「ところで。こっちのゴブリンの死体……ホブゴブリンね。ツルハシを持っているみたい。多分武器に使ってたんでしょうね。何かに使えると思うから持っていくわよ。」
「坑道なのだから、前にここを利用してた人の持ち物かしらね。何に使うか分からないけれど、使わなければ私が有効活用するわよ。」
「却下。あんたの使い方は絶対ロクなのじゃない。」
力がないラドワだからこそ、なんかロクな使い方しそうにない。
ひとまず荷物袋に押し込んで、血が続いている北の通路へと向かった。意外と長く伸びており、先を見通すことはできなかった。
その途中、右手に扉があることに気が付く。人間の手によって取りつけられたものであることは間違いなさそうだ。鍵も罠もないので開けようとするも、開かない。
試しに扉を叩いてみる。が、やはり何の変哲も
「待って、何か居るよそこ。」
あった。
カペラは些細な音も逃がさない。ロゼと居るよね?と顔を見合わせる。居るわね、という顔を彼女も返した。
「ねぇ、誰か居るの?」
呼びかけながらこんこん、とノックを続ける。何かが蠢く気配を感じるのは二人ともはっきり感じ取った。
マリアだろうか?と考えたが、それならば人の声に対して何か返しそうなものである。妖魔は人の言葉が通じない。人間であれば、少なくとも助けを求めて何か言葉を返してきそうなものだが。
今度は強めに扉を叩いてみる。すると、明らかに正体がなんであるかわかる声が返ってきた。
「―― キキギ!」
「…………へぇ。」
あ、スイッチが入った。ダメなスイッチが入っちゃった。
扉の向こうの存在を察し、その上でラドワに場所を変わる。それはもう嬉々とした表情で、ノックをする。
「ねーえー?そこに誰かいるんでしょうー?」
コンコン、コンコンコン、コンコンコンコンコンコンコンコン
楽しそうな声。鳴りやまないノック音。そのノック音はどんどん強くなり、明らかに精神的によろしくない音を奏でる。
「あれぇーおかしいなー誰かの気配がするのだけれど気のせいなのかしらいやいやそんなことはないわだってその向こうに誰かの声が聞こえるんだものありえないありえないこれはいるわねぇだあれそこに居るのは誰なの開けて頂戴大丈夫大丈夫何もしないから安心して開けてくれて構わないのよあはははははははははは」
コンコンコンコココココンココンココココココココココ
「ギギィイイイイイイッ!!?」
これは怖い。残りの冒険者全員ドン引きである。
向こうの……まあ、どう考えてもゴブリンだろうが。完全におびえ切った悲鳴を無様にも上げてしまう。それが余計にそそるものだから、ラドワは大変楽し気な声を上げる。
というかこれ味方でも普通に怖い。
「……って、遊んでねぇでさっさと開けろ!!」
一番にはっと気が付いたのはゲイル。思いっきり扉をぶん殴り、バァンと大きな音を立てて壊れて砕け散った。
「あ、即死させるのは趣味が悪いわよ。甚振って殺さないと。」
「急いでんの!あたいら急いでんの!時間があるときにゆっくりやれ!!」
と、ぷんすこしながら部屋に入っていく。ごもっとも、なのだが他4名はすぐには動けなかった。
「……私、あれ、夢に出そうなんですが。」
「ははは……同感だ。俺、あの扉の向こうのゴブリンになった夢見そう。」
ひきつった顔をしながら、残りのメンバーも部屋に入る。そこに居たのは、ゴブリンが3体。
やり過ごせないか、と部屋にある壺や藁に中に隠れてみせる。……が、まあ。どう見たって、いるんだよなぁ。
「……あはは、あははははははは……ねぇ、どこかなー、ここかなー、こーこーかーしーらーーー?」
杖を構えて、明らかにゴブリンがいる方向に魔法の矢をぶち込む。あえて外すように向けたそれは、ゴブリンの恐怖を加速させるのに十分で。
悲鳴にも似た声……いや、実際に悲鳴なのだろうが。恐怖でひきつった顔の、へっぴり腰なやけくそアタックをしかけてくるものだからそれに大変楽しそうに魔法の矢をぶち込む。それに援護するかのようにゲイルやアルザスがゴブリンの攻撃をけん制。きぃん、と甲高い音が響いた。
「っせぇあっ!」
「そこだぁ!」
剣をはねのけ、斧で一刀両断。最後の一体も、ラドワが魔法の矢で難なく片付けた。流石に時間が惜しいことを考慮に入れてくれたので、少しずつ痛めつけて殺すという手段は取らなかった。
多分取ろうとしても2人が許さないしね。
妖魔を片付けて、すぐにロゼが部屋を調べる。部屋自体はそう狭くはないが、大きな壺や薪の束などがいくつも置いてあり、動きにくい。どうやらここも食糧庫のようだ。
