海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_13話『Trinity Cave』(1/2)

※相変わらず緊張感がないよ
※前半はまたうちの世界観説明

 

 

「あ~~つ~~い~~……」
「何なんでしょう、この暑さ……」

 

開幕の緊張感のないカモメの翼たち。つい昨日は寒いくらいの気温だったというのに、突然の猛暑が猛威を振るっていた。
明らかなまでの異常気象。特にカモメの翼にとってはこの異常気象は辛いものがあった。彼らは皆、海竜の呪いを持つ。海竜の呪いが持つ属性により、冷気に対して耐性をもたらすが熱に対してはむしろ弱点とさえなっていた。呪いが持つ属性と同一のものは耐性になるが、属性の適正が皆無になってしまったものは、その属性に対する抵抗力も奪われるということ。
更に皆北方の出身のため、冬の厳しさに慣れているものの夏の暑さには弱かった。その関係もあり、もれなく全員が夏バテ状態とも言える状況だった。

 

「お前ら~、熱いからってダレすぎだぞ~~~……仕事しろ~……」
「親父だって……充分……ダレ…て……」

 

一番辛そうにしていたのはアルザスだった。カウンターに突っ伏し、声を上げるがツッコミに覇気がない。蚊の飛ぶような音しか声が出ていないのだ。
彼はシーエルフ、魔力を内包し精霊と共に生きる種族。常日頃魔力を保有する彼らは、魔力と生命力がリンクしていた。魔力が減れば減るほど、彼らは弱り果てる。しかも北方の、寒い海に住むシーエルフは熱の耐性が皆無で、常に体温は低くなければならない。体温が高まるとそれを冷やすために魔力を消費するため、一刻も早くこの暑さが過ぎ去らなければもれなくアルザスは死ぬ。
他の者らは、せいぜい呪いが機能しづらいことくらいしか問題はないだろう。あとは暑さによる行動力の低下と。

 

「……でも、なんでこうも突然猛暑になったのかしら。昨日まではむしろ少し寒いくらいで突然のこれよ。」
「しょーじき身が持たないよね……アルアルは特に。今にも死にそうだよ。」

 

ちらり、カペラはアルザスを見る。まな板の上の鯉もびっくりするくらいには弱り果てている。
流石に死活問題すぎるので、どうにかしたいところなのだが。天災だからどうしようもないよなぁと諦めようとしたところに、亭主が何かを思い出したらしく、話を振ってきた。

 

「そうだ、それなら丁度いい依頼があるぞ。天気を研究している博士からだ。」
「は、博士ですか!?なぜそのような偉い方がこのような宿に!?」
「おいアスティまるで釣り合わないって言いたそうだな?……まあ、確かにちょっとばかり人間として危ないかもしれないが。
 前々から相談はされてたんでな、もうすぐここに来ると思うぞ。」
「人間として危ない人なら……」
「ここにもいるわよねぇ。」

 

アスティとロゼは、ちらりとラドワとゲイルを見る。もう散々言われているが、人として危ない者が2人も、3分の1が危ない人のこのカモメの翼では、かなり些細なことのように思える。

 

「すみませーん……」
「ほら、早速来たぞ。彼がそうだ。
 ……こっちへどうぞ、博士。丁度依頼の話をしていたんだ。」

 

噂をすればなんとやら。眼鏡をかけ、白衣を着た黒髪の男性がカウンターまでやってくる。その見た目はなるほど、確かに研究者らしい外見であると言えるだろう。同時にこういった者はこぞって変人であることが多いが果たして。

 

「すませんねーどうも……初めまして、冒険者の皆さん。私はお天気研究所所長のパスカルと言います。気軽に『所長(はぁと)』と呼んでください。」
「…………」
「…………」

 

ツッコミ役が死んでいる。
誰も何も返さない。気まずい空気。凍り付く時間。しかし空気はただただ暑い。
これは重症だ。そう思いながらごほん、と咳払いをして、代わりにアスティが受け答えをする。

