海の欠片

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リプレイ_8話『あしたのこと』(1/2)

※アルアスお砂糖回だよ。シリアスありのほのぼのかな

※改変可所が多めだよ

 

 

「……ということだ。ロゼはしばらく休んでいるように。」
「えぇ、あたしも無理するつもりは全くないし。2、3日はおとなしくしておくわ。」

 

オルカの背鰭との接触から2日が経った。クレマンがロゼに与えた傷は深かったが、すぐに治療したこととアスティの力により、ロゼは順調に回復していた。
もう3日も安静にしていればいつも通りの動きをしても支障はないだろう、という医師の判断。自由奔放な性格だが物分かりはよく、無謀なことをする性格では……あったな、ラドワを庇ったりしたもんな。
とにかく、彼女は必要以上の無理や無茶をしない性格である。医師の言葉に従い、安静にしていることだろう。
その間、カモメの翼は少人数で受けられる依頼をこなすことにした。ラドワはロゼの傍を離れたくないと思い、アルザスとアスティ、カペラとゲイルに分かれて依頼をこなすことにした。治療費のこともあり、少しでも実入りは多い方がいい。2チームに分かれたのはそんな理由だったからだ。
朝7時半。現在起きているのはアルザスとロゼ、カペラ。アルザスはアスティが起きる前にロゼの様態を確認し、依頼を探し始めた。

 

「……なぁ、親父。これなんだけど。」

 

手ごろな依頼が見つかり、亭主に差し出す。亭主は受け取ると、内容の確認を始めた。

 

「どれどれ……あぁ、これか。リューンの外れの方に住んでるローガンという男からの依頼だな。
 張り紙にもある通り、妻の病に効く薬草採集のため少数の人手を必要としている。一人で……は、受けないよな、お前は。」
「あぁ、アスティと一緒に行くつもりだ。」

 

カモメの翼に負傷者が出て、数日は少数で行動するという方針は亭主も知っている。特に反対もなければ全員の憂いもなくなっていたように見えたので、口出しすることもなかった。
それじゃあここから先の話はアスティが揃ってからにするか、と一旦依頼を置く。それから朝食の準備を始めた。
その際、親父がアルザスの方に手を動かしながら言葉を投げる。

 

「それにしてもお前たち。相変わらず仲がいいな。」
「ぶっっっ」

 

仲がいい、と言われただけで思わず吹いた。えっ?と、親父さんも流石の困惑顔。
2日前の夜の行為とカペラのトンデモ発言の回想がダブルパンチでアルザスを襲う。なんでもない、とげほげほ咽ながらアルザスは回答を濁した。
あぁ、そういうことかぁ、と流石我らが親父さんは察したけど、アルザスは隠せたと思っている。残念だなぁ。

 

「ま、大丈夫だとは思うがせいぜい嫌われんようにな。もし喧嘩でもされちゃあ宿が危ない。」
「それは親父と娘さんもだろ……」
「…………」
「えっ」

 

多分喧嘩してやばいのはラドワとかゲイルとかその辺だと思うが。
いや、アルザスが落ち込んで宿の空気が鬱で満たされて湿っぽくなるのも大問題か。なるほど、宿の危機だ。
それはそれとして、明らかに亭主が固まる。どう見ても図星です本当にありがとうございました。

 

「何親父さんと遊んでるんですか、アルザス。」

 

アルザスと並ぶようにアスティが座る。ふわ、と小さくあくびをした。
因みに服はアルザスが昨日のうちに縫って直した。料理上手で裁縫ができる、まさにオカンだ。

 

「あ、アスティおはよう。聞いてくれ、親父がさ……」
「あーあーあーアルザス!アスティが来たんだから例の依頼の話でもしたらどうだ!」

 

誤魔化した。先ほどのアルザスといい親父さんといい、拙いはぐらかし合戦である。
依頼ですか?と首を傾げるアスティに、アルザスはそうだなと説明を始めた。

 

「丁度少人数募集の依頼で、手ごろそうなのがあったんだ。お前がよかったらこの依頼を受けようと思うんだけど、どうだ?」
「そうですね、内容を聞いてもいいですか?」
「薬草採集。詳しい話は一緒に聞こうと思ってまだ聞いていない。」

 

