海の欠片

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リプレイ_18話『花を巡りて…』(3/4)

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「いやー、ロゼが警戒を示したらうさぎだったときは悪ぃけど笑っちまったよな。」
「いやー、その後に先を急いでもいいかもなまたうさぎだろわははって言ってたら蛇だったときはあんたに投げつけたわよね。」
「いやー、そんな頭の悪いやりとりをしてもうすぐ街だーって時に襲ってきたミノタウロスはいい晩御飯だったわよね。」
「いやー、ミノタウロスを食べる趣味はないなー。」

 

何事もなければ、今日中にはレピア村に到着する。確かに当日中には着いた。
が、道中でうさぎに驚かされ蛇に襲われ、あまつさえミノタウロスまでやってきてさあ大変。しかもそのミノタウロス、ヤク中と来たもんだから笑えない。そういえば途中でコカの葉が生えていたし、それを食べてしまったのかもしれない。
ミノタウロスの件は帰ってから治安隊に報告するとして、一先ずは村長を訪ね面を通しておくことにする。情報収集はその後でも問題ないだろう。レミラに案内され村長の家に向かうと、家の中には温和そうな初老の男性が座っていた。レミラの姿を認めると、顔を綻ばせて嬉しそうに話し始めた。

 

「レミラか?帰ってきたんじゃな、うんうん。……そちらの方々はどなたじゃ?」
「はい。こちらの方々は冒険者の皆さんです。レピアに帰ってくるまでに随分お世話になりました。」
「カモメの翼のリーダー、アルザスだ。暫くこの村に世話になるかもしれない、よろしく頼む。」

 

レミラが戻ってくるまで護衛をしていたと聞くと、村長は感謝の言葉を彼らへと向けた。
しかしここへ滞在するということは何か目的があるのか?と尋ねられる。それに対して一行はフィロンラという、病気を治すための花を探しに来たのだと伝えた。

 

「ほう、病気を治すための花……うんうん、確かに魔術師の方とおぼしき人物はこの村に居住しておられるようですな。
 あいにく私は詳しいことを知らないのですが、村の者ならば詳しく知っているかもしれません。村の者には、みなさんに協力するように促しておきましょう。」

 

田舎の村の場合、閉鎖的でよそ者に厳しい場合もあるため、村長の提案はありがたかった。
ありがとうございます、と頭を下げ、今日中にやっておきたいことを済ませにいこうと立ち上がると静止を求められる。

 

「すみません、実は少々頼みたいことがあるのですが。皆さんのお仕事の片手間で結構ですので……」

 

詳しく聞けば、最近この村で行方不明者が一人出たそうだ。失踪したのは青年で、性格上家出してリューンに向かったなども考えられるそうだが、どうも一か月も連絡がなければ姿を現すこともないらしい。ついででいいから、その者の調査も行ってほしいとのことだった。

 

「分かりました。私たちにできる限りの協力はさせていただきます。」
「ちょっと、勝手に先走らないでちょうだい。あなたはそれでいいかもしれないけれど、私は別にボランティアをするつもりは一切ないのよ?」
「片手間でいいと村長は言っていました。見つからなくても、私たちの考えが聞けるだけでも十分だと。調査の片手間でしたら、別にさほど問題はないでしょう?」
「またそういう甘いことを言う……大体
「はいはい、いがみ合いはそのくらいにしなさい。あくまで目的はフィロンラの花で、行方のヒントがあればそれをついでに探す。それでいいでしょ?」

 

アスティとラドワの言い合いを、ロゼが割って入って仲裁する。彼女の提案に、2人共黙って首を縦に振った。互いに納得はしていないようだが。
その横で少し考える表情を見せていたレミラが、おずおずと尋ねる。

 

「あの、どなたが行方不明になったのですか?」
「おお、うっかりしていた。ディーンじゃよ。」
「ディーン……」
「湖の傍にある家の三男です。では、よろしくお願いします。」

 

頭を下げた村長に別れのあいさつを告げ、レミラと共に外に出た。
それからすぐに、ゲイルが口を開く。少々思いつめたような表情だった。

 

