海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

21話『狼神の棲む村で』

※ギャグとシリアスの温度差が凄いぞ
※オリジナル設定あり

 

 

「断固反対だ!!」


バンッ、とテーブルを叩きつけ、大きな音を立てアルザスは仲間に怒鳴りつける。
やれやれ、とため息をついてロゼは冷静に、合理的な意見を返す。


「しょうがないでしょ?こん中で一番餌になるって思うのは誰だと思う?アスティでしょ?」
「だからといって、アスティをそんな危険な目に遭わせられるか!大体、アスティはこの中で最も戦いが苦手なんだ、よりによってそんなアスティに任せて……何かあったら、俺は……」


何も起こらなければ。明日にはリューンに到着しているはずだった。
仲間が取り憑かれたあの日の、2日後。リューンへと向かう帰り道。今日は街道沿いの小さな村で宿を取り、朝早く経てば明日の夜には海鳴亭に帰れるはずだったのに。
……話を聞くところから断ればよかったのだ。自分たちはもう帰路につくところだから、と。だが、時に同情心は、冷静な判断を失わせる。


『頼む……娘を、どうか娘をみすみす殺させるような事だけはしないでほしい……』


足を引きずりながら冒険者の元にやってきた、切羽詰まった男の表情。そして、その口から出た不穏な発言。
話すら聞かずに立ち去ってしまうには、あまりにもアルザスやアスティにとって重すぎた。
男はアドレオと名乗った。彼の話によると、彼は元々冒険者であったらしい。大怪我を負ったことをきっかけに冒険者稼業から足を洗い、この村、ハルム村に2人の娘と住み着いたのだと言う。


「……一度、落ち着いてください。話を整理しましょう。
 まず、この村には昔から『狼神』が棲みついている。大きさも、力も、何もかもが普通の狼とは桁違い。
 この狼は人間の女と交わり、子を残す。そのため狼神は村の若い娘を攫い、脈々とその血筋を残し続けてきた。
 村の者は、村を守るために狼が代替わりをする頃、村から生贄を差し出した。そうして、何十年も、何百年も村を守ってきた。
 そして今回生贄に選ばれたのは、アドレオの娘。狼神に娘を渡したくない、故にここで血筋を断ち切ってしまいたい。……それが、今回の依頼内容です。因みに報酬は800sp。」
「あたしは大いに大賛成よ。生贄を差し出すことで生きながらえる村。犠牲の上に成り立つ、強き者に支配されたまま成り立つなんて馬鹿げてる。」


早く帰りたい、とは思ったが。アルザスやアスティ、ロゼはこの村の事情を放っておきたくはなかった。ラドワやカペラ、ゲイルも殺せるだとかふんぞり返ってるやつを引きずり下ろせるだとか強いやつと戦えるだとか、まあロクな理由ではないが賛成だった。
その後、アドレオの小屋に向かい、詳しい話や報酬を決める。そこまでも、よかった。
問題は、狼神を討つために必要な作戦だ。


「まあ、そうなるよね。意表を突くために、生贄の身代わりを立てて、油断してる隙にどーんって。」
「娘を危険に晒して守り切る自信まではねぇしな。で、生贄役は子を産める女じゃねぇとだめってことで。」
「それこそロゼでいいだろう!?ロゼなら前線でも戦える、任せられる!なんでアスティがやることになるんだ!」
「あたいは?」


その生贄の役を、アスティにやってもらおうという話にまとまりつつあったのだ。
アスティとしては構わない……わけではない。攻撃から身を守る術はない。確かにパランティアで手に入れた盾があるが、前に出て戦う術は何もない。
あまりにも、リスクが高い。生贄役以外の仲間は弓矢、あるいは魔法で応戦することになる。そのため、弓を主な得物とするロゼは後方で応戦してほしいのだ。
後は、やっぱり。


「だって、考えてもみなさいよ。
 あたしたちが生贄になって、狼に気に入られると思う?


