海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

21話『狼神の棲む村で』

※ギャグとシリアスの温度差が凄いぞ
※オリジナル設定あり

 

 

「断固反対だ!!」


バンッ、とテーブルを叩きつけ、大きな音を立てアルザスは仲間に怒鳴りつける。
やれやれ、とため息をついてロゼは冷静に、合理的な意見を返す。


「しょうがないでしょ?こん中で一番餌になるって思うのは誰だと思う?アスティでしょ?」
「だからといって、アスティをそんな危険な目に遭わせられるか!大体、アスティはこの中で最も戦いが苦手なんだ、よりによってそんなアスティに任せて……何かあったら、俺は……」


何も起こらなければ。明日にはリューンに到着しているはずだった。
仲間が取り憑かれたあの日の、2日後。リューンへと向かう帰り道。今日は街道沿いの小さな村で宿を取り、朝早く経てば明日の夜には海鳴亭に帰れるはずだったのに。
……話を聞くところから断ればよかったのだ。自分たちはもう帰路につくところだから、と。だが、時に同情心は、冷静な判断を失わせる。


『頼む……娘を、どうか娘をみすみす殺させるような事だけはしないでほしい……』


足を引きずりながら冒険者の元にやってきた、切羽詰まった男の表情。そして、その口から出た不穏な発言。
話すら聞かずに立ち去ってしまうには、あまりにもアルザスやアスティにとって重すぎた。
男はアドレオと名乗った。彼の話によると、彼は元々冒険者であったらしい。大怪我を負ったことをきっかけに冒険者稼業から足を洗い、この村、ハルム村に2人の娘と住み着いたのだと言う。


「……一度、落ち着いてください。話を整理しましょう。
 まず、この村には昔から『狼神』が棲みついている。大きさも、力も、何もかもが普通の狼とは桁違い。
 この狼は人間の女と交わり、子を残す。そのため狼神は村の若い娘を攫い、脈々とその血筋を残し続けてきた。
 村の者は、村を守るために狼が代替わりをする頃、村から生贄を差し出した。そうして、何十年も、何百年も村を守ってきた。
 そして今回生贄に選ばれたのは、アドレオの娘。狼神に娘を渡したくない、故にここで血筋を断ち切ってしまいたい。……それが、今回の依頼内容です。因みに報酬は800sp。」
「あたしは大いに大賛成よ。生贄を差し出すことで生きながらえる村。犠牲の上に成り立つ、強き者に支配されたまま成り立つなんて馬鹿げてる。」


早く帰りたい、とは思ったが。アルザスやアスティ、ロゼはこの村の事情を放っておきたくはなかった。ラドワやカペラ、ゲイルも殺せるだとかふんぞり返ってるやつを引きずり下ろせるだとか強いやつと戦えるだとか、まあロクな理由ではないが賛成だった。
その後、アドレオの小屋に向かい、詳しい話や報酬を決める。そこまでも、よかった。
問題は、狼神を討つために必要な作戦だ。


「まあ、そうなるよね。意表を突くために、生贄の身代わりを立てて、油断してる隙にどーんって。」
「娘を危険に晒して守り切る自信まではねぇしな。で、生贄役は子を産める女じゃねぇとだめってことで。」
「それこそロゼでいいだろう!?ロゼなら前線でも戦える、任せられる!なんでアスティがやることになるんだ!」
「あたいは?」


その生贄の役を、アスティにやってもらおうという話にまとまりつつあったのだ。
アスティとしては構わない……わけではない。攻撃から身を守る術はない。確かにパランティアで手に入れた盾があるが、前に出て戦う術は何もない。
あまりにも、リスクが高い。生贄役以外の仲間は弓矢、あるいは魔法で応戦することになる。そのため、弓を主な得物とするロゼは後方で応戦してほしいのだ。
後は、やっぱり。


「だって、考えてもみなさいよ。
 あたしたちが生贄になって、狼に気に入られると思う?


そう。ここだ。ここなのだ。
狼神と言うくらいだ、敵意や悪意をかぎ分ける力くらいあるだろう。後はそれ以外にもこう、性格的な意味とか、見た目的な意味とか、その辺が。

「……えっ、もしかしてあたいが生贄になれねぇ理由ってそこ?」
「逆にどこだと思ったのよ。考えてもみなさいよ、生贄として子を産む女が、屈強な肉体を持ってがさつでワイルドなのよ?娶ると思う?」
「なぁそれ褒められてんの?けなされてんの?」

あなたならどの子を娶るだろうか。
大変可愛らしく大人しい、華奢な女の子。
無感情で何にも動じない、少なくとも一般人の身体つきではない女性。
やったー殺すーと、常に殺意マシマシなやべー女。
筋肉質な野生児、どっからどう見ても強そうな女。
何も知らないやつから見れば一択なのだ!!

「やだーーー!あたいが生贄役やりたいーーー!弓とか扱えねぇしーーー!絶対強いじゃんそいつあたいが戦いたいーーーーーー!」
「わざわざ生贄になりたがるよーな人が選ばれるって僕でも思えないんだけど!?戦いたいとか言い出してるじゃんそんな人を娶る!?いつぞやの武闘会に乗り込むシンディーリアじゃあるまいしさあ!」
「……いや、なしではないかもしれないわ。」

手を口元に当て、思案する。
至極真面目な表情で、ラドワは語った。

「あくまでそれは、人間から見た一般論。生物学的には、雌は強い雄を選ぶ。身体が大きかったりだとか、色が派手だったりだとか。だから、狼的観点から見れば、でかくて強くて粗雑で戦闘狂で何でもかんでも力で解決するゲイルはとても魅力的であると言えるわ。」
「なあこれ褒められてんの?」

今回相手はあくまでも狼。狼神と呼ばれ、祀られているのかもしれないが根本を考えれば野生動物。生物学的本能から逸脱する可能性は、あまりないように思えた。

「な、なるほど……?いや、私には正直荷が重いので、代わってくださるとありがたいのですが。」
「頼む代わってくれ。正直アスティが生贄になるくらいなら俺が女装をして守りたいくらいなんだ。ゲイルなら安心して……マカセラレルカラ。」
「おい何で目ぇ泳がせてんだよ。」

そりゃあ、生贄のイメージからかけ離れているからでしょうよ。生贄と言うからには、もっとか弱くてびくびくして可愛らしいおしとやかな女性というイメージだ。それが何をとち狂ったのか、野生児そのものを放り込もうとしている。察されて出てこない可能性が、仲間内で一番危惧されていた。

「まあ出てこなかったら出てこなかったで別の手を考えよう。
 ……ゲイル。相当危険が伴うが、大丈夫か?」
「え?大歓迎だぜ?むしろつえーやつとサシでやれるってことだろ?めっちゃくちゃ滾るぜ!早く戦いてぇなぁーーーなぁなぁいっそ今から行きてんだけどだめか?明日まで待たなきゃだめか?」
「うーーーん何も心配することがないな。逞しすぎて絶対の信頼がおけてしまう。むしろ出てくるかどうかの一点だけしか不安がない。なんだこれ。すっごい。流石全てを暴力で解決する女だ。」
「だから褒めてんのかって。」

多少揉めこそしたが、最終的にゲイルが生贄役となり戦うことになった。アドレオに村長は話をつけて明日にでも生贄の儀式を行うようにするから休んでくれ、と頼まれたので応じさせてもらう。早くすませたいだろう、というよりもこの脳筋が今すぐにでも飛んでいきそうなことを察してくれたのだろう。大変空気を読んでもらえた。
狭い家ではあったが、どうにかカモメたちが全員寝られるだけのスペースが確保された。その日は羽を休め、休息をとることにした。
 
 
 

「……ゲンゲン、起きてる?」

何となく夜中に目が醒めたのはゲイルではない、カペラだった。他の仲間を起こさないように起き上がり、物音を立てずにゲイルの元へと近づく。それはもうぐっすりと眠っており、彼女が何も心配していないことがよく分かった。
流石すぎる。一瞬真顔になったが、やれやれと小さなため息をこぼし、暫くその姿を見ていた。

「うん。なーんにも心配になんないや。いや、ちょっとは心配になったんだろうね、だからこんな夜中に起きて。でも、やっぱり君はやってくれる、任せられる。そう、安心できるんだよね。
 ……危なっかしいって思うのになぁ。」

村を出た日のことを思い出す。
無鉄砲に突っ込んでいくから引き留めたり、字が読めないから代わりに読んであげたり。ゲイルは本当に、戦うことしか頭にない。元々村での識字率はほぼなかった。何もない田舎の猟師の生まれ。カペラの家系が吟遊詩人だった為、数少ない文字を読むことができる者だった。
最初はとんだ馬鹿と行動をすることになった。さっさと独り立ちしてやる。そんな、呪いから来る反抗心が強かった。彼女に気づかれず、内情を隠しながら付き合ってきた。
……いつだって、誰にでも対等に接して。自分のことを認めてくれて。子供だからといって見下さない。いつでも、対等で居てくれた。

「まあ、ゲンゲンが大きな子供だって感じがするけどね。」


そう呟いて、ふふっと笑った。
何も心配になる必要はない。いつも通り、言葉で励ませばいい。大丈夫、彼女は誰よりも、何よりも、強い。荒れ狂う暴風を止められる者などいやしない。


「……だぁれがでけぇ子供だ。」
「わっ、起きてたの?それとも起こしちゃった?」
「起こされた。やー、興奮して寝つきがあんまよくなくってな。久々に、サシでやれるって思うとうずうずしててさ。」
「サシじゃないよ。僕たちがサポートする。前線に君しかいないだけで。」


サシみてぇなもんだろ、と暴風はふあ、とあくびをして笑う。僕の知ってるサシはそのサポートすらもない戦いのことだけどね、と肩を竦めた。

「カペラ。
 あたいな、カペラや皆が居っから何も怖くねぇんだ。安心して戦えんだ。繋ぎ止めてくれっからさ。」
「別に、僕たちが居なくても君は斧持って敵に突っ込んでくでしょ?」
「そーだけど、そーじゃねぇよ。きっと一人で戦ってりゃ、いつかは本当に戦うことしか頭になくなんだろうなぁって。頭は悪ぃけど、そんくれぇ分かる。
 呪いに飲まれねぇ。戦いが全てであり、帰る場所がちゃんとあって、なんだかんだ腕掴んで引き戻される。だから、全力で戦えんだ。呪いの意識なんて関係なしにな。」
「……驚いた。君からそんな言葉が出るなんて。」

たまにゃそんな日もあっていいだろ、と口を尖らせる。暗闇でそれを確認することはできなかったが、明らかな不機嫌な声に思わずけらけらと笑った。
こんな人だから。ちゃんと、全部全部分かっているから。


「明日。やっつけるよ、狼神。」
「あったりめぇだ。勝つぜ、あたいらはよ。」


こつん、と拳を互いにぶつける。
子供の小さな手と、大人の大きな手。
どこまでも釣り合わないそれは、何度も約束を交わした、どこまでも対等な翼だった。


  ・
  ・

翌朝。目を覚ました一行を、アドレオとその娘が出迎えた。娘がこの村で着るには似つかわしくないローブを纏っているのは、生贄としての準備を終えているからなのだろうか。

「やあ……おはよう。……これが、私の娘だ。」
「おはようございます、初めまして。リフィーアと申します。」


会釈したリフィーアに応えるように、一行も頭を下げる。さて、なんと言葉をかければいいか。そう考えていると、先にリフィーアが静かに口を開いた。


「先程父から話は伺いました。本当に申し訳ありません。そして……ありがとうございます。」
「むしろあたいが礼を言いてぇくれーだ。お陰で強ぇやつとやり合える。くーーーっ、ワクワクするぜ!」
「すまない。緊張感がなくてすまない。」

相変わらずの戦闘狂っぷりである。ゲイルのいきいきした言葉に、アルザスがそっと謝罪を入れた。
とってもお強いのですね、と、ゲイルの言葉にリフィーアが少しだけ笑みを浮かべたような気がした。


「君たちを危険に晒すんだ、多少は私から何かフォローができないかと思って家の中を探してみた。」


そう言いながら、アドレオは大ぶりな瓶の傷薬を取り出してきた。これなら小分けにして使えば3回くらいは持つだろう。使うまでもねぇさ、と笑いながらもゲイルはそれを受け取った。

「うし、じゃあ早速いこーぜ!狼神……一体どのくれぇ強ぇんだろーな、楽しみだぜ!」
「うーん、本当に生き生きとしてるなぁ。ともあれ、サポートは任せて。無鉄砲な君の追い風くらいにはなってみせるさ。」


いつまでもここに居ても仕方がない。カモメたちはアドレオとリフィーアに見送られ、アドレオの家を後にした。
暫く歩き、森に入る。狼神が現れるというのはこの森の奥にある広場のような場所、らしい。足元に気を配りながら奥へと進み始めた。
決して暗くはない森。村の者が訪れることもあるのか、手入れがされており歩きやすい。迷うこともなさそうだった。

「……狼神。狼が人間によって祀られ、向けられた信仰心から神へと昇華したもの。
 なんて存在だったら笑うのだけれどもねぇ。」
「いや全然笑えないから。確かに神を蹴落とすって点ではとても心が躍るけど。」
「踊る心なんてあったの?」

道中、小さな声でラドワとロゼが会話をする。他の仲間に聞かれると都合の悪い内容なので、できるだけ小声で、見つからないように。


「冗談はさておき。今回はチャンスなのよ、この魔力の正体を調べるための。」
「あぁ、そういや海竜の魔力は光と闇の可逆性の力があって、海竜は人に祀られることによって神へと昇華した存在であるって推測をしてたっけ。」

発端はあの魔王騒動の依頼。アルザスがスライプナーに魔力を通し、その際に生まれた水に光の属性が宿っていた。しかし、海竜の魔力を持つ我々に、光属性の魔法の適正はない。
その後、ラドワの恩師であるベゼイラスに調べてもらったところ、光と闇の属性のみ可逆性が存在することが判明。光と闇の可逆性は、霊力の、神や幽霊が持つ力に近い性質である。故に、元々海竜は、人が信仰することで神になったものではないか、と推測をたてていたのだ。

「その話は覚えてんだけど、相手もそのタイプの存在ってこと?だったらチャンスってのは?」
「同一存在は『分かる』のよ。感覚というか、隠し切れないというか。気配みたいなもの、って言えばいいのかしら。
 ほら、海竜の呪いを持った人が居たならば、あなたは海竜の呪いをその人が所有していることが分かるでしょう?これは『共鳴』と呼ばれる現象。」
「つまり、似た者って感覚が生まれれば、仮説が確信に変わるってことね。」

そういうこと、とラドワはにやり、口端を上げた。
最もいくら呪いを所有していたところで魔力そのものに鈍ければそんなものは分からない。それを加味すると、やはりゲイルを生贄役にさせたのは正解だったわね、と笑った。
共鳴の他にも、可逆性の魔力を持つ場合『同調』の性質がある。例えば今回の場合、狼神が闇の魔力に振れていれば、海竜の呪いがその属性に同調し闇属性に振れようとする。個人差はあるが、感受性の高い者や魔法に通じている者は影響を受けやすい。
ゲイルは魔法には一切の理解がない。感受性はなくはないが、高いというわけでもない。そもそもそんなもの戦闘狂の精神のせいで気づかなさそう。鈍そう。

「ただ、あくまでも狼神が『狼が人間によって祀られ、向けられた信仰心から神へと昇華したもの』である前提のお話。そうでなかったら、仮説は仮説のまま。だからあまり期待はしないように。」


そりゃあそうだ、とロゼは首を縦に振った。村人は狼神と称するが、実際に神に昇華した狼かどうかまでは分からない。可能性の話にすぎないのである。
……森を、歩く。暫くすると、木々の向こうに大きく開けた場所が見える。恐らく、あの場所が狼神の現れるという広場だろう。


「ここから先にはゲイルに1人で行ってもらって、私たちは少し離れたところから援護しましょう。まあゲイルだもの、このくらいどうってことないでしょう。」
「おうよ、あたいはぜってー負けねぇ!どーんと任せてくれ!」


あぁ、とても楽しそうだ。これが戦うことで生を繋ぎとめる戦闘狂か。
ゲイルを見送ると、残りのカモメ達も広場が視界に入る場所へと足を進めた。



広場だけ、何故か空気が異質なように感じた。不思議な空間……ここに、狼神が現れてもおかしくないと思うほどに。
どれほどの時間が流れただろうか。今か今かとうずうずするゲイルがぴくり、反応する。突如吹いた一陣の風。それから、近づいてくる強者の気配。
高揚していく。獲物はまだか。好敵手よ早く。
そんな願いが届いたのか。現れたのは、1体の狼。だが、その狼がただの狼でない事は冒険者たちにははっきりと分かる。普通の狼には持ちえない魔力が身に流れている。いち早く、その詳細を理解したのはラドワだった。

「……昇華しきってはいない。けれど、分かる。
 ―― ただの狼が、信仰を……いえ、恐怖を糧として疫病神と昇華しつつある存在。」


神も疫病神も、人に益を齎すか害を齎すかが異なるのみで、根本は同じ存在である。現れた狼は、災厄の具現化と言ってもいいだろう。
人の恐れと生贄から、規格外の狼へと成り上がった存在。同時に、それを理解できるということは

「ほう。貴様が今年の生贄か。」
「生贄って認識してもらえたーーー!!」

めっちゃ小さな声で思いっきり叫んだ。実際はひそひそ声の声量である。
どうしよう。あんなに闘争心むき出しのお前の首を獲りに来ました娘が生贄判定になっちゃったよ。まじかよ。それでいいのかよ。

「あっはっは、生贄だったらよかったな!けど、あたいはてめぇと勝負をしに来た。あたいは強ぇやつが好きだ。分かる、分かるぜこの気配……てめぇは強い!戦いたい!勝負したい!」
「多分その気配は同類的直感なのだけれどもまあいいわ。」
「ところで狼が喋っていることには誰もツッコミがないんですか。」

隣で聞いているロゼも、あぁこれがそういうことなのね、と納得顔。確かに先程のラドワの話は聞いていないし知りもしないはず。魔力の共鳴が起きることによる違和感の察知だろう。
それにしてもあの生贄は本当に好戦的だな。というか早速明かすのか。不意打ちでもすればいいのに。

「いい目をしている。反抗的な者ほど屈服させる喜びは増すものだ……いいだろう、かかってくるがよい。
 さて、後ろに隠れている者。目の前の者と合わせ、合計6人。中でも1人は特に私と近しい存在のようだな?5人は神の恩恵を受けている、ということだろうか。
 ―― まあよい。好きなだけ抗うがいい。私を打倒すことができるのであればな。」
「―――― !」

雪の推測が、確信に変わる。同時に疑問も増える。
1人の者から恩恵を受け取っている?呪いを所有する者を除けばアルザスとアスティになる。アルザスは神として崇められたことはない。普通のシーエルフだ。だとすれば、アスティは。

「お見通し、ってわけか。とにかく行くよ!何が何でも僕たちが勝つんだ!」
「え、あ、えぇ。」

カペラが声を上げる。アルザスとアスティは応じるように首を縦に振った。
今は考えていても仕方がない。ロゼとラドワも、得物を手に持ち狼神へと向ける。強い強い風が、広場を吹き抜けた。

「っらああああああぁぁぁ!」


斧を振りかざし、気を纏った一撃をお見舞いする。
ガキィンとその斧に喰らいつき、受け止める。速い、が、捕らえられないほどではない。

「そこ、がら空きだよ!」


短剣を扱うタイミングがすぐにやってきた。刃を振るい、神聖なる一撃と化する。威力こそ殆どないが、気を逸らすには十分だ。


「甘いわ!」


吠える。遠吠えは衝撃波となり、後方の海鳥達に襲い掛かる。
このくらいなら、と手を上げ小型の津波を生成。すぐ前に間欠泉のような波の壁を作り、相殺する。

「おらおら!どこ見てんだ!」


吠えるということは、斧を放り出すということ。その隙を、決してゲイルは見逃さない。
踏み込み、再度口へと殴りつける。ただしそれは、武器である牙をへし折るための一撃だ。

「っ、がぁああああぁっっ!」


がきり、砕けた骨が舞う。例え狼として規格外であろうが、神としてはそこまで力があるわけではない。何より、暴風が、大変生き生きとしている!


