海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_11話『勇者と魔王と聖剣と』(2/3)

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階段を降りた先は、一面に薄い霧の立ち込めた遺跡だった。視界の妨げになるほど濃くはないが、道の奥は乳白色にけぶっていて、先を見通すことはできなかった。
慎重に探索をしながら遺跡調査を行っていく。大した罠はなく、入り口に侵入対策用の罠と鍵が仕掛けられているくらいだった。見つかるものも大したものは特にない。
しいていうならば、時々アルファベットが刻まれている壁を発見したくらいか。かなり深くまで潜る間に、5つ見つけることができた。だが、それ以外は特に面白いものは見つからない。せいぜいラットやパイソンだ。

 

「うーん。何にもないわね、この遺跡。」
「なんかお菓子が出てきたり、明らかにやばそーな鎧が出てきたりね。平和に越したことはないよねー。」

 

ぽりぽりと、遺跡の中で見つかった賞味期限∞のハトサプレを食べながらロゼを戦闘に進んでいく。こんなに緊張感がない冒険者はあるだろうか。こいつらピクニックと勘違いしてないか?

 

「ところでこの鎧どーすんの?誰が着るの?」
「え、それは着る前提なの?というかこれ着るの?着たくないんだけど?」
「そもそも誰もうち、鎧なんて着てないし……売却でいいんじゃないこれ?」

 

鎧の処遇について、あれこれ雑談を交わす。依頼主に渡さずに持って帰る気満々というあんまりなことになっているのだがいいのだろうか。何も言われない辺りいいんだろうなぁ。
この鎧、探索を続ける途中で見つけたものなのだが、使用すると触手がうにゅるうにゅると出てきて阿鼻叫喚となる呪われた産物だった。かつての勇者が装備していた、という話だがどう見ても呪いのアイテム。使うメリットが分からない。
鎧は売却でいいか、という話がまとまりつつある中、カペラだけが待ったの声を上げる。

 

「ねぇ皆。ほんとにそれ売却しちゃうの?」
「いやだってどう見たってゴm……ごほん、気味悪い鎧じゃない。むしろ何に使うのよこれ。」
「例えばアスアスに向かってこれを使用する。すると触手が伸びて、アスアスに絡みつく。」
「え……え?え?」

 

突然生贄に捧げられるアスティ。さながら混乱カードを引き当ててしまったときのように訳が分からなくなって困惑していた。
が、おかまいなしにカペラは力説する。それはもうぐっ、と拳を作って、

 

「するとどうだろう。美少女が触手に襲われるという、一部の業界で大変美味しい絵が完成する!

 

触手プレイという、特殊性癖の中ではまだハードルが低めな、けれど確実に一般受けはしない事案を提案しやがった。

 

「なるほどカペラ君天才ね!!」
「誰が天才だ誰が!!させないからな、アスティにそんなこと絶っっっ対させないから!!」
「え、別にアルアルでもいいよ?ってか多分需要あるよ、美青年の触手絡め。」
「需要とかそういう問題じゃなっ……ってか嫌だ!そんな需要は嫌だ一体誰が得するんだそんな絵ーーー!!」

 

悲惨すぎる話題だ。被害者になったアルザスとアスティは必死に首を横に振るが、ロゼとラドワとカペラはちょっとしたお小遣い稼ぎができそうだなぁって悪い考えを練り練りしていく。利用できるものは利用する。そう、たとえそれが仲間であったとしても!
なおゲイルはちょっと特殊プレイすぎてピンと来ていないらしい。首を傾げている。

 

「実際需要はあるものね、触手に襲われる美女に美男子。ちょっと体張って見世物になる気はない?貞操を奪われるだけで大儲けよ。
「しない、しーなーいー!というかお前ら、何で仲間を使って商売を考えてるんだ俺たちを売るな!人権を!寄越せ!俺たちだって人だぞ!!」
「そうですー私たちにだって拒否権はあります、というか貞操奪われるとか大惨事じゃないですか!もうこの鎧は売りますからね、売り飛ばしますからね!」

