海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_18話『花を巡りて…』(1/4)

※珍しく真面目だよ、でも前半はやっぱりいかりゃく

※ギャグとシリアスが反復横跳びする

 

 

パランティアでウィンクルムと出会い、互いに飲み交わした次の日の夕刻。
忘れ水の都へアルザス達を告白させに行ったり、バザーでいい感じに儲けたりと、最近真面目に仕事をしていないな?と気が付いたカモメの翼たち。この日はこれといった依頼もなかったので、リューン郊外の森で少々気になったことを確かめていた。

「……アスティちゃん。確実に、術の出力が上がっているわよね。」
「私もそう思います。うーん、特に練習をしたわけではないのですが……」

水を生成する力は確かにあった。水の弾一つ、頑張って小雨を降らす程度だったものが、今では小型の嵐を作成することができるようになっている。とはいえ不安定ではっきりと使える、とは言い難いが、それでも確実にその力は強くなっていた。
考えられるとすれば、冒険者として実力をつけたためできることが増えた。その考えが無難ではあるが、ラドワは何かひっかかりを覚えていた。それが何だとも答えられなかったのだが。
分からないままカモメたちは宿に戻る。ただいま、と声をかけようとして待ったがかかる。亭主は二人の冒険者と会話をしている姿が見えた。

「じゃ、確かに届けたぜ。また何かあったら依頼してくれよ。」
「あぁ、ありがとう。また何かあったら引き受けてくれ。」

片方は白銀の髪をした、言葉使いがボーイッシュな女性。もう片方はボロボロのローブを身に纏った、それなりに背のあるコールグレーのポニーテールの男性。そう、アルザスは判断した。
この辺りでは見かけない冒険者だな、と思いながら2人を見ていると、あちらもこちらに気が付いてちらり、自分たちの方に目をやった。本来ならば、それだけで終わるか何かしら声がかかるか、なのだろうが。
男性の方が、目を細めて引きつった表情を浮かべた。

「……?どうした、俺たちに何かついているか?」
「あ?あー……いや。凄いものに遭遇してしまったというか……見てきたパーティの中でも随分と事情がややこしそうだというか……」

随分と苦い表情を浮かべている。何のことかさっぱりだと言いたげに首を傾げ、怪訝な表情でどうも術師です、という身なりの男性を見ていると、一つため息をついて簡単に説明をする。

「私は呪術を扱えるから、視えるんだよ。随分と派手に呪われているんだな、お前たち。」
「待って、海竜の呪いが分かるの?何か知っていることが、分かることがあるの?」
「随分と厄介なものだということは分かる。いや、それよりも……もっと厄介なのは、そこの女の方か。」

そう言って、男はアスティの方を見る。呪いか何かを持っているというのだろうか、それとも別の何かがあるのだろうか。うーん、と唸ってから、

「これどこまで説明すればいいと思う?」
「いや俺に聞かないでくれ!?俺は『視えない』から振られても分かんねぇぞ!?」

女性の 方に 尋ねた。それはもう知らんがな、といった様子だ。呪術は専門外なのだろう。
怪しさとうさん臭さでいっぱいではあるが、情報は少しでも欲しい。しかし、目の前の者を信用していいのだろうか。悩んでいると、一考した術師は提案した。

「そうだな、全てを話すことはできるがそれをすると、お前たちの物語を終わらせかねない。その者の正体を突き止めたら私を訪ねろ。そのときに、私しか分かりえないことを話してやろう。」

それじゃあ私たちはこれで、と宿を出ていこうとする。それを追う前に、女性はカモメの翼達の方を見て手を合わせた。

「いきなり悪ぃな、変な話をふっかけて。事情は俺にはさっぱりだが、あいつがあぁ言った以上頼ってくれりゃいつでも力になるからな!」

それだけを言って、彼女も宿を後にする。
勝手に話を進められたカモメの翼は、流石に事情がまるで呑み込めていない。時計の秒針が半分くらい進んだところで、ようやくロゼが口を開いた。

