海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ外伝_6『かつてそう自分たちは -雪の頁-』

※ラドワさん過去話だよ

※セルフツッコミでお願いします

 

 

私の家族は魔術師の家系だ。代々から魔法を『誰もが簡単に扱え、程々の威力に抑えた護身術』として扱うための研究を行っている。威力を抑え、誰にでも扱えるよう調整を行うことは難しい、らしい。らしいというのは私が全くといっていいほど興味がないからだ。

魔法は扱える。実戦的なものは魔法の矢くらいしかないが、準備する時間さえあれば小型の吹雪くらいはやってのけた。それから、呪術や死霊術にも手は出している。基礎はできているため、術式の構築や、他の人が生み出した術式であってもすぐに理解はできた。

 

「すぅーーーーー、すぅーーーーーーー、ふぅーーーーーーーーー」

 

森の中を、口笛を吹きながら歩く。魔法の触媒となるキノコや植物集めには絶好の場所だ。え、口笛が吹けていない?いいのよ、それっぽいのであれば。因みに曲は魔法の矢の詠唱。
竜災害が起きても、私の暮らしは変わることはなかった。北海地方の中でもかなり南部に位置し、一位二位を争うほどの都会に暮らしていた。最北部に位置する大都市、故に白銀都市なんても呼ばれていた。
さて、実家はその大都市にあるのだが、魔術を研究するには聊か不便であった。魔法の試し打ちをして暴発する可能性があったし、人も多く集中しづらい。日々の暮らしは都市にある実家で、魔術の研究の際には都市を出て、歩いて10分ほどの場所に建てた別荘で行っていた。今は、そこへの帰り道だ。

 

「にゃあ。」
「……ん、どうしたのベリアル。」

 

傍を歩いていた黒猫ことベリアルが私から離れ、森の外へと走っていく。使い魔、というほどではないがうちで最近飼い始めた猫だ。
父の得意魔法が動物使役である。ただし、動物に無理やり命令を下すのではなく、仲良くなった動物の知能や身体能力を上げるための術という、少し変わったものだ。ペットを東の国の式神にするようなものか。
使役主は父であるが、家族同然故か母や私、それからうちで共に魔術の研究をする者らの言うことには従順だ。触媒探しに森に入るときは、何かあったときの保険として連れていくようになった。
因みに名付け親は私。適当につけたら採用された。
それから、もう一匹。

 

「キッキッ、キッ。」
「えーと……名前……名前……えーと……鳥、鳥も何か見つけた?」

 

名前は忘れた。父の使役しているハヤブサの1匹。
うん。うち、ハヤブサが無駄に4匹いる。何で?名前も覚えられないし、どれが誰か分からないからやめてほしいのだけれども。
バサバサと舞い降りて、こくこくと頷く。それからじっと森の外を、ベリアルが走っていった咆哮を見つめていた。
何だろう、と思いながら森を出る。数メートル離れたところで、ベリアルはこちらを眺めて待っていた。
その傍には、倒れている人がいた。

 

「…………」

 

血の香り。動く気配はない。酷く傷つけられており、遠くからでは生死が分からなかった。
裕福な家で、平和に暮らしてきた。街で時折喧騒が起きることはあったが、ここまで暴力的なものを目にすることは初めてだった。
あぁ、これが。人の、死。

 

「……あ、生きてたわ。」

 

近寄って、脈をとる。辛うじて生きてた。死んでなかった。なぁんだ。死んでいたら死霊術の練習台になってもらおうと思ったのに。
動じる心は一切なかった。見慣れているわけではないが、自分のことではないのでどうでもいい。今ここでこと切れようが生きていようが関係ない。それで、何かが変わるわけでもない。
……ただ。『それ』は、私の好奇心をくすぐるには十分だった。

 

「筋肉の付き方、得物、所有物……身なりとしては盗賊……なのに、何故かしら。魔力を持っているわ。」

 

魔法を使う盗賊がいないわけではない。しかし、そのような盗賊はかなり盗賊の中でも実力者だろうし、もし群れているのならば重宝されるはずだ。
何があったのだろうか。私の知らない世界で、何が起きたのだろうか。
ちょうど退屈していたし、何か面白いことが分かるかもしれない。

 

「鳥、この籠を家まで運べる?私はこの人を応急処置してから担いでいくわ。距離も近いし、そこまで大きい人じゃないからなんとかなりそう。」
「キィー。」

 

分かった、と籠を足で掴み、名前を忘れ去られた悲しきハヤブサは家の方角へと飛んで行く。森に入る以上、薬の類はいくつか持っている。暇だったので学んだ医学の知識もあるため、手際よく手当を行った。
回復魔法?使えませんけど?何で人の傷をわざわざ私の魔力で治さなくちゃいけないわけ?

