海の欠片

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リプレイ_5話『スティープルチェイサー』(2/2)

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そして、レース当日。
雲一つない晴れ空だった。絶好のスティープルチェイス日和と言えるその空の下で、カモメの翼は作戦会議を行っていた。レースは2時間後。ラドワが簡易的に書いた地図を広げ、それを仲間がぐるりと囲う。

 

「まずは、簡単に周辺の地図を描いたから見てちょうだい。」

 

地図は、スタート地点から北北東に向かってリューンがある。その間に森があり、普通のルートであれば反時計回りに馬を走らせ、森を迂回することになるだろう。また、スタート地点からリューンの対角線を描くように川がある。ゴールはリューンの聖北教会だ。

 

「聖北教会の正午の鐘が、レース開始の合図よ。
 他の選手は小細工など必要のない手錬ばかり。恐らく、森沿いのなだらかな丘をぐるっと回って、橋を渡ってリューンに入るでしょう。
 これが一番見通しがきく、安全で確実なルートね。」

 

誰がどう見たって、安全で確実で、しかも気持ちよく走れそうである。誰が見たってそれは分かる。
しかし、単純に実力がものを言うコースになってしまうため、このルートではまず勝ち目がない。
というわけで、カモメの翼がどういったルートを取るかは予測可能回避不可能だろう。

 

「ってことで、私たちが採るコースはこうね。」

 

はい森をつっきってどーーーん。
ラドワは半円を描くような一般的な道に対して、容赦なく直線の、森をつっきる道をシャッと羽ペンで書いた。ほーら来た。やっぱりこの無茶ぶりルートだよ。

 

「この森を突っ切る直線上に、木こり用の新林道が通っていたはず。侵入禁止の柵さえ飛び越せば、馬でも通り抜けられそうな幅の道が通っていたと思うわ。
 ただ、頻繁に使われていなさそうなのは好都合なんだけど、所々に雑草が茂っていたと思うわ。」

 

まあ、人が通らないと森の道なんてすぐに荒れるしなぁ。真夏の雑草とかすごい生命力だもん、しょうがないよね。と、皆は苦笑した。
で、まあ、更に無茶ぶりは続くわけで。

 

「そういうわけだから、騎手意外の面子は、今からこの森ルートの点検と整備をするわよ。」
「本気なの……」

 

あんまりにもしれっと言ってのける。うわぁとなりながらも、ロゼはまあそうなるよなぁという表情を浮かべた。整備に関しても、ある程度ロゼは手慣れていると思っていいだろう。
同時にそんなロゼがうわぁって顔をするのだから、相応の労力は覚悟するべきだろう。

 

「なに、多少荒れている所で道は道なわけだし。
 一から作れというわけでもなし、十分に称賛はあるわよ。」
「言ってくれるわねぇ!?」
「それにほら、うちにはロゼっていう素敵な素敵な適任者がいるのだもの。」
「あのね!?あたしを何だと思ってるの!?あんたレンジャーを何だと思ってんの!?」

 

でも、記憶喪失娘と研究者と吟遊詩人と戦闘狂だと、レンジャーが最もこういう作業向いてそうじゃない?
ごもっともです本当にありがとうございましたむしろ他の人が壊滅的に向いてなさそうだったわあっちゃーーー。

 

アルザス君は、スタート後すぐに最後尾につけて。
 他の選手はこちらを素人と侮ってくれているとは思うけれど、コースを逸れるところを大っぴらにアピールする事は必要ないわ。
 森を上手に突っ切ることができれば、まともに丘を行くよりもかなり時間を稼げるでしょう。」
「分の悪い賭けだなぁ……いーじゃねぇか、燃えてきたぜ!」
「……まあ、あたしもこういうの嫌いじゃないわ、むしろ一緒、燃える方。」

 

反逆精神の旺盛なカモメの翼は、だんだんとこの分の悪い賭けに燃えてきたようだ。
それぞれが、楽しそうな笑みを浮かべている。先ほど大声でツッコミを入れたロゼも、なにやらやる気を見せてきた。

 

「そのまま森を突っ切って、南門からリューンに突入。後は大通りを駆け抜けて、聖北大聖堂前がゴール。」
「レース的にはここが一番の見せ場だろーね。ソウさんも、この辺りで待ってるはずだよ!」
「……よし。」