「ねぇ親父さん、あいつらは何?」
「あいつらは勇猛の荒鷲冒険者だ。男の方がレン・アルバニオンで女の方がガゥワィエ・アルバニオン。結婚してからも冒険者を続けていて、この辺りだとそれなりに名のある冒険者だ。レンの方が氷や水属性の魔法を、ガゥワィエの方が呪術や幻術を扱う。あとは、レンの方は素早い動きも得意としていて接近戦も行うらしいぞ。」
「呪術……だからあたしたちの呪いもすぐに見抜いたのね。けど、そしたらアスティを見て厄介なんて言ったのかし……」

うん?と、ここで首を傾げる。
男の方がレンで女の方がガゥワィエ。さて、呪術を扱っていると言って、癒し手を厄介と言ったのはどっちだったか。

「あぁ、よく間違えるが。銀髪の女の方が男性でレンで、灰色髪の男っぽい方が女性でガゥワィエだから気をつけろよ。」
「いやまてまてまてまて、ガゥワィエの方はともかく女の男性って何?いや明らかに胸があったし女の身体付きだったよな?え、どういうことなんだ?」
「ワシも知らんが、中身は男性らしいぞ。」
「どういうことだ!?訳が分からないんだが!?」

実際そうなんだよなぁ。
ガゥワィエの方はただ中性的に見えるだけだから問題はない。175cmという高身長が合い重なりそう見えるだけだから問題はない。問題はレンの方だ。彼は冒険者をしている中で遺跡のトラップによって女になったという、水を被ると女になるあの人もびっくりな不運に見舞われたのだ。
その結果、よく性別を逆に認識されるのだそう。間違えるとガゥワィエの方が凄い勢いでキレるから気をつけろとのこと。

「それと、ガゥワィエの方はなんでも人の過去が見えるらしいぞ。ひょっとしたら、アスティの過去をあいつは見たのかもしれんな。」
「過去を……じゃあ、あの人は私の知らないことも覗き見て……?」
「かもしれんな。ワシは見てもらったら、何故か突然倒れた。
「何で!?」

情報が多すぎたりあまりにも波乱万丈な人生の場合、情報処理が追いつかなくてぶっ倒れるらしい。曰く、あまりにも密度が高かったのだと。
アスティに対しては、厄介と答えたが倒れるような素振りはなかったため、理解が追いつく過去をしている……ということなのだろうか。本人ではないため、憶測を立てることしかできない。

「……アスティが何者であったとしても、アスティの手を離したりしない。アスティはこれからも、俺と、俺たちと共に在り続けるんだ。その覚悟は揺るがない。」
「……ありがとうございます。えぇ、アルザスが手を放すとは思いませんから、方針はこれからも変わらず、ですね。どんな過去であれ、私は私のことを知りたいですから。これからも変わらず、私の記憶探しをしますよ。」
「さっすがアスアス、逞しーや。全然怯んでないね。」

アルザスのお陰ですよ、と息をするように惚気る。隣で耳まで真っ赤にしているシーチキンエルフがいるのも、もう見慣れた光景だ。茶化すまでもない。
先ほどの2人のことは記憶の隅に留めておいて、一先ず夕食にしよう。アルザスは夕食を亭主に頼み、それぞれはカウンターに腰を掛けた。明日こそは何か依頼を受けられればいいなぁと思っていると、カペラが何やら気が付いたように依頼書を見る。

「これ、今朝なかったやつだね。ちょっと見てみよーよ。」


カペラの選ぶ依頼は堅実なものが多い。依頼を選ぶ嗅覚がいいのか、それとも直感がいいのか。
ただあくまで依頼として掲示されている内容が堅実なだけで、面倒事が潜んでいることもあるのだが。いつぞやの魔王案件とか。