 

「……うん、手当さえすれば問題ないわ。流石私。」

 

応急処置が終われば腕を自分の肩に回し、立ち上がる。盗賊なので街にある実家に連れ帰ることはできないだろうが、幸いうちには街から離れた場所で別荘がある。内密に治療できるだろう。
そのとき、少しだけわくわくしていた。
初めて、私が一度たりとも出たことがない、外の世界の物に振れたような気がしたのだ。

 

  ・
  ・

 

別荘には両親と私の先生、それから魔術師が5人ほど居た。それから使役している動物が多数。
連れ帰ってくるなり大層驚かれた。人が倒れていたということより、私が人を連れて帰ってきたことに驚かれた。酷くない?
空き部屋へ運び込み、手当を行う。念のため手足は縛らせてもらった。助けてもらった恩があるから襲わない、という情があるのならば今頃盗賊などやっていない。

 

「……それにしても。本当に不可解な魔力ねぇ……」

 

意識を失っていることをいいことに、私は盗賊をあれこれ調べさせてもらった。
エメラルドグリーンの髪を持った、まだ少女と呼べるほどの体格。魔力は体内に存在しており、背中に集中している。流石に脱がすことはしなかった。別に脱がしてもよかったのだが、起きられると何かと面倒になりそうだったので。

 

「魔法具の類は持って無さそうだし、あまり身体になじんでないようにも思える。そもそも魔法を使うだけの教養があるのかも疑問よね……」

 

盗賊となってからはそこまで短くはなさそうだ。つい最近入ったとすれば、明らかに筋肉の付き方が違う。素早く駆けることに長けた作りになっているそれは、手慣れだということを物語っていた。
同時に、そういった作りになっているが故に魔法を扱うとはとても思えなかった。盗賊になってから魔法を勉強した、という可能性もあるが、それにしては身体付きと年齢と持ち物がちぐはぐに感じた。
盗賊の頭に手を置き、うーんと小さく唸る。身体に振れた方が所有している魔力はよく分かり、頭や胸に手を置けば、魔力の流れや性質をより知ることができた。頭は思考に振れやすく、胸は血と同様身体に送り出す原点となる場所。最も、魔術師としての常識になるのだが。

 

「……ぅ……、」
「あ、起きた。具合はどうかしら?保険のため、手足は縛らせてもらっているわよ。」

 

うっすらと目を開ける。虚ろな目だった。
声が聞こえているのか、いないのか。話せる状態ではないか、と小さくため息をついた。話せる状態なら、色々話を聞いたのだが。

 

「……ここ、は……んた、何、して……」
「とある有名魔術師の別荘。面白い魔力を持ってるみたいだから、色々調べさせてもらっているわ。」

 

ぐりぐりと、そのまま置いていた手で頭を撫でまわす。
特に表情は変わらなかった。それから、少し遅れて驚いたような表情をした、ような気がした。

 

「まだお話するのは難しそうね。今はゆっくり休んで回復に務めなさい。」
「……、……んで……、あんた…は、……たし、に……、……」
「……?なんて?」

 

何かをぼそぼそ言った気がするが、いまいち聞き取れなかった。
早く元気になってもらって、それから外の話をしてもらおう。好奇心を満たしてもらおう。瞼が再び閉じられようとしたとき、コンコンと扉を開く音が響いた。

 

「どうだ?盗賊の様子は。」
「お父さんね。入っていいわよ、今起きたけどまた眠りそう。容態は落ち着いている。」

 

遠慮気味に扉を開け、忍び足で部屋に入る。静かにしておこうと気を遣っているのだろう。にゃあ、と一緒にベリアルも部屋に入ってきた。
うーん、と何かを考えるように顎を掻く。父の、考え事をしているときの癖だった。

 