ここで、亭主は朝ごはんのトーストとミネストローネ、サラダをカウンターに並べる。
いただきます、と手を合わせ、2人は朝食に手を付け始めた。
それから後から何やら変わった飲み物をトンと2人分置いた。不思議そうな表情を浮かべながら、とりあえず匂いを嗅いでみる。

 

「なんか……これ、変わった匂いのお茶ですね。」
「というか……臭い!」
「臭いとはなんだアルザス。それはな、異郷から来たという客に貰った珍しいものなんだぞ。」
「とは言ってもな……うお、しかもにっがい!」

 

無理、と突き返す。それから口直しにとミネストローネをぐっと飲みこむ。流石に熱かったらしく、顔を顰めていた。
どうも店で出していいと言われたものの、あまりにも癖が強いものだから出すに出せなかったそうだ。さらっとそんなものを振舞わないでくれ、とぼそぼそ言いながらアスティを見て。
なんということでしょう。あれほど苦く癖のあるお茶を普通に飲んでいるではありませんか。

 

「普通に飲めるだと!?」

 

思わず亭主と声が揃う。アルザスは思わずアスティの肩を掴み、問い詰める。
その形相は眼鏡をかけてなければ生活できない近眼の者から眼鏡を奪ったときの、あんな感じの顔。

 

「アスティ……お前、親父の振舞ったものだからって無理をして飲まなくていいんだぞ……?」
「おいアルザスどういうことだそれは。というかアスティを見習え、残さず素直に飲んでるんだぞ。」
「断る。俺は俺の美味しいと思うものしか食べない。美味しいと思うものしか振舞わないんだ。」
「お前食に対して変なこだわりあるよな。」

 

料理上手である者のプライドか、それとも単なる我儘か。性格から考えて、きっと前者だろう。
と、こんな緊張感のないやりとりを交わしてから、改めて依頼について詳しく尋ねることにした。

 

「内容はよくある薬草採集だな。依頼人の奥さんの具合が思わしくないそうだ。
 採集場所はメトウラ山。良い意味でも悪い意味でも、特に目立った噂のない場所だ。お前たちの足なら着くまでに4日程かかるだろう。
 報酬は成功報酬で400spを予定。後は、受けるつもりの者が居たら事前に一度、直接依頼人から話をしたいそうだ。」
「往復約1週間、ですか。少し留守の期間が長くなってしまいますね。」
「そうだな……とはいえ、ロゼも身体を慣らす時間もいるだろうし、そう考えると丁度いいかもしれないな。あまり時間がかからないことを祈ろう。」

 

こくり、アスティは頷いた。
亭主にはラドワやカペラにいつ頃戻るか伝えておいてくれ、と頼む。分かった、と快く引き受けてくれたので、少々留守が長くなる分には大丈夫だろう。

 

「そうだ、依頼人はどんな人だった?」
依頼人はリューンの街道周辺からも外れた閑静な地区に住んでいるローガンという男だ。歳は30前半。妻一人、子なし。
 もう辞めたらしいが、元々はどこぞの騎士だったそうだ。特に身辺に悪い噂は聞かないな。」
「……騎士、か。」

 

ぽつり、アルザスが呟く。元々彼は騎士を務めていたため、もう辞めたと伝えられてひっかかるものを覚えたのだろう。
とはいえ、それが平和な理由、例えば奥さんと結婚したから、という理由であればアルザスだって心穏やかにいられる。……依頼に直接関係のない話のため、直接尋ねる気はないが。

 

「話題を変えましょうか。薬草、というものはどういったものですか?」
依頼人の話によると、その薬草は万病の助けになるというか……要するに、弱っている人間に対して滋養の効果があるらしい。艶のある緑色で、細い葉っぱが特徴なんだとさ。」
「……ふむ。」

 

考えるように、アルザスは口元に手を当てた。気になることがありましたか?とアスティは尋ねるも、何でもない、とだけ返した。

 

「……悪くない依頼だな。アスティ、この依頼を受けてもいいか?」
「えぇ、いいと思いますよ。行きましょう。」
「決まりだな。じゃあ、まず依頼人に会ってくれ。事前に直接話があるそうだ。
 それとほれ、紹介状だ。なくすんじゃないぞ。」
「流石に子供じゃないんだしなくしたりしないって。それじゃあ親父、行ってくる。」

 

丁度朝食も食べ終え、ごちそうさまと手を合わせる。アスティは半分ほどしか食べていないが、食欲がないのか同じくごちそうさまと手を合わせた。

 