「えーと……『フィロンラの花』?うーん……聞いたことない花ね。ラドワ、知ってる?」
「ロゼが知らなくて当然よ。フィロンラの花というのは、古代文明期にとある魔術師が作り出したもの、と言われているわ。」
「なるほど、それじゃあたしが知らなくて当然だわ。」

ロゼは植物知識が豊富である。一般的な植物であれば網羅しているのだが、魔術師が作り出したものとなると彼女は専門外となる。解説はラドワにバトンタッチされた。有名な知識ではないためか、素直に解説を行う。

「ある病気を治すには、どうしてもそれが必要ということだけれども……花自体が非情に希少価値が高いために、その病気を治すことは現在、ほぼ絶望視されているわ。」
「ふーん……んな花を取って来いって、そもそもあんのか?」
「……その依頼か。」

人数分の夕食を配りながら、親父は会話に割って入る。
食べながら話してやろうということで、カモメの翼はいただきますをし、亭主に依頼の詳細を聞き始めた。

依頼人は医術研究家、ヴィアーシーだ。医術研究家というのは知っているよな?」
「なにそれ。」

ですよねー、というラドワと亭主の冷たい視線。一つため息をついて、これは知っておいてよねと言いたげに再度解説が始まった。

「医術研究家。薬草の調合から新種の特効薬の研究、栽培、改良、未知の病気の研究などを行う人よ。医者と違って、直接患者を治すわけじゃあないの。研究の成果で大勢の人を助けるような人間のことよ。私としては、未知なるものの研究、失敗を重ねた先の成功、その間に死滅する大量のラットに人間、ということで好感が持てる研究家ね。」
「おい、おい屑の見解が混ざったぞ、途中までいい感想を言っていたのに台無し発言があったぞ。」

いつもの屑女でした本当にありがとうございました。
依頼人個人についての情報はこれ以上なかったが、報酬は出せる人間で花を取りに行くだけであるため問題はないだろう、と亭主の判断。確かに、と皆もその言葉に納得した。

「花の場所はレピア村……らしいな。ここから歩いて3日といったところだ。」
「……らしい、ですか?」

違和感のある言い方に、アスティは首を傾げる。
実際にあるかどうか分からないため、らしいとしか言えないそうだ。亭主もそこまでこの依頼に詳しいわけではないため、事情は本人に直接聞く必要があるだろう。

「花が見つからなかったといって、規約違反で報酬なしというのは殺していい人間と判断していいわよね。」
「やめい。そうなんないように最初に交渉しとくんでしょ。」

この女ならやる。絶対に、殺る。
どっちに転んでも美味しい、なんてならないようにしっかりと交渉をしよう。転ばぬ先の杖ならぬ殺さないための約束である。

「でもよ、何でこの花をそんな急いでゲットしなきゃなんねぇんだろーな。」
「うむ……とりあえず非情に貴重で、しかも脆いものらしい。一足違いでもう無かった、というのもやりきれないというのと……どうも最近、リューンで例の奇病の症状がポツポツ見られるらしくてな……まだ事態はそれほど深刻化していないようだが、とにもかくもその花がなければ話にならん、ということだろうな。
 急ぎの依頼故に明日の朝海鳴亭に依頼人が来る。話がまとまれば、そのまま出発ということになるだろうな。」
「なるほど……話だけ聞いてみてもいいかもしれないな。」
「そうね、親父さんの詳細、ふわふわしすぎて全く分からないもの。」

悪かったな、とラドワを睨む。きゃーこわーい、とふざけた様子を見せるが、実際依頼の全貌が掴めていないのも事実だ。
明日、話を聞いてそれからどうするかを決めよう。アルザスの提案に異論はなく、今日は早く休むことで話がまとまった。