 

というわけで、歩きながら呪われた触手鎧の処遇が決まった。さらば鎧よ。銀貨となりて、カモメ達を助け給へ。
しかしこの会話、ばっちりがっつり依頼人に聞かれているわけで。流石にあんまりにもあんまりな内容だったので口を挟まず、何も聞かなかったことにしていたそうな。この依頼人空気が読める。
そんな緊張感のないまま探索を続けていると、カモメの翼は遺跡の最奥部にたどり着く。一つの扉と石碑を交互に見つめてから、ロゼは首を捻りながら扉を調べる。やがて気が付いたように表情がやや変わり、

 

「そうか、何か違和感を感じると思ったら。この扉、鍵穴がないのよ。」
「えぇっ、じゃあどうやってこの先に進めばいいんですか?」

 

慌てる依頼人だが、カモメの翼たちは特にそんな様子は見せなかった。こういう場合の扉の鍵は大方決まっている。

 

「扉の横に、文字の刻まれたスイッチみたいなものが並んでるのよ。正しい文字の組み合わせを入力することで、扉が開く仕組みなんだと思うわ。」

 

ちょいちょい、とロゼはラドワを手招きする。こういう謎解きになると、このチームの残虐担当兼参謀の彼女の出番だ。
ロゼの隣に並び、スイッチを調べる。それから扉と石碑を調べ、ふむと声を漏らした。

「扉を開く合言葉はアルファベット5文字で表記できるようね。それから石碑の言葉、これがヒントになっていることに違いないわ。」

 

過ぎし道に残されし欠片を繋ぎ、扉を開く『言葉』と成せ
石碑に刻まれた文字を読み上げる。それから殆ど間髪入れずに続きを説明する。

 

「さて、バカみたいな雑談を交わしながら歩いた道だけど、壁に文字が刻まれてあったわよね。過ぎし道に残され市し欠片。つまりこれは、ここに来るまでの道、過ぎし道。壁に刻まれたアルファベット、残されし欠片を並べ替えることによって生まれる単語で道が開かれる、ということね。」

 

見つかった文字は『S』『R』『O』『D』『W』の5つ。
問題は、その言葉が何かということだ。これを並び替えて出来上がる言葉はかなり限られているように思えるが。
ここで、大変性格の悪いラドワは、

 

「じゃ、皆頑張って。」
「は?いやいや何言ってんだよラドワ、てめぇの見せ場だろここ、何でてめぇが清々しい顔しながら降りようとしてんだよ。」
「え、いやだって、こういうの簡単に答えちゃったら面白くないじゃない。あ、私はもう答えが出たから、皆頑張って?」
「こ、この女ーーー!!」

 

時間に猶予がないわけじゃないが、あんまりのんびりもしていられない。いつ次魔王が襲撃してくるか分からないのにこの女、大変性格が悪い。
流石にそのことは分かっているので、あんまりにも手詰まりになったら答えを示すのだろうが。それにしたってここで勿体ぶるのは鬼畜の所業だ。

 

「え、何?もしかして私がいないとそんな簡単なリドルも解けないって言うの?カモメの翼の知力ってそんなものなの?あははまさかー、そんなわけないわよねー、私レベルとはいかなくても、せめて普通の人よりかは賢くあってほしいわよねー?」
「お前本当に性格悪いな!最近人の心が見え始めたとか思って損した!」

 

大き目のため息をついて、アルザス達は考える。何かヒントや合言葉になりそうなものがないかを思い返して、ロゼが気が付いた。

 

「この遺跡に眠っているものは聖剣。剣。つまり、合言葉は『SWORD』よ!」
「はいはずれ。」

 

入力するより先にラドワがほほ笑む。
それはもう面白いものを見るような目でロゼを見てにこにこしている。

 

