海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_4話『ヒバリ村の救出劇』(1/2)

※珍しく終始シリアスだよ

※でも変なギャグは入るよ

 

 

カモメの翼はヒバリ村という、のどかな田舎へと立ち寄っていた。
日帰りができない依頼の帰り道。途中にこの村があったため、一泊することにした。快く迎えてくれ、安くて美味しい夕食を取ることができた。さあ、今日はぐっすり眠ってまた明日旅立って、明後日にはリューンに帰ろう。

 

……深夜、寝室の扉を強く叩かれる音で目を覚ますまでは、少なくとも何事もなく帰れると思っていた。

 


「おおお敵襲か、敵襲か!?」

 

飛び起きたカペラが反射的にタンバリンを構える。他の仲間もそれに続くように目を覚まして、それからドアの向こうに誰かが居て、その音から酷く焦っているだと判断した。
何かあったのだろうか。扉を開く前に要件を尋ねる。声の主はヒバリ村の村長で、この扉を開けてほしいと懇願してきた。どうする?と仲間はアルザスの方を見る。アルザスは少し悩んだ後、せめて話を聞くくらいはしようかと扉を開けた。すると、年老いた男が軽く会釈してから部屋に入る。それに続いて、若い女性も入ってきた。その女性の目元は月明かりのみが光源のこの暗がりでも分かるほど、赤くはれていた。きっと、激しく泣いた後。

 

「……お休みのところ、申し訳ありません。しかし、どうしてもあなた方に助けていただきたいことが。」
「それは、依頼か?」

 

アルザスが尋ねると、老人はゆっくりと頷いた。
詳細を尋ねるも、男は言葉を詰まらせる。酷く狼狽えているようで、何から説明すればいいのかが分からないようだった。
それをくみ取ったアルザスは、こちらの質問に対して答える形で依頼を聞き出すことにした。欲しい情報を尋ね、そこから依頼を組み立てていく。

 

「まず、依頼内容……俺たちに何をやってほしいのか話してくれないか?それが分からないことには、俺たちも動くに動けない。」

 

しばらく男は考え、震えた声で答える。

 

「……妖魔の退治……いえ、違います。
 子供を1人、助けていただきたいのです。」
「……子供。」

 

子供を1人助けてほしい、その言葉に強く反応を示したのはゲイルだった。眉間に皺を寄せて、深刻そうな表情をしている。
それが意外だったのか、小声でラドワが尋ねる。

 

「あらあなた、子供に対して何か思うことがあるのかしら?」
「んな大層なもんじゃねぇけど……昔っからガキの面倒見ることが多かったからよ。なんつーか、気になっちまって。」

 

ばつが悪そうに、頭を掻いた。トラウマや悪い思い出ではなく、純粋に子供が好きという感情からの表情だったようだ。
そういえば、彼女の村に戻って旅に戻る際、カペラの面倒を見ることを引き受けたのだっけとラドワは納得した。粗暴で戦闘狂であるが、案外面倒見がいいこともラドワは知っている。

 

「今夜……一刻ほど前になるでしょうか。村の子供が一人、妖魔にさらわれました。
 9歳になる女の子です。賢い良い子なのですが、好奇心が強すぎまして……夜な夜な村を荒らしに来る妖魔を近くで見ようと、家の外に出てしまったのです。妖魔どもは無防備なこの子を捕まえ、森の中へ消えていきました。」

 

どうか旅の方々、あの子を妖魔どもから救ってください。
男は深々と、頭を下げた。

 

「……なあ、リーダー。依頼、どーすんだよ?」
「まだ情報が少ない以上、受けるとも受けないとも断言できない。もう少し内容を尋ねるから、とりあえずお前は早まるな、斧を仕舞え。

 

すでに受ける気満々といわんばかりに、ゲイルは斧を持ち出していた。
それを窘め、アルザスは男と話を続ける。

 

「その妖魔について教えてくれないか?俺たちが対処できるのかどうかの情報が欲しい。」
「緑のイボイボの肌、甲高い鳴き声。確かとは言えませんが、あれがゴブリンというものでしょう。村の外れにある廃坑に居ついております。
 一月ほど前、猟師の者が気づいたときにはもう結構な数が住んでいたようです。」
「結構とは……具体的に?」
「……んん……10匹よりは多いかと……すいません、この程度のことしか。」