そう。ここだ。ここなのだ。
狼神と言うくらいだ、敵意や悪意をかぎ分ける力くらいあるだろう。後はそれ以外にもこう、性格的な意味とか、見た目的な意味とか、その辺が。

「……えっ、もしかしてあたいが生贄になれねぇ理由ってそこ?」
「逆にどこだと思ったのよ。考えてもみなさいよ、生贄として子を産む女が、屈強な肉体を持ってがさつでワイルドなのよ?娶ると思う?」
「なぁそれ褒められてんの?けなされてんの?」

あなたならどの子を娶るだろうか。
大変可愛らしく大人しい、華奢な女の子。
無感情で何にも動じない、少なくとも一般人の身体つきではない女性。
やったー殺すーと、常に殺意マシマシなやべー女。
筋肉質な野生児、どっからどう見ても強そうな女。
何も知らないやつから見れば一択なのだ!!

「やだーーー!あたいが生贄役やりたいーーー!弓とか扱えねぇしーーー!絶対強いじゃんそいつあたいが戦いたいーーーーーー!」
「わざわざ生贄になりたがるよーな人が選ばれるって僕でも思えないんだけど!?戦いたいとか言い出してるじゃんそんな人を娶る!?いつぞやの武闘会に乗り込むシンディーリアじゃあるまいしさあ!」
「……いや、なしではないかもしれないわ。」

手を口元に当て、思案する。
至極真面目な表情で、ラドワは語った。

「あくまでそれは、人間から見た一般論。生物学的には、雌は強い雄を選ぶ。身体が大きかったりだとか、色が派手だったりだとか。だから、狼的観点から見れば、でかくて強くて粗雑で戦闘狂で何でもかんでも力で解決するゲイルはとても魅力的であると言えるわ。」
「なあこれ褒められてんの?」

今回相手はあくまでも狼。狼神と呼ばれ、祀られているのかもしれないが根本を考えれば野生動物。生物学的本能から逸脱する可能性は、あまりないように思えた。

「な、なるほど……?いや、私には正直荷が重いので、代わってくださるとありがたいのですが。」
「頼む代わってくれ。正直アスティが生贄になるくらいなら俺が女装をして守りたいくらいなんだ。ゲイルなら安心して……マカセラレルカラ。」
「おい何で目ぇ泳がせてんだよ。」

そりゃあ、生贄のイメージからかけ離れているからでしょうよ。生贄と言うからには、もっとか弱くてびくびくして可愛らしいおしとやかな女性というイメージだ。それが何をとち狂ったのか、野生児そのものを放り込もうとしている。察されて出てこない可能性が、仲間内で一番危惧されていた。

「まあ出てこなかったら出てこなかったで別の手を考えよう。
 ……ゲイル。相当危険が伴うが、大丈夫か?」
「え?大歓迎だぜ?むしろつえーやつとサシでやれるってことだろ?めっちゃくちゃ滾るぜ!早く戦いてぇなぁーーーなぁなぁいっそ今から行きてんだけどだめか?明日まで待たなきゃだめか?」
「うーーーん何も心配することがないな。逞しすぎて絶対の信頼がおけてしまう。むしろ出てくるかどうかの一点だけしか不安がない。なんだこれ。すっごい。流石全てを暴力で解決する女だ。」
「だから褒めてんのかって。」

多少揉めこそしたが、最終的にゲイルが生贄役となり戦うことになった。アドレオに村長は話をつけて明日にでも生贄の儀式を行うようにするから休んでくれ、と頼まれたので応じさせてもらう。早くすませたいだろう、というよりもこの脳筋が今すぐにでも飛んでいきそうなことを察してくれたのだろう。大変空気を読んでもらえた。
狭い家ではあったが、どうにかカモメたちが全員寝られるだけのスペースが確保された。その日は羽を休め、休息をとることにした。
 
 
 

「……ゲンゲン、起きてる?」

何となく夜中に目が醒めたのはゲイルではない、カペラだった。他の仲間を起こさないように起き上がり、物音を立てずにゲイルの元へと近づく。それはもうぐっすりと眠っており、彼女が何も心配していないことがよく分かった。
流石すぎる。一瞬真顔になったが、やれやれと小さなため息をこぼし、暫くその姿を見ていた。

「うん。なーんにも心配になんないや。いや、ちょっとは心配になったんだろうね、だからこんな夜中に起きて。でも、やっぱり君はやってくれる、任せられる。そう、安心できるんだよね。
 ……危なっかしいって思うのになぁ。」