「…………あ。」
大きな壺の中を見るなり、生きたゴブリンが居ることを発見した。いや、発見してしまった、というべきか。大変心の痛い話なのだが、こうして見つけてしまった以上、このパーティ的に見逃すことができない。
しかも目が合ったのに壺の中に顔をうずめて静止し、なんとかやり過ごそうとするものだから余計にこう、罪悪感が
「あら、いいもの見つけてるじゃない。」
ない人が気づいてしまった。あーあ、死んだわ。これはこのゴブリン死んだわ。
「あ、はい。うん。ここ探索に時間がかかると思うからあんた終わるまで遊んでていいわよ。」
もう止める気もなかった。やったぁ、と笑顔で短剣を握りしめ、そしてとても描写するにできないほどの見事な惨殺が行われるわけだが、それを止められるものはいない。
聞こえる言葉が分かっているのか。ゴブリンは必死に声を殺しながらガタガタ震えている。普通の冒険者であれば、こうなれば大した悪さはしないと思って見逃すか、あるいは村の脅威になる可能性を考えた上で一思いに楽にさせてあげるかのどちらかだろう。
「あ、あの、せめていっそ一撃で楽に……」
「え、やぁよ、これは楽しい狩りの時間なんだから。」
あまりにもあんまりなので、流石にアスティは良心がとても痛くなった。止めようとするも、ロゼが肩に手をポンと置いて、首を横に静かに降る。
あぁ、はい。だめですか。そうですか。あぁなってしまっては止められませんか。ロゼが無理って言うのなら無理なんでしょうね。アスティは、そっとお祈りするしかできなかった。
「じゃ、後はこのひときわ大きな壺だけど――」
隣でしばらくお待ちくださいのテロップが流れている間に、ロゼは残りの調べていない場所へと目を向ける。一番目立つ壺の中をのぞけば、そこには、
「――!!子供!!」
なんと、女の子が居た。
その報告を受けて、ラドワ以外の皆が集まる。まだテロップは流れているみたいだしゴブリンの悲鳴が響き渡るが、一応話には耳を傾けてくれている。話を聞いているから余計に殴りづらい。
女の子は怯えており、冒険者に驚いて壺の中で縮こまる。……無理もない。この暗い部屋で3匹のゴブリンに囲まれていたのだ。今は、動く者全てが恐怖の対象に見えるだろう。
「よーく頑張ったな!あたいたちゃてめぇを助けに来たんだ。
ヒバリ村の村長と……それから、てめぇの母親に頼まれて来たんだ。」
「……お母さん……?」
お母さん、という言葉に反応し女の子は顔を上げる。
「あぁ、お母さんだ。心配してたぜ、さっさとこんなとこおさらばしちまおーぜ。」
「……。……うん。」
ゲイルの笑顔と励ましの言葉。女の子は力強く頷く。それを見て、ゲイルは女の子を壺の中から引っ張り出した。
顔には赤みが差し、生気が戻っている。外傷もなく、その場で跳ねてみせる。どうやら精神的な枷は大丈夫そうだ。
「……この子、強いね。」
「だな……にしても。よかった、マリアは無事で……」
頭を撫でる。すでに警戒心が緩和されていたこともあり、女の子は嬉しそうに微笑んで見せた。
ただし、今は父親のことは伏せておく。きっと後で知ることになるが、残酷な真実を何もこんな場所で突きつける必要はない。
やりきれない部分も確かにあるが、最悪の事態は免れた。ゲイルはよかった、ともう一度呟き、女の子の隣に並んだ。
「それじゃあ戻ろうか。おーいラドワー、いくぞー。あと子供が泣くからその刃物と中身は見せるなー。」
「流石にその辺りはわきまえてるわよ。こっちも終わったからいつでも戻れるわ。」
戻れなかったとしても引きずって帰る気満々なのでご安心ください。そう言いたげな表情をしながら、チームを束ねた。
カモメの隊列の真ん中に女の子を迎え入れ、彼らは部屋から飛び立つ。後は村に戻るだけだ。来た道を戻り、洞窟の出口へとたどり着く。洞窟の外から差し込む光が強くなっていることから、もうすぐ夜明けだということが分かる。
冒険者は、外に出ようとして、
「―― ギッ!?」
2匹のゴブリンに、鉢合わせた。
息を切らし、血走った目でこちらを見ている。
「……あっ。」
女の子が隊列の中央で尻餅をつく。逃げられない。逃げれば、女の子は助けられない。
「―― 任せな、マリア。あたいらが片付けてやっから。
皆!ぜってー負けんじゃねぇぞ!」
「はっ、ゴブリン2体に負けたりしたら一生の恥よ!」
ゲイルの言葉に、ロゼが続く。武器を構え、最後の戦いを。命のやりとりを、狩りを、行おうとして。
オオオォォォォ―― ……!!