「あんたなます切りにされたいわけ?今ならフリューゲルの餌にしてあげるけど?」
「やーんロゼったらこわーい。ぼーりょくはんたーい。」
「暴力反対って言うならその調子に乗った態度をどうにかしてくんないかしら?じゃなきゃあたしそろそろうっかり手が滑りそうよ?」

 

無表情で短剣を取り出す。きゃーーーと、ラドワは相変わらず調子に乗った笑い声を上げるが、そろそろぶっ刺されそうと思ったらしく助け船を出した。

 

「求めているものは『言葉』なのよ。『言葉』は一つじゃないわ。」
「……は?他に意味があるってこと?それとも複数個入力しろってこと?」
「前者、であるともいえるけどそういう意味じゃないわねぇ。」

 

あっ、ほんとに楽しそう。めちゃくちゃ楽しそう。
どういうことだろう、と言いながらロゼは再び悩み始める。

 

「的確にラドワをぶち抜くような暗号だったらよかったのに。」
「それは合言葉というか呪文ね。というか普通に私刺されたら死ぬってこと忘れないでちょうだいよ?」
「分かった上で言ってんのよ畜生家出娘。」

 

再度ラドワを除く全員で悩み始める。アルザスやアスティは頭は悪くないが素直で捻くれた考えができないため、リドルを解くことは不得手である。ゲイルはそもそも脳みそが筋肉なので論外。
ロゼとカペラは互いに捻くれた考え方ができ、頭を使うことは苦手ではない。なので、ラドワの次に適していると言えるだろう。どちらの方が上かと問われると、問いかけの内容によって差が出てくるので優劣は付けづらい。

 

「……あ!!」

 

ぽんっと手を打ったのはカペラだった。
捻くれた答えほどロゼが得意で、率直な答えほどカペラが得意とする。そして、今回は言葉の問いかけである。よって、普段から言葉に触れるカペラの方が軍配が上がったようだ。

 

「そっか。『言葉』を示して、『言葉』は一つだけじゃないんだ。つまり……『WORDS』、そのまんま、『言葉』なんだ!
「!!そっか、言葉の複数形!!」

 

言葉は一つではない。それは、示す『言葉』を複数形にせよ、という意味。
正解、とぱちぱちラドワが拍手を送る。試しにカペラがその通りにスイッチを入力してみると、かちゃりと扉の鍵が開く音がした。どうやら、リドルは本当にこれで解けたようだ。

 

「やったーーー!!僕解けたよ!!」
「おめでとうカペラ。それにしても、よく複数形で、言葉をそのまんま当てはめるって思いついたわね。」
「もう一度問題文をよーく見てみて、言葉を示すってところから言葉ってスペルが見つかったアルファベットから作れるなーって思って。まさか複数形になるなんて、これはやられたよ。」
「ね?たまには自力でこういうの解いてみるのも面白いでしょ?」
「お前は面白いよりもパーティに素直に貢献してくれ。というか仕事中に面白さを求めないでくれ。」

 

これが全く急がないんだったらまだいいけどなぁ、とやれやれとため息。ともあれ扉の鍵は開かれたので、いよいよ最深部に挑む。

 

「しかしアルザス君。あなた全く手も足も出てなかったわよね。ちょっと頭が硬すぎるんじゃないの?がっちがちよ、おじいちゃんよ。」
「誰がおじいちゃんだ!元々俺はこういうのが苦手なんだ、お前みたいに捻くれてないからな!」

 

……今度こそ、最深部に挑む。
カモメ達が最後の扉をくぐると、予想通り最奥部だったらしい。小部屋があり、その先には……まばゆい光を放つ剣が安置されていた。

 

「っ、剣ですよ……ね……?」
「やけに騒がしいと思ったら……人に会うのは300年ぶりじゃのぅ。」
「け、剣が喋ったぁ!?」

 

依頼人が恐る恐る尋ねると、くあぁとあくびするかのように剣は答える。というか、剣が喋った。
これには流石の冒険者もアイエエエエエエのリアクション待ったなしだ。

 

