海の欠片

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リプレイ_18話『花を巡りて…』(4/4)

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「これは……!」

 

道を戻り、先に進んで鍵を開けて入った部屋は異様だった。一際広い部屋に、今までに見たこともないような装置がずらりと並んでいる。中央の透明な筒状の物の中に、『それ』はいた。3メートルを超える、深紅の巨躯に鋭い牙と鍵爪。
離れたところからでも感じる熱気。熱を苦手とする面々は苦し気な表情を浮かべる。その姿を見て、ラドワはぽつりと漏らした。

 

「……炎の悪魔、バルログ
 へぇ、人の手でバルログを作るなんて……生み出そうとして、何度失敗したかも覚えていないというのに。」

 

感心している声だった。やるじゃない、などと口にするものだから、アスティがもう一度拳を振り上げそうになる。それをアルザスが必死に止めた。止めなくてもいい気がするが、今はそれどころではない。割とそれどころではないのである。
いや、何で生み出そうとしたの?どういう経緯があったの?問い詰めたくなったが、そんな緊張感の有無と戦うカモメの翼を、怪物は憎悪に満ちた目で睨んだ。
刹那、筒状の『容れ物』を鍵爪でたたき壊し、唸り声を上げて襲い掛かる――

 

「オオオオオォォォォォォッッッ!!」
「くっ、行くぞ皆!厳しい戦いになると思うが、絶対に勝つぞ!」

 

武器を構え、炎の悪魔を迎え撃つ。いつもの陣形で、いつもの戦い方で。
元々は人間だった。何の罪もない、都会に憧れていた普通の人間だった。それが、作り変えられて、望まぬ姿となって。

 

「あなた!ディーンなのでしょう!お願いです、戻って!!」

 

悲痛に訴えかける。そのすぐ近くで、カペラが『戻れ』と口にする。しかし唸り声を上げ、痛々しい声が響く。声が一切届いていない。
言霊が、通用しない。元には戻らない。この上ない、残酷な証明がここに行われた。

 

「僕の言霊は、心がないと通用しないんだ。……何を意味するか、分かるよね。」
「…………、」

 

歯を、食いしばる。
手を、向ける。子供に、悪魔に、手を向ける。

 

「ここで私たちが殺さないと、もっと大きな厄災を齎すわよ。幸い、完全には成長していない。私たちでもやり合えるレベルの相手だわ。
 あれはもうディーンじゃないわ。悪魔、バルログ。ディーンは死んだのよ。」

 

冷酷な、血も涙もない言葉。
一切の同情はなく、平気な顔で杖を向ける姿を見る。
それが悔しくて、まるで自分の無力さをあざ笑われているかのようで、彼女のことが正しいように思えて。

 

「くっ……くそぉおおおおおっ!!」

 

叫ぶ。吠える。水を想起し顕現させる。
水の塊を打ち込み、怯んだ隙をロゼが矢で穿ち、ゲイルが斧を叩きつけ。

 

「―― ぐぁっ、なんっ……!?」

 

ジュウ、と肉が焼き焦げる痛みと匂いが襲う。
肌を焼いたのは、彼に呼び出された精霊サラマンダー。それがゲイルの肌を焼いたのだ。

 

「私たちも炎や熱に弱いけれど、バルログも水や冷気に弱いわ。決して勝てない相手じゃない。」

 

淡々と呪文を詠唱し、氷の咆哮を炎の悪魔へと向ける。ガアアアァァァァ、と大きな悲鳴を上げる。効いていることは、一目瞭然だ。

 

「っ、アルザス、避けろ!」
「っ―― !!」

 

暴れ、氷を無理やりにでも払いのける。
その際、アルザスを鍵爪が霞める。ゲイルの言葉で間一髪直撃を免れることができた。

 

「……あ、」

 

その様子を見て、はっと気が付く。
立ち止まっている暇はない。助けられるものも助けられなくなる。
止められなければ被害は増える。これがもしレピア村に向かい、暴れたとなれば?
彼の母親は?ここまで護衛してきた彼女は?
それ以前に、仲間は。守ると決めた、傍に何が何でもあり続けると約束したのに?

