構いなしに、カペラはタンバリンを、ゲイルは斧を構える。ロゼも、短剣を握り直し、再び敵をまっすぐ見た。

 

「ミューゼルの美を狙ってんだろ?今までの数々の嫌がらせも、てめぇらの仕業だな?」
「うッ……だ、だったらどうだってんだよッ!」
「二度とそんな気が起きねぇよーに、ここで成敗してやんぜ!覚悟!」

 

斧を、突きつける。ゲイルの宣戦布告の合図だ。

 

「うふふ、『覚悟!』なんて、東方のお芝居みたいで素敵ね。いいわ、受けてたつわよ!」
「うわーっ、リザ姉、勝手なこと言うなよォ!こいつら強そうじゃねーか!」
「五対三です。やれない数ではありませんわ。」
「おほほほほほ、わたくしの華麗な魔術を見せてさしあげますわ!」
「だぁからマッダレーナはすぐ自分が魔術師だって明かすのやめろっての!あー、もう、仕方ねぇなぁ!」
「……なんだか、向こうの冒険者さんたち、キャラが濃いね。これだけで演劇できそう。」

 

ぽつり、カペラの茶々。カモメの翼も大概だと思う。

 

「今度のヤマはデカいからな。……腹くくるか。受けてたつぜ!」
「―― 行くよ。」

 

敵も、それぞれの武器を構える。長期戦は観客に見つかるリスクが高くなる、よってできるだけ短期決戦で終わらせたい。
そう考え、リーダーの代わりに動きの指示をロゼが出そうとした刹那、

 

「よし、マルコ!いっけぇええええ男を見せろぉおおおおお!!」
「うおぉおおおおおおお!!」

 

なんということでしょう。
向こうの冒険者の一人が猛突進してきたではありませんか。

 

「ちょ、まっ、この位置はやばっ、」
「ぶ、舞台に出ちゃうぅうううううっ!!?」

 

―― 避けられない。
吹っ飛び、それぞれは受け身を取り大したダメージは受けなかった。しかし、舞台に登場してしまい、観客からのぽかーんとした視線を一身に浴びる。
うわぁ、視線が超痛い。どうするよこれ。
焦る。どうごまかそう。どうあがいても無理では?
そんな空気の中、兄王子ことラドワが気転を効かせた。

 

「隣国からの侵攻だ!我が城に直接乗り込んで来るとは、二年前に結んだ休戦協定を忘れたのか!捉えろ!」

 

ナイス!!最高!!後でエール奢る!!
ロゼ達はラドワに狡猾!狡猾!と囃しながら、各々の武器を改めて構えなおす。
これは、演技だ!劇だ!だから思いっきりやっちゃっても何も問題ない!

 

「……兄上、私たちも日頃鍛えた剣の腕を見せる時が来たようですね。」

 

片手剣を抜き、アルザスも戦闘に参加する。ラドワはちょっと用途を言い出せない短剣を抜き、こくりと頷いた。まさかこんな形で短剣が役に立つなんて。
アスティも癒し手として、戦闘に加わろうとする。が、それは横から伸びた手が制した。

 

「お、王子様!」
「……貴方は下がっていてください。怪我でもされたら、私は一生悔やまねばならない。」
「…………」

 

アスティは、アルザスを見つめる。
後ろから、まっすぐ敵を睨み、自分を守ると言ってくれた彼を見つめる。
―― あぁ、これは。演技という名の、本心だ。

 

「……はい……」

 

従い、後ろに下がる。巻き込まれないところまで離れると、そこからアスティはじっとアルザスを見つめていた。
まっすぐに、アルザスだけを見つめていた。

 

「あ、あの、えっとその、ごほん。わーれこそはァーー帝国騎士団にその人ありとうたわれたーーァ」
「行くぞ、弟よ。」
「はい、兄上!」

 

まず初めに僧侶らしき女にロゼが短剣で斬りかかる。あまりの素早い動きに反応できず、あっさりと意識を奪う。
ゲイルがそれに続き、大柄な男に渾身の一撃をぶちこむ。こちらもすぐに意識を奪い、力の差を見せつけた。

 

「はぁっ――!」
「遅い!」

 

盗賊に、盗賊のロゼが切りかかる。アーラで短剣を受け止め、そのまましゃがんでフリューゲルで足首を切りつける。今回の戦闘は殺しが目的ではなく、捕らえることが目的だ。あくまでも、必要なだけの傷にとどめるよう努める。

 

「はああぁっ、食らえー!」
「させないよ!」

 

ラドワを狙った敵リーダーの攻撃を、カペラがタンバリンで。そう、タンバリンで受け止める。ありがと、と小さく呟いたところで魔法の矢の術式が完成しており、それをお返しと言わんばかりに打ち込んだ。

 