 

「それで、依頼というのはどのようなものなのでしょうか?
 受けるかどうかは決めていませんが、話は聞いておきたいです。」
「えぇ、私、天気と精霊の関係を調べているところでしてね……ここ暫くの異常気象は、精霊に何か異変が起きたのでは、と思ったのですよ。」
「天気と精霊に関係なんてあるのですか?知りませんでした……」
「この世界にある全ての物には、精霊が宿っています。そのバランスにより天候も左右される精霊力の調和が崩れることにより、悪天候が続くことは十分考えられ、これは深く研究するに値する――……」

 

あっ、これは長い話だ。ほらー研究者ってすーぐこういった長話をするーーー。
何やら難しい話をしだしたので、隣でラドワが簡単に補足説明をする。

 

「考え方や宗派であれこれ変わってくるから、ごく一般に、一番広く支持されてる考え方を簡潔にまとめると。
 精霊が天気と関係性があることは間違いないわ。例えば極端な話、雨の多い地方は水の精霊ウンディーネが多いし、そこにウンディーネに負けないくらいに火の精霊サラマンダーを連れてくると雨が上がったりする。とはいえ、その地域特有の魔力や地脈なんかがあるから、一概にこの通りだとは言えないわ。
 精霊と天気には関係性があり、精霊の影響で今起きてるような異常気象は起こりえる。とりあえずこれだけ抑えておいて。」

 

なるほど、とカモメの一同は納得する。精霊は同一属性の魔力が存在する箇所に発生する性質を持つ。そのため、同一属性の魔力がない場所に精霊を呼ぶとなると召喚術に頼ることになるし、呼び出した精霊を同一魔力のない場に留めておくということは難しい。この世界には、そのようにできているらしい。
なおパスカルはまだぺらぺらとしゃべっている。流石に長いし誰も聞いていないので、さっさと具体的な依頼内容を要求する。喋りたりなさそうな表情をされたが、仕事の話に戻ってもらった。

 

「皆さんには、研究所の近くにある『精霊窟(せいれいくつ)』の1つに行ってもらいます。
 精霊窟とは精霊界とこの世界を繋ぐゲートがある場所のこと。召喚魔法は無理やりゲートを開く魔法ですが、自然の精霊はこの精霊窟から出入りしています。恐らく何らかの原因で、精霊窟かゲートに問題が発生し、精霊のバランスが崩れていると考えています。なので、見てきてください。」
「精霊界……精霊窟……初めて聞きますが……ラドワ、知っていますか?」

 

全員がラドワの方を見る。少々難しい表情をしていたが、やがて口を開いて説明をする。

 

「そうね、一般的な名称や考え方じゃないわ。ただ、精霊は神様レベルで色んな考え方をされているから正誤は断言できないわ。
 精霊の召喚の精霊は別世界から呼び出しているか、同世界の存在を呼び出しているのか。呼び出す際の通路はどこからどうつながっているのか、それとも新たに作り上げているのか。……まあ、どの部分を取っても不可解で謎が深いのよね。一般的には同一世界の精霊を転移魔法で呼び寄せ、同質の魔力を餌にその場に留めるというものだけれど。」

 

実際に精霊窟や精霊世界なんてものがあるならこの考え方は違うし、かといってこのやり方でも精霊を呼び出せるから問題にもならないのよね、と肩を竦める。結局はやりやすい方法で精霊と関わればいいということなのだろう。

 

「よーは洞窟探検すりゃいーってことなんだよな。危険はあんのか?」
「そうなりますね。洞窟と言っても、大昔に精霊を祭っていた部族の遺した遺跡で、色々な仕掛け等もありますが……危険なことと言えば、狂った精霊に襲われるかもしれないってことぐらいでしょうか。」
「それさらっと言うことじゃありませんよね!?相手は精霊でしょう!?武器とか魔法とか効くんですか!?」
「属性に気を付ければ効くわよ。ただ、狂って暴れてるやつが相手になるとやっかいよ。魔力体そのものの暴力を受けることになるから、割と殺されかねたりするわ。
 あと個人的には血が流れないし精霊は消えても死ぬことはないから、個人的にはすごく気の乗らない相手だわ。」

