海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

教会組邂逅話『茨抜く鳥、歌ったならば 第1節 上』

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―『第1節 天使の降臨』― 

 

神の恩恵を授かりたくば生贄を捧げよ。
神の怒りを鎮めるためには生贄を捧げよ。
一の命を犠牲とすることで、多の命を守ろうとする風習。この世界では珍しくはなく、特に閉鎖的で土着信仰が存在する村では時折見受けられた。
最もそれは眉唾ものであったり、他所の村や国からの搾取であったりすることが大半ではあるが。神を装った魔物や悪魔の仕業であり、人々が神だと思い込んで従っている場合もあった。

 

「聞け、この村に住まう民よ。
 我が神の恩恵を授かりたくば、5年に1度生贄を捧げよ。さすればこの地はあらゆる災害や不幸から守られるであろう」

 

それは確かに神であった。
ただし、神としては歪であった。というのもその村の神は、人の信仰を受けた悪魔が神へと転換した存在だった。この世界では神と悪魔は対になる。信仰から生まれ人々を導く者が神であり、破滅へと導く者が悪魔である。
悪魔も本来は信仰から生まれし存在である。善を定義するということは、悪を定義することである。救う存在を定義するということは、救うための要員を成す、人間に災いを齎す存在を定義するということである。
悪魔が要求する生贄を捧げることを要求する、逆に言えば生贄を捧げている限り災いはもたらさない。人間が滅べば悪魔も滅ぶ。故に悪魔は生贄を捧げていれば己の存在する場所を守る。そのような考えが転じ信仰となり、悪魔が神へと昇華する事例を作った。それが、この村であった。
神と悪魔に大差はない。ただ、悪魔は悪と定義づけられているため、人間にとって害を成す要素を組み込まれることが多いだけで。この村の悪魔も例外ではなかった。

 

神に昇華しても、喰らう人間は必要だった。
神格化したところで、本質は変わらなかったのだ。

 

神になった悪魔は生贄こそ必要であったが、その力を持って村に降りかかる災いを退けていた。
神は天使を生み出し、手駒として働かせた。天使は独立した思考や感情こそ持っていたが、『神に仕える者』として従順であった。
神は人が気に入っていたし、守ろうと思った。己を恐ろしいものと捉えられることが少々悲しかったが、それでも守れるのであれば親しくある必要はない。天使もそのように考えていた。


「―― ふふ、人間に生み出された分際で、人間を支配していい気になっていた神様が。いいざまねぇ」

 

悪魔が生まれてから100年経った今。
大都市から外れたところにある、街へ向かう道の途中としてよく利用される小さな村での出来事だった。40人ほどの人口しかないこの村は、何とか生贄のやりくりができているが決して人口が増えることはなかった。ましてやこのような恐ろしい信仰がある土地に他の者を住まわせるわけにもいかなかった。
そうして村の者がついに依頼を出した。この村に住まう神を討伐してほしいと。犠牲の上に成り立つ村を終わりにしてほしいと。村に生きる者らの総意で決まったことだった。反対する者はおらず、依頼を受けた冒険者に協力的だった。
英雄とも呼ばれる冒険者にとって、その神は大して強くもなかった。神の強さは基本的に信仰に依存する。村の神土着信仰で生み出されたにしては強大な存在だったが、それでも冒険者にとっては『その程度』だった。

 

「ふ、はは、我が力を持って繁栄しておきながら……汝らは、我らに恩義ではなく怨恨を返すか」

 

それは最期まで笑っていた。
神というには禍々しく、悪魔というには慈悲に溢れた笑みであった。

 

「『犠牲の上に成り立つ生など、重ねる罪から目を逸らしているだけに過ぎない』。
 村の奴らは口を揃えてこう言っていた。お前は随分人を殺したそうだな」
「はっ……よく言う。他者を殺めてでなければ、生きてゆけぬ生であろう者らが……」

 

急いで駆け寄ろうとする神の僕である天使に対し、神は片手を挙げて静止させる。
片腕は落ち、翼は捥がれ、身には数多の生傷が刻まれ、血を流すそれは、最早神と呼ぶには威厳も風格もなく、息を引き取ろうとする人間と大差なかった。
人型(ひとがた)を作り、そこに宿ることで現世に干渉する神の身体。殺されたとしても、信仰が消えない限り力を持ち蘇る。
最も、向けられる信仰はすでになく、消えることを願われ、いつしか記憶からも失われる。そうなれば、もう二度と存在することはないだろう。