「一気に畳みかけましょう!」
「えぇ、このくらいの距離、どうってことはないわ。」
「私の魔法も味わってもらわなきゃ。さあ、真っ赤なお花を咲かせてね!」
「ゲンゲンはまだまだ僕たちと一緒に冒険するんだ。そんな神様まがいの狼にしてやられたりしないよ!」

水に、弓に、魔術に、短剣の刃が狼神へと浴びせられる。
避けられるはずもなく、一身にその攻撃を受け……目の前の暴風を薙ぎ払おうとすれど、それよりも先に斧がすぐ頭上に迫っており、地面へと伏せられる。


「…………」

うん。そうだね。一人完全に何もできないって顔をしてるね。
どうしようなぁ。何もできないし、しなくてもよさそうだし、圧勝してしまいそうだなぁ。
しょうがない。今日調理当番だし、夕飯のメニューでも考えておこう。あの狼の肉って食べれるかなぁ。香草焼きとかにしてみようかなぁ。だって狼神って言うくらいだよ?もしかしたら美味しいかもしれないじゃん。

 


「……我が血脈も、ここまでか。いいだろう。貴様らのように力ある人間に断たれるのならそれも悪くない……」
「案外弱かった。」

台無しな一言。ノリノリになりすぎた説ありますよこれ。戦闘狂怖い。
狼神は、その言葉を発したきり二度と起き上がることも、言葉を発することもなかった。一行はお疲れー、とゲイルの方へと向かう。これなら一人でもよかったぜ、とけらけら笑った。

「……アルザスは何してんだ?」
「晩御飯の調達。」
「マジで何してんだ?」
アルザス、狼の解体はそうじゃないわ。貸して、やったげるから。……いい毛皮してるし、剥いでくか。」
「わぁすっげーレンジャーが本業発揮してるーーー。」

どんどん狼が解体されてゆく。片方は何もすることがなくていじけ、もう片方は職業病だった。この後無事狼神は美味しい夕飯となり毛皮となった。これが神と恐れられた狼の末路ですよ。

「ほんとだね、ゲンゲン。」

狼の解体作業を楽しんで眺める屑と、それを呆れたように見つめる癒し手。歌はとことこと暴風に近づいて、哂った。


「お守りになったね。」


短剣を手に持って見せる。何のことだろうと首をかしげていたが、やがて自分が前に言った言葉を思い出し、思わず吹き出して笑った。

「おかしーな、あたいはてめぇを守ってくれますよーにって言ったはずなのにな。」
「僕と君のお守りになったね。まさかこんなにすぐに出番があるなんて思ってなかったよ。なかなかいい一撃だったでしょ?」
「おう、やっぱ流石カペラだぜ。でもあれならあたい一人でもやれた気がすんな?」
「それは結果論だよ全くもう。死んでてもおかしくないんだからね?」


相変わらずだなぁ、と肩を竦める。それから拳を作り、突き出した。


「……お疲れ様、ゲンゲン。」
「……あぁ、てめぇも。お疲れ様。」

こつん、と小さな手と大きな手が触れる。
いつも、何度も交わしたやりとりで狼神との戦いは幕を閉じた。


  ・
  ・


アドレオの家へと戻り、打倒したことを報告する。
アドレオは言葉にならないといった様子で立ち上がり、まずゲイルの、そして他の冒険者たちの手を順番に握りしめる。何度も何度も、ありがとうと繰り返した。
カモメの翼は、小さな村の英雄となった。犠牲の上で成り立つ村の呪いは解かれた。
これからは何も怯えることもなく、神の支配から逃れ、あるべき姿へと戻っていくことだろう。
願わくば、いつか英雄という存在も忘れ去られるように、と。そう願いながら。

―― 神への恐怖が断ち切られ、忘れ去られて初めて。神は、死ぬのだから

 



☆あとがき
始めはアスティちゃんを生贄役に抜擢する予定だったんです。恋仲のやりとりすんげぇ美味しいじゃないですか。でもね、ザスがそんなアスティちゃんを危険な目に遭わせるか?というか戦えないの分かってて生贄役やりたがるか?アスティちゃんも自己犠牲する?しないよね?あとゲイカぺって貴重だよね?
―― おかげで完成したものはギャグ色が強めのリプレイでした

おかしいな、このシナリオもシリアスなはずなんですけどね。


☆その他
(やべぇ記録つけとくの忘れた!!ちゃんと追加依頼の分もやってるのよ!!)
(多分ここでラドワさんとゲイル姐がレベル5になってる!!多分ここ!!)

☆出展

あんずあめ様作『狼神の棲む村で』

ツッコミロール、それはロールに命を燃やす芸人の熱き魂


※この記事は定期ゲ・鶏 Advent Calendar 2020の25日目です。
鶏の24日目の記事はこちら

 

 

おはこんにちばんは、犬ことわんころです!よく考えたらこんな記事が最後を飾っていいのか!?正気か!?!?
アドカレは参加する予定なかったのですが、皆さんの記事を読んでいたら凄く面白くて、これは私も何か書きたいなー でも私が書けるのってなんだろうなー というか私が書いておこがましくないか?大丈夫?わんころさんやぞ?と思いつつ、せや!アンケ取って決めたれ!と、なんともまあお前はコインを投げて表裏で結果を決めるような、人様に何か決めてもらわないと何もできないのか、なーんて言われそうな決め方の末。

 

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ツッコミについての記事になりました。
…………

ツッコミについての記事って何……?
ツッコミに関するレクチャーってなんだよ……正気か……???

 


誰?

これ見せるのが一番自己紹介として手っ取り早い気がします。
デデドン!!

 

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はい。
……これで理解していただける人が多いの、複雑だなぁ……

伝わらない人はどうぞそのまま伝わらないままでいてください。もしどこかの定期で私を見かけましたら、以上の顔を見て「あぁ……(察し)」と思うでしょうから。そのままでいられてないのでは?

 


ツッコミってそもそもなあに?

いわゆる「なんでやねん!」ですね。
私の意見を言うと、「おかしな点を見出し、的確な意見を、聞いている人もツッコまれる方も楽しく受け止められる言葉遊び」だと思っています。難しそうですね?難しいと思います。
ですが、これは日常的に行われることではなく、ロールで行われること。
突然会社の人がボケて、それに間髪入れずに鋭いツッコミを要求されるというテロ行為が行われるわけでもない。
そう。ハードルは低い。何故なら。

ロールは、考える時間があるから!!

 

 

読む前に留意ください

これは論文も読んでないし芸人に直接教えを乞うたわけでもありません。
あくまで関西人によるDNAに刻み込まれた芸人魂によるわんころさんの主観でお送りしています。あくまで一つの意見としてお読みください。いいですね?

なので、これは違うよ!とか、そのソースはどこだよ!とか言われても、「俺がソースだ!」と叫びかねないので気を付けてください。いいね?お願いね???

 


ツッコミのやり方

ツッコミがやりたい!でもどうしていいか分かんない!大丈夫です、ちゃんと最初から解説をしま
まずツッコミがやりたい!って人はボケの発想なのでは?
ツッコミのやり方を見てツッコミって習うものじゃなくない?ツッコミって気が付いたらしてるもんじゃない?私は何を言っているんだ???


こほん。ツッコミのやり方は簡単。
素直な感想をそのまま言葉にするだけです。

例えば

「布団が吹っ飛んだ。」

突然何を言い出すのか。
気でも触れたのだろうか。
こんな極寒で更に周囲を寒くしていくのか。
正気か???

 

そうです。これを言葉にすればいいんです。
これを見て「えっ、布団が飛んだ!?写真撮ってる!?見せて!」と言う人はまずいないでしょう。いらっしゃったら?おめでとうございます、天性のボケの才能です。でもそういやこないだ布団がリアルに飛んだって話を聞いたし写真も見ゲフンゲフン

言葉が思いつかない人は結構いるんじゃないでしょうか。それも、実はツッコミの一つ。何も言わない、黙ってる。『無言』でツッコミを返す。これも、一つのツッコミです。だって何も言えなくなるほどの困惑ですよ?困惑してるってことはね。ツッコミなんですよ。正気じゃないことを疑えているんです。なので何も問題ないです。

ツッコミに大切なこと。
それは、『常識的に考えておかしい』と見抜ける力。
おかしいと思えるのであれば、あなたは立派なツッコミの素質を持っています。

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これは無言ツッコミの一例。

 

ツッコミはキャラクターとして必須科目?

真面目で苦労人はツッコミキャラとなる定め。誰か偉い人が定めた定義は実際にその通りだと思います。
しかし、ツッコミキャラはツッコミしかしないのか?と問われればそうではないし、ボケキャラはボケしかしないのか?と問われればそうではない。
どちらかの割合が多くとも、必ずどちらも行う必要がある。とある漫画の作者が言った通り、一方的にやられる、あるいはやりっぱなしになる。これをよく思わない人は結構多いです。
ロールでも同じ。ボケキャラにもツッコミややり返される余地を残す。ツッコミキャラにもボケのユーモアややり返しの余地を持たせる。

 

例えばうちのツッコミ担当のシーチキンエルフことアルザス君。

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これはツッコミ。親の顔より見たロールですね。

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これは珍しくボケにボケを重ねる図。宿の定番メニューは譲れないそうです。

 

 

では次にボケ担当の屑ことラドワさん。

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最早お約束のお言葉。名物。屑。おまたせいつもの。

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ちょっと斜め方向に曲がったツッコミですが、十分ツッコミしてます。

 

 

最後に、比較的どっちもこなす24歳児ことピノちゃん。

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それほどでもありますけど♪はこいつの口癖ですね。

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ツッコミ疲れですね。おかわいそうに。

 

 

お分かりいただけただろうか。
何だかんだ、どっちも行っているんです。これが非常に大事。勝負でも、一方的に負け続けると不愉快になってくるでしょう?くそチート技能で負け戦ばかりが続くゲームってどうです?クソゲーオブザイヤーに提出できる究極の……いやゲームとして成立してないけどしてるからノミネートは微妙だな……

ともかく。ツッコミの話に限らず、『やり返されるスキを持つ』ことは大変大事です。同時に、ツッコミキャラだからといってツッコミだけすると息が詰まりますし、割と精神に来ます。割と。マジで。私だけかもしれませんが。

 


キャラクターに合ったツッコミとツッコミの種類

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まあうちの子は基本的に皆大声で叫び回るんですけどね!!!!
しかし、ツッコミにもいくつか種類があります。うちの子でいくつかご紹介しましょう。

 

・叫ぶ

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まあ勢いが出るし簡単です。文字の大きさを大きくするとより効果的に見えるでしょう。
気を付ける点として、叫ぶ分文字が多くなりがちです。なので1単語をできるだけ短くこじんまりと収めておきましょう。「馬鹿!!」を「馬鹿ぁぁぁぁあああああっ!!」と、言葉を長く叫ばせるだけで随分と勢いが出るでしょう?


余談ですが、---と、伸ばし棒だとあまり勢いがでません。逆にそれを生かして、小声のツッコミや控え目の叫ぶツッコミが可能です。控え目に叫ぶって何?叫んでる時点でやかましいんですが?
あと私は最上級の叫びの場合、途中で母音を変えることがあります。「あ」以外の母音→「あ」 への変化が多いです。「ふざけんなよぉぉおおぁぁぁあああああっっっ!!」みたいな感じで。
何で逆は成立しないのか。「あ」以外の口の形をしてみてください。そこから「あ」の口の形にしてみてください。全て元の口から開きましたよね?
では今度は、「あ」の口の形から他の母音の形にしてみてください。全部閉じますよね?そうです、閉じちゃう、つまり叫んでいる場合だんだん口が閉じていっている、勢いが消えていっているということになります。
もし最上級のツッコミを使う際、是非ともこのアドバイスを思い出してください。きっとあなたの力になるでしょう。……。ところでですね。

最上級のツッコミって、何ですか……?


・べらべらしゃべる

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多弁なツッコミはね。疲れます。ツッコミの中でも一番疲れます。頭が上手く働いてないとできません。ベネはなぜかこの多弁ツッコミがすげーやりやすかったんですが。


多弁ツッコミは勢いを殺さないため、できるだけ文章が長くならないように適度に!などで区切ります。同時に言葉回しのセンスも問われます。そう、ツッコミをしながら、面白いことを言わなければなりません。こんなんできんの芸人くらいだろ!!
これができるようになれば、ツッコミマイスターとして食べていけます。その定期界で名を馳せる力を得られるでしょう。いやほんとに。冗談抜きで。そのくらい難しいし、同時に読んでいる人はめちゃくちゃ楽しい。最高のロールができます。

 

なお私はリアルでこんなに舌は回りません。ロールだからできます。

 


・淡々とツッコミを入れる

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あんまりやりません(理由は後述)。思いつかなくて自小説から持ってきたくらいにあんまりやりません。勢いとか関係なくあんまりやりません。できませんだろって?それは……あるなあ……

 

個人的には、マジレスになりかねないからです。私の中で、マジレスとツッコミは別です。マジレスは禁じ手としています。私が苦手だというのもあるんだけどね!!
淡々とやる、というよりはのらりくらりと、軽い調子でツッコミを入れる、が私の場合正しいかもしれませんね。小説では淡々としたツッコミをちょこちょこやるんですが。マジレスが苦手、禁じ手にしている理由は別の項目でやります。
あ、ツッコミ難易度としては低いんじゃないでしょうか?へらっとさせたり、おどおどしながらさせたり。キャラクター性が出るツッコミだと思ってます。

 


・虚無

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ツッコミに疲れたり、何も言葉が返せなくなったり、心からの同情の際にどうぞ。

 


・ノリツッコミ

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実はこれ、私の中でとてもやりやすく、スベらず、ウケが狙えるツッコミだと思っています。ただしカロリーは高め。キレ芸と言われたこともあります。


相手の意見を肯定して……突然のドン!!分類的には多弁ツッコミに似ているんですが、相手のボケを一度肯定する分、何をツッコむべきかが分かります。そして、相手の話を聞いてくれていると錯覚し、好感度が倍増!きゃー!ステキー!あなたのツッコミで抱いてーーー!こうして相手を惚れさせ、印象に残していきましょう。
カロリーが高い理由としては、そこそこ長文になる点です。相手を肯定する文章と、それと同量のツッコミを要求されます。比率は1:2から1:3くらいが理想です。わんころさん的には。肯定が長すぎると、それはボケになりかねませんからね。


ただし、あえてボケを多くして最後の最後に一言大声でツッコむ、という高等技術もあります。その際は9:1くらいが理想でしょう。ひたすら相手の言葉に同意し、自分で適当にでっち上げて、なんかそれっぽく言って……からの、一言ツッコミ!読んでる相手も、根っからのPLの気質が天然でなければ「そんなバカなwww」と笑いながら読んでもらえるため、これはこれでアリだと思ってます。

 


ツッコミの小テクニック

これはツッコミの際に覚えておくと、ちょっとキャラクターが立ったりちょっとふふっとなってもらえたりするかな、と個人的な拘り部分です。

 
・ツッコミでキャラクターの世界観の説明をする

キャラクター設定、恐らく皆さん大変練り込んで作られると思います。そして闇を込めて救いようのキャラがなくなる。私は何人もそんな人を見てきた。いやいいんですよ今は闇の話はどうでもよくないけど置いておけ。あとこらそこ、なんだわんころさんじゃんって言わない。
一番分かりやすいのはうちの子のベネトナシュ。海の中の出身で、ウミネコという種族が独自の社会を築いています。だからこそ、陸の事情には疎く、海の中の生物は普通に口に出る。
つまり、こう。

 

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普通なら鬼!悪魔!と罵倒(あれ?ツッコミじゃなくね?)するところを、海の生物で例え、『彼ら独自の社会性』を匂わせます。
これだけのツッコミで、

 

・悪魔や鬼といった種族、及び概念がない
・海の中の生き物で、オルカは鬼に並ぶ怖い生き物だとされている
・罵り方はこちらと似ているものがある

 

これだけの情報が込められます。勿論、そこまで相手が汲み取るかどうかは分かりませんが、『我々の感覚とは違う異種族』だということは大いに説明できるでしょう。
人外や、人間だけど私たちの常識とは異なる生活をしていた場合、このようなテクニックを使ってみてください。きっとあなたのキャラクターを引き立ててくれるでしょう。

 

・パロディを混ぜる

あぁもうこれは完全に脳死の方法ですね。
なお、好き嫌いが分かれることは先に明記しておきます。また、あくまでも原作への愛や、著作権的にアウトなあれそれは自重しましょう。ツッコミの場合は、そのくらいさらっと混ぜるくらいがちょうどいいです。
パロディを混ぜる場合、一番気を付けることは『それは多くの人に通じるか』、ということ。プレイヤーの4割以上が通じるのであれば問題ないと私は思います。え、4割でいいのって?あなたおにめつも、原作を読んだことがあるって人全国の何割くらいだと思っているんですか?100%知っているってなったら、それこそ日本人なら米でも聞いてください。

 

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てかベネ多くない???

因みに私はジブリをよく使います。言葉回しが楽なんですよ、使いやすいし。
ただやりすぎるとくどくなるので、時々さらっと使う程度に留めましょうね。オムライスの包む卵に混ぜる塩くらいで……いや結構あるな。あんパンのケシの実くらいでいいです。

 


ツッコミの禁じ手『マジレス』

・マジレスってなあに?

意見が分かれると、先にはっきりと書いておきます。
あくまでもこの項目に関しては私の主観が強いです。なので、一つの意見として聞いてください。他も全部そうだけど!ここは特に!特に!!

そう、マジレスというものをご存じでしょうか?
真面目な回答、マジメのマジと回答の英語、レスポンシブから来た造語です。ツッコミだってボケに対する真面目な回答でしょう?そうですね、ツッコミはいつも戦争ですから。命を燃やしていますから。その精神は大いにマジメでしょう。まるで武士の魂のようですね知らんけど。

 

・マジレスってなんでだめなの?

ツッコミとマジレスについての違いをはっきりさせるため、一例を挙げましょう。

ボケ:
「大変!暖炉に薪をくべすぎて屋内キャンプファイアーみたいになっちゃった!」

 

ツッコミ一例:
「何やってんの!?寒かったから!?規模と限度と加減とその他諸々があるでしょ!?うわあつっ、あっっっつ!?ちょ、みず、水!!はよ!!誰か!!火事んなっちゃうはよ、はよっっっ!!」
マジレス一例:
「どうしてそうなるまで分からなかったの!?そもそも薪をくべただけでここまで火が盛るの!?空気がないほどみっちり詰めたのに!?本当は何したの!?」

 

さて、ピンときますでしょうか?
『どうしてそうなるまで分からなかった?』普通はそう、見て加減をすれば分かりますよね。ではどうしてこんなことになったのか。
ギャグだからですよ。正当な理由をつけるのであれば、そのキャラがとんでもなくうっかりだったか、ちょっと炎の魔力を持っていただとか、ダイスの女神がほほ笑んだからだとか、きっとそのあたりでしょう。
同時に、敏感な人はこれがちょっとグサッときます。「すいません……怒らないで……私の軽率な行動で大変なことをしてしまいました……」と。うん???せやな???火事寸前って大変なことんなってんな???