「待ってるから、合わせなくていいぞ?俺はアスティを置いていったりしないから。」
「ん……いえ、お腹いっぱいなので大丈夫です。行きましょう、アルザス。」
「まあ、お前がそう言うんならいいが……それじゃあ親父、行ってくる。」

 

立ち上がり、宿の扉をくぐる。
雲一つない晴天が、カモメの旅立ちを歓迎する。二羽、輝く大海原へと飛び立った。

 

  ・
  ・

 

「さて……と。依頼人の家はこの辺りだな。」

 

亭主に教えてもらった場所の近くまでたどり着く二人。
隣に居るアスティは静かについてきていた。何か面白かったのか、上機嫌ににこにこしているように見えた。その理由が分からず、アルザスは首を傾げる。なんとなく、一人置いていかれてしまったような気分だった。

 

「なぁ。」
「ふふ……ごめんなさい。でも、ちゃんと聞いていましたよ。依頼人の家が近くなんですよね?」
「あぁ、というか……ここだな。」

 

立ち止まる。それを見たアスティも同じく立ち止まる。すぐ目の前には家が建っていた。
辺りに他に家は見当たらない。十中八九ここが依頼主の住居で間違いないだろう。
立ち会う前に一度足を止め、アルザスは一つため息をついて頭をがしがしと掻く。

 

「……その、同じだからな。アスティと居て、楽しいのは。」
「ふふ、そんなの知ってますよ。」

 

アルザスの胸の内を知っているのか、いないのか。その言葉を聞いて、優しく、柔らかく笑ってみせた。
その笑顔がアルザスにとって誰よりも可愛かったことと、口走った言葉があまりにも恥ずかしくてアスティから顔を逸らす。簡単に長い耳が真っ赤になるものだから、表情を隠したところでバレバレであった。

 

「……また、抱きしめたくなっても知らないからな。」
「私はいいですよ。」
「えっ」
「流石に今は依頼中なのでだめですが、これからしばらくは二人きりですし。機会がありましたら、そのときは私はいいですよ。」

 

アルザスとアスティは、恋仲ではない。アルザスはアスティに対してかなり心は許されているものの片思いだと思っている。アスティはアルザスに対してどのような想いを抱いているのか、それはアルザスには分からない。恐らく、アルザスだけ分かっていない。
くすくす、隣で揶揄うようにアスティは笑う。顔を手で覆い、再びため息一つ。

 

「……お前、酷いな。」
「それはお互い様ですよ。」

 

きゅっと手を握り、依頼人へ会いに行きましょうと前に引っ張る。たったこれだけのふれあいで、アルザスは大変驚いたように肩を震わせ、顔を真っ赤にさせる。
誰が見ても、分かりやすい。同時に誰が見ても、恋人同士にしか見えない。そんな微笑ましいやり取りをしながら二人は依頼人へと会いに行った。
扉の目の前まで来ると、コンコンとノックをする。どちら様でしょう、と男の声が返ってきた。

 

「海鳴亭から依頼を受けた冒険者のアスティと申します。事前のお話を伺いに参りました。」
「おお。では、今開けよう。」

 

しばらくして、扉が開かれる。金色の髪に深い青緑色をした男性が出迎えた。
体格はがっしりしており、なるほどこれは騎士をやっていたと聞いて納得するものがある。男は一礼をし、自己紹介を始めた。

 

「はじめまして。私が今回の件を依頼したローガンという者だ。」
「はじめまして。私が先ほど挨拶させてもらったアスティで、こちらがアルザスです。」
「どうも。それと、これが紹介状だ。」

 

アルザスが差し出すと、ローガンはそれを受け取る。紹介状に目を通し、それから改めてアルザスとアスティをじいと見つめた。太陽の目と深紅の目の奥深くを覗き見るように、じっくりと見つめる。流石に少々二人ともたじろいだ。

 

「おっと、これは失礼した。
 それで話の件だが……すまない。まずは唐突な話になってしまう非礼を詫びよう。実は、君たちには薬草採集のついでに頼みたいことがあってね。
 君たちには貸したいものがある。それは、今後の判断のためにも直接見てもらうのがいいだろう。ひとまず私について家の裏まで来てくれ。
 この前の雨で屋根の下の土がぬかるんでいるから気を付けて。さあ、こっちだ。」

 

歩き始めた依頼人の後ろで、アルザスとアスティは顔を見合わせる。
2人は訝しみながらも依頼人の後を追って、

 