 

……癒し手はオカリナを口にし、曲を奏でた。
いつか、大切な者が贈ってくれた曲、掲げ雲雀。あれから練習し、戦闘中でも呪歌としての効果を発揮させられるようになっていた。
明るいはずの旋律は、涙に震え。けれど心の籠った、彼女らしいその曲は彼らの追い風となる。

 

―― ひばりは舞い上がり、周り始め銀色の声の鎖を落とす
切れ目無くたくさんの声の輪が繋がっている ――
―― さえずり、笛の音、なめらかな声、震えるような声

―― そしてはるかに羽ばたき上がれば我らが谷は彼の金色の杯となり
彼はそこから溢れ出る酒となって我らも彼と共に昇ってていく ――

 

その旋律を耳にして。
確かな力強さを感じて。術を詠唱し、零度の琥珀色の瞳は悪魔を射抜き。

 

「……咲くは、徒花。」

 

氷の咆哮が、轟いた。

 

 

 

「……ガハッ……!」

 

打ち取るまで、さほど時間はかからなかった。随分と強くなったと各々は実感する。
バルログは断末魔を上げ、倒れる。もう二度と動き出すことはない、その巨躯を皆は静かに見つめていた。

 

「…………」
「……アスティ。」

 

バルログに近づき、しゃがみ込む。震えた、今にも泣きだしそうな……否、涙をこぼし、悔しさを吐き出す声だった。

 

「……私は……約束を、守れませんでした……あの子に、必ずディーンを助けると、約束したのに……
 ……でも。皆が居なくなることは、彼がこれ以上誰かを、特に、村の人を、お母さんを傷つけるのは、きっと嫌だって、思って……それで、私……」
「……」

 

守人が癒し手に近づき、後ろから抱きしめる。
優しく、包み込むように。壊さないように。

 

「アスティ一人が思いつめることじゃない。放置しておけば更に成長して手がつけられなくなっていた。
 俺たちが倒したのは怪物だ。ディーンは……今頃、リューンで頑張っているんだ。そう考えよう。」
「……アルザス。」

 

首を、小さく横に振る。それは違います、と言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「それは、逃げ、ですよ。……その言葉は元はといえば、私がぐずぐずしていたからなのですが……すみません、せっかく気を遣って心にもない言葉を言ってくれたのに。
 彼は、ディーンでした。でも、ディーンはすでに死んでいて、怪物を私たちは討ったんです。」
「なるほど。怪物を倒したけれど、ディーンの手がかりは何もない。だから行方は分からない。
 分からないから、リューンにでも行ったんじゃないか。そういうことね。」

 

意図することを汲み取り、2人を無視してラドワは扉の方へと進む。

 

「母親にはそう伝えるんでしょう?だって、ディーンはいなかったのだから。調査の結果で分かったことは、彼が何の痕跡もなく消えていたということ。でしょう?」
「……本当は、真実を伝えるべきなのでしょうが……あまりにも、惨いお話ですから……」
「僕は賛成だよ。ディーンの痕跡は、探索してる限りなんにもないんだもん。リューンへも今更行ったりしないだろーし、真実を知ることはまあないんじゃないかな。」
「あたしは反対。どうあれ真実は伝えるべきよ。本当のことを知ったとき、騙されたって思うに違いないわ。」

 

ロゼは反対するよねー、と肩を竦める。嘘偽りを嫌う彼女なので、当然の意見だと言えるだろう。

 

「あたいは賛成だ。こんなの……母親に伝えらんねぇよ、あたいは。あたいがあの母親だった……リューンで元気にやってるって思っていてぇよ。」

 

意見は、出そろった。やっぱり皆賛成って言うわよねぇ、と翼はため息をつく。
報告の中身は決まり……後は、更に奥に続く扉を開けるだけだ。

 

「それじゃあ……奥に向かうぞ。フィロンラの花がもしかしたらあるかもしれない。」

 

アルザスは扉に近づき、ゆっくりと開けた。

 

 

部屋に入ったアルザス達は、瞬時に独特の空気を感じ取った。それは、部屋の中央に起因していた。
筒状の入れ物が3つ並んでおり、2つには黒く塵状になったものが入っている。1つには桔梗色の、手の大きさほどの花が咲いていた。
日記の内容から察するに、これがフィロンラの花だろう。2つは失敗作だと考えられるか。

