海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_11話『勇者と魔王と聖剣と』(1/3)

※『Story of Lost Artifact』という定期ゲームにアルアスを投下させてたので、この時間軸に合流させます

※ほぼずっとギャグ。無駄に長い

 

 

―― 随分と長い夢を見ていたような感覚だった

 

アルザスとアスティは、この日同時に起床した。日が昇ってしばらくした時間。カペラはもう起きているだろうが、他の者はまだ眠っている時間帯だ。
寝起きがよくないアスティも、不思議なくらいにすっきりと目が覚めた。互いに顔を合わせ、その不思議な現象に首を傾げた。

 

「……なんだか、不思議な夢を見たような気がするんだ。異世界に飛ばされて、知らない奴らと冒険者をやる夢。」
「奇遇ですね、私も同じ夢を見ました。可愛げのない少年が居たり、やたら母性が強いデザートエルフが居たり。それから……狼になってしまった、悲しい青年が居たり。」

 

名前までは思い出すことができなかった。ただ最後の人物だけは、思い出そうとすると胸が痛んだ。あまりよくない最期だったことだけは覚えている。
ただ、それよりも少し気がかりだったことは、一番初めに挙げた、可愛げのない少年だった。何度か共に食事をし、剣を教えたあの少年はどうしているだろう。心優しくて、どこか危なっかしくて、いつか瞑れてしまいそうな少年が居た。
もし彼が実在しているならば。どうか彼の望む未来を、彼自身が掴めるように。そっと、祈りをささげた。届くかどうかは分からないが……どうか、届きますように、と。
それ以上のことは思い出せなかった。シーエルフだとか残念だとか言われた覚えはあるが、それ以外のことは綺麗に忘れていた。今思い出せることも、きっと時間が経てば海辺の砂のように、海へと攫われ、消えてしまうのだろう。忘れたことも疑わずに、そんな夢を見たという事実だけを残して。

 

「……あれ、アスティ。俺、こんなもの持ってたか?」

 

ふと、手に持っていたものは。ラピスラズリがあしらわれた羅針盤と、何故か腐っている何かの果物の芯。どちらも覚えがないものだったし、後者に至ってはどうしてこんなものを大切に持っていたのか疑問符しか浮かばないわけで。
ただ、何か大切だったもののような気がして。

 

「分かりませんが……捨てるのはもったいないですよね、なんとなく。」
「だよ、な……よし、宿に植えるか。親父に事情を話せば分かってもらえるだろう。」
「多分事情を話しても何も分かってもらえないと思うんですけどね。」

 

だって自分たちが分かっていないもの。なんだよこの芯。なんでこんなもの大事に持ってんだよ。
誰も、その理由はわからない。とりあえず大事なら、せめて木になって大きく育っておくれ。とりあえず永久保存、という発想には至らなかっただけよかったと言おうか。
なんだろうなぁこれ、と互いに苦笑しながら亭主の元へ行く。そうして2人で仲良く謎の果物の芯……その正体は鳥取県二十世紀梨なのだが、それを埋めて育てることにしたのだった。
作業が終わると、2人は空を見上げた。朝焼けが消えた、けれど夜が明けてすぐの、白んだ気持ちのいい空色をしていたのだった。

 


SoLA、アルアスと仲良くしてくれてありがとう!!)

 


「迷惑をかけたてごめんね。もう本調子だから大丈夫。」

 

久しぶり……といっても、3日ぶりなのだが。カモメの翼が全員カウンターに集合していた。
ロゼは謝罪するが、誰も彼女を責める気持ちはなかった。むしろよく生きていてくれたものだと、ほっと胸を撫でおろす。

 

「本当よ。あなたが怪我したせいで、ずっと私が面倒を見ることになったんだから。ありがたいって思いなさいよ?」
「いや……嬉しかったけど頼んではなかったかな……退屈も紛らわせたけど寂しいとか思う歳じゃないしあたし……」

 

ラドワの可愛げない言葉にロゼの可愛げない言葉のお返し。そんなやりとりを交わして、ふっと二人は互いに笑った。互いに軽口を叩き合うが、仲がいいなぁとアルザス達は見ていた。

 

「さて、肩慣らしになるような簡単な依頼を受けようと思うんだけど、いいだろうか?」
「あっ、それだったらこんな依頼があったからキープしといたよ!」

 