「わっ!」

 

アスティはぬかるみに足を取られて体勢を崩した!
それをすぐ隣に居たアルザスは素早くフォロー!手を引き、腰を支えて受け止めた。

 

「っと、セーフ!足元、大丈夫か?」
「え、えぇ、平気です。ありがとうございます、助かりました。」
「……?ならいいが。
 どうしたんだ、足元に気をつけろという話があっただろう。アスティが話を聞いていないなんてらしくないんじゃないか?」
「まあ、たまにはいいじゃないですか。助かりましたし、結果オーライです。」

 

と、いうアスティは申し訳なさそうに苦笑していた。アルザスは腑に落ちないことはあったが、同時に裏の方から聞き覚えのある嘶きが聞こえてきた。
よく見ると辺りには、雨を避けて丈夫な布を被った干し草や堆肥を積んだ押し車など、ある動物を連想させる品々が並んでいる。アルザスはこれらを見て、すぐにもしやとある推測が行われた。

 

「さあ、こっちだ。」

 

ローガンについていき、彼が指し示した先を見る。そこにはやはりと言うべきか、一頭の栗毛の馬が居た。

 

「もう気づいただろうが、君たちに貸したいものというのはこの馬だ。名をメジエという。
 私が元騎士であったという話は亭主から聞いたかい?メジエはその頃から世話になっている友人でね。言うことを良く聞き、何より背に人を乗せて走るのが好きだ。だが、最近は妻の病弱もあってなかなか外へ連れ出してやることができない。
 そこで、君たちには薬草採集のついでにメジエを連れていってもらいたい。」

 

重ねて、急な話ですまないとローガンは再び謝罪する。隣でメジエはおとなしくしていた。
一目に従順そうな馬だとアルザスは思った。時折、アルザスの方を見てはゆっくりした仕草で頭を上下している。

 

「ポチ、ハセオと来て次はメジエですって。」
「まさか騎乗の経験がこんなに生かされるとは思わなかったなぁ俺。それこそポチを失ってから、二度と馬には乗らないと思っていたのに。」

 

何があるか分からないものだ、とアルザスは呟いた。
そこには過去の思い出の悲痛さはない。ただ純粋に、意外なこともあるのだと、今の出会いを楽しんでいるようだった。

 

「君たちには、予定していたメトウラ山の薬草採集へこの馬に乗っていってもらいたい。
 急な話ですまない。だが、事前に馬を貸すなどと伝えておくと、馬の方を目的にした悪い輩がやってくるんじゃないかと思ってね。」

 

そこで、あえてこの件については伏せて依頼をさせて頂いた。
ローガンは、改めて冒険者に依頼の内容を説明する。

 

「そして、君たちを直接見てみて私はメジエを託す決心がついた。迷惑でなければ是非同行させてやってほしい。」
「馬を借りられるのはありがたいが……本当にいいのか?」
「あぁ。君たちならばという直感で……というのでは足りないのなら、私はメジエにも信頼を寄せている。もし、自分に危機が迫っていると感じたら、君たちを蹴り上げて逃げ出すくらいの度量はあるだろう。
 何、どちらも期待外れに終わった場合は自分に見る目がなかったと諦めよう。……非常に残念ではあるがね。」
「大丈夫ですよ。この人超がつくほどお人よしですし。」
「そう言うアスティの方が、超がつくほどお人よしに見えるけどな。」

 

どっちもどっちだ、と仲間が居たらツッコミが飛んできそうな二人の言葉だ。
アルザスに関しては、仲間に甘い、というのが正しいのだろうが。別に自分に関与がさほどない者に自ら進んで助けることはしない。アルザスにとって、縁が生まれた者を大切にし、何よりも大切な者を誰よりも一途に守ろうとする。
彼は、そういう性格だ。
馬を借りることについてはむしろ願ったり叶ったりなので、素直に借りることにする。スティープルチェイスで騎乗のカンも完全に復活しているので、アルザスが居れば問題なくメジエに乗ってメトウラ山へ向かうことができるだろう。

 

「そういえば、奥さんはどういった方なのですか?」
「妻は軽い病で伏せることが多くてね。病弱なんだ。今回も風邪のようだが、用心が欠かせない。
 名前はリエーテ。彼女も、私と共に騎士の仕事に携わっていた経験がある。」

 

