海の欠片

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リプレイ_8話『あしたのこと』(2/2)

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次の日の朝。アルザスとアスティは、再びメジエに跨り道を行く。メトウラ山へは順調に近づいてきていた。
特に戦闘も発生せず、穏やかな夜を明かすことができた。とはいえ、見張りをするでもなく勝手にアスティは寝てしまったので、申し訳なさそうにしていた。

 

「昨日はすみませんでした。見張り役も決めてなかったのに勝手に寝てしまって。」
「それなら気にしなくていいよ、元々俺が引き受けるつもりだったし、ついこの間あんなことがあったばかりなのに依頼を受けているんだ。疲れだってあるだろ?」

 

それならアルザスだって、と言おうとしてこくり、首を縦に振った。あまり反論してしまうとアルザスを否定してしまうような気がして、無理にでも納得した。
自分に危機が訪れたなら、どんな手を使ってでも守りぬこうとする。それがアルザスだということは分かっているし、それを否定することはあまりにも惨いと思ったのだ。

 

「……この調子だと、あと2時間も走れば麓の小屋に着きそうだな。メジエがよく頑張ってくれているお陰だ。」
「メジエもですが、アルザスもよくやってますよ。ずっと手綱を握ってますし、馬の扱いにも慣れています。」
「慣れてはいるが、利口な馬なんだよな、メジエが。本当、ローガンはいい友人を持ったよ。」

 

メジエは冒険者が騎手でも、指すべき方向によく気が付き、無理に手綱を引くことがなくても思い通りに働かせることができた。
まるで自分たちをメトウラ山へ連れて行こうとしているのはメジエの方かもしれない、とアスティが笑った。それから、小さな声で呟く。

 

「本当は、あなたもローガンと来たかったのでしょうね……」
「……?今何か言ったか?」

 

アルザスの耳には届かず、尋ねる。なんでもありません、とアスティは小さく首を横に振って答えた。
振り返るわけにもいかないので、顔色を伺うことはできない。あまり思いつめた声ではなかったため、気にすることもないかとアルザスは判断。さあ、もうひと踏ん張りだと手綱を打つ。二人と一匹は更に速度を上げて、先を急いだ。

 

 


「さて、ここからが依頼本番だな。」

 

麓の小屋までたどり着くと、メジエをそこに繋ぎ、顔の横を撫でる。しばらくここで留守番だ、ゆっくり休んでくれ。そう伝えると、分かったと答えるかのように一つ、嘶きを上げた。
それから山へ入ると、アルザスはまず力いっぱい伸びをした。山の冷たい空気が肺中に広がり、血液に乗って全身をほぐすように巡る。

 

「さすがにちょっと肩が凝ったな。」
「お疲れ様です。無事に帰りましたら、一緒に一杯交わしましょう。」
「それは嬉しいな、今から楽しみだ。他の奴らがどうしてるかは分からないが、できれば二人で……」

 

二人で。二人きりで。
そううっかり口走りかけたアルザスの表情が固まる。なんてことを言いだそうとしたんだ。二人きりでとかそんな仲じゃないのになんてことを。そんな胸の内を、嬉しそうに微笑んだままの表情でぐるぐるさせていると。

 

「勿論ですよ。さ、そのためにも行きましょうか。」

 

くいっと、手を握られ腕が引っ張られる。あっさり肯定されてしまい、なんなら手まで繋がれてしまった。
あれ?なんかエスコートされてるような絵になっちゃったんだけど?というか肯定されちゃったんだけど?アルザスがぐるぐるしているにも関わらず、アスティはお構いなしと言わんばかりの様子だ。
とはいえ、真剣に薬草は探す。一応仕事だからね、いちゃつきに来たわけじゃないからね。

 

「……っと!」
「アスティ!」

 

が、歩き出してそれほど経たないうちに、アスティはよろけてこけそうになる。手を握られていたため、すぐにアルザスは転ぶ前に支え、助けた。こういったとき、いち早く反応できるのは誰かを守ることを強く願うシーエルフがなせる技である。

 