 

依頼人であり、ハセオの家族同然であるソウが待っている。
わが子の活躍を、この目で見届けるために待っている。
アルザスは、今一度気を引き締めた。

 

「……もし、ゴール付近で他の選手と競ったら?」
「そのときはまあ……『頑張ってー^^』とでも言うしかないわね。」
「頑張ってー^^(笑)」
「キャーアルアルガンバッテー」
「そこ、喧しい。」

 

(笑)をつけるロゼや裏声を出すカペラに、軽めのアルザスのツッコミチョップ。あははははと、仲間の笑い声が響いた。

 

「……さて、と。ハセオ、やれるか?」

 

アルザスは、ハセオを見る。
ハセオもまた、アルザスを見る。こくり、ゆっくりと頷いてみせたような気がした。

 

「よし。頑張ろうな。」
「ふふ、よかった。やっぱりハセオはあなたの願いを、ポチの願いを引き受けてくれるお馬さんでしたね。」
「……あぁ、本当に。」

 

ハセオの顔に、手を添える。それからとんとんと、軽く、優しく叩いてやる。
そんな様子を見て、アスティは嬉しそうにしていた。もうどこにも心配はない。きっと彼らは全力で走ってくれることだろう。

 

「え、なになになんの話ー?アルアルとアスアスなんかあったの?」
「もしかして……入賞したら、俺、結婚するんだとか、そんなあれそれか!?」
「しねぇよ!?気が早ぇよ!?おいゲイル、もっと心臓に悪くない冗談にしろ!」

 

と、仲間の茶化しに思わず赤くなる辺り、初々しいなーと思うゲイルだった。
相変わらず緊張感のないパーティだが、それでも勝利に対してはきっと他のどの騎手よりも貪欲だった。

 

 

「ここですね。」

 

先ほど話に出た柵を発見し、さっそく近づいていく。柵を取り外せるかどうか見てみるが、埋まりこんでしまっていて難しそうだ。

 

「お、あたしの出番か?」
「いえ、そういう破壊行動はバレたら後々厄介事の種になるわ。これぐらいの柵、飛び越してもらいましょう。」
 これくらい飛べないようじゃ、馬が逆立ちしたって入賞なんてできないでしょうよ。」

 

ちぇーと、ゲイルは斧を仕舞う。今回はちゃんと壊していいかどうかを聞いたのでおとなしい方だった。
冒険者は木こりの道に入っていく。宿から使えそうな道具を借りてきているので、これを使い道の整備をしていった。
草が生えているところは馬の通るところのみを刈り取り、先日の夜降った雨によるぬかるみは手持ちの道具ではどうしようもないのでアルザス達に頑張ってもらうことにした。また、途中に小屋があったため、何か使えそうなものがないかを見てくるものの、これがまーーー何もないのなんの。
が、小屋の裏に更に小屋があり、見て見るとずた袋がぎっしり。中身は全ておがくずで、使えそうにないなぁとロゼがそっと仕舞う。
それを見ていたラドワが、何か思いついたように口を開いた。

 

「ちょっと待って。そのおがくず、使えるかも。
 ぬかるみに撒いたらちょっとはマシになるかもしれない。」
「そいやさっき、でっけぇぬかるみがあったなぁ。撒きに戻っか?」
「……そうね、そこまで離れてなかったし、撒きに戻りましょう。それからこのおがくずは使えると思うから、少し貰っていきましょう。」

 

完全にRPGの勇者じみた行為だが果たして許されるのか。あれは勇者だからこそ許された行為であって、一冒険者が許されるとはとても思わない。
まあ、今回はおがくずなので、むしろお礼を言われてもいいくらいじゃないかな?と片付けて、再び道の整備に戻った。

 


「……あんた、アルザスとなんかあった?具体的には依頼を受けて3日目。」
「え、い、いえ……そんな大したことは特に
「あぁ、ううん、詮索する気はないわ。ただ、途端にこう、ハセオに乗るアルザスの表情が変わったっていうか。動きが格段によくなってたっていうか。」

 