 

「お前たち、我が責務をよく果たしてくれた……最期の命令だ。
 『逃げろ』。我が力が完全に消えるまで、自由を謳歌せよ」
「し、しかし、」
「逃がすわけないでしょう?
 痕跡を残せば、またあなたが復活するかもしれないじゃない。」

 

一人の女冒険者が距離を詰め、得物の短剣を振り上げる。
的確に首を狙った一撃は、主神が庇うように前に立ち、身体で受け止めた。
ぱっ、と鮮血が舞う。

 

「あら、まだ動けたの。」

 

凄いわね、と感心した言葉を漏らして、追撃を行う。
まるで神を冒涜するように、逆さ十字を刻み込んだ。身体がぐらりと地面に崩れ、ついには立ち上がれなくなった。

 

「主様!!」
「いいから、行け! 我らの行いは、無駄であった……ならば、最期は責務から逃れろ。人間に従わず過ごせ、いいな」

 

別の冒険者が矢を放つ。それを主神の炎で燃やし尽くす。
更に別の冒険者がそれぞれ剣と斧が振るう。それを一身で受け止め、時間を稼ぐ。

 

「集団で逃げると一網打尽にされる」

 

十いる天使のうち、茶色の髪と瞳を持った一人が言った。そうしてそれが飛び立つ。残っている天使はそれぞれ顔を一瞬だけ合わせたが、また一人、一人と飛び立った。
その場には、3人ほどの天使が残っていた。最期まで主神に尽くすため、冒険者に歯向かう。

 

「……いいの、見逃して」
「さっきはああ言ったけれども、無理に追う必要はないわ。そもそも主神が死んで信仰もなくなれば、あれらが生きるための力なんてどこにもなくなるわけで。
 放っておけば、勝手に野垂れ死ぬわ」

 

私は殺すのが好きだから、こういう頭の悪い子たちは大歓迎よと。
短剣を彼らの首に滑らせて、一人の冒険者が楽し気に笑った。

 

  ・
  ・

 

日が暮れる頃、飛ぶ力もなくなって、堕ちるようにしてこの街についた。
主神も酷いことを言うものだ。それほど生きられないと知っているくせに逃げろと命令した。
辛うじて動くことはできる。けれど、それすらも力を消費する。飲食は必要としない。必要なものは、魂と信仰。最も、そんなもの得られるはずもない。
村しか知らなかったから、この場所は随分と人が多いと思った。人と会話する気などないから、路地裏と呼ばれる場所に身を潜め、消滅の時を待つ。
不意に、気配を感じた。ボロボロの服を着て座ったまま動かない子供だった。村では見たことがなかったけれど、捨てられたせいで生きて行けず、そのまま衰弱して死ぬしかなくなった人間。
私たちが恩恵を与えるから、このような人間はいなかったのに。いつかあの村も、こうして無意味な死を遂げる人間が出てくるのだろう。
そう考えると、少しだけ心が晴れた。掌を返した自業自得だ、死に絶えてしまえ。人間など、己のことしか考えられぬ醜い生き物など、いなくなってしまえ。
改めて、目の前の子供を見る。そうだ、責務に縛られなくていいのであれば、これだって好きにしていいはずだ。
身を引きずるようにして近づく。顔を上げて、虚ろな瞳でこちらを見る。濁った眼で、生気はなかった。それでも構わない。必要なものは、人間の死であり魂。老若男女問わず、得られる力は基本同じだ。

 

「大丈夫。今、楽にしてあげますからね」

 

この子供は生きて、あと2日。主神の影響からか、生命の死が見えた。死を告げて死を齎し死を回収する。
それが主神から生まれし私たち、告死天使の理。
今日私は初めて自ら人間を喰らった。
独り占めした命は、随分と美味しかった。

 


それからのことは特に考えていなかった。この場からは動かずに、座り込んで壁にもたれ掛かり、空を見上げてぼんやりしているといつの間にか夜になっていた。死を得られたとしても、存在を保つための信仰はどうしようもない。
冷たくなった死体が目の前にある。天使の死は何も残さず消滅する。ならば、消滅までに殺せるだけ殺してしまおうか。この辺りだけでも屍の山を作ろうか。
……彼女と出会ったのは、そんな日の、月の明るい夜のことだった。

 

「あなた、もしかしてこの子のために祈ってくれてるの?」

 