 

気の乗る乗らないの問題なのだろうか。割とやばい話のような気がするのだけれど大丈夫なのだろうか。
ゲイルのみやる気だが、他の面々はあまり乗り気ではなさそうだ。とはいえ、この異常気象が長く続けばうちに関しては死人が出てもおかしくないわけで。アから始まってスで終わる人のことなんだけど。

 

「出入口の封印はしっかり確認してあるので、中には魔物も出ません。ゲート付近だけ気を付けていれば……お宝が手に入るかも?
 中で見つけた物の内、研究と関係無さそうな物は全てあなた方に差し上げます。モチロン成功すれば報酬もたーんまりと……」
「へぇ、いくらくれるのかしら?」
「1人につき500sp。破格のお値段だと思いますが……?」

 

1人につき500sp。つまり、6人になると。

 

「3000sp!!」
「うーん美味しすぎて裏があるようにしか見えないわね。」
「というか絶対裏あるよねこれ。」
「やだなー、裏なんてありませんよー。」

 

嘘くさい。しかし、カモメの翼としては報酬の話以上にこの依頼はさっさと受けてさっさと解決したいところだった。このまま放っておいて異常気象がずっと続けば確実にシーエルフは南無三するわけで。そうでなくても、北方出身の集うカモメの翼にとって、報酬以上に暑さがどうにかできるのはこの上なくありがたいことなわけで。

 

「……アルザス君、この依頼受けようと思うのだけれど動ける?というか動いてもらわなければ困るのだけれど。500spはおっきい。」
「……俺の心配じゃなくて……金の心配かよ……いや、受ける、けど……この暑さがなんとかなるんなら……いや、なんとかしなきゃ……俺が……死ぬ……」

 

一切の冗談がここに含まれていないから恐ろしい。カモメの翼は互いに見合わせ、こくりと頷いた。

 

「そうですか、それはありがたい。
 それではこれが目的地までの地図、馬車で1日程度のところです。調査が終わったら親父さんづてに連絡をください。またこちらに来ますよ。あぁそれから、あまり帰りが遅いと思いましたらこちらの方から別の冒険者を雇うと思いますのでー。」
「鬼ですか。……よし、さっそく準備をして行きましょう。アルザス、もう暫くの辛抱ですから頑張ってくださいね。」
「というか一人で立てる?」
「……なん、とか……」

 

けだるそうに立ち上がる。ふらふらとしていて危なっかしいし、いつ倒れるかもわかったものじゃない。そんな状態だ。
アスティはそんなアルザスの腕を己の肩に回し、意地でも頼らせる。休ませてあげたいことは山々だが、本格的に魔力の消耗が激しくなったときに対処できるのは残りの仲間だ。今は別行動の方がリスクがある。
行ってきます、と準備を終えるなりカモメの翼は宿を飛び出していく。それを亭主と依頼人は見送り、互いに扉を見つめたまま語る。

 

「……しかし本当に、あいつらで大丈夫かね?元気だけが取り柄だが……」
「さぁ?運が良かったら英雄、悪かったら帰ってこない……冒険者とはそんなもんだと私は思っていましたが?」
「帰って来なかった奴もいるのか?今回が一度目じゃないんだろう?」
「えぇ、山のように……今も、昔もね。精霊は普通の魔物じゃない。親父さんも知っているでしょう?」
「そうだったな……だがどうしてそんなお前はまだ、精霊の研究なんてしてるんだ?冒険者だった頃から偏屈だったが、天気との関係なんて今更……」

 

扉は、見つめたまま。パスカルは、その言葉にふっと鼻で笑い、嘲笑のような、侮蔑のような、そんな笑みをこぼす。それが誰に向けられたものかはわからない。

 

