海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ外伝_2『傷跡』

※オリジナル回&R-15な内容だから気をつけてね

※わんころはそういう文章ちからは皆無だぞ!!

 

 

―― オルカの背鰭からアスティを取り戻した夜のお話

 


雨は随分と小降りになっていた。この調子で雨が上がれば、明日には太陽を拝むことができるだろう。
ロゼはまだ目を覚まさない。気掛かりではあるが、後はただ傷が癒えることと目を覚ますことを待つだけしかできない。アルザスは部屋に戻り、先に部屋に戻っていたアスティを気配で確認した。
部屋は暗く、明かりがついていなかった。ろうそくに火をつけ、光源を作る。アスティはベッドの上に座って、ぼんやりと窓の外を見つめていた。身をこわばらせ、震えていることはアルザスも分かった。
昼間のことが、傷跡となって残っている。夜には平気そうに振舞っていたが、まだ恐怖心は残っていた。

 

「……アスティ。隣、いいか?」
「……えぇ。」

 

問いかける。返事を受け取ってから、アルザスはアスティの隣に座った。
深紅の瞳は、彼が隣に座っても変わらず外に向けられている。アルザスは何か声をかけようとして、先にアスティが口を開いた。

 

「私、暗くてもよく見えるんです。そのことに気が付いたのは、昨日のことだったのですが……この暗闇の中でも、はっきりとした色を理解できてしまうんです。」
「そうだったのか。……それなら、洞窟や廃墟で探索するときに便利そうだな。その力を、これからも俺に、俺たちに貸してくれ。」
「……私は。」

 

アルザスが、気を使ってそれを肯定したことにはアスティも分かった。明らかに人間の視覚ではない。どうして暗闇をこのように見通すことができるのか。それは、誰にも分からなかった。
それが、どうしようもなく怖かった。

 

「私は、一体何なのでしょう。そもそも本当に人間なのでしょうか。もしかしたら本当は、人ならざる者で……化け物で……たまたま、人の形をしていただけの存在、だったりしないのでしょうか……」

 

自分の正体が分からないことが、これほど恐ろしいと感じたことはなかった。
明らかに、人と異なる力が見つかっていく。水を生み出す力や操作する力。暗闇を見通す力。それから、ただの魔力ではなく海竜の呪いやシーエルフと同じ性質の魔力を保有する。しかもそれを、魔術ではなく能力のように行使する。
一度、呪いを暴走させた者が襲ってきたときは何も思わなかった。だが、ゼクトに詰められ、身を暴かれ、狂信にも似た感情を向けられ……自分という存在が、アスティにはよくわからなくなっていた。

 

「なぁ、アスティ。アスティは俺のことが怖いか?
 俺は人間じゃない。シーエルフだ。魔力だって、海竜の呪いと同じものを持っている。それでも……俺が怖いか?」
アルザスは怖くはありません!シーエルフと分かっていますから!だから、化け物ではありません。
 ……分からないんです。私が何なのか。あの人が、私に何を思って迫ってきていたのか。あの人にとって、私は何なのか。利用しようとしているのか、それとも純粋な好意なのか。海竜の悲願を果たすために、何故私を守る必要があるのか。……私は分からないのに、あの人は分かっているようでした。あの人の私を見る目が分からない。けれど、暗闇で輝く紅の瞳を、半分火傷を覆ったあの顔を、憶えてしまっていて……」

 

ぎゅっと、膝の腕で作った拳を握る。窓から視線は逸れ、うつむいて、絞り出すような声でアスティは訴えた。

 

「私は一体何なんですかっ……!どうしたいんですかっ……どうされる、べきなんですかっ……!」

 

人でなければ、共に居る資格がないとはアスティは考えてはいない。
ただ、もし自分が人と共に居るべきでない化け物で。海竜と関係がある、得たいの知れない何かだとするならば。自分を利用しようと企てる者がいるのなら。
いっそ、海に還ってしまえば。

 

「……アスティは、どうしたいんだ?」
「私は……アルザスと、皆さんと、ずっと一緒に居たいです。でも、もし、私の存在が皆さんにとっての悪ならば、私は迷惑をかけないために、ここから去るべきなんじゃって……ううん、そうじゃなくって……そうすると、アルザスが悲しむ、それは、分かってて、けれど……」