「がはっ……おま、魔術師、か、よ……」
「生憎、剣は『趣味』なものでね。」

 

腐っても舞台であるため、振るう真似はする。剣で戦っているようだが、杖の代わりに短剣を使って魔法を行使しているようだ。
短剣は趣味用だと言っているし、実際趣味用なのだろうが魔法を行使する補佐の役目も担えるようだ。つまり、杖と同じ使い方もできる。便利だなあ。

 

「っしゃおらぁ!次こいや次!」

 

力の差は歴然だった。向こうはこちらほど戦闘慣れしていないのだろう。
ゲイルが斧で薙いで、怯んだところをアルザスが切りつける。浅めの傷で、戦意を削ぐためのものだ。
こちらは大した怪我を負うことなく、的確に一撃一撃を入れていく。
翼が羽ばたいて、暴風が生まれ。騎士がそれに続き、歌が支え、吹雪が打ち付ける。
それぞれが、それぞれを補佐しながら。自由陣形と言いながらも、足を引っ張ることなく、むしろチームワークがそこには生まれていた。
何度か冒険を共にしたことで、互いの動き方が分かってきたのだろう。誰が、どうしてほしいか。自分がどうすればいいか。それが、言葉にせずとも伝わり、理解されるようになってきた。

 

「…………」


アスティは、じっと見つめていた。
外側から、彼らの戦い方を見つめていた。
いつも後ろから回復をする補佐的な役割を持っていたが、今回は完全に外側から、己の役割など考えずに眺める機会となった。
目を逸らすことはできなかった。ただ、ある者をひたすらに追いかけて。
……今日も、彼は守るために戦っている。
演技かもしれないけれど。それでも、やはり。守るために、あの剣は振るわれるのだ。
その姿を、ただ静かに眺めていた。

 

「そ、こっ!」
「続くわ!受け取って頂戴な!」

 

ロゼが向こうの盗賊の持っていた傷薬により、再び立ち上がったリーダーに短剣で切りかかろうとする。それは躱されたが、ぶち込む攻撃はその次だ。
魔法が放たれる寸前に、高く跳ぶ。それを目で追ったときには―― 彼は、魔法の矢の餌食となっていた。

 

「あ、アイタタタタタ……」

 

決着は一瞬だった。動けなくなった敵冒険者らに、ラドワこと兄王子があくまで演技として連れ出しを命じる。

 

「捕らえろ。東の塔にでもぶち込んでおけ。そいつらの処分は後だ。」
「かっしこまりました王子!」

 

……今カペラ割と素だったな?
ともあれ、本来現在表舞台の出番はないロゼとカペラとゲイルが5人を連れ出す。主にゲイルが頑張ってくれた。
連れ出して、団長に突き出す。団長のこめかみには青筋が立っていた。

 

「まったく、神聖な劇を乱しやがって!」
「ごめんなさい。……お客さんには上手く取り繕えたようですけど?」
「そうね、ラドワの機転のおかげだわ。
 さてアンタたち、これに懲りて二度とこんなことはしないわね?」

 

こくこく、冒険者たちは首を縦に振った。それから何やら湿っぽい空気になっていたが、それはそっと見なかったことにする。
ひとまずはこれにて一件落着だ。後は、舞台の方が成功するかどうか、だ。

 

「さーて、アルアルとアスアスはだいじょーぶそーかなーっと。」

 


「邪魔が入りましたが……ダンスの続きを、踊ってくれますか?」

 

戦いに巻き込まれぬよう離れていたシンディーリアの手を引き、舞台の中央へと誘導する。
弟王子とシンディーリアの、一番の見せ場だ。

 

「……はい、王子様。」

 

微笑み、誘われるまま誘われ……二人は、ダンスを踊り始めた。
互いに未経験が故に、一から練習したダンスだ。アルザスはなかなかぎこちなさが抜けなかったが、アスティは意外と筋がよく、簡単なステップくらいなら踏めるようになった。
……あくまでリードするのは王子の方なので、アルザスがしこたま練習することになったのだが。

 

「二人は手を取り、曲に合わせて踊りだしました。互いの瞳は互いのみを見つめ、もはや他の何者も映しません。」
「ふふっ。周りの娘たちの視線が痛いわ。嫉妬されているみたい。」
「そうかもしれない。今日、ダンスを申し込んだのは貴女が初めてだから。」
「まあ。どの娘も王子様と踊りたかったと思いますわ。いったいどうして?」
「誘う気になれなかったんだ。皆、私の向こうに王妃の座を見ていたから。」
「私は違うとおっしゃいますのね。どうして分かりますの?」
「分かるさ。君はそんなものを見ていない。君の瞳に映っているのは、乱れ咲く花々、草原を渡る風、燃えるような夕焼けだ。
 こんなに美しいものを、他に私は知らない。」
「王子様……」