偉いでしょ、とどや顔のカペラ。カペラの性格的に、依頼のチョイスは条件を満たしていて信頼できるものか、あるいはとんでもないキワモノの依頼か、どちらか。
微妙に恐怖心を覚えながら依頼を確認する。そして、少なくともアルザスとアスティはうわぁって顔をした。

 

「お、お前たちその依頼に興味があるのか?」
「うん、僕が個人的にある。魔王だって魔王。めっちゃくちゃ面白そーじゃん?」
「お前……キワモノの依頼をまた選んだな……」

 

魔王が店に襲ってくるので、これをなんとかしてください。依頼内容は、こうだった。
けらけら笑うカペラに、アルザスとアスティの引きつった顔。それに対して亭主は真面目な声調で尋ねる。

 

「お前たち……まさか本当にそれが魔王の仕業だとか思っているのか……?」
「まっさかー。依頼人が魔王って勘違いしてる何か、っしょ。それってなんだろーなーって、気になんない?」
「えっ」

 

信じた、なんて言えない。
まあ、そりゃあまさか魔王なんているわけないわよねー、とロゼとラドワ。アルザスとアスティとゲイルは信じてしまったので、思わず顔を横に逸らした。ちょっと恥ずかしい。

 

「あんたたち愚直に信じすぎでしょ。冒険者として簡単に命落とすわよそんなんじゃ。」
「うっ、うるさい!ちょっと本当に魔王が居るのかなって思っただけだろ!と、とにかくだ親父、依頼について詳しく教えろ!」

 

少なくともカペラが選んだということで、報酬面や依頼場所はそこそこ約束はされている。完全な好奇心で選ばない、ということを知っているため、カモメの翼はこの依頼の詳細を訪ねた。
場所はリューン郊外にあるアクエリオ商店。この店が受けている営業妨害の解決が、今回の依頼だ。日帰りができる距離で、報酬は500sp。魔王の仕業ならともかく、ただのいやがらせ退治なのでこれでも多い方だろう。

 

「なーなー、もしマジで魔王の仕業だったらどーすんだよこれ。」
「依頼放棄して帰ってこい。」
「なんて血も涙もない。」

 

流石に依頼人が可哀想。でも自分たちの手にとても負えるものじゃないので犠牲になってもらうしかないんだろうな、とトオイメをした。仕方ないよね、是非もないよね。
因みに依頼人はヴィクター・アクエリオ。アクエリオ商店の店長で年齢は32歳、男。美人の奥さんがいるとか、商売人にしては気弱すぎるとか、至って普通の一般人だそうだ。悪い噂も特にはないらしい。

 

「……うん、さすがカペラのチョイスだ、依頼内容についてはアレだが中身が凄く信頼できる。近場で報酬もそれなりに美味しい。」
「でっしょー?個人的には魔王に対する好奇心もあるから受けたいなーって。魔王って言うほどの嫌がらせとか興味あるし。やばかったら逃げちゃっていーと思うし。」
「お前時々人の心がないよな。」

 

できることなら依頼放棄はしたくない。そう思いながら、アルザスはこの依頼を受けることにした。
カモメの翼は再び群れを作り、大空へと羽ばたいていく。ただし、今日はちょっと近場で、大冒険はしない方向で。

 

  ・
  ・

 

ノックして扉を開ける。そこには夫婦が二人居て、びくびくした目でこちらを見ていた。なるほど確かに、これはちょっと気弱でなよなよオーラを感じる。
大方魔王がやってきたと思われたのだろう。無理もない話なので、アルザスは気にせずに自己紹介をした。

 

「すまない、依頼を受けてきた海鳴亭の冒険者だが。」
「えっ……は、はいっ!お待ちしておりましたっ!」

 

ほっと依頼人は胸を撫でおろす。店長を訪ねると僕がそうです、と答える。茶色の髪に茶色の瞳。気弱そうな物腰。特に太っているわけでも痩せているわけでもない。つまり、無個性!!
奥さんについては金髪に蒼い瞳。美人だと称するのもわかるルックスをしていた。穏やかで落ち着いた雰囲気だとカモメの翼は思った。

 

「それはよかった。では早速ですが、依頼について詳しい話を伺ってもいいですか?」
「は、はい。僕に分かることなら。」

 