「は――」
近づく足音。
明らかにゴブリンのものではない。
もっと大きな、何かが、
「―――― 、」
巨大な拳が、目の前で振るわれる。
そこに居たはずの、あったはずの2つのいのちは薙ぎ払われて。
ゴブリンよりもずっとずっと大きなそれが、そこにはあった。
「ウォオオオオォォォオオオオ!!」
トロール。身の丈は5mはあろうかという巨人。
ゴブリンなんかとはわけが違う、再生能力と怪力を持つ怪物。
「ンゴー……ンゴー……!!」
トロールがカモメの翼に気が付く。
それなりに戦闘経験がある者でも、トロールを相手にしたことは誰もない。倍はある位置からの眼光に身がすくむ。力の差は歴然だった。
「敵う相手じゃない!逃げるぞ!」
アルザスの声に、首を縦に振るより先に身を翻す。しかし、女の子は完全にすくみ上り、動ける状態ではなかった。
「待って!マリアちゃんがこのままじゃ!」
恐怖に身を震わせ、硬直したまま言葉すら発せない。
彼女を見捨てる、という考えは、
「―― 任せな!あたいが担いでく!」
端から、なかった。ゲイルは女の子を抱え、隊列の最後尾から追いかける。最も力があり、それなりに足も速く体力もある。皆は彼女に女の子を任せ、北の通路に向かって走り出した。
「けれど、どうするんですか!?洞窟の入り口はここだけですよ!?」
「……いえ、この洞窟の構造ならぐるっと回ってこれるわ。けど、行き止まりに入ったりしたら一巻の終わりと思ってちょうだい。退路を塞がれる形で追い込まれることになるわ。」
ロゼがマッピングをしている。ラドワはマッピングがなくてもこの程度であれば道がどこにどのように繋がっているかを覚えている。
特にこの2人には、冷静に場を見遠し動じない性格だ。
「いい、アルザス君よく聞いて!ロゼが右、左、前って指示を出すからあなたはそれに従って走って!ロゼはここから反時計回りに出口に戻ってこれるルートを指示するの、できるわね!?」
「―― 分かった!」
「―― 任せて!」
短い返事。カモメは羽ばたく。迫る嵐から逃れるために、懸命にもがく。
あれに捕まれば、命はない。
「―― 前!前!カーブ曲がったらまた前!そのまま進んで、部屋に入る!」
指示通りに駆ける。部屋に入るが、木製の扉はトロールの前では飾りも同然。数秒と持たずに破壊され、それは木片となる。
この部屋の扉は鍵がかかっており開くことはできない。狼狽えるアルザスに、ロゼはすぐに言葉を投げる。
「扉を破壊するの!斧とつるはしがあったでしょ、カペラは斧を使って!あたしはつるはしを借りる!」
ロゼの武器は弓矢と短剣。扉を壊すのには向いていない武器だ。カペラはタンバリンを武器としているため、これで殴ろうものならむしろこちらが壊れてしまう。
扉に剣を、斧を、つるはしを振るう。トロールに背を向けるこの状況。奴にとっては、格好の的だろう。
「ゥゥォオオオオオオオッッッ!!」
「ぃ、あ―― !!」
巨大な拳がカペラに直撃する。一瞬で意識を奪い取り、扉の前で倒れる。
それを、見越していたのだろう。ロゼはすぐにアスティを呼ぶ。癒しの力を持つ彼女はもし動けなくなった者が出てきたときの保険。意図を理解し、アスティはすぐに彼女の不思議な力でカペラの治療を行った。
「ごめ、ありがと……!」
「どういたしまして、それより――!」
次の一撃はラドワに向く。こちらは咄嗟に反応するも回避しきれず、左腕にその拳の暴力を受ける。顔を顰めるが、動けないほどの怪我ではない。
その刹那、扉が音を立てて崩れ落ちる。留まる理由はない。すぐにその先の通路へと駆け出した。
傷を治す時間はない。一瞬のスキが命取りとなるから。
迫る怪物から逃げるため。追いつかれないよう、捕まらないように走る。この先、右に向かえば出口だ!