 

「……どうやら、この装置だけが上手く花を作れたようですね。」

 

成功した理由も、どのようにして作り出したのかも分からない。ラドワもこれは専門外の知識なので理解することはできなかった。
アスティが近づくと、不意にその筒が開き、花がこぼれ出てきた。それを慌ててかけより、拾い上げる。

 

「……せめて、レミラは喜んでくれるでしょうか。少年を、ディーンを救うことができなかった。……だから、せめて。」
「あぁ、きっと。……さあ、戻るぞ。この花を待っている人が居るからな。」

 

海鳥は目的のものを咥え、旋回する。
海辺で花を待つ者に、この花を届けるために。
ある者は憂いを抱いて。ある者はやるせなさを覚えて。
ある者は、それが分からないまま。

 

  ・
  ・

 

レピアに着く頃には日が暮れようとしていた。近場の捜索ではあったが、思った以上に洞窟の中で時間が経っていたらしい。

 

「村長への報告は後でもできる。今は一刻も早く、この花をレミラに届けよう。」
「さーんせっ!」

 

反対する者はいなかった。できる限りレミラの家へと急ぐ。レミラに報告し、その後村長に話をして明日にこの村を出発する。
依頼は達成、難病への特効薬も開発される。本来の目的は達成されるのだ。

 

「レミラ、喜んでください、花が見つかりました!」

 

……そう、思っていた。
扉をノックしても、報告をしても返事は返って来ない。どこかへ出かけているのだろうか。
日が暮れれば帰ってくるだろうか。そう考え、中で待たせてもらおうと、扉を開けた。

 

「……ッ!!」

 

家の中に入ったアスティは、一瞬にして声を失った。レミラの母親が、床に突っ伏している。
どうして、だとか何があったのか、だとか。そんな疑問が浮かぶ余裕などなく、急いで駆け寄り、身体に触れた。

 

「ど、どうしたんです!?大丈夫ですか、しっかりしてください!」

 

声と接触に反応し、ゆっくりと目を開ける母親。今にも消えそうなか細い、あえぐような声だった。
顔をあげ、虚ろな視線で見上げる。症状は軽くないことはアスティでも分かった。

 

「……アスティ、さん……みなさん……大丈夫、いつものことです……少し、休めば、すぐ……」
「お、お母さん!しっかりして!」

 

バタン、とドアが慌てて開かれる音が響く。外から聞きつけたのだろう、レミラが急いで入ってきた。

 

「アスティちゃん、そこ代わりなさい。ロゼ、手伝って。指示をするからその通りに動いて。私はこういうのに慣れているから。」
「分かったわ、指示をお願い。アスティ、代わってもらっていい?」
「……わかり、ました。」

 

解剖でもする気か、と初めこそ思ったが、ラドワの真剣な表情を見て任せることにした。後ろに引き、2人に介抱を任せる。
ラドワの指示は的確で、ロゼの手つきも慣れたものだった。ベッドに移し、応急処置を施す。それでも落ち着きを取り戻したのは、1時間以上も経ってのことだった。それまで荒かった呼吸も、今では安らかな寝息に変わっている。

 

「……ねぇ、レミラ――」
「外に、出ませんか……?
 お母さんなら、発作がおさまったから……今は、大丈夫です。それに、皆さんにお話ししないといけないことがあります。」

 

既にラドワは、何かを察したようだった。
残りの面々はそれこそ戸惑っていたが、外に出るわよとラドワが声を上げたので、応じることにした。何を察しているかまでは、誰も分からなかったが。
外に出て、暫く歩く。やがて夕暮れの赤を水面が受け止め、きらきらと光る湖に到着した。風が凪いで、木々が揺れる音がする。落ち着く場所だと、事態が事態でなければ考えたことだろう。

 

「どうですか、この場所。私のお気に入りなんですよ。」

 

案内し、振り返る。始めは自嘲気味とはいえ微笑んでいたが、すぐに泣き出しそうな表情となり、頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。私、皆さんに隠していたことがあります。実は、お母さんは……あの病気にかかっているんです。」
「……!!まさか……」
「えぇ、そのまさかよ。不治の病、現段階でどうしても治らない病気。フィロンラの花を除いて、ね。」