整備をしながら、ロゼはアスティに話しかける。
手はしっかりと動かしているのでさぼりではない。むしろロゼちゃん一番頑張っている。草の生命力を前にしてトオイメになりながらも頑張ってる。

 

「……ねぇ、ロゼ。私、アルザスは少し優しすぎると思うのです。
 優しすぎるせいで、自分の首を絞めて、自分を傷つけていなければ生きていけない。……そんな風に見えるのです。」
「あー分かる分かる。あたしもアルザスの出身や過去はある程度知ってるから、仕方ないっては思うんだけれど……うじうじ悩んじゃって。ちょっと鬱陶しいのよね。」

 

鬱陶しいて。思わずツッコミを入れそうになったが、真面目な調子でロゼは話した。

 

「あたしには、アルザスの気持ちはそんなに理解できない。嫌いとか、受け入れられないとかじゃなくって。過去を悩む暇があるなら未来をよりよくしなさいって思うの。
 もちろん、アルザスにとってそれが難しいことも、過去に囚われて守ることに執着しすぎていることもよく分かってる。それを、変えることは難しいんだろうなって。」
「……そうですね。少しでもいつか、自分を傷つけることがなくなれば。そうなれば、いいなって、思っています。そして、いつか本当に、なんでもなく。ただ傍に居てくれれば、私はそれで、それがいいなって。」
「…………へぇーーー?」

 

え、な、なんですか?と、ロゼの面白おかしいものを聞いたような声にたじろぐ。
思った以上に、この二人は相性がいいんだなぁ、と実感する。あたしだったら絶対感情が重いってグーパンするわ、とけらけら笑った。
笑っているのに。どこか、作り物のような声だとアスティは思った。その理由まで分からず、きょとんとしている。

 

「ま、あたしのこれは意見の相違ってやつだから気にしないで。あれが精一杯抗おうとしてることはあたしにも分かってる。それをあたしは支えるつもりでいるし……あたしも、アルザスがカモメの翼を結成に乗り出してくれたこと、すごく感謝してるの。だからあたしとしては、アルザスは恩人、かな。」
「私も、アルザスは恩人です。何も分からない私のために、ずっとよくしてくれています。ただそれが歯がゆくも思うし、こう、もっと頼れるようにならなきゃなーとも思うといいますか……」
「……なるほど。あんた、大分アルザスに惚れてるわね。」
「え……えっ!?」

 

思わず赤くなる。草刈り鎌を思わずカシャーーーンと落とした。めっちゃ草刈り鎌の金属音が響いた。

 

「はははいやいやなんでもないわ。気にしないでちょうだいな。」
「気に、気にしないでって、気にしないでってちょっと!?こんなこと言われて気にしないでいられますか!?」
「はーいそこ手を動かす。」
「はーい。」

 

流石におしゃべりが目立ってきたので、ラドワからの注意。私だって本当は人の肉体を切り刻みたいのを我慢しているのだから、と物騒なことも添えて。
ラドワが草刈り鎌を持つと、死神の鎌に等しい存在感を放つので精神衛生上よろしくない。取り上げるべきだっただろうか。そんなことを考えながら、2人はいそいそと整備に戻った。

 

「……結構、昨日の雨の影響が出てるわねぇ。何事もなければいいのだけれど。」

 

ぽつり、ラドワはそんな言葉をつぶやいた。

 

 

「…………」
「…………」

 

森が終わりに差し掛かったころに、その言葉はフラグ回収となった。
川は勢いよく流れ、かかっていたはずの橋は存在しない。呆然と立ち尽くしながら、その川をただ見つめるしかできなかった。

 

「……見立てが甘かった……!簡易の木橋だったから昨日の雨で流されたんだわ!」
「落ち着いて、時間がないわ。……どうする?」

 

悔しさを滲ませるラドワに、冷静にロゼが尋ねる。どうするも、こうするも、どうしようもない。

 

「……ごめんなさい。街道から見える流れはさほどの増水に見えなかったから……油断したわ……
 このメンバーだけならロープがあれば何とでもなるけど、全力の馬が乗って耐える橋となると、間に合わせでは危険すぎる。それに……今更戻って橋の代わりの資材を見つける時間も、木を切り倒す時間も、何処に流れたか分からない橋を探す時間も……もう、ないでしょう。」
「水もすげぇ勢いだし、底もけっこー深そうだけど……馬で、何とか飛べねぇか?」
「……あるいは……だけどギリギリ……いや……」
(…………?)

