海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_20話『雨宿りの夜』(2/3)

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「このぬいぐるみ、名前が縫い付けてあるね。えーと……L……ily……リリィ。」

 

そういえば、ゲイル……に、取り憑いている者がそんな名前を呼んでいた。持ち主に渡せば何か話を聞くことができるだろうか。少なくともゲイルに返しても意味はない。というか見せても狂ったように笑っているだけで見向きもしてくれなかった。ゲイルが狂ったように笑っていると、いよいよ戦闘狂に堕ちたようで割と不気味。
残り出会った者はアスティとロゼ。口にしていた言葉が、妹らしい方は……見た目はともかく、仲間の先入観も置いておいて……

 

「分かってるんだよ!ロゼに憑いたのがそうなんだろうなって!でもさぁ解釈違いがさぁ!ロゼが妹属性ってさぁ!あんまりにも似合わないんだよ!頭が理解することを拒絶してんだよ!どーしてくれんだ元凶!覚えててよ絶対死すら生ぬるい仕打ちをしてやるんだから!!」

 

アスティが妹属性だったら可愛いで済んだのに。どうしてこんなことになってしまったのか。でもアルザスじゃなかっただけマシなのかもしれない。アルザスだったら痛々しいどころの話ではない。
そんなこんなで礼拝堂。扉に入る前に、深呼吸を行う。心を静める。見たところ、小鹿のような臆病さでちょっとでも大声を出せば上手くはいかないだろう。頑張れ僕。これも仲間を助けるためだ。

 

「ひっ……」

 

そっと入るなり、怯えた声をあげる。やめてよこっちだよ悲鳴を上げたいのは。
また来るだろうか。そう身構えたが、持っていたぬいぐるみを見れば、

 

「あ……、そのぬいぐるみ……」

 

おそるおそる、手を伸ばしてきた。どうしようすでに結構辛い。普段のロゼが、どれだけ逞しいのかを痛感させられる。

 

「……これが欲しいの?」
「……うん。ママが、作ってくれたから。」

 

ママーーー
ロゼの口からママって出たーーーもうだめだおしまいだーーー
解釈違いと戦いながら、カペラははい、とロゼ……に、取り憑いた、十中八九リリィにぬいぐるみを手渡す。あり……がと……と、おどおどしながら受け取り、それをぎゅっと抱きしめた。

 

「ねぇ、君。名前は何て言うの?」
「リリィ……」
「じゃあリリィ、君はこんなところで何してるの?」

 

やっぱりリリィだったね、と心の中でぽつりと呟く。質問には、考えるように俯いてから、小さく弱々しい声で答えた。

 

「……隠れてなさいって、言われた。」
「隠れる?何から?」
「それがよく分からないの……でもおねえちゃんが、ここに隠れてなさいって。
 ママがおかしくなっちゃったから、ママを見かけても出て行ったらダメよって……」
「…………」

 

きっつーーーーーーーーーー
ママにおねえちゃんですわよ皆さん。後天性無感情で表情が乏しい、性格が結構男前で自由奔放なロゼがご覧の有様ですよ。流石のカペラもトオイメをしていた。
クロヒョウのときといい、今回の憑依といい、どうして身に変化が起きれば彼女はこうも残念になるのか。投げ出したい気持ちでいっぱいだが、それでもカペラは質問を続けた。

 

「……ママは、どうかしたの?」
「…………」

 

長い沈黙。寂しそうな、悲しそうな、そんな、絶対ロゼからは見ることのできない表情。はっきり言うつらい。

 

「……ママはご病気で、もうずっとずっと会ってないの。パパはママの病気はもうすぐ治るって言ってたのに……ぐすっ……」
「」

 

おい泣いたぞ。禁断の表情をしたぞ。
屑が泣いたときのように泡を吹いて倒れそうになるが、リリィとしての表情だからと必死に理性が訴える。辛うじて耐える。ライフは残っている。これさえ乗り越えられればどうとでもなる……気が、する!