「まさかお前が人助けをする日が来るとは思わなくてだな……正直内心かなり焦っている。」
「だから酷くない?だって、面白そうじゃあない。盗賊が魔力を持っていて、それもこれほど傷だらけで。いつもいつも同じ毎日を繰り返す私にとってちょうどいい刺激だわ。」
「人一人死にかけていたんだけどなぁ。それも盗賊で何されるか割と分かったもんじゃないのになぁ。うちの子は凄いなぁ。全く危機感がないなぁ。」
「お父さんは慎重すぎるのよ。……それで?何か分かった?」

 

こちらが治療に専念する代わりに、両親や務めている魔術師の者らに正体を探ってもらっている。まだ数時間しか経っていないため、何も情報はないとは思った。
その考えは大正解。父は苦笑を漏らして首を横に振った。でしょうね、と呆れたため息を思わず私はこぼした。

 

「とりあえず、魔力を調べたい。採血させてもらってもいいかな。」
「いいんじゃないかしら。手当してあげた分、私たちにも見返りがあっていいはずだもの。」

 

この子は全く人の心がないな、と軽く引かれた。そういわれたって、私は助けたくてこの人を助けたわけじゃないし、わざわざ見返りなしで助ける意味も分からない。
さて、人間は基本的に魔法を扱うに満たない微弱な魔力しか持っていない。故に、魔法石や魔法具を使い、外部魔力を使うことで魔法を扱うことができる。あるいは、己の身体に魔物の血を流し、自分で魔力を体内に蓄積できるように改造する、という方法もある。
先代は知らないが、私の家族は全員前者の方法をとっている。私は魔力を蓄積しておくための魔法石のペンダントと、魔力をコントロールするための杖を持っている。ペンダントがなければ魔力が用意できずそもそも魔法が扱えなくなり、杖がなくなれば術のコントロールが危うくなり暴発しかねなくなる。

 

「この人間は、体内に魔力を持っている。つまり、何かしらの肉体改造を行った可能性が高い。……盗賊が捕らえられて人体実験を受けた、とか面白いことが起きていたりしないかしら。」
「それを面白いと言っちゃうかぁ。流石だなぁ。相変わらずに相変わらずだなぁ。」

 

その日はあれこれ調査の準備をするだけで過ぎて行った。
私は特にすることもないので、盗賊がいる部屋で一日を過ごす。周りには危ないと咎められたが、少し危ないくらいが楽しくてちょうどいい。
面白くなってきた。上機嫌になりながら、その日は何事もなく眠りについた。

 

  ・
  ・

 

次の日も、起きて朝食を済ませるなり再び盗賊の居る部屋に引きこもった。流石に2日目にもなると特にやることもなく暇になってくる。
調査に加わってもいいのだが、そうするとこの盗賊が起きたときに一番に話を聞くことができなくなってしまう。手持無沙汰になっていたところ、部屋に一人の女性が入ってきた。

 

「退屈そうね。」
「ベゼイラスさん。何か進展はあったんですか?」
「ううん、特には。ただ、あなたが退屈してるだろうなーと思って。」

 

くすくすと笑い、隣に並ぶ。ベゼイラスは私の恩師で、私に魔法を教えてくれた人だ。
この人は私の両親と違い、好奇心で魔術の研究を行う。興味が惹かれたものに正直で、様々な魔法を扱うことができる凄い人だ。純粋な探求心から魔術の研究を行う姿にとても好感が持て、私はこの人の話は素直に聞くようになっていた。

 

「そんなにこの人が気に入ったの?」
「そういうわけではないんですが。ただ、何があって倒れていたのか。どうして魔力を保持しているのか。とてもわくわくするんです。」
「……そう。ふふ、そうよねぇ。どうして?を追求し、真理を求めること。魔術師の基本であり最大の心よねぇ。」

 

私の頭にぽんぽんとふれ、それから穏やかな調子で語り掛ける。

 

「人のために研究をすることもいいことだけど。やっぱり、知らないことを知りたいって気持ちは誰にも止められないのよねぇ。」
「その通りです。お母さんも、お父さんも、訳が分からない。人のために魔法を研究をして何になるの。必ずいつかは成功すると分かっている魔法に何の楽しみがあるの。私には、とてもではないけれども理解ができない。」
「ふふ、本当に両親には似なかったわねぇ……料理から悪魔召喚を試みたり、長時間かけて辺りを樹氷に変えたり、無茶苦茶なことをやってのけようとして。」

 

この人は私が生まれる前からここに務めていた。
つまらない。この家が、分かりきった魔法がつまらない。絶対という、約束された未来がつまらない。
だから。

 