「さぁ、どうしてでしょうね……本当はどうでもいいんでしょうが、そう割り切れない部分もあって。
 ……きっと私はまだ、諦めきれてないんでしょう。仲間を奪った精霊が起こす事件を見逃したくないんです。」
「その為なら他の冒険者が何人帰って来なくとも構わないって言うのか?矛盾しとらんか、それ?」
「全て理詰めではいきません。本当は博士や所長なんて肩書も、勝手につけられただけ。
 ……論理なんて何もない、それが私ですよ。」

 

ここでようやく亭主の方を向く。久々にエールを一杯お願いします、とカウンターに腰掛けた。それにため息をつきながらも、久々に来たんだからゆっくりしていけと準備をする。酒を注いでパスカルの前に差し出し、それから。

 

「あいつらなら、絶対無事に帰ってくるだろうからな。」

 

もう一度だけ、扉の向こう側を見やった。

 

  ・
  ・

 

カモメの翼は依頼人から受け取った地図を頼りに精霊窟に向かった。特に道に迷うことなくたどり着き、大したトラブルも起きなかった。
中に入ってみると、特に何も変わったことはない、ただの洞窟だ。しかし入ってすぐに扉があり、人の手が入っていることは明らかだった。

 

「話にゃ聞いてたけど魔物の気配はねーなぁ。つまんねぇの。」
「残念がらないでくれ……正直不要な戦闘は極力回避するくらいのつもりでいてくれ。頼むから。俺が死にかねない。」

 

どういう原理かは分からないが、アスティの肩を借りているアルザスは宿を出る前より少々元気であった。大丈夫になったかと思い離れると、数時間もすればあの調子になってしまったので今でもアスティの肩を借りている。
好きな人パワー?と揶揄いたいところだが、それで恥ずかしがって熱暴走を起こせば本格的に倒れかねない。そうなると純粋に人手が減るしシーエルフの面倒も見なくてはいけなくなるので、それは大変面倒くさい。というわけで、皆は珍しく空気を読んだ。面倒と面白いを天秤にかけて面倒が勝ったとも言う。

 

「それじゃ、いつものようにあたしが先頭で探索ね。何か面白いものがあるなら張り切れるのだけれども。」

 

軽口を叩いて、入り口に入ってすぐ右手に進んでいく。何もない通路が続いている、かと思いきやそのようなことはなく。何かに気が付いて、ロゼはさっそく立ち止まった。

 

「ん?ちょっと待って。
 ……この壁、何かありそうな気が……具体的に何があるかまでは分からないのだけど……」

 

何かがおかしい。それは分かるのだが、それ以上のことは分からない。
気になって他の仲間にも見せる。が、やはりただの壁だ。

 

「なんだ?何もないが……」
「なんの変哲もないただの壁だよねー。ほんとに何かあるのかな?」
「……いえ、ロゼの見解は間違いじゃないわよ。
 壁に魔力が集中しているわ。代わって、調べてみる。」

 

唯一、ラドワだけはその正体が分かったらしい。壁に近づき、触れてみる。
よく見ると、魔力によって古代魔法文字が描かれていた。魔力による文字などラドワにしか見えなければ、古代魔法文字もラドワにしかわからない。目を瞑り、集中して一つ一つ解読してゆく。

 

「『我、全てを焼き尽くす者。我、全てを罰する者。その名は灼熱の却火――』」

 

詠唱にも似た文章。それを読み終えると辺りに魔力が充満しはじめ、アルザスやアスティ、カペラにも分かる力の暴力と化す。
壁に集中し、それは、

 

「皆離れて!壁が吹き飛ぶわよ!」
「え、えっ、ええぇっ!?」

 

ラドワの言葉通り、魔力の爆弾となりて突然爆発する。
砂埃にむせ返りながら、落ち着いたころに目を開けると……そこにはぽっかり、穴が開いていた。

 

「突然の爆発なんて趣味が悪いわね。……爆死は結構好きな殺し方だけど。」
「誰もあんたの趣味なんて聞いてないから。にしても……壁に、穴……」

 

