海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_6話『劇団カンタペルメ』(1/2)

※前半が病気、オリジナル要素多め

※終始コミカル調

 

 

「アスティ、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょうか?」

 

スティープルチェイスでハセオの優勝によるお祝いが行われ、アルザスがソウを送っているとき。宿ではロゼがアスティに話しかけた。
少々真面目な話であるが、賑やかなこの場で行ってもそこまで気にならないだろう、というより普通に紛れて誰も気に留めたりしないだろう。そう思って、話を切り出した。

 

アルザスがハセオと川を跳ぶとき……あんた、何かした?水の勢いが弱まったような気がしたんだけれど……」

 

問い詰めるような表情ではなかった。純粋に気になった、好奇心からきた質問。アスティもそのことは分かっているようで、けれど苦笑を浮かべながら、その質問に答える。

 

「あれ……私も実はよく分からないんです。こう、できると思ったからやった、といいますか……できるような気がした、といいますか……」
「ってことは、あんたがやったってのは間違いじゃないのね。……記憶がない頃の魔術、とかかしら。あたしは魔術は全然分からないから、その辺りはラドワに聞いてみてもいいかも。」

 

性格はアレだけど、力強いことには違いない。ちょっと性格がアレなだけで。
魔法かと思ったが、詠唱は必要なかった。傷を癒す力もそうだ。アスティは一切の詠唱を行わない。人間が行う魔法、というものとは少々違うような気がした。

 

「そういえば、なんだか水に関する術を知っているような気がしたんです。その正体は全く分からないのですが……けれど、こんなことができるようになりました。」

 

アスティは酒の酔い覚ましのために用意した、水の入ったグラスに指をさし、それからくるくると指先を回す。するとそれを追うように、グラスの水は渦を作った。小さな渦潮は、アスティが指を止めるとぴたりと止め、指を上に動かすと、水面から水が高く飛び上がるような動きを描いた。

 

「へぇ、水の操作!しかも一切の詠唱がないのも興味深いわ……
 どうやってるのか気になるけれど、ラドワは今使い物にならないからまた今度ね。」

 

ちらり、横を見る。ロゼのすぐ隣には、テーブルに突っ伏し、すやすやしてるラドワの姿があった。
お酒弱いのに調子に乗って飲むから、とため息を零す。ラドワはお酒が好きな一方、チームの中ではかなり弱い方である。起こすと鬱陶しいので、できるだけそっとしといてねと回りには伝えた。
ロゼは手慣れているみたいだが、下手をすると怪我人どころか重傷人が生まれかねないらしい。なにそれこわい、と皆は背筋を震わせた。

 

「魔力、でしたらアルザスでもある程度見てもらえるかもしれませんね。帰ってきたら聞いてみましょう。」
「あぁ、あいつシーエルフで水に関する魔力が見えるんだったわね。水の操作だし……水絡み、と見て問題なさそうね。」

 

ぐ、とロゼはエールを飲み干した。ロゼはそこまで強いわけでもないが弱いわけでもない。アスティはカクテルやシードルといった甘めのお酒が好きらしく、可愛いチョイスをする……が、かなり強い方らしく、強めのカクテルを飲んでもものともしていない。酔い覚ますの水?これはロゼの。
それから1時間ほど待っただろうか。自室に戻る者も出てきて、お開きになりつつある海鳴亭の扉が開く音がする。待ち人が戻ってきたようだ。

 

「ただいま。」
「おかえりなさい。アルザス、待ってましたよ。」

 

首を傾げるアルザスに、アスティはちょいちょいと手招きをする。先ほどロゼと交わした会話を話し、同じように水を操作する術を披露した。
もし魔力が分かる彼であれば、何が起きているのか見抜けるのではないだろうか。その考えは割と的を射ていたらしく、アルザスは驚きの表情を見せた。

 

「これは……魔法、というより魔力を使った水の操作、だな。」
「?魔法とは違うの?」
「あぁ、魔法には必ず術式がある。術式に何かしらの方法で魔力を注ぎ、初めて魔法として術が成立する。一般的な方法は詠唱だな。アスティの場合、魔力を用いて何かしらの力を発動している。俺の魔法剣みたいなものだ。」
「そういえばアルザスは特殊な剣技を扱いますよね。剣に水を走らせたり、敵に剣を刺したところから水を爆発させたり。」

