海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

・双子+α後日談『ファミリー・サイコロジー』 上

※アルカーナムのトゥリアとテセラの本編の後日談でもあり、ステラボードLEVER2に出したテュョの後日談でもあります。また、オクエヌ後日談より後の話です
※どれも知らなくても読めます
※アルカーナムやテュョ以外の自キャラも出ますが知らなくても問題ないです

 

 

その家は三日ほど燃えていたのだと住人は口にした。
リューン郊外に建てられた一軒の家には、魔術師とその妻と、子供が住んでいた。仲睦まじい……なんてことはなく、魔術師はその妻と子をただの実験生物としか思っていなかった。
人間は微かな魔力を持つだけで、魔法を扱えるほどの力は保持していない。魔法を扱うために、外部魔力を用意するか、あるいは妖魔の血等を身体に混ぜ、身体改造を行う必要がある。後者の場合、リスクもあり取返しが付かないため、殆どの者は前者の方法で魔力を用意した。
後者の人間は、子を成した場合悪影響が出るのではないか。魔術師の間では、答えはノーだった。身体に魔力を蓄積する機構こそできても、それは子にまで受け継がれることはなかった。魔力の親和性が高い子が生まれる可能性が高くなる、程度の影響だった。目を失い義眼を目に入れた者の子が、目に何かしらの異常を持つとは限らない。良くも悪くも、その程度の身体改造なのだ。
しかし、この魔術師は『母体が強い魔力を保持していれば、子も魔力を宿すのではないか』と仮説を立てた。それは吸血鬼と人間の子がダンピールとなるように。男は女を騙して娶り、魔力を有する身体に改造した。一般的な身体改造以上に、無理やり魔力を宿させた。
子供は仮説通り、魔力を保有して生まれてきた。しかし、男の思っている以上に保有量は少なく、そこから更に子供の身体改造を行った。魔力の含む食事を強制させ、薬を飲ませ、言うことを聞かなければ暴力で無理やり従わせた。
6年も経てば、子は男の望む身体機構を得た。魔力を食し、より多くの魔力を生み出す。たった一滴の血で、炎の玉に匹敵するほどの魔力を有するようになった。実験が成功すれば、次は男はその血を触媒として他の魔術師に高値で売り、次の実験の資金調達とした。
母親は子と逃げ出そうとした。しかし、男に子と共に魔術のマーキングが施されており、ただ逃げ出しても良くて連れ戻され、最悪殺された。それでもいつの日か逃げ出すことを目論み、逃げ出した後子が暮らしていけるように知識を付けさせた。母親は魔術師ではなかったが、父親の資料や術を一人で理解し、ある程度の術式の作成はできるようになった。
魔術師の専門分野は幻術だった。母親も幻術に詳しくなった。
子が7歳になった頃。母親は、ついに子を連れて逃げようとした。父親によるマーキングは、父親を殺せば解除される。逃げる前に、母親は父親を殺そうとした。
しかし、父親はそれを見抜き、母親を捕らえて子の目の前で弄り殺した。そうしてそのまま子を捕らえ、もし第三者の誰かに見つかった際のリスクを考え、口止めとして殺した。子を殺すのは惜しかったが、殺して採れるだけの血を採り売れば十分元は取れた。
……父親の行動は、迂闊だった。強い魔力を持った子が、強い感情を持ち合わせればどうなるか。子は母親を殺されたことで、強い怒りと憎悪に飲まれた。そこに身体改造で得た魔力により、レイスへと昇華したのだ。レイスは父親を葬った。死の接触で命を奪ってなお、何度も何度も魔法の矢を死体に向けて放っていた。
それだけ強く恨み、殺してもその心が晴れることはなかったのだ。

 

「……ふーん。こんな街中でレイスの討伐依頼なんて何事だろって思ったけど。」
「残留思念から読むに、なかなか愉快な家族であったそうな。これでレイスがおれば、完璧であったのにのぅ。」
「気が済んだから成仏したとかじゃないの?」

 

