海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_7話『翼掠める背鰭』(1/3)

※オリジナル回。冗談なしにでらくそ重たいよ

※色んな意味で不快になっても責任取らないよ

※キリいいところで分割したら長さがバラッバラ

 

 

その日は叩きつけるような雨が降っていた。
朝から土砂降りだったものだから、この日は依頼を受けずに休日とすることにした。何も天気が荒れている中、急ぎの依頼もないのに旅立つメリットも少ない。それぞれが思い思いに休日を過ごし、そして何事もなく眠りについた。

 

「……雨、止みませんね……」

 

やけに雨音が煩く感じた。
一度は確かに夢の世界へと落ちたのだが、現実の雨音がそれを許してはくれなかった。夜中に目が覚め、再び眠りに付こうとする。が、結局みるみる意識は鮮明になってしまい、ため息をついて身体を起こした。
隣で穏やかに眠る人を起こさないように、静かに。

 

隣の人の顔を見ようとする。彼はわざわざ自分に背を向けて眠る。こちらに気を使っているのだろう。そんな姿を見て、長い耳を下にして痛くないのだろうか、と少々心配になった。
それから、若緑色の髪をじっと見つめ、穏やかな表情で眠るアルザスを見つめていた。いつ見ても彼は整った顔立ちで、凛とした表情をしている。そう、思った。

 

「…………え、」

 

おかしい。
ここで、ようやく気が付いた。そう、はっきりと視認できるのである。雨の降る真夜中。光源は一切ない。だと言うのに、分かるのだ。
彼の色も、寝顔も、部屋の中の色彩も。それはとても、人間ではあり得ない見え方だ。
この部屋だけか?今まで行動してきた中でおかしい見え方はあったか?いや、そもそも。
そもそも、普通の見え方とは。光源なき世界の色彩とは、どのようなものなのか。
胃が締め付けられるような感覚。改めて、もう一度彼の顔を見る。暗闇を、見ている。けれど、その暗闇に紛れる者の色彩が、輪郭が、分かる。
黒。光のない、真っ黒な世界。だというのに、どんな顔をしているのか、どこにいるのか、それが何色なのか。それが、鮮明に分かる。分かって、しまう。

 

「……私は……一体、」

 

なんなのだ、そう言おうとしてもう一つおかしいことに気が付いた。
窓が、開いていた。こんな土砂降りで窓を開けるなんて、どうかしている。部屋の中に雨が入ってきてびしゃびしゃになってしまう。そう思って閉めに行くためにベッドを降りて、窓に触れたところでようやく気が付いた。
もし己の視覚に気が動転していなければ、どう見てもおかしいそれに親しい彼を起こすという選択肢が取れたのかもしれない。どうして、こんな天候で開けるはずのない窓が開いているのか。怪しいと思うことは、十分に可能だったのに。

 

「―― 、」

 

目が、合った。
窓に触れて、窓に映る、もう一つの瞳の色に。
自分と同じような、深紅の瞳に。

 

「―― やっほ、夜分遅くにごめんなさいね?」

 

アナタを呼んでる人が居るのよ。

 

  ・
  ・

 

「アスティが居ない、ですって?」
「そうなんだ、どこにも居ないんだ!寝る前は確かに一緒だった、けれど朝起きたらどこにも居ないんだ!」

 

まだ日も登り切らない早朝。アルザスは異変に気が付くと早急にロゼを起こし、その声を聞いてラドワやカペラ、ゲイルも目を覚ました。
アスティがいない。その報告を受けて、カモメの翼はアルザスとアスティの部屋に集合する。早くから起こされたロゼは最初こそ機嫌が悪そうにしていたが、事情を知れば表情は真剣なものに変わっていた。
一人で夜中にどこかへ出歩く、という可能性はとても考えられない。孤独を嫌い、単独行動が取れない性格を考えれば誰もが『異常』だと判断した。何か手がかりはないか、ロゼとラドワは部屋を調べていく。

 

「……あんた、昨日窓開けた?」
「いや、開けてない。というか開ける理由もないだろ、あんなに降ってたのに。」

 

窓から外を見る。今日は昨日よりマシになったとはいえ、まだ雨が降っている。厚く覆われた雲は、雨がしばらく降り続くことを示唆していた。
そりゃそうよねぇ、と呟きながら窓の下を指でなぞる。明らかに濡れていた。誰かが夜中に、それもそれなりの時間窓を開けていた、ということになる。

 