駆ける。走る。時に飛んでくる攻撃に振り返ることなく進む。
先に、光がある。ようやく、出口だ。
外に出る。一羽、また一羽、飛び出していく。
「……ま、まってくれ……!」
が、一羽だけそうはいかなかった。
ゲイルが喘ぎながら叫ぶ。ここまで子供を背負い、全力疾走してきたのだ。いくら呪い持ちといえど、力に恩恵があるだけで体力面は人間のそれである。よって限界に近くても仕方のない話だった。
だからといって、泣き言が許されるはずはない。今ここで走らなければ、あれに、捕まる。
「走れ!!」
叫ぶ。追いつかれないよう、追い風を呼ぶ。
振り返り、彼女の方を見ると、
「―――― な、」
穴から、巨石が、飛んでくる。
それは、ゲイルの方をめがけて。
「―― アルザス!」
力を振り絞り、ゲイルはアルザスに子供を放り投げる。
そのすぐのことだった。ゲイルに巨石が命中する。下敷きにはならなかったが、あらゆる場所が、悲鳴を上げる音を聞いた。洞窟でいくつか見た、あの緑色のそれ。彼らの姿が、脳裏をよぎる。
あぁ、自分も。
(……あぁ、ざまぁ、ねぇ、な……)
ゲイルは最後に仲間たちの方に手を伸ばし――空を掴むと、目を閉じた。
「……うぁわぁぁあああああ……!!」
子供はアルザスが見事に受け止めた。その結果、彼女は無事だった。しかし、暴風は、下敷きのまま。子供はその惨劇を目の当たりにする。
そこに大地を踏み鳴らし、トロールが洞窟から現れる。鼻息を上げ、ゆうゆうと周囲を見渡し――倒れたゲイルに向け、足を一歩踏み出した。
「あぁぁぁぁ……!!」
女の子は叫ぶ。手を伸ばす。届かない。
トロールは口を大きく開け、黒髪の女を
―― シャンシャンシャンシャン
タンバリンの音が響く。その音の主は、感情のない顔をしていた。
否、感情は、確かにある。そこに込められた、確かな怒り。それを、口にする。
「―― 『来な』、怪物。『やってやる』。お前の相手は僕たちだ。」
怯えなど、消えていた。
その言葉に触発されて。残りの海鳥も、各々に武器を構える。
迷いはなかった。失うことを許さぬ者。孤独に怯える者。強き力に屈しない者。あらゆる殺戮を楽しむ者。
それから、絶対の意志をもって従えさせる者。従えさせられるというのに、影を好み、陰から光を鼓舞させる者。
それぞれが、それぞれの想いをもって。怪物に、対峙した。
「ウゴゴォォオオオオァァオアァァオオアアオオオオオアアアァァァ!!」
大気を震えさせる咆哮。鳥からネズミ、はては虫に至るまで、周囲の生き物は全て逃げ出す。
恐怖で震えそうになっても。怯え、逃げ出したくなっても。
「『覚悟しろ』。僕たちの仲間に、手を出した末路をその身に思い知れ!」
声は、それを取り払う。
暗雲立ち込める海に、光をもたらす。
その言葉を受ければ、もう、震えはない。
「―― 行くぞ!」
剣を、杖を、弓を、楽器を。
巨大なそれに向ける。傷をつけても、トロールの再生力を前にすればそれは無駄な足掻きかもしれない。
だが、誰もが諦めが悪かった。敵う相手ではないにしても、逃げることなどできるはずがないのだ。
巨体の拳が飛んでくる。それをロゼは持前の機敏さで回避し、次に備えようとして。
「…………!?」
気が付く。トロールが一瞬だけ攻撃の手を止める。
次にはその怯みもなかったかのように、巨大な腕が振るわれる。なんとか防御を取れた者、回避に成功した者様々だ。
それから、まただ。またトロールの動きが一瞬止まる。一瞬、身体に変化があったような気がした。
他の冒険者も気が付く。見間違いではなく、トロールの身体にはある異変が起きている。
「石化……?」
「――! ロゼ、そうよ。そうよ、こいつら。」
空を見上げる。暖かき日の光。それは邪悪を打ち払う象徴。
緑の妖魔を穴蔵に閉じ込め、青白い吸血鬼を灰にし、岩石色の巨人を……石へと変える。
「……倒せない相手じゃない!」
空は白んでいる。あと数分で日は昇り、夜は終わる!