 

言葉を、詰まらせる。唯一残る可能性としては、ハセオにかけるしかない。
ぎり、と親指の爪を噛み、考える。されど、残された時間は無常にもなく、

 

ゴーン ゴーン

 

「……!!」
(……え、今……)

 

鐘の音が、鳴り響いた。

 

  ・
  ・

 

正午の聖北教会の鐘の音が、空に高く響き渡る。
同時に白い旗が草原に翻り、スティープルチェイスはスタートした。
俺は朝の打ち合わせの通り、集団の最後尾につけて走った。
さすが皆、ひとかどの騎手なのだろう。馬を駆る姿も、折り目正しく無駄がない。最後尾からだと、それが良く伺えた。
さて、こんな連中にこれから勝負を仕掛けるわけだが……

 

……程なく、森へ下る分かれ道に至る。俺は躊躇わず、ハセオに合図を送った。
―― よし。ここからが、本番だ。

 

「ハイッ!!」

 

柵を、飛び越える。
駆ける。全速力で、ハセオと共に駆ける。
馬と共に駆けることはあったが、よもや他の者と競争する、などということはなかった。
強いて挙げるとすれば、かつての仲間たちとバカをして、外回りを行ったときに街まで競争だと、互いに海風香る草原を走り抜けたこと。
こうして競い合う、勝負なんてことは行ったことがなかった。

 

ハセオに、危険が迫る可能性だってある。
森を突っ切るという選択は、その可能性が少なからずあった。
もしアスティに励まされていなければ、今頃アルザスはこの提案には反対していたかもしれない。
馬を、またこの手で失う可能性だってある。
それでも、こうして共に危険な道を駆け抜けられるということは。
独りではないから。仲間が力を貸してくれているから。
道はよく整備されている。少しでも、俺たちが全力で駆け抜けられるようにと。
少しでも、勝利への可能性を高めるために。

 

景色がものすごいスピードでスクロールしてゆく。
森を駆けると辺りの木々が視界を騒がしくする。
だが、そんなこともおかまいなしに、アルザスとハセオは駆ける。
練習中は、街のことや仲間のことを思い出し。
それから、目の前で海に還っていった姿を思い出していたが。
今は、何も思い出すことはなかった。
今を、未来を見据えて。
ただまっすぐに、翼となるのだった。

 

 

「……。…………」

 

微かに、視界にちらつく何か。
それが何かは分からない。けれど。知っているような気がした。
できるような気がした。
アスティは仲間から少し離れ、馬の通り道にならないところで川に両手を向ける。

 

蹄の音。ギャロップが近づいてくる。
賭けるしかない。

 

アルザスー!」
アルザス君!この先の川!!跳べーーーーー!!」
「…………!?」

 

今なんて言った?川を跳べ……?止まれとは言わなかった。何かあったのか?
仲間の言葉に、アルザスは短く思案する。その理由はすぐに理解した。
川。橋がない。それも増水しており、勢いが凄まじい。
この川を、飛び越せと。仲間は、そう言った。

 

「…………よし!行くぞハセオ!」

 

――加速する ――集中する
――迫る川 ――従える水
――信頼している仲間の声 ――深い深い底の声

 

――賭けに勝つのは、

 

「おおおぉぉぉっ!!」
「はああぁぁぁっ!!」

 

――カモメの、翼だ!

 


「……!!」
「やった……跳んだ……!!」
「いけーーーーー!!突っ走れーーーーー!!」

 

仲間の、歓声。
跳んだ。彼らは、この川を跳んだ。
駆け抜けてゆく。最大の困難を乗り越えて、勝利へと目指す。

 

(……今。水が、勢いを減らした……?)