「行方不明なぁ……実際、どーなんだろうな。無事でいてほしいけどよ……」
「……レミラさんは、行方不明の人、ディーンを知っているんですね。」

 

名前を聞いて、表情を曇らせたことに気が付いていた。また、田舎では隣同士の繋がりが強いため、何かしっているだろうと。予想通り、レミラはディーンのことは知っていた。

 

「えぇ、特別親しいわけでもなかったんですが、何度か話す機会があったので。
 会うたびに言ってました。『自分は三男だし、こんな小さい村より都会で自分のやりたいことを見つけてやる』って。」
「ラドワだ。」
「ラドワですね。」
「ラドワね。」
「家出に遭遇したら全員で私のこと見るのやめてくれない?」

 

だってなぁ、と顔を合わせる。
家族が魔術師で、護身のための誰でも簡単に使える魔法の開発を行っている、これに飽きて家出した女がラドワだ。あまりの身勝手な家出なものだから、家出の話題が出るたび皆につつかれる。
本当に出て行っちゃったのかなぁ、と呟くレミラに対し、本当に出て行ったやつがここにいるんだよなぁとトオイメをした。お前残された家族が可哀想だと思わないのか。そんなもの知ったこっちゃないわ。ここまでが、いつものやりとりである。

 

「うし、レミラ。こっからはあたいらの仕事だ、疲れたろーし家帰って休んでこいよ。」
「え、ですが……」
「レミラが必要になれば、またお願いしに行きます。家族にも暫く会っていないのでしょう?無理することはありませんよ。」

 

それからいつ不謹慎な言葉がボロボロと出てくるか分からないし、とは流石に言わなかったが。いやそもそも手遅れか?
ゲイルやアスティの言葉に、分かりましたと告げると、カモメの翼から離れて実家へと帰っていく。さあここからは不謹慎ワード全開でお送りしても問題ないぞ。

 

「行方不明者か……どう思う、ラドワ。お前の事情は一切考えないで、大真面目に考えた上でどう思う?」
「くっ、飽きて面白いもの探して旅立った快楽殺人わぁいたーのしーーー発言がはじめに封印された!
 ……それは置いておくにしても、現状は可能性を挙げるくらいしかできなさそうね。家出、盗賊団などによる拉致、薬草を探して三千里、うっかり呪われて快楽殺人化、リアルな世界を求めて村を離れて
「人の話聞いていたか???お前一切人の話聞いていなかっただろ???」

 

というものの、先ほどロゼが言った通りフィロンラの花を探しながらヒントを探すしかない。判断材料が何一つとしてないので、推測しかできない現状だ。
日が暮れるまで、カモメ達は民家を訪ね、情報を集めることにした。広い村ではないため、すぐに村を回ることができた。
情報を集め分かったことは、魔術師はローブを被っており、村の人の意見は様々だ。薬の研究をしに来た誠実な魔術師だと見る人もいれば、疫病神でディーンも居なくなったし森もおかしくなったとと意見する人もいる。一か月前から姿を見かけていないそうだ。また、見かけなくなる前は、声をかけても聞こえない、足元がおぼつかなかったなどとの証言も出てきた。居場所は街道の方にある森を、村から出て左手に進んだところにある古い洞窟に住んでいるらしい。
ディーンは家出と考える人が多かった。とある少年は家出じゃないと言っており、判断材料となりうる証言もなかったため、こちらの真偽は不明である。また、ディーンの母親曰く、ディーンは魔術師を気味悪がっており、直接の関係性はないだろうと説いていた。森で迷う、ということはこの村で暮らしている以上まずないと考えられるらしい。

 

「……妙なのは、スッと居なくなったらしいじゃない。憧れていた都会に行けるなら、多少なりとも興奮したり、必要以上に口数が増えたりしないかしら。」
「ラドラドはどうだったの?」
「めっちゃ突然何の前触れもなしに家から出て行ったけど?」
「ううーーーん言ってることと実際に起きたことがちぐはぐだーーー。」