 

「……待ってるの、もう疲れちゃった。ねぇ、コレあげるからママを見つけて。」
「えっ、あ、ふぁっ!?えーと……鍵?」

 

突然渡された鍵は、金色でつまみの部分がハートの形になっていた。3階の、寝室の鍵だろうか。

 

「こんなこと頼んでごめんね。でも、あなたにしか頼めないみたいだから……」
「えっ、ちょっと待っ――」

 

言い切る前に、どさり、ロゼの身体が崩れ落ちる。リリィからの支配が解かれたのだろう。
……わけが分からない。いや、何かに憑かれていたという事実が当たっており、ぬいぐるみを手渡すことで成仏したことは分かったのだが、話がどうも見えてこない。

 

「……っと、そうだロゼロゼ!ロゼロゼ、ねぇ起きて、起きて!」
「……む……」

 

揺さぶる。無表情で眠る、解釈合致してくれるはずであるロゼを起こそうとする。
そして、寝ぼけたかのように口から漏れた言葉。

 

「むにゃ……、あともう一杯……」
「…………」

 

いらって来た。大分いらって来た。
頭を掴んで、思いっきり左の方へそぉい!

 

「―― いっっったぁああああああああッッッ!!?」
「やーやーおはよーおはよー、大丈夫大丈夫アスアスのときみたいなガチにはやってないからへーきへーき。ほらほらげんきになぁれーーー」
「全く心が籠ってないんだけど?お陰で力も働いてないんだけど?ただ首を捻じ曲げられただけなんだけど?あたしの首を軽率に曲げないで?」

 

変な方向に首を曲げながら真顔で問い詰める。悲鳴を上げたときはそれはもう痛そうでしたが。
淡々とした言葉。されど無表情無感情とは思えない言葉。帰ってきた。その事実に、安堵した。

 

「よかった、元に戻ったね。」
「……は?何の話よ?それにあたし、なんでこんなとこにいんのよ。」
「その辺は歩きながら話すよ。やー、でもきっつい思いしたけど真っ先に戻ってきてくれたのがロゼロゼでよかった。キリキリ働いてね、レンジャーサマ?」
「ひえっ」

 

暴君だ。暴君がいる。
にやぁ、と笑う小さな男の子は、それはそれはいい表情をしていた。

 

  ・
  ・

 

礼拝堂の奥には噴水と、大きな扉があった。3階の一室を、先ほど手渡された鍵を使って開け、中を調査する。

 

「控え目に言ってきつかった。」
「正直想像つかないわ。泣き出しそうな表情をしてたってか、泣き出したって。悲しいとか、恐怖とか……いや、怖いって感情は分かるわ。あの吸血鬼を思い出すと、今でも自然とぞっとできるし。」
「それを人はトラウマって言うんだよ。あとママとかおねえちゃんって、ロゼロゼの口から出たよ。」
「なにそれこわい。」

 

まるでホラーシナリオである。雑談を交わしながら、なんとも緊張感のない2人はがさごそと部屋を漁る。
ん、とロゼが小さく声を上げる。いいものを見つけたわと、手のひらで握りこぶし大より少し小さな水晶を転がしている。

 

「わ、綺麗な石。なぁにそれ?」
「清浄石って言うんだって。メモ書きがあったわ。これを綺麗な水に入れたら弱聖性お水の完成だって。ま、聖水ほどの効果はないらしいからアンデッドにプチダメージ、くらいの感覚かしら。」
「うーん。じゃあ瓶にいっぱい詰めて持って帰ってもあんましいいお金にはなんないかぁ。」

 

こんなタイミングでお金稼ぎを考えられるずぶとさよ。仲間優先は勿論なのだが、稼げそうな話はやはりスルーはできない。盗賊と吟遊詩人のサガだ。……吟遊詩人は関係なくない?
僕の方はこんなの見つけたよー、と一冊の日記をロゼに見せた。分厚い、赤茶色の装丁がなされており、名前欄にはクリストファーと書いてある。
もしかしたら話が見えてくるかもしれない。可能性にかけて、2人は日記を読んだ。

 


■12月8日
母の容態が思わしくない。医者は余命幾ばくもないと言う。
こんなときに父は書斎や図書室に籠っている。父にも母の傍にいてほしいのに。

 

■12月14日
母の具合がいよいよ悪い。

 

■12月16日
母が亡くなった。

 

■12月23日
父がめっきり書斎から出てこなくなった。そのためか兄弟たちが不安がっている。
長男である私がしっかりせねば。

 

■1月8日
見てしまった。見つけてしまった。父が恐ろしいことを企んでいる。
どうすればいい。父は正気ではない。私はどうするべきなのか。

 

  母
      が 父    を
                      喰

 


「……これ以上は引きちぎられてて読めないね。」
「ねぇ。これどう思う?」
「どうって……そーゆーことなんでしょ。」

 

真顔で顔を見合わせる。大体の予想がついてしまった。
母親が死にました。父は母親を生き返らせようとしました。ばくーーー。めでてぇ!!