 

10匹より多い。どうしてその数を野放しにしていたのかと考えたが、この村はどう見たって貧しい。冒険者に依頼を出すほどの金も用意するのは難しいだろう。
更に妖魔は作物を盗んだり、農具を壊したりの悪さはしていたが、人が脅かせばすぐに逃げていったと教えてくれた。それから、子供を攫うような凶悪な生き物のように思えなかったのだと、後悔の言葉を男は続けた。
そうして警戒を怠っていたせいで、連中が増長し、今日の事態を招いたのかもしれない、と。自分の責任と、攫われた子供のことを考えているように見えた。

 

「それじゃあ次。女の子について教えてくれないか?こう、特徴とか、見た目とか。」
「9歳になる女の子です。名はマリアといいます。この村の数少ない宝です。
 髪は長い金色で、いつも母に編んでもらった黒と赤のフードを被っていました。攫われた時もそのフードをつけていたそうです。妖魔に取られていなければ、きっと今も付けておるでしょう。」

 

フードを目印に探せば見つかるだろうか、と考えたが。よく考えるとこの村の宝、と表現するくらいなのだからそもそも子供が少ないように思えた。子供を見つけたなら、十中八九この村の者だろう。他に子供が攫われていなければ、の話になるが。

 

「次で最後の質問だ。……報酬はどのくらいくれるんだ?」

 

冒険者である以上、必ずこの話はしなければならない。
多くは期待できないことは、村の様子や男の反応から簡単に推測できる。目を伏せて、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「……見ての通り貧しい村です。400sp。これが私たちの用意できる精一杯です。」
「400spか。……親父の言っている相場より低いが、まあ
「足りないわ。」

 

ラドワさーーーーーーーーん。
はっきりとどストレートに言ってあげないでーーー。
しょうがないよなぁという仲間の空気をぶち怖し、ラドワはいい笑顔で容赦なく交渉する。

 

「精一杯、なんて言うけれど本当はもう少しくらいあげられるでしょう?ちょっと余裕見てたりするんでしょう?貧しい村ってことを言い訳にして実際もうちょっとくらい上げられたりするんでしょう?」
「い、いえ、本当にこれ以上は無理で
「はーーーーーどんだけしけてるのよ。妖魔討伐に子供の救助よ?依頼2つもあるのよ?だというのに妖魔退治の相場以下とか笑わせるんじゃないわよ。」
「お前はちょっとは遠慮しろーーー!!あと妖魔討伐は必須じゃねぇーーー!!」

 

アルザスの全力のツッコミチョップ!

 

「ちょ、痛いじゃな
「どう見ても必死だろうが!!村貧しいの!!子供いなくなっていっぱいいっぱいなの!!必死なの!!子供一人のために村のお金を出すくらいに!!子供大切に思ってるの!!その!!心を!!踏みにじるなこの腐れ外道!!」
「そうだーーー!!子供いなくなって悲しまねぇ親がいるはずねぇだろ!!報酬はこれでいいし、なんならなくてもいーから受けさせろぉ!!」
「いやそれは流石に問題だから!!ゲイルも落ち着け!!」
「…………」

 

必死のアルザスの説得。ラドワとゲイルに対して必死の訴えに、流石のラドワもしょうがないわねぇとため息を吐いた。説得成功した、かと思いきや。

 

「このリーダーのお人よしっぷりに免除して、お金の代わりになるものでも構わないわ。物だったらなんかあるでしょ。」

 

全く、折れてない!!何も!!免除!!されていない!!
村長さんもそんなものないよとおろおろしている。流石に可哀そうだ!気持ちだけでいいから、無理しなくていいから!そうアルザスが後でラドワに殴られる覚悟をキメ、強引に話を進めようとしたところで―― 男の隣に居た、おそらくマリアの母親が、ペンダントを取り出した。

 

「……これでいいかしら?」
「ジニイ!それはトニーの……」
「マリアが助かるなら、あの人も許してくれるわ……」

 

明らかに訳ありの会話だ。誰かの形見とかそんなんだ。絶対に思い入れある品だ。
それでマリアが助かるなら、と女の覚悟は本物だ。差し出しちゃう気でいる。アルザス的には受け取りたくない。

 