  ・
  ・


次の日の朝。薬品の香りが漂う初老の男性が海鳴亭に訪問する。亭主の言っていた依頼人とは彼のことだろう。
カモメの翼はすでに揃っており、早速依頼の話を聞かせてもらうことになった。男は冒険者たちの方に顔を向け、値踏みするような視線を送る。職業柄なのだろう。
ゴーサインを出して問題ない、と判断したのだろう。冒険者たちと並ぶようにカウンター席に座った。

「……ふむ。ではさっそく依頼の話に移らせてもらいますかな。
 ここから歩いて3日程度のところに、レピアという村がある。先日、その付近である魔術師がフィロンラの花の研究をしているという知らせが入ったのだ。」
「……研究、ね。フィロンラの花といえば、どうも古代遺跡でしか発見されないというイメージがあるのだけれども。」
「そう。だからこそ……もし本当にフィロンラの花があるのなら。これは、医術にとっては大いなる前進になりうるのだ。逆に言えば、今の研究は花がなければ殆ど進歩が見込まれない……ということにもなるのだが。
 ということで、君たちにはレピア村に赴いてもらい、花があるかどうかの調査及び探索、もしくは交渉などで花を手に入れていただきたいのだ。
 報酬は前金で500sp。花を手に入れてくれば更に1500sp上乗せしよう。」

花を手に入れれば合計で2000sp。ただ花を摘んで帰ってくるだけであるなら破格の依頼だ。
しかし、その花はあるかどうかそもそも分からない。捕らぬ狸の皮算用になる可能性があるのも事実。

「もし花を手に入れられなければ?」
「前金の500spのみ……だが、花はなくても研究に役立つものがあるなら、考慮対象にはしよう。」

あくまでも、考慮対象。花があれば2000sp、なければ500sp。各段の違いである。

「あぁ、助手を一人同行させるから、交渉の際に金が必要になったらその者から出してもらってくれて構わない。最近私の助手になったレピア村出身の者なんだが、道案内にもなるだろう。私の代行とでも考えてくれたまえ。」
「分かった。……不謹慎な発言は気を付けるようにな。」
「え、それ誰に向けての言葉かしら?」
「そーだ、不謹慎もなんもねーし。」
「お前ら2人だよ主に!!対生物兵器コンビは日頃の発言を思い出せ、そして同行者が医者であることを忘れるな!いいな!」

命を助ける者の前で、人殺したーのしーとか乱闘たーのしーとか、そんなことを口走ろうものなら冒涜にもほどがある。いや誰に向けてもこんな言葉向けるべきではないのだが。ただのやべーやつ認定待ったなしなのだが。

「さて……ではここまで説明をしておいてなんだが、この依頼を受けてくれるかね?」
「俺は悪くない依頼だと思う。皆はどう思う?」
「受けない理由がないですね。花が見つかれば、多くの人を助けられますから。私はこの依頼を受けたいです。」
「あたしはフィロンラの花を見たい、という理由で賛成ね。あたしの知らない植物ってのに純粋に興味があるわ。」
「私は……そこまで反対でもないけれど反対ね。骨折り損になりかねないのと、あと人を……欲を満たさせてくれそうな要素がないもの。」
「君本当に正直だね。あっ、僕は賛成だよ。お花を見つけて皆の命を助ける力になれると嬉しーし!」
「あたいは……荒事がなさそーだからパス、っていいてぇけど、それで助かる子供の命もあるって考えりゃやってやりてぇってなるな。ってことで、賛成だ。」
「概ね賛成だな。よし、ではこの依頼、受けさせてもらおう。」

話はすぐにまとまり、急ぎ故にすぐに出発することになった。前金の500spを受け取ると、アルザス達は海鳴亭を後にする。
宿から出た瞬間、強い風が彼らを凪いだ。まるで、強い逆風となるような、そんな風だった。


  ・
  ・


宿を出て、昼下がり。穏やかな街道が続き、カモメの翼は雑談を交わしながら歩いていく。中に一人、見慣れない女性が混じっていた。
ヴィアーシーの研究所で彼の代わりの助手として迎え入れた、レミラという女性。彼女と共に、レピア村へと向かう。