「……大丈夫か?」
「えぇ……すみません。なんだかまだ馬に揺られているような気がしてまして。」
「それは分かるが……大丈夫か?少し小屋で休むべきだったな……」

 

顔を曇らせるアルザスにアスティは首を振る。それから大丈夫、と言いたげな表情で、

 

「いえいえ、歩いていた方がじきに地面に慣れます。行きましょう。」

 

再び、そっと手を引いた。

 

「……分かった。ただアスティ、俺が先導するから。足場のいいところをできるだけ選ぶ。それで、ゆっくり行こう。」
「そう、ですね。えぇ、それではお願いします、アルザス。」

 

手を強く握りしめる。それから、アルザスが前に出てアスティの手を引くような形で山道を探索し始めた。
暫く探してもそれらしいものは見当たらない。風が少々きついが、妖魔や狂暴な生き物の存在はなくそれほど脅威はなさそうだ。最も、足を滑らせて山道を滑り落ちる、なんて可能性があるので油断はできないが。
二人はいつもよりペースを落とし、慎重に進んでいく。勿論周囲の探索も忘れずに。

 

「……あ。」

 

やがてアスティは何かを見つけたようで。薬草ではありませんが、と前置きをしてアルザスを呼ぶために手をくいっと引っ張り、見つけたものを指さした。
アルザスは振り返り、その指の先を見る。そこには綺麗な白い一輪の花が咲いていた。

 

「……花か、綺麗だな。」
「……えぇ。」

 

それが何の花かは、二人には分からなかった。アスティはその花が気に入ったのか、傷つけないように木から離し、荷物袋に仕舞った。
え、荷物袋に花を入れて大丈夫なのかって?食べ物とか鎧とか雪とか入ってても問題なければ明らかに物理法則を無視して仕舞えるそれに、花の一本や二本問題ないでしょ。荷物袋はこの世界の七不思議である。
それからまた暫く探索を続けていると、今度はアルザスの方が何か見つけたらしい。立ち止まって、地面から何かを摘み上げる。

 

「何か見つけましたか?」
「きのこがあった。それも、道のど真ん中に。……アスティ、もし毒があったら治してくれ。」
「ちょっと待ってください気でも触れたのですか!?治せますけど、治せますけど何で食べようとしているんですかあなた!?」
「新しい食材になる気がして、つい……!頼む、頼む一口だけでいい!毒があったら今後食うのはやめるから!俺の好奇心が抑えられないんだ!」

 

料理に対して変な拘りがあるアルザスは、未知の食材に出会うとついつい試したくなってしまうらしい。毒があったら治してと、無茶苦茶を言ってのける程度には見知らぬ食材の味を試したくなるようだ。よく今まで生きていたなって?今までは毒くらったら死ぬって思ってたからさほど無茶しなかったようですよ。
とりあえずこうなったら静観しかないかな、と思ってトオイメをしながらアスティは見守る。それはもう思いっきりがぶりと言って咀嚼をはじめ、飲み込んだが果たして。

 

「……お味はどうですか?そもそも生で食べても美味しい不味いって分かりづらい気がし
「ふ……」
「!?!?」

 

なんか怪しい笑みをこぼした!そのままアルザスはアスティを強く抱きしめて、なんならほおずりまでし始めた!

 

「ちょ、ちょっと待ってくださ、な、何いきなり抱き着いているんですか!?」
「かわいい。」
「!!??」

 

中毒が キノコの毒と 思うなよ
例えばワライダケとか、なんかぼろぼろ泣き出すキノコとか。そういう精神的にやべーキノコというものはこの世の中に存在するわけで。で、その類のキノコなのだが、今回はなんと、魅了だそうだ。

 

「普段から可愛い可愛いと思っていたが、まだこんなに可愛いとは……!流石俺のアスティ!」
アルザスが壊れた!!ちょ、ちょっと、は、離してください!!」
「とか言って、嬉しいくせに。」
「キノコのせいで抱かれたって嬉しくありません!」
「……今のも可愛い!」
「ちょ、誰か、誰かぁーーーーー!!」