依頼を再確認していく。
依頼は魔王の退治……というよりも、営業妨害をする者らを懲らしめること。営業妨害の内容は不法占拠に近いらしい。店の周りをぐるりと怪しげな黒ローブの集団が取り囲み、そのままわけのわからないことを捲し立てて帰っていくそうだ。
魔王はその集団の親玉で、店長のことを勇者の子孫だとか言って、戦えだの聖剣を取ってこいだの不可解なことを申し立てる。やってられませんよ、と依頼人は大きなため息をついた。

 

「ふむ。営業妨害するやつを切ってはちぎって切ってはちぎってしてよさそうね。最近誰も殺してなかったから溜まってたのよね。」
「えっ」
「あたいも、ここんとこ暇を持て余してたし闘技場だと命のやりとりにゃなんねぇから満たしきれねぇし、うん、久々の殺し合いにワクワクしてきたぜ!」
「あの」
「はーーーいお前ら、お前ら今回懲らしめるだけだからなーーーそんで依頼人の前だからなーーー物騒な言動は控えるようになーーーころころしちゃ多分だめだからなーーー」

 

本当の魔王ならともかく、ちょっと悪質な一般人を転がしてしまうのはやりすぎになる。悪質な一般人は殺していい人間でしょ、とさらり言ってのけるあたりラドワって女は。

 

「こほん。と、とにかくだ。この依頼、俺たちカモメの翼が受けるよ。」
「ホントですかっ!よかったぁ~!」

 

アルザスの返答に、依頼人歓喜の表情でいっぱいになった。そしたら営業妨害する奴らを待つか、と口にしようとした刹那。
幾数もの足音。それが地響きとなり、この店に何か近づいてくる。流石に異常だと思い、カモメの翼はそれぞれ武器を構え戦闘態勢を取る。

 

「なっ……何です!?」
「ま、まさかっ!」
「うはははははははは!!」

 

ドォオオオン、と扉を豪快に開けて入ってきたのは話に聞いていた黒ローブ集団。高笑いしながらずかずか入ってきて店を陣取る姿はまさに不法占拠。

 

「なるほど、魔王の登場としては悪くないわね。一般人の恐怖を煽る演出は十分。」
「僕としてはもーちょっと派手な登場の仕方してほしーかなー。こう、悪のオーラを放ちながら、突然足音もなくバッって現れるの。足音あったら登場タイミングが目に見えて分かってて怖くなくない?」
「一般人のやることとしては及第点でしょ。それに、逆に恐怖を植え付けて、足音でじわじわ近づいてくる恐怖を与えるのは効果的よ?特に気弱な相手なら追いつめられるしかなくって強いストレスになるわ。もちろん、突然登場し続けていつ現れるか分からない恐怖を与えるのもありだけれど。」
「何冷静に魔王の評価をしているんだ!お前ら!迎え撃つぞ、というか迎え撃て!」

 

はーい、とラドワとカペラは武器を構える。対して魔王も高笑いをしながら戦闘態勢に入った。

 

「はっはっは!我が魔王である!
 勇者ヴィクターよ、冒険の仲間を募ったということはようやく我を倒す覚悟ができたということだな?だが、今の貴様では我を倒すことはおろか、傷一つ付けられぬ!」
「そっ……そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですかっ!」
「ほほう、よかろう。ではかかってくるがよい!!」
「……というわけで、冒険者さん、お願いします!」
「あぁ、そのためにあたいら雇われたかんな!!」

 

やりすぎんなよ、と一応注意喚起をするが、実際に相手をしてそんな心配は無用だったと思い知る。
魔王の手下には攻撃が通用するが、魔王に対してはこちらの武器が一切通用しないのである。ゲイルが斧を振り下げ、ラドワが魔法の矢を命中させても、本当に傷一つつかないのである。
手下に対しては攻撃は通じるようで、剣や斧でさっさとねじ伏せる。……が、本命の魔王を名乗る男への対抗手段が思いつかない。

 

「貴様らのそんななまくらの剣で我に傷を負わせられるものか!我の絶対防御決壊を打ち破れるものか!!」
「くっ……こいつ、舐めてかかっていい相手じゃない!」

 

アルザスの判断は早かった。仲間をいったん引かせようとするが、突然身体が重くなる。結界の一種だろうか、

 

「うはははははは、リヴァキープ空間へようこそ!ここでは我が眷属の力は1.5倍に、人間どもの力は2/3倍になる!」
「めちゃくちゃ中途半端!!せめて割り切れる数値にしろ!!」
「ツッコみ入れている場合ですか!この空間はまずいですよ!!」

 