 

アルザスたちを追い、仲間はゴールへと向かう。
最後に、ロゼは川へ一度だけ振り返りながら。

 


川を越え、程なく視界が大きく開けた。
森を越えたのだ。
順位は?早いのか?遅いのか?
分からない。ただ、必死に駆けた。

 

さっき丘から見下ろしていた街は今や目の前に迫り、ほんの一瞬、求める尖塔は無数の建築の波間に、その姿を潜めた。
しかし迷う必要はない。俺たちはぐんぐん膨れ上がるその全容に躊躇うことなく、挑んでいったのだ。
前に他の選手は見当たらない。ここからは障害物はない。

 

「ハセオ、走れ!ここで頑張らなくて、いつ頑張る。競走馬の矜持を見せてみろ!」

 

共に駆ける。
かつての姿は、そこにはない。
今ここにあるのは、今という時間を生きる者の姿。
このときのアルザスは。

 

かつての罪には、囚われていなかった。
真っすぐに、一心に。
勝利へと、向かって羽ばたいた――

 

  ・
  ・

 

アルザス!優勝ですよ優勝!」
「あぁ、皆もお疲れ!」

 

わあっと駆け寄ってきた仲間に、アルザスは満面の笑顔を見せた。
心から嬉しそうな表情だった。

 

「あの道を整備するの、大変だっただろ?」
「優勝できたのだから、頑張った甲斐がありますよ。」
「一番負担の大きなポジションをよく走り切ったわ。本当にお疲れ様。」
「役目が果たせてほっとしてるよ。ハセオもよく頑張ってくれた。」

 

ぽんぽんと、顔を叩いてやる。アルザスが馬によく取る行動なのかもしれない。

 

「ハセオ、おつかれー!今日は文句なしに宴会だね!」

 

とカペラが言ったところで、アルザスはきょきょろ辺りを見渡す。
ソウの姿が見えなかった。確かゴール近くで待っていると聞いていたため、この辺りに居ると思ったのだが、と。
仲間も同じように探し……アスティが気が付いたのか、アルザスの袖をくいっと引っ張って、指をさした。顔を覆って泣いている人が、そこには居た。

 

―― ありがとう、ありがとう。

 

アルザス達はそう繰り返しながら泣いているソウを宥めすかした。彼女は泣きながら、ぐしゃぐしゃに笑った。
それから、アルザスは表彰台に登った。胸元のメダルを光らせて、乞われるままに手を振ったりした。
……見たことない世界だった。
あぁ、ここは今まで見てきたどんなところよりも高いところだ。
高くて、どこまでも見渡せる。
そんな気さえ、するのだった。

 

こうして、依頼を一つ達成した。
そしてやり遂げたからには、それを労わなければならない。
ソウやハセオを連れて、アルザス達は海鳴亭へとなだれ込むように帰還した。
……もちろん、優勝の賞金は忘れずに。

 

  ・
  ・

 

そして夜も更けて。ソウは時計を見て立ち上がり、冒険者に一礼する。

 

「あー楽しかった!私、明日は店があるから、そろそろ帰るわね。先につれて帰ったハセオも心配だしね。」
「あぁ、送るよ。夜道は危ないからな。」

 

アスティは宿で待っていてくれ、と先に声をかける。待ったをかけられなければ一緒についていく気満々だっただろう。立ち上がりかけていたのを座り直し、分かりました、お気をつけてと手を振った。
ただのお見送りであれば、アスティとて無理についていく理由もない。宿には仲間がいるので、一人というわけでもない。問題は何もなかった。

 

「……ありがとう。じゃあお願いしちゃおうかしら。」
「任せてくれ。それじゃあ親父、行ってくるよ。」

 

宿を出る前に、改めて皆にお礼の言葉を告げ、扉をくぐった。
夜でもリューンの大通りは賑やかなもので、あちこち明かりがついている。宿や酒場はむしろ今こそ賑わう時間だ。
ソウと並んで、夜道を歩く。楽しかった、美味しかったとソウは満足げにしていた。

 

「……ね、りんご食べない?丸かじりだけど。」
「あぁ、そしたらもらおうかな。」

 

その言葉に嬉しそうにリンゴを取り出し、はいとアルザスの手の上に乗せた。自分で食べるためか形は歪だったが、彼女曰く味は売り物と同じだそうだ。
それにしても、鞄からりんごが出てくる様はなかなかに面白いものがある。魔法の鞄みたいだ、とアルザスが言うと、おばさんのかばんにはいつでもおやつが入っているものよ、とソウは返した。
はぁー、と息を吹きかけてハンカチで磨き、それからソウはりんごに齧りついた。この食べ方が、彼女は特別好きなのだと言う。アルザスも真似をして、りんごに齧りついた。