 

こくり、頷く。アルザスは魔法が扱えないが、代わりに己の魔力を剣に込め振るうことで、水か風の属性を持った魔法剣を駆使することができた。これは術式は要らず、己の魔力を制御できるのであれば可能なものらしい。
アスティの水の操作も、これと同じものだそうだ。己の魔力を何らかの形で消費することで、水の操作を可能としているそうだ。
しかし、それにしては不可解な点があるらしく、アルザスは難しい顔をしていた。

 

「……ただ、2つほど分からないことがあるんだよな。1つは、元々魔力を持っている種族……エルフや吸血鬼なんかは簡単にできるが、これが人間が行うとなるとそうはいかない。特殊な体質であるか、何か訳ありか……あるいは、相当修練を積んだか、このどれかだ。」

 

可能性としては、アスティが人ならざる者であるのか、人であるが何か訳ありなのか、記憶を失う前は手慣れの術師だったか。いくつか挙げて、すぐに3つ目は考えづらい、とアルザスは言った。
というのも、手慣れな者であるならば、このように直感的に行うのは無理がある。己の力を掌握し、魔力の流れをしっかりコントロールできなければ不可能なのだ。

 

「……実はアスティ、人間じゃなかったとか?」
「えっ!?え、えっと……えええでもどこからどう見ても私、皆さんと同じ姿をしていますよ!?」
「あり得る話、ではあるが……決めつけるのは早計すぎる。お前らの呪いだって、自覚はないかもしれないが同じことをやっているんだぞ?呪いの恩恵は全て魔力によって得ている。ロゼの俊敏さも、俺の魔法剣やアスティの水の操作と実は仕組みは同じだ。」
「えっ、マジで?全くそんな風に使ったことないんだけど。」

 

どうやって呪いの力を引き出していたのか。
改めて考えると、腕を組んで首を傾げていた。直感的に引き出し、扱えるだけの恩恵を上手く使っていた、のだが。実はこれを知らずのうちにロゼはやってのけていたのだ。
ラドワとカペラはある程度分かっているのだろうが、ゲイルもロゼと同じタイプに思われた。あれは確実に魔法や魔力のあれそれを分かっているはずがない。

 

「もう一つ、気になったのは……お前たちの呪いの魔力と、アスティの持つ魔力。これが、同質なんだ。」
「……ということは……私も実は、自覚がないだけで何か呪いを持っている、ということでしょうか……?」

 

アスティの言い分は、筋が通る話である。
呪い持ちで、恩恵に水を操作することができる。ただし代償として、孤独に対する酷い恐怖心が備わった。あるいは記憶が糧にされ、縋るものがないことから孤独に恐怖心を抱くようになった、とも考えられる。

 

「まとめると。
 アスティのその力の魔力は、ロゼたちの呪いと同じ性質の魔力が使われていること。そして、お前は魔法ではなく魔力の行使によって水の操作ができること。
 うん。全く分からないな。」
「結局分からんのかい。」

 

とはいえ、少しだけ記憶がない彼女について分かったことが出てきた。
不可解なことはこの他にもあるのだが、真っ白でなくなったことは大きな進歩と言えるだろう。
と、ここでロゼが思いついたように呟く。

 

「そういえばあんたたちと初めて会ったあの日。ほら、アスティが呪いを暴走させたやつに襲われたあの日のこと覚えてるかしら?」
「忘れるはずがないだろ。あれから呪い持ちがアスティに襲い掛かってきたことはないが……明らかにあのとき、アスティを狙っていた。……やはり、呪いと何か関連があるのか?」

 

ロゼは呪いのことを調べる中で、アルザスと知り合った。その日にアルザスはアスティと出会い、そして呪い持ちに襲われた。今思い出してもなかなかに濃い1日で、アルザス達にとってはカモメの翼として始まりの一日だった。あの日から暮らしが大きく変わり、誰が考えただろうか冒険者として生きることとなる。
人生何があるか分からないものだな、と呟く。これ以上アスティのことを考えても掘り下げられなさそうだったので、一旦保留にした。気が付くと殆ど宿の一階には人がおらず、すっかり取り残されたことに気が付く。

