海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

・双子+α後日談『ファミリー・サイコロジー』 下

 

 

夜の街に親子はいない。それもそのはずだ、この暗がりで街にわざわざ赴く理由がない。昼間開いている店は鍵がかかり、客の来店を許さない。
居るのは酒場帰りの酔っ払いか、路頭に迷った者か、あるいは物取りか。二人で街中を歩く足取りは重たかった。
冒険者である以上、夜の街には慣れている。けれど、今日に関しては道に迷い誰も迎えに来ないのでは、と考えてしまう子供のように心細かった。

 

「……ファディお姉ちゃん、怒ってるかな。酷いこと言っちゃった……」

 

冷静になるまでは早かった。30分もすればすっかり先ほどのやり取りの怒りは引き、殆どが後悔に塗り替えられていた。
道を引き返そうにも、気まずさと妬みがそれを拒む。宿には戻さない、あそこにお前たちの居場所はない、と心が囁いた。

 

「だって、あれはファディ姉ちゃんが、まるでおれらとあの子供のこと、比べたよーなこと言うから。」
「……だけど……」

 

テセラも分かっていた。これはただの逆恨みでしかない。
手を払いのけたのは自分たちだ。もし双子ではなく、一人の子供として生まれていれば、今以上に辛い暮らしが待っていただろう。
それを認めたくなかった。認めたくなかったから、今こうして夜の街を彷徨っている。

 

―― カランカラン
トゥリアの手元から音がした

 

「……あれ。わたし、カンテラ持ってきちゃってたんだ。」

 

持ってきたつもりはなかったのに。そう考えてすぐに思いついたのは呪われたアイテム。一度所有してしまえば解呪するまで手放せず、王国にも入れなくなることで有名なあれだ。
疑ったが、すぐにその可能性を否定する。本当に呪いのアイテムであれば、呪術師であるエヌが気づかないはずがない。とはいえ、今の今まで手にしていたことに気が付かない、ということも説得力に欠けるが。
気付ける状態であったか、と問われると怪しい。カッとなって持ってきてしまったのだろうか。
暗がりの中、じいと二人で見つめていると、不意に炎が躍った。

 

「!? おいトゥリア、何魔法具を使ってんだよ!?」
「ち、違うの、勝手に炎が燃えてっ……!」

 

エヌが言っていたことを思い出す。
この魔法具はオリジナルの術式が多く、自身でも分からない作用があるかもしれない。
慌ててカンテラをその場に置いて身構える。魔力を持っている自分が持つことで誤作動を起こした可能性がある。であれば、手放してしまえば魔力の供給がなくなり発動しないはずだ。
しかし、目論見通りにはならなかった。カンテラはふわりと宙に浮くと、何かに惹かれるように一人でに動いていく。これだけを見れば、とても夢を見る魔法具ではない。

 

「! 待って……!」
「追いかけんぞ!」

 

カンテラのスピードはそこまでではなく、早歩きで十分追いつくことができる。誘蛾灯に魅入られた蛾のように追いかけ、路地裏へと入っていく。
夜の路地裏は特に危険だ。所謂あちら側の人間が、あの手この手で金を得ようとしてくる。気配を殺して、こちらを狙っている。
……そんな様子を、双子は全く感じ取ることができなかった。恐ろしく人気がない。夜の路地裏なのだから当たり前なのだが、生き物の気配を感じず、心なしか肌寒さを覚えた。
それでもカンテラを追いかけ、進む。刹那、鼻に鉄の嫌な臭いがついて思わず足を止める。
直感が告げる。この先、何か良くないものがあると。

 

「……けど、」

 

そのカンテラは、自分たちに微かな繋がりがあった。
赤の他人には違いないが、自分の両親の、その友人。魔力を持つ子を生み出そうとした者。
今ここで追うことを諦めてしまえば、一生繋がりが消えてしまうような気がして。
二人は止めた足を動かし、走り出した。

 


路地裏の行き止まり。カンテラはそこでピタリと止まる。
正確には第三者の手の中に納まっていた。ガラスのような透き通った青みがかった銀色の髪に、深い海を想像させる蒼い瞳。背丈は1メートルより少し大きいくらいの、小さな子供だった。
白色のローブを身に纏い、手足からはいくつもの傷が見受けられる。巨大な鎌を携えカンテラを所持するその姿は、まさに死神そのもの。
足元には殺して間もないだろう中年男性の死体。カンテラの炎に照らされて、流れてさほど時間が経っていない血が煌めいていた。

 