焼け落ちた小屋を散策する冒険者が二人。長いストレートの銀色の髪と紅色の瞳をした小柄な少女と、緑がかった黒色のウェーブの髪に、どこか東の国の衣装を彷彿とさせる女性。
冒険者パーティ、オルカの尾鰭のクレマンとラペル。吸血鬼と九尾の狐の二人で異常な強さを持ち、裏のある依頼を好むこの悪徳冒険者パーティは裏社会では有名だった。
この依頼も訳ありだからこそ、この冒険者の手に渡った。この依頼の依頼主は賢者の塔に所属する魔術師が、個人的に出したものだ。彼はここに住んでいた魔術師から、触媒として血を買っていた。
証言によれば、燃え落ちる際に死霊が魔法の矢を放つ姿があったそうだ。炎のせいでよくは見えなかったが、よくない気配を察知してこうして依頼を出した。一般冒険者に依頼すれば、何を暴かれて罪に問われるか分からなかったから、裏冒険者に高額で。

 

「狂化は一度落ちれば戻ってこれぬ。狂気の果てにたどり着けば、理性を取り戻すと言うがの。気が済んで成仏、はあまりにも説明がつかぬ。」
「じゃあ炎と一緒に燃えたー、っていうのは?」
「それは考えてみたがの、不自然でな。一切炎は広がっておらぬ。ただの炎ではないの。」

 

魔術は専門外じゃが、と手をかざす。ラペルは種族上妖力を得意とするが、魔法の使い手が多いここではその知識も求められてきた。使うことこそできないが、魔術や魔力を理解することは可能だ。

 

「……ふむ。幻術が組み込まれておる。炎は副産物か。」

 

ぶつぶつと呟き、部屋を捜索する。最近まで居たであろう人の思考の残骸を拾い、焼き焦げた亡骸から直前の記憶を読み取る。ラペルは純粋な妖力で何かしらの物理的事象を引き起こす他、人を惑わす術や、魂そのものを操作する術も得意とする。こういった調査では役立つことが多かった。
床に手を付け、魔力の残骸を読み取り、ふむ、と声を上げた。

 

「母親は、子がレイスになる可能性が視野に入っておったのだな。
 死亡することでトリガーが引かれ、己の血肉や魂も含めて魔力へと還元し、術の維持の糧とさせる。」
「……?それが、何でレイスになる可能性があるって発想と繋がるの。」
「幸せな夢を見させて成仏させるため、と考えるのが一番辻褄が合う。
 レイスは、おった。されど、今はおらぬ。母親の目論見が成功したんじゃろうなぁ。全く、つまらぬ。」

 

はぁ、とため息をつく九尾の狐。レイスを目的に討伐依頼を受けた彼女は、心底残念そうにしていた。
子供の霊は死霊術で使役する材料としても優秀だ。本能的に母親の胎を求める性質から、使役し心のまま暴れさせることでかなりの戦力となる。それが憎悪に飲まれ、狂化の果てにレイスに昇華したのだとなれば、果たしてどれほどの力になったのだろう。
そうでなくても、ラペルは人の不幸が好物だった。傍で飼えば、娯楽としても満たされる。が、その算段は母親の術により叶わなかった。
建物の中を歩く。幻術の火で燃え広がらなかったといえど、燃えるものは必要だった。細心の注意を払いながら、2人は調査を続ける。
そうして、見つけたのは。

 

「……あ、そこ。なんか燃えてない本がある。」

 

踏み抜かない床を軽く見ただけで判断できるクレマンは、軽い足取りでトントンと進み、真っ黒になった机であっただろう物の上に置かれていたそれを摘み上げる。それからすぐ近くの本棚を見れば、やはり何冊か燃え落ちていない本がある。
防護魔法がかかっている。つまりここの魔術師にとって特に大事なものだったのだろう。手に取り、中を読めば、それは生まれた子供の観察記録だった。
与えた物や、処方した薬、施した術。こと細かく書かれ、薬の作り方や術式についても書かれているこれは、魔術的な価値としてとても高いだろう。
ワタシは興味ないからあげる、と雑にラペルへ放り投げる。妾も魔術師的な興味はないが、と顔をしかめながらパラパラと読む。あまり真面目には読んでおらず、完全に流し読みだ。

 

「……む。孤児院の……魔力持ちの、双子とな。」

 

あるページで、何かに気が付いたラペルが手を止める。それから思考を巡らせ、にぃっと口端を釣り上げた。

 

  ・
  ・

 

初夏特融の、やや暑い日差しがリューンを照らす日の午前。アルカーナムのメンバーはカウンターに並んでいた。オクエットが話がある、ということで皆を呼んだのだ。
アルカーナムが結成されて、約3年と半年が経った。
たくさんの仲間が居たそのパーティは、今では7人のみになってしまった。直接死を確認したわけではないが、冒険者の死はそういうものだ。
時折思い出として掘り返し、悔やんで、また埋めなおす。冒険者になったことは後悔していない。勿論辛く、苦しい思い出も数多であるが、それ以上の喜びもあった。
出会いがあり、別れがあり、こうしてかけがえのない仲間と共に日々を暮らして。冒険が幕を下ろせば、次の冒険の幕が上がる。そうして彼らは今日も生き抜くのだ。
……そんな彼らの、本日の宿の議題は