次に、『薪をくべただけでここまで火が盛るの?』まあ、空気の加減とか、湿度とか、色々他にも要因はあるでしょう。私は知りませんよその辺。まあ確かに、薪をつっこむだけつっこんで空気がなくなったらまあ、火って消えますよね。
いーんですよ。ギャグだから。ギャグに現実の理なんて無関係なんです。突然きのこが生えたりみたらし団子が増えたりスターゲイザーパイが食卓に並んだりしてもギャグだからいいんですよ。


特に、自分が好きで知識が深くて、相手がそれに対して間違ったロールをしている場合はめっちゃ気になりますよね。私だって、お相手さんが万年筆のインクの交換ロールを初めて突然黒のカートリッジを抜いて青のカートリッジを詰めて綺麗に書いているロールを始めたらマテマテマテマテって言っちゃう自信ありますよ!でも、相手は雰囲気でやってるんですよ!自分の好きが、相手がそこまでも好きじゃないって場合あるんですよ!私だって茨でちわわって古文好きなキャラをやってますが古典聞かれたらなんっも分かりませんよ!!


もし間違った知識が出てきた場合、そっと流してあげましょう。あるいは地の分でそっと触れるか、ロールで触れるか。因みに私は「私の名前のワインがあるらしいのよ」ってキャラクターに言わせたら、相手がめちゃくちゃワインに詳しくて逆に教えてもらったってことがありました。

 

・マジレスが期待されている場合もある

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あります。これは、あります。苦手な人にとっても、それを期待しているものがあります。
それを見抜く……というより、当然のお話なのですが。
皆さん、キャラ設定に『こういう力がある』『こんな設定だ』、書きますよね?
それは、『人と違うから』『他の人と比べて特筆すべき事項』だから、書きますよね?
そう。人とは違うんですよ。
『快楽殺人鬼の屑』『小指をタンスにぶつけただけで死ぬ』『時速27kmの爆速ハイハイ』


おかしいだろ!!と、ツッコミを入れざるを得ないですよね?
そうなんです。
おかしく作ってるんです。
意図的におかしいんですそれは。
待ってるんですよそのツッコミを。
これが、私の考える例外的に『マジレスが期待されている場合』です。
とはいえ、科学的、論理的な設定が込められていない場合もあるので、あまりメタな深堀はしないように、ですよ。

 

・ツッコミとマジレスの境目ってなあに?

マジレスは、ロールの場合はメタ発言にも通じるものがあります。PL事情云々というよりも、そのキャラが知りえない知識をPL知識でツッコむ等々。ファンタジー世界の住人が、いきなり現代社会の闇を語り始めるとえぇ……ってなりますよね。そういうところです。
実際どれがツッコミでどこからかマジレスか、という明確な線引きはそこまでないんじゃないかな、っては思います。ここまで言っておいて掌クルーですが。
まあ。あれだ。
ツッコミは相手を笑わせるものであって困らせるものじゃねーぞ!うん!これだ!私が言いたいのはこう!!いいね!!!!

 

・というか私が変に苦手意識が強いのであんまり参考にしない方がいいまであると思います


本当にそう。

 


ツッコミの注意点

何よりもこれです。
疲れます。思っている以上に疲れます。
そらそうです。キャラクターの言動をよく聞き、面白い言い回しを考え、受け止めやすい威力にし、受け答えしやすい内容にする。
それを短時間でやるんですよ。全チャのツッコミはタイピングの時間で考えられるとはいえ鮮度が命。アオリイカを透明なままいただくくらいのスピードが大事なんです。白くなってからでは遅いんですよ。
そして、一度ツッコミを行えば、なかなか開放されません。3度4度とツッコミを放つことになります。

私から言えることは、ただ一つ。
疲れたら休んでください。あとメンタル的にきつくなったら真面目に息抜きにのんびりとしたロールをしてください。

 


ツッコミキャラと遊ぶ人へのお願い

いつも遊んでくれてありがとう!楽しいロールをありがとう!
大好きだよ!いっぱい関わってくれて!めっちゃくちゃ嬉しい!
だから、これからいうことはちょーっと留めておいてくれるとわんころさん嬉しい!あっ自分の事かな!?って、気を重くしないで、あぁそうなんだな、くらいのふわーっとした感覚で次の項は受け止めてくれ!いいな!

 

本人には悪気はない。よーくわかっています。
けれど、無意識にマウントを取る方がちらほらいらっしゃいます。割とぐっさり来ることがあります。


『こいつ頭悪いから何してもいいだろ』『愛を向けてツッコませてるんだよ』んんんんんんそっかぁ!でもごめんなー!相手も人間だからなー!対等で扱ってくれなー!!
あと真面目になったときに『頭おかしくなった?』『いっつもギャグしてるのに珍しくシリアスしてる』って頼むから言わないでくれー!自分の存在価値を疑っちゃうからなー!『えっ……賑やかし要因としてしか認識されてないの……?シリアスをしちゃだめなの……?』って悲しくなっちゃうからな!


わんころさんとの約束だぞ!ツッコミ代表としてこれだけは頭の片隅にそっと残しておいてくれ頼んだぞ!!

 

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これは狙って発言したので何も問題ないです。手を挙げてくれた人こんちくしょうありがとう。

 


Qツッコミ代表がわんころってどうなん?
Aすいませんでした

 


終わりに

ツッコミロールについてあれこれ書きましたが、私自信もまだまだ半人前だと思っています。
いつも気持ちのいいツッコミをさせていただき、こちらこそありがとうございます。皆さんとのロールが本当に楽しいです。
ツッコミロールの勉強会、というよりかは私の意見や考えをつらつらと綴った文章になります。ちょっとしたツッコミ思考をおすそ分けできたのなら幸いです。
まあ。

私そんな考えてロールしてないんだけどな!!

さあ皆さんもレッツ、ツッコミロール!!

 

 

追記:ここまで文章を書いた現在19:40です。ここからスクショとか用意します

リプレイ外伝_6『かつてそう自分たちは -雪の頁-』

※ラドワさん過去話だよ

※セルフツッコミでお願いします

 

 

私の家族は魔術師の家系だ。代々から魔法を『誰もが簡単に扱え、程々の威力に抑えた護身術』として扱うための研究を行っている。威力を抑え、誰にでも扱えるよう調整を行うことは難しい、らしい。らしいというのは私が全くといっていいほど興味がないからだ。

魔法は扱える。実戦的なものは魔法の矢くらいしかないが、準備する時間さえあれば小型の吹雪くらいはやってのけた。それから、呪術や死霊術にも手は出している。基礎はできているため、術式の構築や、他の人が生み出した術式であってもすぐに理解はできた。

 

「すぅーーーーー、すぅーーーーーーー、ふぅーーーーーーーーー」

 

森の中を、口笛を吹きながら歩く。魔法の触媒となるキノコや植物集めには絶好の場所だ。え、口笛が吹けていない?いいのよ、それっぽいのであれば。因みに曲は魔法の矢の詠唱。
竜災害が起きても、私の暮らしは変わることはなかった。北海地方の中でもかなり南部に位置し、一位二位を争うほどの都会に暮らしていた。最北部に位置する大都市、故に白銀都市なんても呼ばれていた。
さて、実家はその大都市にあるのだが、魔術を研究するには聊か不便であった。魔法の試し打ちをして暴発する可能性があったし、人も多く集中しづらい。日々の暮らしは都市にある実家で、魔術の研究の際には都市を出て、歩いて10分ほどの場所に建てた別荘で行っていた。今は、そこへの帰り道だ。

 

「にゃあ。」
「……ん、どうしたのベリアル。」

 

傍を歩いていた黒猫ことベリアルが私から離れ、森の外へと走っていく。使い魔、というほどではないがうちで最近飼い始めた猫だ。
父の得意魔法が動物使役である。ただし、動物に無理やり命令を下すのではなく、仲良くなった動物の知能や身体能力を上げるための術という、少し変わったものだ。ペットを東の国の式神にするようなものか。
使役主は父であるが、家族同然故か母や私、それからうちで共に魔術の研究をする者らの言うことには従順だ。触媒探しに森に入るときは、何かあったときの保険として連れていくようになった。
因みに名付け親は私。適当につけたら採用された。
それから、もう一匹。

 

「キッキッ、キッ。」
「えーと……名前……名前……えーと……鳥、鳥も何か見つけた?」

 

名前は忘れた。父の使役しているハヤブサの1匹。
うん。うち、ハヤブサが無駄に4匹いる。何で?名前も覚えられないし、どれが誰か分からないからやめてほしいのだけれども。
バサバサと舞い降りて、こくこくと頷く。それからじっと森の外を、ベリアルが走っていった咆哮を見つめていた。
何だろう、と思いながら森を出る。数メートル離れたところで、ベリアルはこちらを眺めて待っていた。
その傍には、倒れている人がいた。

 

「…………」

 

血の香り。動く気配はない。酷く傷つけられており、遠くからでは生死が分からなかった。
裕福な家で、平和に暮らしてきた。街で時折喧騒が起きることはあったが、ここまで暴力的なものを目にすることは初めてだった。
あぁ、これが。人の、死。

 

「……あ、生きてたわ。」

 

近寄って、脈をとる。辛うじて生きてた。死んでなかった。なぁんだ。死んでいたら死霊術の練習台になってもらおうと思ったのに。
動じる心は一切なかった。見慣れているわけではないが、自分のことではないのでどうでもいい。今ここでこと切れようが生きていようが関係ない。それで、何かが変わるわけでもない。
……ただ。『それ』は、私の好奇心をくすぐるには十分だった。

 

「筋肉の付き方、得物、所有物……身なりとしては盗賊……なのに、何故かしら。魔力を持っているわ。」

 

魔法を使う盗賊がいないわけではない。しかし、そのような盗賊はかなり盗賊の中でも実力者だろうし、もし群れているのならば重宝されるはずだ。
何があったのだろうか。私の知らない世界で、何が起きたのだろうか。
ちょうど退屈していたし、何か面白いことが分かるかもしれない。

 

「鳥、この籠を家まで運べる?私はこの人を応急処置してから担いでいくわ。距離も近いし、そこまで大きい人じゃないからなんとかなりそう。」
「キィー。」

 

分かった、と籠を足で掴み、名前を忘れ去られた悲しきハヤブサは家の方角へと飛んで行く。森に入る以上、薬の類はいくつか持っている。暇だったので学んだ医学の知識もあるため、手際よく手当を行った。
回復魔法?使えませんけど?何で人の傷をわざわざ私の魔力で治さなくちゃいけないわけ?

 

「……うん、手当さえすれば問題ないわ。流石私。」

 

応急処置が終われば腕を自分の肩に回し、立ち上がる。盗賊なので街にある実家に連れ帰ることはできないだろうが、幸いうちには街から離れた場所で別荘がある。内密に治療できるだろう。
そのとき、少しだけわくわくしていた。
初めて、私が一度たりとも出たことがない、外の世界の物に振れたような気がしたのだ。

 

  ・
  ・

 

別荘には両親と私の先生、それから魔術師が5人ほど居た。それから使役している動物が多数。
連れ帰ってくるなり大層驚かれた。人が倒れていたということより、私が人を連れて帰ってきたことに驚かれた。酷くない?
空き部屋へ運び込み、手当を行う。念のため手足は縛らせてもらった。助けてもらった恩があるから襲わない、という情があるのならば今頃盗賊などやっていない。

 

「……それにしても。本当に不可解な魔力ねぇ……」

 

意識を失っていることをいいことに、私は盗賊をあれこれ調べさせてもらった。
エメラルドグリーンの髪を持った、まだ少女と呼べるほどの体格。魔力は体内に存在しており、背中に集中している。流石に脱がすことはしなかった。別に脱がしてもよかったのだが、起きられると何かと面倒になりそうだったので。

 

「魔法具の類は持って無さそうだし、あまり身体になじんでないようにも思える。そもそも魔法を使うだけの教養があるのかも疑問よね……」

 

盗賊となってからはそこまで短くはなさそうだ。つい最近入ったとすれば、明らかに筋肉の付き方が違う。素早く駆けることに長けた作りになっているそれは、手慣れだということを物語っていた。
同時に、そういった作りになっているが故に魔法を扱うとはとても思えなかった。盗賊になってから魔法を勉強した、という可能性もあるが、それにしては身体付きと年齢と持ち物がちぐはぐに感じた。
盗賊の頭に手を置き、うーんと小さく唸る。身体に振れた方が所有している魔力はよく分かり、頭や胸に手を置けば、魔力の流れや性質をより知ることができた。頭は思考に振れやすく、胸は血と同様身体に送り出す原点となる場所。最も、魔術師としての常識になるのだが。

 

「……ぅ……、」
「あ、起きた。具合はどうかしら?保険のため、手足は縛らせてもらっているわよ。」

 

うっすらと目を開ける。虚ろな目だった。
声が聞こえているのか、いないのか。話せる状態ではないか、と小さくため息をついた。話せる状態なら、色々話を聞いたのだが。

 

「……ここ、は……んた、何、して……」
「とある有名魔術師の別荘。面白い魔力を持ってるみたいだから、色々調べさせてもらっているわ。」

 

ぐりぐりと、そのまま置いていた手で頭を撫でまわす。
特に表情は変わらなかった。それから、少し遅れて驚いたような表情をした、ような気がした。

 

「まだお話するのは難しそうね。今はゆっくり休んで回復に務めなさい。」
「……、……んで……、あんた…は、……たし、に……、……」
「……?なんて?」

 

何かをぼそぼそ言った気がするが、いまいち聞き取れなかった。
早く元気になってもらって、それから外の話をしてもらおう。好奇心を満たしてもらおう。瞼が再び閉じられようとしたとき、コンコンと扉を開く音が響いた。

 

「どうだ?盗賊の様子は。」
「お父さんね。入っていいわよ、今起きたけどまた眠りそう。容態は落ち着いている。」

 

遠慮気味に扉を開け、忍び足で部屋に入る。静かにしておこうと気を遣っているのだろう。にゃあ、と一緒にベリアルも部屋に入ってきた。
うーん、と何かを考えるように顎を掻く。父の、考え事をしているときの癖だった。

 

「まさかお前が人助けをする日が来るとは思わなくてだな……正直内心かなり焦っている。」
「だから酷くない?だって、面白そうじゃあない。盗賊が魔力を持っていて、それもこれほど傷だらけで。いつもいつも同じ毎日を繰り返す私にとってちょうどいい刺激だわ。」
「人一人死にかけていたんだけどなぁ。それも盗賊で何されるか割と分かったもんじゃないのになぁ。うちの子は凄いなぁ。全く危機感がないなぁ。」
「お父さんは慎重すぎるのよ。……それで?何か分かった?」

 

こちらが治療に専念する代わりに、両親や務めている魔術師の者らに正体を探ってもらっている。まだ数時間しか経っていないため、何も情報はないとは思った。
その考えは大正解。父は苦笑を漏らして首を横に振った。でしょうね、と呆れたため息を思わず私はこぼした。

 

「とりあえず、魔力を調べたい。採血させてもらってもいいかな。」
「いいんじゃないかしら。手当してあげた分、私たちにも見返りがあっていいはずだもの。」

 

この子は全く人の心がないな、と軽く引かれた。そういわれたって、私は助けたくてこの人を助けたわけじゃないし、わざわざ見返りなしで助ける意味も分からない。
さて、人間は基本的に魔法を扱うに満たない微弱な魔力しか持っていない。故に、魔法石や魔法具を使い、外部魔力を使うことで魔法を扱うことができる。あるいは、己の身体に魔物の血を流し、自分で魔力を体内に蓄積できるように改造する、という方法もある。
先代は知らないが、私の家族は全員前者の方法をとっている。私は魔力を蓄積しておくための魔法石のペンダントと、魔力をコントロールするための杖を持っている。ペンダントがなければ魔力が用意できずそもそも魔法が扱えなくなり、杖がなくなれば術のコントロールが危うくなり暴発しかねなくなる。

 

「この人間は、体内に魔力を持っている。つまり、何かしらの肉体改造を行った可能性が高い。……盗賊が捕らえられて人体実験を受けた、とか面白いことが起きていたりしないかしら。」
「それを面白いと言っちゃうかぁ。流石だなぁ。相変わらずに相変わらずだなぁ。」

 

その日はあれこれ調査の準備をするだけで過ぎて行った。
私は特にすることもないので、盗賊がいる部屋で一日を過ごす。周りには危ないと咎められたが、少し危ないくらいが楽しくてちょうどいい。
面白くなってきた。上機嫌になりながら、その日は何事もなく眠りについた。

 

  ・
  ・

 

次の日も、起きて朝食を済ませるなり再び盗賊の居る部屋に引きこもった。流石に2日目にもなると特にやることもなく暇になってくる。
調査に加わってもいいのだが、そうするとこの盗賊が起きたときに一番に話を聞くことができなくなってしまう。手持無沙汰になっていたところ、部屋に一人の女性が入ってきた。

 

「退屈そうね。」
「ベゼイラスさん。何か進展はあったんですか?」
「ううん、特には。ただ、あなたが退屈してるだろうなーと思って。」

 

くすくすと笑い、隣に並ぶ。ベゼイラスは私の恩師で、私に魔法を教えてくれた人だ。
この人は私の両親と違い、好奇心で魔術の研究を行う。興味が惹かれたものに正直で、様々な魔法を扱うことができる凄い人だ。純粋な探求心から魔術の研究を行う姿にとても好感が持て、私はこの人の話は素直に聞くようになっていた。

 

「そんなにこの人が気に入ったの?」
「そういうわけではないんですが。ただ、何があって倒れていたのか。どうして魔力を保持しているのか。とてもわくわくするんです。」
「……そう。ふふ、そうよねぇ。どうして?を追求し、真理を求めること。魔術師の基本であり最大の心よねぇ。」

 

私の頭にぽんぽんとふれ、それから穏やかな調子で語り掛ける。

 

「人のために研究をすることもいいことだけど。やっぱり、知らないことを知りたいって気持ちは誰にも止められないのよねぇ。」
「その通りです。お母さんも、お父さんも、訳が分からない。人のために魔法を研究をして何になるの。必ずいつかは成功すると分かっている魔法に何の楽しみがあるの。私には、とてもではないけれども理解ができない。」
「ふふ、本当に両親には似なかったわねぇ……料理から悪魔召喚を試みたり、長時間かけて辺りを樹氷に変えたり、無茶苦茶なことをやってのけようとして。」

 

この人は私が生まれる前からここに務めていた。
つまらない。この家が、分かりきった魔法がつまらない。絶対という、約束された未来がつまらない。
だから。

 

「あなた……『外』に行きたいのね。」
「……!」

 