 


―それからどうした―

 


「…………」
「…………」

 

言葉はいらない。全てはもう終わったことだ。
私たちはただ強く前を向いて生きればいい。それだけが常に許されることなのだから。

 

「このキノコは危険すぎる……やめよう……アスティ、ごめんな、ごめんな……」
「いいですよ、もう……キノコは危険。毒物、得たいの知れないものは危険。それさえ、分かっていただければ……」

 

隣で顔を覆ってぐすんぐすんえっぐえっぐするシーエルフの背をぽんぽんと叩く。彼の自業自得と言えばそうなのだが、巻き込まれたアスティとしてはたまったもんじゃない。
素の言葉であればいくらでも大歓迎だが、流石に今回のはキノコの言葉だ、アルザスの言葉ではない。
そのまま彼らは気まずい空気ながらも探索を再開する。奥へ、奥へと進んでいった。

 

  ・
  ・

 

随分と深くまで進んだところで、開けた場所に出た。先へ進むことはできなさそうだが、日当たりのいいそこにはお目当ての薬草が生えてあった。

 

「あった、あったぞアスティ!」
「本当ですね……」
「…………」

 

嬉々とするアルザスだったが、アスティの言葉を聞いて表情が強張る。その理由が分からずに、アスティは首をきょとんと傾げた。

 

「どうしました?早く摘んで帰りましょう。」
「……あぁ、そうだな。」

 

何でもない、とアルザスは首を横に振る。10分ほどかけて2人は薬草を探し、摘んでゆく。
薬草を多めに摘んだところで、これだけあれば大丈夫だろうと採取を切り上げる。随分風が出てきたようで、アルザスは思わず身体をぎゅっと縮こまらせた。

 

「……寒いよな。さっさとメジエの待っている小屋まで戻って暖かいものでも作ろう。」
「賛成です。今日は豆の入ったスープがいいです。」
「よし分かった、そうしよう。」
「……やった。」

 

顔を綻ばせる。
どこか儚げで、壊れそうな、けれど、心からの優しい笑顔。その表情にアルザスは色々問いかけたく、言ってやりたくなったけれど我慢した。
堪えて、行こうと手を引いて下山を始める。その途中で、アスティがアルザスに尋ねた。

 

「そういえばアルザス。あれは、気が付きましたか?」
「?何のことだ?」
「ローガンの、アルザスが気になると言っていたことです。」
「…………何となくは。」

 

何となくは。何となくは分かった。
上手く言葉にはできなくて、そうとしか答えられなかったが。アルザスの中でも、それはぼんやりと認識できるようにはなってきていた。
しかし、やはりそれを形に、はっきりとした形で見ようとすればそれはふっと隠れる。その理由まで、アルザスは分からない。


……それよりも。

 

「……あああああっ!!ったくお前も人のこと言えないだろっ……!!」

 

ついに痺れを切らした。アルザスはアスティの背と太ももに腕を回し、お姫様抱っこのスタイルで抱き上げる。そのまま駆け出し、小屋まで急いだ。
あまりにも突然の行動だったため、アスティも目を白黒させている。否、彼がその行動に出た理由は、アスティが一番分かっている。

 

「ちょっ……アルザス、降ろしてください!」
「断る。」
「待つ……っ本当に、平気ですから!」
「…………」

 

腕の中で逃れようともがくが、アルザスはお構いなしと言わんばかりに強引に突っ走る。
弱々しい力で、微かに震えていた。体温も高く、出歩く、ましてや仕事をするには良くないコンディション。
触れれば、それが顕著に分かった。そうでなくても、アルザスは気が付いていた。
最初から。それこそ、本当に最初から、アルザスは気が付いていたのだ。

 

 

 

「……ごめんなさい。悪いのは、私の方なのに。」

 

小屋に着くと、アルザスはアスティをベッドに降ろし、寝かしてやる。全速力で駆けたため少々息が上がってるが、それはすぐに落ち着いた。

 

「気にしなくていい。とにかく、今は休めよ。」
「…………あの。」

 