「やめろ!そんな無理して報酬用意しなくていーから!あたいらが受けるから、この女殴り飛ばしてでも受けっから、だから
「ふーん……結構よさげなものじゃない。」

 

そんな気持ちをよそに、ロゼは冷静にその品定めをする。

 

「……中心にはめ込まれたものはルビーかもしれないわね。大きいし、相当の値打ちものじゃないかしら。傷らしい傷も見当たらないし、状態もいいわ。ざっと600spくらいじゃないかしら?」
「合計1000sp、ね。なんだ、出るもの出るんじゃない。」

 

この女本当にクソだな。
じゃあそれで、と言おうとしたところで、品定めをしたロゼが口を開いた。

 

「トニーが誰かは知らないけれど、この貧しい村でこんな高価なものを持っている。もしこの村の人がこのペンダントを用意するとしたら、相当な時間がかかるに違いないわ。それだけの時間がかかったものを用意して、それを売り飛ばさず大切に持っている。……あたし達には重すぎるわ。」
「…………!」

 

ロゼの言葉の意味を理解し、アルザスやラドワ、ゲイルは驚いた表情を見せる。
てっきりラドワ側の意見かと思いきや、そんなことはなく。

 

冒険者なんだったら、必要以上の荷物は要らないんじゃない?自分を守るための荷物ならともかく、自分の枷になる荷物は置いていっちゃいましょ?」
「……あぁ!ロゼの言う通りだぜ!」

 

むぅ、とラドワは納得していない表情を浮かべたが、他の5人は持っていかず、女に返すことを選んだ。
議論に参加しなかったアスティやカペラも、賛成だとほほ笑んでいる。なんだかんだお人よしが多いパーティだ。

 

「うちの魔術師がすまなかった。当初の400spで、この依頼を受けよう。」
「……いいんですか?」
「私としてはだめ
うちのバカが本当にすまない。リーダー命令でしっかりと言い聞かせておくから、今のうちにどうか仕舞ってくれないか。うちのバカが暴れ出す前に。

 

はははと苦い顔をするアルザス。手でしっかりとラドワの口を塞ぎながら。魔術師なんて口を塞いでしまえば術が詠唱できなくて何も怖くない。後は怖いけど。
女性はでも、と不安そうに尋ねる。差し出した首飾りを戻していいのか戸惑っているようだ。

 

「あぁ、大事な品だということはわかる。俺たちが持つべきものじゃない。だから、どうかそのペンダントを仕舞ってほしい。」
「……うぅ、ありがとうございます。」
「その代わり、それを死ぬまで大事にしなさいよ。それが、もう一つの報酬。いいわね?」

 

女は再び、涙をこぼす。そこに、ロゼがにぃっと笑いながら別の報酬を要求した。
えぇ、えぇ、と、女は何度も繰り返す。男も目じりに涙を浮かべながら、ありがとうございますと口にした。
報酬の足しになるかは分からないが、こちらが依頼に向かうときに役立ちそうなものを分ける、と約束してくれる。この好意はありがたく受け取ることにして、カモメの翼はしっかりと準備を始めた。
廃坑に案内を頼み、部屋から出ようとしたその前に。

 

「……アルザス、ありがとな。この依頼、受けてくれて。」

 

ゲイルは、珍しく真剣な表情でアルザスに礼を言った。
それを聞いて、しばらく驚いた表情を浮かべていたが、やがて。

 

「どういたしまして。あの親にとって子供は守るべきもの、だろう?だったらそれを失う恐怖は何より分かるし……それに。受けなかったらお前が一人で依頼をこなしにいくだろ?」

 

お前というやつは、止めても無駄な暴風みたいなやつだからな、と。
アルザスは、ゲイルに笑ってみせた。

 

  ・
  ・

 

廃坑に向かう前に、コカの葉を2枚、傷薬を1瓶手に入れた。ほらこれで500sp分の追加報酬だぞ、とラドワに言い聞かせて、なんとか納得してもらった。
ラドワにとっても悪い依頼ではない。討伐の依頼は、彼女の呪いを満たせるという点で彼女に利益がある。彼女の衝動を満たすための殺戮は、別に人間でなくてもいいのだから。
明るい月明かりのもと、森の小道を先導していた村長が止まった。振り返り、冒険者たちの方を見る。