 

人の心がある者とない者を比べてはいけないような気もする。残された親が可哀想だ、と嘆く者の前でもふーんで済ませた屑女だもの。人の心がない。お前フローラ騒動のときはちょっとはダメージ受けていただろうに。慣れたか。慣れてついに何も思わなくなったか。
情報を纏め、洞窟へは後日向かうことにする。今日は休むために宿を探そうとして、ふと足を止めた。

 

「なぁ。この村。聞き込みしてて思ったんだけどよ。宿、あったか?」
「…………」
「…………」

 

何でそれすぐに言わないんだゲイルーーー
うるせぇあたいが気づくこと皆が気づかねぇわけがねぇって思ったんだよーーー
あぁもうこれは野宿ですね、野宿なんですね本当にありがとうございました。そう、諦めそうになっていたときだ。

 

「あぁ、皆さん。こちらにいたんですね。」

 

走ってやってきたのはレミラだった。言い忘れたことがあると、切らした息を整えて、告げる。

 

「多分、今日泊まるところがまだ見つかっておらず、困っていると思ったんですが……」
「困ったことに大正解だ。この村、宿はないのか?」
「えぇ……滅多に外の人が来ることもないので。
 それで、よかったら私の家にいらっしゃいませんか?そんなに広くないんですが、村長さんに協力してもらって皆さんの寝具も用意したので
「行く。」
「行くよね。」
「行くしかねぇな。」
「お前ら。」

 

でも他に宛もないし、残された道は野宿オンリーである。
アルザスもツッコミこそ入れたが、好意に甘え厄介になることにした。それはもう、他の仲間はわーーーいと喜んでいましたよえぇ。
カモメ達は招かれるままレミラの家に入る。すぐにいい匂いが漂ってきて、迎え入れる体勢が万端だったことに感謝した。荷物を下ろして食卓を囲い、レミラの母の作った料理に舌鼓を打った。材料は依頼料代わりということで、村長が用意してくれたそうだ。
家の雰囲気も、素朴ではあるが心安らぐものであり、久しぶりにくつろいだ時間を過ごしていた。
レミラの母は、物腰の柔らかく非常に落ち着いた女性だった。なるほど、レミラを育てた女性だと納得できる気がした。

 

「……お料理は、ご満足いただけましたか?」
「あぁ、本当に美味しかった!後でぜひともレシピを教えてほしいんだが構わないか?」
アルザスがここまで絶賛するなんてそうないですよ。ぜひとも誇ってください、あととっても美味しかったです!」
「ふふ、ありがとうございます。ちょっと心配だったんですが……」

 

心配の種は喜んでもらえるかどうか、かと思いきや少々違うかった。レミラの母親は生まれつき身体が弱く、料理も久しぶりだったのだそう。

 

「でもよかったのですか?せっかく家族水入らずで過ごせるいい機会でしたのに。」
「いえ、気にしないでください。私は本当に皆さんにお世話になったんですから。」
「えぇ、私も、皆さんとレミラの体験を聞かせていただきたいんです。ここまでの出来事を。」

 

顔を見合わせる。話を聞かせるくらいならいくらでもいいよね、とアイコンタクトをし。

 

「じゃあゴブリンの殺し方を
「こら。」
「アルアルがゴブリンにモテモテだった話を
「やめて!?」
「ラドワにアルザスがくっせぇ花をぶつけて始まった乱闘を
「未遂だったろそれは!!」

 

不謹慎タイムは終わりですよ皆さん。
もれなくロクでもない会話になりそうではらはらしつつも、うまくアスティやロゼがフォローを入れてくれたため、なんだか楽しい冒険者パーティ、という印象に留まってくれた。
レミラの母は、緊張感のない冒険者の話に聞き入っていた。彼らの体験を、ゆっくり噛み締めるように。

 

  ・
  ・

 