 

「昨日の宴で200spもすっ飛ばしたバカタレがおるようなので、今すぐ余に自己申告すること。誰もいなければ余の瞳から魔法の矢で連帯責任としてもれなく全員ぶち抜く。」

 

世知辛い懐事情であった。

 

「いやこれ聞くまでもねぇだろ。」
「全員が普通に飲み食いしたとしても50spくらいだよな。つまり、テセラは150sp分食ったやつが居るって言いたいんだな。真相は概ね想像つくけど。」

 

このチームの経理担当はオクエットだ。
少し混沌とした思考回路が不安になることはあるが、彼女は自己が薄い。つまり私利私欲にパーティ資金を使ったりしないだろうということで、彼女が管理することになっている。良識的な領主の心得もあり金銭面の信頼ポイントは大変高い。

 

「……あの。トゥリアとテセラとオクエットは、何故私を見るのですか……?」
「だってそんなに食べるのってファディお姉ちゃんしかいないし……」
「酒飲むのもエナンかファディ姉ちゃんだしよ……」
「弁解のために俺が証言すると、ずっと隣に居たけど大食いは自重してたぞ。これは親父や娘さんに聞いても証言は取れる。」

 

エナン……!と、ぱあと明るい顔になるファディ。危うく大食いしたありもしない罪を突きつけられるとこだった。エナンがファディを庇っている可能性は、親父や娘さんから証言が取れると言っている点から考えられない。これにはごめんなさい、と双子が素直に謝る。いい子だなあ。
まあ免罪が発覚しただけで150spの行方が分かったわけではないんですけどね。

 

「となると、飲み会費用ではないどこかで150spが消えたというわけだな。ではパーティ資金から勝手に150spを持ち出した者よ、名乗り出るがよい。今なら掌破で許そう。」
「デコピンより痛いけど致命傷にはならない絶妙なラインを攻めるな。」

 

そこそこ痛いのはそう。掌破だからそこそこで済んじゃうけど。人に向けるものではないのもそう。

 

「そういえばエナン、先ほど概ね想像がつくけどと言ってましたが、何かアテがあるんですか?」
「いやだって、今ここに居ないどころか昨日酒を飲まずにふらーっとどっか行ったやつがいるだろ。エから始まってヌで終わるやつが。」
「答えじゃねぇか何も隠れてねぇ。」

 

この場に居るのはエナン、ファディ、トゥリア、テセラ、オクエットの5人。ルジェは依頼を受けて3日ほど前から留守にしている。エヌは一緒に居たはずなのだが、昨日の夜から少し出かけてくるとふらりといなくなり、まだ戻ってきていない。
資金を管理しているオクエットの従者。部屋を共にすることもあり、無断で持ち出すことも彼が一番実行しやすい。疑うには十分だ。

 

「エヌは真面目で浪費などせぬ男だが……それに余の管理している物を勝手に持ち出すとは考えにくい。」
「心から信頼してるんだね。流石はずっと共にしてる主従関係だなあ。」
「当たり前であろう?余が攫われて身代金を要求されたとか、人がいいから上手く丸め込まれて金が足りなくなったとか、何か騙されたとか、そういうことが……あやつならあり得るな……」
「前言撤回全然信頼してない。」

 

見事な掌返し。英雄冒険者がそんな残念でいいんですか。
真剣なのかそうでないのか分からないやり取りをしていると、カランカラン、と扉が開いたときのベルが鳴り響く。
現れたのは、丁度残念な扱いをされていたエヌだった。両手には10冊ほどの本が抱えられており、横からぶつかれば雪崩が起きることは間違いなさそうだった。

 

「……?重要なお話中?」
「これは騙されて高額な本を掴まされた疑惑が出てきたな。」
「え、何の……話?」

 

思わず立ち止まって、3度ほど目をぱちくり。あらぬ疑いをかけられている?と眉間にしわを寄せながら、オクエットのすぐ隣に座った。
この本の説明が必要そうな空気だと察すると、抱えていた本をテーブルに置き、一冊つまみ上げる。煤で汚れ、焦げ臭い香りが漂った。されど、本自体は燃えた様子はない。