 

「……この道をしばらく進めば、その古い坑道があります。」
「ゴブリンは子供をそこに連れていったんだな。分かった、ここまでで十分だ。後は俺たちに任せてくれ。」

 

いくぞ、と目くばせをする。仲間もそれに頷き、坑道へ入ろうとして……男は、カモメの翼を引き留めた。

 

「……最後に一つ、言っておかねばならぬことがあります。」

 

口調は重々しい。きっとあまりよくない話だ。

 

「実はあなた方に頼む前に、村の者がこの廃坑に向かいました。攫われた子供の父親です。彼は娘が攫われたと知るや、一人で飛び出していきました。
 それが一刻も前のことです。……恐らくは、もう。」

 

ただの村人が、ゴブリンに太刀打ちできるとは思わない。下級魔族と言えどそれなりに武装しており、剣や槍といった武器を扱う種族だ。
知能が低いと言えど、戦う術の最低限は身に着けている。その男が今どうなっているか。言わなくても、理解できた。

 

「これでもし、子供まで死んでいたとしたら……あの母親は生きていけませぬ。我々の村の者たちも、怒りと悲しみに震えるでしょう。」

 

覚悟を決め、本題に入る。

 

「旅の方々。あの子がすでに死んでいたら……村に戻らず、そのまま去ってください。
 村の者はみな、あの子を愛しております。それを理不尽に失えば、冷静ではいられません。その感情は奪った妖魔より先に、あなた方に向かうかもしれません。……いえ、向かうでしょう。死力を尽くし、疲労したあなた方を、責め立てるでしょう。暴力を使う者も出るかもしれません。……そうなれば、村長の私でも止められません。」
「暴力沙汰になったらうちにも怖いのがいるよねー。」
「まあ、殺していい人間と判断するわよ、私は。」

 

本末転倒どころの話ではない。大真面目に歯向かったら殺す、と言い切るラドワはやはり人の心がない。
黙らせるにはそれが一番でしょうに、と冗談なく言ってのけるのだから末恐ろしい。彼女であれば、それはそれは楽し気に村を狩りつくすのだろう。そこに、罪悪感や憂いを一切込めずに、ただただ純粋な快楽を元に。
……流石にそんな末路を依頼人に話すわけにはいかないので、各々お口チャックした。

 

「そういうわけですので、これは先にお渡ししておきます。」

 

村長は懐から、大事そうに布袋を取り出す。袋からは、ジャラジャラと硬貨の音がした。

 

「約束通り、400sp入っております。受け取ってください。」
「…………これに関しては、皆意見は同じだろ?」

 

先ほどの一件からもらう、と言いそうだと思っただろうラドワも、これは受け取る意志を示さなかった。
仕事をこなしてから、正当な報酬をもらう。こなせていないのに報酬をもらうということは、ラドワは好まなかった。良心から、ではなく自分の腕に自信がありプライドがあるからだ。その行為は、技量に見合わないだけの報酬、つまり舐められたものだと彼女は捉えた。
残りの面々は、依頼をこなしてもないのに受け取れるわけがない、という想いからだろう。皆を代表してアルザスは首を振り、報酬をここで受け取ることは断った。頼まれた仕事は子供を救い出すこと。それができなければ、報酬は受け取るに値しない、と。

 

「……分かりました。これをお渡しできることを、私も願っております。」
「任せてください。私たちカモメの翼が、必ず子供を連れ戻してきますから。」

 

冒険者たちは村長をその場に残し、歩き出す。廃坑の入り口に到着すると、珍しく緊張感を持って探索に乗り出した。入り口はかつて鉱山であったらしく、崩れないように補強する木の枠が泥や雑草の中にわずかに見える。地面にはツルハシやシャベルなどの採掘道具が乱雑に散らばっている。長い年月そのままだったのだろう、木製の柄は腐り、金属の部分は真っ黒に錆びている。使うことはできそうになかった。
先頭はいつものようにロゼが担当し、辺りを慎重に調査していく。停滞した冷えた空気の中に、獣の匂いが感じられる。姿こそ見えないが、ここをゴブリンが根城にしているのは間違いない。地面には外に続き、使われなくなった採掘道具が落ちている。外から入る月の光は、その残骸たちを寂しげに照らしていた。
しばらく西の方に続く通路を進むと、大きな岩が邪魔していた。血の匂いもする。岩は通行には邪魔ではないが、下に何かがあることは分かった。

