海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_22話『帰巣』(3/4)

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村の者らは極力遠くへと逃げた。しかし、この村にとって、カペラやゲイルは特別な存在だった。
痣のある者は神に選ばれし者。元々は統合される前のどこかの村の言い伝えだったが、統合されてからも受け継がれていったらしい。ミュスカデも、その一人だった。最も、ミュスカデは海竜の呪いではなく、生まれながら首の後ろに存在していたただの痣だったのだが。

 

「ミュスカデも悪よのぅ。生きるために己の故郷の村を焼くなぞ。ま、統合されとるし、故郷『だった』と言うべきかの。」
「で、でも自分の子供もいたし、甥っ子も殺すことに……いいの、かな……」
「いいから、ゼクトに売った。それだけだろ。」

 

ガンッと乱雑に横たわる子供を蹴る。もう動く気配はなく、浅い呼吸が零れるだけだ。
身は炎と雷に焼かれ、喉は完全につぶされた。生きているのなら、暫くは声を出すことは不可能だろう。

 

「……やめろよ、やめろ……お、おまえ、お前ら……その2人に手を出すんじゃねぇぞ……!」

 

そこに、やってきたのは。
震え、怯えながら鉈を握りしめた長身の男。逃げたと思われた村人の一人が、なんとここまで戻ってきていたのだ。
ごほごほと、煙にむせ返る。その声に、ゲイルは最後の気力を振り絞り、叫んだ。

 

「馬鹿!何で来たんだよガスト!逃げる、頼む逃げてくれ!こいつらは本気でやべぇ、だから――
「うるさい。裁きをやるから待て。」

 

ぐしゃり、無表情のまま頭を踏みつける。
一切の感情が宿らない、どこまでも冷たい視線。
悲鳴が上がることもなかった。

 

「……ぁ……ゲイル、ゲイルっ……おま、お前、お前っ……!」
「…………断罪終了だ。」
「あぁっ……っ……ぁぁぁああぁァぁあアアアアアアッッッ!!」

 

鉈を振りかぶり、走り出す。
素人の単純な動きだ。見切るのは意図も容易い。
少し身体が鍛えられている。一撃で命を奪えずとも、二撃あれば十分だ。

 

「―― 、」

 

刹那。
ゴンッと、男から鈍い音がした。ガスト、と呼ばれた男ではなく。暴風を踏みつけていた、男の身体から。

 

「なぁるほど。これは阿鼻叫喚ねぇ。」

 

まるで車に跳ね飛ばされたかのように、数十メートル吹っ飛ばされる。何が起きたか分からない、この場の誰もが思った。
銀色のポニーテールが揺れる。それからぱきりぱきり、炎を氷が浸食してゆく。氷は解けて水となり、それは再び凍り付く。村の炎が、氷に代わるまで一瞬のことだった。

 

「ぬ―― !」

 

それに巻き込まれないよう、ラペルとシャトーはその場を飛ぶ。氷が浸食していない地に足を付け、氷の檻から回避した。
勿論倒れている2人と、そこの鉈を振りかぶった男へは無害。突然の出来事に、ガストも呆然としている。

 

「ちょっと質問いいかしら。さっき自殺してたのは何?」
「あぁ、あれはそういう儀式だから。気にしない気にしない。」
「自殺の儀式って何?自殺して強くなるとでも言うの?ちょっと何言ってるかよく分からないのだけれども?」

 

草色の髪をした女が、その後ろで杖を振るう。
ノメァとラドワ。雇われた冒険者と雇った冒険者。先ほど初めましてのあいさつを交わしたばかりで、互いに動きを合わせる気は皆無。
だが、それが2人にとって丁度いい距離感のようで。案外、相性は良好であった。

 

「ま、見てなさいって。冒険者ぺーぺーのあんたはそっから支援してくれればいいから。」
「ぺーぺーって言うほど冒険者歴短くないわよ。……一人でこいつらを相手する実力はないけれどもね!」

 

魔力を促し、倒れている2人と男を守る壁を氷で作る。
守ることは苦手だ。だから、最初からある程度守れるようにすればいい。動かれると巻き込むから暫くそこにいなさいね、とラドワは男に声をかけた。

 

「……あの、お願いです。どうか、どうかゲイルをこんなにした、あいつらを……倒してくれ……!」

 

表情は見えなかったが、震える声から凡そ想像はついた。
にぃ、と口を三日月の形に曲げ。強く強く、言い放った。

 

「任せなさい。不運の象徴が、大暴れしてあげるわ!」
「あなたのことはどうでもいいけれども、私たちを嵌めてくれたお返しはしないと気が済まないわね!」

 