「あなた……『外』に行きたいのね。」
「……!」

 

その言葉を聞いたとき。
とても、目を輝かせていたと思う。
私の知らない、外の世界。
ここに居れば、死ぬまで平穏であることが約束される。実際に竜災害が起きたところでどうということはなかった。
けれど……それでは、つまらないのだ。
分かり切った魔法の研究をすることは。安全だと分かり切った家族の元で過ごすことは。何も知らないまま一生を終えることは。

 

「……そう。私は、『外』へ行きたかったのね。」

 

飼いならされた鳥は、鳥かごの扉を開けても逃げ出すことを知らない。
かごの中が安全だと分かっているから、わざわざ外へ飛び立つ理由がない。
餌をもらい、天敵の居ない世界。少し狭いことさえ我慢すれば、好きな人と一緒に居られ、面倒を見てもらえる。
けれど、それは繰り返すだけの日々。
何も変化が起きず、何にも心を躍らせることもない、平穏な日々。
そんなもの。死んでいることと、何も変わらない。

 

「おーいベゼイラス、手伝ってくれ。」
「えぇ、分かったわ。それじゃあ盗賊のお世話、よろしくね。」

 

父に呼ばれ、その場を離れる。その後ろ姿を小さく手を振って見送った。
外。小さく口にする。それから盗賊を見る。
きっと、私の知らないものをいっぱい見て、私の知らないもので満たされている。
自由なる翼が、どこまでも羨ましく、焦がれるものに思えた。
それと同時に。魔力に、違和感を感じた。

 

「……?」

 

異なる魔力を感知した。何かしら、と思い魔力の発生源を調べる。
身体の中、ではない。上着を脱がすと、服の内側に縫い付けられた一本の羽根を見つけた。カラスの、真っ黒な羽だ。

 

「あら、呪術がかかっているわ。落としても戻ってくるような呪いのマジックアイテムになっている。へぇ、面白いもの持っているじゃあない。」

 

この程度の呪術なら簡単に解くことができる。闇属性の魔法は得意分野な上、呪術はしっかりと頭に叩き込んでいる。
簡単な魔法をつぶやき、呪いを解除する。じっくり観察しても、もう一つ魔法がかかっていることを除けばただの羽だ。

 

「こんなにこのカラスの羽根が大切だったのかしら。いえ、もしかしたら私が分からないだけで、変わった何かがあるのかもしれない。少し調べてみましょう。」

 

それからその日は羽を調べているうちに日が沈み、やがて眠りにつく時間となる。この日は一度も目を覚ますことがなかった。つまらないわねぇ、と小さくため息をつき、ずっと調べていたカラスの羽を寝る前につまみ、じっと見つめた。
はっきり言う。ただの羽である。呪術のついでに相互反応が起きるような仕組みが組まれていたくらいで、本当にただのカラスの羽。
期待して損した、と思う一方、そんなただの羽に呪術をかけ、絶対に手放せないようにしていることに何かしら理由はあるのだろう。例えば何かの鍵になっているだとか、例えば本当は自分が分からないだけで凄いマジックアイテムなのだとか。

 

「でもただの羽根にしか思えないのよね……」

 

真偽を聞くためにも、やはりこの盗賊には目を覚ましてもらわなくては。
わくわくする心は、昨日よりも強くなっていた。それからカラスの羽はそのまま自室の机の中へとしまった。これは治療費としてちょうだいする。盗賊のくせに物を盗まれるだなんて、とても滑稽な話だ。思わずくすくすと笑い声がこぼれた。

 

  ・
  ・

 

「カラスの嘴が壊滅した、だと?」
「はい。やったのは人間。3人は行方不明。魔術師の男と、白銀の悪魔と呼ばれる女と、それからそれと同じくらいのエメラルドグリーンの髪の女。」
「……おい、まさか。」
「えぇ。そのまさか、だと思うわ、貴方。早くあの子に伝えないと……」
「いや、待て。せっかくあの人の心がないあの子がここまで面倒を見ているんだ。伝えて怖がって、芽生えかけた人の心を踏みにじってしまうのは反対だ。」
「確かに、あの子があそこまで人の世話を焼くのは初めてのことだけど……けれど、あの子だって盗賊だということは分かっているはずよ。怖い存在だとも、理解しているはず。」
「だからこそ、だよ。盗賊、つまり危険かもしれない人間にも手を差し伸べられる……これはチャンスだよ。人に手を差し伸べることの意味を、少しでも分かってもらえるね。」
「……それもそう、ね。そもそも、あの子は止めようとして止まる子じゃなかったわ。それに、あの子があそこまで人に興味を持つことも、とても珍しいことですもの。
 あぁ、けれど、あの魔力もあの魔力で危険よ。あの盗賊は、目が醒めれば研究に協力してもらう。……似たような魔力が、発見された。その解明に、協力してもらわなくちゃ。」