不意に声をかけられた。10歳くらいの幼い子供であった。こげ茶色の長く川のようにさらさらと滑らかな髪の毛で、エメラルドグリーンの瞳が特徴だった。少し厚手の彩度の低い青色のワンピースを着ており、身なりは綺麗で死の気配は一切ない。路地裏で、それもこの時間に遭遇するにはあまりにも似つかわしくないと思った。
同時に天使だから理解する。この子は霊力を持っている。信仰を力にする人間だ。神を利用し、人間の繁栄に使おうとする教徒だろう。

 

「……別に。たまたま、ここに居たので。
 ところであなたのような人がここに来るべきじゃないですよ。殺されますよ」
「う……それはそうなんだけど……不思議な気配があったから、なんだろーって気になっちゃって……こっそり教会を抜け出してきちゃった」

 

わぁ、思ったより大胆な子供だ。
彼女もまた、霊力を使用する身であるから己の正体に気付いているのであろう。力を温存させるため、翼を仕舞い人と変わらぬ姿になっていたとしても、見抜くことができ

 

「お姉さんすごいね! なんだかふわふわーってしてて、ほわほわーってしてるの。それも神父様よりとっても!
 もしかして、路地裏ですっごく徳を積んだ?」

 

て、ない!存在見抜かれてない!
思っている以上に精神年齢が幼い子供なのかもしれない。見抜かれていないのであれば、存在を明かす必要もない。そう判断して、私は特に正体を明かさないことにした。

 

「そういうわけではありませんが。
 こうして死者に祈りを捧げているので、そういった力が身に付いたのかもしれませんね。」

 

ここに潜り込んだのは今日が初めてだ。
聞き込みをされて偽だと判断されると面倒なので、聞きこまれても答えが見つかりづらい回答をする。まあ、殆ど嘘なのだが。
しかしこの言葉に何か引っかかるものがあったのか、うーん?と子供は首を傾げた。

 

「……お姉さん、おうちないの?」
「えぇ、まあ……この時間にここに居る時点でお察しできるかと思いますが」
「何で?」
何で。えぇー……ちょっと子供には難しい理由で、でしょうか……」

 

事情を深く追求してくる。生まれつき孤児で大きくなった、と嘘をつこうか考えたが、そう答えてしまうと保有する霊力に説明がつかない。彼女にとっては、ここにいきなり今日突然不可解な霊力が存在したのだ。その辻褄を合わせなければいけない。
意外と霊力を持っていると見抜かれていることが厄介だった。いっそ明かしてしまった方が楽だったかもしれない。

 

「……分かったわ!」

 

ぱん、と彼女は両手を合わせる。

 

「旅の人なのね!
 泊まるお金も持ち合わせてなかったなんて、大変だったでしょう。よし、私についてきて。お泊りしていっていいから」

 

あっそういう発想になりますか。
大丈夫と伝えようと思ったけれど、はいもいいえも答える隙をもらえず、手を引っ張られて問答無用で教会へと連行された。
教会に向かい、礼拝堂へ入ると顔を真っ青にした神父が出迎えた。そういえば抜け出してきたって言ってたなあ。

 

「テラート! また抜け出したね!?
 夜に一人で街を歩くのは危険だって言ってるだろう!?」
「えぇ、抜け出したわ。だって気になったことがあったのだもの、しょうがないわ」

 

清々しいくらいに開き直ってる。また、と言っている辺り一回や二回ではないのだろう。繰り返し抜け出すと言っているのに抜け出せないようにしない辺り、どこか黙認している部分もある気がする。
教会の中を見渡すと、テラートと呼ばれた子供と神父以外には誰もいなかった。この時間にもなれば、祈りを捧げる者も皆帰るのであろう。
神父は凡そ50代前半といった年齢だ。黒色であった髪は白髪に変わり、恐らく神父としての正装だろう、全体的にゆったりとした法衣を着用している。死の気配はまだ感じない。親子だろうか、とは思ったが親子だというのならば随分と歳の差を感じる。

 

「旅の方が、死した子供の前でお祈りしていたの。
 私たちと志を共にする者ですし、お部屋を貸してあげましょう」
「志を共にしなくともお困りのようであれば貸すけれども……あぁ、準備してくるからテラートはこの人とお話ししておいて」

 