紅の瞳から、涙が零れ落ちる。言葉を紡ごうとして、飲み込んで。アルザスはしゃがんで、まっすぐに紅の瞳を見つめながら話した。

 

「それは、俺はお前ほど細かいことを考えたり気づいたりできない。が、お前のことなら少しは分かるようにできてる。だから、隠そうとしても無駄だ。
 お前が思っているより、俺はアスティのことを考えている。確かに俺は不器用だし、上手く伝えられないこともあるけれど……誰よりも、俺はアスティのことを考えている。」

 

ぎゅっと、抱きしめる。どこか泣きつくような、縋りつくような。
だから、痛くて、苦しくて。アスティは呻くように言葉を漏らす。

 

「く、苦しいです、アルザ……」
「……ごめん。」

 

苦しいと分かっていても、アルザスはやめることができなかった。
アルザスの自己犠牲を、アスティは許さない。その逆も、許せるはずがない。けれど、アスティの場合自己犠牲とは言い難いものだった。
暫く抱き着いていると、落ち着いたのかアルザスはアスティから離れる。

 

「薬草、お前の分も採ってきてあるぞ。後で煎じてくるよ。」
「やはり、結構前からバレていたのですね……」
「親父に出されたあのお茶を飲み干せた時点で気づく。甘党のお前が、俺が受け付けないほど苦い飲み物が飲めたりするはずないだろう、普通。」

 

慣れない冒険者生活。そこにオルカの背鰭の騒動。知らずのうちに負担となっており、そこから調子を崩したのだろう。推測でしかないが、そもそも彼女は己が何者かさえ分からず、人としての最低限の知識があるだけの状態だ。
止めなかった自分にも非があるとは分かっているが、アルザスは尋ねる。彼もまた、泣き出しそうな表情だった。

 

「……何でそんな状態でついてきたんだ。無理をしないお前が、無理をして。宿には少なくともロゼは居るんだ、だから独りになることだってないのに、どうして……」
「…………」

 

アスティは困ったような、寂しそうな笑顔を作る。涙をぽろぽろこぼしながら、無理やりにでも笑ってみせる。くしゃくしゃの紙を広げたような表情だった。
言いたくないなら構わないが。アルザスがため息をついて、アスティはそれを聞いて小さな声で漏らし始めた。

 

「ローガンの……」
「またあの話か?やけにこだわるな。」
「分かるんですよ。アルザスが彼を疑問に思う理由が。アルザスは――……」
「…………、」

 

その先は言わないで欲しい、とアルザスは無意識に思った。臆病なあの感情が心のどこかでのたうち回る。
聞きたくない、と。暴かないでほしい、と。無意識の願いに気が付いているのかいないのか、アスティは容赦なく続ける。

 

アルザスは、本当に助けたいなら自分で行くべきだと思っています。
 例え、大切な人を置いていくことになっても、そういう道を選ぶべきだと思っています。他に何があろうと、理屈なんて関係ない。それは殆ど心の無意識のところで、本能みたいなレベルで、アルザスの行動になる。
 それはもう、そういうもので誰であろうと止められません。」

 

私でも。アルザスでも。
誰でも。
当たっているでしょう?と尋ねるアスティに、アルザスは何も答えられなかった。不明瞭な回答が、無理やり形作られる。
よくある薬草採集の依頼。しかし、あの依頼人はまだ若い。元騎士とも言っていた。力はあるだろう。それに、優秀な馬のメジエだっている。
アルザスは自分とアスティが同じ状況ならば、黙ってなどいられない。
想像の中の自分がメジエに乗り、リューンを飛び出して駆けてゆくのが見える。
4日の道も1夜にしよう。暗闇ですらアルザスを止められない。
アルザスは名手が放つ矢のように、自分を乗せた駿馬が来た道をまっすぐに飛んでゆくのを見た。

 

―― そして、その背にアスティの姿はないのだった。

 

「…………あ、」

 