その言葉を聞いたとき。
とても、目を輝かせていたと思う。
私の知らない、外の世界。
ここに居れば、死ぬまで平穏であることが約束される。実際に竜災害が起きたところでどうということはなかった。
けれど……それでは、つまらないのだ。
分かり切った魔法の研究をすることは。安全だと分かり切った家族の元で過ごすことは。何も知らないまま一生を終えることは。

 

「……そう。私は、『外』へ行きたかったのね。」

 

飼いならされた鳥は、鳥かごの扉を開けても逃げ出すことを知らない。
かごの中が安全だと分かっているから、わざわざ外へ飛び立つ理由がない。
餌をもらい、天敵の居ない世界。少し狭いことさえ我慢すれば、好きな人と一緒に居られ、面倒を見てもらえる。
けれど、それは繰り返すだけの日々。
何も変化が起きず、何にも心を躍らせることもない、平穏な日々。
そんなもの。死んでいることと、何も変わらない。

 

「おーいベゼイラス、手伝ってくれ。」
「えぇ、分かったわ。それじゃあ盗賊のお世話、よろしくね。」

 

父に呼ばれ、その場を離れる。その後ろ姿を小さく手を振って見送った。
外。小さく口にする。それから盗賊を見る。
きっと、私の知らないものをいっぱい見て、私の知らないもので満たされている。
自由なる翼が、どこまでも羨ましく、焦がれるものに思えた。
それと同時に。魔力に、違和感を感じた。

 

「……?」

 

異なる魔力を感知した。何かしら、と思い魔力の発生源を調べる。
身体の中、ではない。上着を脱がすと、服の内側に縫い付けられた一本の羽根を見つけた。カラスの、真っ黒な羽だ。

 

「あら、呪術がかかっているわ。落としても戻ってくるような呪いのマジックアイテムになっている。へぇ、面白いもの持っているじゃあない。」

 

この程度の呪術なら簡単に解くことができる。闇属性の魔法は得意分野な上、呪術はしっかりと頭に叩き込んでいる。
簡単な魔法をつぶやき、呪いを解除する。じっくり観察しても、もう一つ魔法がかかっていることを除けばただの羽だ。

 

「こんなにこのカラスの羽根が大切だったのかしら。いえ、もしかしたら私が分からないだけで、変わった何かがあるのかもしれない。少し調べてみましょう。」

 

それからその日は羽を調べているうちに日が沈み、やがて眠りにつく時間となる。この日は一度も目を覚ますことがなかった。つまらないわねぇ、と小さくため息をつき、ずっと調べていたカラスの羽を寝る前につまみ、じっと見つめた。
はっきり言う。ただの羽である。呪術のついでに相互反応が起きるような仕組みが組まれていたくらいで、本当にただのカラスの羽。
期待して損した、と思う一方、そんなただの羽に呪術をかけ、絶対に手放せないようにしていることに何かしら理由はあるのだろう。例えば何かの鍵になっているだとか、例えば本当は自分が分からないだけで凄いマジックアイテムなのだとか。

 

「でもただの羽根にしか思えないのよね……」

 

真偽を聞くためにも、やはりこの盗賊には目を覚ましてもらわなくては。
わくわくする心は、昨日よりも強くなっていた。それからカラスの羽はそのまま自室の机の中へとしまった。これは治療費としてちょうだいする。盗賊のくせに物を盗まれるだなんて、とても滑稽な話だ。思わずくすくすと笑い声がこぼれた。

 

  ・
  ・

 

「カラスの嘴が壊滅した、だと?」
「はい。やったのは人間。3人は行方不明。魔術師の男と、白銀の悪魔と呼ばれる女と、それからそれと同じくらいのエメラルドグリーンの髪の女。」
「……おい、まさか。」
「えぇ。そのまさか、だと思うわ、貴方。早くあの子に伝えないと……」
「いや、待て。せっかくあの人の心がないあの子がここまで面倒を見ているんだ。伝えて怖がって、芽生えかけた人の心を踏みにじってしまうのは反対だ。」
「確かに、あの子があそこまで人の世話を焼くのは初めてのことだけど……けれど、あの子だって盗賊だということは分かっているはずよ。怖い存在だとも、理解しているはず。」
「だからこそ、だよ。盗賊、つまり危険かもしれない人間にも手を差し伸べられる……これはチャンスだよ。人に手を差し伸べることの意味を、少しでも分かってもらえるね。」
「……それもそう、ね。そもそも、あの子は止めようとして止まる子じゃなかったわ。それに、あの子があそこまで人に興味を持つことも、とても珍しいことですもの。
 あぁ、けれど、あの魔力もあの魔力で危険よ。あの盗賊は、目が醒めれば研究に協力してもらう。……似たような魔力が、発見された。その解明に、協力してもらわなくちゃ。」

 

「……っくしゅん!あー、誰か噂しているわね……」

 

盗賊を拾って3日目。起きてすぐに朝食を食べ、それから盗賊の様子を見る。
容態的にも、そろそろ目を覚ます頃だ。彼女のために、何か作っておいた方がいいかもしれない。冷蔵庫の中を見ると、軽食を作るだけの材料はあった。
ペンダントを外し、材料の確認を行っていると、部屋の前を2人の魔術師が会話をしながら通りかかる。そこそこ大きな声で、私にもはっきりと聞こえた。

 

「あの盗賊、モルモットにすんだとさ。」
「変わった魔力持ってたもんなぁー。魔物の血、とは違った感じだろ?まあ自警団に突き出されるよりかはよっぽどいーんじゃね?」
「そらあそうだ。盗賊にしちゃ、ある意味ありがたい話だよなー。」
「……ふむ。」

 

なるほどそうなるか。当然といえば当然だが、それはとてもつまらない話に思えた。
野生の鳥を飼いならす。
鳥かごの鳥は、安全な世界から逃げ出そうとは思わない。されど、野生の鳥はかごの中で一生を過ごせるだろうか。
何にも縛られない、自由な外を知りながら。その外を焦がれないだろうか。
ましてや、盗賊など社会に背き生きる自由人だ。
どこまでも羽ばたくことができる鳥を、鳥かごに押し込んで私欲のために使い、殺す。
普段なら絶対に考えないことだが、外への憧れを自覚してしまった私には、それがとても惜しいことのように思えた。

 

「あの盗賊がいなければ、私は外を知ることはできないわ。」

 

盗賊がどうなろうと私には関係ない。
されど、ここで捕らえられ、自由を奪われることは。
私にせっかく外の世界を知るチャンスをくれた、それが奪われることのように思えたのだ。
料理を手早く済ませる。幸い、私の得意料理は持ち運べて、手軽に食べられるもの。よかった、料理もちゃんとできるようになっていて。
味見に一つ手に取り食べる。うん、美味しい。流石は私。
作り終えれば布袋に詰め、余っている水袋に飲み水を入れて盗賊の眠っている部屋に戻る。まだ起きていなかったので、こっそりベルトに引っ掛けておく。これで一つの準備は終わった。
次に、この部屋の窓の鍵を開ける。通常の鍵ならよかったのだが、ここは魔術師の家。盗賊泣かせの魔法の鍵でしっかり施錠していた。これも、私は会得している魔法なので簡単に開錠できた。
問題はその次。縛っているロープを緩めたいのだが、残念ながら私はそこまで器用でもなければ力もない。私の力ではとても緩められそうになく、どうしたものかと考える。この際切ってしまおうか。

 

「ごめんくださーい。誰かいないかしらー。」

 

ナイフを取りに行こうとしたところで、玄関の方から聞き覚えのない声が響き渡る。最も、私が聞き覚えのある声など、家族とこの家に来る人くらいしかいないのだが。

 

「ごめん、ちょっと出てくれないか。今手が離せないんだ。」
「分かった。見てくるわ。」

 

研究室から父は私に向けて声を投げかけた。仕方ない、応じてこよう。
ここへ訪ねてくる人は珍しくない。魔法の教えを乞う者から、魔術の触媒を売りに来る者。病気にかかった者や、稀に呪われた者が解呪のためにうちに来ることもあった。
この辺りで一番の魔法組織はうちになる。そのため、何の警戒もなく私は扉を開いた。

 

「誰?何の用?」
「始めまして、人を探してるの。ここにエメラルドグリーンの髪をして、翡翠色の眼をした14、5歳くらいの女の子は来なかった?」
「エメラルドグリーンの髪に……翡翠色の眼、ねぇ……」

 

居たような、居なかったような。
顔を覚えるのは苦手なので、人探しを私に振らないでほしい。少なくとも私のことではないし、両親のことでもない。誰かいたっけ。居たような気もする。

 

「……おっかしーなー?ここに来たはずなんだけどなー?」
「…………、」

 

目の前の者は、背は小さくローブを被っていて姿は全く見えない。ただ、ある共通点を見つけることはできた。
強い魔力を持っている。体内に、それも盗賊と同じような魔力だ。それから、あのカラスの羽から感じ取れたものと同じ魔力の反応がある。つまり。

 

(あの盗賊の仲間で、カラスの羽根を取り返しにきたのね!)

 

やはりあのカラスの羽は大切なものらしい。絶対に渡してはならない。こんな目の前のよく分からないやつに渡してたまるものか。
あれは私が治療費としてもらったマジックアイテムだ!

 

「ねぇ。匿うのはよくない判断だよ。そもそも匿うメリットだってない。だってあれは怖ーい盗賊。ワタシは、その盗賊を捕まえに来たの。引き渡す方が身のためだと思うなー?」
「そうは言われても……身に覚えがないのよねぇ……えーと、なんだったかしら……金髪で蒼目の男、だったかしら。」
「エメラルドグリーンの髪に翡翠色の女の子、って言ったよね?人の話聞いてた?」

 

どうでもよすぎて覚えてなかった。まあ、エメラルドグリーンも金髪も概ね同じ色だもの仕方ない。翡翠色と蒼色だって殆ど同じだもの。

 

「……うーん、この様子だと本当に知らないのかな。」
「力づくということなら受けて立つのだけれども……ここは、白銀都市の賢者の塔とも言われている場所よ。荒事になった瞬間、どうなるかは……覚悟はしてちょうだいね?」
「…………なるほど、ね。」

 

私の家は、いわゆる名家というやつだ。
ただの名家ならまだしも、魔術師としてかなり名が知られている。憧れを抱く者も多い。さて、そのような名家の娘を殺して、皆は黙っていられるだろうか。
確かに名声は落ちるだろう。盗賊にやられた、その程度の家だったと不名誉な事実が残るだろう。しかし、慕う人が多いのも事実。果たして、その者ら全てが掌を返すだろうか。

 

「最後に聞く。本当に知らないんだね?」
「えぇ。本当に知らないわ。」

 

嘘ではない。尋ねられている人物に覚えはない。もしかしたら拾った盗賊がちょうどそんな見た目だったかもしれないが覚えていない。故に知らない。何もおかしくない。
それならしょうがないね、とため息を一つ。疑ってごめんね?と一つ謝罪を残し、その場から去って行った。
全く、とんだ邪魔が入ったものだ。部屋に戻る前に誰だったかと父に聞かれたので、触媒を高値で売りつけてくる詐欺師だったと適当に嘘をついた。相手だって盗賊だ、そんなことをやっているかもしれないしもしかしたら嘘ではないかもしれない。
と、屁理屈を自分の中で組み立てながら、盗賊の居る部屋へと戻る。

 

「……あら。」

 

そこは、もぬけの殻となっていた。ほどかれたロープがベッドの上に残っている。
窓が開いている。鍵は開けてあげたし、ロープ以外は逃げ出す条件が揃っていた。
否、揃えてあげた。

 

「ふふ。無事に空へと返っていったわねぇ。」

 

窓を開けて、空を見上げる。どこまでも澄んだ、青い空。
自由を知っている鳥は、鳥かごの外。自由を知らない鳥は、鳥かごの中。
けれど、扉は開かれた。さあ、後は羽ばたくだけ。

 

「待っててね。私も、あなたのように空へと舞ってみせるわ。」

 

もう一度会えるとは思っていない。
もう一度会えたとして顔は覚えていない。
だから会いに行く、ということはできないけれども。
同じ、自由な世界を謳歌することはできる。

 

きっといつかは。同じ空の下を、共に羽ばたいていることだろう。
そう考えると、今からわくわくした。

 

 

「……ずぼらにもほどがあるでしょ。鍵は開いてたしロープは緩いし……って、何これ。」

 

見張りが居なかった。意識を取り戻し、聞こえてきた会話に耳を傾ける。
どうやら魔術の実験に使われるらしい。呪いを危険視し、同時に興味を持った魔術師の会話だとすぐに分かった。
冗談ではない。見張りもおらず、脱走することは簡単だった。いくらなんでも不用心だったと思い返していると、ふと腰に何かつるされていたことに気が付いた。
水袋と包み。開いてみると、そこにはなぜか、

 

「……卵サンド?」

 

食べてください、とでも言わんばかりの卵サンドが持たされていた。
何で?どうして?何のために?疑問は尽きないが、お腹が空いていることは事実。意識を失った前日の夜から今まで何も食べていない。流石に何か食べたい。
毒が仕込まれているかもしれない。怪しい味に警戒しながら、一口食べる。
―― ドンピシャ、とはいかなかったが。

 

「……かっらぁぁぁあああああああああああ!?」

 

辛い、めっちゃくちゃ辛い。
食べて、中を見てよーくわかった。マスタードハバネロの暴力。辛い。めちゃくちゃ辛い。毒はないがとにかく辛い。え、だから?そのための水袋?
すぐに水を飲み、辛さを緩和させる。ぜぇぜぇと荒い息を上げながら、残りの卵サンドをどうしたものかと見つめた。

 

「……え、いや、何この嫌がらせ……ほんっと、魔術師ってのはひねくれてるわね……」

 

お腹は空いた。しかし辛い。何か食べたい。しかし辛い。
逃げ出した盗賊は、悩んだ末、一先ず近くの川を目指すことにした。その後は……南に向かって、盗賊をやめてどうにか生きられる場所がないかを探そう。確か、大きな交易都市があったはずだ。
それからの翼の足取りは軽かった。

 

 

「セリニィ家、だもんね。流石に手が出せないよね。」
「賢明な判断かと。あの家の娘を殺したとなれば、世界中の魔術師を敵に回すようなものです。」
「だよねー、流石に今の実力でそうなっちゃうのはまずい。……ってことで。
 さよなら魔術師。お陰で、最後の足取りを見つけることはできたよ。

 

 

それから一週間後。
すぐ近くの森の奥地で海竜の魔力溜まりが発見された。それに振れると、精神を狂わされる代わりに強い力を得られるそうだ。だから決して近づいてはならないと。
私はそんな警告を無視してすぐに向かった。そこへ向かう途中、コボルトとゴブリンに襲われたが大した問題ではなかった。魔法の矢をお見舞いすればすぐにそれらは絶命する。その姿を見て、それから危機にさらされて、初めて分かった。

 

これが、私の求めていたもの。
これが、自由な世界。
命のやりとり。生と死をかけた、外の世界。

 

魔力溜まりは、海竜の呪いと呼ぶことにした。
海竜が討たれた後に振った雨が一か所に集まり、まるで竜の力の一部のようだからそう名付けられた。
呪い、というがこれは身体に海竜の魔力を宿すもの。肉体改造の一種に近いため、教会で解呪することもできない。要するに、邪悪なものではない。

 

―― そう、上手く付き合えば

 

「……っふふ、ふふふふ、あはははははははは!」

 

すぐに理解した。先ほどの真っ赤な血が恋しい。あの美しさが、命を奪う楽しさが忘れられない。
私は思う。きっと、この呪いを手にしなくても、さほど変わらなかったと思う。このどこまでも自由な世界が楽しくて、殺されるかもしれないという不確定要素にドキドキする。
それを、快楽殺人という最高の趣味に仕上げてくれた。

 

「ねぇ、呪い。
 私はあなたを上手く使ってあげる。だから、私に最高の快楽を与えてね!」

 

 

ただ、一個だけ分からないことが今でもある。

 

「結局。このカラスの羽根は何のマジックアイテムだったのかしら。というか調べれば調べるほどただの羽根なのよね。
 まあ、いいか。羽ペンにでもして使いましょう。なんだか悔しいし。」

 

というわけで、自由への鍵は筆記道具になりました。

 

 

 

あとがき。
バッドエンド???闇堕ちでは???
いや本人はめちゃくちゃ楽しそうだし、くっそ楽しんでるし、一切の後悔もなく上手く使ってるのでなんっっっにも問題ないんですけどなんでだろうすっごいバッドエンド臭がする。
とりあえず、実は知らないうちにロゼちゃんをめちゃんこ助けてたラドワさんのお話でした。ある意味ロゼちゃんとラドワさんの過去話は1つの物語の上下巻ですね。
それにしても。ロゼちゃんのときと比べて緩いね!!!!