翌日。今日は洞窟に向かい、魔術師と対面する予定だ。友好的な者かそうでないかは今のところ分からない。森を出て左手に進み、洞窟を探す。20分ほど探すと岩場が見つかり、村の者が言っていた洞窟も見つかった。
いつものように、ロゼが先頭に立ち慎重に中へと入っていく。中に入ってすぐ、いつも探索しているような洞窟とは明らかに違うと感じた。

 

「……明るいわ。」
「魔力を感じるわね。壁や天井から発光させてるみたい。松明は不必要ね。」
「ついでに、明らかに自然の洞窟じゃないわ。人の手が入ってる。」
「ここまで分かれば、魔術師の住居って考えるのが筋よね。ってことで、気を付けていくわよ。」

 

東に向かい歩き始める。探索を行いながら、罠にも気を付けて。
曲がり角に出て、

 

「……あっ。」

 

即落ち2コママンガみたいな展開が、待っていた。

 

「えっ……うわっ!?」

 

突然地面から不意に出てきた液体に全員足を取られる。
なにこれなにこれ、と慌てる仲間に対して戦闘で仁王立ちで、

 

「やられたわ。トリモチの罠ね。ふっ、あたしの眼を欺いて的確に罠にはめるなんてなんて腕のいい魔術師かしら。」

 

トリモチを、踏んでいた。

 

「ねぇ???感心してる場合じゃないわよね???あなたには私たちの命を預けているようなものなのよ???何で開始10分でやらかしているのよ???今あなたに対して信頼度が3割減しているところなのだけれどもどうしてくれるのかしら???」
「まぁまぁ。」
「まーまー、じゃ、ないよ!?とっ、トリモチだったらなんとか抜け出して
「まあ、大体こういうのってここで敵に襲われるまでがセオリーなのよね。あたしならそうする。」
「いやだからロゼロゼ言ってる場合かっていうかそれフラグ――

 

トリモチと一緒にフラグも回収してしまっていたらしい。
すぐ隣にあった石像が動き出し、カモメたちに襲い掛かる。動く石像、ガーゴイルだ。

 

「ばかぁぁぁああああああ!!」
「あっはっはっいやほんとごめんて。さーて、避けられないからやられる前にさっさとやるわよ。あと動かなくていい技で対処するのよ。」
「笑ってない笑い声をあげている暇ある!?あーもう、ロゼ、アスティ!私たちの遠距離攻撃で仕留めるわよ!他の皆は防御に徹して!」
「…………」

 

悲惨な状況は、もう少し続いた。

 

「すみません……転びそうになって、両手をついてしまい……その、照準を合わせるための手を、敵に向けられなくてですね……」
「何してるのーーーーー!?」

 

ここまでグダグダな戦いがあっただろうか、いいやいつもこんな調子だ。
とはいえ、ガーゴイルに今更遅れを取ることはなかった。ロゼの火を纏った弓と、ラドワの魔法の矢2発を打ち込み、石像は粉々に砕け落ちた。意外とどうにでもなる罠だった。
ガーゴイルを倒すと、トリモチは消え束縛が解除される。べたつく不快感もなく、ガーゴイルが魔法解除のための鍵だったのだと分かる。

 

「ごめんなさい、流石に申し訳ないと思っているわ。」
「全くもう……ガーゴイルって倒しても血が流れないし表情もないからつまらないのよ。もうちょっとマシな罠をやらかしてよね。」
「そーそー、せっかくの楽しい時間だったのにあたい参加できなかったぜ。どうしてくれんだよ全くもう。敵は出てきていーから戦わせろよな。」
「何でまた罠を踏み抜く前提なのかしらね。」

 

予想外の文句の言われ方にため息一つ。軽率だったことには変わりないため、改めて気を引き締め、探索に戻る。
通路は円を一周するかのように伸びており、入り口から半円分進んだところから長い通路が伸びていた。10分くらい進んだところで、ロゼは足を止めた。

 

「……無限回廊の罠ね。全く通路の先に出ないから目印をつけて進んでみたんだけど……見事、印が見つかったわ。真っすぐ進んでいるようで同じところをぐるぐる回ってるわね、さっさと引き返すわよ。」
「あら、今度はちゃんと看破したのねぇ。さっきの失態分の働きはしているのね。」
「因みにあんたはどこで気づいたの?」
「2分前くらい。」
「…………」

 

ロゼの無言のグーパンがラドワを襲う!