さらっと屑発言が混ざった!せやな!お前にとってはどうでもいいよな!
ノメァの得物はメイス。片手で振り回しているが、持っているそれは両手用である。
プリーストをやっている、しかし回復魔法は使えない。力と速度で全てを解決する、と本人談。プリーストってなんだっけ、と言いたくなるが、相当の実力の持ち主であった。

 

「……倒す。俺たちに歯向かう者は。愚かな行いをする者は。神に代わり断罪を執行する。」

 

遠くまで吹き飛ばされたソレラは歯を食いしばり立ち上がり、再びカウンターの構えを取る。速い相手ならば、自分から動かず相手の速さを『返せ』ばい。決して動じず、一つ一つの動きを見極めろ。

 

「はっ、何が神よ。あんたはあんたの行いを自分で勝手に正当化してるだけじゃない。そういう私利私欲の為に神頼みなんて見苦しい。いっそ神をも殺す、くらいでかかってきなさい!」

 

あれ?途中までは確かに神官っぽい言葉だったのにな。どうしてだろう蛮族発言になっちゃった。
彼女が信仰しているのは極々少数の者に伝わる、聖北からは確実に異端審問されること間違いなしの邪教である。
力が欲しくば我に生命を捧げよ。悪魔に魂を売っているんじゃないかと錯覚するような聖句。実際神に魂を売り、対価に力を得ているので何も間違いではない気がする。

 

「……どれ、よい悲鳴を聞かせてくれたその3人の礼をしようではないか。さぁさぁ、妾をもっと楽しませておくれ!」
「ご、ごめんね、でもやらなきゃいけないからっ……!」

 

ふわりふわり、蝶が舞う。赤と、黄と、彼らの周りにのみ緑。
もう片方の獣人は呪文を紡ぎ、地面に手を置く。刹那地が震え、ばきりばきり音を立て、ノメァとラドワの立っている場所を荒地へと変えてゆく。

 

「ソイソイソォォォオオオイ!!」

 

嬉々とした、銀色ポニテの声。足場の悪くなった大地を器用に跳び、目にもとまらぬ速さでソレラへと接近し、

 

「―― かかったな、」

 

愚直なまでの、真っすぐな攻撃。メイスを逸らし、反撃をその身に入れようとした。
バキィッ、大きな音がして。

 

「―― ッ!?」

 

反撃ができない。
否、反撃を、躱された。
メイスを弾き、突進してきた身に気の纏った正拳を一撃入れようとし。
それを、くるりと回転するように避け、慣性のままメイスをソレラへとぶち込んだ。
常識を逸脱した動きと理解できたのは、再び遠くに打ち付けられ、動けなくなってからだった。

 

「いやー、目の前の敵だけ相手すればいいって楽ね。」

 

くるり、振り返りラドワを見る。
地面にはシャトーの術に対抗するように凍らせ、炎や雷で所々身を焼かれながらも彼女の周囲へは氷柱の障壁ができていた。地面から伸ばし、ノメァへの蝶の動きを阻害していたのだ。

 

「全く、厄介だわ。魔法の通りが悪い。
 あなた、魔力ではなく……妖力を使うのね。何者?詠唱もしていないし、人間ではないでしょう?」
「……ほぅ、そこまで見抜くか。」

 

くつくつと笑いながら、血のような紅い色の眼をぎらり、輝かせる。

 

「そち、何故にこの妖気が充満した中で魔法を唱えられる?魔力は妖力に弱い。人は、気にならぬ程度の相性だと言うが……しかしとて、ここまで妾の妖力が充満した地では、満足に魔法を行使することは敵わぬはず。この解を申したのなら、妾への質問も答えてやろうぞ。」
「妖力と察せたのは、それもあるけれども氷の中から炎を発生させなかったところね。妖力の弱点は、物理的現象を発生させるが故、自然の法則には逆らえない。はい、答えたわよ。」
「いや答えておらぬではないか。え?妾、妖気の中で魔法を唱えられるのはなぜ故?威力全然変わっておらんな?って話じゃったのに?」
「だってこっちが話してあなたは話さないとかあり得そうじゃない。あなたが質問に答えたのなら私も答えるわ。」
「いや、そちから答えよ。そちが先に質問したんじゃろうが。」
「いーやあなたからよ。先に質問された方が答えるって習わなかったの?」
「いーーやそちから」
「いーーーやあなたから」
「どっちでもいいよ!?何で突然コントしてるんだよ!?」

 

シャトーのごもっとすぎる意見。こいつら緊張感ないな。
ふーーー、と互いに長く息を吐き出し。先に答えたのはラドワだった。

 