はっきりと、理解する。意識が現実に戻ってきたときには、アスティはすでに静かな寝息を立てて眠っていた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。
止めなかったのではなく、止められなかったのだと理解する。自分一人でだってこなせたであろうこの依頼。不調に気が付いていたというのに、共に受けたその理由を。
苦し気に眠るアスティをじっと見つめ、優しく額に口づけてみる。何かが変わるような気がした。けれど、そう都合のいい奇跡は起こらなかった。

 

「…………全く。バカだよなぁ、俺たちは。」

 

自由に水を作ることができるのは、アスティだけではない。アルザスも術は違うが可能だった。魔法剣の技能を使って水を生み出し、小屋にあったバケツに入れる。そこにタオルを入れて絞り、アスティの額に置いた。それから薬草を煎じるため、鍋にも同じ方法で水を注いだ。
アルザスは、今でも。アスティのためにできることがあればなんだってやるのだった。

 

  ・
  ・

 

早朝。アスティが微かに身じろぐと、アルザスは彼女に声を投げかけた。

 

「おはよう、調子はどうだ?」
「ん……」

 

あまり寝起きがよくないアスティが起きるのを、アルザスは静かに待つ。10分ほどベッドの上で浅い眠りと意識の覚醒を繰り返し、やがて身を起こした。

 

「えぇ、もう大丈夫です。いつでも発てますよ。」
「それならよかった。それじゃあ、早速帰ろうか。今経てば今日の夕方には海鳴亭へ帰れるだろう。」
「丁度、ロゼも回復している頃でしょうかね。思ったより早く帰れましたと報告しましょう。私たちを置いて4人で依頼を受けるー、なんてこともあるかもしれませんし。」

 

あの4人だとあまりにも自由奔放すぎて不安が強いなぁ、とアルザスは苦笑する。ベッドから降りて、アスティはアルザスのすぐ横に並ぶ。いつもの、アスティの定位置だ。
並んで、アルザスの方を向いて満面の笑顔を浮かべる。じっとしていられなかった彼への、労いの意を込めて。

 

「……ありがとう、アルザス。」
「ん゛っ……、ど、どういたしまして……じゃ、じゃあ出るぞ、外でメジエが待ってる。」

 

照れた。露骨に照れた。好きな人の笑顔にやられた。
なんとも締まらない、と思いながらアスティは出る前に荷物袋の中身を確認した。それから小さく笑みを浮かべて、メジエに跨りアルザスの背にひっついた。
2人はメトウラ山を後にする。その道中、アルザスはアスティに嬉しそうに話した。

 

「なあアスティ。俺はすごい発見をしたぞ。」
「すごい発見、ですか?」

 

彼の表情は彼女には分からない。それでも、声の調子から随分といい発見だったことは伺えた。
メジエを走らせ、元騎士のシーエルフは語る。

 

「俺はさ、多分アスティの言った通りだと思う。お前に何かあったら、じっとしてられないんだよ。
 それはさ、多かれ少なかれ俺が今は冒険者だからって部分があると思う。
 そしたら、なんとお前も冒険者だったんだよ。」
「…………それのどこがすごい発見なんですか。」

 

首を傾げる。この人は何を言っているんだろうといった調子で尋ねる。
その解答に、彼は笑う。

 

「だから、お前も……待ってられなかったんだろう?」
「……何を?」
「俺が帰ってくるのを!」

 

2羽のカモメが羽ばたく。
1羽のカモメに追いつかんともう1羽のカモメが懸命に羽ばたく。
それはさながら、追いかけっこのようで。

 

「待ってられないから、走って。待ってられないなら、追いかけて。俺たちはそうやって二人でいたらいい。そうすれば、俺たちは何も怖くない。見えない場所の喪失も、助けを求められない孤独も。何も、怖くないんだ。」

 

待っていられなかったから、不調を黙ってついてきた。
孤独に対して強い恐怖心を抱くと知っていたから、彼も止めることはできなかった。
きっと、それでよかったのだ。元騎士と、記憶なき少女は今は冒険者。だから、駆け出して、追いかけて。そうしてつかず離れずの関係を築ければ、それでいい。
それが、2人の距離感なのだろう。