村を出た日のことを思い出す。
無鉄砲に突っ込んでいくから引き留めたり、字が読めないから代わりに読んであげたり。ゲイルは本当に、戦うことしか頭にない。元々村での識字率はほぼなかった。何もない田舎の猟師の生まれ。カペラの家系が吟遊詩人だった為、数少ない文字を読むことができる者だった。
最初はとんだ馬鹿と行動をすることになった。さっさと独り立ちしてやる。そんな、呪いから来る反抗心が強かった。彼女に気づかれず、内情を隠しながら付き合ってきた。
……いつだって、誰にでも対等に接して。自分のことを認めてくれて。子供だからといって見下さない。いつでも、対等で居てくれた。

「まあ、ゲンゲンが大きな子供だって感じがするけどね。」


そう呟いて、ふふっと笑った。
何も心配になる必要はない。いつも通り、言葉で励ませばいい。大丈夫、彼女は誰よりも、何よりも、強い。荒れ狂う暴風を止められる者などいやしない。


「……だぁれがでけぇ子供だ。」
「わっ、起きてたの?それとも起こしちゃった?」
「起こされた。やー、興奮して寝つきがあんまよくなくってな。久々に、サシでやれるって思うとうずうずしててさ。」
「サシじゃないよ。僕たちがサポートする。前線に君しかいないだけで。」


サシみてぇなもんだろ、と暴風はふあ、とあくびをして笑う。僕の知ってるサシはそのサポートすらもない戦いのことだけどね、と肩を竦めた。

「カペラ。
 あたいな、カペラや皆が居っから何も怖くねぇんだ。安心して戦えんだ。繋ぎ止めてくれっからさ。」
「別に、僕たちが居なくても君は斧持って敵に突っ込んでくでしょ?」
「そーだけど、そーじゃねぇよ。きっと一人で戦ってりゃ、いつかは本当に戦うことしか頭になくなんだろうなぁって。頭は悪ぃけど、そんくれぇ分かる。
 呪いに飲まれねぇ。戦いが全てであり、帰る場所がちゃんとあって、なんだかんだ腕掴んで引き戻される。だから、全力で戦えんだ。呪いの意識なんて関係なしにな。」
「……驚いた。君からそんな言葉が出るなんて。」

たまにゃそんな日もあっていいだろ、と口を尖らせる。暗闇でそれを確認することはできなかったが、明らかな不機嫌な声に思わずけらけらと笑った。
こんな人だから。ちゃんと、全部全部分かっているから。


「明日。やっつけるよ、狼神。」
「あったりめぇだ。勝つぜ、あたいらはよ。」


こつん、と拳を互いにぶつける。
子供の小さな手と、大人の大きな手。
どこまでも釣り合わないそれは、何度も約束を交わした、どこまでも対等な翼だった。


  ・
  ・

翌朝。目を覚ました一行を、アドレオとその娘が出迎えた。娘がこの村で着るには似つかわしくないローブを纏っているのは、生贄としての準備を終えているからなのだろうか。

「やあ……おはよう。……これが、私の娘だ。」
「おはようございます、初めまして。リフィーアと申します。」


会釈したリフィーアに応えるように、一行も頭を下げる。さて、なんと言葉をかければいいか。そう考えていると、先にリフィーアが静かに口を開いた。


「先程父から話は伺いました。本当に申し訳ありません。そして……ありがとうございます。」
「むしろあたいが礼を言いてぇくれーだ。お陰で強ぇやつとやり合える。くーーーっ、ワクワクするぜ!」
「すまない。緊張感がなくてすまない。」

相変わらずの戦闘狂っぷりである。ゲイルのいきいきした言葉に、アルザスがそっと謝罪を入れた。
とってもお強いのですね、と、ゲイルの言葉にリフィーアが少しだけ笑みを浮かべたような気がした。


「君たちを危険に晒すんだ、多少は私から何かフォローができないかと思って家の中を探してみた。」


そう言いながら、アドレオは大ぶりな瓶の傷薬を取り出してきた。これなら小分けにして使えば3回くらいは持つだろう。使うまでもねぇさ、と笑いながらもゲイルはそれを受け取った。

「うし、じゃあ早速いこーぜ!狼神……一体どのくれぇ強ぇんだろーな、楽しみだぜ!」
「うーん、本当に生き生きとしてるなぁ。ともあれ、サポートは任せて。無鉄砲な君の追い風くらいにはなってみせるさ。」