「そんな驚くことでもあるまい。インテリジェント・ソードなぞ大して珍しくもなかろうに。」
「い、いんてんぐら……なんだって???」
「インテリジェント・ソードよ。まあ、意志の宿った剣って思ってくれたら手っ取り早いわ。」

 

難しいカタカナを聞き取れなかったゲイルに、横からラドワが簡単な解説。かなりかみ砕いたので、なるほどなーと暴風は納得した。

 

「で、人間がワシのところにこうしてやってきたということは、リヴァキープのヤツが復活したのじゃな?」
「リヴァキープ?」
「食らうとたちまち重傷を負う術や、全ての衝撃を弾いてしまう結界を使う小僧のことじゃ。」

 

まさに魔王を名乗るあの魔族のことじゃないか。
そんな言葉を漏らすと、聖剣は無風のため息をついた。一体どこから吐き出されているのだろう。哲学だなぁ。

 

「なんじゃ、また懲りずに魔王ゴッコをしておるのか……あやつもしょうがないのぅ。
 ある程度高位な魔族に生まれた者の悪癖らしく、とにかく一度は魔王を名乗りたくなるらしくての。まあ、冒険者が一度は勇者と呼ばれたくなるのと大して変わりはないんじゃが。」
「……呼ばれたいですか?」
「いいや、別に……」

 

アスティとアルザスの微妙な顔。他の面々もそうだ。
カモメの翼は成立経緯がかなり特殊なので、あまり地位や名誉に誰も執着がない。呪いの解明のために冒険者をやっているので、別にちやほやされなくても解明が前進すればそれでいいのだ。
なんか予想と違うリアクションにええー、という様子を聖剣が見せる。自由を求めて冒険者になりました、というテンプレートが通用しないもん、仕方ないよね。

 

「ともかく、高位魔族である以上、普通の人間には十分脅威になってしまうからの。それで昔、魔法文明が栄えていた頃、魔術師どもがあやつを倒すためにワシをこさえたんじゃ。
 ……さて、そこにおるのはクラノトの子孫じゃな?」
「ぼ、僕ですか?」

 

剣の先が、依頼人に向く。ぎょっとしながらも、依頼人は周りをきょろきょろしてから己を指さした。

 

「そうじゃ。あれから300年、よくぞワシを守ってくれた。でも、これでおぬしの一族の役目は終わりじゃ。ごくろうじゃったの。」
「は、はい……!」

 

嬉しそうな表情。今まで聖剣のことなぞ知らなかったが、己の血筋には300年も昔に作られた剣を守り続けるという使命があった。
知らなかったが、それが終わる。本当に何も知らなかったが、不思議と満足感で満たされていた。

 

「さて、では誰がワシを使うんじゃ。」

 

そう、これからは真実を知り、守るべき者のために聖剣を守り続けた一族は剣を抜き……
…………。

 

「……え?」

 

一同、絶句。

 

「何じゃ?まさか誰もワシを使ってあやつを倒す気はないというのか?」
「や、そーじゃなくて……え、こいつの子孫じゃなきゃダメじゃねぇの?だって聖剣だろ?こいつら勇者の一族なんだろ?」
「確かにそのような制約をかければ強力な魔力を秘めた武具をこさえられるじゃろうが、ワシにはそのような制約は一切かかっておらんぞ?」
「つ、つまり……?」
「誰でもOKってことじゃ。」

 

…………
あぁ どうして 俺たちは こんなに努力をして
一同トオイメになる。ある者は項垂れ、ある者は虚空を見つめ。一番ショックを受けていたのは紛れもなく依頼人であったが。

 

「まぁ、もちろんワシの方である程度は選ばせてもらうが……って、何じゃこのしんみりとした雰囲気は。」
「何だ……じゃあ僕が固めた覚悟は一体なんだったんだ……」
「こんなことで落ちこんどるのか。全くしょうがないのぅ。」

 