前線に立って戦うような役ではなく後方支援の類だがね、とローガンは肩を竦める。話によると、特別な力を持った詩の歌い手だったそうだ。なるほど、カペラやミュスカデがやってのけるようなことを彼の妻はするのだ、と簡単にイメージがついた。

 

「……アルザス、ちょっと赤いですよ?」
「えっ、あ、いや、や、なんでもない、なんでもないから!」
「元騎士の俺が前で戦って、後ろで私が支援する姿とローガンさんの話が重なりましたか?とても光栄は話で
「あーあーあー聞こえない!!何も聞こえないなーーー!!」

 

誤魔化した。露骨なまでに誤魔化した。
ごほんごほん、と咳払いを二回ほどやってからそのままむせ返ってえずいているアルザスを、ちょっと可哀想なものを見る目でアスティは眺めていた。しばらくすると落ち着き、ローガンへ質問を投げる。

 

「せっかくだから、メジエについて聞いてもいいか?俺、昔馬に乗っていたんだ。あとそれと、つい最近乗ることがあったから気になって。」
「おぉ、それは頼もしいな。より君たちに任せられそうだ。
 メジエは私の騎士時代からの友人であり、言うことをよく聞く賢い馬だ。
 君たちは余程不当に扱わない限りメジエは君たちの脚となり、片道4日の行程も2日に変えることだろう。」
「それはありがたいな。これは案外ロゼたちを待たせずに済むかもしれない。」

 

往復で4日。うっかり向こうが長めの依頼を取ってしまった、なんてことから全員が揃う日が延びる可能性はあるが、それでも短くなることはありがたかった。

 

「そうだ、山で馬を駆けるのは難しいだろうから、麓にある小屋の近くにでもメジエを繋いで、山へは君たちで入るといい。
 誰のものでもない旅人の休憩所のような小屋がある。他に目に付くようなものはないから、すぐに見つかるだろう。」
「随分と詳しいのですね。」
「あぁ、あの山へは私も以前、よく妻とメジエを連れていったものだ。」
「…………?」

 

何か、違和感を覚えた。アルザスは首を傾げるが、自分でもその理由は分からない。
どうかしたかね、と尋ねられるも上手く答えられない。多分、何でもないとぼかした答えを返した。
それから薬草の特徴をメモし、報酬は交渉して600spに値上げしてもらった。メジエを連れていく分元々100spは余分に貰っていたが、信頼できそうだということでもう100sp値上げしてもらった。

 

「それじゃ、そろそろ出発するか。メジエには俺が前に乗るから、アスティは後ろに乗ってくれ。……大丈夫か?乗れるか?」
「えぇ、なんとか。……凄いですね、地面が遠いです。」

 

小柄なため、よじ登るような形になったアスティだがなんとか馬にまたがる。落ちないようにぎゅっとアルザスに抱き着き、地面を見下ろした。
それから、アルザスの後ろ姿を見つめる。やっぱり耳が赤くなっていて、先まで赤くなるせいで後ろから見ても恥ずかしがっていることが分かってしまう。
どうしても笑みがこぼれてしまった。この人は気が付いてないんだろうな、と思うと都合がいいような、悪いような。そんなどっちとも言えない感情をアスティは抱いた。

 

「うんうん、メジエも嬉しそうだ。
 行っておいで、メジエ。二人のよう助けになるように。」

 

メジエはローガンに餞をしてもらい、目を細めた。
二人はローガンを後にし、メトウラ山へ向けて馬を走らせた。

 

  ・
  ・

 

「ふう……これは思わぬことになったな。」
「えぇ、まさかアルザスと二人乗りで馬を駆ることになるとは思いませんでした。」

 

お陰ですぐに機会が回ってきてしまった。冗談で言ったつもりだったのに。そうぼそぼそ言うアルザスは、まだ恥ずかし気だった。
アスティはもう一度よく分かるように、ぎゅっとアルザスの背を抱きしめた。温かな温度と、傍に居て嗅ぎなれた香りが伝わってくる。そして何よりも、これでびくっとするアルザスがとても可愛いと思った。

 

「そ、そのアスティ、あの、もう少しこう、きつく、でも……」
「そんなに声を震わせてると説得力ありませんよー?というより、あなたの方が馬から落ちそうですよ。」

 