いつまでもここに居ても仕方がない。カモメたちはアドレオとリフィーアに見送られ、アドレオの家を後にした。
暫く歩き、森に入る。狼神が現れるというのはこの森の奥にある広場のような場所、らしい。足元に気を配りながら奥へと進み始めた。
決して暗くはない森。村の者が訪れることもあるのか、手入れがされており歩きやすい。迷うこともなさそうだった。

「……狼神。狼が人間によって祀られ、向けられた信仰心から神へと昇華したもの。
 なんて存在だったら笑うのだけれどもねぇ。」
「いや全然笑えないから。確かに神を蹴落とすって点ではとても心が躍るけど。」
「踊る心なんてあったの?」

道中、小さな声でラドワとロゼが会話をする。他の仲間に聞かれると都合の悪い内容なので、できるだけ小声で、見つからないように。


「冗談はさておき。今回はチャンスなのよ、この魔力の正体を調べるための。」
「あぁ、そういや海竜の魔力は光と闇の可逆性の力があって、海竜は人に祀られることによって神へと昇華した存在であるって推測をしてたっけ。」

発端はあの魔王騒動の依頼。アルザスがスライプナーに魔力を通し、その際に生まれた水に光の属性が宿っていた。しかし、海竜の魔力を持つ我々に、光属性の魔法の適正はない。
その後、ラドワの恩師であるベゼイラスに調べてもらったところ、光と闇の属性のみ可逆性が存在することが判明。光と闇の可逆性は、霊力の、神や幽霊が持つ力に近い性質である。故に、元々海竜は、人が信仰することで神になったものではないか、と推測をたてていたのだ。

「その話は覚えてんだけど、相手もそのタイプの存在ってこと?だったらチャンスってのは?」
「同一存在は『分かる』のよ。感覚というか、隠し切れないというか。気配みたいなもの、って言えばいいのかしら。
 ほら、海竜の呪いを持った人が居たならば、あなたは海竜の呪いをその人が所有していることが分かるでしょう?これは『共鳴』と呼ばれる現象。」
「つまり、似た者って感覚が生まれれば、仮説が確信に変わるってことね。」

そういうこと、とラドワはにやり、口端を上げた。
最もいくら呪いを所有していたところで魔力そのものに鈍ければそんなものは分からない。それを加味すると、やはりゲイルを生贄役にさせたのは正解だったわね、と笑った。
共鳴の他にも、可逆性の魔力を持つ場合『同調』の性質がある。例えば今回の場合、狼神が闇の魔力に振れていれば、海竜の呪いがその属性に同調し闇属性に振れようとする。個人差はあるが、感受性の高い者や魔法に通じている者は影響を受けやすい。
ゲイルは魔法には一切の理解がない。感受性はなくはないが、高いというわけでもない。そもそもそんなもの戦闘狂の精神のせいで気づかなさそう。鈍そう。

「ただ、あくまでも狼神が『狼が人間によって祀られ、向けられた信仰心から神へと昇華したもの』である前提のお話。そうでなかったら、仮説は仮説のまま。だからあまり期待はしないように。」


そりゃあそうだ、とロゼは首を縦に振った。村人は狼神と称するが、実際に神に昇華した狼かどうかまでは分からない。可能性の話にすぎないのである。
……森を、歩く。暫くすると、木々の向こうに大きく開けた場所が見える。恐らく、あの場所が狼神の現れるという広場だろう。


「ここから先にはゲイルに1人で行ってもらって、私たちは少し離れたところから援護しましょう。まあゲイルだもの、このくらいどうってことないでしょう。」
「おうよ、あたいはぜってー負けねぇ!どーんと任せてくれ!」


あぁ、とても楽しそうだ。これが戦うことで生を繋ぎとめる戦闘狂か。
ゲイルを見送ると、残りのカモメ達も広場が視界に入る場所へと足を進めた。



広場だけ、何故か空気が異質なように感じた。不思議な空間……ここに、狼神が現れてもおかしくないと思うほどに。
どれほどの時間が流れただろうか。今か今かとうずうずするゲイルがぴくり、反応する。突如吹いた一陣の風。それから、近づいてくる強者の気配。
高揚していく。獲物はまだか。好敵手よ早く。
そんな願いが届いたのか。現れたのは、1体の狼。だが、その狼がただの狼でない事は冒険者たちにははっきりと分かる。普通の狼には持ちえない魔力が身に流れている。いち早く、その詳細を理解したのはラドワだった。