 

……アスティは。
アスティは、実際、この世の穢れというものを知らないようだった。
どこまでも澄んだ瞳をしていて、どこまでも純粋な心をしていて。
人はそれを、無知や世間知らずと言うのかもしれないが。アルザスは、そうは思わなかった。
どこまでも清く澄んでいたから、その美しさを守りたいと思った。壊したくないと思った。
きっと、この感情は、

 

―― リィンリィンと、鐘の音が鳴る。

 

「いけない、もうこんな時間。早く帰らなくては。明日も羊の世話がありますの。」
「時刻はもう夜半を過ぎていました。シンディーリアはひらりと身を翻し、広間を駆け出していきます。」
「あぁ、だめだ、待ってくれ!」
「…………」

 

手を、伸ばす。
届かないと分かっていながら、手を伸ばす。
この後の展開を知っているはずなのに……伸ばさずには、いられない。
毎回、毎回。心から、手を伸ばす。
それに、振り向くことはなく。けれど、途中で躓いて。

 

「シンディーリアは階段の途中で躓いて、靴を脱ぎ落してしまいました。けれど追いかけてくる王子を見て、靴を取りに戻るのを諦めます。
 シンディーリアも、すでに王子に心惹かれていました。だからこそ想いを断ち切るように、背中を見せて、走り去ったのです。」

 

語り手は、王子を『見て』、と言うけれど。
アスティは一度も、王子を見なかった。
何度も指摘されたが、意地でも曲げなかった。
―― 私というシンディーリアは、絶対にここは譲れません。
……そう、練習中に訴えていた彼女の姿を、アルザスは知っていた。

 

「そして、舞踏会の夜から三日が過ぎました。」

 

最後の幕。再びシンディーの姉が登場し、シーンはシンディーリアの家へと移る。

 

「あら、誰かしら。シンディー、悪いけれど見てきてくれる?」
「えぇ、姉さん。」

 

扉を、開ける。
ぎぃ、と、よくできた音が響いた。

 

「どちらさま?……まあ!」
「立っていたのは、双子の王子でした。夢かと目をこするシンディーリアですがどちらも本物です。そして、兄王子の手には、ガラスでできた美しい靴が。弟王子の手には、舞踏会の夜に落としてしまったぼろぼろの靴がそれぞれ掲げてありました。」

 

兄王子が、靴を手に持ち、跪く。
プロポーズの、あの恰好で。

 

「美しい私の姫君。どうか一緒に城へおいでください。私の妻として。
 この通り、捧げ物も用意しております。貴方の足に合わせて作らせた、特注のガラスの靴です。美しいでしょう。もちろん城にくれば、もっともっと多くのものが、あなたのものになりましょう。
 どうか、妻として、私とともに。」
「…………」

 

シンディーリアは、弟王子を見つめる。

 

「それで、あなた様は何のために来られたのです?」

 

澄んだ瞳に彼の姿を映して、尋ねた。

 

「私は。」

 

……同じ、瞳だと思った。
アスティも、シンディーリアも。同じ瞳だと思った。

 

「これを貴女にお返しにきたのです。
 動きやすそうな良い靴だ。片方だけ失くされて、さぞお困りだろうと。でも、貴女がガラスの靴をお選びになるのなら、これはもう必要のないものでしょう。そのときは、このまま持ち帰ることをどうかお許しください。
 叶わなかった恋の、せめてもの思い出としたいのです。」

 

このシーンは、酷く胸を締め付けられるような想いをした。
怖い。何度も、何度もそう思った。その理由は、また失うと思ってしまうからだろうか。せっかく手にしたものが、零れ落ちてしまうからと考えてしまうからだろうか。
演劇だというのに、随分と感情移入してしまう。演劇にそれだけ向いているということか、それとも。

 

「……いいえ、持ち帰られては困ります。
 私は羊飼いの娘。今もこれからも。その靴でないと草原が駆けづらくって、困っていたところでしたの。」
「では……!」
「シンディーリアはぼろぼろの靴を選びました。
 弟王子は感極まってシンディーリアを抱きしめ、シンディーリアも黙って目を閉じ、その愛に応えました。
 月日は過ぎ……草原には、大人になってなお美しいシンディーリア。その傍らで、優しい笑顔を浮かべる弟王子――そして、二人の子供たちがいました。
 一家は、羊に囲まれて、いつまでも幸せに暮らしたと……そう語られています。」

 


「―― すごいわ!大歓声よ!」
「くそっ、くやしいが超よかったぜ!俺シンディーちゃんみたいな子と結婚してぇーー!」

 

観客の歓呼と熱気に包まれ――
『シンディーリア』の幕は下りた。
その評判はあっという間に街中に広まった。とりわけ、いずこから突然現れた無名の役者たちの熱演と、迫力のある剣戟シーンは語り草になったという。