 

気が付いたのはついさっきだけれども、と一切表情を変えずにラドワは話す。
ラドワは医学知識を齧っており、専門とまでいかずとも人の病気をある程度診ることができた。そのため、あの場で進んで指示を出した。ロゼを頼ったのは、彼女は応急手当には慣れていると知っていたから。
それを、軽く説明する。レミラはただただ、頭を下げていた。

 

「……もしかして、レミラが医術研究の道を志していたのは……」
「えぇ、そうです。全ては母の病を治すため。」

 

母は、もう半年ほど前から発作を起こしており、医者に診断してもらったが絶対に治せないと見捨てられた。
そう語り、ようやく頭を上げる。それから悲痛な胸の内を、吐き出していった。

 

「私はもう、お父さんの時みたいに、何もできず悲しい思いをしたくなかった。」
「もしや、おとーさんも?」
「いえ、お父さんは違う病気で私が小さい頃に亡くなったんです。
 お父さんが苦しんでいた時、私は子供で、何もできなかった……だから、何もできずにいるよりは私にできることをしたくて医術研究の道へ進んだんです。」

 

ぽつり、ぽつり、語る。

 

「……フィロンラの花があるという情報が入り、私は同行すると決まったとき。何がなんでも手に入れて、お母さんを治してあげようと、最初は思っていました。
 でも、先生が必死に探して、やっとの思いで見つけたフィロンラの花……それに、皆さんがボロボロになって私をここまで連れてきてくれて、花を取ってきてくれたと思うと……胸が痛くて……どうしたらいいのか、分からなくて……」

 

レミラは涙を流していた。
今までずっと悩んできたのだろう。支えが外れたように、涙が溢れ出てくる。

 

「おかしい、ですよね……フィロンラの花を、手に入れるつもりなら、こんなことを話さないで……黙って、私が皆さんから受け取って、先生には私から嘘の報告を、すればいいのに……でも、考えるほど、自分がどんどん、嫌な人間に……思えて、きて……
 悩んで、悩みぬいて……でも、答えは、出ませんでした……」
「……」

 

一体、どれほどの苦悩がそこにあったのだろう。
どれだけ苦しく、つらかったことだろう。
裏切るという行為を、彼女は取ることができなかった。本当に心優しく、誠実な人だと思った。だまそうと思えば、だますことだってできたはずなのに。
だから。

 

「レミラ。この花を使ってください。」

 

アスティは、花を差し出した。

 

「待ちなさい、そんなに軽々しく決めていい問題じゃないでしょう?」

 

それを見て、真っ先に声を上げたのはラドワだった。
いつもの表情で。論理的な思考を述べる、どこまでも冷たい魔術師の言葉。
その凍てつくような冷たさを受けて、癒し手は更に熱を上げる。

 

「じゃあどうしろと言うんですか!このまま見殺しにして、依頼主に花を届けていいと言うのですか!?」
「花を待ち望んでいるのは彼女だけではないのよ!さっきも言ったでしょう!」
「『落ち着いて』よ!熱くなってどーすんのさ!」

 

無理やりにでも、ある程度の一定化を図る、歌の声。

 

「辛いのは僕たちだけじゃない。一番辛いのは、レミラだよ……」
「……」
「……」

 

言霊でも、竜の呪いでも、全てを攫うことはできなかった、その感情。
強い感情が、悔しさが、歯がゆさが。

 

「どうして……どうして、この花は一輪しかないのですかっ……!!