 

その他

ベゼイラスさんは 飛魚様作 『四色の魔法陣』より お借りしました

リプレイ外伝_6『かつてそう自分たちは -翼の頁-』

※大分理不尽なお話だぞ

※過去話だぞ

 

 

あたしの暮らしていた街は、北海地方の中ではそれなりに発展していた場所だった。ウィズィーラほどではないが、村と称するよりかはずっと賑わっている。田舎よりの都会、と表現するべきだろうか。
竜災害のあったあの日。あたしから日常が奪われたあの日。

 

「お母さんっ、お父さん……何で、何で逃げないのよ!」

 

母や父は語った。あたしはよく笑ってよく気が付く子だったと。明るく無邪気で元気な、自慢の子供だったと。
身分が低く、搾取される立場ではあった。けれど、その日常を恨むことはなかったし、誰かを憎むこともなかった。

 

「私は、この海と育った。海がこの街を欲するのであれば、私はその身を捧げる。」
「海と共に。海の神が願いは我々の願い。……俺は、その神の啓示を受け入れる。」
「何で……どうして、よ……何で逃げないのよ、今逃げれば助かるかもしれないのに……!」

 

両親は信仰深い人だった。北海地方には、独特の土着信仰が根付いていた。
万物の生命は海より生まれ出て、死した魂は海に還る。海は万物の母であり、我々は海への感謝を忘れてはならない。

 

「海から生まれたから、海に還るだけ。けれど、あなたはまだ若い。海から生まれた命が還るには、早すぎる。」
「だから、お前は逃げろ。俺たちは……きっと、海へ還るときが来たんだ。そうでなかったとしても、俺は、ここを捨てて行くなんてできない。」
「馬鹿……お母さんの、お父さんの、馬鹿ぁっ!!」

 

その日から。
あたしは、神というものを、信じなくなった。
涙は、流れなかった。
ただ、やるせなくて、納得がいかなくて。
悔しさという名前で、あたしに大きな爪痕を残した。
カァ、と鴉が鳴いた。

 

  ・
  ・

 

当時9歳だったあたしは、とてもではないけど一人で生きていくことはできない。そうすぐに考えられた。
貧しい暮らしをしていたが故に、生き抜くための知識はある程度持っていた。例えば食べられる草や、小さな動物の捕まえ方、それらの調理の仕方。お陰ですぐに行き倒れるということはなかった。
竜災害が起きたすぐのことだったので、北海地方の人々の多くは今を生きるのに精いっぱいだった。孤児の面倒を見ようなどというお人よしはまずいない。竜災害が起きていなければ、適当な村へ駈け込めば可能性はあったのかもしれないが。

 

「ねーねーそこのかわい子ちゃん。アナタ、もしかして竜災害に遭った子?きゃはははははは、かわいそー!」

 

竜災害が起きてから一週間後。野草を集め、ネズミを狩り。なんとか今日を生きるための食糧を集め終え、夜に向けて支度をしようとした頃だった。銀色の髪を持った、同い年くらいの少女が声をかけてきた。
色白で、瞳は紅色。銀色のワンピースを着て、左薬指には蒼い文様が描かれていた、この場にはとても不釣り合いな子。不気味さこそあったが、まるで人形のように美しい顔立ちだと思った。

 

「……何?何の用?言っておくけど、一切分けるつもりはないわよ。」
「やーよ、そういう汚いごはん。食べたくもない。」
「はっ、茶化しに来たわけ?あたしはあんたみたいな裕福な暮らししてないの。見世物じゃないわよ、帰ってちょうだい。」

 

あまりの無神経さに、こちらも苛立ちが募る。そうでなくても竜災害があって間がなく、気が立っていた。
ストレートで美しい銀髪に、お洒落な服装から、彼女は貴族の子供だろうかと考えた。同じく親を失ったのだろうかとも考えたが、それにしては余裕がある。もし同じ立場なら、今頃泣き出して藁にも縋るような思いだったはずだ。

 

「茶化しに、でもないなー。むしろ……一目惚れ?」
「は……?」

 

甲高い声で笑う。妙にオクターブが高い笑い声がキンキン響いて不快だった。
これだから金持ちは。なんて、考えて。一体誰が、その者を、

 

「ねね、アナタ行く場所ないんでしょ?
 子供なのに野営技術があるし、とっても器用みたいだし……いい才能持ってると思ったんだー。ワタシの直感にビビッと来ちゃって。」

 

この地で有名な、盗賊団の一員だと思った?
完全に、貴族の装いのそいつが。気配もなく現れ、平気な顔で人を殺す、殺戮者だと誰が思った?
実際、このように相手を油断させる、盗賊とは思わせない身なりというのは暗殺をする上では大きな役割を果たすのだろう。最も、裏社会になど一切触れたことがなかったため、それこそ似合わない、まさかそんな人物だとは思わなかった、といった感情しか抱けなかったのだが。

 

「ねぇ。盗賊団にならない?衣食住は約束するし、技術も教える。
 そんなとこで野営して生き延びたとして、その次の日はどう?生き延びれるって保証はある?知識はあっても、こんな非日常に放り出されて右も左もわかんないと見た。
 ―― 明日妖魔に喰われない自信は?突然病に侵されない自信は?」

 

保険は多い方がいいと思うよー、と再び笑う。
彼女の言う通りだと思った。今こうして生き延びれたとして、明日も生き延びれる保証はどこにもない。ましてやこのまま生き延びたとして、果たしてどこへたどり着くというのだろうか。
自分は、ただの子供なのだ。生きるための手段など選んでいられない立場にある、無力なガキ。それが、これからも自分だけの力で生きていけるのか。

 

「……盗賊に入って。人を殺して、金目の物を盗んで、悪いことしなきゃいけないんでしょ。」
「んー、まあ時にはするね。でも、それだけじゃあスマートには生きらんない。
 賢い盗賊はねぇ、『情報』も売るの。ちょっと大きい街ならどこにだって盗賊ギルドは存在する。そのくらい、知らないだけで身近にある存在なんだよ。」

 

カァカァ、と遠くで鴉が鳴いた。
日は沈み、赤と黒のグラデーションが空を染め上げる。きらり、一番星が輝いた。

 

「アナタは竜災害から今までたった一人で生き延びた実績もある。しかも、あのすばしっこいネズミを捕まえるだけの素質がすでに備わってる。伸びしろ、ぜぇったいあると思うの。」

 

だからおいでよ、と少女は笑顔を浮かべた。
裏社会に足を踏み入れる。抵抗は、あった。
しかし、生きなければならない。ここで野垂れ死ぬこと、それはあの両親が信仰した神に屈すること。
両親は死んだ。神の教えに基づいて死んだ。ならば、神の教えに反抗するためには生きなければ。例え、どんな手を使ったとしても。

 

「……分かった。盗賊に入る。
 生きるための手段は選ばない。あたしは……なんだって、やってやる。」

 

得物を獲るために使っていたナイフを、いつの間にか握りしめていた。
翡翠色の瞳で、血のような紅色の瞳を真っすぐ射抜く。少女はにぃ、と口端を吊り上げて、哂った。

 

「―― ようこそ、『カラスの嘴』へ。あたしはクレマン、よろしくね。」

 

  ・
  ・

 

カラスの嘴は、20人ほどの盗賊団グループだった。南へ移動すればもっと大規模なものは数多くあるのだろうが、北海地方ではかなり大きく、名のある盗賊団だ。
女の子の紹介なんかで仲間入りが果たせるのかとは疑問だったが、この見た目ながらかなりの凄腕らしく、リーダーからも信頼されているらしい。あっさりと仲間に入れられ、仲間の印である鴉の羽を授けてもらった。
それからは物事を『知る』ための知識と、人を殺すための技術を身に着けた。特に、日常生活でよく使っていたからか、ナイフ裁きはすぐに上達した。離れた相手も仕留められるように、と投てきの技術も教えられた。
基礎的な技術が身につけば、後は情報を得てそれを売り出し、あるときは人を襲い金目のものを盗んだ。都合が悪くなれば人を殺す。はじめて殺した日は恐怖で眠れなくなったが、いつしか誰かを殺すことへの抵抗も薄れ、生きるためには仕方のないことだと割り切るようになった。
情が消え去ったわけではない。うしろめたさはどこまでも付きまとった。

 

「いっつも髪の毛を束ねてるよねー。そのリボンって、お気に入りなの?」

 

盗賊団に入ってから5年が経ったある日。クレマンは、あたしにふとそんなことを訪ねた。

 

「あぁ、この黄色いリボン?これは母親の形見。竜災害の犠牲者になったから。」
「ふぅん……今でも身に着けてるなぁんて、お母さんのこと大好きなんだね。」
「……どうかしら。」

 

母親が好きだから身に着けているものなのだろうか。
母はもういない。どうだっていい。ただ、そのリボンを見ればあの日の悔しさを思い出すことができた。
それを思い出せば、生きよう、屈するものかと初心を思い出すことができる。まるで止まった時計のようだ、そんな考えを抱き、思わずふっと微笑んだ。

 

「そういえば、クレマンの両親の話は全然聞かないけど。」
「うーん……どうでもいいから、かなぁ……あ、親に捨てられたとかそんなんじゃないんだよ。ただこう……生きてくのに邪魔だった、というか。」
「っ……」

 

クレマンはあたしによくしてくれた。むしろ面倒を見すぎるくらいだった。
優しくしてくれた。他の者には雑な態度は冷酷な反応を示すことが多かったが、あたしにはそうではなかった。始めは不快だと思っていた笑い声も、今ではすっかりと慣れてしまった。
ただ、時折平然とした顔で、狂気にも似た思考を語る。

 

「ワタシはこの世で一番大事なのは愛だって思ってるの。世界一大事な人と二人きりになれること、それがワタシの夢。けど、両親は子供を愛するでしょ?だからワタシも愛しちゃいそうになる。でもそれじゃあ、一番!って、存在が曇っちゃうでしょ?」
「……まさか、あんた。」
「うん。練習台になってもらったよ。

 

案外人って簡単に死ぬよねー、ときゃははははと笑い声をあげる。
詳しく聞けば、彼女は盗賊団には自分から入ったらしい。その後それに気が付き、暗殺の練習の一環として両親を殺したのだと。
一切悪びれず、後悔も反省もない。道端にあった小石を蹴り飛ばすような感覚で、両親との縁を切った。
とんでもなく狂った理由で。とんでもなく身勝手な理由で。

 

「ワタシ、大好きだよ。」

 

紅色の瞳の中で、蒼い光が瞬く。
そのどこまでも冷たく、どこまでも狂気的で。

 

「何が何でも生きようって頑張る姿。独りになってもあきらめないその姿勢。明るいようで、どこまでも冷淡に人を殺せる……そんなアナタが、だぁい好き!」

 

どこまでも愛しそうで、どこまでも束縛的で。
竜災害よりも、両親を失ったあの日よりも。
何よりも、誰よりも目の前のこの者が恐ろしいと思った。
早く逃げなければ。いつか、この者に殺される。
でも、すでに自分自身は鳥かごの中。
飼われている。支配されている。
強き者に従えさせられている。

 

逃げ出して、独りでどうして生きて行ける?
そもそもこの者から逃げられると思うか?
答えは、否。

 

「……ん?どしたの、顔色悪いよー?」
「あ、ええっと……ちょっと調子が悪いみたい。食べすぎかしら……ごめん、休んでくるね。」

 

動揺を、恐怖を隠すようにその場から逃げる。
そのしぐさを、あのとき決して見逃してはいなかっただろう。
だから、なのか。あるいはたまたまだったのか。

 

事態は、すぐに悪い方向へと向かった。

 


その3日後のことだった。
地図情報を得るために森の調査を行っていたあたしは、森の奥深くで不可解な文様を見つけた。魔力的なものは分からなかったが、普通なら森にあるようなものではい。自然にできたものだとは思えずに、すぐにリーダーに報告した。
それはすぐに盗賊団の中の魔術師によって調べられた。盗賊団に魔術師が居ることはなんとも不思議だったが、眠りの雲や蜘蛛の糸などで補佐することもあれば、盗品が曰く付きかどうかを判別するために一人仲間にしたらしい。カラスの嘴にはあたしが入る前から存在していた。
調査結果、それは海竜の魔力が一か所に集まったものであり、触れた者へ力を授けると同時に精神的な異常を齎すといったものだった。
そう、今あたしたちが『呪い』と称している、それだ。
海竜の呪いは、海竜が討伐された後に降った雨の中に海竜の魔力が混じり込んでおり、それが大地に降り注ぎ更に一か所に集まってできたものとされている。その姿はヒドラの首の再生能力のようにも思えたが、そのときはそこまで情報を割り出すことはできなかった。

 

「なるほどなぁ。へへっ、いーネタが入ったじゃねぇか。
 力を欲するやつ、あるいは物好きな魔術師にでも情報を売って、その魔力溜まりに振れる前にそいつを殺す。場所も場所だ、簡単に殺れるし気づかれもしねぇ。ははは、最高の餌だな!」
「…………」

 

無意識のうちに、拳を強く握りしめて、それから緩めた。
やり方が汚い。確かに嘘は教えていないがために、信用問題にはならないだろう。森も深く妖魔も存在するため、人がいなくなっても誰もが納得する。
人の心を弄ぶようで気に喰わなかった。気に喰わなかったが、反抗することはできなかった。

 

「……なんだぁ?お前、しかめっ面してんな。」
「……別に。」

 

目の前の者を倒す力はない。
ここから逃げ出して生きていく力もない。
許されているのは、服従することのみ。
悔しい。いつか抱いたその感情が、再び胸の内を支配する。
自分の見つけたこの情報で、一体盗賊団はどれだけの金を得るだろう。何人の命がなくなるだろう。
生きるために仕方ないこと。そもそも生き物は、生き物を殺めなければ生き延びることはできない。
だから、それと同じだ。
そう、自分に言い聞かせる。
その日は、そのまま眠りについた。

 

「……ねぇ、リーダー。さっきあの子の態度おかしかったよね?」
「うおびっくりした、クレマンか……突然現れんなよ。つーか見てたのか。」
「まあね。ワタシはあの子が大好きだからいつだって、どこだって目を離さないよ。」

 

カァ、とカラスが一つ鳴く。
それに続いて、別のカラスがカァカァ、と鳴く。
あたしは、それに気が付かない。

 

「リーダー。殺されそうだね。」
「……あ?俺がか?」
「うん。あれはねー、弱いやつには扱えないの。精神異常で殺されちゃうの。ふふふ、気を付けてねー?」
「…………」

 

甲高い笑い声を上げながら、クレマンは闇に溶けるかのように消えてゆこうとする。
それを、首領は止める。なぁに、と振り返った紅の瞳の中に、男が口端を吊り上げる姿があった。

 

「今の内に眠りの雲で更に眠らせるから、そしたらお前はあいつを縛れ。」
「……あいあいさー。ふふふ、そうこなくっちゃあ。」

 

それに応えるかのように、銀色の少女もまた、満面の笑顔を浮かべていた。

 

  ・
  ・

 

「…………っ!!」

 

目が醒めてすぐに異常を理解する。
縄で縛られている。起き上がれない。囲まれている。
それから、目の前には、昨日見つけた、それ。

 

「よぉ。聞いたぜ、お前……それで、俺を殺そうとしてるんだってな?」
「……は?な、なによそれ、そんなこと、」
「とぼけんな。そいつはなぁ、きっつい精神異常を齎す。俺ぁ知ってんだ。現に、見たことあっからなぁ。」

 

首領が近づき、見上げるあたしを見下す。
そのすぐ隣で、クレマンがけらりと笑った。

 

「知ってる?それってねー、人を狂わせるの。きっつい精神異常があるのは教えてもらったと思うけど、弱いやつが持っちゃうとその異常に耐えられなくなって壊れちゃうの。」

 

あいつ、気持ち悪かったなぁと。まるで、その者を、末路を知っているかのような口ぶりで語る。

 

「実際居たんだよ、雨が上がったすぐ後で同じよーなもんを見つけたやつがうちに居た。そいつぁ精神異常に耐えられなくなり、うちの仲間の一人に殺された。酷かったぜ?クレマンのやつに迫って抱き着いて、まるで獣のように吠えまくんの。」
「気持ち悪くてぐっさりやっちゃったよね。まあ、悲しい事故だったってことだよ。」

 

話が見えない。
危険性は理解した。しかし、それならばどうしてあたしが今こうして縛られていて、目の前に魔力溜まりがあって、囲まれているのか。
何故、何があった。焦りだけが、募っていく。

 

「……何にも分かりませんって顔だな。とぼけんじゃねぇぞ!」

 

ガッと、己の身体が鈍い音を立てる。

 

「がっ――!」

 

蹴られたと理解するのに数秒かかった。げほげほとむせ返るが、お構いなしにもう一度蹴られる。

 

「俺ぁ知ってんだ!お前がそいつを使って、俺を殺そうとしてるんだってなぁ!」
「いだっ……、……ない、知らない!あたし、そんなこと、企んでない!」
「あぁ、この機に及んでもまだはぐらかすか!?クレマンはなぁ、ずっとお前を見ていた!だからお前の不振な動きもすぐに分かる!」
「がっ、かはっ……ほん、とうに……何も、しら、な……」
「こいつが昨日俺に教えてくれたんだ!お前が!俺を殺すことを目論んでるって!昨日の俺に対する態度もそういうことなんだろ!」
「ち、がっ……ぁ、……!」

 

お前らもやれ!と、命令が下される。
悪意が、嘲笑が、侮蔑が。
暴力が、痛みが、狼藉が。
下される。地に蹲る。止むことを知らない。

 

「カラスはなぁ!裏切りは絶対に許さねぇ!死よりも重い報復を思い知ってもらう!」
「この裏切り者が!反逆者が!」
「くたばれ!死ね!」
「ち、が、ぁ……っ、」

 

不平等は平等に訪れる。
いくら声を張り上げても。いくら違うと主張しても聞いてもらえない。
鈍い音が響いて、痛みが身体を駆けて。
どうして、なのだろう。
どうして、こんな目に遭うのだろう。
あたしが何かしたというのだろうか。
翼が折られる。地面に叩きつけられる。
これが神にそむいた報いだというのだろうか。
これが人を欺いてでも生きた罪だというのだろうか。
そうでもしなければ、生きていけなかったあたしへの、報復だというのだろうか。

 

「おい。こいつにそれを。」
「―― !」

 

意識は辛うじてあった。奪われなかったことは、恐らく不幸。
下っ端2人に乱雑に胴体を支えられる。そして、腕が文様へと伸ばされる。
あれに触れば最期。

 

「……やだ、嫌だっ……」

 

抵抗する力など残っていない。痛めつけられた身体を動かすことはできない。
情けない声を上げるしかできない。それが、この場の者らを楽しませることにしかつながらないと、分かっているのに。

 

「違う、違う、違う違う違う!あたしじゃない!あたしはそんなこと、考えてない!嫌だ、やだ、あたしは見つけただけ、報告しただけ!信じて!誰か!あたしじゃない、あたしじゃないの!!」

 

あぁ、悔しい。
皆が笑っている。あたしが死にゆく姿で楽しんでいる。
鳥かごの中の、黒に染められた鳥は最後には見世物となった。飼いならされ、つつくような素振りが見えれば反逆とみなされ。
反抗できないよう、翼が折られ、二度と飛べなくさせられる。
信じてもらえない悔しさと。
己に降りかかる悪意への恐怖と。
あまりにも理不尽な末路への絶望と。

 

「やれ。」

 

そんなぐちゃぐちゃだとしても、確かに抱いた感情は。

 

「い゛っ、あぁ……ぁ……ぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

その日で、終わりを告げた。

 

「ははっ、はははははは!お前ら!よぉーく見てろ、これが裏切り者の末路だ!俺たちに逆らう奴らはこうなるぞ!」

 

零れ落ちる。分からなくなってゆく。
あれほど気持ち悪くて、吐き戻したくて、不快だったものが、消えてゆく。
それが怖くて、その恐怖が分からなくなって、感情がぐちゃぐちゃになって、それすらも分からなくなるようで。
理解は、早かった。
感情が、心が、消えてゆく。
楽しかった思い出も、つらかった思い出も、消えてゆく。
覚えている。けれど、そこにあった感情という『色』が消えて、ただの『絵』という事実のみが残る。
怖い、と思っていられる時間はそう長くはなかった。

 

「……ぅ……あ……」
「……なんだ、あんなにのたうちまわってたのに反応しなくなったな。異常をきたす前に死んじまったかぁ?」
「うーん、泣かない強い子。ふふ、ますますだぁい好きになっちゃった。」

 

笑顔を浮かべながら、クレマンは銀の短剣を取り出し、あたしの身体へ……
……ではなく、縛っていたロープを斬った。

 

「ん、おい、クレマン何してんだ。何でロープを切ってんだ。」
「え、だから言ったじゃん。『弱いやつには扱えないの。精神異常で殺されちゃうの』ってさ。」
「あぁ、だからこいつは精神異常で殺される。……ほら見ろ、息も絶え絶えだ――」

 

そこで駆け出したのは、合理的な判断だったのだろうか。それとも感情から下された解だったのだろうか。
動かない足を必死に動かした。自分でもあり得ないと思う速度が出た。
とにかく逃げて、離れて、どこかで治療しなければ。
首領を殺すことは可能だったのだろう。けれど、殺意も、憎悪も、憤怒もそこにはなかった。
なくなってしまったのだ。確かに抱いていた、人として当然の感情は。

 

「……ちっ、お前が余計なことしやがっから。けどいい、このカラスの羽は仲間の証だけじゃねぇ、こっちから探知をするための目印でもあんだ。しかも、いわゆる呪いのアイテムってやつだから捨てても自分とこに戻ってきちまう。ははっ、どこに行っても逃がさねぇぜ!」
「ほーんと、何にも分かってないなぁ。」

 

あ?と、首領がクレマンを見たときには。
心臓から、首から、真っ赤な鮮血が噴き出していた。

 

「え、は……あ?」
「弱いやつには扱えないの。精神異常で殺されちゃうの。裏を返せば、強いやつには扱えて、精神異常を手懐けられるの。あーあ、復讐で殺してくれるって思ったのに、予想外なことになっちゃったなー。」
「おま……なん、……」
「あれ、言ってなかったっけ?ワタシはね、あの子がだぁい好きなの。だからね。」