 

「ちょ、痛いって、痛いってば!?」
「うるさい、気づいてんならさっさと言いなさい。あたしはあんたと違って魔力観点からものを見れないつってんでしょ。」
「だからって何も殴らなくても……アルザス君!この横暴が許されていいわけ!?」
「ロゼ、もっとやっていいぞ。
「うわひどい」

 

流石に自業自得だと思う。
満場一致の意見。そりゃそうだ。いつものお気楽なやりとりを交わし、元来た道を引き返していく。基本的に先に進めずとも戻ることは可能であることがこの手の罠には多い。
……確かに、3分もあるけばT字路に戻ってこれた。しかし。

 

「―― 止まって、何かがいる。」

 

ロゼが制する。戻ってたところに、何者かが立ちふさがっている。
それはとにかく、でかく、長い。人よりもずっとずっと巨大で長く、大蛇を思わせたそれは。

 

「……なにあれ?」
「……なんだろなあれ。」

 

あっけにとられた声を出すカペラとゲイル。他の面々もすぐに武器を構えたが、思わず唖然とした。
巨大なムカデのゴーレム。何の悪い冗談だろうか。更に狭い路地に立ちふさがれており、戦いにくいどころではない。

 

「……本物のムカデが良かった。」

 

空気を読まない屑発言が一つ。

 

「なんかわかんねぇけど、いい相手になりそーじゃねぇか!!うおおおおおいくぜ皆!!当たって砕けろ!!」
「砕けちゃダメでしょ!?流石にこれを無策でやり合うのはバカだとおも……君はバカだったよ!!」

 

突っかかっていく戦闘狂に向かって叫ぶ吟遊詩人見習い。思いっきり斧で叩きつけるが、キィンと硬い音が響く。大型の斧を、満足に振るえていない。

 

「このまま戦っても不利だ!くそっ、どうする……!」
「待って、闇雲に攻撃しないで。この手のゴーレムには、必ずどこかに核があるはず。そこを狙うの。正直血も苦痛の表情も命乞いもないからさっさと片づけちゃって問題ないわ。」
「あなたの趣味嗜好はどうだっていいんです!で、その核の位置は分かるんですか!?」
「はっきりとは分からないわ。けれど、この巨体全てに魔力を行きわたらせる、かつ前の部分は駆動量が多い。だから、真ん中か、あるいはそれよりいくらか前の部分にあると推測するわ。調べてみるから、あなたたちは時間を稼いで。狙うならさっき言った場所で。」
「―― 了解!」

 

極力守りを固め、時間を稼ぐ。全ての部位をたたき割る必要などなく、一点だけ、核が存在する部位のみ破壊すれば、ゴーレムは動かなくなる。
剣で受け止め、斧で向かい打つ。時には波を生み出して押し返し、微かな隙を生み出しては言われた部位を狙う。

 

「くそっ、硬いな……!」
「もっと広ぇとこならもっと暴れられんのにな!」

 

不利な状況にも関わらず、ゲイルは生き生きしている。
この不利さえも、楽しむかのような。そんな獣のような表情が見て取れる。

 

「皆、『痛みを気にしないで』!それから『元気になぁれ』、届け僕の言葉!」
「波は生成に時間がかかる……ならばせめて、多少でも皆さんの力になれるよう!」

 

タンバリンが鳴り響く。言霊の力で鋼になったかのような身体になり、傷を作りづらくする。
そこに、オカリナの音が響き渡る。明るくどこまでも飛んでゆけるかのような、そんな音がタンバリンと重なる。
演奏に支えられ、守り手と翼と暴風は、ゴーレムの攻撃を受け止める。そこにドンッと、一筋の魔法の矢が撃ち込まれた。それからちらり、ラドワはロゼの方に目配せをする。
―― ラドワからの、ロゼに向けたメッセージ。狙えるのはあなただけだと、行動で伝える