半ばあきらめたように、神父は礼拝堂の奥へと向かう。借りるとも厄介になるとも言ってないんですがね、と心の中で溜息をついた。そもそも旅の者ではない。

 

「旅人さん、お名前は?どうしてこの街に来たの?」
「…………はぁ」

 

無視をしようかと思ったが、私の胸の内などお構いなしにぐいぐいと来る。子供は喋りたがりなので仕方がないのだが、思わず口からため息が出た。あまりにも純粋で人を疑わず、見ていて腹が立ってくる。都合がいい以上に、その身勝手さにお灸を据えてやろう。

 

「あなたは私が祈っているように見えました?
 私があの子を殺したとは考えないのですか?」

 

森の中の泉のようなエメラルドグリーンの瞳が自分を映す。
表情は曇ることなく、怯える様子もなく。んー、とのんきな声を上げた。

 

「それなら、あなたはあの子を殺すことを選んだのね」
「……はい?」
「苦しんでいたから? 未来はないから? 終わらせて楽にしてあげたかったから?
 どんな心であれ、あなたは殺すことを選んだ。あの子は死を願われた。そうして願われた通り、あの子はこの世を去った。それって凄いことじゃない!」

 

……訳が分からない。子供のことが眼中にないのかと思えば、次にはいきなり十字を切って祈り始めた。
そこに憂いの色はない。心から来世を願う祈りだ。見てきた人間は、死を想うとき必ず悲哀の感情が籠る。されどこの者は、どこまでも純粋に死者へ祈る。
それがとても異様なものに見えた。我らに歯向かった、人間らしくないと思ったのだ。
そして、亡き子供の魂が祈られたと同時に違和感を覚える。少しだけ、身体が軽くなった。
考えられることは一つ。

 

「あなた、ここの神を信仰していないのですか!?」

 

祈りがこの教会で祀られる神に向いていない。
あるいは死を肯定するが故……しかしそれでも、信仰する神が存在するのであれば、その神に全て力が捧げられるはずだ。
わ、と小さく声を上げたが、すぐに満面の笑顔で言葉は返ってきた。

 

「信じているわ。神様はいらっしゃる。いつでもどこでも私たちを見守ってくださっている。でも、神様は人間を裁けないの。人間を全てをお救いになられるから。
 だから、私たちが神様の僕として、代わりに人間を裁くの。人間が、人間の心を持って。生死を決めるのは、全て人間の心。私はそう信じてる」
「…………、」

 

とんでもない感情論だ。
つまり殺したいから殺した、と言えば彼女はそれを肯定する。私利私欲に殺したとしても、彼女はそれを赦すだろう。
では悪人を野放しにするのか。尋ねると、それは周囲の人間が悪人の死を願うから悪人は死ぬわ、と答えた。
それは因果応報の言い換えでもある。しかし、このような拙い感情論でそれを唱える者がいるのだと誰が考えられるだろう。

 

「……とんでもない人ですね」
「神父さんにもそう言われた。あんまり分かってもらえないのよねぇ」

 

むう、と頬を膨らませる。表情の1つ1つは幼いというのに、随分と子供らしからぬ考えを説く。
信仰は、確かに主神へと向いているのだろうが。彼女の説く教えは、最早その主神の教えではなく独自のものとなり、もっと広義の神を指している。そして広義であるからこそ主神格たる存在がおらず、その教えを共有できる者がおこぼれとして彼女の信仰を得られる。
これは、利用できる。
目の前の愚かな子供の説く教えを利用し、己のものとできるならば。

 

「ねぇ、テラートでしたっけ」

 

天使である以上、神にはなれぬけれど。
存在を長らえ、私を追いやった人間共へ復讐する時間と力は得られる。人間を食い、人間に死を告げる力を取り戻し、彼らに己の行いが過ちであったと知らしめられる。

 

「私に名前をくれませんか?
 訳ありで、名前を捨てた身なのです。あなたが気に入りました、よければあなたに名前をつけていただきたい。」

 

神は名前を得ることで、存在を確立させる。
本人には自覚がないようだけれども、これで彼女の教えにより生まれた主神が私となる。最も、信仰というより思想であり、彼女は聖北信仰を主とする以上やはり神ほど強い存在にはなれないが。
勿論テラートは断らなかった。何も疑ってこなかった。
いいよ!と元気に答えて、神父が戻ってくる前に私は『ティカ』と名づけられた。

 


―― それは確か、『欠片』という意味を持つ単語だった。

 

 

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