 

離れたいわけではない。
一人の少女の恐怖を、アルザスは拾い上げる。彼女が必死に伝えようとしている言葉を、アルザスは組み立てていく。
孤独を誰よりも嫌う彼女が、自ら孤独を選ぶ必要があるかもしれない、ということ。もし人ならざる者だったとして、カモメの翼に害になるような存在だったら。
そうだとしたら。……そんな恐怖を、救いあげる。

 

「アスティ。俺は、お前が何であってもお前を突き放したりしないよ。」

 

強く、抱きしめる。
今にも海に還ってしまいそうな少女を、強く抱きしめる。
いつか、繋ぎ止めてくれたように。自分も、彼女を繋ぎ止めようと。

 

「俺はアスティが何であっても絶対に手放したりしない。
 俺はアスティを絶対に嫌いになったりしないし、アスティを見捨てるなんてこともしない。何があっても、今日みたいに助けに行く。守ってみせる。だから……そんなに、拒絶に怯えなくていい。
 俺も、皆も。アスティを独りにはしないから。」
「――――、」

 

喪失の恐怖。孤独の恐怖。
一度は自分を受け入れてくれた者が居て。それが、自分に都合が悪いせいで突き放されるのではないか、という恐怖。
互いの恐怖のどちらの要素も含む、拒絶の恐怖。
ゼクトに襲われ、犯されそうになって。身を穢された自分は、まだ隣に居てもいいのだろうか。
そんな想いを、あたかも正当な理由で隠した。勿論それはアスティとしては意図せず行った言い訳だろう。自分の中で認めたくなかったから、そう仕立てて誤魔化した。
だとしても、それがアルザスがアスティを嫌う理由にはなり得なかった。その程度で手放すようならば、アルザスは端から守るとは口にしていない。きっと再び、誰かを守ると口にすることもなかった。
突き動かされたから。一度動き出せば、アルザスは止まらない。

 

アルザスは、私のことをよく思ってくれています。近くに居ることを許してくれる。それは、よく伝わってきますし、私も疑う気はないんです。それは、本当なんです。
 ……あぁ、だめですね。すみません、上手く言えません。でも、拒絶されることに怯えた、これは合っています、見透かされたなーと思いましたから。」
「…………。……なぁ。」

 

恐る恐る、尋ねる。
下手をすると、この上なく思い上がった質問だ。どう思われているのか分からない。許されるのか分からない。自分も、それを恐れていると自覚する。
拒絶を。彼も恐れて……その上で、尋ねる。

 

「俺でも、いいか?」
「え……」
「多分、だけど、その……アスティがどうしてほしいか、こう、分かっ……あっ、あ、でも、でも俺!俺そういうことやったことないから、いやそもそもアスティが俺でいいのかすら分からないからほんと、その、無理はしなくてよくって、ただ、ただ!」
「……、」

 

抱きしめられて、表情を伺うことはできない。
けれど、確実に長い耳まで真っ赤にして、不慣れな提案をしてくれるくらいには、想われている。
彼の優しさに、身を委ねたくなる。あまりにも不器用で、どこか締まらないその言葉に、くすりと笑みを浮かべた。
どこまでも彼は純粋で。真っすぐ、清く在って。闇を知りながらも、正しくあるから。
だから、こんなにも惹かれるのだ。

 

アルザスがいいです。」
「ほ、ほらな、やっぱり俺はそういうの柄じゃないしそもそも俺がいいわけ……なぁっ!?」
「全く、自分から誘っておいてなんで自分で驚いているんですか。」

 

暖かい。優しさが、心地よい。
顔を上げて、笑ってみせてから……アスティは、アルザスにそっと口づけをした。

 

「―― っ!?」

 

暗闇でも色が分かることが、存外に悪いものではないと思った。
光源はあるけれど、はっきりと紅色に染まっていることが分かった。
いや、こんなにぎこちない様子なら、暗闇で色が分からなくても絶対に分かる。
そっと、顔を離す。完全に放心状態で固まっているものだから、思わずくすくすと笑ってしまった。

 