 

「……っくしゅん!あー、誰か噂しているわね……」

 

盗賊を拾って3日目。起きてすぐに朝食を食べ、それから盗賊の様子を見る。
容態的にも、そろそろ目を覚ます頃だ。彼女のために、何か作っておいた方がいいかもしれない。冷蔵庫の中を見ると、軽食を作るだけの材料はあった。
ペンダントを外し、材料の確認を行っていると、部屋の前を2人の魔術師が会話をしながら通りかかる。そこそこ大きな声で、私にもはっきりと聞こえた。

 

「あの盗賊、モルモットにすんだとさ。」
「変わった魔力持ってたもんなぁー。魔物の血、とは違った感じだろ?まあ自警団に突き出されるよりかはよっぽどいーんじゃね?」
「そらあそうだ。盗賊にしちゃ、ある意味ありがたい話だよなー。」
「……ふむ。」

 

なるほどそうなるか。当然といえば当然だが、それはとてもつまらない話に思えた。
野生の鳥を飼いならす。
鳥かごの鳥は、安全な世界から逃げ出そうとは思わない。されど、野生の鳥はかごの中で一生を過ごせるだろうか。
何にも縛られない、自由な外を知りながら。その外を焦がれないだろうか。
ましてや、盗賊など社会に背き生きる自由人だ。
どこまでも羽ばたくことができる鳥を、鳥かごに押し込んで私欲のために使い、殺す。
普段なら絶対に考えないことだが、外への憧れを自覚してしまった私には、それがとても惜しいことのように思えた。

 

「あの盗賊がいなければ、私は外を知ることはできないわ。」

 

盗賊がどうなろうと私には関係ない。
されど、ここで捕らえられ、自由を奪われることは。
私にせっかく外の世界を知るチャンスをくれた、それが奪われることのように思えたのだ。
料理を手早く済ませる。幸い、私の得意料理は持ち運べて、手軽に食べられるもの。よかった、料理もちゃんとできるようになっていて。
味見に一つ手に取り食べる。うん、美味しい。流石は私。
作り終えれば布袋に詰め、余っている水袋に飲み水を入れて盗賊の眠っている部屋に戻る。まだ起きていなかったので、こっそりベルトに引っ掛けておく。これで一つの準備は終わった。
次に、この部屋の窓の鍵を開ける。通常の鍵ならよかったのだが、ここは魔術師の家。盗賊泣かせの魔法の鍵でしっかり施錠していた。これも、私は会得している魔法なので簡単に開錠できた。
問題はその次。縛っているロープを緩めたいのだが、残念ながら私はそこまで器用でもなければ力もない。私の力ではとても緩められそうになく、どうしたものかと考える。この際切ってしまおうか。

 

「ごめんくださーい。誰かいないかしらー。」

 

ナイフを取りに行こうとしたところで、玄関の方から聞き覚えのない声が響き渡る。最も、私が聞き覚えのある声など、家族とこの家に来る人くらいしかいないのだが。

 

「ごめん、ちょっと出てくれないか。今手が離せないんだ。」
「分かった。見てくるわ。」

 

研究室から父は私に向けて声を投げかけた。仕方ない、応じてこよう。
ここへ訪ねてくる人は珍しくない。魔法の教えを乞う者から、魔術の触媒を売りに来る者。病気にかかった者や、稀に呪われた者が解呪のためにうちに来ることもあった。
この辺りで一番の魔法組織はうちになる。そのため、何の警戒もなく私は扉を開いた。

 

「誰?何の用?」
「始めまして、人を探してるの。ここにエメラルドグリーンの髪をして、翡翠色の眼をした14、5歳くらいの女の子は来なかった?」
「エメラルドグリーンの髪に……翡翠色の眼、ねぇ……」

 

居たような、居なかったような。
顔を覚えるのは苦手なので、人探しを私に振らないでほしい。少なくとも私のことではないし、両親のことでもない。誰かいたっけ。居たような気もする。

 

「……おっかしーなー?ここに来たはずなんだけどなー?」
「…………、」

 

目の前の者は、背は小さくローブを被っていて姿は全く見えない。ただ、ある共通点を見つけることはできた。
強い魔力を持っている。体内に、それも盗賊と同じような魔力だ。それから、あのカラスの羽から感じ取れたものと同じ魔力の反応がある。つまり。

 

(あの盗賊の仲間で、カラスの羽根を取り返しにきたのね!)