危ないからとか、落ちないように、とか。そういったことを言いたいのだろうが、完全に上がってしまっていてとても伝わる言葉ではない。が、アスティにはちゃんと伝わったようで。言葉に甘えて、もう少しだけ強く抱き着いた。
それでも、アルザスはいつでもアスティのことを考える。きっと、アスティも知らないうちに見逃す程度にはアルザスには細かな気遣いが込められている。今回は気が付いたし分かりやすかったけれど、彼にとっても無意識のうちにそれは込められている。
軽口を叩きながらも、触れる暖かさは本物で。背に額を当てながら、目を細めて呟いた。

 

「……あったかい。」
「……そうだな。」

 

穏やかな声が返ってくる。それを、幸福だと感じた。
アルザスもアスティも、体温は常に低めである。内包する魔力の影響で、常にひんやりしているのだ。ただし、同質の魔力を保有する場合、例外として『温かい』と感じることがある。アルザスやアスティは、この例外だった。
ここで、不意にアルザスがアスティに声を投げかける。

 

「それにしても、気になるところがあるんだ。
 依頼人のローガンのことなんだけど、何で自分で行かないんだろうな。」

 

感じた、違和感。
その違和感の正体が分からなくて、吐き出す。その言葉をアスティが拾い、自分なりの回答で返す。

 

「それは、やはり奥さんを独りにして行けないからでしょう。」
「あぁ、そうか……それはそうだな。うーん、何かひっかかるんだけどな……」
「…………」

 

考え込むように、黙り込む。
答えが見つからない、というよりも。何故、納得がいかないのかという、疑問についての回答を探すように。

 

「アスティ?」
「いいえ、何でもありません。
 それより、そんなことも分からないなんてちょっとまずいんじゃないですか、アルザス。」
「む……いや、確かにそうなんだけど、うーーーん……?」

 

アルザスはまだすっきりとは腑に落ちない様子で、首を捻った。
何かが気になってはいるのだが、結局その正体についてはよく分からなかった。
そのまま二人は夜になるまでメジエと走り、適当な場所で野宿の準備を始める。丁度土が乾いているところを見つけたので、そこで一晩過ごすことにした。
冒険者になってすぐはそういった知識はなかったのだが、ロゼが野外活動の知識に優れていたため、かなり勉強させてもらったのだ。

 

「…………」

 

焚火を炊き、アスティはそれを前にして座り、アルザスは夕食の調理を行う。ぱちぱちと音を立てて朱色の火の粉が舞った。
料理をしながら、アルザスは険しい顔をしていた。何かを考えていることが分かったのか。アスティはアルザスを覗き込むようにして尋ねる。

 

「ローガンのことですか?」
「色々あるけど……それもだな。」

 

決して意識を料理からは逸らさず、ぽつりぽつりと口にしていく。

 

「なんだろう。何か引っかかるんだよ。
 大したことじゃないと思うけど、それでも納得できないような何か。」
「…………」

 

言葉を遮らず、アスティは黙って聞いている。
少しの空白の後、アルザスはアスティに尋ねた。

 

「アスティは、何か気が付いているんじゃないか?
 その、何かについて。」
「…………いえ。」

 

火に照らされたアスティの表情は暗く、何かをそっと隠しているように見えた。知らなくて済むことは、自然な成り行きに任せておこうとしているようだった。
それを、深く追求することはしなかった。またしばらく空白が生まれ、スープが完成するとお皿に持ってアスティに渡す。自分の分も用意すると、彼女のすぐ隣に並ぶように座った。
いただきます、と口に運ぶ。素朴な味ながらもしっかりとスープには野菜と肉の旨味が出ており、食べる人への想いもしっかりと篭っており大変美味しい。

 

「やはり、アルザスの料理は美味しいですね。」
「そうだろう?料理だけは地震があるんだ、腹いっぱいになるまで堪能してくれよ。」
「それはもちろん。……それに、アルザスの料理は優しい味、というか、懐かしい味、というか。食べていると、暖かい気持ちになれます。」

 

目を細めて、ゆっくりと舌鼓する。思い出せない過去を、掘り返すような。自分でも分からない何かに追憶するような。そんな表情に見えた。

 

「そこまで言ってもらえると、俺も作り甲斐があるよ。
 ……よし!そしたら褒めてくれたお礼だ。今度宿でアスティの好きなものを作ろう。」
「わっ、何でもいいんですか?そしたらクッキーとシュークリームとプリンとケーキがいいです!」
甘いな!?分かってたけどまさか全部デザート類で来るとは思ってなかったぞ!?
 いや作る、作るけれども!?それ一回で食べれるか!?いけるのか!?」
「任せてください。甘いもの、それもアルザスの手作りとなればいくらでも食べれます。」
「嬉しいけどもどうか無理だけはしないでくれよ!?」