 

「じゃ、今日はお開きね。あたしはちょっとこいつを連れてってから寝てくるわ。」
「だ、大丈夫か?俺の方が力あるだろうし、代わるぞ?」
「いいのいいの、ラドワのことはあたしに任せて。それに、あんたがここ代わったらアスティに怒られるわ。」
「え、え!?い、いや私そんな怒ったりしませんよ!?」

 

2人は何の気遣いだこれ、と言いたげな表情をするがロゼはいいからいいから、とけらけら笑った。それからとなりで寝ているラドワに雑に腕を回し、そのまま軽く引きずりながら二階の彼女の部屋へと向かっていった。

 

「……なあ、ロゼの言葉、どういう意味だと思う……?」
「わ、私にはさっぱり……」

 

その様子をぽかんとしながら見送り、それからアルザス達も自室に戻るのだった。

 

  ・
  ・

 

さて、そんなやりとりを交し、アスティの記憶に少しばかり進展が見えたカモメの翼は何をしているか、というと。

 

「えーこれより。第一回シンディーリアの配役会議を行いたいと思います。」

 

演劇を、行うことになっていた。どうして、こうなった。
遡ること3時間ほど前。劇団カンタペルメより、ライバルから嫌がらせを受け、疲労困憊の日々を送っているから力を貸して欲しい、という依頼を受けた。それからその劇団のいる芸術都市ミューゼルに着いて、依頼人の元まで向かったそれはいい。そこまではいい。
依頼人の劇団の団長がめっちゃオネエでドスの効いた声をしてて、それはそれはもうキャラが濃くてこれだけでも十分やっていけるのではないか?という錯覚も起きたがこれもまだいい。
問題は、劇団の仲間たちが皆嫌がらせをする側の方へ着いてしまい、劇の中止を余儀なくされていたところにカモメの翼がやってきてしまったので、なんかその演劇を代理で行うことになってしまった、これである。
更にはミューゼルの美という、カンタペルメの宝物を盗むという怪文まで送りつけてきた。大きな宝石で、芸術の女神ミューゼルの加護を受けた、芸術に携わる者全ての憧れなのだそう。これ普通に窃盗じゃん、犯罪じゃん、治安隊に協力してもらったらいいじゃん、と至極全うな意見を告げたが、劇ごと公開中止にされる未来が濃厚なのでできないのだという。
で、ミューゼルの美は舞台公開中にしか入れない場所に飾ってあるということで、確実に狙われるのは演劇中だろうと。このまま公演を中止するならよし、しないのであれば宝石をいただくぞ、と。
更には向こうは冒険者を雇ってるわだの、舞台で演劇しながら犯人ひっ捉えるわだの、なんだか話が大きくなりまくって……そして、どうにもこうにもならなくなってしまった。
方針としては、演劇の代役を務め、かつ相手が動いたなら演劇の出番のない者らがそいつらを捕まえる、ということに落ち着いた。舞台の上が一番観客席を見渡せて分かりやすいよね☆なんて、団長さんも言い出すものだから逃げられなくなった。

 

「進行司会は俺、アルザスがお送りします。皆さんにまず最初に決めていただきたいのはシンディーリア。やはり主役が一番大事だと思うので一番最初に決めます。ってことで、全員シンディーリアの演技をこれより行ってください。以上。」
「……えらくアルザス張り切っちゃって。リーダーだからかしら?それとも演劇好きだから?」
「放っておくと混沌としてトンデモな配役になり劇が崩壊する未来が見えたので俺が腹ならぬ胃を括ってツッコミ役を買って出ているんだ、ありがたく思え。」

 

既にリーダーは、トオイメをしていた。
そう、カモメの翼は、キワモノ揃いである。何をしでかすのか、実際マジで本当に全く分からないのだ。

 

「じゃあ一番、ゲイル。」
「おし、任せろ!」

 

因みにシンディーリアは、とても綺麗な少女で身分は低い羊飼いという設定だ。
自然を愛する心を持ち、金銭や名誉には執着しない無欲な性格。この世で最も尊ぶべきは愛だと思っている、そんな大変純粋な登場人物だ。
さて。お分かりいただけただろうか。
割と、窮地に立たされているということを。
ゲイルはアルザスの前に出るなり、斧を豪快に!担いで!ダンッ!と、足を一歩!前に踏み出して!