「いいわ、じゃあ今から私たちに殺される、哀れなあなたに聞かせてあげる。死んでしまったら答えが聞けないものねー。」

 

ラペルから、あ゛?と、どこから声が出たんだ案件が発生。ニヤァと、大変性格の悪い笑顔を浮かべて、空へと手を挙げた。
空気が、冷えてゆく。元々氷によって下がっていた温度が、更に奪われてゆく。

 

「答えはね、簡単よ。妖力や魔力、霊力は優位な方が対象をかき消しやすい、という性質がある。【霊力(魂)】は【妖力(肉)】に入り込み、【妖力(肉)】は【魔力(気)】を打ち払い、【魔力(気)】は【霊力(魂)】を浸食する。
 ――けれどもね。
 かき消される以上の魔力を用意すれば、妖力があっても術くらい行使できるのよ。」
「……め……」

 

ラペルの口から、吐き出された言葉は。

 

「めちゃくちゃじゃーーー!?法外な魔力を持ちうるとは聞いておったがめちゃくちゃじゃ!?なんじゃそのごり押し戦法!?妾、手加減してやったとはいえそこまで生ぬるいことはしておらぬぞ!?えぇーーーやだーーーなにこれ気持ち悪いーーーーー!?」
「気持ち悪いとは何よ気持ち悪いとは。そもそも手加減される筋合いもないわよ。ねえ?」

 

そらあ誰だって叫びたくなる。
そもそも手加減されていた、という事実にイラァッとくる。これだから人外は、という、屑のノメァに対して同意を求める言葉。

 

「―― 全くね。」

 

短く吐き出され、ラペルの後ろに回り込んでいた彼女の、背中への一撃。

 

「がはっ―― !? そ、そち、語ってる傍から不意打ちなぞ卑怯な
「誰が喋ってる間に攻撃しちゃいけないって言ったかしら!?」
「隙をさらけ出す方が悪いわね!やーいやーい本気じゃないって言いながらぶちのめされてやがるのーねぇねぇ今どんな気持ちー?下等生物である人間どもにしてやられて本気じゃないんでって言い訳しちゃうどんな気持ちー?」

 

不運の象徴と屑のガッツポーズ!綺麗ごとよりしてやられたお返しだ!
よろけながらも、くそがと呟きながらノメァを睨む。人ならざる者特有の眼光を持ちながらも、ノメァはふん、と全く畏怖せず鼻を鳴らした。度胸が凄い。

 

「さ、ガタガタ震えて命乞いする準備を始めなさい?」
「抜かせ、そちは縛り上げて弱火で少しずつ焼いて命乞いさせて火傷に塩を塗り込んで餓鬼の餌にしてやろんと気が済まぬわ!」

 

至近距離から大量の黄と緑の蝶をばら撒く。蝶は妖術による起点であり、そこから色に対応した現象が発動する。
妖術の欠点は、物理干渉を伴うこと。故に氷の中から火を起こすことができなければ、ラドワの魔術により気温が下げられたこの場では、炎は燃え盛りづらい。そう判断し、雷と風の起点を作り、一帯に嵐を発生させる。それが、敵の下した術。

 

「退かないで!距離をそのまま詰めなさい!距離を取れば相手の思うツボだわ!」
「言われなくても!」

 

呪文は不必要とはいえ、蝶を生み出してから発動するまでの時間はラグと言える。詠唱よりずっと早いが、極限まで機敏性を高めた彼女が一撃をねじ込むための隙としては十分だ。
メイスを振りぬいた、ところで。

 

「―― 、」

 

ザクリ。
何かが、突き刺さる音。

 

「……は……、」

動きが止まる。腕に、赤銅色の槍が突き刺さっている。
その隙を突いて、ラペルはにぃ、と笑い。

 

「でかしたのぅ、シャトー。」

 

蝶が一斉に、現象として、現れた。

 

「―― !!」
「ノメァ!」

 

悲鳴は聞こえなかった。
嵐は槍を避雷針と見立て、一気に収束する。何本もの稲妻が、彼女へと牙を剥いた。

 

「……私は、回復や、魔法だけが取り柄じゃない。祈りの力も、仲間を鼓舞する力も、魔法の力も、それから……武器を扱う力も。」

 

獣人の方を見れば、彼女もまた大きな傷を作っていた。
ぱきり、結晶化した血が地面へと落ちる。それはぱらぱらと、粉々に砕け散り、やがて土へと吸い込まれていった。

 

「もう何も奪わせない!私から、奪わせないもん!そのために私は、色んな力を付けたんだから!」
「…………」

 

はぁーーー、と、これまたくそでかため息。
頭をがしがしと掻きながら、心底どうでもいいという感情を込め、反論した。

 