 

「……人間は、生まれながらにして微弱な霊力、魔力、妖力を持ってる。 魔物から、得物とされる理由としても……考えられる。けど、その真偽ははっきりしてない。」

 

ごく僅かなため、魔法を扱うにも、法力を扱うにも、妖術を扱うにも、それは足りない。しかしどの力にも適性があるため、引き伸ばすことができればどれも扱うことが可能である。
基本的にこの3種の力を持つ種族は他に存在しない。それが、人間が魔物から狙われやすい理由として挙げる者も少なくない。

 

「……オルカのラペルが、僕に売った。アマルガ、という男の記録。
 人間はどの力も持つけれど、どの力も微弱。
 じゃあ、『母体が強い魔力を持っていれば、子は魔力を持ちながら生まれるのか?』と、彼は賢者の塔に居た頃、そう仮説を立てた。」
「……生まれながらにして、魔力を。」

 

ファディは思わずトゥリアとテセラを見る。
彼ら双子は、幼くして孤児院に預けられた。生まれつき魔力を持っており、姉のトゥリアは魔法を扱え、弟のテセラは魔力により身体強化が行われていた。
こくん、とエヌは頷く。

 

「買った理由は、そう。個人的に気になる話も、あったけど。もしかしたら、二人のこと、何かヒントが載ってるんじゃないかって。それで、買ってきた。」
「なるほど……オルカの連中と会うんなら、夜に人目のつかないとこ、になるか。
 っていうか一人で行くなよ、何されるか分かんないだろ。」
「……一人で来い、って。あいつらの指示は、ちゃんと聞いた方がむしろ安全。あれは、そういうやつ。」

 

指示に従わず、規約違反として牙を剥く可能性がある。そうなれば、何もできずに殺される可能性が高い。
殺すことが目的でないのならば、指示に従っている内は危害は加えられない。意図は不明だが、本をこちらが買うと確信してこのような話を持ち出したのだろう。
事を荒げたいわけでもないため、できるだけ穏便に済む、賢い者を。

 

「……もしかしたら、トゥリアとテセラの、両親にたどり着くかもしれない。でも、探すな、ってことなら……僕は、探さない。
 君たちのため、というより、僕も気になること、あったから。だから買ったのも、あるし。」
「……わたし、は。」
「おれ、は。」

 

ぎゅ、と拳を握りしめる。捨てられて、ずっと思っていた。
トゥリアは、自分が親の望んだ子ではなかったから。だめな子だから、捨てられた。そうして自分を責めてきた。
テセラは、姉を思い詰めさせた発端である親を恨んでいた。責任が持てないのならおれたちを産むなと、心の底で黒い感情がとぐろ撒いていた。
二人とも、それは今でも変わらない。
あの時は探し出す、という考えすらなかった。けれど、今は探すための力と手がかりがある。
ならば。

 

「……探す!お母さんも、お父さんも、何でわたしたちを捨てたのか……そもそも、わたしたちがなんなのか、知る!」
「おれも!言ってやんねぇと気が済まねぇんだ……おれたちにこんな想いをさせた、あいつらに!」
「そういうことなら、アルカーナム全員で探すぞ。ここまでやってきた仲間なんだ、手伝わせてくれよな。」

 

ファディも、オクエットも強く頷く。
ありがとう、と双子はどこか泣き出しそうな顔で、されど笑って答えた。
こうして、アルカーナムで二人の両親の足取りを探すことになった。まず向かう場所は、この本を回収したと聞いた、アマルガの住居跡だ。

 

「ところでエヌ。この本はいくらであった?」
「3000sp。……あ、オクエットごめん、手持ち150sp足りなかったから、チーム資金から借りた。今度返
「貴様ではないか!!」

 

慈悲のない掌破がしっかりばっちりエヌの身体に叩き込まれました。
因みにチーム資金から3000spの出費が認められたけど、事前に報告しなかったことによりエヌへの返金は2割ほど差っ引かれたそうな。

 

  ・
  ・

 

アマルガの家は一度オルカが入り、調査されている。目新しいものが見つかるかどうか分からないが、エナンとトゥリア、テセラはもう一度この焼け落ちた家に何か手がかりがないか探し始めた。
残りの3人は運命の天啓亭で男の記録を読み解いている。共通語で書かれているのだが、量が膨大なためエヌ一人で読むには時間がかかった。書物を読むことに抵抗がないファディとオクエットがその手伝いを買って出た。