 

「……ふっ、王子様、首を洗って待ってろよ。ゴブリンなら片手で捻るシンディーリア、頂上をいただきに参上いたす!」
「はーーーい舞踏会なーーー武闘会じゃないからなーーー戦いに行かないからなーーーどうあがいても王子ドン引きしちゃうからなーーー嫌だからな王子より強い羊飼いとかもう国で騎士でも務めてろーーー」
「きっと羊を狼から守るために強くなったんだぜ。」
逞しいなーーーすっげぇ逞しいなーーーこのシンディーリアーーーうっかり惚れちゃいそうだなぁーーーはい次だ次。」

 

そう、このカモメの翼。
圧倒的過激派の集いである。

 

「2番、カペラ。男だけど女に見えなくもないからお前もやること。いいな?」
「はーい、僕演劇とか芸術って大好きだから頑張っちゃうよ!まっかせてよ、性別の垣根を越えて完璧なシンディーリアを演じてみせるから。」

 

どやぁ、と小さな顔で胸を張って前に出るカペラ。
天真爛漫で明るい、猪突猛進や過激といった言葉からは遠い彼ならきっとこの役柄も見事にこなしてくれるだろう。
後ろに手を組み、上目遣いをしながらしおらしい演技をする。この時点で少女のそれだ。野郎であることを忘れそうな演技におおっと回りはざわつく。

 

「王子様、こんなみすぼらしい田舎娘でいいのかしら?本当に私を選んでくれるかしら?選んでくれるわよね?逃げたりしないで私の『ものになって』くれるよね?うふふ王子様、だぁいすき、永遠に愛してあ・げ・る。」
はいストーーーーーップ、お前何かホラーチックな上絶妙にこれ付き合っちゃダメなやつ感満載だしさらっと『使って』奴隷に仕立て上げる気満々だしやだよこんなシンディーリア!!」
「えーーー一途な愛は世界は救うんだよ?一途だよ?どっちもラブラブゾッコンじゃん、幸せじゃん?」
「こんなドロドロした純愛ってなんだっけな純愛物語は嫌だーーー!!そもそも洗脳とかし始める黒いシンディーリアなんて嫌だーーー!!純粋で無欲で愛が大事だつってんだろーーー!!」
「一途だから愛は大事にして
ねじ曲がってんだよこのシンディーリアの愛はぁ!!!!

 

びたぁん!!と、台本を叩きつける。このシーエルフツッコミ頑張るなぁ、お笑い芸として食っていけるんじゃないかなぁ、とぼんやり思ったが彼のために黙っておいた。
しかしこのシンディーリアは間違いなくヤンデレ待ったなしだ。大人向けの恋心だ、ビター風味どころかドロドロと赤銅色の知っちゃいけない何かが入ってるような気さえしてくる。

 

「次、3番ラドwうわぁもう嫌な予感しかしなくて飛ばしたい。
「失礼な。流石に依頼だもの、真面目にやるわよ。」
「真面目にやる気なのに片手には短剣が握りしめられててやっぱり嫌な予感しかしないんだけど。」

 

ため息ジト目。日頃の行い的にしょうがないと思うの。
道徳の心が無ければ血も涙もない快楽殺人鬼にこの役が務まると思う?無理でしょ?
誰もがそう思う中、ラドワは笑顔で短剣を口元に持っていき、舌なめずりをしてから笑顔で演劇をする。

 