 

実際、何も無理はしていないのだろうが。アスティはドの付くほどの甘党である。甘いものになると、それこそ今のようにとても興奮した様子を見せる。
久しぶりにアルザスの作ったクッキーが食べたいです。そう呟いて、アスティはスープを飲み干した。アルザスも飲み干すと、布で皿を拭ってから荷物袋の中へしまった。
それからアスティの傍へ座り、アスティに尋ねる。

 

「アスティ、寒くないか?」
「えぇ、平気です。」
「……嘘をつくなら、もう少し分からない嘘をつけ。いやそもそも、嘘をつくんじゃない。」

 

少々乱暴に、けれど傷つけないようにアスティの手を取る。驚いたような声を上げるが構わずにアルザスは彼女の手を包み込んだ。
アスティの手は暖かいはずなのに冷たく、震えていた。それから優しくアルザスはアスティを抱き寄せた。

 

「近くに来いよ。大丈夫、何もしないから。」
「…………」
「……あ、その、変な意味じゃなくて。何もしないし寒かったらお前が辛いだろうしって、それでその、気遣いって程じゃないんだけど、こうしていたらまだほら、あ、暖かいかなって、」

 

せっかくいい所を見せたのに、気が付いてしまうと簡単に慌てふためいてしまう。しばらくぽかんとした表情を浮かべていたが、事態が呑み込めると穏やかな声調で。

 

「……ありがとう。」
「ーーーーーー!!」

 

そのままぴったりと、正面からアルザスにくっついた。それはもう、満足げに。
せっかくちょっと男前なところを見せたのに、アルザスは完全にたじたじである。顔を逸らして顔を真っ赤にしている。何かを言いたそうにしていたが、全部言葉にならず小さなうめき声となっていた。
それでも、寒いといけないと。アスティが傷つくといけないと思ったのだろう。今日は、もう少しだけ男を見せた。

 

「……アスティと居ると、色んな隙間が埋まっていく。空の俺はいなくなる。
 カモメの翼に来る前の。お前と出会う前の俺は、全てを失って空っぽだったから。それが、アスティと居ると、全部全部、埋まっていくんだ。」
「……私は。まだはっきりと、あなたと出会う前の私を思い出せません。もしかしたら私は人でないのかもしれません。何か、特異な力を持っているのかもしれません。
 けれど、私はそうだったとしても。これからもずっと、アルザスと居たいです。ずっとずっと、アルザスと一緒に居たいんです。記憶を取り戻すことを放棄したわけではありません、けれど……私も、それだけアルザスの存在が大きくなってしまいました。」
「大丈夫。……大丈夫、どこへも行かない。」

 

頭を撫でる。寝かしつけるようなそれは、硬い手だというのにとても安らぐ心地がして。
正面から抱き着いた状態で、目を閉じる。近いのに、もっと近寄りたくなる心を覚えながら、アルザスはアスティを抱きしめ返した。

 

「お前はもう、独りじゃない。俺が居るから。だから、安心してくれ、アスティ。」
「…………うん、……なら、良かった……」

 

すぅ、と、寝息を立て始める。安心しきった表情で、一切の警戒心がそこにはなかった。
それだけ、信頼してくれている。頼りにしてくれている。鈍いアルザスでも、それはなかった。


―― この人が頼りにしてくれて、この人を守るために自分はここにいる


そう錯覚してしまう程度には、自分は彼女のことを、好いている。それが、依存的庇護欲と言われたとしても。
海の守人が、彼女の盾をやめる日は。きっと、己の命が燃え尽きるそのときだ。

 

「……おやすみ、アスティ。」

 


アルザスは朝方眠りに落ちる直前まで色々なことを考えた。
アスティのこと。ローガンのこと。依頼のこと。
それらを思考の宙空にちりばめて、ぼんやりと頭を動かすと、アルザスは胸につかえる何かについて、時々ふっと答えを見た気がした。
けれど、それは明瞭な視界に追い出そうとするとたちまち闇の中に戻っていってしまう。まるで、気づかれるのを恐れるように。

 

そして、いつしか眠りについた。

 

 

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