 

「けほっ……こ、焦げ臭いね……」
「話題になってたよな、ここ。火事になってんのに、全然燃え広がらねぇって。」

 

消火活動は行わようとしたが、水を受け付けず、火が弱まることはなかった。
それ以上燃え広がる様子もなく、魔術師が魔力でできた炎であることと、幻術の作用があること、それから少しずつ鎮火することを見抜けば、ここはそのまま放置された。
当たり前であるが、全てが焼けていた。手がかりを探そうにも、床を踏み抜かないように先に進むことが精いっぱいだった。

 

「魔力の痕跡が凄いよ……それに、なんだかとっても痛い感じがする……」
「霊力的な魔力、ってことか?俺はそっち方面に詳しくないから、トゥリアに任せることになるけど。」

 

エナンが戸棚であっただろうものを開ける。中には何も入っていない……というより、熱で溶けてしまって原型を留めていなかった。
トゥリアに調べてもらうと、相当強い魔力跡があると話す。中には優秀な魔力の触媒があったのだろうと推測した。その正体までは分からなかったが。

 

「……所々、魔法具だったもの、らしき残骸がある。
 子供が魔力を保有する実験の他にも、魔法具を作る研究もしてたのかな。」
「魔術師にとっても、子供が成長するまで暇だろーしな。……くそったれな話だがよ。」

 

調査を進めるトゥリアとテセラの顔は暗い。
もしかしたら、自分たちも同じ非検体だったのではないか。実験のために生み出され、望む条件を満たせなかったから破棄され、孤児院に預けられたのではないか。
今まで親の存在について疑問を抱かなかったわけではない。己がどのような存在か、何故魔力を保有している身体なのか、一切の手がかりがなかった。
疑って、辛くなるだけだから、極力考えなかった。どちらも親に対して、仄暗い感情を奥底では燻ぶらせていたのだ。

 

「……エナンは、いーよなぁ。」

 

テセラがぽつり、呟いた。

 

「ちゃんと、親に愛されて育てられて。
 孤児院はすげー皆よくしてくれた。ファディ姉ちゃんも、ほんとに姉ちゃんのように接してくれた。恵まれてるって、思ってる。
 けど……やっぱ。捨てた親のこと、許せねぇし……それ以上に、ちゃんとした親が居て、ちゃんと育てられてるやつがいると……羨ましいなって、思っちまう。」
「…………それは、」

 

当然だろ、と言おうとしたけれど。
こんな話をして悪ぃ、忘れてくれと遮るようにテセラが次の言葉を紡いだ。無理やり笑顔を作って、困らせないように振る舞っていた。

 

「……エナン。わたしたち、羨ましいって思って、悪い子かなあ。」
「おい、今おれが切り上げたろ何で続けるんだよ。」

 

だって、と力のない声を続けるトゥリア。
アルカーナムにやってきた冒険者は、他のパーティと比べると随分と孤児が多かった。トゥリアやテセラの他にもファディ、エクシス、トリサ、テラート、セタ、ノクターンが該当する。
孤児ではないが、親と離別した者もいる。オクエットやエヌがそうだ。彼らはロレン村が壊滅した際に両親を失った。
全うに育った者が冒険者になることはそう多くない。どうしようもない者が、生きる上の手段の一つとして冒険者を選ぶ。故に出自に訳ありな者がどうしても多くなる。
エナンは全うに育てられ、親も生きている。親しく円満な家庭だったと彼は語る。一度村にゴブリンが出て、冒険者が解決した一件から冒険者に憧れ、両親を説得し家を出た。
冒険者の中ではかなり恵まれた出自だ。

 

「何も悪くなんかないよ。……って、親にちゃんと育ててもらった俺が言うのも変だけどさ。
 自分にないものを羨むのは当然だろ。憧れるのは当たり前だろ。俺はお前らみたいに親がいないわけでも、オクエットたちみたいな悲劇を経験したわけでもないけど。
 羨ましいって思われて、賤しいやつだなんて思えない。だからあんま自分を否定すんな。親はいなくても、頼れるリーダーがちゃんとここに居るんだからな。」

 

完全には理解できない。慰めのための同情はしない。年齢の差を考慮しても、父親のフリをするには無理がある。
リーダーとして胸を張る。導き手はここに居るのだと示す。エナンが双子に示した回答だった。

 

「……親の代わりにリーダーは無理がねぇか?」
「おい、せっかく俺がいい感じにまとめたのに台無しにすんな!」

 