「私の可愛い可愛い王子様。あぁ、あなたは一体どんなお花を咲かせてくれるのかしら。私、綺麗なお花が大好きなの。この野に咲くお花も、街中で狂い咲く姿も、舞踏会ではらり舞い散る切なさも、皆愛おしいの。だから王子様……どうか、私にあなたをください……あなたの咲かせるお花が見たいの……」
はいアウトーーーーー!!!!どう見たって王子様掻っ捌いて辺り一面に血という名の花を咲かせちゃってるよ!!!!だから!!!!病んだ!!!!シンディーリアは!!!!いらないの!!!!お前ら!!!!ただの羊飼いが!!!!ゴブリン片手で捻り潰したり!!!!王子様洗脳したり!!!!人を殺したり!!!!できると思うか!!!!」
「人間だもの、殺れる殺れる。」
「殺れる殺ってるんならもっと世界は赤い花で覆いつくされてるわボケェ!!!!」

 

殺れる、じゃ、ないんだよなぁ。予想可能回避不可能でした本当にありがとうございました。
こんなやつがシンディーリアになったら、他の役として登場する者皆が血を流しそうだ。演劇以上に普通に命がやばい。流石にラドワはその辺りはわきまえてくれるけど、それでもおーっと手が滑ったー、なんてことをやりそうな気がする。この女ならやってもおかしくない。

 

「……流石に仲間に手を出したりしないわよ。ただちょっと演出的に流血させるかもしれないけれど。」
「お前それやってみろ?俺がグーで殴ってでも止めにいくからな?仲間を傷つけようものなら拳を振り上げるからな?」
「きゃー暴力はんたーい。」
お前の存在が暴力だ!!!!

 

くすくす笑って一切悪びれない。流石、必要以上の他人の血を流したい女。リアリティを求めて本当に血を流させるんじゃない。アスティやカペラがいるから大丈夫でしょって言うけどそういう問題じゃない。

 

「次。ロゼ、お前はまだマシだと思ってるからな。」
「えぇ……逆にあたし、こういうの苦手なんだけど。」

 

穏健か過激かと言えば、ロゼもかなり過激派な方ではある。が、良識や常識があるので、なんかまだ見ていられる。
そう思った時期がアルザスにはありました。

 

「……おーじさまー どうかわたしときゅーあいのだんすをーーー わたしあなたのことがだいすきになってしまったんですのーーー」
はーいストップーーーえ、まって凄い、凄い全然感情が篭ってない、一切の感情が篭ってなくて究極の棒読みになってた逆にすごい、感情ってここまでそぎ落とせるものなの?まじで?お前天才じゃんマイナス方向に天才じゃん。」

 

だから苦手だって言ったじゃない、と訴えるような目でアルザスを見る。
ロゼは、呪いで無感情を患っているため自分のこの性格ですら作り物である。自分が無理やり興味を持ち、なんとか繋ぎ止めているからこそある程度違和感なく過ごせているだけで。それが、作り物を更に作るのだ。心理的に分かるものであれば苦ではないが、今回の役柄はロゼには相いれなかったらしい。
分からない心を、ロゼは作ることができない。彼女はなんだかんだ人はいいが、博愛精神持ちでなければ無欲でもないのだ。

 

「だから言ったじゃない。あたし感情移入できないから、在り方に理解できない役に当たったら今みたいになるわよ。」
「大問題じゃないか。シンディーリアの役を決めるより先にお前の役を決めなくちゃ大問題じゃないか。え、王子様やる?」
「えぇ……こんな堅苦しいオカタブツはちょっと、あたしの性格に合わないっていうか……」
「逆に何だったらいいんだーーーー」

 

ロゼらしい役ってなんだろう。自由奔放で気ままなにゃんこみたいな役ってなんだろう。
最悪出番が少なめの役をやってもらって凌ぐしかない。感情が理解できるやつだったら大丈夫だから、って言うけどそういう問題じゃないんだよなぁ。

 

「えー、ロゼは……ちょっと一通り全員の演技を見てから指示する。というわけでラスト、アスティ。」
「……はい。」

 

険しい表情で前に出る。流石に演劇どころか記憶がないやつにこれは厳しいんじゃないだろうか。
深呼吸をし、心を落ち着かせる。次に見せた表情は、可愛らしい少女のそれで。

 