「……アルザス。あなたの優しさで、上書きしてください。そしたらきっと、私は平気になりますから。」
「あ、あぁ……って、もうお前平気だろ!もう十分立ち直っただろ!?」
「誘っておいて、おあずけは酷いですよ。……だから、ください。アルザスがいいんです。
 この身も、心も。あなたに、今夜くらい委ねさせてください。」
「……誘っておいてなんだが……俺、本当に不慣れだぞ?お前の要望には応えきれないかもしれない。それでも……それでも、いいのか?」
「だから言っているじゃないですか。アルザスがいいって。」

 

あぁ、本当に締まらないなぁ。
そう思う一方で、この不器用さが、優しさが好きだから。だからアスティはもう、孤独を埋めるのは『彼でなくてはいけない』のだ。
カモメの翼の仲間だけではもう、満足することができない。彼が居なくなれば、一生自分が苦手な孤独に支配されることになるのだろう。
それでも。
それでも、アスティは。この先を望んだ。『誰でも良い』のであれば、簡単に孤独感を埋めることができるだろう。
だとしても。たった一人にしか埋められなくなったとしても。
アスティは、アルザスが、いいのだ。

 

「……分かった。」

 

貸していた上着を脱がし、横へ置く。無理やり裂かれた服は、僅かに肌を隠す程度の機能しかなかった。
アスティを見つけたときに、アルザスがそれをあげたのだ。元々これは、村の長の娘のものだったらしい。海に全て還ったと思ったのだが、たまたま波に打ち上げられていたらしく、戒めとしてずっと持っていたそうだ。まさかこんな使い方をする日が来るとはアルザスも思っていなかった。
それからアスティをベッドに優しく押し倒す。怖くないか?嫌だと思ったらいつでも言ってくれよ?と、この時点ですでにおろおろしてるものだから見ていて面白い。
無理やり身を暴いたあれとは大違いだ。どこまでもこちらのことを考えてくれて、傷つけることをあまりにも恐れすぎる。ちょっとくらい強引に来てもいいのに、と思いながらもそれが愛おしいと思った。

 

「…んっ……、……ふ、……っ」

 

再び唇に触れる。今度は先ほどよりも長くて、深い口づけ。
舌を入れられれば、それを受け入れる。全てを委ねて、あるがままを受け入れて。
恐怖はどこにもなかった。暖かくて、心地よくて。拒む理由が、どこにもなかった。
放せば、二人を繋ぐように透明な液が伝った。それから彼女の首筋に歯を立てる。びくり、身体を震わせた。

 

「んっ……!」
「す、すまない、痛かったか?」
「そうじゃ、ないです……もう、さっきから謝ってばかりですよ。気を遣いすぎです。」

 

もう少しくらい乱暴にしてもいい、とは言えなかった。
それだけ傷つけることを恐れていることを知っているから。歯を立てただけで、大した力は入れていない。痣にもならないだろう。
言葉の代わりに、アスティは上に覆いかぶさるアルザスの身体に腕を回した。それから縋るように力を込めた。
それに応えるかのように、アルザスもアスティの頬に触れる。柔らかい肌に、ごつくて硬い男の手が触れる。
剣を握るからだろう。皮膚は固くなっており、豆の存在も確認できた。それだけ彼は自分を守ろうとしてくれているのだと実感する。最近新しく作ったに違いないから。

 

「……それじゃあ、もう少しだけ強くするぞ。」
「はい。……遠慮せずに、来てください、アルザス。」

 

肌に触れられて、実感して。痣を残してもらえれば、それだけでたまらない気持ちになれた。
満たされる。唯一孤独を埋めてくれる人に、満たしてもらえる。
もう、怯えなくていいのだ。あの闇から、紅の瞳から、漆黒の髪から。
傷跡を、埋めてくれる人がいる。
それだけでまた、前を向いて歩き出せるのだから。
だから、これからも彼の傍についていくし、絶対に離れないと誓う。
これからも、彼を繋ぎ止められるように。自分を繋ぎ止めてもらいながら。
カモメとなって。共に、羽ばたいていこう。

 

  ・
  ・

 

「……なぁ。やりすぎたかな、俺……」
「……いや。いやいやいやいや。何で???何でむしろ最後までやらなかったの???ヘタレなの???」

 