「……昇華しきってはいない。けれど、分かる。
 ―― ただの狼が、信仰を……いえ、恐怖を糧として疫病神と昇華しつつある存在。」


神も疫病神も、人に益を齎すか害を齎すかが異なるのみで、根本は同じ存在である。現れた狼は、災厄の具現化と言ってもいいだろう。
人の恐れと生贄から、規格外の狼へと成り上がった存在。同時に、それを理解できるということは

「ほう。貴様が今年の生贄か。」
「生贄って認識してもらえたーーー!!」

めっちゃ小さな声で思いっきり叫んだ。実際はひそひそ声の声量である。
どうしよう。あんなに闘争心むき出しのお前の首を獲りに来ました娘が生贄判定になっちゃったよ。まじかよ。それでいいのかよ。

「あっはっは、生贄だったらよかったな!けど、あたいはてめぇと勝負をしに来た。あたいは強ぇやつが好きだ。分かる、分かるぜこの気配……てめぇは強い!戦いたい!勝負したい!」
「多分その気配は同類的直感なのだけれどもまあいいわ。」
「ところで狼が喋っていることには誰もツッコミがないんですか。」

隣で聞いているロゼも、あぁこれがそういうことなのね、と納得顔。確かに先程のラドワの話は聞いていないし知りもしないはず。魔力の共鳴が起きることによる違和感の察知だろう。
それにしてもあの生贄は本当に好戦的だな。というか早速明かすのか。不意打ちでもすればいいのに。

「いい目をしている。反抗的な者ほど屈服させる喜びは増すものだ……いいだろう、かかってくるがよい。
 さて、後ろに隠れている者。目の前の者と合わせ、合計6人。中でも1人は特に私と近しい存在のようだな?5人は神の恩恵を受けている、ということだろうか。
 ―― まあよい。好きなだけ抗うがいい。私を打倒すことができるのであればな。」
「―――― !」

雪の推測が、確信に変わる。同時に疑問も増える。
1人の者から恩恵を受け取っている?呪いを所有する者を除けばアルザスとアスティになる。アルザスは神として崇められたことはない。普通のシーエルフだ。だとすれば、アスティは。

「お見通し、ってわけか。とにかく行くよ!何が何でも僕たちが勝つんだ!」
「え、あ、えぇ。」

カペラが声を上げる。アルザスとアスティは応じるように首を縦に振った。
今は考えていても仕方がない。ロゼとラドワも、得物を手に持ち狼神へと向ける。強い強い風が、広場を吹き抜けた。

「っらああああああぁぁぁ!」


斧を振りかざし、気を纏った一撃をお見舞いする。
ガキィンとその斧に喰らいつき、受け止める。速い、が、捕らえられないほどではない。

「そこ、がら空きだよ!」


短剣を扱うタイミングがすぐにやってきた。刃を振るい、神聖なる一撃と化する。威力こそ殆どないが、気を逸らすには十分だ。


「甘いわ!」


吠える。遠吠えは衝撃波となり、後方の海鳥達に襲い掛かる。
このくらいなら、と手を上げ小型の津波を生成。すぐ前に間欠泉のような波の壁を作り、相殺する。

「おらおら!どこ見てんだ!」


吠えるということは、斧を放り出すということ。その隙を、決してゲイルは見逃さない。
踏み込み、再度口へと殴りつける。ただしそれは、武器である牙をへし折るための一撃だ。

「っ、がぁああああぁっっ!」


がきり、砕けた骨が舞う。例え狼として規格外であろうが、神としてはそこまで力があるわけではない。何より、暴風が、大変生き生きとしている!