 

あの子が強くなる手助けをして。
あの子以外の人を滅ぼすことが、夢なんだよ。
そう口にした後、そこには20ほどの紅の花が咲いた。

 

 

「…………ぅ、」

 

どれだけ走っただろうか。ついに身体に限界が来て、倒れ伏した。
辛うじて田舎道があり、近くにはあたしの知らない森がある。それだけは確認できた。
……流石に、この傷では生きていけないだろうか。仰向けに転がり、天を仰ぐ。
二度と仰ぐことのできない、青い空。
どこまでも遠くて、透き通っていて。
神は、どこにもいない。
それどころか、自分には信頼できる者も誰一人としていない。
親に裏切られ、仲間に裏切られ。
独りでは、人は生きてゆけない。
だからここで、あたしはきっと死ぬのだろう。
悔しい、とだけ最期に呟くことができた。
辛うじて残ったその心。

 

いつか、その心も分からなくなるのだろうか。
なんて、死んでしまえばどうせ、何も分からなくなるか――

 

瞳を閉じる前の、広い青い世界には。
一匹の、鳥が飛んでいた。

 

 


あとがき。
ロゼちゃんの過去話がばちくそ重たすぎてどうしてこうなったの、と台パンしたいんですけど。何で何も悪くない子供がこんな目に遭ってるんですか!!可哀想でしょやめてあげてよ!!ロゼちゃんが何をしたっていうんですか!!!!
因みに、カラスの嘴はばっちり壊滅してるのでご安心を。クレマンさまが全部やりました。これが利己的か……こわいなぁ……
補足ですが、ロゼちゃんと出会ったときには爪の呪いだけで、目の呪いはその後に会得してます。爪のときはうっかりカラスが1人犠牲になったみたいですが、目のときは一人でこっそり動いてゲットしてきたそうですよ。


あ、ロゼちゃんはばっちり生きてるので死んでません。そらそう。

リプレイ_20話『雨宿りの夜』(3/3)

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「……開かない。開かない開かない開かない。きっと鍵が要るんだ。」
「……うーん。」

 

3階の寝室の、開いていなかった方の鍵を開け中に入る。
そこには鍵のかかった箱をカリカリひっかいているラドワが居た。それを見たカペラとロゼは、互いに目線で会話をする。
あれはロゼロゼ的にどう?
頭壊れてるっぽいけど元からラドワって頭壊れてるし……

 

「ねぇ。」
「うぇっ!?」

 

大変失礼な相談をしていたら突然真顔で声をかけられた。完全に油断していた。

 

「鍵を持ってきてよ。これを開けて。兄さんがきっと待ってる。」
「…………」

 

うーん傲慢。我儘。それでいて冷静。
おおっとこれは初めての解釈合致、というか見てて違和感がないタイプなのでは?
ラドワの掌に乗るほどの小さな箱。頑丈にできており、壊すことは容易ではなさそうだ。ゲイルの開錠(物理)も使えそうにない。
鍵穴のような穴はあるが、形状を見ただけでは普通の鍵穴にはとても見えない。何かをはめ込むタイプのもののようだ。

 

「これは……流石に、鍵じゃねぇか。うーん、はまんなさそうだなぁ。」
「鍵ってか発条じゃんこれ。発条が鍵だったら流石に笑うわよ。」
「発条の使うよーなもの、何かあったっけ……あった気がする……ちょっと待って思い出すから……」

 

うーーーん、と両手の人差し指を立て、こめかみに当ててうんうん唸る。1階にあったもの、浴室、ダイニング、書斎……噴水、礼拝堂、汚水、オルゴール……

 

「……!ダイニングにオルゴールがあった!そこだ!」

 

オルゴールから鍵が出てくるとは考えづらいが、オルゴール以外に発条を使う場所も思いつかない。狙いが外れていたのなら別の場所を探せばいい。
1階に戻り、オルゴールのあったダイニングに入る。発条を挿して回すと、オルゴールから音楽が流れだす。優しく、心が温まるような、明るい旋律。

 

「……綺麗な音楽だね。」

 

ぽつり、カペラが呟く。音楽が3周ほどして、音楽は鳴りやんだ。
からん。甲高い金属音が響く。オルゴールから何かが転がり落ちたようだ。

 

「……指輪だね。」
「ちょっと見せて。……これ、飾りの縁に傷がついてるわ。で、指輪を嵌めて使った形跡はなし。これでもう分かるわね?」
「……指輪を汚れ取りに使ってたとか?こう、飾りの部分で窓のサンとかがりがりって
「そうそう、案外隅っこの汚れを落とすのに使えって何でそうなんのよ。ってことで戻るわよ。さっさとあの人の身体を返してもらわなきゃ。」
「うーん。生き生きしたボケとツッコミがいない。平和な世界だなぁ。」

 

あんたも和んでる場合か、と真顔のまま入るツッコミ。はーい、とのんきな返事をして、3人は再びラドワ達の居る部屋へと戻った。
戻るなり、箱をラドワから借りる。指輪を鍵穴部分に当ててみると、がちゃり、鍵が開いた。どうやらこの指輪自体が鍵になっており、装飾品理由で使われていなかったため飾りの縁にのみ傷がついていたようだ。

 

「中身は……またなんか、一段と豪華な鍵が出てきたね。後鍵がかかってた場所は礼拝堂の地下の、一番奥の扉かな。」

 

金色の、豪華な装飾の鍵だ。箱が開いたことを確認すると、ラドワはどこか安堵を、ほっとした様子を見せた。

 

「……やっと開いた。ありがとう。それを持って兄さんに会いに行ってあげて。兄さんは僕をここに隠してたった一人で悪魔を倒そうとしてたから。
 君たちが手を貸してくれたら嬉しい。」
「何でこの家の幽霊共は揃いも揃って人を無視して話を進めるんだろーね。」
「それだけいっぱいいっぱいだったってことじゃない?」

 

お人よしが居ればまだ友好的に話が聞けたのだろうが、ここには過激派しかいない。ゲイルが辛うじて人がいい、と考えられなくもないかなってところだ。カペラも悪くはないのだが。

 

「えーと……兄さんだの悪魔だの、話が見えないんだけど。もっと分かるよーに話してよ。」
「……僕はこの家の次男であるフェーゴ。君あちはこの屋敷の惨状を知ってるのかな。」
「ある程度は分かってっけど、全貌はまだだな。」

 

母親が死んで、死霊術で生き返らせたらゾンビかレブナント化して家族を喰いました。
分かっている話はこのくらいだ。それを伝えると、ラドワ……に取り憑いたフェーゴは、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「父が亡くなった母を生き返らせる為に悪魔と契約をしたらしい。そして母は化け物として蘇った。兄は母と悪魔を討つために、僕を逃がして行ってしまった。
 そんなところだよ。出来の悪い三流小説みだいだよね。」
「なんだろう。冷静なせいか、どことなく無頓着なせいか、比較的見てられるわ。」
「大丈夫?その人の身体わぁいやったー殺すー!!って、何でもかんでも短剣で掻っ捌こうとしちゃう人だよ?こんな大人しくていいの?」

 

人を殺さないラドワは果たしてラドワと言えるのだろうか。アイデンティティは完全に失われている。

 

「まあ、僕は自分の死を疑いもなく受け止めてるし、僕は自分が死んだときのことを覚えてるからさ。」
「じゃああんたは何に未練を残してるわけ?
 その身体、早く返してもらわないと困んのよ。さっさと出てってほしいのだけど?」

 

未練、と問われて何で?と言いたげなリアクションを返される。未練があるから仲間に乗り移り、成仏できないでいるのでは、と。

 

「未練ね……一人、悪魔へ向かっていった兄さんはどうなったのか。その結末は知りたかった。だからこの箱に執着してたのかもしれない。」
「聞きてぇんだけど、悪魔ってどんな奴なんだ?」
「分からない。僕は実際に見てないもの。兄さんが言ってただけだから。」
「悪魔と契約したあんたの父親はどうなったのかしら?」
「それも分からない。屋敷で騒ぎが起こってからずっと隠れてたから。
 ……ま、結局、母様に見つかって食べられちゃったんだけど。」
「…………」

 

結局肝心なことは何も知らないんじゃないか。
思わず口にしそうになって全力でお口チャック。そのことは、フェーゴも自覚はあるのだろう。どこか遠くを見つめながら、それでも冒険者に謝罪の言葉を投げる。

 

「役に立たなくてごめん。でも、兄さんなら知ってるんじゃないかな。」
「なら、もうあんたに用はないわ。さっさと往生してその身体から出てってくれる?」

 

口調が強くなる。当然だった。ロゼにとってラドワはカモメの中でも常に共に行動する大切な仲間だ。
翼の言葉を聞いて、暫くの沈黙。やがてゆるゆると口を開いた。

 

「……君たちが事をちゃんと解決してくれたら出ていくよ。」
「なんですって?」
「怒らないでよ。こっちだって必死なんだ。
 外の様子が知りたくても何故だか外に出ることができないし……」

 

聞いたことがある。その場に縛られる地縛霊。大体は自分が死んだことを受け入れられなかったり、この場から離れたくないという気持ちが強くなった結果離れることができない幽霊となった場合が多い。ただ、この者は死への自覚もあれば別の場所へと行くことを望んでいるため、例外なのだろうが。

 

「君たちに頼るしかないんだ。兄さんを見つけて、助けてあげて。お願いだよ。」
「しゃーねぇな。あたいらに任せろ。大事なやつがどーなったか気になるもんな。」
「こっちに拒否権もないしね。ほんっと、いつまでも恨むわよラドワの身体に取り憑いたこと。」

 

にっと笑う暴風に、どこか不機嫌そうに睨む翼。
どのみち、元凶をどうにかしなければ仲間は帰って来ない。ならば、引き受けるしかないだろう。

 

「ありがとう。お礼にこれをあげるよ。
 こっちの事情に巻き込んでこめんね。よろしく頼んだよ。」

 

手渡したものは、聖なる焔を宿す魔道具だった。独特の形状をしており、敢えて表現するならカンテラに一番形は近いだろう。
ゆらゆらと炎が揺らめいているが熱はさほど感じない。魔を浄化する、神聖な効果がメインだった。

 

「これ、中に入ってくるよーなやな感覚を消してくれるね。こんな状態だと満足に戦えないから助かるよ。
 でもさ。これ、誰が使う?神の奇跡とかいうやつだよね?」
「…………」
「…………」

 

ロゼもゲイルも、仲良くカペラに肩ポン。不心得者とバカは諦めが早かった。
あぁーーーうん分かってたよ分かってたともーーー いやいいんだよ僕も別に神様が嫌いだとかそういう心はないから問題ないけどあんまりにもあきらめ早くないかなーーー
無言でにこやかに会話をしながら、部屋を出て礼拝堂の地下の、最奥部へと向かうのだった。

 

  ・
  ・

 

最奥部の扉を開け、暫く進んでゆく。こつこつと歩く音が地下通路に響き渡る。それ以外の気配はなく、何があるわけでもない。
何事もなく奥へとたどり着くと、

 

「……!アルアル!」

 

そこにはアルザスが扉の前に立っていた。こちらに気が付くなり、アルザスは必死に声を紡ごうとする。
だが。

 

「ア……ア……、ウア……」
「アルアル?」

 

これまでのことから察するに、恐らく目の前のアルザスアルザスではないだろう。それは分かっていたのだが、ぎこちない挙動を見て思わずその名が口をついて出た。
やがてアルザスは、気落ちした顔で首を左右に振る。呻き声が口から洩れるばかりで、何を口にしているのかは分からない。

 

「カペラなら分かんじゃねぇのか?」
「流石に言葉から言いたいことを読む力まではないよ。てかそもそもこれ、話せないんじゃない?」
「……!!」

 

当たりだった。めっちゃ嬉しそうな、伝わった!!って顔をしてきた。

 

「め、めんどくさ……なんでこう残念なところをがっつりしっかり解釈合致させてくるわけ。アルザスそういうとこよ。」
「しょうがない。こっちの質問にはいかいいえで答えてもらお。」

 

意志疎通はできるようなので、どうとでもなるでしょ。
カペラはんー、と悩んでから、落ち着いた様子で質問を投げかける。

 

「君がこの家の長男?」

 

頷く。

 

「で、化け物として蘇った母親と父親が契約した悪魔をぶっ倒すためにここまで来た。」

 

頷く。

 

「でもぶっ倒せなくて残念!長男の冒険はここで終わってしまった!と。」
「…………」

 

微妙な顔をしている。ちょっと違うらしい。

 

「じゃあ殺せたの?」

 

首を横に振り、目の前の扉を指さす。
その意味は、できることなら理解したくなかった。

 

「どう思う?」
「そりゃ……奥に居るんでしょ。」
「ですよねー。」
「大方、封印まではしたってとこなんだろーね。」

 

頷く。あぁもう当たっちゃったよ。

 

「とりあえず、君たちをそんな風にした輩はこの奥にいる、と。」
「っしゃあ、戦いだ戦闘だ!ずっと探索探索で暴れ足りなかったんだ。やってやろーじゃねぇか!」
「だね、もう僕たちでやっつけちゃお。アスアスだけいないし……それに、この身体を侵す嫌な感触が、一般人の幽霊程度にどうこうできるとは思えない。」

 

悪魔がまだ生きているということで喜ぶのは流石ゲイル。しかし、ロゼは無表情で口元に手を当て、思案する。

 

「その悪魔、あたしたち3人で手に負える相手かどうか分かんないわよ。ラドワをあんなことした元凶である以上ぶちのめしたいけど。」
「一般人が封印できる程度なら何とかなるんじゃない?」
「おいバカやめろよあたいのやる気がなくなるだろーが。」

 

強い相手だと思って張り切ってんのに、と文句。まあまあ、と宥め、それからカペラはアルザスの方を向いた。

 

「と、いうわけで母親と悪魔は倒してきてあげるよ。そしたらその身体から出ていって。僕たちの大切な仲間なの。……ほんとは、ゲンゲンをこんなにしたことだって許してないんだからね。」
「ウア……」

 

ありがとうと、そう伝えたように感じた。アルザスはカペラに近づき、一本の短剣を手渡そうとする。意図が分からずくれるの?と尋ねると、静かに頷いてそれを手に握らせた。

 

「ちょいと見せて。……家紋みたいなのが彫ってあるわね。あれかしら、先祖代々の~とかいうやつ。」
「ちょっと重たいもの貰っちゃったね。ってかこれ僕がもらっちゃったけど、短剣なんて使えないよ。ロゼロゼ使わない?」
「えぇーあたしパス。なんか手になじまなさそうな気がするそれ。なんかこう、嫌な感じっていうか、嫌いな感じっていうか。ほら、教会でミサで人を眠りを誘うようなそんな感じ。」
「神聖な感じって言おうね?神様を嫌ってるのは知ってるけど、ここまでくると凄いね。」

 

この場には神聖なるものの力を読み取る者はいない。一応癒身の方を会得するためにほんのり触れたことがあるカペラが辛うじて分かる程度だ。ある意味ロゼも直感的に理解しているが。
手渡した後、アルザスは扉を指さすと、続いて銀の剣を同じように指さした。

 

「……扉を開けるにはこの剣が必要、かな?」

 

頷く。よく分かるなぁと、2人が関心する。やはり普段からよく人を見ていて、人を理解しようと努めているだけある。

 

「あ、ゲンゲン、ゲンゲンは短剣を使ったりは
「あたいもパス。折りそうだし、もっと大型の豪快に使える武器じゃねぇとなじまねぇ。ってことで、それはてめぇが持ってろ。それに、今回はてめぇから始まったよーなもんだしな。だったら終わらせんのも、てめぇの方がいいんじゃねぇか?」
「うぅーん全くもって謎理論だね。でも、ま。何でか僕だけが無事で、最初から振り回されたんだ。」

 

短剣を握りしめる。武器は、握ったことがない。握る必要がなかったから。命令を下してそれで終わり。仲間にも、敵対者にもそうしてきた。
されど、今回は自分がこの武器を握るのが一番適任だろう。覚悟を決めたようにぎゅっと握りしめ、剣を扉の前に翳す。がちゃりと重たい音が冷たい地下に木霊して、扉がゆっくりと開いた。

 

「―― 大丈夫だぜカペラ。あたいが居る。」

 

中へと、進む。こつん、こつん、足音が響く。

 

「―― 大丈夫だよゲンゲン。僕が居る。」

 

一言ずつ、言葉を交わす。
重い扉の先は一際広い造りで、中央には祭壇のようなものが置かれていた。
そして、そこには、

 

「…………」

 

虚ろな目をしたアスティと。
明らかに異質な存在が二体、アスティの傍に佇んでいた。片方はローブを纏ったスケルトンのような存在、もう片方は金色の髪をした女性のグールのような存在。

 

「GRRRrrrrrr……ニク、ニク……」
「あぁ、マリア……お腹が空いたのかい……ならば、私のニクを君にあげるよ……」
「はい解釈違いーーー!!アスアスは自分の身を誰かに捧げたりしませーーーん!!」

 

手に持っていたタンバリンをアスティに向かってシューーーッッッ!!見事顔面に直撃、シャァァアアアアンと大変やかましい音を立てながらタンバリンは落ちた。ついでにドッチボールなら確実に外野送りセーフになっていたアスティもその場に倒れ伏した。

 

「ふー、いい仕事した。まさに間一髪。」
「なんでアスティの方をぶっとばしちまうんだよ。」
「うっかり。」

 

このカモメの翼という冒険者、やはり緊張感がないな。

 

「と、とにかく。あの骸骨野郎が推定悪魔で、その隣が推定母親だね。」
「……
 先程カラ 随分ト 騒ガシイ……何ダ オ前タチハ。何故 人間ガ ソウモ 普通ニ シテイラレル……?」
「ふつーに、ね。つまりこの気持ち悪い感触は君の仕業ってわけか。」

 

やってくれるよ、と呟き、ふんと鼻を鳴らす。かつかつ歩いていって、倒れた、というか倒したアスティの傍に転がったタンバリンを拾い上げた。

 

「我ガ 浸蝕ノ 魔術ニ 耐エルカ。……ム?」

 

ふと、相手の落ち窪んだ真っ暗な眸が、先ほど受け取った銀の剣へと向かう。

 

「オオ……、ソノ輝キ、ソレコソ 我ガ 戒メ ヲ 解クモノ
 何故 オ前ガ ソノ剣ヲ 持ッテイルノカ 知ラヌガ ソレヲ 我ニ ヨコセ サスレバ オ前ノ 浸蝕ハ 解イテヤロウ。」
「……はっ。」

 

無表情。小さい身体で、己より大きな身体を見下す。挑発するようにべっと舌を出し、冷酷な視線で言い放つ。

 

「言うことを聞く義理はない。ゲンゲンを、仲間を危険に晒した。よく分からないそっちの事情につき合わせた。
 全員平等に冥府に還す。例外なくお前もここで死ね。
「…………」

 

零度の冷たさで、悪魔を射抜く。翼へ強いられるそれよりも凍てついた感情を振りかざす。
悪魔は、怯むことはなかった。

 

「ナラバ、容赦セヌ。オ前ノ魂ヲ 根コソギ 喰ラッテヤルワ。」
「上等。死人に口なし。お前らは、いくつもの罪を犯した。
 一つ、人の命を弄んだ。
 一つ、僕らに手を出した。
 一つ、己が強き者だと錯覚した。
 さぁ……亡き命を差し出せ。僕らに手を出したことを、『地獄で泣きわめくほどに後悔しろ』!