「……ほんのちょっとだけど、魔力の残留が部屋の中にあるわ。アルザス君やアスティちゃんと同じ質の魔力……それと、別の性質の魔力が。詳しくは分からないけれど、かなり強力な魔力の持ち主だってことは確かだわ。」
「つまり……俺たちじゃない誰かが、アスティを攫って窓から出て行った……って、ことか?」

 

カモメの翼の魔力は、全て海竜の呪いとそれと同質のものである。アルザスもシーエルフで魔力を保有するが、暮らしている場所が海竜の出現場所と同じだったためか、全く同じ性質をしているのである。これに気が付いたのはラドワだった。
故に、別の性質の魔力が感知されたということは、第三者が必ず関わったということになる。あるいは、何かしらの魔法具の影響か。最も、そのような魔法具を手にした覚えはさらさらないわけで。

 

「そうなるわ。ただし、そこから先の魔力は追えそうにない。残留が分かったのは、潜んでいたからか、何か対話したか、術を使ったか。しばらく留まっていたからギリギリ分かったようなものだもの。」
「何があったかは考えれても、その先、どこに行ったかが分かんないね……他に手がかりってないかな。」

 

カペラの声に、ロゼもラドワも首を横に振る。材料はいくつか転がっていたが、あまりにも情報が少なすぎる。誰が、なんの目的で、どこへ連れ出したのか。欲しい情報が、何一つ掴めなかった。

 

「そんな……どうしたらいいんだよ!俺はまた何もできないのかよ……!」
「落ち着きなさい、焦ったら相手の思うツボ。……情報が少なすぎる以上、行動を起こすしかないわ。あたしは盗賊ギルドに掛け合ってみる。ラドワは残留してる魔力と同質のものがないか探してみて。」
「分かった、やってみるわ。……流石にそれなりに親しくやっていた人が突然いなくなるのは後味が悪いもの、素直に探すわよ。」

 

人の心がないと散々言われている彼女だが、流石に仲間がいなくなった場合は探すようだ。ただし情というよりも、ここで諦めればリーダーが荒れそうだし、皆からも敵視されかねない。それは、後々めんどくさい。そんな、やっぱり人の心がない胸の内だった。

 

「じゃあ僕はリューンを歩いて『声を聞いて』みるよ。もし抵抗する声があったら聞こえるかもしれないし。あっちが喋れない状況だったら意味ない探し方だけどね。でもロゼロゼとラドラド以外の探し方で現実的なのってないし……でも、じっともしてらんないじゃん?」
「それもそーだな。じゃ、あたしゃダメ元で聞き込みでもしてみるぜ。ただこっちも犯行時刻や天候を考えりゃ望みは薄ぃだろーけど……やっぱ、何もしねぇってのは落ち着かねぇよな?」
「……皆……」

 

こくり、皆は頷く。今にも泣きだしそうなアルザスの表情を見て、ある者は真剣な表情で、ある者は微笑んで、言葉を紡ぐ。

 

「やられっぱなしってのは釈だもの。倍にして返さないと、あたしの気が済まないわ。」
「流石に探さなきゃ後が怖いもの。それに、手伝わないって言ってもあなたなら一人でもやろうとするでしょう?それだったら手伝った方がマシよ。」
「せっかく生まれた縁だから、繋ぎ止めなきゃ。これで切れてさよならなんて悲しいもん、頑張るよ。」
「仲良くやってたやつがいなくなるってのは寂しいかんな。力貸すぜ、アルザス。」
「……ありがとう……皆、本当に……ありがとう……!」

 

泣くのは見つかってからにしなさい、とロゼの手痛い一言。アスティの無事は今のところ約束されていない。アルザスの前では決して言えないが、すでに殺されていたとしてもおかしくはないのだ。
それから、ロゼが一歩出てアルザスの顔を覗き込むようにして瞳を見る。じぃと見つめて、はっきりと言ってのけた。

 

「仲間なんだから、こういうときは頼っていいのよ。むしろ今日みたいに頼りなさいな。あたし達はそう簡単にいなくなったりしない。もう二度目は繰り返さない。……あんたも、あたしもね。」
「――、」

 

失う怖さに囚われているからこそ、もう誰も失うものかと足掻き続ける。
その感情を知っているからこそ、簡単に同じ目に遭わせないと誓う。
だから、アルザスも、自分も。アルザスの恐怖としているものを、もう一度なんてさせない。そう、ロゼは言ったのだ。

 