倒したはずの手下も立ち上がり、状況が悪くなる。ぎり、と歯ぎしりし、冷や汗が滴り落ちた。
本当に、魔王なのだろう。あるいは魔王と名乗る、人ならざる何か。

 

「くっ……本当に傷一つ付けられないなんて。」
「うはははははは、彼我の実力差が分かったか!」
「そんな、冒険者さんたちが手も足も出ないなんて……!」

 

敵わないと、認めざるを得ない。
悔しいが、本当に手も足も出ず一方的にやられるしかないのである。どうする、そう考えていると魔王が身を翻し、語りかけてきた。

 

「ヴィクター・アクエリオ。かつて我を倒せし勇者の子孫よ。我を倒したくば聞くがよい。
 この地の奥深くに、かつて我を倒せし聖剣が眠っている。その剣の封印を解き、己自身の手で我に挑むがよい。」
「そ、そんなぁ……!」
「はっはっは!では待っているぞ!」

 

明らかに優勢だというのに、魔王は手下を残しそのまま去っていった。いつでも嬲り殺せるという余裕の表れだろうか、それとも相手にするまでもないという意味なのだろうか。
どちらにせよ、その自信に満ち溢れた態度はある人物の精神を逆撫でするのには十分で。

 

「……よろしい。殺す。」

 

あぁ、笑顔だ。大変笑顔だ。
でたらめすぎるこの空間で、憂さ晴らしと言わんばかりに魔法の矢を手下にぶち込む。上手く魔力が使えないはずなのに、その一撃は容赦なく手下の意識を奪う。
もうこうなったら止まらないな。せめて殺すような真似は……この場なら大丈夫だろう、と色々アルザスはあきらめた。

 

「って、いくら殺れるからって油断してると流石にやられかねないぞ!皆、耐えてよく一撃を見極めるんだ!」

 

重い身体に鞭を打つように、剣を振り上げ、斧で薙ぎ、弓矢で射抜き、魔法を打ち込む。負傷者が出れば二人体制で回復し、なんとか前線を保つ。
一斉に畳みかけ、この結界の中でもカモメたちの方が有利だと示す。手下たちを打ちのめし、その上にひらり、舞い降りる。魔王が行ったことと、逆のことを海鳥は行った。

 

「まいった、こりゃたまらん!」

 

魔王がいなければ敵わないと悟ったのだろう。手下たちはぞろぞろと逃げ帰っていった。
それを見届けると、疲れいっぱいのため息を吐き出す。勝利を納め武器を仕舞うも、その表情は晴れなかった。

 

「なんてこった……マジで魔王の仕業だったなんて。」
「本当に魔王かどうかはともかく、少なくともかなりの力を持った高位の魔族には間違いないわね。腹立つけれど、あの魔王……闇属性の魔力は本物よ。流石に質は私たちの呪いとは違うけれども。」

 

故に呪いを持っていたとしても、いかにも闇の眷属は力が強くなります的な空間で自分たちには作用しなかったのだろう。そう、ラドワは推測する。魔王こそやりきれなかったが、手下はぶちのめせたので一先ず満足そうだった。足りないし気に食わないと思う部分はもちろんあるが。

 

冒険者さんでも敵わないなんて、一体どうすればいいんだろう……」
「待った……あいつ、逃げ際に何か言い残したよな。」

 

思い出す。逃げ帰る際の言葉を。


―― この地の奥深くに、かつて我を倒せし聖剣が眠っている
―― その剣の封印を解き、己自身の手で我に挑むがよい

 

口に手を当て、アルザスはぽつりぽつり話す。

 

「つまり、その聖剣ってのがあれば、魔王を倒せるんじゃないか?」
「でも、何故魔王がわざわざ自分の弱点を教えるのでしょう……」
「で、でも、アイツを倒せる手掛かりって、それしかないですよね?」
「それもそうなのだけれど……うぅん、腑に落ちないことがあまりにも多すぎるわ。」

 

第一に、どうして依頼人が『勇者』でなくてはいけないのか。
第二に、どうしてあそこまで圧倒的な力を持っていながら『勇者』を殺さないのか。
第三に、自ら『魔王』を名乗りそれに見合う力を持っているのに、世界征服をせず、ひたすらここにちょっかいを出すだけなのか。
そして第四に、何故自分の宿敵たりうる『勇者』に己の弱点である聖剣を教えたのか。
不可解な点を、ラドワが挙げていく。冷静に考えればあまりにもおかしい。同時にその理由を考察する材料も現状、何もない。悩んでもこれ以上は疑問が浮かんでも解答は出てこないだろう。