 

アスティの、悲痛な叫び。
誰も答えを持たない、悲しい問いかけ。どこにも最適解などなく、どちらかを選び、どちらかを捨てる決断を迫られる。
その慟哭に、レミラは涙をこぼしながらも優しい声を伝える。

 

「ありがとう、アスティさん。あなたの心遣い……とても、嬉しかったです。
 でも……私はもう、どうしたらいいか分からない。心がバラバラになっちゃったみたい……だから、皆さんに迷惑はかけませんから、報酬もきちんとお支払いしますから……その花をどうするか、皆さんで決めてください。」
「……お前はそれでいいのか?もしかすれば、俺たちはお前の母親を切り捨てる選択をするかもしれないんだぞ?」
「いいんです。その花がここにあるのは、皆さんのお陰なんですから……」
「……分かった。責任を持って決めさせてもらう。」

 

奪い取るように、アルザスはアスティから花を取り上げる。少々表情が苦し気だった。
それを、止めることはしなかった。最終的に伝えるのは、リーダーである彼になるだろうから。

 

「それじゃあ皆、向こうへ行くぞ。レミラには辛い話になるかもしれないからな。」

 

声の聞こえづらいところまで、歩いていく。十分に離れたというところで円を作り、取捨選択を決める。
レミラの母親を助けるために難病の特効薬を先延ばしにするか。
難病の特効薬を作るためにレミラの母親を見殺しにするか。
見知った1人のために幾数の人を犠牲にするか。
幾数の人のために見知った1人を犠牲にするか。

 

「悩むことはありません。レミラの母親を治せば、それで済むことじゃないですか。」
「そんな単純な話じゃないわよ。ヴィアーシーや、リューンの患者がこの花を必要としているのよ。この花によって特効薬が作られればリューンの大勢の患者も、レミラの母親も救えるのよ。」
「そんなに待てませんよ!見たでしょう、あの酷い発作を!ぐずぐずしていたら手遅れになりかねませんよ!
 私はディーンを救えませんでした……目の前の人間を助けられないのは、嫌なんです!目の前で、苦しんでいる人がいて、それを助けたいという人がいる、それを助けられないのは嫌なんです!」
「だから単純だと言っているのよ!確かに、この花があれば彼女の母親は救われるわ。しかし、その後彼女はどうなるかしら?師を裏切り、リューンの大勢の患者を見殺しにしたという罪の意識から逃れられるというのかしら?私たちを裏切ることすらできない、心が弱い人間よ?私たちに決断を託す、自分の目的すら果たせない人間が、罪意識に溺れないとでもいうのかしら!」
「レミラが弱い人間だ?違うでしょう!レミラは強い人間です、強くて優しいから、私たちに花を託した。裏切ることを選ばずに、人を信じ続けた。どうして、どうしてそんな誠実な人が救われないんですか!目の前の人を救えず、何が冒険者ですか!」

 

癒し手と雪の言い合いが続く。
どちらも正解であり、どちらも正解ではない。最善、という選択はここに存在しない。
互いに感情をぶつけ合う。やがて吐き出して、少々頭が冷え言い合いが落ち着いた頃に、翼が守人に、2人に提案する。

 

「……このままアスティとラドワが話していても埒が明かないわ。
 アルザス、押し付けるようだけどリーダーのあんたが決めなさい。リーダーの決定は絶対。2人も、それでいいわよね?」
「……」
「……」

 

2人はこくり、首を縦に振った。守人は歌と風の顔を見る。2人も続いて首を縦に振った。

 

「……せっかくの機会だ。最後は俺が決めるとして、それぞれの意見を聞かせてほしい。」

 

カモメの翼がここまで悩み、胸の内を話し合う機会はこれが初めてである。
だから、あえて全員の考えを全員で共有しておこうと。カモメの翼のこれからのために必要だと、リーダーは考えたのだ。

 

「僕はラドラドに賛成。アスアスの意見も分かるし、僕もレミラのお母さんは助けてあげたい。でも、僕たちは特効薬の材料を探しに来た。だから、これはレミラには譲ってあげらんない。
 ……それに、この薬が完成したらたくさんの人を救えるし、その救えた人の枷って、きっと重いと思うんだ。」
「あたいはアスティに賛成だ。フィロンラの花を作る装置はあったんだ、そいつを研究すりゃフィロンラの花をまた作り出せる可能性だってあんだろ?それに、他にも探しゃあるかもしんねぇ。だったらあたしは、今目の前で苦しんでるやつに、渡してやりてぇよ。」
「……あたしは意見はあるけど、あえて保留にするわ。丁度上手く分かれているもの、どっちかが多数意見になんのはアルザスの意見を揺らがせる可能性がある。けどあたしだけ話さないって不公平だし、意見がないやつって思われたくもないから依頼が終わったら話させてちょうだい。」