こんなことて。流石にカモメの翼はちょっと依頼人に同情した。
が、聖剣は胸を張れ、と言わんばかりに依頼人を激励する。

 

「おぬしの一族は再びあやつが復活したときのために、ワシを守り続けてくれたではないか。
 あのクラノトの子孫とは思えんほど誠実なのじゃぞおぬしは。もっと自信を持たぬか。」
「そんなこと言われても……聖剣のことだって今日はじめて知ったんだし……」

 

隅っこでのの字を書き始めた。あぁ、これは相当ショックだったんだなぁ。

 

「ごほん、まあともかくじゃ。おぬしらの中で、ワシを扱おうと思う者は誰じゃ?その者の実力を見極めさせてもらいたいのじゃが。
 あ、クラノトの子孫はダメじゃ。おぬしは誠実じゃが戦いには向いておらん。」
「そ、そんなきっぱりと明言しなくても……」

 

追撃を重ねていく。この聖剣容赦がないな。

 

「ワシ個人……っと、個剣か。まぁ個剣としてはそこのおぬしなぞ相応しいと思うのじゃが。」

 

依頼人をメンタル的にずたずたに切り裂いた聖剣は、己の先をアルザスに向けた。
俺が?と自分を指さすアルザス。こくり、頷くように聖剣は上下に揺れる。それから少々沈黙が小部屋を支配して、あることに気が付く。

 

「本当だ、アルザスしか扱えません!」
「そうね、聖剣はアルザスが扱うのが一番妥当だと思うわ。」
「むしろアルザス君じゃないとだめね、これは。」
「アルアルが勇者かぁー、ぴったんこかんかんだね!」
「悔しーけど、聖剣の座はアルザス、てめぇに譲るぜ。あたいは引っ込んでることにすらぁ。」
「え、何で、いいのか、俺でいいのか?」
「えぇ、だって。あなた以外長剣を扱わないんだもの。

 

あーーーーー、とこれにはアルザスも納得の顔。
アスティはそもそも前線に立って武器を振るうなどという行為に慣れていない。カペラもタンバリンを殴りつけることはあっても基本的に歌や励ましによる補佐だ。
ロゼやラドワは短剣こそ扱うが、ロゼは素早い駆動を生かした武器が身に合うため長剣は戦闘スタイルに合わないし、ラドワはそもそも魔法主体で短剣は趣味だ。
で、ゲイルはというと剣が扱えないこともないだろうが、力いっぱいに振り回せ敵をなぎ倒せる斧の方が性に合っている。というか長剣なんて使おうものなら、その怪力に耐えられなくて剣の方がぽっきり逝ってしまいそうである。
というわけで、性格面抜きでアルザスしか適正がないのだ。

 

「凄いな聖剣、まさか俺たちのパーティの武器を見抜くとは。」
「いや、そういうわけじゃないんじゃが……まあ、使われる身としては、誰が剣士であり大切に使ってくれているか、というのは見抜けるぞ。」
「使う人が道具を選ぶというより、道具が使う人を選ぶみたいな話ねぇ。」

 

そんなこんなで、あっさりとアルザスが聖剣を使う者として選ばれた。残りの者らは小部屋の邪魔にならないところに退散し、1人と1剣の闘いを見守ることにした。
しゅるり、アルザスは銀色の片手剣を抜く。騎士時代から愛用している剣で、彼は騎士になってからこの剣を手にし、一度も変えたことはない。

 

「……ほう。その剣、おぬしの魔力が流れやすいように作られておるんじゃな。人間が作ったもんじゃないな、これは。エルフが打ったのか?」
「親父が言うにはそうらしい。親父の形見なんだ、これ。代々子が騎士になったとき、父から受け継がれていったものだって。だから何年も、何十年も……いや、何百年も前に作られたものなんだ。」
「ほほう、興味深いわい。……剣は大切に使われておるし、錆一つない。エルフの秘術、というのもあるんじゃろうがおぬし自身武器を大切に扱う者だと、ワシにはわかる。よし、気に入った。おぬしよ、名はなんと申す?」
アルザス。ウィズィーラの唯一のシーエルフの生き残り……アルザスだ。」