 

「……だから、ずっと一緒に居ような。」
「…………ふふ、」

 

ぎゅっとくっつく。びくり、アルザスは身体を震わせ、けれど振り返ることはできずに。

 

アルザス。……私、待ってますからね?」
「え、な、何を?えっ、何が?」
「あなたは気づいていないでしょうが。私はずっと、そう思っていますから。」
「え、え、まって、待って何、なんの話だ!?いや、気づいてないって、俺はその、お前とずっと一緒に居……!」

 

ここで、とんでもない言葉を口走っていたことにようやく気が付いたらしい。顔を覆いたくなっても、今は手綱を握っているため手を放すことはできない。
アスティは、そっとアルザスの後ろ姿を見つめた。あぁやっぱり、耳まで真っ赤になっていて表情が隠れていない。
それを確認すると、また楽し気にぎゅっとくっついた。
駿馬は二人分の姿を乗せて駆けてゆく。速く、遠くまで、まっすぐに。

 


夕方、依頼人の家。突然ドォン!!と大きな音が響き、ローガンは急いで音のした方へと駆けつけた。
かけつけると、馬小屋の近くの欲し草の山の上にひっくり返っているアルザスとアスティの姿がそこにはあった。

 

「な、なんだ今の音は!?」
「はは、すまないな、戻るなりこんな格好で。」

 

草まみれの格好で、苦笑しながら片腕を上げて挨拶をする。なんとも残念な恰好だった。

 

「これは一体何があったんだい。」
「いや……この近くまで来たら急にメジエが暴れて振り落とされてしまった。もうすぐお前に会えると思って興奮したんだろう。」

 

ふんっ、とメジエは鼻息を吹く。だめじゃないか、とメジエを叱るローガンにまあまあとアルザスは声をかけた。
派手に落ちて草まみれだったが、地面ではなかったからか2人に怪我はない。立ち上がり、手で衣服の草を払い落として改めてローガンに向かい合った。

 

「そうか。いや、まったく……メジエがすまないことをした。道中は平気だったかい?」
「あぁ、随分よく働いてくれたよ。お陰でほら、依頼品の薬草もこの通り。」

 

荷物袋から、依頼されていたメトウラの薬草を手渡す。
それを受け取り、鑑定するかのようにローガンは眺める。正解の薬草を摘んでこれていたようで、みるみるうちに嬉しそうな表情へと変わっていった。

 

「おお……これだ、懐かしい。
 君たちに頼んで良かったよ。本当にありがとう。」

 

約束の報酬だ、と銀貨の入った袋を2人に手渡す。中身を確認すると、依頼内容と交渉の通り600spが入っていた。謝礼を述べ、2人は報酬を受け取った。

 

「それじゃ、これで俺たちは失礼するよ。奥さんによろしくな。」
「あぁ、君たちも身体に気を付けて。また何かあったときは海鳴亭の方に頼みに行くよ。」
「…………」

 

アルザスが歩いて行こうとすると、アスティが足を止め、ローガンの方をじっと見つめていた。何かを手で包み込みながら。
それに気が付き、ローガンは問いかける。

 

「どうかしたかい?」
「これを……あの――」

 

強い風が、言葉を攫うように吹いた。
アスティはローガンに言葉を告げ、ローガンは目を丸くし。
その花を、受け取った。

 

「おーい、アスティ。どうかしたか?」
「あぁ、もう終わりました、今行きます!」

先行く一羽のカモメに、後ろからカモメが追いつく。
そうして、またつかず離れず。2羽のカモメは、帰路につくのだった。

 

  ・
  ・

 

「ただいま戻りました。」
「おかえり。随分早かったじゃない。表情から見るに首尾はよさげだけど。」
「ロゼ!よかった、すっかり元気そうで。」
「えぇ、もうこの通り。明日からあたしもカモメの翼に戻れるわ。」

 

宿について、出迎えたのはロゼとラドワだった。テーブルに4人で座り、雑談を交わす。カペラとゲイルは依頼に向かっているが、今日には戻ってくるそうだ。ロゼは動けるようになったので、今日一日は無理をしない程度に身体を動かしていたそうだ。