「それ。
 あなたはそのために、必要以上に人を傷つけ、人から奪うのね?この村だって、燃やす必要は一切なかったわよね?だってこの村の人たちは、ただ平和に過ごしていたそれだけだもの。」
「う、」

 

言動から、自分たちの行いに迷いがあることは分かっていた。
恐らくオルカの背鰭についていけるような性格でもない。ついていくしかない理由があるのかもしれないが、それはラドワにとって関係のないこと。
正論を突きつける。同情する余地もないわ、同情することなんてないけれども、と呟いて。

 

「あなた、悪さをする覚悟が足りないでしょう?もっと私みたいに人殺し楽しい!たくさんの人を殺す!みたいな精神でいかなければ、この先やっていけないでしょうに。なあに?悪いことと分かりながらへこへこ頭を下げて言いなりになって自分の居場所だーとかほざいているの?虎の威を借る狐……いえ、オルカの威を借る犬、か。ふふ、お似合いじゃない。そうして媚び諂って安全なところでぬくぬくとして、自分は平気で人を害しますあーごめんねごめんね私そんなのじゃないのー、なんて。ヒロイン気どりもいいところでしょう?」
「……ぅ……」

 

反論のしようがない。
獣人の彼女は、オルカと行動をするには優しすぎた。行いを肯定できない。けれども、依存するしかない。憐れねぇ、と屑はくすくすと哂った。

 

「ぅるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい!何が分かるんだ、私の何が分かるんだ、何も知らないくせに、知りもしないくせに!!」
「あーあ、反論できなくて吠えるしかできない可哀想。
 えぇ、何も知らないわよ。知る気もないし。」

 

獣人の隣の女は、そんな彼女の慟哭を見て楽し気に笑っている。
利用されているな、これは。流れた血から短剣を生み出して、それを持って反論とする。シャトーの姿を見ながら、ラドワはそう考え――

 

「救いようがないわね、どいつもこいつも。そこの犬女だけは、まだ情状酌量の余地があると思ったけど。」

 

ゴッッッと、離れたところから鈍い音が響き渡る。
ノメァの言葉と共に、ラペルが地面へと叩き伏せられていて。

 

「―― !?」

 

思わず、後ろを気にしてしまったから。

 

「―― 逃げるご依頼は、海鳴亭まで。」

 

そこへ、愛用の短剣に氷の魔力を乗せて、突き刺した。

 

「……が、ぁ、……く、こ、の……!」
「ぬし……何故に、生きて……」

 

ラペルの問いかけ。ノメァは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「盛皮君を計算に入れなかったあんたの負けよ。」

 

左手に持っていた、ボロボロのバナナの皮をひらひらとさせた。
…………。

 

「ごめん。恰好つけているところ、そして事前に説明を聞いていた私からも一言言わせて。
 どういう状況これ。
「えっ?」

 

えっ?ではない。
バナナの皮の友人がいて、それが身代わりになってくれる。
なんて、説明を聞いて、誰が理解できようか。

 

「……ミュスカデ、聞こえるか。撤退じゃ、全員回収せい。」
「は、あんたまだ動けんの!?」
「言ったじゃろうて。妾は本気を出しておらぬとな。」

 

ゆらり、立ち上がる。
その身体は先程まで見ていたものとは変わり。九つの尾と、狐の耳がピン、と立っていた。
……本気じゃなかった、という割にはぜぇぜぇしているが大丈夫だろうか。

 

「あぁ、なるほど。妖力を開放しないと立つことすらもままならないのね。お可哀想に。」
「最後まで気に喰わんやつじゃなぁ!?覚えておれ!次会ったらけちょんけちょんのぎったんぎったんにしてやるからの!ふーんだ!妾だって本気で挑んだら強いんじゃからのー!!」
「もうちょっとマシな捨て台詞ないの?」

 

ツッコミの後、何かぎゃーぎゃー言っていたような気がするがあちらの転移術が作動したのだろう。
シュンッと風が動く音がして、3人の存在は完全に消え去った。ここで息の根を止めておかなくてよかったのか?というノメァの質問に、腐っても九尾の狐だから冗談抜きで消されかねないわよ、とラドワの返答。
思っているよりかは恐らく弱いだろうが、ここで深入りして確実に勝てるとも思わない。
それ以上に、優先すべきことが残っている。

 

「とりあえずカペラ君とゲイルをアルザス君の家へ転移させるわ。海竜の呪いがあるから、海に近い方が回復も早いでしょうし。それから、あちらとの合流ね。もう少しだけ付き合って。」
「はいはい。あっちはあっちで大丈夫だと思うけど。だって。」

 

あの2人、私よりも強いわよ?

 

 

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