 

魔法の品、には違いないのだろうがそこまで派手な効果はない。ウィズィーラのエルフが剣を打てば、己の魔力を込めるのに最適な剣が生まれたのだと父は言った。
アルザスは魔法を使うことができないが、魔力を使うことはできた。父も使うことができなかったため、彼の家系がそうなのだろう。

 

「ならば、アルザスよ。ワシの名はスライプナー。全力でかかってくるがよい!」
「あぁ、元よりそのつもりだ。いくぞ!」

 

タンッと駆け、聖剣に剣を振るう。スライプナーはそれを受け止め、キィィイインと甲高い音が響いた。
鍔迫り合いになり、両者拮抗する。が、剣が本体であるならば、アルザスの方が有利である。

 

「―― 穿て、水よ!」

 

魔力を流し、蛇のような流水を生み出す。魔法を扱うことはできなくても、剣そのものを魔法とすることができる。生み出された水蛇は、スライプナーとぶつかっているところから穿つように突進する。

 

「くぅ、小癪な――」
「まだだ、一機に畳みかける!」

 

スライプナーが避けるために後退したところをアルザスは前に跳ぶ。水を乗せ、先ほどよりも水の量を増やし、渾身の一撃を聖剣に振るった。
だが、水の量が増えるということはそれだけ剣が大きく見えるということ。つまり、避けやすくなるのだ。

 

「甘いわ!」

 

ただでさえ浮いている剣だ。攻撃を当てることさえ難しいものがある。
流水をかいくぐり、懐に入るとそのままスライプナーはアルザスの脇腹を貫く。ざしゅ、と肉が斬られ、苦痛の表情を浮かべた。

 

「ぐっーー!!」
「そら、悶絶しとる場合か!」

 

続いてもう一撃。避ける間もなく身が裂かれる。殺すための攻撃、ではない。だが、殺す気でいかなければ殺されてもおかしくない。そう、思わされる。

 

アルザス!」
「アスティ、大丈夫だ!これは一対一の勝負なんだ、手は出すなよっ……!」

 

思わず立ち上がるアスティに、アルザスは静止の声を投げる。
これは殺し合いではない。決闘だ。殺し合いや殺戮とは違う、神聖なる闘いの場だ。それは、一切の邪魔は許されない。
アスティだけではない。カペラや、ラドワといった援護ができる者への声でもある。手出しは無用だと、そう伝える。

 

「おぬしの太刀は危なっかしい。保守的であるはずだというのに、己の身を一切大事にしとらん。人を守る前に、己が守れぬようじゃワシは扱えぬぞ。」
「あぁ、生憎……それが、俺の太刀なもので、な!」

 

再び剣と剣がぶつかる。
甲高い音。それが2回、3回と鳴り響く。
鍔迫り合いとなれば、魔法を帯びた剣にやられると知ったからだろう。魔法が放たれるより先に離れ、水の追撃を許さない。
ぱしゃり、水が降りかかる。それごと聖剣は空を、そして守人を真正面から腹部を貫いた。

 

「がっ……!」

 

ごぽり、腹から、血が零れ落ちる。蒼く輝いていた剣は、紅色の花で飾られた。
刺さったまま、剣は悟る。

 

「勝負あったようじゃな。」

 

まっとれ、傷を癒すからの。そう言って、引き抜こうとして。
逆に、剣をつかまれる。

 

「なん、じゃ、と―― !?」
「お前は、聖剣。同質でなくとも、少なくとも、何かしらの、力がそこに籠っているんなら……!」

 

アルザスは魔法は扱えない。それは、彼の体質が、魔力を内包しようとする性質にあるから。
それを吐き出す方法は、いくつかある。その一つが、彼が使う剣のように、魔力を通じやすい得物を使うことで、外に魔力を放つための触媒を用意することだ。魔力の種類こそあれど、聖剣は魔王の結界を破壊する力を持つ。すなわち、相応の魔力や神聖なる力が込められている、あるいは通じやすい仕組みであると考えられる。
そこに、彼の魔力を流し込めば。