 

「何があったかは分かったけど、これだと『今』がわかんないね。」
「?今ってどういうこと?」
「今、こーして僕たちが取り憑かれてる理由。まあ、十中八九全員おかあさんといっしょ(意味深)になったってことでしょ?じゃ、そのお母さんはどうなったのかと……何で今もなお、こーして取り憑かれてるのか。
人数分取り憑かれたんなら、僕にある今もなお浸蝕されそーな不快な感覚の説明はつかないし。なぁんかまだあると思うんだよねぇ。」

 

過去は、分かった。しかし、現在もなお縛られ取り憑く理由が分からない。
ラドワが居れば意見を聞きたかったが、ここには残念ながらそこまで頭の働く者はいない。とはいえ、2人共バカか賢いかと問われれば後者だ。

 

「ともかく、話ができそうな人は一人居る。ちょっと正気に戻ってもらうために『痛い目に遭ってもらう』ことにはなるけどね。ま、そのくらい僕の大事な人に乗り移ったって恨みでチャラにしてもらおっと。」
「あぁ、ゲイルにあたしに取り憑いてた姉が取り憑いてんだっけ。……痛い目って、まさか。」

 


そのまさかでした。

 


「そぉおおおおおおいっっっ!!」

 

突撃浴室の冒険者!せいちゅっちゅせいちゅっちゅ!
礼拝堂の地下にある噴水に清浄石を投げ入れ、聖水に変換してコップで掬う。そしてそれをカペラはゲイルに向かってばっしゃーーーと、いい感じの勢いでふっかけた。

 

「きゃっ……」
「うーん豪快。顔面直撃。一切の慈悲がない。」
「ちょっと手が滑っちゃった。」

 

絶対確信犯だ。わざとだ。
本来の聖水ほどの力はないが、ショック療法程度には効いたようで。狂った笑い声を上げていたゲイル……に憑いていたゴーストは、はっと我に返った。辺りをきょろきょろ見渡し、ようやく2人に気が付く。

 

「……私、は……いっ、妹は!?リリィは無事なの!?」
「このぬいぐるみの持ち主のことだよね?それならもう、黄泉の国へと旅立ったよ。」

 

ぼろぼろのぬいぐるみを見せると、ゲイルは一瞬呆けたような表情をして……暫くして、力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 

「ねぇ、君は一体なんなの。僕の仲間の身体に憑いて何がしたいの。」
「そんな……憑くつもりなんて、私……何も……」
「ふざけるな。僕は仲間が、ゲンゲンがおかしくなって気が立ってる。分かる?ゲンゲンが今こうして女々しいリアクションを取ってるよーに見えてすっごい不快なの。解釈違いなの。この辛さ分かる?シンディーリアを再編集したら弟王子と兄王子を手玉に取る悪女と変貌して名誉も金もイケメンもみーんな私のものーって悪女になってたくらいに解釈違いなんだよ。」
「ごめんその例えはちょっとよく分かんない。」

 

解釈違いを気にすると二次創作って読めないよね。ロゼも例えこそ分からないが、確かに女々しいゲイルは大変気持ち悪い。無感情なのに悪夢を見ている実感が沸く。ナニコレ凄い。
カペラとしては、大切な人が訳の分からない幽霊に取り憑かれていることが不愉快なのだろう。いつも以上に強い口調で、知ってることを話せと威圧的に寄った。

 

「わ、私は……このフィネン家の長女でタチアナと申します。」

 

エアスカートの裾を持って、軽くお辞儀をする。大変上品だ。普段粗野口調で雄々しく荒々しい戦闘狂の面影は一切ない。ただ、鍛えられた肉体と、ワイルドな外見、それからゲイルの見た目という点から先入観や従来のイメージが抜けず、大変気持ち悪いナニカを見せられている。

 

「ある日の夜……、えぇ、それは酷く天候が荒れて嵐のような雨でした。廊下から誰かの叫び声が聞こえて、寝台から飛び起きて地下へ様子を見に行くと……。…………」
「早く言って。」

 

容赦ない。が、同情する気もない。
ロゼも静かにその様子を見て……いや、目を逸らしている!カペラに任せて自分は現実から逃げてるぞこれ!