 

やはりあのカラスの羽は大切なものらしい。絶対に渡してはならない。こんな目の前のよく分からないやつに渡してたまるものか。
あれは私が治療費としてもらったマジックアイテムだ!

 

「ねぇ。匿うのはよくない判断だよ。そもそも匿うメリットだってない。だってあれは怖ーい盗賊。ワタシは、その盗賊を捕まえに来たの。引き渡す方が身のためだと思うなー?」
「そうは言われても……身に覚えがないのよねぇ……えーと、なんだったかしら……金髪で蒼目の男、だったかしら。」
「エメラルドグリーンの髪に翡翠色の女の子、って言ったよね?人の話聞いてた?」

 

どうでもよすぎて覚えてなかった。まあ、エメラルドグリーンも金髪も概ね同じ色だもの仕方ない。翡翠色と蒼色だって殆ど同じだもの。

 

「……うーん、この様子だと本当に知らないのかな。」
「力づくということなら受けて立つのだけれども……ここは、白銀都市の賢者の塔とも言われている場所よ。荒事になった瞬間、どうなるかは……覚悟はしてちょうだいね?」
「…………なるほど、ね。」

 

私の家は、いわゆる名家というやつだ。
ただの名家ならまだしも、魔術師としてかなり名が知られている。憧れを抱く者も多い。さて、そのような名家の娘を殺して、皆は黙っていられるだろうか。
確かに名声は落ちるだろう。盗賊にやられた、その程度の家だったと不名誉な事実が残るだろう。しかし、慕う人が多いのも事実。果たして、その者ら全てが掌を返すだろうか。

 

「最後に聞く。本当に知らないんだね?」
「えぇ。本当に知らないわ。」

 

嘘ではない。尋ねられている人物に覚えはない。もしかしたら拾った盗賊がちょうどそんな見た目だったかもしれないが覚えていない。故に知らない。何もおかしくない。
それならしょうがないね、とため息を一つ。疑ってごめんね?と一つ謝罪を残し、その場から去って行った。
全く、とんだ邪魔が入ったものだ。部屋に戻る前に誰だったかと父に聞かれたので、触媒を高値で売りつけてくる詐欺師だったと適当に嘘をついた。相手だって盗賊だ、そんなことをやっているかもしれないしもしかしたら嘘ではないかもしれない。
と、屁理屈を自分の中で組み立てながら、盗賊の居る部屋へと戻る。

 

「……あら。」

 

そこは、もぬけの殻となっていた。ほどかれたロープがベッドの上に残っている。
窓が開いている。鍵は開けてあげたし、ロープ以外は逃げ出す条件が揃っていた。
否、揃えてあげた。

 

「ふふ。無事に空へと返っていったわねぇ。」

 

窓を開けて、空を見上げる。どこまでも澄んだ、青い空。
自由を知っている鳥は、鳥かごの外。自由を知らない鳥は、鳥かごの中。
けれど、扉は開かれた。さあ、後は羽ばたくだけ。

 

「待っててね。私も、あなたのように空へと舞ってみせるわ。」

 

もう一度会えるとは思っていない。
もう一度会えたとして顔は覚えていない。
だから会いに行く、ということはできないけれども。
同じ、自由な世界を謳歌することはできる。

 

きっといつかは。同じ空の下を、共に羽ばたいていることだろう。
そう考えると、今からわくわくした。

 

 

「……ずぼらにもほどがあるでしょ。鍵は開いてたしロープは緩いし……って、何これ。」

 

見張りが居なかった。意識を取り戻し、聞こえてきた会話に耳を傾ける。
どうやら魔術の実験に使われるらしい。呪いを危険視し、同時に興味を持った魔術師の会話だとすぐに分かった。
冗談ではない。見張りもおらず、脱走することは簡単だった。いくらなんでも不用心だったと思い返していると、ふと腰に何かつるされていたことに気が付いた。
水袋と包み。開いてみると、そこにはなぜか、