「話はまとまったわね。それじゃあ、一度成果がどうあれ正午にはこの部屋へ戻って情報交換をしましょう。いい?時間をかけるほど事態は悪くなるでしょうけど、だからといって情報交換をずさんにしてもいけない。特にアルザス君。一人で突っ走らないこと。いいわね?」
「……分かってる。」

 

ラドワの言葉を受けるなり、アルザスはすぐに宿を飛び出していった。本当に分かってるのかしらねぇと肩を竦めるが、彼の性格を考えても仕方のないような気はした。
それぞれも、それぞれのやり方で調査に乗り出す。ロゼは盗賊ギルドへ向かい、ラドワは街中で同質の魔力を探す。カペラは声を聞きながら歩き回り、ゲイルは聞き込みを行った。

……が、成果は得られず、ただ時間だけが過ぎていった。リューンは広い上、すでにリューンに居ないという可能性だってあり得る。聞き込みも、時間帯が夜中な上大雨と来た。余程の理由がなければ外を出歩くなどしない。目撃情報も期待できなかった。
それでもカモメの翼は足を運び、何か手がかりはないかを探し回る。……すぐに正午になり、一度宿に戻る時間となった。

 

  ・
  ・

 

「…………う、ここ、は……?」

 

薄暗い部屋の中。ただでさえ日の光が差し込まない日だというのにカーテンは閉められ、光源は一切ない。アスティはそれでも、この部屋の中を把握することは容易かった。
木製の建物で、手入れは行き届いている。ベッドの上で寝かされていたということに気が付き、身を起こす。特に縛られていたり、身体の自由が奪われていたりはしていなかったのでいつものように身体を動かすことはできた。

 

「目が覚めたようだな。」
「っ――!?」

 

すぐそばに人が居たらしい。思わず身をこわばらせながら、その人の顔を見た。
この闇に溶けてしまいそうな黒い髪に、血のように不気味に光る紅の瞳。更に顔の右半分は火傷を負っていて爛れており、とても直視するに堪えない顔をしていた。
火傷がなければ、男らしいきりっとした顔立ちだと言えたのだろうが。あまりにも痛々しい傷がその感想を遮り、醜いという形容詞を脳裏によぎらせた。

 

「あなたが私をここに連れてきた張本人ですか!」
「そうだ。攫ったやつは別だが、僕が君をここに呼んだ。ずっと君のことを探していたんだ。」
「……何故、私をこのような手段で呼んだのですか。このような、手荒な方法で……」
「君はもし妖魔に仲間が攫われたら、その妖魔にわざわざ和解交渉をするのかい?戦い、殺して力づくで奪い取る。僕はそうしただけだが?」
「は……?」

 

何を言っているのか分からなかった。男は無表情で、淡々と語る。
だから余計にその瞳の色が不気味だったし、一切の感情が込められていないその表情が怖かった。
この暗闇に溶けるかのような、黒で塗りつぶしたようだと思った。見えるはずなのに、見ることができない、そんな。

 

「……君はあの人たちに何もされていないかい?傷つけられたり、殺されそうになったりはしなかったかい?」
「そんなこと、彼らがするはずないでしょう!?そもそもそんな人を殺すようなことなんて……」

 

脳裏を過る、対生物兵器のお二人方。にっこりと笑顔を浮かべ、楽しそうに戦う姿はアスティも知っている。なんなら笑顔で敵をちぎっては投げちぎっては投げするような人が2人ほどいるわけで。
普段緊張感のないチームにいたせいか、あっ否定できないと顔を覆った。なんとも残念な絵面である。

 

「彼らはロクなやつじゃない。だから、僕は君を助けたんだ。」
「ふざけるのもいい加減にしてください。確かに少々過激な方もいますが、私はあそこに居たいんです。助けなんて求めてません、好きであそこに――」

 

居るのだと、言おうとして。


手を押しのけられ、唇と唇が、触れあった。
言葉を止められる。言おうとした言葉を、奪われる。
起きたことが理解できなかったけれど、理解したくなかった。突然の口づけに抜け出そうともがくが、話さないと言わんばかりに抱きしめられる。男の力は強く、逃げ出すことは叶わない。

 

「っ……!っ、っ……ん、ぅ……!!」

 

こみ上げる不快感。吐き戻しそうになる感覚。
強がりが振舞えていたのに、たった一つの行動で全てを恐怖に塗り替えられる。炎が燃えていたのに、それを消されて極寒の地に放り投げられたかのような心地に染められる。
やめて、嫌だ、助けて。悲鳴が、胸の内で渦巻く。