 

「……言ってくれんじゃない。さっきは信頼度が落ちたとか言ってたくせに。」

 

微かに口端を吊り上げ、弓を握りしめる。
離れ、遠距離から的確に行く……かと、思いきや。

 

「―― ロゼ!?」

 

前に、跳ぶ。
それに喰らいつこうと、大蟲が頭を振り上げた、その下に潜り込み。

 

「―― 何だかんだ、信頼してんじゃないの。」

 

暗殺の一撃を思わせるような、的確に急所を抉る一矢が放たれた。
バキリッ、明らかな異質な音を響かせ。穿たれた矢は深く深く抉り込み。

 

「……………、」

 

ガクガクと、挙動不審な動きを見せて。やがてドォンと大きな音を立て地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。完全に動きが止まったことを確認し、大きなため息をついてそれぞれは武器を納めた。

 

「はぁ、つまらない相手だったわ。どうせなら殺し甲斐のある獲物が出てくればよかったのに。」
「相変わらずめちゃくちゃ言うわ。にしても、凶悪なトラップだったわ。忍び込んだ野盗なんか、一たまりもないでしょうね。でも、ある可能性が高くなってきたわよ。」

 

ある可能性とは、と首を傾げる。どこか得意げな様子で、ロゼは人差し指を上げて話し始めた。

 

「例えばの話だけど、遺跡に宝箱が二つ並んでたら、どっちかは罠って思うでしょ?
 罠を仕掛ける人は心理的にダミーを『本物』を隠すために使う、ということは……この近くに、『本物』が隠されてる可能性が高い、ってことよ。」
「なるほどね。流石ロゼ、性格が悪いわ。」
「あんたに言われたくないわ屑女。」

 

なるほど、と場の者は納得する。果たしてそう上手く隠されているか?とも考えたが、他に手がかりはない。探索を再開するロゼの後をついていく。
西側に少し進み、壁をくまなく探す。注意深く探し、15分ほど探せば隠し扉を発見することができた。

 

「あったわ。ほら、あたしの考え通りでしょ?」
「流石だな……盗賊団の頃の入れ知恵か?」
「あんまりそうだって思いたくないんだけどね。悔しいけど、こういった考え方は実際教わったからこそなのよねぇ。」

 

あまり話したくない、という様子で先に進む。禁止、とまでは言われなかったが。
先に進むと、道が二手に分かれていた。広い道が真っすぐに伸び、そこから脇にそれるかのように小さな部屋へと続く通路があった。その先の小部屋へ向かい、扉を調べ罠と鍵の有無を調べてから中に入る。
書斎だった。魔術師の住居、ということで大半は魔術所だろうか。
中身をぱらぱら捲り、確認していく。分からん!となるということは、内容は十中八九そういうことなのだろう。と、一つ他の本とは違う装丁の本を見つけた。中を読むと、研究の進み具合が日記形式で綴られているようだった。
それを、ラドワに投げる。上手くキャッチして、読むように促す。自分で読めばいいじゃないと小言を言いながらも、中身を確認して関係がありそうな部分をピックアップして読み始めた。

 

―― 〇月22日
私の思った通り、この遺跡は幻の花『フィロンラ』を人工的に培養するための施設だった。そのための設備や資料も僅かながら残っていたのは幸いだ。これが上手くいけば、世界では難病と言われているあの病気が全て、いとも簡単に治ってしまうのだ。なんという素晴らしいことか。
問題は、今の私に当時の設備をどれだけ再現できるかという事だろうか。こればかりは、やってみなければ分からない。長い目で見ることにしよう。

 

「……ここからは、△月1日まで設備を四苦八苦しながら作っていく様子が書かれているわ。ということで、次は△月1日からね。」

 