 

「……僕、どうすればいいんだろう……奴の言うように、聖剣を取って戦うしかないのかなぁ……」

 

頭を抱えて悩む依頼人。魔王と名乗り、相応の力を持つ相手。手に負える範疇ではない以上、依頼放棄も選択肢にある。
しかし、アルザスはその選択肢をすでに捨てていた。彼の、この店や愛する者を守りたいという気持ちは、彼には痛いほど理解できることであった。

 

「……ダメだっ!できない!包丁しか握ったことのない僕が魔王と戦うなんてっ……!!」
「まだ希望は絶たれたわけじゃない。」

 

だから、アルザスは戦うことを選んだ。
彼の、守りたいと思うものを守り通すために。

 

「魔王の言っていた『聖剣』。それがあればきっとあれを倒せるんだ。」
「で、でも……それって多分、僕にしか扱えないんじゃないですか?探しに行くにしても、結局僕が行かなきゃいけないんじゃないですか!?」
「何のために俺たちが居るんだ。俺たちは冒険者だ。依頼人を守る力くらい、俺たちにはある。」

 

とん、と己の胸を叩く。アスティやゲイルも、力になるとこくこく頷いていた。
一方で、ロゼとラドワ、カペラはちょっと離れたところでひそひそと緊急会議。彼らに聞こえないように、こっそりと。

 

「なんか勝手に話進められちゃってるね。」
「けれど、これはチャンスでもあるわよ。魔王を倒せる聖剣が単独で安置されてるっては考えづらいもの。聖剣並の秘宝も同時に入手できる可能性は十分にあるわ。上手く立ち回ってもらって、その秘宝も手に入れられたら美味しい話になるんじゃないかしら。」
「なるほど、さすがラドワ、目ざといわ。」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ。それに、あの魔王って名乗るやつをこのままにしておくのはものすごーーーく癪だもの。一泡吹かせたいわ。」
「あっ、それはすごく思う。あの鼻へし折ってやりたいよねー。」

 

なるほどじゃあこのままアルザスに焚きつけてもらうかーと、話がまとまれば後は静観をキメる。なんとも性格の悪い面々だ。カペラは性格が悪いというか、呪いによる本能的な部分が今回ほんのり出ているからなような気がするが。

 

「聖剣探しの護衛。俺たちに任せてくれないか。
 さっき戦ってみた感じでは、何かしらの結界で身を守っているような感じだった。」
「まあ、自分で結界云々言ってましたからねぇ、魔王が。」
「そういう場合、『聖剣』はその結界を破る力を持っていることが大半。
 ―― つまり、結界さえ破ってしまえば、俺たちでも戦えるということだ。」

 

そう、結界によりこちらの攻撃が無効化されてしまうだけで、その結界さえ打ち破ってしまえば後はどうとでもなる。完全にしてやられるしかないわけではないのだ。
激励するが、依頼人はやはりまだ恐怖心が拭えないようだ。一般人で、さらに人より気が弱いとなれば仕方ない話なのだろうが、だとしてもそのままはいそうですかと諦めるわけにはいかない。

 

「ヴィクター!お前はこの店を守りたいんだろう?大切な奥さんが居るんだろう?
 このまま経営妨害が続けば、お前の守りたかったものを守れずにその手から失うことになるんだぞ!守りたかったものが守れない……それは、一生後悔することになる。」

 

実際に何も守れなかった経験がある者の言葉故に、そこに含まれる重みは桁違いである。依頼人はその背景を知らなくとも、何かがあったこと。それから彼がそのことについて後悔していることはすぐに理解できた。

 

「……そうだ。それを恐れて僕は海鳴亭に依頼を出したんだ。」
「もう一度言う。失ってからじゃ遅いんだ!お前の守りたいものを守れるのは、今しかないんだ!」
「……僕は、この店の店長。先祖代々続くこのアクエリオ商店を守らなくちゃいけないんだ!」

 

迷いが、消える。まだ恐怖が瞳には残っているが、それでも覚悟を決めて、太陽の瞳をじっと見つめる。

 

「分かりました!そのために……僕も闘います!」
「よく言った!」

 