 

「……君は、随分と可愛い表情をするんだね。」

 

―― ぞくり、寒気が走った。
初めて、笑った。男は唇を放すなり、穏やかに微笑んだ。
されど、その微笑みはよりアスティの恐怖を加速させた。無表情だった者が見せた、突然の感情ほど不気味なものはない。それも、自分に対しての感情だというのだから悪い冗談だ。

 

「ゃ、だ……やめ、て……!」
「怖がらなくていい。もう何も君は怖がらなくていいんだ。誰が襲ってきても、僕が守りぬくから。君の願いも、臨みも、僕が叶えるから。だから、君は安心して
やめて!アルザスの……アルザスの言葉を使わないで!アルザスを騙らないで!何も知らないくせに、あの人みたいなことを言うのはやめて……!

 

騙るつもりはないのかもしれない。けれど、アスティにとっては酷い真似事をされたような気分だった。
知っていたから。どれだけの想いがあって、守るという言葉を口にしているのか。再び失うことが、彼にとってどれだけ恐ろしいことか。分かっていたから、軽々しく守るという言葉を自分に使ってほしくなかった。

 

「……はは、っはははははは……!」

 

が、その言葉は虚しく。けらけらと、男は笑い出した。
楽しそうに、滑稽な言葉を聞いたように。面白おかしそうに、笑うのだ。

 

「はは、はははは……君はすっかり騙されているんだね。可哀そうに。あぁ本当に、カモメの翼……彼らは、目障りだよ。この子を、こんなにも穢して……」
「な、なにを、言って……」
「君は騙されているんだ。彼らは、君を都合のいいように利用しようと考えているんだ。あぁ、あぁ、可哀そうに……けれどもう、何も考えなくていいから。彼らのことからは、僕が守ってあげるから。」
「……や、だ……やめ、て……助けて……ルザス……」

 

 

 

「――! アスティ!!」

 

正午になり、一度宿に戻ったカモメの翼は情報の交換を行っていた。とはいえ、交換された情報は『手がかりが見つからない』ということだけだ。
唯一、ロゼは盗賊ギルドから少し聞き出すことはできた。が、『アスティと名乗る人物を探していた者が居る』ことと、『口留めをされており、破れば己の身が危ない』ことのみ。どうやら随分と恐ろしい何かが相手だったそうで、そのギルド員は酷く怯えていたそうだ。
もう一度リューンを探し、夜になっても見つからなかった場合は別の手を考えよう。そう話がまとまりつつあったときだった。

 

「!?アスアスが居たの!?」
「いや、ここには居ない、けど、アスティが呼んでるんだ、酷く怯えた声で俺を呼んでいるんだ!」

 

空耳かと思ったが、確かに呼ぶ声が聞こえた。
それから、なんとなく。アスティの居る方向が、分かるような気がした。理由は分からないが、今走らなければ手から零れ落ちるような気がして。

 

「アスティ、今行くから……だから、少しだけ待っててくれ!」
「え、ええぇ待ってよ、一人で動いちゃまずいって!」

 

カペラの静止には聞く耳を持たず、一人アルザスは走り出す。追おう、とカペラとゲイルはアルザスを追いかけ、部屋を出た。

 

「…………」
「…………」

 

カペラとゲイルは部屋を出た。が、ロゼとラドワはこの部屋から出なかった。
動かず、互いに目くばせをする。しん、と部屋が静まり返り、雨音だけが聞こえてくる。
閉め切った部屋の中で……風が、生まれた。

 

「そこ!」

 

ラドワが天井をめがけ、魔法の矢を放つ。何かはそれを布切れで防ぎ、一直線に二人に向かって跳んでくる。ぎらり、刃物が銀色に輝いた。
――キィン!と、甲高い音が響いた。ロゼが、それを短剣で受け止めたのだ。ぎちぎち、刃と刃が音を立てる。

 

「あはっ、ロゼにゃんさっすがー!けっこーいい一撃だと思ったんだけどなー。」
「はっ、あたしを暗殺しようなんて10年早――」

 

襲ってきた者を睨みつけて。ロゼは、身をこわばらせた。
対称に、襲ってきた者は笑顔を浮かべている。それは懐かしい友人と再会したときの、再開を喜ぶ顔だった。

 