 

「あぁ、本当に美味いな。」
「でしょう。今年は寒暖の差が大きくて、りんごは質のいいものが豊作よ。」
「さすが果物屋。詳しいんだな。」

 

まあね、と自慢気な表情。それを微笑ましく横目で見ながらもう一口齧る。蜜入りだった。
しばらく夜道をりんごを齧りながら歩き、重々しい口調でソウが話し始めた。

 

「……私の主人ね、事故で亡くなったの。」
「……あぁ、詳しくは知らないけど、突然だったということは聞いた。」
「えぇ、そう。突然の事故だったわ。」

 

スティープルチェイスの練習中にね。
横からは、りんごの咀嚼音が、聞こえた。

 

「その日は雨が降りそうだったから、今日はやめた方がいいんじゃない?って私が言ったら、『大丈夫大丈夫』って。手を振って行っちゃった。それが最後。
 ……あの日の雨は、憑かれたみたいな豪雨だったわね。現場は、本当にそこだけ土砂が崩れてて、バカみたいだったわ。」

 

だって、ホントに可笑しいの。何でそこだけ?って感じ。
やるせなさが、無理に面白い調子で話そうとしているような気持ちが、伝わってくる。

 

「多分、主人が雨をやり過ごしていた小さな横穴は、一瞬で飲まれてしまったのでしょう。だから苦しまなかったわ、きっと。
 ハセオは、その横穴のすぐ隣の木の影で見つかったの。きっと間一髪で逃れたのね。酷く興奮してた。可哀そうに、怖かったんでしょう。」
「…………」

 

ハセオだけ、助かった。
それは、アルザスは他人事には思えなかった。自分だけが、生き残ったから。
街で、竜災害で全てが海に還った中、一人だけが生き残ってしまったから。
ソウは、どうか聞いてもらえないかしらと話を続ける。それを、黙って聞いた。

 

「私ね。カモメの翼に、謝らないといけない。
 私は、心のどこかでハセオを手放す口実に、あなた達を使おうとしていたかもしれないから。
 誓ってもいい、明確な自覚はなかったわ。あなた達に依頼したのは、信用が置けると思ったからよ。」

 

だけど、と。ソウは、続ける。

 

冒険者に依頼をして精一杯を尽くしても、ダメだった。
 だからハセオを手放すのは仕方がないことなんだ、って。そんな風に持って行って、自分に言い訳をしようとしてなかったかしら。
 今から考えると、最初からラドワにはこんな私の気持ちが見透かされてるような気がしてた。話してると、気分がざわざわしたから。」

 

それはない、とは思えなかった。
ラドワは人の道徳は分からなくとも、後ろめたいものや恨みつらみといった負の感情ははっきりと見抜く力がある。なので、ソウが言っていることは、もしかすると真なのかもしれない。

 

スティープルチェイスが無ければ。主人は、死ななかったかもしれない。
 ハセオが居なければ。主人は、死ななかったかもしれない。
 ……私はこんな気持ちが自分の中にある事を認めたくない。ハセオには何の罪もないわ。私だって、主人のやりたいことを応援していたもの。それを今更。
 それにハセオはうちの家族よ。その気持ちに嘘なんてない。本当よ。」

 

あぁ、だから、認めたくなかった。
自分が、実は、ハセオを、スティープルチェイスを、責めているなんて事は。
それは、矛先が違うだけだと思った。アルザスは、自分を責めた。どうして自分は誰一人として守れなくて、自分一人生き残って。そうして、自分を責めた。
あえて、恨みを挙げるなら。あの海竜、だろうか。分かっている、あれが全てを奪ったのだ。だから自分は悪くない、ということくらい。
それでも、アルザスは。それがどうしてかできなかった。どこかで、自分を責めずにはいられなかった。

 

「……だけどレースで、あなたとハセオが目の前にやってきたとき。もやもや抱えていたつまんない事が何もかも、全部吹っ飛んでっちゃった。
 あの、ハセオの、伸び伸び駆けてくる姿!眩しくて、嬉しくて、胸が詰まって……涙が止まらなかった……!曇った心の中で、それでも私が渇望していたものは、あぁ、これだったんだなって。……しみじみとそう思った。あなた達が持てる力を駆使してくれたおかげで、私はもう一度夢を見ることができたんだわ。」