「まあ王子様、私と一曲踊ってくださるというんですの?私は見ての通りみすぼらしい羊飼いの娘。ダンスなんて踊ったことありませんが、それでもよろしいのですか?」
「……!!」

 

こ、これは!!
まともだ!!ものすごく!!まともだ!!
突然戦いを申し込まなければヤンデレにも走らないし、殺人衝動全開でもなければ一切の感情が篭っていない世紀末でもない!
これは!いけるのでは!!誰もがそう思ったとき。

 

「ふふ、ありがとうございます。私、こうしてダンスをもうしゅこみみゃあ
「噛んだあぁぁあああああああッ!!」

 

盛大に噛んだ。めちゃくちゃ盛大に噛んだ。でもそれさえも、アスティなら可愛いだとかうっかり萌えだとか、そんな言葉で納得させれてしまうから凄い。
かあぁ、と真っ赤になって顔を手で覆う。めちゃくちゃ恥ずかしそうにしている。そんな表情も、純粋な役のシンディーリアには大変ぴったりで。

 

「アスティ。」
「ひ、ひゃいっ!?」

 

つかつかつか、とアスティの前まで速足で駆け寄り、ガッと肩を掴んで

 

「お前がいい。」
「へ、あ、え、えぇ、えぇえええええぇぇぇぇ!?」

 

イケメンが可愛い女の子の肩を掴むその姿は、最早シンディーリアのワンシーンとして成立してしまうのではと他の仲間がひそひそと囁くくらいには美しい絵として成り立っている。言っている言葉は無茶苦茶だが。というか割と問題発言では?

 

「というわけで、主役はアスティに決定で異論はないな?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください、あの、私今盛大に噛んだし、演劇どころか芸術に関しての記憶もありませんし、もっと他に適役者が
「他のやつがやってみろ。血の海になるか血の海になるか血の海になるか無感情かの4択だぞ。」
「これ実質2択では!?」

 

ヤンデレはもしかしたら血は流さないかもしれないが、どす黒いドロドロした何かを見せられることは間違いない。いや、アドリブなしなんだけどね?でもほら、うっかり素がでちゃったりしたらしょうがないじゃない。
それに、やはり主役である以上やはり見た目も映える人を選びたい。ラドワやゲイルが少女、といったらどうだろう。流石にかなーーーり無理がある。ラドワは百歩譲ってゴーサイン出せるかもしれないが、ゲイルはワイルドすぎて似合わないことこの上ない。

 

「まあ分かってたけど、やっぱりアスティが適任よね。」
「最初から分かっていたけれど、アスティちゃん以上の適任者って多分アルザス君よね。」
「何で俺!?俺男な上少女という見た目は無理があるぞ!?最も見た目的に無理があるぞ!?」

 

でも性格的には女々しいところあるし、いけそうな気がするよねーと、アルザス以外の皆は納得する。解せぬ、って顔をしながらアスティに最終確認を取る。
まあ、はいかイエスが喜んで、しかないのだが。

 

「あーもー分かりましたよ、やってやりますよ!成功しなきゃまず意味ありませんからね!」
「よーしよく言ってくれた!じゃあ次は弟王子を決めるぞ!」
「…………」
「……?」

 

アルザス以外、何言ってんだこいつ、の表情。

 

「え、準主役の弟王子は
「いやあんたしかいないでしょーが。」
「何で逆にあなたがやろうとしないのよ。」
「おあいてアスアスだよ?なんでやんないの?」
「てか絵になるって意味でもてめぇしかいねぇだろーがよ。」
「そうですよアルザス。私が主役をやるのですからあなたも主役級をやりなさい。
 というかあなたじゃなければ嫌です。」
「えっ俺なの!?俺がこの役なの俺でいいの!?」
「だからあんた以外誰がいんのつってんでしょ腹くくってアスティといちゃらぶフォーリンラブしなさい!」
「まってその言い方やめてーーーーー!!」

 

初心で硬派だった。ロゼの半ギレの言葉で顔を真っ赤にする程度には初心で硬派だった。
流石に言い方があんまりにもあんまりだったもんだから、横でアスティも顔を赤くしている。その言い方はやめてください、と訴えかけるもロゼは聞く耳を持たない。