「ふーん、そんな所を希望するたぁなぁ……」
「……おかしいでしょうか?」
「普通は人の病気を治したいという人は、医者を志すものではないかしら?医学研究ではまだ新しい分類の学問で、人々には比較的馴染みのないものだと思うのよ。」


話題はレミラが何故医術研究家になったのか。人の病気を治したいからという理由で医術研究家に入ったという話がどうにも納得できず、ラドワは首を傾げていた。夢と目的が一致していないように感じたのだ。
そんなことないですよ、とレミラはくすりと笑う。人を助ける仕事にある、ということを納得させるだけの穏やかな笑みだった。

「えぇ……でも、新薬の調合とか、けっこう楽しいですよ?
 それに、結果が出れば本当に多くの人を救えると思っていますし……根本的な所は変わりませんよ。」
「そうかしら。人を殺したいからって直接人を殺すのではなく、爆弾を作って売るようなことをやっているようにしか見えないのだけれども。」
「おい、おいお前、宿から出る前の俺の言葉聞いてた?不謹慎な発言は慎めって言ったよな?破るの早くない?お前絶対守る気なかっただろ?」
「うるさいわね、他にいい例えが思いつかなかった、これでいいでしょう?」

何もよくない。しかも口ぶりが、今言い訳を考えましたという身も蓋もないことを物語っている。やっぱり守る気ないんじゃないですかやだー!
レミラもさすがにこれには顔をしかめる。が、たとえとしては間違っていないので、納得せざるを得なかった。

「……私はちょっとあの依頼人が羨ましいです。
 私たち冒険者は、結局目の前の人しか救えませんから。彼のように大きなことができることは、私はちょっと羨ましいです。」
「……そうだな。目の前の者を救うことができても、大勢を救えるわけじゃない。でも俺は、目の前の者が守られるならそれでいいと思っている。」


ぽつり、アスティが呟いた。それに、アルザスが言葉を重ねる。
赤の他人が知らないところで死んだとして、それに心を痛められるほどアルザスはお人よしではない。
されど、仲間が命の危機にさらされたのであれば。あるいは見知った誰かを失いそうだとなれば。アルザスは、全力を尽くす。
そういう人だと、アスティも知っているから。そうですね、とだけ返した。

 


結局その日は何事もなく、目標の地点までゆうに着くことができた。その次の日の、昼前。
街道の中間地点まで来ており、ここからは獣や妖魔類も出るという噂もあり、決して気は抜けない。

「じゃ、レミラはあたしたちが前と後ろを固めるから、その間に居て。そこが一番安全だから。」
「分かりました。よろしくお願いします。」

最も気配探知の優れたロゼを先頭に歩を進める。
流石に緊張感のないカモメの翼と言えど、いつものような緩い雰囲気ではなく、気を引き締めて移動をする。変化の乏しい景色の中、ラドワがふと足を止めた。

「どうかしましたか?」
「……何か、妙じゃないかしら?」
「……そう?」
「上手く言えないのだけれど、何かが妙なのよ。ちょっと調べてみてくれないかしら?」

具体的に何がおかしいかまでは分からない。何か見逃したことがあるのだろうかと手早く周囲を調査するも、首を横に振り、特に何もおかしいものはないとラドワに伝える。

「うーん……気のせいじゃないとは思うから、一応頭に入れておいて。ロゼが気が付かないのなら、魔法的な違和感だと思うわ。」
「あぁ、それならあたしは分かんないわ。了解、気を付ける。あんたも何かあったら手遅れになる前にさっさと言ってよね。」
「当たり前よ。そこはあなたの信頼に答えるわ。」

ロゼは魔法的な違和感を察知することはできない。その分ラドワがカバーをする。
ラドワの違和感の指摘を、ロゼは無視しない。分からなくても警戒はできると、入ってきたときよりも注意深く進んでいく。