 

確かに、丁度半々だ。アスティとゲイル、ラドワとカペラの2票ずつで分かれている。どちらかの票が多くなれば、確かにそれは判断材料として取り上げてしまうだろう。ロゼの意見には納得を示した。
改めて、アルザスは花を見つめる。一本の花で、自分の決断で、多くの人の命を左右させる。
命の選別。確かにこれは、ただの村人が背負うにはあまりにも重たすぎる決断だ。彼女が悩み、迷い、思考を放棄してしまうことも、よく分かる。
目を閉じ、決める。誰もがリーダーの意見を、固唾を飲んで待つ。

 

「……俺は。」

 

  ・
  ・

 

その後、カモメの翼はリューンに戻ってきた。
彼らはヴィアーシーの元を訪れ、報告と調査結果として日誌を渡した。
レミラは同行していなかった。彼女は一行に報酬の1500spと、ヴィアーシーからの預かり物を託し、レピアに留まったのだ。預かっていた物をヴィアーシーに返し、偽りの理由を話した。
……彼は、気づいていたのかもしれない。だが、彼は何も尋ねず、一行が返そうとした前金も受け取ろうとはしなかった。

 

「……俺は。目の前で、幾百、幾千と死んでゆく人々を。数々の仲間を見た。街が滅びゆく姿を見た。俺だけが、生き残った。だから、多くの者が死ぬ恐怖というものを、俺は知っている。」

 

海鳴亭に帰る途中、アルザスはレミラへ思いを馳せた。
きっと辛い思いをするだろう。自責の念に苛まれもするだろう。

 

「だが、俺は……目の前で誰かを失う辛さを知っている。この痛みは耐えられたものじゃないと知っている。レミラにとって、母親を失うことは……俺が、アスティを失うことだ。俺なら耐えられるはずがない。……だからレミラは、俺たちに花を託せるほど、母親を殺してしまうかもしれない可能性を預けられるほど、強いやつだって思うよ。」

 

しかし、彼女は母親と共に、決して逃げずにいることだろう。
自分の決断は最善だとは思わない。だが、後悔はしていない。

 

「それに俺も、知らない誰かよりは知っている目の前の人を助けたい。俺たちが助けられる人なんて、しれている。だからこそ……俺はせめて、俺と知り合ったやつは。手の届く範囲のやつは、喪わずに助けたいんだ。」

 

これが、自分の信じた正解だったから。

 

 

 

「……解せない、って顔ね、ラドワ。」

 

依頼を終えてすぐに、カモメの翼は部屋に戻った。すっきりと終えることができなかった依頼のため、打ち上げをする気にもならず、そのままこの日は解散となった。
寝て英気を養い、また次の依頼は後悔も憂いもなく終えられるように。そう仲間と口約束を交わし、早めに眠ることとなった。

 

「それはそうでしょう?わけがわからないわ。人を助けたいと思うのなら、どうしてあそこでレミラの母親たった一人のためだけに花を手渡すのよ。レミラも、本気で母親を助けたいのならばどうにでも騙せることができたはずなのに、何故それをしなかったのか。
 ……それに。何でここまで、アスティに腹が立つのかが分からないのよ。言わせておけばいいのに、意見の食い違いなんてままあることなのに。」

 

はぁ、と一つため息をつく。
やるせなさの類を、ラドワは一切感じていなかった。ただ、腹が立った。一を選んで百を切り捨てる。あまりにも、非合理的な考え方だ。それを選ぶ者らの考えが、ラドワには分からない。
そして、アスティの考えに対し、どうしてこれほど腹が立つのかも分からない。あそこまで自分に突っかかってきた理由も分からない。ただ、この上なく気に喰わないと思うのだ。

 

「あたしも、意見はアスティと同じよ。
 知り合った人を目の前で見捨てるってのは、ちょっとあたしにはできないわ。どうでもいい人ならともかく、少なくとも恩があるもの。それはせめて返しときたいのよね。」
「あなたまで?……まああなたの意見は、まだ分かるけれども。アスティちゃんみたいに腹が立つ意見じゃないわ。」