おー、と周りの者はアルザスに、そして依頼人に拍手を向ける。よく説得したなぁ、流石アルザスだなぁと、彼の演説をそっと褒めた。今の演説はアルザスにしかできない。間違いない。

 

「それじゃあカモメの翼よ、ヴィクターの守るべきもののため、翼を掲げろ!」
「はい!やってやりましょう、あの魔王を倒し、このお店の平和を勝ち取りましょう!」
「皆さん……ありがとうございます!
 それで、一体どこにその『聖剣』とやらはあるんでしょうか?」
「えっ」
「えっ?」

 

上げて下げられるとはまさにこのこと。
何で知らないの?何で知ってると思ったんですか?
そんな不毛な会話を、目線だけで交わす。どうするんですかねぇこれ。知りませんよだって聖剣とか見たことないんですもん。
と、そんな無言の会話の刹那。

 

「きゃぁぁあああああ!!」
「ジェミーの声だ!さっき魔王が来たときに倉庫に隠れてもらって、それで、」
「あなたー!た、たたたたたたた大変!!」

 

非常に取り乱した様子で皆の居る場所へと戻ってくる。半狂乱になりながら、必死に倉庫の方を指さし訴えかける。

 

「こ、ここの階段を下りたすぐ傍にある、倉庫に隠れてたんだけど……で、ででででででたのよ……『アレ』が!!」
「え、アレって……?」
「アレよアレ!人類の不倶戴天の天敵!!」
「まさかっ……あるときは調理場に、またあるときは寝室に。黒光りし、光の速度で駆け回る……そう、奴らはいつも、僕たちが油断したときにやってくる。吟遊詩人の中でも末永く伝説として語り継がれている、お台所の暗黒騎士!!」
「吟遊詩人何してるんだ。暇か。」

 

何が出たか察した。いくらなんでもそんなことを語り継ぐ吟遊詩人はどうなんだろう。もうちょっと英雄譚らしい英雄譚を後世に残していってほしい。

 

「お願いあなた!アレを何とかして!」
「……うん、分かった。ちょっと見てくるよ。冒険者さんたちも一緒に来ますか?ひょっとしたら、奥に何か皆様の役に立ちそうなものがあるかもしれませんし……」
「虫は表情が読めないし美しい死に方をしないからそこまで好きじゃないのよねぇ。」
「あたいは虫相手でもつえーやつなら大歓迎だぜ!っしゃあいくぜ!!」
「えぇーーーリーダー判断出してないんだけどーーー」

 

止めるより先に、戦闘の匂いを感じ取ってゲイルが斧を持って突撃しに行ってしまった。虫でもいいんだ……と、神妙な顔になりながらも結局全員でゴキブリ退治へと赴くことになった。
倉庫は商店のものということだけあって整然としている。依頼人の性格なんだろうなぁ、と思いながら入り、あたりを見渡すと。

 

「―― いたっ、そこ……」

 

生物兵器の一人、ゲイルが見つけて斧を振るおうとして……止まった。
確かに、暗黒騎士だった。人類の敵の、黒くテカテカするそいつは倉庫を駆け回っている。
―― なんか異様にデカくて10匹くらいカサカサしているだけで。

 

「ひ、ひぃいいいいいいいななななんですか、なんですかこれ、この数!?」
「こ、こここここれでも喰らえ!!」

 

ひるまず、依頼人は殺虫スプレーを巨大なそれらに吹き付ける。何体か処理したところで、スプレーは小さな音を立てるだけで、やがて何もでなくなってしまった。

 

「そ、そんな!ガス切れだなんて!?」
「十分だぜ!後はあたいたちに任せな!」
「正直任されたくないんですけど!!」
「あとお前ら!あんまし派手にやるんじゃないぞ!」

 

そうだ、ここは室内だ。あっぶね、と漏らしてゲイルはできるだけ丁寧に、あたりの物を壊さないようにゴキブリに対峙する。もどかしくて仕方ないだろうが、こればかりは気を付けてもらわなければならない。

 

「こういうのの退治はあたしたちに任せて。」
「こうも大きいなら話は別よ。殺し甲斐があっていいわ、楽しくなってきた。」

 

的確に弓で黒いそれを打ち抜いていくロゼに、魔法の矢で同じように仕留めていくラドワ。アルザスやゲイルは飛んできたものをけん制し、2人の援護をする。アスティは邪魔にならない場所に居ながら、先ほどの戦いを含め負傷した者の傷を癒していく。

 