 

「い、今でも信じられないことですが、一か月ほど前に亡くなったはずの母が……母が、召使いに、噛みついて……いえ、あれはまるで人を……
 ……まるで、人を、食べていたように見えました……」

 

恐ろしい光景を思い出し、両腕で身体を抱えかたかたと震える。冒険者にとっては今進行形で恐ろしいものを見せられているのだが。
人を食べている時点で、母親はゾンビかレブナント化していると見ていいだろう。まともな意志は残っていなかったはずだ。

 

「とにかく逃げなければと思って、一番下の妹のリリィを連れて逃げました。それで……、……」

 

言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに冒険者を見つめる。

 

「……すみません、これ以上は思い出せません。」
「お母さんは……多分、病死だよね?」
「はい……ずっと病に臥せっていたので。ただ、父の意向で葬儀はしておりませんでした。それが、あんな形で母が……どうして……」
「……大体想像つくよね。」
「えぇ、大体想像がつくわ。」

 

死霊術を使うものは、カモメの翼には居ない……と、思われるが。ラドワが知識を得ており、やろうと思えば彼女も扱えるのだ。それ故、死霊術の基本的な話は皆知っていた。

 

「あまりお役に立てず申し訳ありません……その代わりと言っては何ですが、どうぞこれをお持ちください。」

 

ゲイル、否、タチアナの手から鍵を手渡される。寝室と同じ形状の、持ち手がハート型の金色の鍵だ。3階にはもう一室開けられない扉があった。

 

「とりあえず、あんたの母親とか原因がどーだとかはこっちに任せて。リリィはもう逝ったわ。だから、あんたも……もう眠りなさい。ね?」

 

優しい口調で、ロゼが言う。
きっと、仲のよかった姉妹だろう。そうでなければ、死してなおこれほど強く妹を想うことなどできやしない。だから、姉も妹と共にもう逝くべきだと。

 

「……いいこと言ってんのにさあ。目を合わせないのは
「分かってんでしょ、なら聞かなくてよろしい。」

 

あっこれやっぱり上品なゲイルに耐えられないからさっさと逝けって意味だ。

 

「……そうですね。妹が天に召されたのなら、私も逝くべきなのでしょう。
 ご迷惑をおかけします。どうか、母を……」

 

手を組み、祈るように目を瞑る。
そのまま、ロゼのときと同じようにその場にどさり、崩れ落ちる。どうやら成仏してくれたようだ。

 

「……よかった。ゲンゲン、戻ってきてくれた。」
「後はアルザスとアスティとラドワね。後3人分、こんな地獄絵図を見せられるって思うと憂鬱になんだけど。」
「奇遇じゃん、僕もだよ。てか無感情に憂鬱とか辛いとか思わせるんだよ、凄くない?」
「泣いてるラドワも大概だったけど、敬語ゲイルも気持ち悪さが凄まじいわ。あー、鳥肌が収まってくんない。」

 

のんきだなこいつら。しかし、ロゼにカペラにゲイルという組み合わせはなかなかに珍しい。
起きて、と優しくカペラはゲイルを揺さぶる。が、ぐっすり眠っており、すぐには意識を取り戻さない。

 

「起きなかったら任せて。あたしが起こすから。」
「何でにこやかに、しかも素振りしてんの?だめだよ?ゲンゲンに酷い事していいのは僕だけだかんね?代わりにラドラドを起こすときは譲ったげるから。」
「えっ、いいのやったぁ。……やったぁ?」

 

言っておいてやったあなのだろうか。突然冷静になってシンキングタイム。そこは考えるところなのだろうか。

 

「ん……あれ、なんでてめぇらがここに居んだ?」
「あ、起きた、おはよゲンゲン。」
「あ、あー、おは……ってまってつべた!?なんで顔びっしゃびしゃなんだあたい!?」
「ついうっかり手が滑って。てへぺろ。」

 

確信犯だったじゃんあんた。
うんそうだよ確信犯だったよ。しょうがないよね、これも愛のカタチだよ。知らないけど。

 

「なぁー、なぁー、何が起きてんだよーーー。」
「はいはい、詳しいことは道々話すから探索を続けるわよ。じゃ、次は……3階の寝室ね。」

 

鍵を二度、軽く投げ上げキャッチをする。
完全にゲイルの理解が追いつかず、可哀想なことになっていたがそれはまた別のお話。

 

 

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