「やあ、初めまして同胞たち。君たちがこのカンテラを見つけてくれたの。」

 

カランカラン、とカンテラが音を鳴らす。にぃ、と口端を釣り上げ、楽し気な表情を浮かべた。
見られたことはどうだっていいのだろう。むしろその話しぶりから待っていたようにさえ思えた。
警戒し、テセラがトゥリアの一歩前に出る。手出しはさせないと護るように。

 

「きみは……何者だ?おれらと同胞だと?」
「そう。知ってるよ。君たちももう分かってる。知っている。
 魔力を持つ母体が子を成せば、その子は魔力を持ち得るのか。その実験で、双子として生まれたから孤児院に捨てられた子供。」
「……そしてあなたが、本当はもう死んだはずの、火事のあった家に居た子供。」

 

んー、と子供は顎に指をさす。カンテラの炎はいつの間にかオレンジ色の暖かな炎から、青色の冷たい炎に変わっていた。
子供が手にしたことにより、術式が書き換わる。本来の術式は消え去り、子供の望む形になった。
夢を見るカンテラから、夢すら見せない眠りに誘うカンテラへ。

 

「そうなんだけど違うね。
 あの家に居た子供は確かに死んだよ。レイスに昇華したけど成仏した。あの子は死んだよ。」
「じゃあ、あなたは……?」
「あの子の『残り火』のようなものさ。
 とはいえ記憶が最期まで同じの、そっくりな別人だよ。」

 

力強くて不器用だけど愛情を持ってくれるお父さんのような人がいた。
己の治らずの傷に包帯を巻いてくれて、巻き方を教えてくれた人がいた。
そして、熱を持たないのに誰よりも暖かくて、大好きだったお母さんのような人がいた。
その他にも子供は魔法具で夢を見た。星空の満ちる世界を冒険し、沢山の出会いを経た。
されどあくまでもあの子の記憶であの子の受けた愛情であり、自分に向けられたものではないよ。
残り火は、くすりと笑った。

 

このカンテラの魔法具は父親が元々作ったものだが、母親が術式を書き換え、母親が死んだ際に発動するように仕組まれていた。
死した際に己の魔力を還元し、魔法具を利用し子に夢を見せ、幸せな思い出から自然と成仏できるように賭けに出た。
その賭けは半分成功し、半分失敗した。
確かに楽しく幸せな思い出もあったが、同じくらいに辛く苦しい思いもした。憎悪を切り離せなかった子供は、自然と成仏することができなかった。
けれど子供は、目が醒めたときに母親の思い出も確かにあった幸せな思い出も再び憎悪に飲まれ、消えてしまうことをよしとしなかった。子供は夢の中では現実の炎を消費することで、望んだものを燃やす力を得ていた。
子供は燃やしたのだ。己自身の心を。憎悪も、未練も、後悔も。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも。心を全て燃やした。

 

けれど、ただ平穏に暮らしたかった、幸せになりたかった子供は思ってしまった。
『どうして悪いのは父親であるのに、自分自身が自分自身を殺して、消え逝かなければならないのか』
それは極々自然で当たり前な、理不尽を呪う心。
その心は、一つの思念体を生み出した。

 

「……それが、あなた?」
「うん。だから、ちゃんと子供は死んだ。もういない。
 僕はただ子供に産み落とされた、全てを恨み憎む狂気。この男は、『僕』を助けず、『僕』の血を父親から買っていた魔術師。」

 

殺して当然だよね?と、笑顔で問いかけた。
歪んだ執着や精神汚染。あらゆる理由から、この表情を双子は見たことがあった。
けれど、今までのどれよりも、おぞましく理解を拒む表情だと思ってしまった。

 

「ねぇ、君たちは同胞なんだ。僕と一緒に来ない?
 僕たちには幸せなんてない。あるのは理不尽だけ。こんな世界、壊してしまおうよ?」

 

手を伸ばす。幽霊であれば干渉できないはずのそれは、しっかりと実体を持っていた。
だというのに、レイスの死の接触が脳裏を過る。触れてしまえば、連れて行かれる。そんな錯覚をした。

 

「双子に生まれた君たちは捨てられた。一人で生まれた僕は実験生物として扱われた。
 もう分かってるでしょ。僕たちが、この世界で幸せに生きられるイフなんてなかったってことをさ。」

 