あーあ、リーダーの気遣いが残念に終わっちゃった。
バカタレ、と拗ねたように口を尖らせるリーダー。ちゃんと響くものはあったようで、双子はくすくすと笑っていた。

 

「ありがとな、エナン。うん、言ってよかった。」
「聞いてもらってよかった。」

 

―― カランカラン
双子の言葉を合図に、鐘のような音が小さく響く。何かが潜んでいるのだろうか。3人はすぐに武器を構え、周囲を警戒する。
しかし、何の気配もない。いなくなったレイスが実はまだいるのだろうか、と身構えたがやはり何もいなかった。

 

「……あれ。何か、ある?」

 

焼け落ちた屋根と家具に埋もれた一つのカンテラをトゥリアは見つける。重なり合った木の隙間から辛うじて見つかったが、取り出すには瓦礫を除けなければいけない。
特に障害ではないと、テセラとエナンはあっさり片づける。カンテラの状態は綺麗で、燃料さえ調達すればもう一度使うことができそうだ。
火事の中でも綺麗な状態だったので、防護魔法がかかっているのだろう。エナンがトゥリアに手渡し、魔術観点も調べてもらう。しかし、思っている以上に複雑な術式が組まれていたのか、トゥリアは小さく唸り、やがて首を横に振った。

 

「……エヌさんに見てもらった方がいいかも。」

 

トゥリアは魔術師であるが、魔術の勉強を行ってきたわけではない。自分が扱う以上基本的な構築は理解できるが、専門外であったり複雑な術式であれば理解は追い付かない。
力足らずでごめんなさい、としょんぼりする。それを見てをトントンと、テセラが背を叩いた。

 

「ただのカンテラじゃねぇって分かっただけ、お手柄だぜ。
 おれだったらカンテラだなー、で終わっちまう。ありがとな、トゥリア。」
「そうだぞ、俺も魔法はさっぱりだからな。トゥリアが居てくれなかったらテセラと一緒に使ってみてわー綺麗だなー、って遊んでたかもしれない。でかしたぞ、トゥリア。」
ナチュラルにおれを遊び人みてぇに仕立てあげねぇでくれる?一人で遊んでくれる?」

 

そもそもここまで火事の中で状態良く残っているカンテラをマジックアイテムと見抜けない英雄冒険者はいないのではなかろうか。少なからず魔術的要素は疑う。
一通り探したが、元魔術師の住居から出てきたものはこれだけだった。そりゃあそんなに残ってるはずないよね、と探索を切り上げる。事前にオルカの背鰭が調べていることも考えると、すでに価値のある物は持ち出して先立つものに変えたかもしれない。
一度戻ってエヌたちの成果を聞こう、とエナンが申し出る。双子二人も承諾し、見つけたカンテラを持ち出して宿への帰路についた。空はオレンジ色に染まっていて、間もなく夜が訪れることを知らせていた。

 

  ・
  ・

 

永遠の天啓亭に戻り、宿に残っていたメンバーと合流する。テーブル席を囲んで夕食を取りながら、各自の成果を共有した。
魔術師の元住居で見つけたカンテラをエヌに手渡し調べてもらう。目を細めて低く唸り、短い呪文を唱えて反応を確認し、5分ほどが経過した。

 

「……不思議な、魔法具。
 防護魔法がかかってるのは、そう。それから……周囲の魔力に反応して、火が付く。でも火はカンテラの役目、じゃない。火がつくと、幻術が発動する。……ううん、幻術、とちょっと違う、気がする。」

 

ああでもないこうでもない、と言葉に悩んでいたが、はっとした様子でぽつりとつぶやく。

 

「……夢を見る魔法具。」
「夢を……見るんですか?
 それは……眠るための魔法具、ということでしょうか。」
「いいや、眠って夢を見るのとは、違う。
 ……幻を、まるで自分が体験しているかのように錯覚させる魔法具……かな。」

 

実際の出来事は現実では起きていない。非現実な体験を幻が見せる。そうエヌは解説した。確かに夢の仕組みと似ていると他のメンバーも納得する。
制作者オリジナルの術式が多く、無駄も見受けられる拙い記述だと解説する。されど、形になっており、作動するため腕が悪い、とも言いきれない。
作った本人でなければ分からないものも多い。理解できていない部分もある。それでも大きく違わないだろう、ということでエヌは夢を見る魔法具と結論付けたのだった。

 