 

「……卵サンド?」

 

食べてください、とでも言わんばかりの卵サンドが持たされていた。
何で?どうして?何のために?疑問は尽きないが、お腹が空いていることは事実。意識を失った前日の夜から今まで何も食べていない。流石に何か食べたい。
毒が仕込まれているかもしれない。怪しい味に警戒しながら、一口食べる。
―― ドンピシャ、とはいかなかったが。

 

「……かっらぁぁぁあああああああああああ!?」

 

辛い、めっちゃくちゃ辛い。
食べて、中を見てよーくわかった。マスタードハバネロの暴力。辛い。めちゃくちゃ辛い。毒はないがとにかく辛い。え、だから?そのための水袋?
すぐに水を飲み、辛さを緩和させる。ぜぇぜぇと荒い息を上げながら、残りの卵サンドをどうしたものかと見つめた。

 

「……え、いや、何この嫌がらせ……ほんっと、魔術師ってのはひねくれてるわね……」

 

お腹は空いた。しかし辛い。何か食べたい。しかし辛い。
逃げ出した盗賊は、悩んだ末、一先ず近くの川を目指すことにした。その後は……南に向かって、盗賊をやめてどうにか生きられる場所がないかを探そう。確か、大きな交易都市があったはずだ。
それからの翼の足取りは軽かった。

 

 

「セリニィ家、だもんね。流石に手が出せないよね。」
「賢明な判断かと。あの家の娘を殺したとなれば、世界中の魔術師を敵に回すようなものです。」
「だよねー、流石に今の実力でそうなっちゃうのはまずい。……ってことで。
 さよなら魔術師。お陰で、最後の足取りを見つけることはできたよ。

 

 

それから一週間後。
すぐ近くの森の奥地で海竜の魔力溜まりが発見された。それに振れると、精神を狂わされる代わりに強い力を得られるそうだ。だから決して近づいてはならないと。
私はそんな警告を無視してすぐに向かった。そこへ向かう途中、コボルトとゴブリンに襲われたが大した問題ではなかった。魔法の矢をお見舞いすればすぐにそれらは絶命する。その姿を見て、それから危機にさらされて、初めて分かった。

 

これが、私の求めていたもの。
これが、自由な世界。
命のやりとり。生と死をかけた、外の世界。

 

魔力溜まりは、海竜の呪いと呼ぶことにした。
海竜が討たれた後に振った雨が一か所に集まり、まるで竜の力の一部のようだからそう名付けられた。
呪い、というがこれは身体に海竜の魔力を宿すもの。肉体改造の一種に近いため、教会で解呪することもできない。要するに、邪悪なものではない。

 

―― そう、上手く付き合えば

 

「……っふふ、ふふふふ、あはははははははは!」

 

すぐに理解した。先ほどの真っ赤な血が恋しい。あの美しさが、命を奪う楽しさが忘れられない。
私は思う。きっと、この呪いを手にしなくても、さほど変わらなかったと思う。このどこまでも自由な世界が楽しくて、殺されるかもしれないという不確定要素にドキドキする。
それを、快楽殺人という最高の趣味に仕上げてくれた。

 

「ねぇ、呪い。
 私はあなたを上手く使ってあげる。だから、私に最高の快楽を与えてね!」

 

 

ただ、一個だけ分からないことが今でもある。

 

「結局。このカラスの羽根は何のマジックアイテムだったのかしら。というか調べれば調べるほどただの羽根なのよね。
 まあ、いいか。羽ペンにでもして使いましょう。なんだか悔しいし。」

 

というわけで、自由への鍵は筆記道具になりました。

 

 

 

あとがき。
バッドエンド???闇堕ちでは???
いや本人はめちゃくちゃ楽しそうだし、くっそ楽しんでるし、一切の後悔もなく上手く使ってるのでなんっっっにも問題ないんですけどなんでだろうすっごいバッドエンド臭がする。
とりあえず、実は知らないうちにロゼちゃんをめちゃんこ助けてたラドワさんのお話でした。ある意味ロゼちゃんとラドワさんの過去話は1つの物語の上下巻ですね。
それにしても。ロゼちゃんのときと比べて緩いね!!!!

 

その他

ベゼイラスさんは 飛魚様作 『四色の魔法陣』より お借りしました