後日、早朝。カペラの部屋にて、大変愉快な光景が広がっていた。
カペラはカモメの翼一番の早起きで、日が昇り始めると同時に目が覚める。んーーーっと伸びをしたところで扉が開き、そこにはめちゃくちゃどんよりして今にも泣きだしそうなアルザスの姿があった。
早朝に亡霊に呪われるとか新手のホラーかと思った、と後のカペラは語る。

 

「だって!だって俺とアスティってそういう関係じゃないし!恋人関係だったらまだしもそういった関係じゃないし!俺の片思いだろこんなの!」
だからなんで???なんでそんな発想になっちゃうの???実質両想いじゃん???アスアスもアルアルがいいって言ってんでしょ???なんで???実質両想いじゃん???むしろ何で付き合ってないの???」
「つ、つつ、付き合うとか、付き合うとかそんな関係じゃないから!!俺たちな、ななか、なかっ、仲間、だからぁ!!」
「何で両想いって言葉だけでこの人こんなに真っ赤なのバカなのヘタレなの死ぬの???」

 

あんまりにもあんまりなものだから、カペラも思わず朝からツッコミの大盤振る舞いである。
これが女子なら、例えば可愛いアスティなら可愛いなぁ奥手初心可愛いなぁと撫でくり回したくもなるものだが、相手はイケメンで長身で黙っていればホイホイ女が釣れるはずであろう野郎なのである。可愛げもなければウザさしか生まれない。何でこんなことになってしまったのか。

 

「あと何でそれを僕に報告しにきたの。しかも朝起きたばっかりに。」
「俺……自己嫌悪で……朝を迎えられそうになくって……」
「君が落ち込んでも朝は来るんだよ。君一人落ち込んだくらいで時は止まらないんだよ。」

 

そのまま部屋のすみっこで体育座りをしてのの字を書き始めた。
カペラにとっては、何故彼がここまで落ち込むのかがさっぱり分からなかった。いやむしろ理解できる人の方が少ないのでは?完全同意の上じゃん。むしろしてほしいとさえ言われて、本人が自覚してないだけで両想いでしょうに。

 

「で、だ。何があったかは分かったんだけど、なんでそんな落ち込んでんの?アスアス泣いたの、泣かしたの?むしろ泣かされてるよーな気がすんだけど。」
「泣かしてはないが……いや泣かされてもないが。
 だって、ほら……アスティだって将来好きなやつができるかもしれないだろ……なのに、俺が、俺なんかが手を出して、最後までいかないにしても、その、そういった行為を行ったには、違いないし……」
「…………」

 

これ殴っていい?殴っていいよね?
しめやかなる殺意を覚えたカペラは。

 

「アルアル。告白してこい。今すぐ。
「はっ――!?いや、いやいやいやなななな何言い出すんだお前!!?そんなっ、こっ、こく、こここ、こっ、こっ……!!!?」
「何で告白って単語すらいえないの鶏になるの、朝だから鶏鳴くよねってそんな洒落はいらないんだよ!!女子か、女子なのか!!」
「女子じゃないし!!ちゃんと男だし!!ちょ、ちょっとそういうことがその、は、恥ずかしい……だけで……」
「聞いてる僕の方が恥ずかしいわ!!あーーーもう昨日の緊張を返せーーーーー!!!!」

 

その後、アルザスがいつも通りになるのに1時間くらいかかり、そのあとアスティと何でもない会話を交わして一旦いつも通りのメンタルに戻ったのは別のお話。
それと、全く会話が聞こえてないはずのロゼが半ギレの形相を浮かべながらスヤァしていたことはこれもまた別のお話。

 

 

 

☆あとがき
オリジナル回で、アルアスの夜会話を入れたかったものの本編で挟む暇ねぇなーと思って書いた分です。短めですが、こんな感じの会話が7話ではなされてたそうです。
にしても。ザス君残念すぎるな……?お前どんだけ初心なの引くわ……乙女なんて生易しいもんじゃないぞこれ。はちゃめちゃに残念だな???
アルザス的にはまだ両想いではなく、片思いだそうです。嘘やろ。こんな片思いあってたまるか。

 

☆その他
特にないよ