根競べ。夜が明けるか、こちらが全て喰われるか。どちらかに、一つ。
「全員、守りを固めろ!アスティとカペラは隙を見て傷が深い者の治療を!」
「はい!」
「合点承知!」
石化が進み、鈍くなった攻撃を避けることは簡単だった。
隙を見てアスティとカペラは治療を行い、前線でアルザスとロゼが攻撃を引き付ける。ラドワもいくらか引いたところで守りに集中する。
隙を見て錯乱させるフェイントも混ぜ、とにかく攻撃を受けないことに集中する。月が沈み、太陽が昇れば、
「ァ――ア――ッ――ゴ――」
こちらの、勝ちだ。
眩しい。ずっと暗い洞窟にいたせいだ。瞼を閉じていても、明るさに目が痛む。
夜が終わり、太陽が空に昇る。
然るべき時間が来れば、毎日起きていること。……そのありがたさに、痛感する。
「ゴォォァァァァアアアァァァァァァァ!!」
光の奔流の中に、トロールの咆哮が轟く。 ―― 断末魔だ。
目を開けると、そこには一体の石像があった。
「……勝った。」
トロールは、天に向けて吼えた姿勢で石化している。
最後の、断末魔を固めた、石像だ。
「…………っ、そだ、ゲンゲン!!」
「おい、ゲイルしっかりしろ、おい!!」
・
・
「……ん、開いてるよ。」
「おはようございます、皆様。」
「……おはようございます。」
「お休みのところ失礼とは思いましたが……約束していた出立の時間になりましたので……」
「えっ、ほんとに?……うえっ、ほんとだ、日が高いや。」
ヒバリ村に訪れて止まった、宿の一室。
ここで5人はまた目を覚まし、村長により起こされる。窓の外を見ると、確かに日が高くなっていた。
「まずいわ、次の宿場に着けなくなっちゃう。ってなると……リューンに……」
ラドワの言葉で、カモメの翼の5人は急いで旅立ちの準備をする。
間に合わないようでしたら、もう一泊していっても構わないと村長の提案。それを断り、彼らはそのまま荷物をまとめた。
「私たちとしても、まだまだもてなしが足りないと……」
「気持ちは嬉しいんだけどね。依頼の報酬はもうもらったからさ。
それに僕たち、ずっと同じ場所で寝るっての慣れてないんだ。」
気遣いは嬉しいよ、とぺこり頭を下げる。ありがとうございました、とお礼の言葉も添えて。
そうして、冒険者は宿を出た。
それから、廃坑の入り口に到着した。
「……んー、いー天気。旅立ちには最高の日だよねー。」
カペラは象に近づき、トロールの巨像を見る。
天に吠えて固まるその形相は、激怒と苦悶でゆがんでいる。精巧にできた巨像だ。地に沈む重量に、荒々しい肌の質感。今にも動き出すのではないかと思えるほどの迫力に満ちている。
著名な彫刻家が、長い年月をかけて造った石像に違いない。しかしこれほどの力作を――だからこそか――こんな辺鄙な場所に作った理由はなんだろう。
作者の思惟は興味深い。激怒し、天に吼える巨人の像。これが何かの比喩であることは明らかだ。
「黒死病への勝どき。魔女裁判への嘆き。あるいは、繰り返される戦争への怒り。」
「―― 犠牲になった戦友の追悼として。っつー意見もあるよな。」
ゲイルが巨像の上から降りてくる。頭の裏に隠れていたのだ。
「よく場所が分かったな。」
「出るときに村長さんに聞いたんだけど……何してたのさ?」
カペラが尋ねると、ゲイルはトロールの足に手を添える。
それからゆっくりと見上げる。大きな怪物の、その石像を。
「村を出る前に一目見ときたくてよ。
あたいはこいつの死に様を知らねぇ。こーやって止まった姿を見ておかねぇと勿体ねぇし、納得できねぇ。」
「あはは、なるほど。戦闘狂のゲンゲンだったらしょーがないなー。」
けらけら笑う。なんなら今からでもこんな強いやつとやり合いたい、とでも言いだすんだろうな、とカペラは思った。