開いた穴をロゼとラドワで調べていく。先は暗く、明かりを翳してもその先は見えない。ロゼは自分は特に何も分からない、と伝えるようにラドワの方を見た。穴をじっと見て、それから手を翳してからぽつぽつと話していく。

 

「……どこかにつながっていることは間違いないわ。場所はこの精霊窟の中ね。安全であることは保障するわ。」
「転移術みたいな仕組みがあるのかしら。安全だっていうんなら、行ってみてもいいかもしれないわね。」

 

どうする?とアルザスの方を見る。しばし悩んでから、こくりと首を縦に振った。

 

「行ってみよう。何か扉を開ける手がかりになるかもしれない。」
「えぇ、分かったわ。それじゃ、気を付けてあたしについてきてね。移動先が地上なだけで精霊が突然襲ってきた、なんて展開もあり得るかもしれないから。」
「あ、それはあり得るわよ。入って即死はあり得ない、ってことしか約束はできないもの。」
「……おーけー分かった、全力で警戒する。」

 

カモメの翼は洞窟へとぞろぞろ入る。転移した先は洞窟のどこか、なのだろう。分かることは先ほどと同じような曲がり角に飛ばされる、ということだ。
風景としては入ってすぐの曲がり角と大差ない。壁を調べて、ロゼはふむ、と声を上げた。

 

「ここも、何かあるわ。さっきみたいな仕掛けがあるかもしれない。」
「……えぇ、同じような仕掛けね。任せて、私が読むわ。」

 

同じく、魔力が集中している箇所を見つける。ラドワは、先ほどと同じように魔力による文字を読み上げていった。

 


―― 『我、全てを押し流す者。我、全てを赦す者。その名は極寒の流水――』
―― 『我、全てを吹き飛ばす者。我、全てを消去する者。その名は刹那の疾風――』
―― 『我、全てを受け入れる者。我、全てを育む者。その名は堅牢の大地――』

 


「……ん、ここは……穴が開いている、ってことは最初に戻ってきたのね。」

 

同じような仕掛けは最初の穴をくぐってから3つあり、穴の数は全部で4つ。それから洞窟内をぐるっと歩いて、洞窟内はぐるり、円形に続いていることが分かった。
精霊に出会うこともなければ魔物も出てこない。また、改めて探索を行って気が付いたが、穴の上にはそれぞれ『業火』『流水』『疾風』『大地』と書かれていた。火に入れば水に、水に入れば風に……と、決まった穴の前に転移するようだ。

 

「火から水、水から風、風から土、土から火。『円環』じゃない方の並びになっているのね、ここ。これは『変移』の方だわ。」
「円環?変移?なんだそりゃ?」
「4属性の考え方よ。一般的には円環……火、水、土、風を円にして考えるの。これの反時計回りがそれぞれ優位を示すことができる属性。水は火を消して、火は風を滅し、風は土を穿ち、土は水を覆う。属性の相性を考えるのに都合がいいからこの並びをしていて、こっちの方は後から生まれた考え方なの。魔法を習う際に分かりやすいようにね。
 変移の方は、それよりも前に生まれた考え方。命の火が生まれ、水を得て生き、やがて死して風と共に風化し、いつしか土に還る。まあ、こっちの考え方は宗教に近い考え方なのだけれどもね。」

 

へぇ、と皆は今知った顔をする。かなり基礎知識であるがために、ラドワは軽い頭痛を覚えた。この女に頭痛を覚えさせるなんて大したものだ。
が、あぁ、とここで納得する。地方的な考え方から、前者はともかく後者を耳にすることはまずあり得ないのだ。というのも。

 