それは先ほど自分たちが出した回答だった。
捨てられたか、実験生物か。自分たちを生んだ両親が変わらない以上、幸せな未来にはならない。
……幸せな未来は、本当になかったのか。
自分たちは彼のように世界を恨めなかった。狂気に身を堕とすことなどできなかった。恨むのはあくまで親であって、他を恨む理由にはならない。
知っているんだ。
自分たちが、本当はどれだけ幸せだったかを。

 

「っ、わたしたちは違う!」

 

感情が高ぶって、魔力が高揚する。
ヒュ、とかまいたちが生まれ、彼の掌の表面を切り裂いた。ぱら、と紅色がカンテラの光を受けながら舞う。

 

「確かに捨てられた!両親を恨んだ!
 でも、幸せがないなんてことは、なかった! ここまで大きくしてくれた人が居るんだ!それを、それをあなたに否定させない!」
「血は繋がってねぇけど、家族は居るんだよ!
 孤児院で暮らした皆も!冒険者になってずっと過ごした皆も!おれたちにとっちゃ、家族同然なんだよ!
 おれたちを受け入れてくれたエナンや皆を!それから……ずっとおれたちのことを、本当の妹弟のように接してくれたファディ姉ちゃんを、否定すんじゃねぇよ!」

 

金色の瞳で真っすぐ射貫く。
否定したのは元々自分たちだった。親が居る事を羨んで、それが幸せで自分たちが不幸なのだと決めつけていた。
今目の前の残り火にこの怒りを、答えをぶつけることは誰から見ても掌返しだ。
けれど、気が付いてしまったから。
自分たちの過ごしてきた時間が不幸だったなんて、そんなことあり得ないのに。
冒険者になり、辛い思い出も苦しい思い出も、傷つけられたことも死にかけたことも、何度も何度もあった。
けれど、それは決して不幸ではない。共に冒険して仲間と共に見てきた世界は、家族への憧憬を超えた、自分たちの幸福の形だった。
静かに目の前の子供はその様子を見る。傷はもう塞がっていた。

 

「……そう。それが、『失敗作/双子』として生まれ、手にできた幸せ、ね。」

 

そうして笑った子供は、眩しそうに目を細めていた。
それが、なんだか泣き出しそうな表情に見えた、けれど。
手を伸ばさない。肯定してはいけない。

 

「なら、そのまま幸せに生きることだね。僕は生み出された以上、簡単に消えてやるつもりはないけど。

 ―― 分かってるんだよ。本当は、僕なんてものは、いない方がいいんだから。」

 

それは心を押し殺せなかったから生まれた残り火。
否定しようとして、否定しきれなかったから生まれた幻想。
消えることを願われ生まれた、行き場のない感情の残骸。
いつか消える日のために、今を生きる本能。
それは生き物としても、人としても、交わってはいけない。

 

「むやみやたらに殺したりはしないさ。君たちの幸せを壊すのは不本意だからね。けれど憎悪に呑まれた以上、本能のように何かの命を奪うだろう。」

 

カンテラの炎が消えると同時に、子供も姿を消した。
姿が見えなくなってから、先ほどのおぞましい声が路地裏に響いた。

 

「そうそう、父親はいくらでも恨んでいいけど、母親は恨むんじゃないよ。
 君たち、本来なら殺されて処分されてたんだ。それを母親が命がけで逃げ出して孤児院に連れ込んだんだから。」

 

子供を愛していないと、できなかったことだよ。
それきり、声は聞こえなくなった。
満ちていた嫌な空気も嘘のように消え、初夏の温度を取り戻す。心臓を掴まれていたような緊張感も消え、トゥリアはその場にへたり込んだ。

 

「お、おい大丈夫か!?」
「う、うん、ちょっと気が抜けちゃって……」

 

ふと見れば、男の死体も、血も、消えてなくなっていた。
カンテラに夢を見せられていたのだろうか。周囲を軽く探しても、それはどこにもなかった。では先ほどの子供は現実で、カンテラを持って行ってしまったのだろうか。
立ち上がれないトゥリアの傍にテセラが座る。夜の路地裏という危険な場所である以上長居をするつもりはないが。

 

「……エナンにも、ファディお姉ちゃんにも、酷いこと言っちゃった。
 親に捨てられても……孤児院で過ごした時間も、アルカーナムの皆と冒険した時間も、ずっと幸せだたのに。わたし、それに気づけなかった。」
「親に憧れて、勝手にそれを幸せだって言って。……あいつ、どんだけ苦しい思いをしたんだろーな。それこそ、『心残り』ができるくれぇにさ。」

 