 

うーん、と暫くロゼは考える。それから真っすぐラドワを見て、どこか楽し気になりながら尋ねた。

 

「ねぇ、トロッコ問題って知ってる?」
「えぇ、いかにたくさんの人を轢き殺すにはどうすればいいかって哲学でしょう?」
「違うそうじゃない。もうすでに問いかけたい内容が全部すっとんだわよちくしょう。」

 

ロッコ問題とは、以下の道徳的思考を問う問題である。

『線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?』

 

「要するに、あんたは数助けたきゃこれで分岐器を作動させて一人を殺せ、ということでしょ?でもアスティやアルザス、ゲイルは分岐器を作動させず5人を殺した。まあこれはその1人が親しいか親しくないか、の考えもあるから真のトロッコ問題じゃないのだけどね。むしろ1を救うために100を犠牲にするか、その逆かってとこね。」
「その人にとって親しい人かどうか、というものは一切度外視するものね、その問題。……で、その通りだと言いたいのだけれども?」
「それじゃあもし、その1人があたしだったら?」
「……はぁ?」

 

いいから答えて、とロゼの言葉。
微妙ににやついていて殴りたくなったが、一旦それは置いておく。

 

「それは、あなたを助けるわよ。他なんてどうだっていいし。むしろたくさん殺せてわぁーいって言うわ。」
「だから、そういうこと……じゃないけど。別に殺せてわぁいとは言わないけど、アスティの考え方はそういうことよ。」
「…………」

 

心のどこかでは分かっていて、それを認めたくないから腹がたってたんじゃない?
と、推測だけどねとつけて、ロゼは少々得意げにラドワに言う。ラドワは解せない、という表情をはじめこそしていたが、やがて考えて、気が付いた。

 

……特別意識。カモメの翼という仲間に対して。それからずっと気に掛けるロゼという変わった人に対して。
いつの間にか、特別意識を持っていたことの証明。

 

「……やっぱり訳が分からないわ。」
「えっ、なんでよ、今のめっちゃいい問題だったじゃない。」
「うるさいちょっと黙りなさい。はぁーーー、ただの利害の一致で面白そうで組んだはずなのに、どうしてこんなことになっているのかしら。」

 

訳が分からないわ、ともう一度呟いて。
それでもどこかで、まんざらでもないと思っている自分が居て。

 

余計に、腹が立つのだった。

 

 

 

 

☆あとがき
あまりにもアスティとラドワの思考がはっきり出てて、2人の対比を描くのに凄くいいなぁと思いこのシナリオは凄くリプレイしたかったんです。というかこれ、皆さんもどっちの意見がいいのか凄く知りたいですね。
私はもっぱらラドワさん意見でアスティ意見にピンと来てなかったんですが、カモメ動かしてて「あぁなるほどな」ってなりました。アルザスやアスティの言葉を聞いて、確かにって思ったからこのチームやっぱすげぇな。新発見が何かと多い。
しっかし。めちゃくちゃ最後、真面目だったな……これほんとにカモメ?あの緊張感がないことで有名なカモメこれ?ほんと???
さて、ラドワさんがいよいよ人の心が芽生えてきました。このリプレイ見返すとよーくわかるんですが、ロゼちゃんとラドワさんがすごく互いを信頼しあってる動きが多数見受けられます。とっくに特別意識は芽生えてるんだよなぁ……
あっ、そうそう、出てきたガゥワィエとレンって冒険者ですが。両方コトシタという定期ゲームに参加したキャラクターで、レン君はちゃいさんのお子さんです。ガゥさんはカードワース用キャラじゃなかったのですがレン君はカードワースの世界観のキャラクターだったので、「これレン君のとこにガゥさんが行くんだったら、カモメにレンガゥを出したってなんらおかしくねぇよな???」と気が付き、許可をいただいて出演していただきました。レンガゥはいいぞ!!
今回はちょっととりあえず出演させたかった理由があったのと、いきなり出すのはちょっと流れ的にも変だなというだけで邂逅のみです。またそのうちがっつり関わってもらう予定ですとも。

☆その他
所持金
8886sp→10886sp

 

☆出典

がじろー様作 『花を巡りて…』より