「……あれ?」


ラドワの指摘から真っ先に異変に気が付いたのは冒険者ではなくレミラであった。口に手を当て、何やら考え込む様子を見せる。
特にこの場から違和感を感じない。どうしたのかを訪ねると、この風景に覚えがないと返ってきた。この道を通ってリューンとレピアを往復しているため、道を間違えるなんてことはないだろう。悩んでいると、ロゼが真っすぐ前を指さした。

「あの立て札のせいじゃない?」


目を凝らすと、確かに前方に何かが立っているのが見える。
冒険者は近づき、書かれた内容を確認する。共通語のため、文字の読めないゲイル以外であれば読むことができた。


「『命が惜しいもの、立ち入るべからず』、だって。」
「んー?この街道を通んなってことか?でもなんでまたこんな看板が?」
「さあ、そこまでは分からないわ。けど、この立て札、割と最近に立てられたものみたいよ。殆ど傷がないし新しいわ。」

最近になって、この立て札を立てる必要が出てきたということだろうか。
道を迂回するしかないだろうか、と考えたが、レピアへ向かうにはこの道を通るしかないそうだ。事態が収まるまで待つことも手だが、急ぎの依頼故に今回はそれも難しい。

「……レミラの違和感も気になるが進もう。危険があるかもしれないが、このまま待っていても仕方がない。俺たちで守るぞ。」
「分かりました。今は一刻を争いますからね、行きましょう。」


波の動きが不穏だとしても、身を翻すことはできない。
一行は一抹の不安を抱えながら、立て札の先へと進む。しかし、10分も進まずしてロゼは待ったと仲間を手で制し、前方を見据えた。

「……ゴブリン?」
「ゴブリン!?え、やった、狩りの時間じゃない!真っ赤な花を散らせるじゃない!!」
「やったーーー戦う!!やる!!あたいの出番だ!!」
「あーーーもう真面目に探索できていたのに!!緊張感あったのに!!普通はここで警戒心を強めるはずなのに嬉しそうな顔をするかなぁしょうがないよなぁ好きだもんなぁ!!」


緊張感が消えた。いつものカモメの翼である。
アルザスの大声のツッコミに、ロゼはしっと人差し指を立てる。幸い気が付かれなかったが、今のはバレてもおかしくない。むしろバレなかった方が奇跡だ。
集団は冒険者たちに気づかないまま、木々の向こう側へ消えていった。あの立て札と何か関係があるのだろうか。

「……ま、無理に追う必要はないわね。今は先を急ぎましょ。」
「えーーー、殺していきたいのだけれど。獲物を見て諦めろと言うの?おあずけされるの?ひどいわ、あんまりだわ。」
「先急ぐって言ってるでしょ。つべこべ言わないキリキリ歩く。」

急ぎの依頼だつってんでしょ、とロゼの厳しい一言に対してえーと残念そうな表情をするラドワとゲイル。何もえー、ではない。2人が楽しいくらいでしかない。メリットどころかデメリットが多すぎる。
相変わらずだなぁ、と呆れながらカモメ達は先を進もうとして、


「――っ」
「きゃあっ!」

短剣を構え、タンッと跳ぶ。キィンと、金属に硬いものがぶつかる音がして、それは落ちてきた。
見れば、一本の弓矢だった。危ないと静止の声を投げるより先に身体が動いた彼女が短剣で叩き落したのだ。突然の動きに依頼人が悲鳴を上げたが、着地したロゼはお構いなしといった様子で一つの気の上を睨んだ。

「突然あたし達を襲うなんて、何者かしら?」


視線の先には、弓を構えたままの女のエルフがいた。蒼い瞳には敵意が伺える。彼女が矢を放ってきたと見て間違いないだろう。
ロゼの言葉に、エルフは強気な口調をぶつけてきた。