「こっちの成果はそのカンテラだけ。他にめぼしいものはなかったよ。オルカの人達が調べた後だから、仕方なかったのかもしれないけど。
 ……あとは、痛いくらいの魔力跡で、あんまり長居したいって思わなかった……」

 

そっちはどうだった?と、トゥリアはエヌに尋ねる。エヌは眉間にしわを寄せながら、オクエットとファディの顔をちら、と見た。
それからとんとん、とこめかみを人差し指で叩く。言葉をぼうとして、結局選べずに一つ溜息をついた。

 

「……結論から、言う。
 君たちの両親は、すでに死んでる。
「え――、」

 

双子が言葉を詰まらせる。鈍器で殴られたような衝撃が走る。
再会を望んだわけでもなければ、大好きな親だったというわけでもない。かといって、自分たちを捨てた親が死んで、ざまあみろとも思えない。
もういない。死んだ。その事実が、強く強く心の空虚を作り上げた。

 

「アマルガと、君たちの父親。友人関係だったみたい。同じ研究をしてるって、あった。そして、その研究の途中で母体が魔力爆発を起こして、父親諸共死んだ。
 ……それから、彼らの子供に当たる……孤児院にいる、魔力を持つ子供について、時々書かれてた。」

 

双子は失敗作だ。
本来一人に受け継がれるはずの魔力が二人に分けられ、不完全となった。
想定していたより魔力量が少ない。魔法を扱う機構も、魔力を生む機構も望めない。

 

だから。捨てた。
欲しいのは、魔物のように魔力を持ち、魔力を生み出す完璧な子供。
双子など歪な機構など不要だ。

 

「っ……!んな、身勝手な話が、あるかよ!!」

 

バンッ、とテーブルを強く叩いてテセラが吠える。ミシ、とテーブルが嫌な音を立てて軋んだ。

 

「おれたちを実験のために生んでおいて!おれたちが双子で、望まねぇ形で生まれてきたから捨てた!?んな身勝手な話があるかよ!!そんでおれたちに何にも言わねぇままぽっくり行きやがって!!
 あいつらにとって……おれたちは、何だったんだよ!!」
「…………、」

 

誰も言葉を返せなかった。
この世界では孤児は決して珍しくない。治安も決して良いとは言えない。
だが、この双子は実験として生まれ、そして双子として生まれたが故に破棄された。育てられなくなったから捨てる。子を作るつもりはなかったのにできてしまったから捨てる。そんなありふれた事情よりももっと利己的で、冒涜的な理由。
とても許せるものではない。だから、かける言葉も見つからない。
『愛されて育てられた』以上、誰も何も言えなかった。
一人を除いて。

 

「ですが。
 もし望まれた形で生まれていれば、今頃アマルガの子のように、実験生物として育てられ、私利私欲のまま扱われていたかもしれません。」

 

エヌと共に残り、本を読んでいたファディがぽつり、呟いた。
生まれてすぐに親に捨てられた。恐らくありきたりな理由で、と考えるが、真相は何も分からない。
それをファディは、特に気にしなかった。親が居ないことが、彼女にとって当たり前だったから。

 

「魔力を保有する身体にするため、魔法石や魔物の肉、魔力水など、とても人が食べれないようなものを無理やり食べさせられていた。
 身体改造を行うために、人に本来飲ませることのない薬を飲ませていた。
 ……最終的には、強い魔力を持つようになり、血1滴で炎の玉に匹敵するほどになったと、ありました。」
「……なに?
 ファディお姉ちゃんは、そうはならなくてよかった、って言いたいの?その本にあった子供の方が、ずっとずっと不幸だったって言いたいの!?」
「違う、そういうことでは
「いいよ、もう!!わたしも、テセラも!!
 どっちも生まれた、望まれない形で生まれた!だから捨てられた!けど、望んで生まれててもそこに幸せはなかった!
 わたしたち、結局どう生まれたって不幸だったってことじゃんか!!