 

ここで、ソウはごめんねとアルザスに謝った。こんな話聞きたくもなかっただろうけど、でもこのままではあなた達と対等に話をする資格がないような気がしたから、と。

 

「……いや、俺はむしろ対等だと思ってるよ。俺はハセオのお陰で、もう二度と叶うことはないんだろうなと思っていた願いが叶った。過去の執着でもあるけれど、ハセオと走っているときは、未来を見ることができたから。だから、ソウ。俺の方こそ、ありがとう。」
「そんな、とんでもない!
 私はあなたのお陰で、まずは自分の中の嫌な自分を正直に認めて、向き合わなくちゃって思えたのよ。これからを、未来を生きるためにも。」
「……未来を生きるために、か。」

 

ありがとう、感謝してもしきれない。
ソウがアルザスに対してなら、アルザスはハセオに、それからアスティに。
アスティが過去の執着を取り払ってくれた。それは完全には払われたわけではないけれど、少なくとも未来を生きる、今を生き抜くと。
晴れた空を諦めたカモメは、雲の更に上を行くことを、思い出した。
厚雲の上は、いつだってお天道様だ。

 

「……あーあ、何か慣れないことたくさん言っちゃった。アルザス、聞いてくれてありがとね。少なくとも、ハセオと走ってくれたあなたにはちゃんと言っておきたかったの。」

 

それにしても、レースがこんな結果になるなんてなぁと呟いた。
優勝するだなんて思ってもみなかったのだろう。それが普通だ、と、アルザスは言わなかった。
カモメは1羽ではない。6羽の群れだから、逆境にも立ち向かって行ける。
誰か1羽空を諦めたところで。他の5羽が空を目指せば、カモメは大海原へと飛びだしてゆく。
どこまでも、自由な空を目指して。どこまでも、どこまでも。

 

アルザスだから大丈夫』。
それは、誰よりも喪失に恐怖を抱く彼が騎手だから。
このカモメの翼で、仲間を導いてゆく者だから。
だから、大丈夫だと。
この上ない適任者だと。
皆は、大丈夫だと確信を持てたのだった。

 


ソウを送り届けた後、アルザスは月夜に金メダルをかざした。それから、ハセオのことを考えた。
馬も夢を見るのだと、ソウは言った。今頃、彼は夢を見ているのだろうか。草原を、主人と駆けまわっているのだろうか。


―― おやすみ、ハセオ。いい夢を。

 

 


☆あとがき
「必要なフラグ回収できんじゃーーーん!!」と、嬉々として書き始めたらあれなんか、ザス君の背景事情がちょこちょこお話できるしアスティちゃんがちょっと種族バレを匂わせれるじゃんやったーーー!?!?と、なんか思った以上にあれこれ詰め込むことになったリプレイでした。
カモメの翼はアルザスとアスティ、ロゼとラドワ、ゲイルとカペラのセットで『縁』『繋ぐ』をテーマに作られています。右側にいる人が左側にいる人を繋ぎ止めて、って感じで。ゲイル姐とカペ君は位置が逆ですねあっはっは(PC5にゲイル姐入れるべきでしたね!!)
アスティちゃんはすぐに自己犠牲に走って自分を傷つけ消えてしまいそうなアルザス君を繋ぎ止めて、カペラ君は猪突猛進でつい後先考えないで突っ込んでっちゃうどこか危なっかしいゲイル姐を繋ぎ止めて、ラドワさんは勝手にロゼちゃんがラドワさんに執着して繋ぎ止めてもらってる、と。3種類の形で繋ぐを見せていけたらいいですねぇ。
あとところで。アルアス、アスティちゃんがほんとに頑張り屋さんというか、健気というか……強いなぁ……

 

☆その他
所持金:1850sp→3350sp→1350sp(命と水の記憶(彼方に霞む記憶 より)をアスティに、破魔断ち(アークライト傭兵団 より)をゲイルに購入)

 

レベルアップ:ロゼ2→3

 

☆出典

バルドラ様作 『スティープルチェイサー』より