「……あぁそっか。ウィズィーラって、死した者は海に還る、海は全ての母である、って考え方が根付いてたわね。近辺の村も、その考え方をしてたっけ。となると、後者の考え方は排他的に扱われるわよね。」
「排他的かどうかは分からないが……少なくとも俺は聞いたことがないな。
 『万物の生命は海より生まれ出て、死した魂は海に還る。海は万物の母であり、我々は海への感謝を忘れてはならない』。これが、俺の街での教えだ。海に還すために、死した命は海に還す。……これが普通じゃないのか?」
「それが違うのよ、むしろ地方特有の少数意見よ、それ。この辺だと火葬や土葬が一般的よ。死んだら死体を燃やして埋めるの。」
「えっ、野蛮だな!?というか死んで土に埋めたら海に魂が還らないじゃないか、永遠に地に魂が縛り付けられるだろ!?」
「あなた結構がっつりその考え方信じてるのね……だからそれは少数意見で
「えっ、言われてないんですか!?」
「アスティちゃんもかーーーーー」

 

はぁーーー、と大きなため息をつく。頭を抱えている。珍しい。あのラドワという屑が困っている。大変珍しい。そういえばヒバリ村で墓石という比喩があんまりピンと来てなかったなぁこの子たち、とふと思い出した。
ロゼとカペラとゲイルは冒険者を初めて埋葬文化を知ったそうだ。また、ロゼとラドワとゲイルはあまり宗教といったものを信じていない。そのため、『土葬という文化が一般的。アンデッド対策に燃やす』という『この辺りの習わし』として受け止めているのだろう。

 

「というわけで、アルザス君とアスティちゃんは土葬と火葬の文化を覚えておくように。その考え方を捨てろ、とは言わないけれどいちいち解説していたらキリがないもの。後は話の祖語が出ることもあるかもしれないからお願いよ?」
「……分かった、それがこの辺りの風習であって考え方、ってことで覚えておく。」

 

生死観を改めろ、とは誰も言わなかった。少数意見であるし、田舎の風習のようなものだ。聖北が弾圧するようなこともないだろう。静かに信じられている、とある北海に生きる者の習わし。それ以上になることはきっと、ない。

 

「思ったんだけど、それならアスティはあたし達の出身の周辺に生きてたって考えて間違いなさそうよね。アルザスと同じく、海に還る習わしを心から信じてるみたいだし。」
「え……あ、そうか、これが一般的でない、ということでしたら必然的にそうなりますよね。うーん……」

 

そう考えるのが筋であることはアスティも分かっている。しかし、腑に落ちない表情を浮かべていた。
気になったことがあるなら言ってみてくれ、とアルザスが促す。暫く言葉がまとまらず考えていたが、たどたどしく口が開いた。

 

「その、上手くは言えないんですが。習わし、に思えないんですよ。なんといいますか……それが事実であり揺るぎない、と考えてしまうといいますか。知っている、といいますか……その、海に魂が還ることを、そして海から新たに生命が生まれることも、知っている……そんな感じがするんです。」
「ふぅん?……そこまで行ったら狂信者って受け止められそうだけど。」
「違いますよそういうのじゃないですよ!?……多分。」

 

自身が無さそうに付け加える。他の考え方を突き放すというわけではなく、自分にとってはこの考え方を信じて疑うことができない、ということなのだろう。
彼女にとっての海に魂が還る話、還海論は1足す1が2になる、と同じなのだ。それを疑わず、一つの事実として彼女の中で確立されていた。

 

アルザス君のそこまで還海論を信じる理由は?」
「なんかこれが一般的じゃない扱いを受けるのは凄く解せないんだが……俺は元々そう教えられてきたし、長の教えでも騎士団の中でも、街の中でも……というより国の習わしじゃないのかこれ。」
「まあ、そうと言えばそうなのだけれども。北海地方の国の習わしなのだけれど、あまりにも公に掲げると聖北に異端視されてしまう。だから国の習わしじゃなくて、地域的なものとして細々と信じられるようになった。」

 

推測部分が実は強いのだけれどね、と肩を竦める。というのも、自分たちが居た国の文献が滅多に見つからないらしい。そう断言できるものが実はないから、最も妥当で納得が行く推測を立てたそうだ。

 