 

テセラの次は、トゥリアが声を張り上げた。
実験生物としての生は、仮に正しく生まれていたとして、果たして親の元で幸せに暮らすことができただろうか。
答えは、否だ。彼らは子として、自分たちを見ていないのだから。
自分たちが幸せな未来は、どこにもなかった。

 

「…………」

 

この場に居たくなかった。
幸せに親に育てられた人たちが羨ましくて。
逆恨みだと理性が咎める以上に、愛されてずるいと思ってしまって。

 

「……エナンは、いいよね、大切に育てられて。」
「ファディ姉ちゃんも。いいよな、親がいなくてもそんな風に振る舞えて。」

 

二人を睨んで、離れる。
逃げるように、背を向けて宿の扉を開いて。
夜の闇の中へと消えるように出て行った。
それをじっと残された4人は見送る。誰も追いかけられなかった。
熟練の冒険者であるから、子供だとしても大丈夫だろう。頭を冷やす時間が必要だと、誰もが思った。

 

「……ファディ、大丈夫か?」

 

一番に口を開いたのはエナンだった。
血の繋がりはないが、同じ孤児院で過ごし、姉のように接してきた。それが手を払いのけられ、その上牙を向けるような感情をぶつけられた。
励まそうとしたことが裏目に出た。双子も心配だったが、心優しいファディが傷ついていないかも気になった。

 

「え?」

 

なのに返ってきた言葉は、心底きょとんとした、何でそんな顔すんの?みたいな顔だった。

 

「どうしよう、ファディが傷つきすぎて現実逃避を始めた!」
「傷ついたのは分かるがファディ落ち着け!?汝にとってずーっと妹弟のようであったということは知っておるが!」
「え、いや……可愛らしいなあ、と思っていただけで……」
「現実逃避だ!!戻ってきて!!」

 

オーバーキルすぎてファディがバグった!!ともれなく3人が大慌て。
対してファディはだから違いますよ、とくすりと笑う。

 

「大きくなったなあ、と思ったんです。
 きっかけがあったとはいえ、ずっと気にしていたことを悩み、周りに当たってしまって。皆幸せでいいなぁ、と思って何より大事な事実に気が付かない。
 ……大丈夫ですよ。もう少しすれば、酷いこと言っちゃったって反省するはずです。そうして戻ってきたときに、私が教えてあげればいいんです。」

 

孤児院で育てられたファディは、恩返しのために孤児院で働き始めた。優しい彼女は皆から姉のように慕われ、ファディもそれに応えた。
そんな彼女だったからこそ、『大きくなるための一歩』だと冷静に捕らえる。これは彼らに必要なことで、彼らを信じていればいい。
そんな姿勢は、間違いなく、

 

「お、お母さん!!」

 

オカンとか、そういう類だ!!

 

「何でお母さんになるんですか!せめてお姉さんにしてください!?」
「いや、今のは……完全にお母さんしてた……」
「うむ、見事なまでの母性であるな。まるで育ての親のようであったぞ。」
「私そもそも親知らないんですが!?お母さんってこんな感じなんですか!?」

 

満場一致のお母さん認定!そんじゃそこいらの母親よりもお母さんしてた、と皆うんうん首を縦に振る。
それにしても、とオクエットが打って変わって真剣な顔で腕を組む。

 

「親とは、時に呪いにもなるのだな。
 余にとって親は指標であったから、何と声をかけてよいか分からなんだ。」
「……なんだか、無自覚に、ブーメランぶん投げてるけど。
 親の事情は、思っているより、人それぞれ。……円満に過ごせる人も、自分の手で殺してしまった人も、殺された人も。それぞれ。」

 

領主として生まれ、跡取りとなると信じ今も在り方が曲がらないオクエット。その在り方を、エヌは呪いのようだと考えていた。
自身の親を思い返す。物静かで思慮深い人だった。特別仲が良かったわけではないが、不仲だったというわけでもない。
それを、第三者の手があったとはいえ、自分が殺してしまった。自責の念がぐるり、胸の底で蠢いた。

 

「大変ですね、皆さん。」
「親が居ないのにめちゃくちゃ他人事してんな。」
「親が居ないから他人事なんですよ。居ないことが当たり前なので、話を聞いても実感が何一つ沸かないんです。」

 

教会の孤児院で育てられ、神父が父親代わりだった。
街に出て、親子を見ても何とも思わない。自分の当たり前の形が違うだけで、それを劣等感だと考えない。きっと今になって両親が現れても、生んでくれてありがとうの一言になるだろう。ファディにはそんな確信があった。
しかし、トゥリアやテセラは僅かな間でも親と共に過ごしてしまった。知っているから比べてしまう。
もっと大事なことを見落としてしまっている。それを口にできるのは、同じ孤児であり、同じ孤児院で育った自分だからこそ。

 

「ですから。
 二人が戻ってきたとき、初めにお話させてくれませんか?」

 

穏やかに笑って、胸を手に当てて。
ファディは皆にそう告げた。