 

  ・
  ・

 

「数々の公演をうってきたアタシでも……まだ頭のどこかがぼーっとしている感じがするわ。
この陶酔、この恍惚。久しぶりに感じるわ。舞台っていうのは生きているのね……」

 

あの後、離れていた役者も戻ると言ってきたらしい。しかも、戻らせてくださいと涙を流して詰め寄られたそうだ。カモメの翼の舞台に、余程胸を打たれたそうだ。

 

「とんでもない素人演技だったんですが。」
「いいえ。あの舞台の上で、アナタは『シンディーリア』だった。アタシも胸が熱くなったわ……」

 

また来てちょうだい。役者として有名になってしまったんだから。
その団長の言葉に、仲間たちは思わず苦笑を漏らした。同時に緊張感のない彼らは、悪くはないかなとも思うのだった。
それから忘れるところだった、と報酬の入った袋を貰う。中身は700spも入っていた。具体的な報酬は200spと聞いていたので、かなり増額されている。

 

「ちぃと多くねぇか?」
「お客様と、アタシと、劇団の皆に感動をくれたんだもの。これくらい安いものよ。」
「そうか、それじゃあ遠慮なく貰っておこう。ありがとう。
 ――それじゃあ、団長。元気で。」
「そっちこそ。……つまんない依頼でおっ死んだりしたら許さないわよ!」

 

背後から追いかけるドスの効いた団長の声に、苦笑しながらアルザスは手を振る。
カモメはまた新たに旅に出る。今日の空は、どこまでも澄み渡った旅立ち日和だった。

 


「なあ、アスティ。」

 

宿への帰り道。アルザスは、アスティに尋ねる。

 

「お前、やけに12時の鐘のシーンで振り返らないことにこだわっていたな。あれ、何か意味があったのか?」
「あぁ、あれですか。……えぇ、私がシンディーリアをやるなら、どうしてもあそこは譲れませんでした。」

 

だって、と。そう語るアスティは、満面の笑顔だった。

 

「私は、思うんです。シンディーリアは、あそこでわざと靴を落としたんじゃないかって。王子様に追いかけてきてほしかったから。同時に、王子様は絶対に私を追いかけてきてくれると分かっていたから。
 だから、追いかけるきっかけを作って、さようならではなくまたね、って伝えたんです。また来てくれると信じているから、振り返る必要はない。信じて、振り返らず立ち去って、また来てくれる日を待っていればいい。私というシンディーリアは、そう考えたんです。」

 

理解されなくても、賛同されなくてもいい。
けれど、自分の気持ちを、自分としてのシンディーリアを演じたかったから。だから、ここは譲れなかったのだと。
アスティは、そう語った。

 

……腑に落ちるような、落ちないような。
ただ、この言葉がとても、アルザスは嬉しかった。
怖いと思う必要なんて、どこにもなかったんだ。シンディーリアは、端から王子を選ぶつもりだったし、心から信じて疑わないから。
思わず、笑みがこぼれた。なんとも馬鹿らしいことで胸を痛めていたものだと。
そんなことを考えた次の、アスティの言葉は。

 

「だって、アルザスなら来てくれるでしょう?」
「あぁ、そりゃあお前を置いてなんて……って、え?」

 

思わず、立ち止まる。

 

「え?だって、弟王子はアルザスでしょう?」
「え?あ、いや、そう、だけど、」
「じゃあ何もおかしくありませんよね?」
「え?……えっ???」

 

ちょっと理解が追いつかない。
そんなアルザスの様子に、気にしないでくださいところころとアスティは笑った。

 

―― アスティも同じで、演劇と本心がまぜこぜになっていた。
たったそれだけの理由で、ただ彼女はそれに気が付いて上手く向き合うことがだけだというのに。
アルザスには、それが分からないのだった。

 

 


☆あとがき
前半は病気パート、後半はアルアスお砂糖パートでしたね。いやなんだこの、この……なに?え、やだ、めっちゃ糖度高いんですけど……?お前らさっさとくっつけや……
しかしなんともまあ、アスティちゃんの方が毎回一枚上手ですね。だからアルアスじゃなくてアスアルって言われるんだよ!!でもこの感性は女子特融の感性ですよね、だからアルアスなんだ!!
因みにプレイ版だとスタンディングオベーションいただけたんですが、こっちだと大歓声になりました。ちょこっとした性格のズレから適正が変わってたのかな。まあ、仕方ないね!ゲイルがお姉さんとかほんとに似合わないもんね!!

 

☆その他
所持金 1350sp→2050sp
レベル
アルザス、アスティ、カペラ 2→3

 

☆出典
柚子様作 『劇団カンタペルメ』より