トロールの巨像は改めて見てもこの大きさには圧倒される。洞窟の壁と天井を削りながら追いかけてくるさまは恐ろしかったが、こうして日の照る元で細部まで観察すると、意外に愛嬌のある顔をしていることが分かる。
「死に損なったね、ゲンゲン。」
「皆でこんな立派な墓石を作ってあげたのに……もったいない。」
「いやいや、力作なのは認めっけどこれはちぃと悪趣味だぜ。もっと質素なんだったら、おとなしく死んでたんだけどな。」
「いやーないなー。ゲンゲンだったら死んだら死んだで殺された相手に勝つまで成仏しなさそう。というか死ななさそう。」
「あっはっは、確かにそーだなぁ。あたいは、まだ死ぬにゃ惜しいって思うわな。」
敵わない相手がいる。
闘争本能が強い彼女はきっと、こうして負けたままでは終わるに終われないだろう。
誰よりも強く。戦い、斧を振るい、生死の境目を綱渡りする高揚感。
これが、ゲイルの呪いの代償だ。それを彼女は受け入れているし抗う気はない。それでも、彼女はその力を、呪いの力を子供をはじめ、誰かに手を差し伸べるためにも使おうとする。
その力はきっと、彼女の優しさでもあり、彼女らしさなのだろう。
「うん、だったら大丈夫だ。」
カペラはにへら、と笑った。
それが分かっていて、大切にできるのなら大丈夫。
その心の支えになれるように。どこか危なっかしい君が、道を間違えたりくじけそうになったら。
そのときは歌で、風を呼ぼう。正しく風が世界を巡れるように。
吟遊詩人とは、英雄譚や物語を歌にして語り継ぐ者。彼は仲間を見て、記憶し、歌にして。時に導いて、時に励まして、そうして作りたい歌を作る。
歌はまだ、作りかけだから。彼はこれからも、風の音を繋いでいく。
「……あら?あのトロールの口の中に短剣があるわね。引っこ抜けるかもしれないわよ。」
じっとトロールの巨像を観察していたロゼが、口を指さす。そこにはわずかに見える刀身の根が青白く光っているように見えた。地上4m近い位置。流石に慣れたものがいかなければ危険だろう。
ということで、視線は一点に集まる。そうよねぇ、と肩を竦めるも、自分に回ってくることは目に見えていたようであっさり引き受けた。
「ちょっと行ってくるわ。落ちたら受け止めてよね?」
タンッ、と軽やかに地面を飛び石像軽やかに跳んでいく。身軽に、まるで猫のような機敏さで登っていく。
あっという間に後頭部まで登り、そこから肩に回る。身を乗り出して口の中の剣を利き手で掴み、もう一方の手で後頭部を掴む。めっちゃ落ちそう。
「……抜けたら落ちるわね、あれ。」
「……なんか言った?」
ロゼが上から訊くも、ラドワは半笑いで首を振るだけだ。
絶対ロクなこと言われてないな、と思いながら力いっぱいに引っこ抜こうとする。石化に飲まれているため、相当な筋力が必要そうだ。流石に怪力担当をこのような場所まで登らせるわけにはいかないので、ロゼは彼女の力の限りに剣を引っ張る。
「――抜けっっっ!!」
まあ、予想通りといえば予想通り。抜けた短剣と、抜くことにその名の通り力を入れすぎたロゼはトロール像から真っ逆さまに落ちる。そこからまた彼女は猫のような動きで受け身を取り、ダメージを最小限にとどめることに成功した。なんというか、流石レンジャー、慣れてる。
「……ちょっと、落ちたら止めてって言ったじゃない。」
「私が助けるよりも、ロゼが落ちて受け身取った方が安全そうじゃない?私の力だったら折れるわよ、私が。」
「いっそ折れてしまえ。」
くすくす笑うラドワに抗議の目を向けるものの、彼女は一切の良心を持ち合わせていないわけで。怒るだけ無駄ね、とため息をつきながら、先ほど抜いた剣を探し、品定めをする。
刃渡りは40と少し、柄は20。全長で60cmほどの短剣だ。石化に巻き込まれ、更にそこを無理やり引き抜かれたのに刀身には刃こぼれ一つ、傷一つない。