 

浄化の焔を掲げる。聖なる炎がロゼとカペラ、ゲイルを包む。
浸蝕されゆく気配が消え、神聖なそれが力となる。その力に呼応するかのように、呪いが蒼く、輝く。
嫌な輝きではない。どこか心地よい、高揚感にも似た、それ。

 

「さあ皆!『この手に勝利を』!!」

 

命令を下す。竜の呪いを持って、仲間の力を底上げさせる。

 

「任せなさい。あたしだって、まだラドワを返してもらってないんだから。
 あたしから大切な人を攫った。その罪も、忘れてもらっちゃこまるもの、ね。」

 

弓で、ゾンビを射抜く。対アンデッド用に仕込んでいた、銀でできた矢じりで額をぶち抜かれた。
叫びにもならない叫びを上げ、ゾンビがのたうちまわる。

 

「覚悟できてんだろーなぁ!?
 あたしは強ぇやつが好きだ、けどこそこそねちっこいする奴ぁ嫌ぇなんだ、真っ向勝負と行くぜ!」

 

腐肉を、斧で薙ぎ払う。あっけなく吹っ飛ばされ、壁にグチャァッ、と粘質な音を立てて叩きつけられる。そのままずるり、形を失いながらゾンビは動かなくなった。

 

「……!」
「相手が悪かったわね。一般人程度ならなんとかなったのかもしんないけど、生憎うちは皆、血の気の多いやつらばっかりでね。」

 

銀の矢じりを、

 

「思ったより強くねぇな。じゃ、カペラや仲間を巻き込んだことを後悔しながら潔く逝け。」

 

邪を払う力を帯びた斧を、ねじ込む。

 

「グウッ……!!コノ、人間風情ガ―― !!」
「終わりだよ。」

 

距離を詰め、銀の短剣を心臓部分へと突き刺す。

 

「後悔しな。
 ―― 悪魔より恐ろしい海竜の呪いに絶望し、後悔に溺れながら『死ね』。」

 

白く、光が輝いた。

 

  ・
  ・

 

「―― そんなことがあったんですか。」
「全く、大変だったよ。」

 

あの地下での戦いから数時間後。彼らは陽の下を歩いていた。
あんなにも黒々としていた空は、今や抜けるような青空で。ともすれば、ほんの数時間前のことが夢だったのではないかと思えるほどに、今は清々しい。

 

「まさか私がそんなことになっていたなんてね。まるで覚えていないのだけれども。」
「あんたは気楽でいいもんね。あたしたちは必死だったってのに。」
「ほーんと。こっちは地獄絵図を3つくらい見せられたんだからね。少女の振舞いをするロゼロゼに、しおらしくて上品なゲンゲンに、自分の肉を捧げようとするアスアスに。」
「地獄絵図だ。どんな怖い話よりも怖すぎる。」

 

はぁ、とため息をつく。カペラが頑張ってくれなければ、カモメの翼はここでアルバム行きだったことだろう。皆僕に感謝するんだよ、と小さな吟遊詩人見習いは腕を組んでいた。
そういえば、とゲイルが口を開く。

 

「結局、何で身体を乗っ取られたんだ?」
「あの屋敷の住人達が無意識にやったのか、それともあの悪魔の力なのか……今となってはさっぱりね。聞く前にシメたし。」
「じゃ、カペラだけが無事だったのは。」
「……人数不足だったってこと?たまたま僕が貧乏くじを引いた?えぇー勘弁してよ。」

 

カペラだけ無事だった。呪いの副次効果で、支配に関する耐性が強く、幽霊や洗脳の類に強い抵抗がある。のだが、まだそれらを知る由はなかった。
とりあえずは、皆こうして無事だった。過ぎたことはいいだろう。

 

「よし。じゃあ今日中に街へ着くためにきびきび歩くぞ!」
「はい!」

 

アルザスの号令に、カモメの翼は羽ばたいてゆく。晴れ空の下、元気に、どこまでも。

 


「……武器、持つつもりなかったのになぁ。」
「いいじゃねぇか。てめぇが居なけりゃ、あいつらは今でも悪魔に支配を受けてたってことになんだぜ?あいつらの想いだってことで、受け継いでやろーぜ。」
「えぇーやだ……僕そういう重たいのは置いていきたい派なのに……」

 

結局持って出てきてしまった短剣。初めて握って、初めて何かを殺すために振るった剣。
それは人を傷つけるには向かず、遠距離からでも届く攻撃を放つことができる。不浄な者へはよりダメージを与えられる、フィネン家の家宝。ある意味カペラが扱いやすい武器ではある、のだが。
うーんと唸るカペラに対して、けらけらとゲイルが笑う。

 

「いいじゃねぇか、お守りになって。死んだやつって大抵てめぇの声は届かねぇだろ?そーなったら、てめぇが苦戦しちまう。
 だから、あたいのエゴだって思ってくれ。その剣が、てめぇを守ってくれますよーに。それに、普段誰かを傷つけるわけでもねぇし、やっぱりてめぇにぴったりな剣だよ。」
「……なるほど、ね。」

 

そんな考え方もあるかぁ、と納得する。
……武器を持たなかった理由。それは、必要がなかったから。死ねと命令をすれば、自分の手を汚さずに相手が勝手に死んでくれる。それが優越感でもあり、呪いからくる支配欲の一つだった。
が、今回のように通用しない相手というのもいるわけで。そんなとき、対抗できる手段は持っておいた方がいい。

 

「なら、しょうがない。持っておくよ。これからもお願いします、なぁんてね。」
「持っとけ持っとけ。あたいらの冒険は、まだまだ続くんだからな!」

 

いつどこであっけなく死ぬかも分からない。
自分たちが死なない保証なんてない。
今はまだ、こうして皆で仲良く冒険していたいから。
置いていくぞ、というリーダーの声を聞いて。すぐに行く、とカペラとゲイルも駆け出した。

 

 

 

☆あとがき
Riverさんにリクエストいただいた『雨宿りの夜』のリプレイでした。始めカモメでプレイしたときはもっとマシだったはずなんですけどね。今回凄いですね。地獄絵図でしたね。なのにザス君とラドワさんだけはちゃんとそれっぽいポジを持って行ってさすがやってなりましたし、最終決戦にちゃんとゲイル姐がいるのもさすがやってなりました。そしてラストはまさかの2ターン。君たち、大切な人が変な風にされて溜まってたのかな……?
因みに明かしましたが、呪いにはそれぞれ副次効果があります。カペ君と、あと定期の方でラドワさんの副次効果は明かされてます。呪いの効果に基づいたおまけ効果、みたいなものですが!

 

☆その他
所持金は変動なし
破魔の剣、呪いの人形 入手

 

☆出典

98様作『雨宿りの夜』より

リプレイ_20話『雨宿りの夜』(2/3)

←前

 

 

 

「このぬいぐるみ、名前が縫い付けてあるね。えーと……L……ily……リリィ。」

 

そういえば、ゲイル……に、取り憑いている者がそんな名前を呼んでいた。持ち主に渡せば何か話を聞くことができるだろうか。少なくともゲイルに返しても意味はない。というか見せても狂ったように笑っているだけで見向きもしてくれなかった。ゲイルが狂ったように笑っていると、いよいよ戦闘狂に堕ちたようで割と不気味。
残り出会った者はアスティとロゼ。口にしていた言葉が、妹らしい方は……見た目はともかく、仲間の先入観も置いておいて……

 

「分かってるんだよ!ロゼに憑いたのがそうなんだろうなって!でもさぁ解釈違いがさぁ!ロゼが妹属性ってさぁ!あんまりにも似合わないんだよ!頭が理解することを拒絶してんだよ!どーしてくれんだ元凶!覚えててよ絶対死すら生ぬるい仕打ちをしてやるんだから!!」

 

アスティが妹属性だったら可愛いで済んだのに。どうしてこんなことになってしまったのか。でもアルザスじゃなかっただけマシなのかもしれない。アルザスだったら痛々しいどころの話ではない。
そんなこんなで礼拝堂。扉に入る前に、深呼吸を行う。心を静める。見たところ、小鹿のような臆病さでちょっとでも大声を出せば上手くはいかないだろう。頑張れ僕。これも仲間を助けるためだ。

 

「ひっ……」

 

そっと入るなり、怯えた声をあげる。やめてよこっちだよ悲鳴を上げたいのは。
また来るだろうか。そう身構えたが、持っていたぬいぐるみを見れば、

 

「あ……、そのぬいぐるみ……」

 

おそるおそる、手を伸ばしてきた。どうしようすでに結構辛い。普段のロゼが、どれだけ逞しいのかを痛感させられる。

 

「……これが欲しいの?」
「……うん。ママが、作ってくれたから。」

 

ママーーー
ロゼの口からママって出たーーーもうだめだおしまいだーーー
解釈違いと戦いながら、カペラははい、とロゼ……に、取り憑いた、十中八九リリィにぬいぐるみを手渡す。あり……がと……と、おどおどしながら受け取り、それをぎゅっと抱きしめた。

 

「ねぇ、君。名前は何て言うの?」
「リリィ……」
「じゃあリリィ、君はこんなところで何してるの?」

 

やっぱりリリィだったね、と心の中でぽつりと呟く。質問には、考えるように俯いてから、小さく弱々しい声で答えた。

 

「……隠れてなさいって、言われた。」
「隠れる?何から?」
「それがよく分からないの……でもおねえちゃんが、ここに隠れてなさいって。
 ママがおかしくなっちゃったから、ママを見かけても出て行ったらダメよって……」
「…………」

 

きっつーーーーーーーーーー
ママにおねえちゃんですわよ皆さん。後天性無感情で表情が乏しい、性格が結構男前で自由奔放なロゼがご覧の有様ですよ。流石のカペラもトオイメをしていた。
クロヒョウのときといい、今回の憑依といい、どうして身に変化が起きれば彼女はこうも残念になるのか。投げ出したい気持ちでいっぱいだが、それでもカペラは質問を続けた。

 

「……ママは、どうかしたの?」
「…………」

 

長い沈黙。寂しそうな、悲しそうな、そんな、絶対ロゼからは見ることのできない表情。はっきり言うつらい。

 

「……ママはご病気で、もうずっとずっと会ってないの。パパはママの病気はもうすぐ治るって言ってたのに……ぐすっ……」
「」

 

おい泣いたぞ。禁断の表情をしたぞ。
屑が泣いたときのように泡を吹いて倒れそうになるが、リリィとしての表情だからと必死に理性が訴える。辛うじて耐える。ライフは残っている。これさえ乗り越えられればどうとでもなる……気が、する!

 

「……待ってるの、もう疲れちゃった。ねぇ、コレあげるからママを見つけて。」
「えっ、あ、ふぁっ!?えーと……鍵?」

 

突然渡された鍵は、金色でつまみの部分がハートの形になっていた。3階の、寝室の鍵だろうか。

 

「こんなこと頼んでごめんね。でも、あなたにしか頼めないみたいだから……」
「えっ、ちょっと待っ――」

 

言い切る前に、どさり、ロゼの身体が崩れ落ちる。リリィからの支配が解かれたのだろう。
……わけが分からない。いや、何かに憑かれていたという事実が当たっており、ぬいぐるみを手渡すことで成仏したことは分かったのだが、話がどうも見えてこない。

 

「……っと、そうだロゼロゼ!ロゼロゼ、ねぇ起きて、起きて!」
「……む……」

 

揺さぶる。無表情で眠る、解釈合致してくれるはずであるロゼを起こそうとする。
そして、寝ぼけたかのように口から漏れた言葉。

 

「むにゃ……、あともう一杯……」
「…………」

 

いらって来た。大分いらって来た。
頭を掴んで、思いっきり左の方へそぉい!

 

「―― いっっったぁああああああああッッッ!!?」
「やーやーおはよーおはよー、大丈夫大丈夫アスアスのときみたいなガチにはやってないからへーきへーき。ほらほらげんきになぁれーーー」
「全く心が籠ってないんだけど?お陰で力も働いてないんだけど?ただ首を捻じ曲げられただけなんだけど?あたしの首を軽率に曲げないで?」

 

変な方向に首を曲げながら真顔で問い詰める。悲鳴を上げたときはそれはもう痛そうでしたが。
淡々とした言葉。されど無表情無感情とは思えない言葉。帰ってきた。その事実に、安堵した。

 

「よかった、元に戻ったね。」
「……は?何の話よ?それにあたし、なんでこんなとこにいんのよ。」
「その辺は歩きながら話すよ。やー、でもきっつい思いしたけど真っ先に戻ってきてくれたのがロゼロゼでよかった。キリキリ働いてね、レンジャーサマ?」
「ひえっ」

 

暴君だ。暴君がいる。
にやぁ、と笑う小さな男の子は、それはそれはいい表情をしていた。

 

  ・
  ・

 

礼拝堂の奥には噴水と、大きな扉があった。3階の一室を、先ほど手渡された鍵を使って開け、中を調査する。

 

「控え目に言ってきつかった。」
「正直想像つかないわ。泣き出しそうな表情をしてたってか、泣き出したって。悲しいとか、恐怖とか……いや、怖いって感情は分かるわ。あの吸血鬼を思い出すと、今でも自然とぞっとできるし。」
「それを人はトラウマって言うんだよ。あとママとかおねえちゃんって、ロゼロゼの口から出たよ。」
「なにそれこわい。」

 

まるでホラーシナリオである。雑談を交わしながら、なんとも緊張感のない2人はがさごそと部屋を漁る。
ん、とロゼが小さく声を上げる。いいものを見つけたわと、手のひらで握りこぶし大より少し小さな水晶を転がしている。

 

「わ、綺麗な石。なぁにそれ?」
「清浄石って言うんだって。メモ書きがあったわ。これを綺麗な水に入れたら弱聖性お水の完成だって。ま、聖水ほどの効果はないらしいからアンデッドにプチダメージ、くらいの感覚かしら。」
「うーん。じゃあ瓶にいっぱい詰めて持って帰ってもあんましいいお金にはなんないかぁ。」

 

こんなタイミングでお金稼ぎを考えられるずぶとさよ。仲間優先は勿論なのだが、稼げそうな話はやはりスルーはできない。盗賊と吟遊詩人のサガだ。……吟遊詩人は関係なくない?
僕の方はこんなの見つけたよー、と一冊の日記をロゼに見せた。分厚い、赤茶色の装丁がなされており、名前欄にはクリストファーと書いてある。
もしかしたら話が見えてくるかもしれない。可能性にかけて、2人は日記を読んだ。

 


■12月8日
母の容態が思わしくない。医者は余命幾ばくもないと言う。
こんなときに父は書斎や図書室に籠っている。父にも母の傍にいてほしいのに。

 

■12月14日
母の具合がいよいよ悪い。

 

■12月16日
母が亡くなった。

 

■12月23日
父がめっきり書斎から出てこなくなった。そのためか兄弟たちが不安がっている。
長男である私がしっかりせねば。

 

■1月8日
見てしまった。見つけてしまった。父が恐ろしいことを企んでいる。
どうすればいい。父は正気ではない。私はどうするべきなのか。

 

  母
      が 父    を
                      喰

 


「……これ以上は引きちぎられてて読めないね。」
「ねぇ。これどう思う?」
「どうって……そーゆーことなんでしょ。」

 

真顔で顔を見合わせる。大体の予想がついてしまった。
母親が死にました。父は母親を生き返らせようとしました。ばくーーー。めでてぇ!!

 

「何があったかは分かったけど、これだと『今』がわかんないね。」
「?今ってどういうこと?」
「今、こーして僕たちが取り憑かれてる理由。まあ、十中八九全員おかあさんといっしょ(意味深)になったってことでしょ?じゃ、そのお母さんはどうなったのかと……何で今もなお、こーして取り憑かれてるのか。
人数分取り憑かれたんなら、僕にある今もなお浸蝕されそーな不快な感覚の説明はつかないし。なぁんかまだあると思うんだよねぇ。」

 

過去は、分かった。しかし、現在もなお縛られ取り憑く理由が分からない。
ラドワが居れば意見を聞きたかったが、ここには残念ながらそこまで頭の働く者はいない。とはいえ、2人共バカか賢いかと問われれば後者だ。

 

「ともかく、話ができそうな人は一人居る。ちょっと正気に戻ってもらうために『痛い目に遭ってもらう』ことにはなるけどね。ま、そのくらい僕の大事な人に乗り移ったって恨みでチャラにしてもらおっと。」
「あぁ、ゲイルにあたしに取り憑いてた姉が取り憑いてんだっけ。……痛い目って、まさか。」

 


そのまさかでした。

 


「そぉおおおおおおいっっっ!!」

 

突撃浴室の冒険者!せいちゅっちゅせいちゅっちゅ!
礼拝堂の地下にある噴水に清浄石を投げ入れ、聖水に変換してコップで掬う。そしてそれをカペラはゲイルに向かってばっしゃーーーと、いい感じの勢いでふっかけた。

 

「きゃっ……」
「うーん豪快。顔面直撃。一切の慈悲がない。」
「ちょっと手が滑っちゃった。」

 

絶対確信犯だ。わざとだ。
本来の聖水ほどの力はないが、ショック療法程度には効いたようで。狂った笑い声を上げていたゲイル……に憑いていたゴーストは、はっと我に返った。辺りをきょろきょろ見渡し、ようやく2人に気が付く。

 

「……私、は……いっ、妹は!?リリィは無事なの!?」
「このぬいぐるみの持ち主のことだよね?それならもう、黄泉の国へと旅立ったよ。」

 

ぼろぼろのぬいぐるみを見せると、ゲイルは一瞬呆けたような表情をして……暫くして、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 

「ねぇ、君は一体なんなの。僕の仲間の身体に憑いて何がしたいの。」
「そんな……憑くつもりなんて、私……何も……」
「ふざけるな。僕は仲間が、ゲンゲンがおかしくなって気が立ってる。分かる?ゲンゲンが今こうして女々しいリアクションを取ってるよーに見えてすっごい不快なの。解釈違いなの。この辛さ分かる?シンディーリアを再編集したら弟王子と兄王子を手玉に取る悪女と変貌して名誉も金もイケメンもみーんな私のものーって悪女になってたくらいに解釈違いなんだよ。」
「ごめんその例えはちょっとよく分かんない。」

 

解釈違いを気にすると二次創作って読めないよね。ロゼも例えこそ分からないが、確かに女々しいゲイルは大変気持ち悪い。無感情なのに悪夢を見ている実感が沸く。ナニコレ凄い。
カペラとしては、大切な人が訳の分からない幽霊に取り憑かれていることが不愉快なのだろう。いつも以上に強い口調で、知ってることを話せと威圧的に寄った。

 

「わ、私は……このフィネン家の長女でタチアナと申します。」

 

エアスカートの裾を持って、軽くお辞儀をする。大変上品だ。普段粗野口調で雄々しく荒々しい戦闘狂の面影は一切ない。ただ、鍛えられた肉体と、ワイルドな外見、それからゲイルの見た目という点から先入観や従来のイメージが抜けず、大変気持ち悪いナニカを見せられている。

 

「ある日の夜……、えぇ、それは酷く天候が荒れて嵐のような雨でした。廊下から誰かの叫び声が聞こえて、寝台から飛び起きて地下へ様子を見に行くと……。…………」
「早く言って。」

 

容赦ない。が、同情する気もない。
ロゼも静かにその様子を見て……いや、目を逸らしている!カペラに任せて自分は現実から逃げてるぞこれ!