「一気に畳みかけましょう!」
「えぇ、このくらいの距離、どうってことはないわ。」
「私の魔法も味わってもらわなきゃ。さあ、真っ赤なお花を咲かせてね!」
「ゲンゲンはまだまだ僕たちと一緒に冒険するんだ。そんな神様まがいの狼にしてやられたりしないよ!」

水に、弓に、魔術に、短剣の刃が狼神へと浴びせられる。
避けられるはずもなく、一身にその攻撃を受け……目の前の暴風を薙ぎ払おうとすれど、それよりも先に斧がすぐ頭上に迫っており、地面へと伏せられる。


「…………」

うん。そうだね。一人完全に何もできないって顔をしてるね。
どうしようなぁ。何もできないし、しなくてもよさそうだし、圧勝してしまいそうだなぁ。
しょうがない。今日調理当番だし、夕飯のメニューでも考えておこう。あの狼の肉って食べれるかなぁ。香草焼きとかにしてみようかなぁ。だって狼神って言うくらいだよ?もしかしたら美味しいかもしれないじゃん。

 


「……我が血脈も、ここまでか。いいだろう。貴様らのように力ある人間に断たれるのならそれも悪くない……」
「案外弱かった。」

台無しな一言。ノリノリになりすぎた説ありますよこれ。戦闘狂怖い。
狼神は、その言葉を発したきり二度と起き上がることも、言葉を発することもなかった。一行はお疲れー、とゲイルの方へと向かう。これなら一人でもよかったぜ、とけらけら笑った。

「……アルザスは何してんだ?」
「晩御飯の調達。」
「マジで何してんだ?」
アルザス、狼の解体はそうじゃないわ。貸して、やったげるから。……いい毛皮してるし、剥いでくか。」
「わぁすっげーレンジャーが本業発揮してるーーー。」

どんどん狼が解体されてゆく。片方は何もすることがなくていじけ、もう片方は職業病だった。この後無事狼神は美味しい夕飯となり毛皮となった。これが神と恐れられた狼の末路ですよ。

「ほんとだね、ゲンゲン。」

狼の解体作業を楽しんで眺める屑と、それを呆れたように見つめる癒し手。歌はとことこと暴風に近づいて、哂った。


「お守りになったね。」


短剣を手に持って見せる。何のことだろうと首をかしげていたが、やがて自分が前に言った言葉を思い出し、思わず吹き出して笑った。

「おかしーな、あたいはてめぇを守ってくれますよーにって言ったはずなのにな。」
「僕と君のお守りになったね。まさかこんなにすぐに出番があるなんて思ってなかったよ。なかなかいい一撃だったでしょ?」
「おう、やっぱ流石カペラだぜ。でもあれならあたい一人でもやれた気がすんな?」
「それは結果論だよ全くもう。死んでてもおかしくないんだからね?」


相変わらずだなぁ、と肩を竦める。それから拳を作り、突き出した。


「……お疲れ様、ゲンゲン。」
「……あぁ、てめぇも。お疲れ様。」

こつん、と小さな手と大きな手が触れる。
いつも、何度も交わしたやりとりで狼神との戦いは幕を閉じた。


  ・
  ・


アドレオの家へと戻り、打倒したことを報告する。
アドレオは言葉にならないといった様子で立ち上がり、まずゲイルの、そして他の冒険者たちの手を順番に握りしめる。何度も何度も、ありがとうと繰り返した。
カモメの翼は、小さな村の英雄となった。犠牲の上で成り立つ村の呪いは解かれた。
これからは何も怯えることもなく、神の支配から逃れ、あるべき姿へと戻っていくことだろう。
願わくば、いつか英雄という存在も忘れ去られるように、と。そう願いながら。

―― 神への恐怖が断ち切られ、忘れ去られて初めて。神は、死ぬのだから

 



☆あとがき
始めはアスティちゃんを生贄役に抜擢する予定だったんです。恋仲のやりとりすんげぇ美味しいじゃないですか。でもね、ザスがそんなアスティちゃんを危険な目に遭わせるか?というか戦えないの分かってて生贄役やりたがるか?アスティちゃんも自己犠牲する?しないよね?あとゲイカぺって貴重だよね?
―― おかげで完成したものはギャグ色が強めのリプレイでした

おかしいな、このシナリオもシリアスなはずなんですけどね。


☆その他
(やべぇ記録つけとくの忘れた!!ちゃんと追加依頼の分もやってるのよ!!)
(多分ここでラドワさんとゲイル姐がレベル5になってる!!多分ここ!!)

☆出展

あんずあめ様作『狼神の棲む村で』