 

「あぁそうだ、依頼の方は……まあ、色々ありましたが結局何とかなって、大成功ってところです。」
「成功したってことは分かるけれど省略しすぎてさっぱり分からないわよ。」
「そうですね……では、後でゆっくりお話ししますよ。とりあえずこの人を休ませてからですね。」

 

ラドワの言葉に、アスティはちらり隣に目線をやる。そこには今にも寝オチしそうなアルザスの姿があった。
またこの人無茶したのかな。アスティに変わって見張りするとか言い出してずっと寝てないのかな、とかロゼとラドワはやりそうだなぁ、とあれこれ想像する。実際間違ってないんだよなぁ。
その考えを察したのか。アスティは困ったように笑いながらこくりと頷く。

 

「今回寝てないんですよ、この人。全く、無茶するんですから。」
「あっ、それアスティが言う?」
「私は今回だけでしょう?それに、私はいつも私を大切にします。」

 

ただ、自分を大切にするためにはあなたが居ないとだめなだけで。
そういたずらに言ってみせる。眠たげにするアルザスは、そんな状態でも赤くなっていた。

 

「というわけで、寝かせてきますね。夕食の時間に、カペラやゲイルが戻ってきたら詳細を改めて説明しますから。……というわけで、回復したら付き合いますから。今は無理しないでしっかりと寝ること、いいですね。」
「……ん、……約束、だから……な……」

 

眠気が限界に達したようで。そのままテーブルに突っ伏し、寝息を立てて眠り始めてしまった。
やれやれ、といった調子でアスティはアルザスの頬を軽くつついて、

 

「……えぇ、約束ですよ。」

 

と、穏やかな調子で笑った。

 

 

「リエーテ。」
「ローガン。あら……その手に持っているのは……」
「あぁ、あのメトウラの薬草だ。依頼をした冒険者がやってくれた。」
「そうなの。……ごめんなさいね、私が弱いばっかりに。貴方もメジエも縛ってしまっているわ。」
「いいんだ、リエーテ。今はその風邪を治すことだけを考えていればいい。」
「でも、本当は貴女だって……」
「…………」

 

少し考えこんでから。そういえば、こんなものをいただいたと、ローガンはリエーテにアスティから貰ったものを差し出した。
綺麗な、白い花だった。

 

「まあ……これは。」
「それはある約束と引き換えに譲ってもらったんだ。
 君が元気になったら、今度は私と君とメジエと3人であの山へ行くようにと。」
「……そう。」

 

穏やかに微笑む。
それから、窓の外へ視線をやり、リエーテは目を細めた。

 

「貴方とこんな風に話すのは久しぶりね。」
「そうかい?私はいつも通りだが……」
「いいえ、本当に久しぶり……もっと聞かせてほしいわ。」
「彼らについてかい?」
「いいえ。」

 

―― 明日のことについて。

 

 


☆あとがき
まだ恋仲じゃないのに恋仲関係でつっこんだ方がそれっぽいから恋仲関係でつっこんだ話します???実はこの話やりたかったのと、馬に2人乗りするのが好きすぎてザス君に馬を乗れるって設定つけたし、なんならこのシナリオやるためにスティープるチェイサーまでやりました。
若干分かりにくい気がしたのでアルアスの胸の内どないやねんってことを言うと、

アルザス:不調だと最初から気づいてたから宿で待っててほしい。でも隠していることを指摘できなかった。アスティが孤独に恐怖心を覚えるから置いていくこともできなかった。
アスティ:寂しかったからついてきた。アルザスが何を考えているのかは傍でも分かっていた。

って感じです。この胸の内とか、追っかけっこするのアルアスだなぁーと思ってすごくこのリプレイがやりたかったんです。あとほら、馬に2人乗りするし!!!!
しかし、何でザス君はこれで片思いって思ってるんでしょうね???

 

☆その他
所持金 2050sp→2650sp

 

☆出典

はしわたし様作 『あしたのこと』より