 

「い、今でも信じられないことですが、一か月ほど前に亡くなったはずの母が……母が、召使いに、噛みついて……いえ、あれはまるで人を……
 ……まるで、人を、食べていたように見えました……」

 

恐ろしい光景を思い出し、両腕で身体を抱えかたかたと震える。冒険者にとっては今進行形で恐ろしいものを見せられているのだが。
人を食べている時点で、母親はゾンビかレブナント化していると見ていいだろう。まともな意志は残っていなかったはずだ。

 

「とにかく逃げなければと思って、一番下の妹のリリィを連れて逃げました。それで……、……」

 

言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに冒険者を見つめる。

 

「……すみません、これ以上は思い出せません。」
「お母さんは……多分、病死だよね?」
「はい……ずっと病に臥せっていたので。ただ、父の意向で葬儀はしておりませんでした。それが、あんな形で母が……どうして……」
「……大体想像つくよね。」
「えぇ、大体想像がつくわ。」

 

死霊術を使うものは、カモメの翼には居ない……と、思われるが。ラドワが知識を得ており、やろうと思えば彼女も扱えるのだ。それ故、死霊術の基本的な話は皆知っていた。

 

「あまりお役に立てず申し訳ありません……その代わりと言っては何ですが、どうぞこれをお持ちください。」

 

ゲイル、否、タチアナの手から鍵を手渡される。寝室と同じ形状の、持ち手がハート型の金色の鍵だ。3階にはもう一室開けられない扉があった。

 

「とりあえず、あんたの母親とか原因がどーだとかはこっちに任せて。リリィはもう逝ったわ。だから、あんたも……もう眠りなさい。ね?」

 

優しい口調で、ロゼが言う。
きっと、仲のよかった姉妹だろう。そうでなければ、死してなおこれほど強く妹を想うことなどできやしない。だから、姉も妹と共にもう逝くべきだと。

 

「……いいこと言ってんのにさあ。目を合わせないのは
「分かってんでしょ、なら聞かなくてよろしい。」

 

あっこれやっぱり上品なゲイルに耐えられないからさっさと逝けって意味だ。

 

「……そうですね。妹が天に召されたのなら、私も逝くべきなのでしょう。
 ご迷惑をおかけします。どうか、母を……」

 

手を組み、祈るように目を瞑る。
そのまま、ロゼのときと同じようにその場にどさり、崩れ落ちる。どうやら成仏してくれたようだ。

 

「……よかった。ゲンゲン、戻ってきてくれた。」
「後はアルザスとアスティとラドワね。後3人分、こんな地獄絵図を見せられるって思うと憂鬱になんだけど。」
「奇遇じゃん、僕もだよ。てか無感情に憂鬱とか辛いとか思わせるんだよ、凄くない?」
「泣いてるラドワも大概だったけど、敬語ゲイルも気持ち悪さが凄まじいわ。あー、鳥肌が収まってくんない。」

 

のんきだなこいつら。しかし、ロゼにカペラにゲイルという組み合わせはなかなかに珍しい。
起きて、と優しくカペラはゲイルを揺さぶる。が、ぐっすり眠っており、すぐには意識を取り戻さない。

 

「起きなかったら任せて。あたしが起こすから。」
「何でにこやかに、しかも素振りしてんの?だめだよ?ゲンゲンに酷い事していいのは僕だけだかんね?代わりにラドラドを起こすときは譲ったげるから。」
「えっ、いいのやったぁ。……やったぁ?」

 

言っておいてやったあなのだろうか。突然冷静になってシンキングタイム。そこは考えるところなのだろうか。

 

「ん……あれ、なんでてめぇらがここに居んだ?」
「あ、起きた、おはよゲンゲン。」
「あ、あー、おは……ってまってつべた!?なんで顔びっしゃびしゃなんだあたい!?」
「ついうっかり手が滑って。てへぺろ。」

 

確信犯だったじゃんあんた。
うんそうだよ確信犯だったよ。しょうがないよね、これも愛のカタチだよ。知らないけど。

 

「なぁー、なぁー、何が起きてんだよーーー。」
「はいはい、詳しいことは道々話すから探索を続けるわよ。じゃ、次は……3階の寝室ね。」

 

鍵を二度、軽く投げ上げキャッチをする。
完全にゲイルの理解が追いつかず、可哀想なことになっていたがそれはまた別のお話。

 

 

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リプレイ_20話『雨宿りの夜』(1/3)

※だんだんギャグになるよ
※シリアス分は気持ちあるけどギャグよりだよ

 

 

それは依頼を終えた帰り道。
街路から遠く外れた道程の中、緞帳のように重く黒ずんだ空からとうとう雨が降ってきた。
一番近い町でもここから1日半はかかる。雨は当分止みそうにない。仕方なく、日が暮れる前に雨宿りができそうな場所を探した。
雨脚が強くなる中、森の中を歩く。こういうときに限って、何も見つからない。雨はいよいよ激しくなり、どうしたものかと諦観が頭をもたげた時――

 

「……ほんとよかったよ。雨宿りできる場所が見つかってさ。」

 

歴とした館が、見つかったのだ。
壁面は長年の雨風に耐えてきた様相で、欠けや塗装の剥げが随所に見られたが、それでも一夜の宿としては申し分ない。
室内は埃っぽいながらも小奇麗だった。真っ暗な館に点在する燭台に明かりを灯し、今は各々が部屋でくつろいでいる。

 

「な。一時はどうなるかと思ったぜ。アルザスはともかく、あたいらは流石に雨を身に受けて自由に動くなんざできねぇからなぁ。」
「アルアルも、雨は人間ほど不自由を感じるわけじゃないけど海ほど自由には動けないって言ってたよ。やっぱり海暮らしする種族で、陸の雨はまた別なんじゃないかな。」

 

部屋の数が多いため、それぞれが部屋を自由に使って休むことになった。カペラは休む前にゲイルの部屋に遊びに来ており、軽く談笑をしていた。
できれば身体を洗いたかったが、風呂場はとても使えたものではなかった。薪もないので湯を沸かすこともできないのだが。

 

「にしても、随分でっけぇ屋敷だよなぁここ。前に住んでたやつは相当金持ちだったんだろうな。」

 

少しだけ屋敷の中を探索した。高級そうな家具の数々、無数に本が並んだ書斎、祈りを捧げていたのであろう礼拝堂など、多種多様な部屋があった。持ち出して売り出していいお金稼ぎができないか、とは考えたがそれは難しそうだった。老朽化が進んでおり、売ったとしても二束三文にしかならないだろう、と。

 

「だね、金持ちの気持ちはよくわかんないや。僕は草原で、それこそ自由に好きなように走り回れる暮らしの方がいいや。」
「言えてらぁ。あたいも、森ん中で猟して暮らして、鹿なんかを仕留めて香草焼きにしてさ。……懐かしいなぁ、村での暮らし。」

 

カペラもゲイルも、共に同じ村の出身だった。同時に、どちらも海竜の呪いを手にしたせいで、村での暮らしに別れを告げることになった。
身体に神の印を持つものは、神に選ばれし者故村を離れ旅をせよ。さすれば、神が与えた使命を実行できるだろう、という村の言い伝え。村の人は本気で今でも信じているが、事実は竜災害の二次被害。カペラもゲイルも黙っているし、村を出ることになった点は恨んでいない。冒険者となり、様々な場所を旅できる今が楽しいし、村に帰れないわけではない。遠方であることだけが難点だが。

 

「ふぁ……そろそろ眠たくなってきちゃった。僕は自分のお部屋に戻るね。おやすみ、ゲンゲン。明日は晴れるといいねぇ。」
「全くだぜ。じゃ、おやすみカペラ。また明日、だ。」

 

拳をこつん、互いにぶつける。
子供の小さな手と、大人の大きな手。年齢差こそあれど、村を出たそのときから歌は暴風と共に居た。
いつでも、どこでも。そして、これからも。
部屋に戻るなり、カペラは簡単に寝床を整え、荷物を枕にして横になり、瞼を閉じる。
耳を澄ませば聞こえる雨音は、相変わらずの激しさで。
どうか明日は晴れてくれますようにと願いながら、カペラは深い眠りに落ちていった。

 


…………

 


「…………ふぁ……?」

 

突然扉がガチャガチャと振動する。誰かが無理やり開けようとした、そんな音だった。
仲間だろうか。しかし、それ以上の音はしない。念のため外の様子を見てこようと、カペラは扉を開いて廊下へと出た。
その、直後だった。

 

「―― ぐっ!?」

 

怖気立つような感覚。得体のしれない何かが自分の中に入っていくような感覚。
まずい。このままここに居たらやばい。
冒険者としてのカンが、そう告げる。
何故かはよく分からない。けれどもここに居てはいけない。
この屋敷には、何か得たいの知れないものがいる……気が、する。

 

「……ゲンゲン。いや、先にロゼロゼやラドラドを見つけなきゃ。カンがいい2人なら、きっとこの状況に何か打開策をくれるはず。」

 

冷や汗が頬を伝う。まずは、仲間と合流だ。
屋敷を歩く。しんと静まり返っていて、自分の歩く音しか聞こえてこない。自分の寝ていた場所は2階で、3階まである。まずは階段を降りて、1階から探すことにしよう。

 

「……!」

 

何か物音が聞こえた。場所は、浴室から。仲間だろうか、急いで扉を開けた。
……そこには、よく見知った者の顔があった。あぁ、一番に君が見つかるのはとっても心強い。

 

「ゲンゲン!よかった、すぐに会えた!ねぇここなんかヤバイ予感がするよ、早く皆と合流して脱出しよ!」
「うふふふひふっふふう」
「……ゲンゲン?」

 

明らかに、様子がおかしい。駆け寄ろうとしたが、異常性を察知してその場にとどまった。
虚ろな目。虚空を、何もない宙を見つめながらからからと笑う。言葉になっていなかった。

 

「うひふふhhh……妹……妹は無事に逃げおおせたかしら……うひははhはhh」
「ねぇゲンゲン!……ゲンゲン、ねぇ、どうしたの?」

 

何度も名前を呼ぶが、まともな反応は帰って来ない。まるで人でないような笑い声を上げ、意志疎通はできそうになかった。
まともな精神でない笑い声をひとしきり上げ……表情と、声は、切なるものに変わる。

 

「リリィ……私の可愛いリリィ……どうカあなただけでも逃げテ……
 逃げて逃げテにげて逃ゲてニげて逃げて逃ゲてニゲテ逃げてニゲテ逃げテニゲテニゲテニゲテにげ」
「……どうなってんのさ。」

 

明らかに正常な精神ではない。ならば、自分が呪いの力を使い命令を下したところで効果は得られない。今できることはない。
カペラはラドワほど賢くはなく、ロゼほど何かに気づけない。だが、子供とは思えないほど冷静に物事をとらえ、合理的に判断を下す。その一方で、穏やかな性格で人の心を理解できる優しい面もある。
まずは、目の前の親友をどうにかしなければ。そして、何が起きているのか把握しなければ。

 

「……ゲンゲン待ってて!すぐ助けるから!」

 

身を翻して、部屋を出る。まずは調べられる場所を調べ、何が起きているかを把握する必要がある。勿論、いつも一緒に居てくれる、荒々しくて力強くて、どこか放っておけないあの人を助け出す術も確保しなければ。
ぐっと握りこぶしを作り、ほどく。シャン、とタンバリンの音が無音の空間に響いた。

 

  ・
  ・

 

使えそうなものを一通り見つけ、確保する。
1階のダイニングにてコップ、書斎の鍵。礼拝堂には鍵がかかっている。
2階の図書室にて古代語辞典、寝室にはそれぞれ傷薬が2本。
3階の遊戯室にて縫い針、鍵がかかっている戸棚。2つの寝室は開けることができず、1室からは特に何もなかった。

 

書斎を開けると、そこにはアスティが居た。推測が正しければ、アスティの身にも何か起きているだろう。見つけても近づくことはせず、扉を開けたまま、部屋の入口で様子を伺った。

 

「私の愛しいマリア……君が死んでしまったなんて認めない……
 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認メない認めナイ認めなイmtaaaaaaa」
「…………」

 

癒し手の姿をした何かは、片手で顔を覆う。認めない、そう繰り返す言葉は呪詛のようだった。
ぎり、と歯ぎしりが聞こえる。そのすぐ後、にたりと笑い、ふらふらと部屋を出ていく。それをカペラは静止することはせず、静かに見送った。

 

「マリア……マリア……君を私の力で生き返らせてあげるよ……
 ……そうだ、こんなことをしている場合ではない。準備をしなくては……」

 

ゲイルはリリィと、アスティはマリアという名前を口にした。
恐らく、だが。何者かに浸食され、その者に精神干渉を行われている、あるいは憑依されていると推測するのが妥当だろう。それならば、自分に対する嫌な感覚も説明が付く。何故自分だけ無事なのかは分からないが。
また、ゲイルが妹、と口にしていたのでリリィはゲイルに憑いている、あるいは干渉している者の妹の名なのだろう。他にも血縁者は出てくるのだろうか。
さて、一通りぐるりと屋敷は探索した。ここからは施錠された部屋の鍵を探す必要がある。持っているものを使い、調べていないところを探すことにする。

 

「そういや一階に不自然な瓶があったね。取り出せそうにないから放置してたけど……」

 

書斎にあった瓶を思い出す。底は暗くてよく見えず、何故か床にくっついているため持ち上げることもできない。放置していたが、もしかして中に何か入っているのではないか。
問題は、どうやってそれを確認しようか。手持ちの荷物をごそごそと漁り……一つ、案が浮かんだ。
手に持ったものはコップ。そういえば、水が溜まっている場所があった。水より軽いものに限定されるが、水を注いでみれば何か分かるのではないか。

 

「そもそも瓶に入るサイズのものなんてしれてるし。」

 

このような不可解な状況下でも、カペラは冷静に、動じることなく行動する。
実際、少しの焦りはあった。精神干渉の恐怖を、力を使うが故にカペラはよく知っている。もし干渉を受け続け、戻れなくなったとしたら。もし知っている仲間が、このままになってしまったら。
それは、嫌だ。だから最善の行動を考え、できる限りのことを行う。否、できる以上のことをしなくてはならない。水を汲み、瓶に注ぎ、水が足りずに合計3往復する。
狙いは当たりだった。水にぷかり、浮いてきたものがある。瓶から取り出してみると、それは鍵だった。つまみの部分は穴が開いており、質素な鉄の鍵だった。

 

「……鍵って水に浮いたっけ。」

 

常識が通用しない空間に居るので、まあそういうものなのだろうと納得することにする。一階からしらみつぶしにどこかの鍵かを調べようとしたところ、すぐに当たりを引き当てる。どうやら礼拝堂の鍵だったようだ。
中に入ろうとすると、そこには仲間の一人が居た。こちらが気づくよりも先に、扉が開いたことによりこちらに気付いたのだろう。

 

「……!!いや!!来ないでッッ!!」
「えっ……?いや、ちょっ」
「来ないでえええぇぇッッ!!」
「―― っ!?」

 

耳を劈くような悲鳴。いや、それはまだいい。いやよくない。よくないというかやばそうな感じがする。いやそれよりも、それよりも、だ。ここで大問題なのは。
泣き出しそうな表情で叫んでいる、その仲間が……ロゼ、なのである。

 

「…………」

 

一旦出直そう。無理やり近づいてもいいことはない。合理性が、そう囁く。
だが。いくら、頭で理解しても。どうしても、受け入れられないものはある。

 

「……あのさあ。
 解釈違いが甚だしいんだけどさぁ!!

 

ああっとついに口にしてしまったー!びたぁん!と、思わず持っていた古代語辞典を床に叩きつけてしまった。
ゲイルのときは何が起きているか分からなかったから我慢できた。アスティもなんとか耐えられた。しかし今回のこれはいくらなんでも、あんまりにもあんまりである。こんなに感情的になるロゼがいていいのだろうか。もしかしたら呪いを得る前は感情的だったのかもしれないがやっぱり解釈違いが凄まじい。

 

「あまりにも酷い。酷すぎる。写真撮って元に戻ったときに叩きつけてあげたいくらい。」

 

やめてあげよう。なかなかに惨いから。
さて、ここでカペラだったので違和感に気が付く。精神干渉だと思ったが、よく考えればロゼは呪いによい精神干渉の類に耐性がある。人の心がない者が、人の心の干渉を受けてもそもそも動じる心がない。消えたわけではないのである程度通用するのだが、それでもカペラの言霊が効かない程度には精神干渉には耐性がある。
そうなると、何者か……恐らくゴーストの類が取り憑いている。そう考える方が正しいだろう。
ならば、カペラがすぐには取り憑かれなかった点は説明がつく。支配欲の呪い。それは自分が最も高い位置に居座り、唯我独尊であろうとする。故に、己を見失うことなどなく、何者の命令にも左右されない。カペラも精神干渉の類に強い耐性がある。ロゼと違う点は、己が己であることが揺らがない、何からも支配されないということである。
……ただ、今、はっきりと分かること。

 

「……元凶を断たないと、恐らく皆は元には戻んない。」

 

脱出するだけでいいかと思っていたが、そうではない。不可解な点が未だ多い上、元凶となるものも見えてこない。かといって、考察材料も何もない。
探索するしかないかぁ、と歩き出そうとして。こつん、と何かを蹴飛ばした。拾い上げると、手のひらに収まってしまうような小さな鍵だった。一体どこから沸いて出てきたのだろうか。

 

「このサイズは……戸棚の鍵かな。遊戯室にあったはず。」

 

3階に上がり、遊戯室に入る。見立てはあっていた。
戸棚の鍵を開けると、出てきたものは熊のぬいぐるみだ。薄汚れているが、同時にそれだけ大切に扱われていたことが分かる品だった。
それを、手にした瞬間。

―― バタン

 

「――!」

 

扉が、不自然に締まる。慌てて開けようとするが、びくともしない。鍵ではなく、何らかの力で閉められている。
何か、この部屋にあるものでスイッチとなりそうなものは。馬の頭のおもちゃに、イノシシの置物に、視界にも入れたくない謎の男の像に、不気味な人形。
……人形が、じっとこちらを見つめているような気がする。
じっと、蒼い瞳を、きらきらとしたそれを。

 

「……」

 

直感だった。そういえば、この部屋には縫い針が落ちていた。
持っていたそれを、人形に突き刺す。刹那、ガラスを引っ掻いたかのような悲鳴。飛び散る血しぶき。まるで、人の、それのような、そんな、

 

「ラドラドだったら喜びそう。」

 

冷静になんつー見解をしてんだ。ラドラドだったらこれこうするよねーと、縫い針でビリビリとハラワタを裂いてゆく。無邪気にきゃっきゃっとなんつーことしてんだ。こいつもこいつでやべーな。
血みどろになった人形の腹から、こつんと硬いものが出てくる。再び、どこかの鍵が出てきた。今回はつまみがハート型になった銅の鍵だ。
がちゃり、扉が開く音がする。スプラッタ現場になったが、どういう神経をしているのか全く何も気にしない。やったー出られる、と無邪気に出て行こうとすれば……

 

「呪ッテヤル」

 

―― なんて、人形が口にするものだから。

 

「―― やってみな。【所有(しはい)】してあげるよ。」

 

なんて、挑発を返した。

 

 

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