「……んで……なんであんたが!クレマン、あんたがここに居んのよ!?」
「ん?だってそりゃあ……ロゼにゃんをおっかけて?」

 

ちらり、ラドワはロゼを見やった。
感情的になれないはずの彼女が、明らかに動揺している。目の前の銀の髪に紅の瞳の少女が、過去に彼女に何をしたのか。クレマンと呼ばれた少女はロゼに対して友好的な感情を向けているが、ロゼからクレマンに対してはそうではない。それは、ラドワでも分かった。
鎌をかけられるとしたら、たった一点だけ。

 

「もしかして。かつての仲間、ってやつかしら?」
「ぴーんぽーんぽーんぴーんだーいせーいかーい!でもかつての、ってのは違うかな?だってアタシはロゼにゃんとまだまだずーーーっと一緒に居るもん!ねーーー!」
「やめて!もうあたしはあんたにもあいつらにも関わらない!
 そもそも裏切っといてよくあたしの前にのこのこ出てこれるわねぇ!?そんなにあたしのことが気にくわないのかしら!?」
「のーのー!それは違うよー、むしろ逆。アタシはずっとずっとずーーーっと、ロゼにゃんと二人になりたかったの!だからロゼにゃんが居なくなってから、頑張ってアタシ探したんだ!そしたらやっと運命の再会ができた!運命いずフォーチュン!最高だわ!」

 

きゃははは、と甲高い笑い声を上げる。ラドワはそれが、酷く耳障りだと思った。

 

「あなたが話の通じない相手だってことはよく分かったわ。それじゃ、次の質問。
 アスティを攫ったのはあなたね?部屋に残留している魔力と、あなたの魔力が一致するわ。この強い魔力の正体、目の前にしてやっと分かったわ、海竜の呪いを持った吸血鬼さん?」
「は……!?」
「あはっ、魔力だけでそこまで分かっちゃうんだー!珠の呪いによる英知かな?それとも元々アナタが扱う属性の都合かな?……なるほど後者か!」
「待って、待ちなさい!あんた、人間だったじゃない!それがなんで、吸血鬼なんかに!?」

 

ギャリギャリと、短剣と短剣がこすれ合う金属音がする。狼狽えながらも、その紅の瞳、銀の髪を見て……なるほど、吸血鬼の特徴と合致する。しかし、それは生まれつきであり、知っているクレマンは吸血鬼ではなかった。
吸血鬼は、血の呪いを受けた種族。人間とかけ離れた力を持ち、様々な術を所有している。霧化、蝙蝠変化、魅了などの能力を持ち、それらを詠唱なしで行使する。弱点こそ多いものの、銀で心臓を貫かなければ再び蘇ってくる、という死してなお強い生への執着を見せる種族でもある。
しかし、彼女が吸血鬼となると、不可解な点がいくつかある。一つは、犯行に及んだのは大雨が降る夜のこと。吸血鬼は流れる水に弱く、雨の中では活動することは難しいはずだ。だというのに、クレマンは雨の中アスティを攫ったのだ。
もう一つは。ロゼが覚えている限り、彼女は銀の短剣を使う。銀は吸血鬼の弱点であり、触ることすらできないはずだというのに……彼女は、かつての武器を今でも愛用している。

 

「あら、簡単よ?吸血鬼の術や特性って、アタシのスキルとすっごく相性いいの。だから強くなるために、その辺の吸血鬼に交渉してアタシを吸血鬼にしてもらったわけ。そしたら素晴らしいね吸血鬼!簡単に闇に隠れるし、あっちこっち飛んでいける!人の血を吸わなきゃなんないのがちょっとめんどくさいけど、その辺にゴロゴロ腐るほど人間が居るもの、困らなくて済むわ。」
「……あんたって人はっ……!!」

キィン!!と、甲高い音が響く。
押し返し、そのままロゼはクレマンを斬りつけようと前方に短剣を振るうがそこに彼女の姿はない。
霧化か、あるいは影に潜んだか。きゃはきゃはと、甲高い笑い声だけは聞こえてきた。

 

 

 

「―― ……ねぇ、そこどいてくんないかな?アルアルが一人で突っ走ってっちゃうんだけど?」

 

同刻。走り出したアルザスを追ったカペラとゲイルだったが、ある者の旋律を耳にし、足止めを食らっていた。アルザスに効果が及ばなかったのは、その旋律を聞くだけの余裕がなかったからか、それとも守りたい者のことしか考えられなかったからか。
優雅に横から現れた女性を睨む。地を引きずるほどの長い法衣を纏い、笛で美しい旋律を奏でる焦げ茶色の髪をした者だった。二人ともその姿に覚えはない。初対面、だと思うが。