「頑張れー、皆ー、ふれっふれっ、ふぁいとー!」
「お前は前に出て退治を手伝ってくれないかなぁ!?」
「えー、タンバリンがゴキブリ汁でべたついちゃうのはちょっと……怪我したら治すから、頑張って?」

 

頑張って、じゃ、ないんだよなーーー、と思いながらも彼の応援は実は無意味ではない。
言霊の力により、立ち向かう気力や意志を湧き立たせる力がある。今回はすごく雑な応援のせいで、ちゃんと効果があるのかどうかも分からないが。
ともあれ、逃がさないように1体1体丁寧に仕留めていく。巨大化しているとはいえ、所詮はGのつくアレ。時間こそかかったものの、難なく退治し、武器を納め

 

「しまう前に拭いて、拭いてください!!」
「アスティは神経質だなぁ。ほーれほーれさっき退治した虫の汁だぜ。」
「やめろください斧を近づけるないいから拭いて!!拭け!!なんなら思いっきり私が洗いますがいいんですか!!やりますよ容赦なく!!」

 

流石に冒険者をやっていても、嫌悪感を抱くものはあるよね。というか巨大化したアレを斧で木っ端微塵にしたものを近づけられたら誰だって嫌だよね。
そんなわーわーしたやりとりが行われる中、ロゼとラドワはじっくりとこの部屋を観察する。一つ、端の方の木箱に目を付けて、調べ始めた。

 

「どーもこの木箱の辺りから出てきたような気がするのだけれど……」

 

気になったロゼは木箱をどけてみるが、何もない。アテが外れたかしら、と肩を落とすも、ラドワは何かに気が付いたようで、人差し指を地面に向ける。

 

「いえ、少しだけど魔力を感じるわ。これは……隠蔽魔術ね。」

 

呪文を唱える。簡単な術なので、彼女の持ち合わせの知識で破ることができるものだったらしい。
術が解除されると、先ほどまでただの床だった場所に階段が現れる。どうやらゴキブリはここから現れてきたようだ。流石に小学生のようにきゃーきゃー言っていた緊張感のない残りのカモメ達や依頼人も気が付いた。

 

「何なんだ?こんなところに階段があるなんて聞いてないぞ!」
「普通の人間はまず気づかないわ。魔法に加えて本物の木箱で隠してあったもの。」

 

階段の下からは、ひんやりとした空気が漂っている。上から見る限り、階段の下にはかなりの広さを持つ空間があるようだ。覗き見て、ロゼがぽつりと漏らす。

 

「これは倉庫ってレベルじゃないわ。ひょっとしたら、リューン名物の古代遺跡の一角だったりして。」
「ひょえぇ……僕の店の下にそんなとんでもないものがあったなんて……」

 

リューンの下水道は古代文明の遺産が使われていると聞く、目玉のやばい化け物が徘徊していたり、ビンゴ!で有名な清掃員が居たり、いろんな噂や不思議で満ち溢れている。
興味はあるが覗いてしまうとその穴の中から深淵に覗き見されそうで、少なくともカモメの翼的には触れたくない。

 

「なあ、魔王の言っていた言葉ってこんな感じだったよな?『この地の奥深くに、かつて我を倒せし聖剣が眠っている』。ひょっとして聖剣って……この隠し階段の先にあるんじゃないか?」
「もしかして、ヴィクターの先祖が魔王をぶっ倒して、聖剣を自分の店の地下に封印したとか、か?」
「と言うよりも、封印の上に居を構えたのでしょうね。そうすれば、自分の子孫が自ずと封印の見張りをしてくれる。
 しかし、時の流れは残酷で、代を重ねるうちに勇者の一族は己の指名を忘れてしまった。長き時を経て復活した魔王はそれに業を煮やし、依頼人に勇者の指名を思い出すようにちょっかいを出し始めた。」

 

魔王の行動に不可解な部分は多いけれど、大方真相はこんな感じじゃないかしら?と、ラドワは己の推測を語った。彼女の推測通りであるならば、聖剣を探すにはこの階段を降り、探索する必要がある。

 

「よし、それじゃあこの地下を探索するとしようか。ロゼ、先頭を頼む。」
「りょーかい。じゃ、皆あたしについてきてね。」

 

カモメ達は、渦の中へと潜ってゆく。
今はまだ穏やかな流れに身を委ね、まだ見ぬ宝を求めて深く深く進んでいった。

 

 

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