あれは、これからどうするのだろう。むやみやたらに殺さないとは言ったが、狂気に堕ちた者が理性を保ち続けられるかは分からない。それこそ本能のままに殺戮を行い、死体の山が生まれる可能性だってある。
いつか敵対するかもしれないとして、そのとき自分たちは素直に祓うことができるのだろうか。そもそも、今追いかけて探さなくてもよいのだろうか。
懸念材料は山ほどあるが、どうすることもできない。

 

「……お母さんは。わたしたちをちゃんと、愛してくれたんだ。」

 

ぽつり、言葉にする。
知らずに恨んでいた。自分が望んだ子ではないからだと思い生きていた。
父親にとってはそうだったが、母親にとっては少なくとも『必要ないから捨てた』のではなかった。
愛されていたから、逃がしてもらった。
大きくなることを、母親は望んでいた。

 

「殺されてたかもしれなかったんだな、おれたち。……今こーやって生きてんのも、母親のお陰なんだな。」

 

ぽつりぽつり、言葉を交わして黙り込む。
双子の他に誰もいない。空は満天の星空で、優しい光が地上に降り注ぐ。暗いからこそ、よく星が見えた。
どちらからともなく、祈りを捧げる。聖北の教えに深いファディやオクエットとは違う、子供が親を想う心のままに

 

どうか、安らかに。
子供たちは、祈りを捧げた。

 

  ・
  ・

 

日付は変わっていないが、夜も遅く宿の賑わいは失われていた。そっと宿の扉を開け、来客者を知らせる鐘の音が響く。
叱られた子供が親の顔色を伺うように入ると、すぐに穏やかな声が投げられた。

 

「おかえりなさい。」

 

いつも通りの声に、いつも以上の愛情が込められて。
怒りもなければ、憂いもなかった。あえて表現するならば、戻ってくるという信頼が。

 

「……怒ってないの?酷いこと、言っちゃったのに……」
「何故怒るんですか。戻ってこなければ怒ったかもしれませんが……ちゃんと二人とも、こうして戻ってきたでしょう?」

 

戻ってこなかった冒険者がいる。
依頼を受けて、そのままになってしまった冒険者がいる。彼らとはさようならすら言えず、ある日突然二度と顔を合わせなくなる。
アルカーナムには、22人の冒険者がいた。今はもう、7人しかいない。

 

「トゥリア。テセラ。」

 

ファディは二人の名前を呼ぶ。
確かに帰ってきた、二人の冒険者を……ずっと時間を共にしてきた妹弟を、二人を抱きしめて。

 

「私は孤児ですけど。
 私には家族がいます。孤児院の皆は、私にとって家族です。血は繋がっていませんが、私にとってはそんなことどうでもよくなるくらいには大切な人たちです。それから、アルカーナムの皆も、大事な人たちです。かけがえのない人たちです。
 私は本当に恵まれていると思っているし、とっても幸せなんです。」

 

すでに二人が至った結論であった。残り火と邂逅し、見出せた答えだった。
けれど、それを口にして、本当の答えを導き出して教えてくれるのは。

 

「―― 私と家族になってくれて、ありがとう。」

 

共に時間を共有し、共に同じ場所で過ごしてきた。
一人で冒険者になろうとしたとき、二人は道を共にしてくれた。
それはただ寂しかったから、離れ離れになりたくなかった、そんな幼心が理由だったのかもしれないが、そのお陰で今も、これからも家族の繋がりは切れない。
本当はあなたたちも知っているはずなんだ。本当に欲しかったものが、ここにはあることを。理想の形ではなかったかもしれないけれど、決して欠けているなんてことはないことを。

 

「…………ぅ……、」
「……ぁ……、」

 

それは自分で気が付いても少し足りない。
誰かに言ってもらえて、与えられて初めて。

 

「……ファディ、おねぇ……ちゃ、……ぐす……わた、し……、……も……ずっとずっと、……いっしょに、いて、くれてっ……」
「おれ、ら、の……わがまま、も、聞いて、くれてっ……ひぐ、……のに、……ずっと、よりそっ……くれ、て……」

 

ぎゅう、と強く抱きしめる。わんわん大泣きする双子の言葉に、どういたしましてと柔らかい声で返した。
ずっと枷になっていた、『親の期待に応えられないだめな子だったから捨てられた』『親に捨てられた子供は不幸だ』という思い込みを外す。
もし一人として生まれていたなら。もし魔力を持たない普通の子として生まれていたなら。もし普通の子供として生まれていたなら。
そんなイフの憧憬はもう、必要ない。

 