 

「穿て、水よ。この剣を……我が意志の証明の形となりて、打ち砕け!!」

 

聖剣を魔法の発生場所として、利用できる。
聖剣から生み出された水は、鋭い針となりて聖剣を穿つ。幾数もの暴力から逃れようとするものの、深くえぐり込まれた身体が決して許さない。

 

「ぐ、あ、ああああぁぁぁぁ!!」

 

決死の攻撃だった。持てるだけの、注げるだけの魔力を込め、聖剣に振りかざす。
流石に聖剣も、どうすることもできなけれど己の身が壊れかねないと思ったようで。

 

「ま、参った、降参じゃ!もういい、もういいったい痛い痛い痛い!!」
「……勝っ、た……」

 

魔力の行使をやめ、降参の声を聞けばアルザスはそこで手を離した。決して傷は深くなく、終わりを自覚するとがくり、膝をついて荒い息を吐き出した。

 

アルザス!全く……あまりにも無茶ですよ、このやり方は……」
「はは、逃げられる、からな……このくらい、やらないと、勝てないって思って。」

 

すぐにアスティが駆け寄り、傷の治療を行う。スライプナーはできる限りそっと離れ、それから使われることを覚悟したように、地面に鎮座した。

 

「やれやれ、おぬしの力は十分なんじゃがやはり危なっかしいのう……ワシを振るってくれることには違いないんじゃろうけど、もうちと自分を大切にせんといつか死ぬぞ。」
「……そう簡単に、死んだりしないさ。俺には、俺が死んだら独りになってしまうやつが、傍にいるから……」
「……そう思うのでしたら、もう少し戦い方を考えてください。守る意味を考えてください。大人しく守られようにも、とても見てられないんですから。
 自分も、相手も、両方を守れるようになってから守ると言ってください。」

 

ため息をつきながら、治癒効果のある水を創り、治療を行う。怒りを含むその言葉に、アルザスは善処するとしか言えなかった。
変わらない。変われない。守ることに、執着の恐怖に囚われた彼は、やはり己が傷ついて誰かを守る方法しか分からないのだ。

 

「難儀なやつよのぅ、アルザスは。
 あぁそうそう、ワシにはリヴァキープの結界を破る効果の他に、負の生命力を浄化する効果があるぞい。その代わり、普通の武器に比べて切れ味はさほど良くないから、アンデッド以外の魔物にはあまり強くないぞよ。」
「え、めっちゃぶち抜かれたんだけど。」
「あれはワシの勢いの賜物じゃ。」

 

豆腐の角だって時速340kmだったかなんだったかで投げれば人は死ぬし、それと一緒なんだろう。勢いの乗った長いものは、そりゃあ凶器になりえるよね。つまりはそういうことだ。

 

「……さて、随分と遠回りになってしまったが、やっと本来の依頼を果たせそうだな。」

 

治療が終わると、アルザスは立ち上がり、スライプナーを取る。ここで他の者も近寄り、力強くうなずいた。

 

「はい、これで魔王を倒せば当店は救われます!」
「魔王を倒して救うのが世界じゃなくて店っていうのが少々変な感じがするけどな。」
「いいじゃない世界なんてどうでも。あの魔王をぶちのめせば少なくとも私の平穏は取り戻せるわ。」
「お前本当に根に持ってるな。……魔王と対峙するときは頼むぞ?」
「勿論。魔法の矢を5発くらいぶち込んでやるわ。」

 

あぁ、これはもう魔王は死んだかもしれないなぁ。
ラドワの過激さや、魔王を倒して待っているのは一個人の平穏と考えるとむなしいものだなぁ、と苦笑する。それからカモメ達は潜った海から浮上し、また大空を目指して泳ぐのであった。

 

 

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