 

「ってことで、我らが怪力担当。出番よ。」
「……っし、任せろ。っしゃおらぁ!!」

 

馬鹿力を発揮し、岩をどける。一回転して洞窟の壁にぶつかった。
おおーと、ロゼを含め皆が拍手。どやぁ、といつもならするところだが、事態が事態だからか、表情は明るいものではなかった。
下からは、奇妙な物体が出てくる。何かがつぶれたようで、どこか生々しいそれは。

 

「……ゴブリンの死体ね。さっきの岩に潰されたみたい。あんまり気持ちのいいものじゃないわね。」

 

それよりも、と天井を見上げる。落石の恐れがあるのだろうか。調べてみるが、大きな岩が崩れたような跡はどこにも見つけられなかった。
不思議な話ではあったが、その正体は分からない。探索に戻り、通路の先の扉を開く。その先は部屋になっており、すみっこで何やら震える生物がいた。
緑色の不気味な肌を持つ下級妖魔。ゴブリンだ。

 

「よし、狩るぜ!」
「いや待て、様子が何かおかし
「え?」

 

静止する前に、ゲイルよりも先にゴブリンの喉元をラドワが短剣で割く。
それから何度もざっくざっくと、それでめった刺しにしていく。声を上げることも叶わず、緑色のそれは身体を何度も痙攣させ、血をぶちまけながらやがてこと切れていった。
うわぁーーーと、思わず皆ドン引きである。本人が笑顔だから余計に引いた。めっちゃ引いた。

 

「あのさあ。せめて待つって言葉をお前の頭の辞書に叩き込んでくれないか?」
「失礼しちゃうわね、私だって待つときは待つわよ。いやぁ、いい表情だったわ。妖魔のあの、恐怖に顔を歪める表情。本当はもっとゆっくり嬲り殺してあげたいところなんだけど……」

 

急ぐ依頼だから、自制はした、と。それでも悪趣味な殺し方極まりないが。
気になることはあったが、殺してしまったので何も分からない。気に留めることでもなかっただろうか、と思いながらもアルザスはロゼに探索を促す。

 

「……。ここ、かつての休憩場所だったんでしょうね。藁が置かれてるけどどれもこれも湿気てるし、ムカデとかナメクジとかなんか色々いるわ。そこに加えて、どっかの誰かさんが派手にやらかしてくれたおかげで見るも無残なことになっちゃったわ。まさに惨劇の跡ね。」
「そんな!一体誰がこんなひどいことを!」
「お前だよお前!後半は主にお前のせいだろ!」

 

ナイスツッコミありがとう、と親指を立てる。緊張感のなさにはぁーーーと思わず大きなため息。

 

「……しかし、アスティってこんな光景を見ても気持ち悪くなったりしないんだな。」
「気持ちのいいものではありませんが……まぁ、平気ではありますね。」

 

戦い跡も、だが進行形で惨殺されるものを見せられても、やはりアスティは動じなかった。失っている記憶に関係があるのだろうか、と考えてみるも推測を脱することはできない。
そんな中、ロゼは部屋の北側にあった扉の鍵を調べていたようで。解錠を試みたものの、錆びついてしまっており上手くいかない。首を横に振り、通れないことを示した。
仕方ない、迂回しよう。カモメの翼は元来た通路を戻り、入り口からもう一方に伸びていた通路の方へと足を進めた。
すると、すぐに十字路に行きつく。西側は部屋になっており、他の2つの道の幅は全て均一だ。明らかに人の手で掘られた道である。また、木の扉が地面には落ちている。これは部屋に嵌められていたはずのものだった。固定した金具がちぎられて壁に残っているので、力任せに無理やり引きはがしたことが考えられる。

 

「割れた木の断面に泥や砂はついてないわ。扉にも踏みつぶされた跡はない。この扉はごく最近……本当にごく最近に、引きはがされて地面に捨てられたものみたいよ。」
「……なんで?」
「さあ……」

 