 

「ってことで、5対1よ。諦めて弟王子はあんたがやりなさい。盗賊命令よ。」
「リーダー権限を上書きするんじゃない!リーダーの威厳を奪うんじゃない!」
「威厳も何も、今のあんたはただのヘタレでしょーが。そこは『アスティの相手は俺しかいない!』って、むしろ黄色い声援を飛ばさせるところでしょーが。なんで拒むわけ?あんたのアスティへの愛はそんなもんなの?」
「待って、待って???ねぇ俺どんなイメージ持たれてるの?そ、そりゃあ……確かにちょっと、他のやつに任せるのは……微妙にこう、こう……」
「自分の感情整理へたくそか。はいはい、あんたとアスティで見せつけてやりゃいーのよ。むしろ見せつけろ。これは命令よ、いいわね?」

 

ラドワもカペラもゲイルも異議なーし、ロゼよく言ったー、と、なんか間違った方向に黄色い声援が飛び始めた。もうこいつが弟王子やればいいじゃないか、とも思ったがそれはそれでなんかやだ、と思ってしまうのも事実。
仕方なく(といいつつもそこそこ本意)弟王子はアルザスが任されることになり、残りどうするー?と4人で会議が始まる。後はそこまで大きな役ではないため、気楽に決めてしまって構わない。

 

「あ、あたし娘の役貰っていいかしら?これなら『素』でやればいけると思うし、出番も一幕だけだからやりやすいわ。」
「そうね、ロゼはその役でいきましょ。……兄王子は聡明でどんな状況でも落ち着いて判断できるような人柄、なのよね。これ私がもらっていいかしら?むしろ私しかいないわよねこれ。」

 

合理的さや場の流されなさであればラドワに敵う者はカモメの翼にはいない。大体皆感情論で動くので、この役はロゼかラドワしか適さないだろう。
ラドワはロゼの呪いの詳細も知っていれば、本来の人柄も知っているので兄王子は適さないと思っているようだが。実際まあまあの映えだとは思う。

 

「さんせーさんせー。それにラドラドって背も高いもんねー、見た目的にもすごく映えると思うな!」
「流石にアルザス君よりは小さいけれど、兄の方が小さいなんてよくある話だもの、別に大丈夫でしょう。」

 

きーみのってっでー、とどこからともなく聞こえてきた人もいるだろうがそれはまあそれで。
ラドワは身長が高く、きりっとした顔立ちなのでこの役柄に当たっても問題ないだろう。お姉さん、ではあるが男装をしても違和感はそこまでないはずだ。

 

「後は語り手とシンディーの姉貴だな。カペラ、てめぇはどっちがやりてぇ?」
「ボク語り手!吟遊詩人的にいー勉強になると思ってさ。ね、ね、やっていーい?」
「おっ、じゃあ語り手にゃカペラだな!あたしとしてもそっちの方が助かっしな。台本を読み込むのは苦手だし、そんな人の心なんざわっかんねぇし。」
「対生物兵器だものね。」

 

ぼそっとロゼの一言。それにどやっと胸を張るゲイル。別に褒めていない。

 

「残りは本当にあっさり決まったな……よし、じゃあ配役は今決まった内容でいくぞ。皆、絶対成功させような。正直俺は今すぐにでも逃げ帰りたい。」
「やるとなったからは覚悟を決めてくださいね。私だって逃げ帰りたいんですから。」

 

カモメの翼は腹をくくり、シンディーリアの劇を成功させるために練習に励む事になった。
控え目お上品だけど明るくて可愛らしいシンディーリア、イケメンだけどどこかヘタレで微妙に残念だけどやるときはやってくれる弟王子、聡明で冷静沈着だけど人の心がない兄王子、明るくちょっと大人びた一方でどこかドライさを感じさる娘、豪快でがさつでワイルドがウリなシンディーリアの姉、天真爛漫で人の心に敏感な影の功績者の語り手。


さあ、カモメの翼版シンディーリアの幕開けです。

 

 

次→