―― △月1日
とりあえず、ポットを3つ作って純粋培養をしてみることにした。自信はないが、もしかしたら1つくらいは上手く行くかもしれない。
フィロンラの研究が落ち着いたので、この遺跡に残っていた他の書物を漁ってみた。いやはや何とも様々なジャンルの研究書があるものだ。星の研究から、物の運動。当時の文学から人工生命体まで。
人工生 命  体    、
どうしたものだろうか。急に意識が朦朧とし始めてきた。無理もないか。今日までフィロンラの設備のために徹夜続きだったのだ。今日はもう休むべきだろう。

 

「研究者って、何でこうも無理をするんですか?」
「無理をするというか、熱中したら時間が過ぎていたってパターンよ。あ、私はそんなことやらかしたりしないから。しんどいもの。
 ……で、ここから日記が飛んでいるわ。何かあったのかもしれないわね。」

 

―― △月6日
私は大きな勘違いをしていた。この遺跡でのフィロンラの研究は、二次的なものに過ぎなかった。本当の研究は、人工生命体に関してだったのだ。うまくいけば、強力な生命体が私の手で作れるかもしれない。さっそく、明日から取り掛かることにしよう。

 

「すいません、ものすっごい嫌な予感がするのですが。」
「奇遇ね。証拠に字が荒れているわ。」
「あのそれ絶対そーゆーことじゃん。ねぇこれ絶対そーゆーことでしょねぇ。」
「まあ、そういうことなんでしょうね。ここからは、しばらく生命体の研究データらしいわ。専門外だから私には分からないわ。死霊術の類ならともかく、キメラとか人工生命体なんかは一切かじってないわ。」

 

―― △月29日
私は、何をしていたのだ?ここ1か月近くの記憶がない。
いや、微かに残っているようだ。
私はなんということをしていたのだ。全てはあの本を読んだことから始まったのだろう。あの本には著者の協力な怨念か、もしくは魔法がかけられているのかもしれない。
操られていたとはいえ、人間の手で強力なモンスターを作るなどと、神を冒涜すうるような行為だ。
あまつさえ、私の作った生命体が不安定であるため、村の青年を一人拉致し、融合させるということまでしてしまったようだ。なんということを、私は、

 

「ディイイイイイイン!!」
「これ犠牲になったやつがあからさまだぁぁああああああ!!」

 

いずれ、ヤツは完全な姿になり、世に災厄をもたらすだろう。これを見た者がいれば、何とかあの装置を破壊してほしい。
当然だが、私はこれから自分でケリをつけに行くつもりだ。願わくば、装置を破壊するまでは 意識 を   あ

 

「というわけで、日記はこれで終わりね。因みに今日はその次の月の10日よ。」
「ディイイイイイイン!!これ絶対そういうことじゃないか!!おいもうこれそういうことじゃないか!!完全に手遅れじゃないか!!」

 

本来はもっとしんみりするはずの衝撃の事実なのだが、あまりにも綺麗すぎるお約束のせいで、もれなく頭を抱えてしまったのがカモメの翼だ。お前ら緊張感を投げ捨てるな。

 

「ご想像の通りだと思うし想像しかできないのだけれどそう考えるより仕方のない事実として。この魔術師によって生み出された強力な生命体は、ディーンのことでしょうね。」
「……なんということを。」
「この本は持ち帰った方がいいわね。ヴィアーシーに渡せば役に立つかもしれないし……うん?」

 

いつの間にか、閉じた日記の上に小さな鍵がくっついていた。それを摘み上げ、ラドワはまじまじと観察をする。隠蔽魔法で隠していたのかしら、と呟いてアルザスに投げた。

 

「……俺たちに託す、ということか?」
「そうなんじゃない?誰でも……とは違うわね。あの罠を潜り抜けて、ここまで到達できた実力者だからこそ託す。そういうことでしょう。」

 

それじゃあこの先にいるディーンを止めに行きましょう、と促すラドワ。相変わらず人の心がないため、一切表情が変わらない。
事実を再確認すると、アルザスやカペラ、ゲイルはやるせなさそうにしていた。特にゲイルは、悔しそうに拳を握りしめている。ロゼはいつも通りの表情、だが悔しさを感じているだろう。