カペラは首を傾げる。この坑道に入ってから不自然なものが多いが、その理由が全く見えてこない。ロゼもラドワも、特に推測できるものは現材料ではない。
人の力で引きあけられたとも考えづらいし、岩も、下敷きになったゴブリンも、検討がつかない。悩んでいると、ゲイルが少々イラつきを含んだ声で訴える。

 

「悩むのは歩きながらでもできるだろ。先急ぐぞ、じゃなきゃ手遅れになっちまう。」

 

明らかに急いでいる。確かにあまりゆっくりしてもいられないことは確かだ。首を縦に振って、先に西の部屋の中へ入った。

 

「――!」

 

すぐにロゼは足を止めた。
その部屋に待っていたのは強烈な匂い。肌に感じられるほどの血の匂いだ。足元に目をやると、その匂いの原因たちが無数に横たわっていた。
ゴブリンの亡骸が、ごろごろと、そこにあった。どれも酷く損壊しており、大量の出血をしている。生きている個体はもちろん、原型を留めているものさえ一体もない。
一番よいもので足が一本。一番ひどいもので両手両足、そして頭部が完全に押しつぶれている。

 

「ラドラドどんな殺し方したのさ。」
いやいやいやいや。私じゃないわよこれ。私は押しつぶして殺すのはあんまり好きじゃないのよ。美しくないし。やっぱり殺すならできればこう、直接
「聞きたくないですよ!?あなたの趣味嗜好については聞いてません!!」

 

ちぇっ、とラドワは残念そうな表情を浮かべる。流石にあまりにも惨いため、アルザスはやアスティは軽い吐き気を覚えていた。そもそもこんな光景を見せられたら誰だって……いや、気にも留めないどころか自分からこんな光景を作り出していくやつがここに2人ほど居たわ。
こんな中でもロゼは冷静に、無表情で調査を進める。ここは元々食糧庫で、ヒバリ村から盗んできたと思われる真新しい穀物の袋や野菜の束、川から汲んできたのか水の入った樽などもある。どれも大小なりゴブリンの血を浴びており、持ち帰って食べる気にはなれない。

 

「あ、この表情はよく知ってるわ。恐ろしいものを目にしたときのこの絶望しきった表情。」

 

一体のゴブリンを間近で観察したラドワがにたり、笑いながら指さす。やめろその表情でこっち見んな、とツッコミながらもゲイルはそのゴブリンを見る。
目と口をあらん限りに開き、壁際に座ったまま死んでいる。その硬直した表情は、種族の違う冒険者にも出会った恐怖のすさまじさを伝えていた。

 

「……なぁ、ロゼ。どう思うよ?」
「断言できないけど……ゴブリンよりも恐ろしい何かがここを通ったってことじゃないかしら?それが何かまでは分からないけど……少なくとも、ラドワじゃない限り人間の所業じゃないわ。」
「だからなんでもかんでも私のせいにしないでってば。」

 

日頃の行いを考えなさい、と冷たい一言。ただ、ロゼの言葉でゲイルは余計に焦りを覚えた。
何かが居る。得たいの知れない何かが。早く見つけないと、連れ去られた女の子が彼らと同じ最期を迎えるのではないかと。

 

「っ……!」

 

ゲイルは駆け出し、部屋を一人で部屋を出て行こうとして――カペラが手を握り、引き留める。

 

「ゲンゲン、一人先走っちゃだめだよ、『止まれ』。」

 

言い聞かせる。言葉通りの意味で、静止を強制する。
きぃんと甲高い音が響いて、ゲイルは動けなくなる。力では決して叶わないが、心乱れている今ならカペラの言霊の力はよく通った。

 

「うるっせ、早くいかなきゃ、手遅れんなんだろ……!」
「そうかもしんない。手遅れになっちゃうかも。でも、一人先走って君もこの死体の仲間入りになっちゃったら元も子もないでしょ?」
「んなことねぇよ!あたいだったら簡単にゃやられねぇ!だから、こんなちまちました探索してるより先にあいつを、マリアを、」
「その軽率な行動が、悲劇を生む可能性だってあるのに?」
「――――、そんなこと、」

 

ない、と言い切れなかった。
何か恐ろしいものがいる。目立つ行動を取り、下手に刺激して助かる命が助からなかったら。そのときは、きっとゲイルは悔やんでも悔やんでも、悔やみきれないだろう。
それを見透かしたわけではないが、カペラは冷静だった。時折彼は、子供とは思えないような冷静さや腹黒さを見せる。精神がとても大人びているのだ。