 

「……アルザス、でしたね。あの方はしばらくすれば戻ってきますから、それまでの間、この老いぼれとお話してくださいな。」
「……そのナリで老いぼれつってたら、あたいらに喧嘩売ってるよーなもんだけど?」

 

老いぼれ、と称するがどう見ても見た目はゲイルと同じくらいである。20代後半くらいの、落ち着いた身なりでおしとやかな女性だった。
笛から口を放し、少しばかり悲しそうな表情を浮かべて……それから、カペラの方を見た。

 

「……カペラ、まさかあなたとこうして敵対してしまうことになるなんて……それにしても、ムロンもついに男の子を産んでたなんて知りませんでした。」
「……お母さんのことを知ってるの?」

 

カペラは、目の前の女性を知らない。されど、ムロンという名は知っている。
ムロン・ビアンコ。それは、彼の母親の名前だ。懐かしそうに目を細め、まるで我が子をいつくしむような表情に少々たじろいでいた。

 

「えぇ。あなたも、ムロンから聞いたことくらいありませんか?私の名前は……ミュスカデ・ビアンコ。」
「ミュスカデ、って……お、おばあちゃん!?」
「ばあちゃん!?どー見ても20代前半だぜこいつ!?」

 

予想外の人物、なんてものではなかった。
カペラは祖母も神に選ばれた者として村を出て、外の男と結婚して村に戻ってきた。そこで母が大きくなってから再び旅に出て、以降の消息は掴めていないと聞かされていた。確か、母が結婚した後に旅を再開したのだとかなんだとか。
それは今から10年以上は前のことだ。竜災害の呪いではなく、たまたま痣を持って生まれたからか、あるいは何かしら後天性で生まれて神に選ばれた子だと言われたのだろう。カペラの村では、どんな形であれ変わった『痣』を持っていれば、それは神に選ばれた子だと言われる。
ただ、こうして敵対しており、呪いの力により精神干渉を強くは受けないカペラに対して、こうして足止めができる程度には強力なそれができるということは、恐らく。

 

「……おばあちゃん。なんの、海竜の呪いを持ってるの?」
「ふふ、敵に素性は教えないものですよ。そうですね……カペラ、貴方がこちら側に来てくれるのであれば教えましょう。」
「そうだね、素性を何一つ知らないからそっちに付く理由はないかな。」

 

強いて理由を挙げるなら、肉親だから、か。
されどカペラにとって祖母というものは顔も知らなければよくも悪くもしてもらった記憶もない。言ってしまえば、初対面なのである。
それなりに冒険を共にした仲間と、いくら血縁関係であっても初対面である他人。どちらを優先するかなど、決まっている。

 

「そうですよね。ふふ、そのお返事が聞けて嬉しいですよ。……ですが、今日のところは私は貴方たちと敵対する気はありませんから、少しだけこちらのことをお話しましょう。」

 

目を伏せ、はいいいえの返事を聞くより先に、ミュスカデと名乗った女性は語り始める。

 

「私たちは、3人の呪い持ちと3人の我が意志に賛同する者で結成した冒険者。チームとしてはまだまだ駆け出しですが……各々の実力は、貴方たちより上でしょう。それぞれが、私たちは強い。」
「……そりゃあ、気にくわねぇ話だな。あたいらだっててめぇらにゃ負けねぇくれぇ強ぇぜ?」
「……そうだね。僕たちは、おばあちゃんには、ううん、きっとそっちの6人には勝てない。」

 

ぴり、としたゲイルに対してカペラは冷静だった。
精神干渉を退けられない。それは、いつでも自分たちを殺せるということである。敵対する気がないからこうして生かされているだけなのかもしれない。
敗北は、認めざるを得なかった。事実である以上、飲み込まざるを得ない。

 

「私たちはきっと、貴方の目的とは逆を行くことになるのでしょう。それが、我が主ゼクト様の願いだから。私はそれを止める権利はない。私はゼクト様に従う、それだけ。」
「……それは、おばあちゃんの意志で?それとも、そんな心もなくただ成り行きで、いいよーに利用されてるだけ?」
「――さあ、どちらでしょうね?」

 

その笑みは、儚げであると同時に機械的だと思った。
その表情が、カペラは確信に至らせた。

 

 

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