 

「……ねぇ、ラドワ。どうして、ラドワは、そんなに平然としていられるんですか……?」

 

震える声が、聞こえた。ロゼが扉に手をかける前に、絞り出されたその声の主を皆が見る。

 

「私は……悔しい、ですよ……悲しいです、よ……一人の子供の命が奪われて、それも人を助けたいと思っていた者が望まぬ禁忌によって……操られて、ですよ……どうして、そう、平然としていられるんですか……!」

 

優しいが故の、怒りだった。
その気持ちは、痛いほど分かる。やるせなさも、よく分かる。
……ラドワを除いては。

 

「別に、適当な人が一人利用されて死んだってだけでしょう?むしろ、赤の他人にも等しい人にどうして涙が流せるのかしら。私としては、あなたのその涙の方が分からないのだけれども。」
「こ、のっ――!!」
「やめろアスティ!」

 

ラドワに拳を振るうアスティを、アルザスが受け止める。傷つけないように、必要以上の力を込めないようにして静止させる。さほど力のないアスティに対し、普段から剣を振るうアルザス。簡単に受け止めることができた。
だが、表情はとても苦し気だった。アスティも、ラドワも、どちらも間違いではない。子供が一人利用され冒涜に捧げられ、心を痛めることは人として当然だ。同時に、ここで感傷に浸らず先に進むことは、最悪の事態を止めるために必要なことで。

 

「あなたは悪魔か何かですか!子供一人利用されたんですよ!?それも、人を助けたかったという思いがあり本望でない魔術師に、ですよ!?どちらもっ……どちらも苦しかった、はずなのに……ねぇ、どうして!あなたはそれでもなお、平気だと言うんですか!!」
「だから言ってるでしょう、ただ一人殺されただけだって!あなたにその子供の心も、魔術師の心も分かるわけ!?死霊術にでも手を出して死人に胸の内を聞いてから言ってくれる!?勝手に分かった気になって同情して、そんなもの私たちの知ったものじゃないでしょう!?」
「それが人の言葉ですか!人の心を知ろうとして何が悪いのですか!確かに死んだ人間は何も語りません、ですが
「やめろ、やめてくれ!今は仲間同士で争っている場合じゃないだろう!?」

 

静止の言葉を、リーダーが吠える。
容易く受け止めたその拳に、もう片方の手を添える。酷く、悲し気な表情だった。

 

「アスティ、分かる、お前の気持ちは痛いほど分かる。……向ける矛先がないことも、手遅れでどうしようもないこのもどかしさも。でも、その感情で足踏みをしていれば、助けられるものも助けられない。どうか、落ち着いてくれ。」
「……、…………」

 

アルザスの言葉を聞いて、拳を下げる。俯いたまま、悲痛な声を、吐き出した。

 

「……分かって、いるんです。ここで嘆いて、どうしようもないってことは。分かっているんです、けれど、悔しくて、悲しくて、なのに、ラドワは一切、表情を変えなくて、いつも通りで……それが、無性に腹が立って。」
「だからどうして?」
「どうしてじゃないわよ妖怪ここに人の心在らず。
 ……まあ、アスティの言い分も最もよ。むしろここで、表情を変えず心を痛めないのは屑か、あるいは……あたしみたいに、感情がないやつか。気にすることないわ、あんたはあんたのその気持ちを大事にしなさい。立ち止まるんじゃなくて、前に動くための感情として。」

 

どっちが正しいというわけではない。あくまで、個々の考え方だ。
ロゼが諭し、他の者たちも首を縦に振る。深呼吸を数回し、心を落ち着け。涙はまだこぼれていたが、それでも再び前を向いた。

 

「……ありがとうございます。もう大丈夫です。
 ―― 止めに行きましょう。これ以上、被害が出るその前に。」
「…………」

 

部屋から出る前、ラドワがぽつり、呟いた。
訳が分からないと。そう、小さく、静かに呟いた。

 

 

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