 

「だいじょーぶ、僕ねー、耳いいんだ。だから何かが動いたらすぐに知らせるからさ。皆と一緒に行こ?」

 

けらり、笑ってみせる。その笑顔は不思議と、不安を取り払ってくれるようだった。
本当に、大丈夫だと。そんな気がしてくる。言霊を振るう彼の力か、それとも彼の純粋な心か。

 

「……。……そーだな。悪ぃ、早とちりしちまって。ありがとな、カペラ。」
「どーいたしまして。さっ、ぐずぐずもしてらんないから次いこーよ、皆!」

 

まるでリーダーであるかのように、皆をひとまとめにする。支配欲。それは、一種のリーダーの素質なのかもしれない。
けれど彼は、己をそのようには考えなかった。後ろから応援して皆を鼓舞させる。それが、自分の役割だと。そう考えていた。

 

「ありがとうカペラ。助かった。」
「えっへん。でもゲンゲンの言うこともわかるから、ちょっと探索ペース上げよっか。」

 

全員、首を縦に振る。カペラは満足そうに皆の後に続いた。
彼はいつも最後尾だった。最後尾からよく見て、静かについていく。基本的には静かにしていて、何かあったら言葉を紡ぐ。
決して前には立たず、後ろから後押しするのだ。自然と収まるようになったこの場所に彼は今もいる。
カモメの翼は部屋を出て、そのまままっすぐに進む。方角は東の方向。途中、蝙蝠が一斉に飛び出してきて怯む事態があったが、全て逃げ去っていってしまったため構わずにそのまま進む。地面におびただしい量の白い糞が落ちているので、ここはそれらの寝床だったのだろう。
幸いにも、ここには蝙蝠は残っていなかった。元々夜の狩りで外に出ているのだろう。
曲がり角があり、その先には扉とゴブリンの死体。ゴブリンは扉の前で倒れており、目一杯に伸ばした左手が少しだけ扉の縁に触れていた。死因は明白だった。背には斧が突き立っている。斧の刃は背骨を両断し、肺にまで届いている。あと少し力が強ければ、このゴブリンの身体は半分になっていたはずだ。
この付近には争いの跡がない。斧は、扉を開けようとしていたゴブリンの背中を不意の一撃で切り裂いたのだろう。

 

「……まあ、これが誰の手によるものかは分かるけれど。何故斧を残していったのかしら。」

 

ロゼは試しに斧の柄を掴んで引っ張ってみる。ぐ、と力を入れてみたがそれは抜ける気配はない。ゴブリンに深く深く突き刺さったそれは、とても人の力では抜き取るのに時間がかかりそうだ。

 

「その時間を惜しんだの?武器を手放すほどの理由があって?」

 

ラドワの方を向いて、知恵の助力を求める。が、ラドワにも分からず、彼女も首を横に振った。
また原因の分からない事が増えてしまった。

 

「……あたしじゃ抜けないわ。ゲイル、この斧引っこ抜いてくれない?まだ使えそうだわ。」
「何に使う気かは分かんねぇけど……分かった、あたいに任せな。」

 

交代し、ゲイルはなんと片手で軽々とそれを引っこ抜く。なんともごまだれー、と聞こえてきそうなあれそれだが、今は誰もおふざけせずに真面目に探索をする。
ゴブリンが手を伸ばした先の扉には、火気厳禁とかすれた文字で書かれていた。鍵がかかっており、解錠を試みるが上手く行かない。どうもしっかりとした鍵をかけられているため、こちらの技量では解錠することが難しいようだ。ただし、今も生きているため正しい鍵さえあれば開きそうだ。

 

「火気厳禁ってことは、火薬でも仕舞っているのかもしれないわね。無理にぶち破ったら衝撃から引火して大惨事、なんて展開もあるしここは後回しにしましょ。」

 

ラドワの言葉に反対する者はいない。首を縦に振り、通路を戻っていく。
次は十字路を北に進み、一度曲がり角を曲がった先に小さな部屋があった。そこから2つの道が伸びている。この部屋は酷く荒らされており、床には大量の木の破片が錯乱していた。出入口にあった計3枚の扉と、部屋の中央にあったらしい、大きなテーブルの残骸のようだ。想像もつかないほどの強力な力で、何者かが叩き壊したのだろう。
また、何かの食いかけも散らかっている。探鉱時代の食堂を、そのままゴブリンが利用したと推測された。人間が食べられそうなものがあるかどうかは、あまりにも部屋が汚いためそもそも探す気になれない。