「……と、まあお勉強会はざっくりこんな感じ。属性の話とこの辺りの一般的な葬儀法は覚えておくように。」
「解説お疲れ様。あたしも冒険者始めたときに、あんたにそのあたりのこと教えてもらったなぁ。」
「完全に他人事ね。で、あなたはそれは何を持ってるの?」

 

ロゼは事前にラドワから講習を受けたことがあった分、特に改めて聞くものでもないと思っていたようであちこち何か落ちていないかを探し回っていた。先頭から大きく外れて、ということはしなかったが、手には何か得たいの知れないものが握られていた。

 

「いや、なんか落ちてて拾ったんだけど……何かしらねこれ?」

 

手を広げ、仲間に見せる。何やら焔のようなしっぽのようなものがぴくぴくと動いている。
正直気持ち悪い。めちゃくちゃ気持ち悪い。耳を切り落とされて地面に落ちてぴくぴく動いていた星座の戦士のお話を思い出すくらいにぞっとするものがある。

 

「なんですかこれ!?すごい気持ち悪いんですが!?やだぁあああああなんかまだ生きてる感じが凄くいやぁああああああ!!」
「あ、それ多分『火トカゲの尾』じゃないかしら。サラマンダーの尻尾。何かに使えるかもしれないし、持って帰りましょう。」
「正気ですか!?そんなナマモノ持って帰るんですか!?それどうするんですか!?」
「大丈夫よ精霊は生き物じゃないから。ナマモノじゃないわ。」
「そういう問題じゃなぁあああああい!!」
「あ、むしろナマモノはこっちね。」

 

突然荷物袋をごそごそし、取り出したのはなんと生焼けのお肉。しかも骨がついた漫画でよく見るアレだ。
なんで?どうしてそんなものがあるの?尋ねても落ちていたと、その通りなんだけどそういうことじゃないという返答しか寄越さない。というかどうして拾ってしまったのか。何で持ち帰ろうと思ってしまったのか。

 

「後の収穫は鉱石ね。いくつか拾えたからいい収入になるんじゃないかしら。」
「鉱石……って、んな高ぇ値で売れんのか?」
「確か鉱石を探してる、って人は聞いたことがある気がするわ。そこに持っていったらロゼの言う通り、美味しい収入になると思うわよ。……ただね。」

 

荷物袋をラドワも確認し。いくつか拾った、と聞いたので2つ3つほど金鉱石でも見つかったのだろうかと思いきや。

 

なんで7つも鉱石が入ってるの?しかも碧曜石とか黒曜石とか珍しいものが2つ3つ入ってるのは何?
「いや……あったから……」
あった???こんなに???鉱石が???こんな数???自由なの???この洞窟なんでもありなの???バカなの???流石に騙されてない???大丈夫???

 

そう、すでに。
荷物袋にはざっと10000sp分くらいの収集物が詰め込まれていたのだ。他の者はあまり価値を理解していないようだが、鉱石を引き取ってくれる者が掲示した金額をなまじ知っているだけに、ラドワは卒倒しそうになっていた。

 

「……本当に頭痛くなってきた。」
「あのラドワが……こんなに悩んでいるのを見る日が来るなんて……」
「あの自由奔放で対生物兵器で血も涙もなくて悪魔で畜生で人の心をしていなくて人の血と不幸で飯が上手くて人としてどうしようもなくダメな人がこんなにも頭を悩まされるなんて……」
「あのね頭痛の原因あなた2人にもあるってこと忘れないでちょうだい?」
「これがいつもの俺の苦労だ、たまにはお前も味わえ。」

 

あまりにも珍しすぎる光景が広がっている。あのラドワを、アルザスとアスティとロゼが振り回しているのだ。ロゼはともかくとして、アルザスとアスティが振り回している。
道理で異常気象が起きるわけですね本当にありがとうございました。そろそろ天変地異が起きてもおかしくないんじゃないかな。
そんな不安をこっそりカペラは抱きながら、このまま洞窟の探索を続けた。

 

 

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