刃に軽く、指を滑らせる。予想以上に深く斬ってしまい、つ、と血のしずくが伝った。切れ味に陰りは伺えない。
「へぇ……なかなかいい短剣じゃない。気に入ったわ。名前どうしようかしら。」
完全にお持ち帰り姿勢である。持ち主も分からないし、報酬の足しにしてしまってもいいような気がする。
あれだけ狂ったように追いかけてきたのは、これが口の中に刺さっていたからだったのかもしれない。そんなことを考えながら、ロゼはそれを手の上でくるくると回した。
「そういえばあなた、自分の愛用の武器には名前を付ける派だったわね。」
「えぇ、共に戦う相棒だもの。今の短剣はアーラ、弓はクルイローって名前を付けてるのだけれど……よし、じゃあフリューゲルにしましょう。」
そういえばあたしが抜いてあたしが貰う気満々だけどいいの?と、今更の顔をした。一番この武器を使いこなせるのは間違いなくロゼである以上、誰も待ったをかけなかったのだ。
ラドワも使うが、完全に趣味用である。趣味用に使うにはあなたが反対するでしょ?とそらそうだと言いたくなるような言葉を吐いた。
「それじゃ、そろそろリューンに向けてし――」
よう、として。ヒバリ村の方から2人の人影が追いかけてくるのを見つけた。
茶色の髪の女性にフードを被った金髪の女の子。母親とマリアだ。
「あぁ、間に合ったんですね。
村長からこちらに向かったと聞いたので……よかった、もう行ってしまったかと思ってました。」
すぐに立つつもりが、ここでなんだかんだとぐだぐだしてしまっていた。坑道内ではあった緊張感が、今ではどこかに消えてしまっている。今回はそれが、彼女らにとっては都合がよかった。
「……マリア、冒険者さんに。」
こくり、頷いて女の子はとてとてと冒険者の方へ歩いてくる。それからバスケットを差し出した。
「これ、お母さんとわたしで作った。」
「家で焼いたパンと、野いちごのジュースです。急いで作ったので、そんなに大したものじゃないですが……お昼の足しにしてください。」
「えっ、ほんとに?わぁい焼きたてだやったー!ありがとー!」
「おいカペラ、一人で全部食うんじゃねぇぞ!あたいらの分も残しとけよな!」
大食いのカペラが一人で食べてしまいかねない。とのことなので、お昼ご飯を受け取ろうとしたカペラより先にゲイルが女の子から受け取った。
それから、ゲイルはぎゅっと、女の子を抱きしめる。
「……いいか、『また会おう』な。お姉さんとの約束だかんな!ぜってー守るんだぞ!」
抱擁から、離れるとき。ゲイルは満面の笑みを浮かべていた。
暴風は、確かな暖かさを持っている。太陽というには少々荒々しいそれは、やはり自由きままに旅する風が似合うのだった。
☆あとがき
ゲイカペ回でした。ゲイル姐はなんだかんだ人が良くって子供に甘い、カペラは意外と現実見ててそっと影から応援するタイプ等、本質を見せれてたらいいなぁと願うばかりです。しかしこのラドワって女屑だな。
一切のギャグが入らないかな?と思ったらちょこちょこ入りました。でも緊張感のないパーティにしては珍しく緊張感があったぞ。やればできるじゃんカモメ!
ヒバリ村の救出劇は低レベル帯ではめっちゃ熱くなるシリアス物語ですよね。大好きです。最初戦士系キャラ死んだ!って思いました。本当は怖いけど立ち向かっていく様とかすごく好きです。
短剣の名前は本当はスティンガーかつらぬき丸なんですが、ロゼちゃん的にちょっとこう、名前はどうしても譲れなかったので改名させていただきました。性能は!一緒!
☆その他
所持金:(ここで外伝1を挟んだので)1400→1850sp
(クリスタルを1つ売りました。形見は返しました)
レベル:
ラドワ、ゲイル 2→3
☆出典
伊礼様 『ヒバリ村の救出劇』より