 

「……あの、これ。」

 

そんな中、嫌でも目に入ったのは男性の死体だ。アスティはアルザスの袖をぎゅっと握りながら、それを指さした。
丈夫そうな身体をした男性だ。壁際に座り込み、自分の作った血だまりの中で息絶えている。肩から失われた右腕にまず目が行った。まだ血が流れ出ているということは、この腕が取られたのはつい最近のことのようだ。その出血が死因だろう。腕以外の傷は、軽い打撲しか見当たらない。
血は北の通路から続いている。別の場所で腕を落とされ、この部屋に逃げてきた、ということだろう。

 

「……間に、合わなかった……!」

 

ゲイルは悔しそうに、壁に拳をつける。力いっぱい殴らなかった辺り、まだ冷静さは残っている。彼女が本気で壁を殴ればどうなるか分かったものではない。
冒険者の誰もがもう気が付いていた。この男性は、村長の言っていた子供の父親だろう。がっちりした身体や固いタコまみれの手のひらから、生前は猟師や木こりだったことが伺える。

 

「しょーがないよ。一般人よりかは強いかもしんないけど、妖魔の洞窟に一人飛び込んだらどーなるか……目に見えてたことだもん。村長さんも言ってた。もう助からないって。」

 

ゲイルは、本当はどこかで父親が生きているのではないかと考えていた。甘い考えだと分かっていながらも、その希望を捨てきれなかった。半面カペラは、父親が生きているとはすでに考えていなかった。子供ながらもそれは冷酷で現実的な思考だ。
ゲイルは、村に残って自分たちを頼ってくれれば。あるいは村長がすぐに頼ってくれれば。そんな、どうしようもない怒りを覚えていた。半面カペラは、この男の行動を責めようとも愚かだと考えなかった。最愛の娘を攫われ、冷静でいられなかった。それは父親として当然だと思った。

 

「……首飾りつけてる。これ、形見として後で届けてあげよ。あ、ラドラド、報酬として僕たちが持ってくのはなしね。」
「あっ酷い、先に釘をさすなんて。」

 

いいよね、とリーダーに尋ねる。勿論、とアルザスも首を縦に振った。
それからゲイルの傍に戻り、真面目なトーンで話しかける。

 

「都合のいい未来なんてない。どこかでもしかしたら、そんな考えは足元を掬われる。
 でもね。そのもしかしたらって考えは仕方のないこと。その希望がもしかしたら奇跡を生んで、間一髪間に合ったなんてこともあるかもしれない。
 ……一番悪いのは、都合のいい未来を幻視して、間に合うものも間に合わなくなること。まだ女の子は見つかってない。僕たちは、凹んでる時間なんてない。」
「…………カペラ……」

 

―― 強い、と思った。
どこまでも強い、子供とは思えない精神の持ち主だと思った。
ほらほらしゃんとする、と背中をバンバン叩く。あまり力のないそれは、ゲイルにくっと噴出させた。

 

「ありがとな、カペラ。そうだ、間に合ってねぇんじゃねぇ。
 間に合わすんだ。まだマリアは見つけてねぇもんな!」

 

今にも泣きだしそうな表情から、不敵な笑みに変わっていた。
良くも悪くも、希望的観測を抱いてしまう暴風に。歌は、そっと寄り添ってうまくコントロールをする。時には荒々しい風を更に激しく、時には穏やかに、静止させるように。

 

「うんっ、それでこそゲンゲンだ!じゃ、本当に手遅れになる前にマリアちゃんを探そう!」

 

こくり、一同は頷く。この場を離れる前にアスティは男の死体に近づき、目を瞑って手を合わせた。

 

「……安心して眠ってください。これは然るべき人に届けます。
 私たちが、あなたの怒りを引き継ぎます。だからどうか……」

 

祈りをささげた後、見開いていたままになっていた男性の目を閉じる。依頼を続けましょう、とアスティはアルザスの隣に戻った。

 

 

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