欲しいものは、最初から全部全部、あったから。

 

エナン達も黙ってそれを見守るつもりだったが。オクエットやエヌと顔を合わせ、にやりと笑って。すぐ傍に寄って、一緒に抱きしめた。
ここが、皆の居場所で帰ってくる場所。
寂しくなったら思い出して。

 

あなたが居て、皆がいる。確かなあなたの居場所を。

 

  ・
  ・

 

その後、路地裏で見かけた子供を見ることはなかった。
リューンで大規模な殺人も聞かない。もうここにはいないのか、それとも言葉通り無差別に殺さないだけなのか。
憎悪を持って殺戮を望む一方で、己の生まれた理由を俯瞰し消えることを望む。
何かしてやれなかったのだろうかと今頃考えても遅い。同時に、彼を肯定することは、この居場所を否定することになる。
手は取れなかった。きっと、それでいい。

 

「……なんだか違う気もするけど、これ以上の正解には近づけないよね。」

 

二週間後。アマルガの住居は完全に撤去され、更地になっていた。まだ魔力跡が残っているが、それもいつか消え去るだろう。
トゥリアとテセラは足を運び、黄色の彼岸花を添える。死者に手向ける花に似つかわしくなければ夏に咲く花でもない。それでもこの花を選んだのは。

 

「やっぱり魔法は、植物を急成長させれるー、くらいの平和な方がいいよね。」
「賢者の塔のやつ、たまーに実用性が疑問になる魔法を開発するよな。」

 

残り火と出会った後日に賢者の塔に行って、アマルガやその友人について、それから感情から思念体が生まれる仕組みについて聞きに行った。
帰ろうとしたときに、一人の賢者の塔の研究員が植物について研究していた。咲かせるまでが研究のため、咲かせた花は必要ないということで、一本花を譲ってもらってきたのだ。
彼岸花を選んだのは、完全に幽霊のような見た目からの先入観からだったが。

 

「顔ももう覚えていないけど。
 お母さん、私たちを産んでくれて、それから守ってくれて、ありがとう。あの子のお母さんも、あの子をずっと大切にしてくれてありがとう。」
「父親は地獄に落ちてどうぞ。……それから、名も知らねぇけど死んじまった『同胞』も、どうか来世で幸せにな。」

 

手を合わせ、祈る。
母と子が安らかに眠れますように。
報われなかったかもしれないけれど、どうか次の生では幸せがありますように。
それから、自身の不必要になった感情……家族の憧憬も、孤児である劣等感も、自分たちが不幸だという決めつけも、全てここに置いていく。

 

「……じゃ、いこっか。」

 

祈りを済ませ、互いに微笑む。
魔術師の元住居としてここへ訪れることはもうないだろう。
振り返らず、夏の空に負けないくらいに晴れ渡った顔で運命の天啓亭へと歩いていった。

 

 

―― カランカラン

 

音が響いた気がした。

 

 

 

 


☆あとがき
トゥリアテセラ、何の話させる?→この二人にとっての心の闇って両親のことだよなあ、と考えてたらちょうどステボでテュョ君(この話に出てきたアマルガの子供の名前)動かして、あっこの3人の話として書けるな?となり書きました。トゥリアテセラ後日談でもあり、テュョ後日談でもあります。
トゥリアテセラは孤児院に入れられてそこからファディちゃんと冒険者になって幸せに過ごせた一方、テュョ君はステボでいい思い出もあったけど辛い思い出も多かったのでこのような対比が強い後日談になりました。テュョ君自身救われてないのか?と問われると、どっちでもあるんだよなぁ……と。心から救われてたらそもそも残り火なんてものが生まれないですし!!

トゥリアテセラは大団円!である一方、少し仄暗さも後を引き、けれどそれを含んで成長する、みたいな終わりになったかなあと。同時にこの全員が仲良し!って感じは幼稚園組だからこそできることだと思いま……エヌ君もぎゅってしたのかな。あの人はなんか、ちょっと離れたところに立ってあげてるくらいなイメージがあるぞ?

ところでテセラ君は優しいいい弟、というよりちょっとやんちゃで元気な子、という印象になってきました。


☆すぺしゃるさんくす!
ロールの結果部分もあるため、ステラボードで交流してくださった方々、本当にありがとうございました!中でも深く関わってくださったフォロさん、魔王様、ファンテォさんをほんっのちょぉっとだけお借りしました!
(魔王様はサークルDear4thWall様のキャラクターです)
(なんか間違ってたらわんころまで殴りにきてください)