「それはこちらの言い草よ。警告文を読まなかったの?人間……何の目的でここへ立ち入ったの?」


警戒心を抱いたまま、木から降りてくる。
シーエルフではなく、森に住むエルフは閉鎖的でよそ者に対しては大変警戒心が強い。森の中に隠れ住み、決して人に見つからないように生きている。そのような者との対話、となると属性や住む場所は違えど同じエルフであるアルザスが適任である。
リーダー後は任せた、といった様子でもれなく全員アルザスの方を見つめる。にこやかに親指を立てながら。

「目的と言われてもな……俺たちは、ただこの街道を通ってレピア村へ行きたいだけなんだけどな。」


お前ら――、と心の中で文句を言いながら、エルフとの対話に応じる。
本当に?と、訝しむような目で太陽の瞳をまっすぐに見る。それでも同胞の言葉だからか、あるいは緊張感があまりにもなかったからか。やがてはすまなそうに口を開いた。

「……そう。いきなり矢を射るなんて悪いことをしたわね。だけど、それは無理よ。
 今、この街道は絶対に通れない。悪いけど別の道を通ってほしい。」
「そ、それは困ります!私たちはどうしてもレピアへ行かなければならないんです!ここ以外にレピアへ行く道はないんですよ!」

思わずレミアが訴える。目を瞑って首を横に振るエルフに対して、口に手を当てて思案するようにアルザスが口を開く。


「よかったらどうして通れないのか話してくれないか?あの立て札を見ても、何かが起きていることは分かる。俺たちはレピア村へ急いでいる。もしお前たちが何か困っていることがあるのなら、それを解消することは利害の一致になる。だから、よければ話してほしい。」
「それに、困っている人は放っておけませんし、ね。」

なんともお人よしな言葉を添える。それはどうでもいいんだけどなぁ、と心の中で呟く屑も居たが、声に出さなかっただけ偉い。
暫く沈黙がこの場を包んだが、エルフは意を決して話を持ち掛けた。


「……あなたたちは冒険者ね。冒険者なら、街道にいくらかの知識があるでしょう。
 この付近にエルフの集落があるというのを聞いたことがある?」
「俺はない。エルフだけどない。ラドワ、どうだ?」
「あるわけないでしょう?そもそも、森に住むエルフは外との繋がりを断って生活しているといっても過言ではないわ。軽率に焼こうに焼けないし、森林を燃やしていたらいつの間にかエルフの村が燃えていました、くらいに分からないわよ。」
「燃やすな殺すな焼き畑するな。エルフの村を燃やす悪い文化をいいから捨てろ。」

なんでエルフの村ってすぐ焼けてしまうん?
この上なく不謹慎な話題が上がって、こいつら大丈夫かと引かれてしまったが、それはそれ。話は続く。悲しいことに話は続く。

「続けるけど……そう、私たちの集落も隠されている。
 この街道の入り口付近……そこから空間を歪曲させて、街道の入り口と中間地点を繋ぎ、その間に我々は住んでいるの。」
「つまり、この街道を通ると気づかない内に空間転移している、ということかしら?」
「空間転移というほどのものではないけど……そう考えてくれると分かりやすいわ。」


空間転移はこの世界では上位魔法の、かなり難度の高い術となっている。一般的な転移術は、転移座標を設定してそこにワープする、という方法が基本的に取られている。座標は各々の術師が転移の際に目印となるものを置いておけばいいのだが、その目印に狙って転移するだけでもレベルが高い術だ。不発するならまだしも、下手をすると壁の中に埋まる、なんてことにもなりかねない。
エルフの話から、奇妙な感覚もレミラの違和感も説明はついた。転移術が張られている、座標の目印が設定されている、エルフがいるとなればラドワは魔力の引っかかりを感知する。レミラの違和感は、普段転移されているはずの道が転移されていないことによるものだろう。


「普段は、この領域には決して立ち入ることができないのだけど……入口の仕掛けが破られたの。そして、ゴブリン達が大量に入ってきた。おそらく、対立している何者かがけしかけたんでしょうね。
 あなた達の目的地へ行くには、入り口の仕掛けを直して転移するしかない。このまま進んでも、出口が塞がっているから。でも、入り口の仕掛けを直してしまったら、ゴブリンまでこの空間に閉じ込められてしまう。……八方塞がりよ。」
「…………」

後ろを振り返る。顔色を伺う。
予想はできていた。主に2人のリアクションを。それはもう、嬉しそうな嬉しそうな表情をしている二人が、そこにはいた。


「やったぁぁああああああ殺せる!!合法的に!!ゴブリンを!!殺せる!!やったぁラドワちゃん血の海大好き!!」
「えっ?」
「見逃す必要なんて何もなかった!!おっかける!!やったーーー戦える!!ぶちのめす!!やってやんよ!!」
「えっえっ」

依頼人とエルフが大変困惑している。初見では流石に予想できないリアクションですよねぇ分かります。苦笑を浮かべながら、アルザスは提案した。


「……まぁ、その、こういうやつらなんだ。血の気が多いというか、なんというか。」
「待ちなさいこういうやつ『ら』って、あたしを含めないでよ。あたしはこんな頭イカれたやべーやつじゃないから。」
「ごめんて。」

ロゼは確かにまだまともな方ではある。過激派に違いはないが。
過激派が多い以外にも、手伝えば仕掛けも直り目的地へたどり着ける、つまりこちらにもメリットはあるし、ご覧の通りもうすでにやりたくてやりたくてしょうがない人が約2名ほどいる。

「……都合がいいようだけど、お願いしてもいいのかしら?」
「あっ、けれども条件があるわ。ゴブリンとは言え、命を張るわけだからやっぱり見返りは欲しいわよねー、さすがに手伝っておいて何もなし、タダ働きーというのは私も納得できないわねー。」
「お前さっき殺せるやったーーーやるーーーって言ってたよな!?何で突然の掌返しするの!?鬼か!悪魔か!!」

アルザスとアスティは何いってんの!?って顔をしたが、他の仲間というと実は割とラドワの意見に賛成であった。特にロゼやカペラはそりゃータダ働きはこの場合ダメでしょ、という意見だ。

「確かにこっちにも都合のいい話だけど、向こうの都合で足止めされてんのだから報酬は要求するわよね?」
「そーそー。それに僕たちは別に趣味じゃなくてお仕事でゴブリンを退治するんだし、相手は子供だとか今にも死にそうだとかでもない、元気なエルフなんだよ?もらえるものもらって当然だと思うなー?」

ごもっともである。流石にこれに対して慈善活動するのであれば、今後依頼を全て慈善活動するようなものである。


「……分かったわ。通貨はないけど、宝石でよければ。」
「悪いわね。それと、もう一つ。
 後ろの彼女、レミラと言うのだけれども、私たちと違って戦いの術を持っていないのよ。どこか安全な場所へかくまっていてくれないかしら。」
「えぇ、事が済むまで私たちが全力で守らせてもらう。」

ラドワの提案を、エルフは首を縦に振って承諾した。確かに、人を一人守りながら戦うのとそうでないのとは大きくやりやすさが違う。
……いや、あいつのことだ。暴力慣れしていない人間がいるからやれ大人しく片付けろだとかやれ物騒な発言をするなだとか、そういう指図を受けるのが面倒だという心からだ。気遣いとかそういうのではなく、自分にとって邪魔だからだこれ。
絶賛アルザスとロゼは気が付いた。おいあの女口元ほくそえんでるぞ。絶対そういうことじゃねぇかこれ。ほーらこれだから屑女は。冷ややかな目線を送りながら、エルフから詳細な話を聞き、カモメ達は海原の先に待つ魔物へと羽ばたいていった。

 

 

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